婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈

46 美青年の事情

 ――自分の父親について知ることになったのは、カタリナお嬢様と出会ってからだ。
 我が家でお嬢様と夕食をとった翌朝、食卓で母が唐突に切り出してきた。
「いいお嬢さんと出会ったわね、リオネル」
「そうだね。母さんがそう言ってくれてうれしいよ」
「……でもね、現実を見ないとだめよ。伯爵家のご令嬢と今のあなたでは、身分の差が邪魔をするわ。いくらあなたが有能でも、名門貴族のエルフィネス伯爵が大事な娘さんを、新興貴族に嫁がせるとは思えないもの」
 そんな超シビアな意見を聞いて、朝っぱらから重苦しい気分に陥った。
 ……たしかに、最初から身分が違いすぎるのはわかっていた。
 私が持つ爵位が、古くからの貴族にとって取るに足らないものだということも。
 金を出せば没落貴族から爵位を買うことはできるが、ベルクロン王国では伯爵以上の爵位を手に入れることは至難の業。
 なぜなら、伯爵から上の家門では古くからの領地を持っており、領民からもたらされる富があるため、よほどのことがなければ世襲が覆されることはない。
 そのことから、新興貴族が得られる爵位は子爵か男爵がほとんどである。
 たとえば公爵のような名門貴族はいくつもの従属爵位を持っている。領地があるものもないものも複数あるだろう。
 長男が公爵位を継ぎ、次男以下の令息には従属爵位のうちの伯爵位や子爵位を譲ることがほとんどだ。
 同じ子爵でも、由緒正しき家門の令息と私とではまったく違う。
 もし、父親が貴族であり何らかの爵位を受け継ぐことができたら、カタリナお嬢様のお父上は私を彼女の求婚者として認めてくれるだろうに。
(結局は、出自が悪ければ同じってことじゃないか……)
 大袈裟にため息を漏らしながら、カフェオレに口をつけた私に、母が同情に満ちた眼差しを送ってくる。
「なんて、かわいそうな子! このまま、私と同じような運命を辿らせたくはないわ」
 そんな母に、私は首を横に振る。
「憐みは要らないよ。何とかして彼女の父上を説得してみせる……彼女への誠意と、これまでに実業家として培ってきたものを見せれば、無下にはできないだろうし」
「片意地はる必要はないわ、リオネル。あなたは自力でできるところは、これまで誰よりもがんばってきたもの……でも、どうにもならない部分は、親の助けを求めてもいいのよ」
「親の助けって……? いったい、何をどうやるって言うの?」
 不審げに眉根を寄せる私に、パンを千切っていた母はまるで悪戯っ子のように目を輝かせてきた。
「リオネル……これまで内緒にしていたけれど、あなたの父親は生きているのよ! そして、あなたに会いたいって言っているわ」
「えっ……!?」
 そんな話は、寝耳に水である。
 妻子があり、母とは結婚という形が取れなかった実の父。
 もし生きているなら、ひと目だけでも見てみたい……いつか、そう懇願したところ、母が「どうやら亡くなったらしい」と、まるで他人事のように言っていた。
 その時から、私の中で父という存在はおぼろげなものとして消え去っていた。この世にいる私の家族は、母と母方の親族だけになった。
 そもそも、妻帯者なのに母と関係を持つ貴族など、ろくでもない男に決まっている。
 そう思ってスッキリしたはずなのに……今更、生きていて私に会いたいっていうのは、どういう了見だろう?
 無言のままの私に、母はこう続けた。
「その家では、近々後継者が決まるらしいの。だから、それ以外の男子に爵位や領地を分け与えるっていうことになってね、あなたもその手続きをするために、彼に会うことになると思うわ」
「彼って……? しかも、領地を分け与えるっていったい……」
 ついに、母はおかしくなってしまったのか?
 ほら、たまにいるじゃないか……自分は何代前の国王の落胤だぁーとかわめいている、妄想癖の激しい狂人が。
 あれと同じように、本当は亡くなったはずの父を美化して、従属爵位がたくさんある高位貴族だと思い込みたいのだろうか?
 鼻から信じていない私に、母はにっこり笑ってこう言った。
「あなたの父の名はね、カルロス=アルフォンソ・ミケーレ・デ・ベルクロン……つまり、このベルクロンの国王陛下よ」
 思いがけぬ固有名詞に、唖然としたのは言うまでもなかった。
 ひとまず、カフェオレのカップを落とさなかった自分を、まずは褒めてやりたいところだった……。


 ベルクロン王国の王子たちは、無益な後継者争いを避けるために王宮の外で育てられると言う。
 それは前々から知っていたが、そのうちの一人がまさか自分だなんて想像さえしたことはなかった。
 むしろ、父親が貴族だということさえ信じていなかった。
 母は父が貴族だと言い張るが、実は酔っ払いのならず者か何か。酒場で喧嘩して誰かに刺されて死んだんだろうな、と悪いほうに想像していた。
 自分が見たことがないものを判断するには、それなりに根拠が必要だ。
 調香師である母は、感性が豊かなせいなのか実際のものを美化してしまう傾向がある。
 その分、超現実的な私が下方修正したわけである。
 それなのに、自分の父が貴族どころか王族……しかも、現国王だったとは!
 ただ、相手が国王であれば、私に会いたいというのは希望ではなく王命である。
 事業の繁忙感にかこつけて謁見を避けるわけにはいかず、母を伴って謁見をすることになった。
 ……ただ、それは父と子の再会というにはあまりにあっさりしていた。
 ほんの十分ほどの時間内で、形式的な挨拶と私が継ぐことになる爵位……東部地方にあるアステリウス公爵領について簡単な説明をされただけ。
 はっきり言って、父親との対面というより仕事の引継ぎのようなもの。王太子が誰なのか、他の王子たちについての情報もまったく知らされない。
 自ら望めば王族の一員だと公表することはできるが、他の王位継承権者たちからの暗殺や金銭トラブルに巻き込まれる危険は高まる。それを避けたいのか、領地経営を人に任せてそれまでの生活を続ける王子がほとんどだと聞かされた。
 ただ、私の場合はカタリナお嬢様と釣り合う爵位と領地を得るという目的がある。
 そのため、少なくともエルフィネス伯爵と伯爵夫人には、真実を話さねばならない。そうしたら、いくら秘密にしてほしいと言っても、どこからともなく話は広がるだろう。
 ――が、そうであっても仕方がない。
 カタリナお嬢様と結婚できなかったら、私は一生後悔するから。
 彼女は恋人でありながら、ビジネスパートナーにもなれる稀有なる存在だ。彼女をほかの男に取られるのだけは絶対に避けなければ。
 だから、王宮からエルフィネス伯爵邸に求婚状を出させることにした。
 ベルクロン王国第二王子としての権利――自分の人生の伴侶を王都に呼び戻すのに、それを使うことに何をためらう必要があるだろう?


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