君の涙色の恋を、いつまでもこの胸に抱いている

月乃夢想

6

 九月も半分が過ぎたのに、残暑が厳しい。
 放課後、私は委員会の仕事で体育館裏の倉庫へと歩いていた。来月の体育祭に向けて、準備することがたくさんある。今日は倉庫にある備品を確認する予定だ。
 普段は通らない、校舎脇の人けのない道を歩いていると、空き地となった雑草だらけの一角に、誰かが倒れているのが見えた。
「!」
 慌てて駆け寄る。うちの学校の制服を着た男子生徒だ。
「大丈夫ですか!」
 熱中症にでもなったのだろうか。私は声を上げて、彼の傍に膝をついた。
「……」
 すると、男子生徒はもぞもぞと動き出した。良かった、意識はあるみたいだ。
「あれっ?」
 身体を起こした男子生徒を見て、私は驚いた。ここ数日欠席していた、広瀬君だったからだ。確か、家の用事があるとかで。
「……ああ、三崎か」
 どうして、広瀬君がここに? 疑問が浮かぶけど、まずは彼を助けないと! ぼんやりと私の顔を見る広瀬君に、必死で尋ねる。
「気分はどう? 保健室の先生を呼んでくるから、そこの日陰で休んでて」
 すると、広瀬君は手をひらひらと振った。
「いや、別に具合は悪くないから。ただ、寝転がってただけ」
「ここに?」
 私は狭い空き地を見回す。それは、どう考えても不自然な状況だった。まだ気温が高い中、こんな誰もいないところに一人でうずくまっているなんて……。
「ちょっと待ってて!」
 私はそう言い残して、元来た道を駆け戻った。購買の自販機でスポーツドリンクのペットボトルを買うと、再び走り出す。
「これ、飲んで」
 広瀬君の元に戻ってペットボトルを差し出すと、彼は目を見開いた。
「俺、熱中症じゃないぞ?」
「それでも、水分足りてないはずだから。まずは飲んだ方がいいよ」
 真面目に訴えると、広瀬君はフッと微笑んだ。その笑顔は、いつも彼が浮かべるものとは違って、どこか弱々しく、儚げに見えた。その夢みたいに脆く、でも綺麗な微笑みから、私は目が離せなくなった。
「お人好し」
 広瀬君は、以前私に言ったのと同じ言葉を呟く。そして、私の手からペットボトルを受け取ると、蓋を開けて口を付けた。ぐびぐびと一気に半分以上飲んだので、やっぱり喉が乾いていたみたい。
 広瀬君はペットボトルを口から離して、私の目をじっと見つめた。
「サンキュ。助かった」
 その表情は、いつも通りの凛とした印象で、さっきの消えてしまいそうな広瀬君は跡形もなくなっていた。
「どういたしまして。今日、学校来てたんだね」
「ああ。午後から授業出るつもりだったけど、結局、ダルいからサボった」
 意外だった。広瀬君は真面目な性格で、授業をサボるなんてことはしないから。
 直感だけど、何か事情があるんじゃないかなって思った。だって、こんな暑い日に、一人で空き地でぼんやりしているなんて、普通じゃないよ。
 でも、それを面と向かって聞けるほど、私たちは親しくなかった。
「そういや、三崎は何でここに?」
 不思議そうに聞かれて、私は本来の目的を思い出す。
「あ、そうだ。私、体育祭の準備で、倉庫の備品チェックに来たんだった」
「また、面倒な役目を押し付けられてるな」
 呆れ顔で言われて、私はムッとした。
「押し付けられてないよ。進んで立候補したの。誰もやりたがらなそうだから、私がやった方がいいかなって」
 すると広瀬君は、クスッと笑った。
「そっか。じゃ、そういうことにしとく。さっきのお礼に手伝うよ。二人でやれば、早く終わるだろ」
「え、でも、体調は大丈夫?」
「さっきも言ったろ、具合は別に悪くないって。むしろ、何日も部活出てないから、身体が鈍ってる」
 そう言って両腕を回す広瀬君を見ながら、彼の方がお人好しだよなぁって思う。段ボール箱を運んでもらったこともあるのに。
「ありがとう」
 だけど、私はにっこり笑ってお礼を言った。広瀬君と、もう少し一緒にいたかったからだ。
 どうしてだろう。
 どうして、広瀬君と話していると、明るい気持ちになれるのだろう。

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