君の涙色の恋を、いつまでもこの胸に抱いている

月乃夢想

12

 放課後。英語の補習を受け終えた私は、誰もいない教室で窓の外を眺めていた。
 昨日の雪はすっかり溶けている。まるで、初めから雪なんて降らなかったかのように。
――私の苦しみも全部、雪みたいに溶けてなくなってしまえばいいのに。
 ぼんやりとそんなことを考えていたので、教室に誰かが入ってきたのに気付かなかった。
「三崎」
 突然、名前を呼ばれて、私はビクッと肩を震わせた。声がした方へ顔を向けると、そこには、広瀬君が気まずそうに立っていた。
「悪い、驚かせて」
「ううん。ちょっと、ぼーっとしていただけだから」
 昨日、広瀬君を突っぱねてしまった手前、目を合わせることが出来ない。一体、今日はどうしたのだろう。色々な人に話し掛けられる。
「あのさ、昨日、嫌な気持ちにさせてごめん」
 そう言って、広瀬君が頭を下げたので、私はびっくりして両手を振った。
「いやいや、広瀬君は悪くないから! 私の言い方がキツかっただけで」
 慌てる私を見て、広瀬君がフッと笑う。
「サンキュ。何だか一年ぶりに、お人好しの三崎を見た気がするな」
「えっ、そうかな……」
 言いながら、しまったと思う。広瀬君に優しくされる資格なんてないと思っている私は、この一年ずっと、彼のことを避けていたのに。
「……仕方ないよな」
「え?」
 不意に、広瀬君がそう呟いたので、私は首を傾げた。
「仕方ないだろ。突然、親友を亡くしたんだから。無気力になったり、周りに優しくする余裕がなくなったり、そんなの当たり前だよな」
「……そんなこと、ないよ。私、一年も引きずり過ぎだから」
 思いがけない言葉に、胸の奥がジンとした。だけど、親や先生からは、もう立ち直るように言われているのだ。ずっとこのままではいられない。
「いいんじゃねぇの、それで」
 それなのに、広瀬君は優しい顔で言う。
「そうやって少しずつ、須藤のことを受け入れていけばいいさ。無理して明るく振る舞っても、嘘の自分みたいだしな」
 そっと目を伏せる広瀬君は、何故か傷付いているように見えた。まるで、去年の秋に、校舎脇の空き地で儚げに微笑んだ時みたいに。
 そんな広瀬君を見ていたら、私の唇から素直な言葉が零れた。
「広瀬君の言う通り……今の私には、人に優しくする余裕がないの」
 広瀬君が視線を上げて私を見る。
「実はね、私、沙弥とケンカしちゃったんだ。沙弥が事故に遭う二日前、学校で」
 一年間、誰にも言えなかったことが、不思議と広瀬君相手には話せた。どうしてだろう。特別、仲が良いわけでもないのに。
 何となくだけど、広瀬君は私の気持ちを分かってくれるような気がしたんだ。
「だから、ずっと後悔してる。一生、沙弥と仲直り出来ないままなんて」
「そうだったのか……」
 広瀬君は悲しそうな顔で俯いた。
 言わなきゃ良かったかな。沙弥のことは、もうどうにも出来ないし、つらい気持ちを背負わせちゃったよね。
 謝ろうとした時、広瀬君がパッと顔を上げて私を真っ直ぐに見つめた。
「三崎はさ、何がしたい?」
「え? 何って……」
 質問の意図が分からない私に、彼はゆっくりと説明する。
「須藤と仲直りすることは、もう難しいとしても……三崎の気が済むにはどうしたらいいか考えて、実行したらどうかって話。すぐに立ち直れはしなくても、少しは変化があるかもよ」
「私の気が済むには、か……」
 そんなこと、今まで考えてこなかったな。
 ずっと、沙弥とケンカしたあの日に戻れたらって、そうしたら、大切な友達にもっと優しく出来たのにって、それだけを思っていた。
 でも、それは不可能だ。それなら、今の自分が出来る範囲で、何か行動を起こしてみたら――。
「……沙弥がどうやって死んだのか、知りたい」
 心の内に浮かんだのは、純粋な疑問だった。
 私は沙弥の死について、詳しく知ることを避けてきた。もし、私とのケンカが関係していると分かったら、心が壊れてしまいそうで……。
 でも、本当は知りたい気持ちがずっとあった。どういう状況で、沙弥は事故に巻き込まれてしまったのか。
 当時、担任は沙弥が◯◯県で事故に遭ったと言っていた。◯◯県は私たちの暮らす県の二つ隣で、そこへ行くには電車で二時間ほど掛かる。用事があって行ったのだろうか。もしそうなら、家族と行ったのか、あるいは一人で?
 そんなことすら、私は分からないままだったのだ。沙弥のお葬式に出た人なら、何か知っているのかもしれないけれど、誰も教えてはくれなかった。私が当時、深く落ち込んでいたからだろうか。
「そっか。じゃあ、ちゃんと向き合ってみたらいいよ」
「うん、そうする」
 私はしっかりと頷いた。広瀬君に背中を押してもらえて、ようやく沙弥の死に真正面から向き合えそうな気がする。
「これからどうするんだ?」
 広瀬君の問いに、私は「えっと……」と考え始める。
「まずは、沙弥の家に行ってみようかな。沙弥のお母さんとは何度か会ったことあるし、もし許可してくれたらだけど、事故の時の話が聞けたらいいなって」
「ああ、そうだな。もし迷惑じゃなかったら、俺も行っていいか?」
「えっ? いいけど……」
 どうして、広瀬君が沙弥の家に行きたがるのだろう。
 もしかして、広瀬君は沙弥のことを――。
 黙り込んでしまった私に、広瀬君は慌てたように言った。
「あ、いや、昨日、須藤のことで三崎につらい思いをさせたから、その責任を取ろうと思って。須藤の家に行って、もし三崎が上手く話せなかったり、悲しくなったりしたら、助けたいし……協力したいんだ。三崎の行動が、良い結果を生むように」
「広瀬君……」
 本当、お人好しは広瀬君の方だよ。
 この一年、ずっと彼を避けてきたのに、今でもこんなに優しくしてくれるなんて。
「ありがとう。じゃあ、沙弥の家に行く日が決まったら、連絡するよ」
 久しぶりに素直に笑えた私に、広瀬君も照れたような笑みを返す。
「分かった。そういや、三崎の連絡先、知らなかったな。交換しておこうか」
「あ、うん」
 制服のポケットからスマホを取り出しながら、私は胸が高鳴るのを感じていた。
 この一年、自分の気持ちに蓋をしてきたけれど……私はまだ、広瀬君のことが好きだった。
 だから、戸惑いもある。だって、私と沙弥のケンカの原因は、二人で同じ人――広瀬君を好きになったことなんだもの。
 だけど、親身になってくれる彼を拒絶するなんて出来なかった。
 複雑な気持ちを抱えながら、私はスマホの画面に表示された広瀬君の連絡先を見つめた。

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