封鎖

ノベルバユーザー617307

封鎖

「何が言いたいんだよ」

「下臼聡一郎のストーカー殺人は、本当に最初の殺人なのか。他に事件は起きていないのか。予言があえて一と一と三を強調したのは、それだけを見て欲しかったから、つまり他の何かを隠したかったからじゃないのか。そんな可能性を考えていた」

 この野郎。まあ野郎じゃねえが、こんな事考えてやがったのか。オレは一呼吸置いて答えた。

「他に何かあるとするなら、先代の典前大覚が死んだ事か」

 いかんな、ちょっと面白くなってる自分が居る。

「アレは病死って事になってるが、もし殺人なら……いや、だがそんな事をして何になる。大覚は病気で何ヶ月か伏せっていた。その時点で教団の実権は朝陽が握ってたんじゃないのか。確かに殺せば権力は確固たるものになる。しかしリスクが大きい。たとえば継続的に食事に毒を混ぜていた、なんて考えるのは簡単だが、実行するのは難しい。どこに人の目があるかわからない。教団内には夕月に教祖を継がせたがっていた派閥もある。迂闊な事は出来ないだろうし、現状ここまで計画的に事を進めている犯人にしちゃ、らしくない気もする」

「そうか。ちょっと考えすぎたかな。疲れてるんだな、たぶん」

 築根は照れたような困ったような笑い顔を浮かべた。

「ただし」

 オレは続けた。

「典前大覚の死が、本当に病死だったらどうだ」

 築根は眉を寄せて首をかしげた。まるで意味不明という顔だった。

「病死だったら? それは別に何も隠す事はないんじゃないのか」

「そう、病死なら隠す必要はない。ないはずなのに、隠したい何かがそこにあるなら。何をだ。何かをした。何かがあった。それを隠すためなら人を殺しても構わない何かが、この一連の事件の原点が、典前大覚の死にはあるのだとしたら」

 そこまで喋って、オレはもう一度溜息をついた。

「何か何かばっかりじゃ、わかんねえな。無駄に可能性が広がるだけだ」

 しかし築根は呆気に取られている。

「おまえ……本当にすごいな」
「何が」

「いや、イロイロとさ」

 と、何故か築根が吹き出したそのとき。突然館内放送が流れた。

「殻橋邦命様よりのお達しです。三階と六階の封鎖については解除します。繰り返します。三階と六階の封鎖については解除します」

 オレと築根は顔を見合わせた。

「どういうつもりだろう」

 困惑している築根に、オレは手をひらひらさせた。

「さあ。馬鹿の考え休むに似たりってな。封鎖なんかしても意味がない事に、いまさら気付いたんじゃねえの」

「おまえ、外に聞こえるぞ」
「知ったこっちゃねえよ」

 ああ、クソッ。タバコが吸いてえ。どうする、一本だけ吸うか。一本だけなら大丈夫か。一本だけなら。

 教団が生まれたとき
 僕は十歳
 母さんが一人で立ち上げた

 母さんは子供の頃から
 神様の声が聞こえた
 それを人々に知らせるために
 たった一人で教団を作った

 みんなに神様の声を伝えれば
 世界は平和になる
 母さんはいつもそう言っていた

 でも世間は誰も
 母さんの話を聞いてはくれなかった
 陰で笑い、唾を吐き
 僕には石をぶつけた

 そんなとき
 あの男が現われた
 男は母さんの話を聞いた
 そして最初の信者になった

 男は教団を変えた
 お言葉のフォーマットを作り
 教祖と運営を分けた
 すると段々人が集まるようになり
 信者の数は数十人になった

 僕が十三歳になった頃
 母さんは男の物になった

 男は僕たちと一緒に住むようになった
 二人の娘を連れて

 一人は僕と同い年の朝陽
 一人は生まれたばかりの夕月
 僕たちは何とか上手くやっていた
 他に選択肢はなかったから
 いや、それだけではないのだけれど

 やがて二年が経ったとき
 母さんが死んだ
 首を吊って死んだ

 そのとき僕は学校にいた
 家に居たのは母さんと男だけ
 男は母さんの様子がおかしい事に
 気付かなかったという

 母さんの葬儀は教団で行った
 死因は心臓発作という事になった
 誰にも言うな
 男は僕に口止めをした

 葬儀が終わった夜
 僕は親戚の家に行く事を決めた
 もう男とは暮らしたくなかったから

 以前から声をかけてくれていた親戚に電話し
 僕は小さな荷物だけを持って
 何も言わずに家を出た

 夜の暗い道
 人気のない道路を駅に向かっていたとき
 僕は何かにぶつかった
 それが何なのかはわからない
 ただその直後
 僕の体は道の真ん中にまで飛ばされていた
 走って来るトラックのライトの明るさを
 いまでも覚えている

 僕は一命を取り留めた
 けれども音を失ってしまった
 車椅子に乗る僕を見て
 親戚は「引き取れない」と首を振った
 結局僕は元通り
 男と暮らす事になった

 もしあのとき朝陽が居なければ
 彼女の笑顔と慰めがなければ
 僕は気が狂っていたかも知れない
 彼女の手の温かさだけが
 僕をこの世界につなぎ止めていたのだ

 男は信者たちに向かって言ったという
 いつか「そのとき」が来れば
 この子に教祖を継がせたいと
 僕は教団のお飾りになった
 永劫の静寂の中で
 永遠に来ないであろう「そのとき」まで

 男が二代目教祖になり
 教団は大きくなった
 けれど、もういいだろう
 本来なら母さんが死んだとき
 教団も終わるべきだったのだ

 終わらせよう
 ここですべてを終わらせよう
 悲しい秘密と共に
 幾つかの命を道連れにして

私は結論に近づいていた。そのはずだ。犯人が誰なのかはまだわからない。でも父様が誰のために予言をしたのかはわかる気がする。ただ自信が持てない。やっぱり五味さんに聞いてもらおう。そう思って部屋から出たとき、人の歩く気配がした。通路を曲がってみると、そこには人影が四つ。

「五味さん?」

 和馬叔父様の部屋の前に、五味さんとジロー君、築根さんと原樹さんの四人が立っていた。

「おう」

 五味さんは振り返ると、小さく答えた。

「どうしたんですか、こんな所で」
「イロイロと行き詰まってるもんでな。何か見つからないか、現場に戻ってみた訳だ」

 不満げに髪の毛をくしゃくしゃとかき回す。

「でも入れないんじゃないですか」
「ああ、ドアは開かねえな」

「マスターキー借りてきましょうか」

 中には和馬叔父様の死体が安置されている。見たくはないけど、捜査のためなら仕方ない。しかし。

「構わんよ。入ったところで何もわからん。虫眼鏡は持ってないからな」

 五味さんはそう言うと、大階段の方に向かった。


 大階段から見下ろすロビーには、スキンヘッドの道士の人たちがたくさん蠢き、玄関を封鎖している。イカロスとヘカテーを描いた日月図は、まだ裏返されたまま床にあった。もうあの絵は駄目だろう。

「下臼聡一郎が殺されたのは、どの辺だ」
「ちょうど真ん中辺りです」

 私が指をさすと、五味さんはちょっと顔を前に出して、ロビーの真ん中辺りを見つめた。

「何かわかりますか」
「サッパリだな。ストーカーはどこから入って来たんだ」

「それは誰も見てないんです。検察の人たちと一緒に玄関から入って来たのかも」
「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れないって事か」

「そう、ですね」

 五味さんは築根さんを振り返った。

「そう言えば、結局ストーカーの写真は受け取ったんだっけか」
「ああ、一応は受け取ったんだが」

 築根さんはジャケットの内ポケットから封筒を取り出し、中から写真を抜き出した。

「人らしき物は写ってる。でもこれがあのストーカーかどうかは判断できない」

 見てみると確かに。ブレが酷くて、私が見ても撮影した場所すらわからないのだから、誰が写ってるのかなんて判断しようがないだろう。

 五味さんはしばらく写真を眺めると、「なるほどね」とだけ言ってエレベーターに向かった。


 私が六階に着くと、先に着いていた五味さんは、小梅さんが殺された消火栓の前にいた。ホースはもう片付けられている。小梅さんの死体も、五階の小梅さんの部屋に安置されているはずだ。封鎖されていたときには、給孤独者会議の道士の人たちが見張りに立っていたのだが、いまはその姿もない。

 五味さんは立ち止まって考え込んでいる。

「何かわかりましたか」
「全然」

 即答した。そして一呼吸置いて、こう言う。

「一つわからないのは、和馬も小梅も、何で後ろから首を絞められてるのかって事だ」
「何でって、犯人が後ろに回り込んだからだろう」

 原樹さんが真面目な顔で答えた。五味さんは小さく溜息をつく。

「アンタ、オレがいきなり後ろに回ったら、気持ち悪くないか」
「そりゃ気持ちは悪いが」

「だが和馬にとって犯人は、後ろに回られても気にならない相手だった。小梅にとってもだ。そんな人間は限られている。限られているはずだ。なのに、何故犯人が見当たらない。おかしいだろ」

「それを俺に言われてもな」

 原樹さんは困惑している。五味さんはウロウロと周囲を歩き回っていた。

「犯人は透明人間か? それとも本当に呪いか祟りの類いか? そんな訳があるか。犯人は普通の人間だ。ならオレの目に見えなきゃおかしい。それが見えないのは、オレの目が曇ってるって事だ。どうすればその曇りが晴れる」

 そして不意に立ち止まった。

「次に行くか」


 三階に吹き込む風は冷たい。外は雨が降っているようだ。エレベーターと反対側の廊下の突き当たり、大きく割れたガラス窓から、五味さんは暗くなりつつある外をのぞいていた。ここにも見張りはいない。

「何かわかりますか」
「まるでわからん」

 五味さんが退いた窓をのぞこうと私が近づくと、「外は見るな」と言われた。

「オレは最初、柴野碧の体は、ガラスを突き破って落ちて行ったんじゃないかと思ったんだが」五味さんは廊下の隅にしゃがみ込んだ。「死体を確認しなきゃわからん事だが、碧も首を絞められてるんじゃないのか」

 そして赤い消火器を指でコンコンと叩いた。

「先に殺しておいて、次に窓ガラスを割って、最後に窓から投げ捨てられた」
「何のためにそんな事を」

 築根さんは嫌悪感を顔に滲ませている。でも五味さんは平然と返した。

「遊び心じゃねえか」
「おい、五味」

「死に方にバリエーションが欲しいんだろうな。『一と一と三』の『三』を際立たせるために。次に殺した死体にも何か小細工をするはずだ、おそらくは」
「その『次に殺した死体』に、我々がなるかも知れないんだぞ」

 そう言う築根さんに、五味さんは即答した。

「ああ、それならオレは大丈夫だ」

 そこに居た五味さん以外は絶句した。ジロー君は変わらなかったけれど。

「……何で大丈夫って言えるんだ」

 築根さんの言葉に私はうなずく。何でそんな事が言えるのか。でも五味さんは表情を変える事なく――どちらかと言えば、ちょっと面倒臭そうに――こう答えた。

「オレとジローは犯人にとって、イレギュラーな存在だからだ。ここに居りゃ、いずれは殺されるのかも知れん。だが少なくとも次ではない。『一と一と三』で殺すメンバーは、オレたちが来る前に、もう決まっていたはずだからな」

 驚いた。本当に驚いた。何故こんな状況で、そんなに自信たっぷりに言い切れるんだろう。自分の命がかかっているというのに。やっぱり五味さんは凄い。もしかしたら、私に見えていない世界が見えているんじゃないだろうか。

 唖然としている私たちを放置して、五味さんは歩き出した。

「さて、部屋に戻るか」

 しかしその足が止まった。そして私を見る。

「そういや夕月、おまえ何か用事があったんじゃないのか。付き合わせて悪かったな」
「あ、あのっ」

 声がうわずった。でもそんな事は気にしていられない。聞いてもらわなきゃ。

「私、聞いて欲しい事があります、五味さんに!」

廊下で立ち話って雰囲気でもなかったので、オレたちは部屋に戻った。部屋の真ん中に四人で車座に座ると――ジローはいつもの通り部屋の隅で膝を抱えている――夕月の話を待った。言いにくい事なのか、しばらくモジモジしていた夕月だが、やがて思い切ったかのように口を開いた。

「私、この事件の犯人はわかりません。でも、父様が誰のために予言をしたのか、わかった気がします」
「ふうん、誰だ」

「朝陽姉様です」
「何でそう思った」

「一と一と三」夕月は確認するように声に出した。「下臼さんは姉様と婚約していました。姉様のいろんな事を知っていたはずです。和馬叔父様は当然、姉様が子供の頃から知っています。小梅さんは姉様が中学生の頃からの古参信者ですし、碧さんは姉様が中学生のときの友達でした。殺された人はみんな姉様の事をよく知っている人たちばかりです。これは偶然とは思えません」

「確かに、偶然ではないだろうな」

 オレがそう言うと、夕月の顔が少し明るくなった。オレは続けた。

「特に下臼以外の三人は、全員朝陽が中学生の頃を知っている。この共通項には何か意味があると考えるべきだろう」

 夕月はそれを聞くと、興奮してきたのか、息を荒くした。

「だから、私、思うんです。これは姉様にみんなの危険を伝えようとして、父様が精霊界から送ったメッセージが、予言として現われたんじゃないかと!」
「それはねえな」

 にべもなく即答で否定されて、夕月はしばし唖然としていた。

「……あ、あの、でも現に予言があって、人が死んでますし」
「もしおまえの言う通りなら、予言がなくても殺人事件は起きたって事になる。朝陽に関係が深い人間が殺される事を知らせようとして、警告を発したってんならな」

「は、はい」
「だが予言で名指しはされていない。そんな予言で、朝陽はどうやって、何に注意をすれば良かったんだと思う」

「それは」

「そもそも何で予言が二回に分かれたんだ。一回でいいだろう。被害者の名前入りの予言を一回でまとめてやれば、かなりの高確率で犯行を防げたはずだ。おまえの親父は何故そうしなかった」

「それは、精霊界から人間世界に干渉するにはイロイロと困難があって」

「そりゃいくら何でも、ご都合主義が過ぎるってもんじゃねえか。だいたいそれじゃ、予言をした意味がない。殺人を止められない事が前提の予言なんぞ警告になるかよ。おまけに祟りって何だ。一と一と三って何だ。ふざけてんのか」

「五味、もういいだろう」

 築根が助け船を出したが、オレはそれを無視した。とりあえず言うべき事は言っとかなきゃ、後々面倒臭い。

「いいか夕月、おまえは馬鹿じゃない。考える力はある。だが考えるための根本が間違ってる。前提条件が狂ってるから、どれだけ考えても正しい答が見つからねえんだよ」

 その言葉が何か琴線に触れたらしい。夕月は不意に泣きそうな顔を浮かべた。

「私、狂ってますか」
「ああ狂ってるね。マトモとは、とてもじゃないが言えない」

「でも私、これ以外の考え方を知りません」
「本を読んだ事はあるよな」

「……」

「本を読んで、自分とは考え方が違うと感じた事があるはずだ。ないとは言わせない。おまえは自分以外の人間の考え方を知っている。たくさん知っている。だが、自分を変える必要をこれまで感じてこなかった。だから変えなかった。親父も姉貴も周りの大人も関係ない。自分の意思で変えなかったんだ。もうそれは通じない。真実が見たいなら考え方を変えろ。変えたくないなら真実を見るな。選ぶのはおまえだ」

 夕月は立ち上がった。感情の高ぶった赤い顔をうつむけたまま、震える声で「失礼します」とだけ言うと、部屋を出て行った。

 ドアの向こうに夕月の背中が消えるのを見送って、築根は困ったような顔でオレをにらんだ。

「やり過ぎだ」
「そうかね」

「まあ、彼女の事を考えての言葉だというのはわかるが」

 オレにとって面倒臭かっただけだ。別に夕月の事を考えた訳じゃない。そう言おうとして、オレは気付いた。

 そうか、そうだよな。何でいままで考えなかったんだ。

 すべての殺人は、夕月のために行われたという可能性を。

そしてそのときはやって来た。十二月十九日、午前三時を三十分ほど過ぎた頃。突然オレたちの部屋のドアが開かれ、給孤独者会議の道士たちが無言で踏み込んできた。十人以上は居ただろうか。

「何だ貴様ら!」
「待て原樹、抵抗するな」

「しかし警部補」

 幸か不幸か、午前三時に何かが起きる事態に備えていたため、寝込みを襲われる事はなかったが、一瞬原樹の言った通り、給孤独者会議が犯人だったかと思ってしまった。

 スキンヘッド連中がオレたちを取り囲むのを待って、開いたドアからゆっくりと殻橋邦命が入って来る。不愉快げにハンカチで口元を押さえながら。そして部屋の中を見回すと、膝を抱えるジローを見て、立ち上がった原樹と築根を見て、最後に胡座をかいているオレを見下ろして、こう言った。

「どうやったのです」

 その一言で理解した。

「なるほど、今度はアンタらの仲間が殺された訳だ」
「とぼけても無駄ですよ。あなた方の仕業である事は、すでに判明しているのです」

「つまり、何もわかってないってこったな」

 苛立つ原樹が怒鳴る。

「おい、どういう事だ! 説明しろ貴様ら!」
「吠えんなよ。夜中だぜ」面倒臭いが仕方ない。オレも立ち上がった。「現場は見せてくれるんだろ、殻橋先生よ」

 殻橋は不快感に顔を歪ませると、不意に背を向けて歩き出した。オレたちはゾロゾロとその後について行く。笛くらい吹けよ、芸がねえなあ、などと思いながら。


 行き着いた場所は三階の端、階段室のすぐ隣。そう、時計の間だ。その前には数人の道士連中が固まっていた。他に電動車椅子に乗った天成渡と風見麻衣子、大松と竹中の姿も見える。道士たちの殺気立った刺すような視線を掻き分けて、オレはドアの開け放たれた部屋の中に入った。

 道士が一人、床にうつ伏せで倒れている。スキンヘッドの頭頂部から出血し、隣には赤い消火器が転がっていた。部屋の明かりを点けて革ジャンの襟を引っ張り、首元を確認する。うっすらと皮下出血が見えた。顔には見覚えがある。苦悶の表情で印象は変わっているが、おそらく初日にジローのカレーライスを買いに行った、あの道士たちのリーダー格だ。

「どうだ」

 背後から築根がたずねる声。

「絞められてると思うな」
「つまり、また背後からか」

「そういう事」

 オレは死体をまたいで部屋の中に入った。相変わらず時計たちは静寂の中に沈黙している。だが、その異変にはすぐ気付いた。

「見て見ろよ」

 死体をのぞき込んでいた築根が顔を上げ、こちらに来た。そしてオレの視線を追い、息を呑む。部屋の壁を埋め尽くす、五十ほどもある柱時計の針がすべて、長針も短針も、ピッタリ三を指していた。

「こんな小細工をしやがるか。まあ柱時計だから出来た芸当だ。電池切れのデジタル時計じゃこうは行かない」

 我ながら、変なところに感心しているなとは思う。築根は深刻な顔で奥歯を噛みしめた。

「午前三時に三階で、時計が三を指す中で、三日連続で三人目が殺された。予言は達成されたという事だな」
「まあそうだ。最後は演出過剰な気がするが」

「止められなかった。むざむざと」
「おいおい、自分が殺されるかも知れないこの状況で、そんな事考えてたのかよ。公務員の鑑だな」

「警部補」

 原樹も入って来たかと思うと、親指で背後を指した。後に続いて殻橋が入ってくる。

「満足されましたか」
「警察を呼んでくれりゃ、充分満足するんだが」

「その必要は、もうありませんよ」

 さらに続いて道士たちがゾロゾロ入ってくる。

「さあ、種明かしの時間です。どうやったのか教えていただきましょう」

 殻橋は笑顔を見せたが、口元が引きつってやがる。小せえヤツだ。……いや、待てよ。そうか。そういう事か。

「なるほどな」オレはうなずいた。「アンタ、罠を張っただろ」
「罠?」

 たずねる築根にオレは答える。

「六階と三階の封鎖を解いたのは、犯人をおびき出すためだ。空き部屋の内側に何人か配置して、怪しいヤツが居たら飛び出して捕まえようとしたんじゃねえのか」

 殻橋はオレをにらみつけたまま表情を変えない。いや、変えられないんだ。オレは続けた。

「ところが六階にも三階にも、怪しいヤツは見当たらなかった。なのに仲間が殺された。おそらくはこの部屋で殺された事にも、しばらく気付かなかったんだろう。まあ、それは仕方ねえさ。ドアスコープからじゃ、外の全体を見渡す事は出来ないからな。階段室のすぐ隣にある、この時計の間に出入りするヤツを見つけようと思えば、中から見張るしかない。そして実際、見張りを置いていた。なのにその見張りが殺された。見事に裏をかかれたって事だ」

 それを聞いて、殻橋はようやく表情を変えた。ニヤリと笑ったのだ。

「語るに落ちましたね。何故あなたに、そこまでわかるのですか。いえ、何故かは問いますまい。それはどうでも良い話です。問題は、この殺人を実行可能な者は、あなたしか居ないという事実です。『すべての不可能を排除した結果、最後に残りしそれがいかに有り得ないものであっても真実である』とお釈迦様もおっしゃっています」

「嘘つけ、ホームズだろ」

 原樹が柄にもなく突っ込むが、殻橋は動じない。

「そうかも知れませんが、そんな事はどうでもよろしい。ともかく、誰が殺人犯であるのかはハッキリしました。反論はありますか。どうです」

 ああ、タバコが吸いてえな。随分吸ってないから、頭がちょっとボーッとしてやがる。だがいまは脳みそが興奮しているのかも知れない。おかげで結構回っている。

「答は、保留だ」

 オレの言葉に、殻橋は眉を寄せた。原樹は驚き、築根は呆れた。

「おい五味、どういうつもりだ」

 殻橋は人差し指を一本立てた。その指でオレをさす。

「わかっているのですか。それは認めたと変わらないのですよ」
「んなこたあねえ。保留は保留だ」

 オレの考えを読みあぐねたのだろう、殻橋は眉を寄せたまましばらくにらむと、不意に道士たちに視線を移してこう言った。

「部屋に監禁しておきなさい。入り口には見張りを立てて」
「それなら、リクエストがあるんだがな」

 一瞬間を置いて、オレをにらみ直す。

「リクエスト?」
「先代教祖の典前大覚の寝所だった部屋があるだろ。そこに入れてくれよ。いまの部屋は狭くていけねえわ」

「……いいでしょう、望みを叶えて差しあげましょう」そして再び道士たちに向かい、こう命じた。「六階に連れて行きなさい!」

 オレと築根と原樹は、道士どもに腕をつかまれ連行された。時計の間の入り口にはジローが立っている。

「ジロー、おまえも来い。歩け」

 オレの言葉にジローは歩き出した。その向こうには大松が、竹中が、車椅子の天成渡と風見麻衣子が居る。

「大松さん、朝飯持って来てください。頼みましたよ」

 大声でそう言いながら、オレは腕を引っ張られ、時計の間を後にした。

六階の、かつてここがホテルだった頃にはスイートルームとして使われたのであろう部屋に、オレたち四人は放り込まれた。中は広いリビングとベッドルームの二間に区切られている。ベッドルームだけで、オレたちがさっきまで居た部屋と同じくらいの広さだ。テレビや冷蔵庫こそないが、リビングの真ん中には据え付けのソファが、大きな窓際には籐椅子が二組とテーブルがある。

 そのテーブルに手をついて窓の外を眺めて見たが、まだ午前四時、真っ暗で何も見えない。仕方がないのでソファに寝転んだ。そこに築根が上からのぞき込む。

「五味、そろそろ説明しろ」
「説明って何を」

「おまえにわかっている事を全部だ」

 やれやれ面倒臭えな。オレは体を起こした。ドラえもんの秘密道具みたいなのは、何で実現しないのかね。頭の中にあるものを全部映像化できればいいんだが。いや、全部はマズいか。

「いまの段階で、わかってると言い切れるのは一つだけ。殻橋はオレたちを殺そうとしている」

 一瞬の静寂。

「は……はあ? 何だそりゃ。何で我々が殺されなきゃならんのだ!」

 原樹は混乱している。

「何でって、オレたちが連続殺人事件の犯人だと思ってるからだろうが」
「馬鹿言うな! おまえはともかく俺と警部補は刑事だぞ!」

「それ前にも言ったよな」

 原樹はムッとした顔で黙り込んだ。

「だが殺すというのは極端に過ぎないか」

 築根もイマイチ納得が行かない顔だ。オレは答えた。

「給孤独者会議は日月教団を傘下に組み入れた。新しく集団に入った連中を効果的に支配するには、どうすればいいか知ってるか。人間は恐怖で支配できるんだよ。恐怖を味合わせれば、その集団に逆らおうとか逃げだそうとかしなくなる。じゃあ、何をしたらそんな恐怖を味合わせられると思う」

「おい、まさか」
「そう、そのまさかだ。目の前で人を殺せばいい。そうすりゃ死への恐怖と罪悪感で身動きが取れなくなる。カルトにはありがちな話だな」

「いや、しかし、殺人にはリスクがあるだろう」

「忘れたのかよ。ここは陸の孤島だぞ。近隣に民家はない。信者以外は人も通らない山の奥だ。死体を埋める場所なんか腐るほどある。つまり海のど真ん中に匹敵するほど、殺人で物事を解決するのに、おあつらえ向きのシチュエーションなんだよ。それを利用しない訳があるか。アイツらには常識も良識もないからな」

 築根も黙り込んだ。代わって原樹が口を開く。

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