断言はしない

ノベルバユーザー617307

断言はしない

 築根が唸る。

「私たちと給孤独者会議がぶつかったのは、偶然じゃない?」
「そう考えると、やっぱり数じゃなく、殺す相手には意味があるのかも知れん」

「おい、どっちなんだ」

 原樹の素直な突っ込みに、オレは笑ってしまった。

「それがわかりゃ苦労はしねえよ」

 これからタバコは三箱持ち歩く事にしよう。もしここにタバコが一カートンあったら、こんな事件くらいすぐ解決してやるのに。

「一と一と三」オレはもう一度繰り返した。「最初の一はストーカー殺人。犯人は捕まってる。続く一と三は同一犯の可能性が高い。その合計は四だ」

 原樹がまた首をかしげた。

「それが?」
「いま、この建物の中には四つのグループが居る」

「三つじゃないのか」

 築根の顔が険しくなる。オレは右手を挙げて、指を一本ずつ折って行った。

「いや、四つだ。まず天晴宮日月教団、だがコイツらは二つに分かれてる。朝陽派と夕月派だな。三つ目は給孤独者会議だ。そして残る四つ目は、当然ここに居るオレたち四人って事になる」

 原樹は呆気に取られている。ホントいつまでも自覚ねえなコイツは。

「和馬は夕月を教祖にしようとしていた。つまり夕月派だ。そして小梅は朝陽の側近だから、当然朝陽派だよな。予言通りなら、あと二人殺される。残ってるのは給孤独者会議とオレたち。どっちが先かは犯人のみぞ知る、ってとこかもよ」

「警部補!」原樹が突然声を上げた。「自分と五味が道を切り開きます、警部補は逃げてください!」

 何でオレが計算に入ってるんだよ、と突っ込む間もなく、築根の人差し指が原樹の鼻の頭を強く打った。

「ふがぁっ?」

 鼻を押さえる原樹に築根は笑う。

「落ち着け。まだ助かるチャンスはあるよ。そうだろ、五味」

 オレはそれには答えず、腕を組んで二人を見上げた。自信を持って答えられるほど、頭が回っていない。

「典前和馬は自室で殺された。て事は、あの時間に和馬の部屋を訪れても、警戒されない相手が犯人だ。小梅太助は六階に呼び出されて殺された。て事は、小梅を呼び出してもおかしくない相手が犯人だ」

「……教祖なら、無理なく筋が通るな」

 苦笑する築根に、オレはうなずいた。

「教祖がムキムキのワンダーウーマンなら話が早いんだが」

「とにかく」築根は言った。「誰かから呼び出されるような事があれば注意しよう。仮にそれが、ここにいる自分以外の三人からであってもだ。あと、この四人はなるべく一緒に行動する。まずは身を守る事から始めよう」

 原樹もうなずく。オレは部屋の隅っこで膝を抱えているジローに声をかけた。

「ジロー、わかったな。もう時計の間に行くのはナシだ」

 しかしジローは虚空を見つめて反応しない。まあいつもの事だ。

「とりあえず、次の午前三時がポイントになる。何かあるならこの時間だろう」

 断言はしなかった。出来なかった。オレはまだ犯人について、何もわかっちゃいなかったからだ。午前三時がポイント。普通ならそうだ。だが普通って何だ。そもそもこの犯人は普通なのか。それも午前三時になればわかるかも知れない。自分が殺されなければの話だが。アレ、いまのうちにタバコ吸っておいた方が良くないか?

夢を見ていた
 母さんの夢だ

 神を信じた母さん
 神に愛された母さん
 優しかった母さん
 そして僕を裏切った母さん

 時計を見る
 午前三時を過ぎたところ
 みんな眠っているだろうか
 それとも待っているだろうか

 闇に怯えながら
 静寂に恐怖しながら
 自分以外の誰かが死ぬのを

 だけどそれは叶わない
 僕は目を閉じる
 もう少しだけ眠っていよう

 まだ時間はある
 次の死までの時間は



 デジタル時計は午前三時五十九分から四時に変わった。何も起きなかった。私は自分でもビックリするくらい、大きな溜息をついた。

 小梅さんが殺されたとき、犯人は非常ベルのボタンを押した。もし、いま誰かが殺されていたとしたら、犯人はまた何らかの手段でみんなに知らせるはず。でも部屋の外からは何も聞こえて来ない。という事は、少なくとも次の午後三時までは何も起きないっていう事なんじゃないだろうか。

 そう考えたところまでは憶えている。次に気がついたとき、私はベッドで横になっていた。安心して眠ってしまったらしい。窓から光が差し込んでいる。目を覚まさせたのは電子音。内線電話が鳴っているのだ。私は眠い目をこすりながら通話ボタンを押した。

「はい」
「夕月様、大変です」それは大松さんの声。「すぐ三階に来てください、碧さんが!」



 激しくドアを叩くノックの音に、オレは目を覚ました。いつの間にか眠っていたらしい。窓の外はもう明るい。顔を上げたときには築根が走っていた。ドアの開く音。そして。

「夕月ちゃん、どうしたの!」

 オレと原樹もドアに向かう。そこには涙で顔をグシャグシャにした夕月が立ち尽くしていた。

「どうした、何があった」
「五味さん……碧さんが、碧さんが」

 脳天に稲妻が落ちてきた。もちろん実際には落雷などない。だがそれほどの衝撃がオレを襲った。倒れそうになる体を何とか支えて、夕月にたずねる。

「何階だ」
「……三階」

 オレは走った。走れているのかどうか自分でもわからなかったが、とにかくよろめく足を前に進めた。階段で一つ下の階に降りる。廊下に出ると、突き当たりに人だかりが出来ていた。


 建築基準法だったか、施行令だったかな。とにかく法律で決まっている。建物の三階以上には、消防隊の進入口を設置しなくてはならない。それはたいていガラス窓で、その窓には正三角形のマークを張り付けるのが一般的だ。そのマークの断片が、割れたガラスに残っている。オレは大きく口を開けた窓の下部、ガラスが残っていない場所から首を出して、下をのぞき込んだ。

 この建物は一階と二階の天井が高い。一階は玄関ロビーで、二階には結婚式場があった。どちらも五、六メートルはあるだろう。天井の厚さを考慮すれば、三階のこの窓までの高さは十三、四メートルほどあるのではないか。下の地面はコンクリート敷きだ。ここから落ちたら、助かるかどうかは半々ってとこかも知れない。

 作務衣姿の柴野碧の体は、見事に大の字に倒れていた。体の周囲に見える黒い跡は出血か。ピクリとも動く様子は見えない。

「クソッ」

 千二百万。口に出かけた言葉を飲み込む。千二百万円だぞ。なんてこった。

「五味!」

 背後から聞こえた築根の声に、オレは首を引っ込めて振り返った。築根と夕月、そしてジローをおぶった原樹が、人混みを掻き分けてやって来た。なるほど、ジローを一人で置いておけないから連れてきたのか。よくやる。オレは笑いそうになってしまった。いかん、ショックがデカ過ぎるようだ。

 築根に窓を指さし、場所を譲った。

「おい五味、これはいったいどういう事だ」

 原樹の問いかけに、オレは言葉を探した。夕月も懸命に見つめている。

「……迂闊だったよ。いや、間抜けと言った方がいいな」

 自分の目が泳いでいるのがわかる。まったく間抜けだ。小梅の爺さんが六階で殺された時点で気付くべきだったんだ。三にこだわる犯人が、何故あのとき三階で殺さなかったのか。二人目か三人目のどちらかが三階で殺される事くらい、考えればわかるじゃねえか、このボンクラが。それに。

「オレは、ここに四つのグループがあると考えていた。だが実際には五つ目のグループがあったんだよ。それを見落としていた訳だ」
「五つ目のグループだと」

 そう、柴野碧は朝陽の旧友で夕月の教育係。おそらく朝陽派でも夕月派でもなかった。

「やられたよ。これじゃ何もわからないのと一緒だ。手も足も出ねえ」

 仮に犯人がオレの推理通り、各グループから一人ずつ殺していたとしても、次に殺されるのは、オレたちか給孤独者会議のどちらかだ。確率にして三十分の一以下。これより絞り込むヒントはない。お手上げだ。

「おやおや、随分と弱気な事ですね」

 あざ笑うかの如き声が聞こえた。人垣が割れる。その向こうには殻橋邦命。

「しかし己の不甲斐なさに気付いた事は、成長と言えるでしょう。謎解きと犯人捜しは私に任せて、あなた方は情報集めに集中すべきだと理解できましたか」
「聞いていいかい、殻橋さんよ」

 オレの問いに、殻橋は勝ち誇った笑顔を見せた。

「何でしょう。答えられる事なら答えて差し上げますが」
「アンタ、まだ警察を呼ばないつもりか」

「もちろん、犯人はまだ見つかっておりませんからね」
「なるほどね、よくわかったよ」

 その一言に、殻橋は眉を寄せた。

「何がわかったと言うのです」

「今度はアンタが聞く番か。いいだろう、お返しに答えてやるよ。この犯人はアンタの事を知っている。もしくは、よく知っているヤツが仲間に居る。アンタがどういう行動に出るか、最初から計算した上で殺人計画を立ててるんだ」

「やはり、我々給孤独者会議の犯行だと言いたいのですか」
「だから違うって言ったろうが」

 声が大きくなった。感情が抑えきれない。

「犯人にとっちゃ、アンタらは将棋のコマに過ぎないって事だ。コマに指し手の思惑なんぞ理解出来っこない。無駄だよ、やめときな」

 すると、みるみる殻橋の顔は赤く茹だって行った。プライドが傷ついたのだろうか、敵意のこもった視線でオレをしばらくにらみつけると、不意に背を向けてこう言った。

「三階は封鎖です! 今後誰も入れてはなりません!」

 そして早足で去って行った。お付きの道士たちが、慌てて跡を追う。

「ざまあみろ」

 原樹が小声でつぶやく。おまえ関係ねえじゃん、と突っ込みかけたがやめた。築根がオレの隣に立つ。

「五味、これからどうする」

 どうもこうもねえ。それが正直な気持ちだった。しかし、いまそれを言っても仕方ない。一つずつ問題をしらみ潰しにして行くしかないだろう。

「一旦部屋に戻ろうぜ。封鎖だっつってるしよ。外に出られないんなら、調べられる事もない。ここに居ても時間の無駄だ。夕月、おまえも来い」

「え、でも」

 夕月は窓の外に目をやった。

「死人は寂しがったりしねえよ。聞きたい事がある。とにかく来い」

 築根は夕月の肩に手を置いた。

「いまは一人で居ない方がいい。五味はそう言いたいんだよ」

 そんなつもりは全然ないのだが、この状況じゃ何も言わない方がいいだろう。夕月が小さくうなずくのを見て、俺は窓に背を向けた。

部屋に戻ってすぐ、オレは夕月にたずねた。

「チマタって何だ」
「え? チマタ?」

「最初の予言に、夜のチマタの十文字ってあったろ。あれどういう意味だ」
「ああ、あの道俣ちまたはたぶん十字路の事。道俣神っていう、ヘカテーみたいな神様が日本神話にも居て」

 オレは天井を見上げた。何だよ、全然まったく完璧にどうでもいい話じゃねえか。何かの切っ掛けになるかと思ったんだが、思い出して損した。何でこう何もかも上手く行かないかね。疫病神でも取り憑いてるのか。まあガキとオカルトは大嫌いなんだが。気を取り直して質問を変える。

「ところで、柴野碧の部屋ってどこだ」
「五階です。この部屋の三つ隣」

 そんな近くに居たのか、千二百万。クソッ。最初に確認しとくんだった。……まあ、この期に及んで、そんな事を言い出したらキリがない。いまは考えをまとめる方が先だ。

「碧が三階の窓から落ちて死んだって事は、誰かが三階に呼び出した訳だ」

 つまり小梅のときと同じだ。だが。

「だが、どうやって呼び出すんだ」

 オレは窓際に腰を下ろしながら、自分のスマホを取り出して見た。バッテリーが切れる寸前のそれは、まだ圏外になっている。電話は使えない。直接ドアをノックしたのなら、三階まで連れて行く手間がかかる。手紙でも出したか。誰が届けるんだよ、馬鹿か。オレが頭をひねくり回していると、夕月は立ち尽くしたまま、自信なさげにこう言った。

「内線じゃないかな」
「内線?」

 その瞬間、オレは思い出した。あのとき感じた、ザラリとした違和感を。そうだ、あのとき夕月はこう言っていたのではなかったか。

――内線電話に予備があれば、持ってくるんですけど

 オレはやっと理解した。あの違和感の正体はこれだ。オレはコイツに引っかかってたんだ。確か事務所の電話ケーブルは、給孤独者会議の道士たちが切り刻んだはず。何故内線電話が使えるのか。

「内線電話なんて、使えないんじゃないのか」

 だが夕月は不思議そうな顔で首を振ると、ポケットに手を入れた。

「これなんですけど」

 手に取って差し出したそれは、小型で細長い筐体に、プッシュボタンと小さな液晶画面が組み込まれていた。思わず声が出た。

「PHSかよ!」

 一般電話としてのPHSのサービスは、すでに終了している。だがビルや工場の中で使う、構内電話としての業務用サービスは継続されているのだ。ただ、PHSにもジャミングは有効なはずだ。なのに何故使える。

「碧はこの内線電話を持っていたのか」
「はい、班長でしたから」

 少し怯えたような目で夕月は答える。

「小梅は」
「小梅さんも、たぶん」

「和馬は」
「和馬叔父様も持ってました」

「他には誰が持ってる」
「私、羽瀬川さん、大松さん、渡兄様、朝陽姉様、くらいかな」

 築根が夕月の隣に立った。

「五味、どう思う」
「ああ、基地局でも調べれば、誰と誰が通話したかくらいわかるんだろうが、いまそれを調べられるヤツがここには居ない」

「PHSを持っている事は、被害者になる条件だろうか」
「ここまでは確かにそうだ。だが、次もそうだとは限らない」

 原樹はおぶっていたジローを静かに下ろすと、築根の隣に立った。

「内線を全部回収すれば、次の被害者は出ないのでは」
「かも知れないな」築根はうなずいた。「だが問題は、あの殻橋が認めるかどうかだ」

「いや、問題はそこじゃねえだろ」

 築根が眉を寄せ、原樹はキョトンとしている。夕月も不思議そうな顔だ。オレは頭を抱えた。

「一番の問題は、いま内線電話を持っているヤツの中に犯人が居るって事だろうがよ」
「あ」

 三人揃って口を開けやがった。まったくコイツらは。

「内線電話を回収なんかしたら、こっちはそこまでわかってるって犯人に教えるようなもんだろう。それでもオレは別に構わんさ。ここから出られるんなら、犯人なんぞ誰でもいい。いまさら金になる訳でもないしな。でもアンタらはそれでいいのかって話だ」

「い、いや、待て。それは良くない」

 築根がオタオタしている。それを見て原樹もアワアワしている。コントか。

「良くはないんだが……じゃあ、どうすればいいんだ」

 築根が考え込む。オレは頭の中にあるものを、口から吐き出した。

「犯人は『三縛り』を続けている。だが、病的なこだわりは感じない。柴野碧は三階の窓から落とされた、それだけだ。犯行は三時に行われなかった。おかげで絞り込みが難しい。三人目も、もう三時には殺されないかも知れない。場所は三階ですらないかも知れない。三人目というだけで、三縛りは成立しているからな」

「何だか事件が起こるたびに選択肢が増えて行く気がする」

 築根が溜息をつく。

「数学的に見れば減ってはいるんだろう。だが感覚的には増えてるよな」

 オレも苦笑する。すると原樹が言った。

「考えすぎなんじゃないか」
「あ?」

 そういう台詞は考えてるヤツが言う事だろう、と言いたいのを堪えた。偉いぞ、オレ。原樹は自信満々に続ける。

「ここは基本に立ち返ってだな、一番怪しいヤツをしょっぴいて追求した方が早いんじゃないか」
「そういうのを岡っ引き根性と言うんだぞ」

 築根ににらまれて、原樹は一転、しゅんと小さくなった。しかし。

「いや、それもアリなのかも知れん」

 オレがそう言った事で、原樹の顔に明るさが差した。

「おい五味」

 築根がにらむ。だが別にオレはふざけてる訳じゃない。

「明らかに怪しいヤツが一人居る。典前朝陽だ。アレを追求すれば、すぐボロが出る可能性はある」
「そ、そうだよな」

 原樹が笑顔になった。このパターンは何回目だ。

「ただし」オレは言った。「さすがにその程度は、あの殻橋邦命でも思いつく。おそらくもうやってるだろう」

 その一言で、原樹は撃沈した。

「あの、結局は動機なんじゃないでしょうか」

 いまの会話を聞いていたのかどうか、夕月が思い詰めた口調で話す。

「犯人がどうして人を殺すのか、それがわかれば、誰が犯人なのかわかる気がします」
「まあ、それは確かにそうなんだが」

 理屈としてそれは正しい。だが実際のところ、犯人の動機を推定するにはヒントが必要だ。どこにそのヒントがあるのか。

「教団に対する恨みとかでしょうか」

 夕月が懸命に考えているのはわかる。少なくとも原樹よりは頭を使ってる。とは言え。

「恨みの線は薄いかも知れんな」

 いまは気を遣ってる場合でもない。違う物は違うと言うしかない。

「どうしてそう思うんですか」
「おまえさんの姉貴が関わってるからさ」

 オレは内ポケットに手を入れた。ダメだ、もう限界だ。これ以上タバコなしで頭を使うのは、いくらなんでもキツい。

「どうしても朝陽姉様が怪しいと言うんですね」

 オレはフィルムを乱暴に破り、箱をこじ開けた。指が思うように動かない。一本引っ張り出して口に咥え、えーっとライター、ライターはどこだ。

「あー、とにかくだな」

 ライターがあった。何で左のポケットになんか入ってるんだ。しかも一発で火が点かない。だが何とか二回目で点いた。タバコの先を火の中に突っ込み、強めに吸い込む。

「……あー、とにかく」

 もう一度同じ事を言って、オレは夕月に視点を合わせた。やっと頭が回った。

「典前朝陽が、一連の殺人事件の実行犯である可能性は低い。まずない。しかし、無関係であるはずがない」
「どうしてですか。予言をしたから?」

「そうだ。朝陽は殺人が行われる事を知っていた。知っていて、それに協力したんだ。もしこの事件の犯人が教団に恨みを持っているのなら、真っ先に朝陽を殺そうとしただろう。だがそうはしなかった。つまり犯人は教団に興味など持っていない可能性がある。それありきの予言だ」

「でも、予言は父様の霊が」
「何のために」

「えっ」

 夕月は呆然とした。

「おまえの親父は、いったい何のために、いったい誰のために予言なんかしたと思う」
「それは」

 そう、それは犯人のため。予言があったから人が殺されたんじゃない。人を殺すために予言を利用したんだ。オレがそう言おうとしたとき。

 ザラリ

 違和感だ。オレはまた違和感を覚えている。今度は何だ。また夕月の言葉か。……違うぞ。逃がすな、この違和感を逃がすな、捕まえるんだ。オレは何かに気付いている。オレの脳みそは何かを理解している。タバコを吸え、頭を回せ。何だ、何なんだ。気付け、いますぐに気付け!

――いったい誰のために

 オレの言葉だ。オレの違和感の原因は、このオレの言葉だ。誰のため? そんなもの、犯人のために決まってるだろう。いや、待てよ。

――メッセージみたいなものかも知れん

 これもオレの言葉だ。もしこの連続殺人がメッセージなら、つまり犯人によって、犯人以外の誰かに、何かを伝えるために仕組まれた犯罪だとしたら。それは誰のためだ? 何のためだ? 典前朝陽のカリスマ性を増すためか。それとも死んだ典前大覚を神格化するためか。違う、そんな訳があるか。

――犯人は教団に興味など持っていない可能性がある

 だったらどういう事だ。何が理由だ。考えろ、考えろ、オレはいったい何を見落としている。

「おい五味! 大丈夫か!」

 突然オレの体は揺さぶられた。至近距離に原樹の顔が揺れている。

「しっかりしろ! 気分でも悪いのか!」
「あー、もう、てめえがしっかりしろよ!」

 腕を振りほどいたオレに、原樹が首を傾げた。

「へ? 何で?」

 ダメだこいつ。

彼は思い悩んでいた
 答が見つからず苦しんでいた
 けれどそれも計画の一部
 僕はこう言った

 この次は、あなたたちの中から死人が出ますよ

 彼は驚いていた
 動揺していた
 けれどそれも計画の一部
 僕はこう言った

 夕月派の和馬が死に
 朝陽派の小梅が死に
 どちらでもない碧が死に
 ここに残っているグループは
 あなた方と、刑事と探偵
 ならば次に殺されるのは、あなた方だ

 彼はまた驚いた
 そして僕にこうたずねた

 何故刑事と探偵は殺されないと言えるのですか

 僕は答えた

 だって彼らが犯人ですからね

 彼は歓喜した
 考えていた通りだったと
 自分は間違えていなかったと
 そして僕の手を取り笑った
 そんな彼を見て、僕は思った

 ああ、人殺しの目をしている



 結局あれから五味さんは、不機嫌な顔で考え込んだまま。私はどうする事もできずに部屋に戻った。

 予言は誰のため? 五味さんの言ってた事を考える。父様の霊は朝陽姉様を通じて予言をした。それは何故。何のため。誰のため。それがわかれば、朝陽姉様にかけられた嫌疑も晴れるかも知れない。

 朝陽姉様のため? でも姉様は予言のせいで疑われている。せっかく教祖になれたのに、いまは苦しい立場に追いやられている。そんな事を父様が望んでいたのだろうか。

 渡兄様のため? でも渡兄様は朝陽姉様が怪しいと主張して、大松さんたちと雰囲気が悪くなっただけで何も得られてはいない。父様は兄様を随分と気にかけていたけど、死んだ後まで心配するのだろうか。

教団のため? でも教団は売られてしまった。もっと早く予言があれば。人が死ぬ予言じゃなくて、みんなを幸せにする予言があったなら。

 私のため? そんなはずは絶対にない。父様は私を可愛がってはくれたけれど、和馬叔父様を殺して、小梅さんを殺して、碧さんを殺して、私が幸せになるはずがない。なれるはずがない。

 じゃあ誰のため? 何のため? 結果には原因がある。行動には理由がある。父様が予言をしたのにも、姉様の口を借りたのにも、必ず何らかの理由があるに違いない。違いないのだけれど。

 ……ダメだ、思い浮かばない。五味さんのようには行かない。私には推理なんて無理なのかも知れない。でも。

「あらゆる不可能を排除したとき、最後に残ったものがいかに有り得なくとも、それが真実である」

 ホームズはそう言う。私はあらゆる不可能を排除しただろうか。考えよう。もう一度、ううん、何度でも考えよう。いま私に出来る事は他にないのだから。



 午後三時を過ぎた。当たり前のように何も起こらない。やれやれ、こっちの不安も動揺も計算のうちってか。まったく嫌になる。さっさと解放してくんねえかな。千二百万のネタも駄目になったし、これ以上こんな所に居ても、何の得もない。犯人が誰とか知るか。あと何人殺されるとか、どうでもいい。オレは事務所のソファの上で、好きなだけタバコが吸いてえんだ。

「五味、どう思う」

 築根が話しかけてくる。どうも思わねえよ、と言ってやりたかったが、一応聞いてみる。

「何が」
「三時を過ぎたが何も起こらない」

「四時まではあと四十分くらいあるんじゃねえの」
「その間に何かあると思うか」

「思わんね」

 何で真面目に答えてんだ、オレは。どんだけ律儀なんだよ。築根はなおも問いかける。

「柴野碧が三階から落とされて殺された以上、犯人は三へのこだわりを捨ててはいないと見るべきだ。なのに何故三時に動かない」
「今日の分はもう終わったって事だろう」

 築根はじっとオレを見つめる。美人なんだが、まったく色っぽくない。

「昨日は小梅が殺されて、今日は碧が殺された。だったら明日また殺せば、三日連続三人殺しだ。三尽くしじゃねえか」

「最初から三日で三人殺す計画だったという事か」
「そりゃそうだろ。無計画にここまで出来る訳がない。どんだけ天才的犯罪者だよ」

 原樹は壁にもたれて居眠りをしている。ジローはいつも通り膝を抱えて虚空を見つめていた。外からは何も聞こえて来ず、築根は沈黙して何かを考えている。静寂の中、オレは一つ溜息をついた。ああ、タバコが吸いてえ。

「一と一と三」

 不意に築根がつぶやいた。

「あ?」
「予言では一と一と三を強調した。これを、この順番で人を殺すという事だと私たちは受け取った。実際、その順番通りに人が死のうとしている。だが、これが正解なのか」

 築根の考えている事が理解できなかった。しかしコイツは元来優秀な刑事だ。優秀過ぎて煙たがられる事はあるにせよ、原樹とは頭の出来が違う。

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