臨魁学園物語――転校生とガチ恋をして、二人で幸せになる話――

鳥原波

15章 48~50週 高校最後のお祭り騒ぎ!ベストカップルの副賞とは!?

 学園祭の準備が始まると、僕と更紗の放課後の生活は少しばかりすれ違うことになった。
 一緒に入院手続きに行った月曜日を皮切りに、僕は月、水、金に更紗と一緒に彼女のお父さんのお見舞いに行くため、夏休み中は17時半に学校を出させてもらうことにしてもらえた。クラスのみんなには本当に感謝だ。
 すれ違うと言っても、月、水、金は一緒に帰るし、火、木、土は更紗と綸子ちゃんはお見舞いのあと――少し遅い時間にはなるんだけど――僕の家に来て、晩ご飯を食べて帰ることになっているから、言うほどすれ違いじゃないかもね。
 でも、学校帰りに隣に更紗がいないという事実はとても寂しいわけで、それは、更紗も同じだと、初めて別々に帰った日にライナーで言っていたから、同じ思いでいたことが何より嬉しいなと感じていた。
 お父さんの様子は入院前とほぼ同じで急激に痩せてはいないんだけど、やはり最初に抗がん剤を投与しているのか顔色はあまり良くなかった。
「それでも、副作用は少ない方みたいだから、なんとか食べられているし、元気だよ」
とお父さんは言っていたけど、それは強がり半分であることは、更紗には分かっていたみたいだった。
「だってお父さん、強がりを言う時は眉が下がるの」
 さすがは家族だよなと感じたその時だった。
 更紗も綸子ちゃんも、さすがに家で2人だけの生活は寂しく感じているようだけど、そういうときだからこそ、更に助け合っている。綸子ちゃんはお父さんが入院した翌週から学校が始まるから、時間があるという理由で、最初の週の僕と更紗のお弁当を作ってくれていたし、更紗も更紗で綸子ちゃんの宿題の追い込みに付き合って、自由研究を終わらせていたし、綸子ちゃんのお弁当の手伝いも勿論していた。
 二人の努力には、本当に頭の下がる思いだ。
 一方、学校の方はお化け屋敷と言うこともあって準備を急いで進めなくていならない。
 そんなに広くない教室をどれだけ広く使えるかというルートの選定に始まり、そこに置くギミックや人、そしてどんなお化けを出すかというアイディアまで、夏休みの前半の補習でも結構話し合いはされていたけど、いざ作成となった時には「あ、これは難しい」「これはできる」「こっちは難しいけど、こっちにすると上手くいきそう」といった感じで、試行錯誤しながら真剣に作業をしている。
 僕も僕で、「人感センサーとタブレット、小型プロジェクターで人が通った瞬間に映像を流すようにできないかな?」という提案をしてみたけど、結構難しくそのアイディアそのものは断念せざるをえなかったけど、流しっぱなしでイイならそれはそれでありだねと言われ、幽霊が壁際に浮いているようなアニメーションを投影することになった。
「デザイナーコースにこういうの詳しい友人いるから聞いてみるね」
という中山さんの言葉に頼もしさを感じながら、まずは全体像ができてくる。
 あと1週間は午前中補習があるから、教室を実験台にできないところが厳しいのだけれども、それも週末になれば教室が使えるようになる。だから、色々問題が出てきたとしても対処できるだろう。
 そして、更紗と一緒に帰る時の話の中身は、勿論今のそれぞれのクラスの進捗状況。
「今日は、レイアウトがだいたい固まったよ」と水曜日の帰り道に僕が話すと更紗も、「私達の方も、店内レイアウトはだいたい。あとはメニューと服装ね」と答えてくれる。
 だから僕は、
「メニューって教えてくれないの?」
って聞くと、更紗は笑って、
「それは、当日のお楽しみ。大丈夫、美味しいの作るから安心して。っていても、まだちゃんと決まってないの、だいたいは決まりつつあるけど、だから言えないんだ」
と答える。
「いや、更紗の作るのは美味しいからそこに関しては心配してないよ。だけど、何を作るのかは気になるんだよね」
と食い下がっても、
「だーめ。こればかりは教えてあ~げない。だって、私だって慎吾のクラスの中身聞かないんだよ。これでおあいこじゃない?」
と言われたら、ハイそうですね、としか言えなくて。
「でも、飲み物だけは教えてあげるね。コーヒー紅茶、ウーロン茶にコーラとオレンジジュースだよ」
 …飲み物が聞けただけでも良しとしよう。
 そして、もう一つ引っかかった「服装」については、
「これに関してはね、夢衣ちゃん達手芸部の人を中心にお願いしているんだ。夏休み前に採寸したんだけど…」
と、そこまで言って更紗はちょっと口ごもる。
「…?どうしたの?」
 僕が不審に思って聞くと、
「あ、ううん。なんでも、ないよ」
と目も合わせず変に詰まった返事が返ってくる。採寸は夏休み前で、この夏休みの間で何かがあった…。いや、それは僕たちの黒歴史があったんだけど…。
「夏休みは入ってからは、海に行ったのと、そのあとのあのこと以外には特に何もなかったよね?」
と僕が確認すると、更紗は僕の方に少しぎこちない笑みを浮かべて、
「そう、それ以外は何もなかったんだよ。確かに。引退した部活にもほとんど顔を出すこともなかったし。逆に何もなさ過ぎて、身体も余り動かせなかったから…」
とだけ言って、また視線を逸らす。身体を動かさなかった…運動不足。何もない、普段通りの生活…。
 そこから導かれる結論は、一つ。でも、それをどう伝えれば良いのかと逡巡したけれど、そこはあえて本当のことと思われることは言わずにおいた方が良いかなと思い、
「…何となく分かったけど、言わないでおくよ。でも、そんなに変わってないと思うんだけどなぁ…」
と更紗の顔を見ながら言うと、更紗の頬は一気に真っ赤になる。
「もう、何言ってるのよ…そんなに変わってないって分かるの?裸見たわけじゃないくせに」
と、ちょっと興奮気味に言う更紗に、僕はやれやれと首を振って、
「僕は別に、『更紗は変わってない』と言っただけで、体型のこととかを指定して言ったわけじゃないんだけど?え?体形を気にするようなことでもあったの?」
と、言うと更紗の顔は更に真っ赤になる。
「あぅ…誘導尋問に引っかかっちゃった…恥ずかしい…」
 更紗は観念して、
「ちょっとね、太っちゃったから入るかなって。結構シビアに作るみたいだから」
と言う。だから僕は、
「そんなに際どいものを着るの?」
と尋ねる。更紗は「そこまでじゃないんだけど、ただ、スカートは短めになるみたいなのよね…」と言うから、ちょっとギョッとした。
 だって、更紗はミニスカートを履いたことがないんだ。だいたいデートに行く時はデニムやチノパンと言ったパンツやズボンがだいたいで、スカートをはく時は、必ず膝下だった。それも、身体を動かすことのない映画館や図書館での勉強の時くらいで、あとはほぼパンツルック。
「…それはまた、更紗にしては挑戦じゃない?」
 僕はそう言って更紗の顔を見ると、更紗はこくんと頷いて、
「そうなのよねぇ。でも、まぁそれで集客が上がるなら良いかなって割り切るわ。折角夢衣ちゃんも気合いを入れて作ってくれるって言ってくれたから」
と言う。
 そんな話をしていると、病院に到着する。今日は僕も一緒にお見舞いだ。
 いつものように、5階までエレベーターで上がり、お父さんの病室へ。まだ夏休みの綸子ちゃんは、午前中か、午後の早いうちにお父さんのお見舞いに行き、月水金は夕食を作って更紗を待っている。だから、二人で見舞いに行くことになる。火木土については更紗と綸子ちゃんがこの時間に見舞いに行き、母さんがここまで迎えに来て僕の家で夕飯を食べるんだ。
「お父さん、ただいま」
 更紗がそう言って病室に入り、僕も、「お邪魔します。早速、夕食取りに行きますね」と言って、ナースステーションの前へ向かう。背中からお父さんの「ありがとう。別にいいんだよ」と言う声が届くけど、僕はお父さんの方を向いて、「ぜひさせて下さい」と言って病室を出る。
 時間はちょうど18時で、夕食が配膳されている。僕がお見舞いに行ったときは、こうして自分ができることを手伝おうと思っているから、僕はワゴンに乗っている夕食からお父さんの名前を見つけて、取り出し病室へ戻る。
「お待たせしました」
 僕が病室に入ってそう言うと、更紗はすでにお父さんがすぐ食べられるようにテーブルをお父さんの手元に準備してあって、「ありがとう、慎吾」「すまないね、ありがとう慎吾くん」と二人は言ってくれた。そんな二人に「どうぞ」とテーブルの上に夕食を置く。
 おかゆに魚の香味焼き、細切りサラダ、みかん。量は大して多くないから、僕が食べると絶対に足りない。でも、病床のお父さんにとっては、丁度いい量だったようだ。
「二人とも、学校はどうだい?学園祭の準備は順調かな?」
 夕食を食べながら、お父さんは僕達と話をする。
「ええ、ボチボチね。詳細は慎吾がいるから話せないけど」
 「ん?どうして?」と、お父さんは不思議そうな顔をする。そこには僕が対応する。
「クラスが違うので、それぞれ出し物も違うんです。更紗の文系クラスは喫茶コーナー、僕の理系クラスはお化け屋敷なので、それぞれ内容については秘密にするようにと、お互いのリーダーから箝口令を敷かれているんでお互いに内緒にしているんですよ。ただ、リーダーから『ここまではいい』と言われていることだけならOKなので、今日は飲み物が決まったことを聞いてます」
 お父さんは「そうか、徹底しているんだね。それは確かに分かってしまったら興ざめだね。それじゃ、更紗のクラスのことは、慎吾くんがいない明日聞くことにするよ」と納得する。
 そして、夕食が終わると再び僕が夕食を片付ける。それからもう少し話をして、19時に2人で病室を出る。
「それじゃお父さん、お休み。また明日ね」「お邪魔しました。また明後日来ます」
 僕達の言葉にお父さんは笑みを浮かべて、
「ありがとう、待ってるよ」
とベッドに身体を起こしたまま右手を挙げて応えてくれる。
 病院を出て、僕たちは手を繋ぎながら帰路につく。夏の暑さは陽が沈んでも僕たちの肌に絡みつくようでとても暑い。
「ダル暑…あぁ、早く帰ってエアコンの効いた部屋でゴロゴロしたいね」
 僕がそう言うと、更紗は少し笑みを浮かべて、
「確かに暑いね~」
と言いながら、カバンから出していた団扇をパタパタさせる。何気にブラウスの一番上のボタンを外しているから、ちょっと上の――丁度、僕の背丈くらいの――アングルから見れば、
実は谷間が見えてしまう。
 ちょっと僕は顔を赤くしながら、更紗にそれを悟られないように「綸子ちゃんは、今日の晩何を作ってるか聞いた?」と話を逸らす。
「んと、今日は麻婆丼と、中華スープって聞いてるよ。なに?一緒に食べたい?」
 更紗はそう悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ああ、確かに食べたいね」
と本音を吐露すると、更紗は立ち止まってさっとスマホを取り出す。
 ぱぱぱっと多分ライナーだろう、文を打って「さ、歩こう」と僕を促す。
「一体、誰に…?」
 聞かなくても分かることではあるけど、一応聞いた。
「ん?綸子だよ。慎吾も一緒に食べたいから大丈夫?って聞いてみた」
「って、僕は家に何も言ってないけど…」
「綸子の返事を待ってから家に連絡しても良いと思うよ。なんなら、私からお母さんに連絡しても構わないし。慎吾の食いしん坊が、うちで食べたいって言ってますってね」
 はい、撃沈。僕はそういうことならと綸子ちゃんからの返事を待つ。
 少し間があって、更紗の元に綸子ちゃんからライナーが届く。
「うん、分かっただって。でも、一言『そんなことだろうと思ってた』って」
 更紗がちょっと苦笑いする。見透かされていたようで、僕も一緒に苦笑い。
「そっか、『そんなことだろうと思ってた』か…。綸子ちゃんもなかなかだね」
 僕がそう言うと、更紗は笑って、
「そうね。口げんかで負けることもあるし。あの子はああ見えて結構強かだから。大浦くんって、綸子に聞くと結構モテるらしくて、争奪戦になっているんだって。でも、綸子自身はその輪の中に入らないようにしながら少しずつ距離を詰めてたから、お盆前の図書館でのやりとりになったみたいよ」
と言う。だから僕は目を丸くして、
「それはすごいな。僕は更紗に対して一直線だったから、どうやってそんな仲になったのかもう少し時間が経って、綸子ちゃんが大浦くんと付き合うようになったら聞いてみたいものだね」
と答えれば、更紗は目をさっと細める。
「それは、どういう意味?」
 と少し鋭い口調で聞いてくるけど、僕はすました顔で、
「ああ、教員になったら僕たちや綸子ちゃんくらいの年頃の子とやりとりし合うわけだから、色んな考え方、人との付き合い方を知りたいなと言う純粋な好奇心だよ」
と回答すれば、更紗の目はすぐに緩んで、
「なるほどね。慎吾、勉強熱心?」
と言われ、今度は僕が苦笑いをする番だった。
「やっぱりさ、小学校時代のあれが後を引いてるんだよね。人としての機知というのをもう少し知っていかないとなって。考え方を変えてから友だちは増えていった、でも、悪意に敏感になるばかりで、その悪意に晒されないようにするのに一生懸命になっていたところもあるから、余り目立たないように生活していたこともちょっと今にして思えば臆病すぎたなって思う」
 正直な思いを吐露する。それには更紗も「そうか、そうだよね…」と頷いて、
「だから、もっともっと色んな思いの伝え方を知りたいと言うことだよね。うん、分かった」
と僕の頭を撫でてくれた。
 そして、更紗の家に着いて、綸子ちゃんが「お帰り、二人とも」と出迎えてくれる。「もう夕飯できているから、早速食べようよ」と続けて言ってくれるから、僕たちは遠慮なくダイニングへ。
 とっても美味しくて、ちょっとピリ辛な麻婆豆腐が乗った丼に、あっさり目の中華スープのコントラストが見事で、あっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさまでした。ありがとう、綸子ちゃん」
「いいえ、どういたしまして。お父さんがいなくなってもつい、3人分作ってしまっていたから、とても助かりました」
 綸子ちゃんはそう言って笑顔を僕たちに見せる。
「でも綸子、本当にゴメンね。補習始まってから当面夕食当番させちゃって」
 更紗の謝罪に綸子ちゃんは変わらず笑みを浮かべて、
「ううん、お姉ちゃんも今学園祭で忙しいんだから、課題も終わってあとは悠々自適な私がするのが当たり前だよ。お姉ちゃんは準備を頑張る!」
と言って励ましてくれる。どれだけ天使な妹なんだよ…。と思っていると、
「それに、週3で慎吾さんの家で食べるんだから、そっちの方が気を遣うよ。いつもすみません、慎吾さん」
と僕に話を振ってくる。
「いや、それは、母さんの好意でしているからね。だって、前に母さん言っていたじゃないか。娘が二人できた感じだって。母さん、それだけ二人のことが大好きだから、力になりたいと思っているんだよ」
 僕がそう言うと、二人は真顔になる。そして、ちょっと目に涙が溜まってきたみたいだった。
「そう言ってくれるの、すごく嬉しいんですよ」
「お母さんが亡くなってもうすぐ4年。すぐそこにお母さんはいるけど、あの暖かさを感じることができなくなってから、私達はとっても、寂しかった」
 そう更紗は言って、ダイニングの隅に安置している棚の、お母さんの遺影を見る。
「でも、慎吾さんのお母さんがそう言って私達を娘みたいに扱ってくれることで、私達はお母さんの暖かさを再確認できました」
「だから、いつかこの恩返しは絶対にしようねって、いつも綸子と話しているんだ。どんな形にしようかというのは、まだ先の話だけど」
 二人の言葉に、僕の胸は温かくなって、不意に、右目から涙がこぼれた。
「慎吾、泣いてる?」
 更紗の言葉で初めて僕はそれを認識したから、慌てて、「いや、汗だよ」なんて誤魔化す。けど、二人から「そんなわけないじゃない」と突っ込まれて、僕は笑うしかなかった。
 でも、そんな二人を見ていて、更紗と――いや、この大原家と――関わることができたことは、僕にとって非常に嬉しいことで、人生の指針を決定づけた出来事だったんだ、と後々まで自覚することができた大きい瞬間の一つだと大人になってからも思っている。

 急ピッチで進む学園祭の準備。今日は土曜日で、本来は補習はないんだけど、だからこそ、朝から準備に没頭できるって訳で、それは明日の日曜も同様だ。そして、月曜以降も補習はなく、準備期間に当てられる。
 だから僕たちは、この日に実際の設営をある程度やっていこうという話になった。それは文系クラスも同じだったようで、お互いにある程度の机と椅子を廊下に出して、教室に残した机と椅子を想定しているレイアウト図面に沿って配置していく。
「う~ん、思ったよりずれるね」
 責任者である敷島博司が頭を抱える。理系クラスの中では余り目立たない存在なんだけど、責任感が強く、美術を専攻したいのに理系という一癖ある人物だ。僕はそこまでたくさん話したことはないけど、話をした時はなかなかにユニークだった。そんな敷島に僕は、
「初めて合わせたから仕方ないよ。今から調整すれば良いし、明日もあるんだから、少しずつみんなと話を詰めていこう」
と言うと、敷島は、
「そうだな。ありがとう、東条」
と言って、どうするか他のメンバーと話を始めた。
「ふぅ…」
 僕は、10時の休憩時間になると一人で図書館横の自販機コーナーへ向かった。
 レイアウトは多少のズレがあったものの、修正をみんなと話をしながらしていくうちに新しいアイディアが出てきて士気が俄然高まった。
 僕は少し疲れた身体を癒やそうと、自販機でコーヒーを買って、口に含む。
 そこに、聞き慣れた声。
「慎吾、進捗はどう?」
 更紗だった。「姿が見えたから、追って来ちゃった」と舌をちろっと出す彼女に、
「うん、まあまあイイ感じかな。更紗は?途中で抜けて大丈夫だったの?」
 そう逆に問いかけると、
「うん、こっちもイイ感じ。衣装の仮縫いで合わせてみたけど、周りから褒められちゃった。で、衣装合わせが終わって、15分休憩なんだ」
と返ってくるから、どんな衣装だったのか聞くとやっぱり、
「教えてあげな~い」
とつれない返事が返ってきた。
「ですよね~」
と僕はおどけて言うと更紗は、
「まぁでも、可愛い衣装と言わせてもらうわ。さすが夢衣ちゃん、上手に作ってありがとうだよ」
と言う。
 本当に、当日が楽しみになってくる。
「ホント、当日が楽しみで仕方ないよ。でも、さすがに喫茶店での格好のまま校内を一緒に歩くなんてことはないよね?」
と僕が聞くと、さすがに頷いて、「うん、歩かないよ。さすがに断った」と返してくれる。
 そんなに可愛いのなら、僕は独り占めしたいんだけどね、でも、それはさすがに無理だよなぁと思わず呟いてしまうと、更紗は「…もし気に入ったら、学園祭が終わってから家で着てあげるよ。さすがに、綸子もいない時じゃないと恥ずかしいけど」とまで言ってくれるから、僕は少し大声になって「マジで!?それは本当に嬉しいな」と言ってしまい、ちょっと周りにいた生徒に睨まれてしまった。
 更紗は午前中でお父さんのお見舞いで帰ったけど、僕はずっと残ってお化け屋敷の調整をしていた。僕は元々受付係だけど、だからといってそれだけで終わりたくないから、積極的に手伝っている。受付の何人かは、予備校へ終盤の夏期講習に行くことになっているから、夏休み中はあまり力になれないと言っている連中を中心に配置しているから、僕のように多少余裕のあるものは手伝うのは当たり前だ。
「これ、暗幕足りないよね?もうあと3枚くらいいるかもね」
 一通りレイアウトしてみると、やはり設計の破綻が多少見えてきて、その結果として暗幕が足りない事態になった。
「生徒会に連絡して、追加で借りよう。余裕はあるはずだし、なんせ、俺は会長と仲良いし、頭下げてお願いすれば何とかなると思う」
と、敷島が言う。たしかに、今の生徒会長は敷島と中学部時代のクラスメイトで、仙台智之という。今でこそ、彼はICTエンジニアコースにいるけど、仙台とは僕も小学校高学年から結構仲良くしていた。
「それじゃ、僕が行ってくるよ」
 僕がそう言うと、敷島は「頼んだ」と行って僕を送り出してくれた。たぶん今なら、仙台は生徒会室にいて、色んな事態に当たっているんだろうと思う。
 僕は歩きながら、これからのことを考える。
 学園祭の出し物のこと、進路のこと、そして、更紗と綸子ちゃん、お父さんの大原家のこと。
 すべて、何とかなると思ってはいるけれど、やはり一番気がかりなのは更紗とお父さんのことだ。
 この先、お父さんは元気になってくれるのか、そればかり思う。
「元気になって欲しいなぁ…これ以上更紗と綸子ちゃんの家族がいなくなるのはイヤだ。この年で天涯孤独になるのは、本当に怖いことだと思うんだ…」
 そう思っているうちに、生徒会室に着いた。軽くノックすると、「どうぞ~」と男子生徒の声がしたから、「失礼します」と言って生徒会室に入る。
 眼鏡をかけた優男が目の前にいる。仙台だ。
「おぉ、東条か。どうした、こんなところに珍しい。お前に会計をやって欲しいと頼んで以来だな」
 そう、実は新年度が始まる直前に、仙台に呼ばれてそう頼まれたことがある。「数学得意なら大丈夫だろ?」って言われたけど、数学が得意なことと、お金の計算は別だ。だから断った経緯がある。それでも仙台は僕のことを評価してくれている、良い友人の一人だ。
 そんなことを思っていると、ぼ~っとしていると感じたのか、「どうした?」と声がかかる。
「あ、すまん。実はね、暗幕をあと3枚くらい貸して欲しいんだけど、在庫があるか、許可してもらえるか確認に来たんだ」
と僕が言うと、仙台は書記に「愛奈、暗幕の状況はどうなってる?ちょっと資料持ってきてくれ」と命じて資料を持ってこさせた。
 そして、貸し出し簿の資料を見て、うんうんなずく。
「ん~、まぁ、貸し出せるけど。足りないのか?」
 仙台がそう聞くから、僕は頷いて、「お化け屋敷のレイアウトなんだけど、思いの外通路を細くしたから見た目以上に距離ができて足りないんだ」と言えば、「そういうことならオッケーだ。いつ欲しい?」とあっさり許可が下りる。
「ありがとう。恩に着るよ。明日にはもらえるとありがたいね」
 僕が礼を言うと仙台は、
「まぁ、親友のよしみというやつさ。ま、もう一つあるんだけどな。これは、交換条件と言っても良いかも」
なんて言うものだから、僕はちょっと身構えてしまう。
「え?何…交換条件って?」
 そう聞き返す言葉に、ちょっと緊張があるのを仙台は見逃さなかったようで、フッと笑って僕に告げてくる。
「いや、学園祭恒例の、『ベストカップルコンテスト』に、生徒会推薦で出てほしいと言うだけなんだが、どうだろう?」
 …ベストカップルコンテスト…昭和から続いている、臨魁学園の伝統イベントだ。去年までの自分には縁のない話だと思っていたから、中学部の時からその時間帯に体育館の特設ステージまで足を運んだことがなかったな。
 とは言え、自分がその対象になったことに対して、正直なことを言うと俺たちで良いのかという少しの不安と、恥ずかしさが襲ってくるけど、僕の独断で良いよとは言えない。更紗とも話をして決める必要がある。だから、僕は即答を避けた。
「…考えておくよ。更紗にも話さなくちゃいけないと思うし、返事はいつまでにすると良い?」
 僕がそう答えると、仙台は、
「お、脈ありってことで良いんだな。まぁ、明日か遅くても明後日にはくれると有り難いよ」
と言って口角を上げた。そんな仙台に僕は、
「じゃ、更紗に聞いてみる。暗幕もらったときに返事できるようにするよ」
 そう聞くと、
「ああ、分かったよ。手配しておく。明日の午前中のうちには教室に届けるから」
と言う返事が返ってきたから、僕はきびすを返すと同時に右手を挙げて、
「それじゃ、よろしく、仙台会長」
と、生徒会室をあとにした。
「ベストカップル…ねぇ」
 僕は独りごちる。それも生徒会推薦。それは、正直なところ意外だった。
 だって、僕と更紗よりももっと距離感が近くてお似合いのカップルもいるというのに、僕たちが選ばれた。なぜなんだろう?と今更思う。
 でも、考えたところで分からないものは仕方がないから、今日の夕食のあと、更紗と綸子ちゃんを送り届ける時に聞いてみよう、そう思って教室へと戻った。
「おぅ、東条、首尾はどうだった?」
 敷島が聞いてきたから、僕は右手親指をサムアップする。
「OK。明日の午前中には教室に届けてくれるって」
 そう僕が言うと敷島もサムアップして、
「サンキュー東条、助かったわ」
と礼を言ってくれた。
 その日は、それ以外は大きなトラブルもなく修正したいところも修正できたから、安心して翌日の作業に取りかかれそうだ。そう思いながら、一人で帰路についた。

<HR>

「ま、前向きに考えてくれたかな」
 俺の話をすぐに否定せずに持ち帰ってくれたのはありがたかった。
「会長、彼は受けてくれるでしょうか?」
 書記の宇津見愛奈――俺の彼女でもあるんだが――がクールな表情で聞いてくるけど、俺の中では受けてくれるだろうという勘が働いている。
「たぶん大丈夫だ。東条は彼女次第だと思うからな。大原にしても、目立つのが嫌いというわけじゃないと思う。だって、転校当初のあの騒ぎに近い男達の盛り上がりっぷりにも平然としていたんだから、肝っ玉は据わっている女子だと思う。大丈夫だろう」
「…確かに、そうですね。大原さんとは話をしたことは全くありませんが、色々噂を聞いてます。スタイルもいいし、東条くんと組んだ2月の大会では初心者の部とは言え準優勝。テストもクラスでは上位の文武両道。カースト上位の陽キャと言うほどでもないけれど、友人も多い。羨ましいですね」
 愛奈はうらやんだ顔をする。が、俺はそんな愛奈の顔を見たくなくてつい言ってしまう。
「って、それだと愛奈が勉強もスポーツも何もできない陰キャって思われてしまうぞ。そんな事ないのに」
「…失礼しました、会長」
 突っ込んだ俺の言葉にクールな表情から少しバツの悪そうな顔になって返事をした愛奈を呼び寄せて、隣の椅子に座ってもらう。
「さて、彼らは優勝候補の一角になると思う。5月の連休前に起きたあの不良騒ぎでさらに知名度が上がったからな。とは言え、彼らと同じくらい有名なカップルもいるが、まぁ、優勝は堅いと思う。…それで、副賞の発注はできたか?」
「ええ、大丈夫です、会長。副賞のあれは、手芸部に発注してあります。ただ、彼女たちも元々の部活動の作品制作もありますから、サバンナでいくつかのサイズのものを購入して、装飾をしてもらう予定ですが、それで良かったでしょうか?」
 そうだ。部活に迷惑をかけてしまうから手を抜けるところは手を抜いてもらえればいい。
「OK。それで良しだ。一から全部作れとは俺だって言わないよ。ある程度のサイズが合えば、後の微調整は彼女たちなら問題ないんだろ?元手芸部の愛奈さんよ」
 そう、愛奈も手芸部に在籍していたが、生徒会に入るにあたって『どちらも同時にはできないから』と手芸部を辞めてしまった。それに関しては、悪かったなって思ってる。
 そんな俺の言葉に愛奈はクールな表情に戻って、「そうですね。バストウエストの調整はある程度はできるかと。いざとなれば、私も手伝います」と言う。
「よし、後は出場者だな。どんな感じだ?」
 最後の確認として参加者の確認をする。
「現在、4組のエントリーを受け付けています。先着5組ですから、もう締め切っています」
 愛奈の言葉に俺は頷いて、
「じゃ、あとは高みの見物といきますか。楽しみだぜ」
 俺はニヤッと笑って愛奈とその後のスケジュール確認にいそしんだ。多分、俺の思ったとおりに事態は動いてくれている。

 …恩返し、だよ、東条。

<HR>

 慎吾と話をしたあとは試食を作ってOKが出たから、良い気分で病院へ行って綸子と一緒にお父さんのお見舞い。
「オムライスに、イチゴクレープとチョコクレープ、ミートソーススパゲティ。どれも美味しいってみんな言ってくれたんだ」
と、私が戦果を報告すると、二人は目を細める。
「イイ感じだったね、お姉ちゃん」
「聞いているだけで美味しそうだね」
「でも、綸子にもたくさん手伝わせちゃって、ゴメンね。ありがとう」
 私はレシピ開発に協力してくれた綸子にそうお礼を言うと、綸子も、
「ううん、大丈夫。お母さんのレシピをアレンジできたし、クレープ生地をどう薄くするかって言う工夫も色々調べられたから、満足だよ」
と言ってくれる。
 そして、昨日初めて話をした邑ちゃんのことの話も少しして、明日もお話しするんだと言って、楽しみにしていることも伝えているうちに、時計は19時を指そうとしている。
「もうそろそろ慎吾のお母さんが迎えに来るね。お父さん、そろそろ出るから。明日も来るね」
 そう私が言って、帰り支度を始めると、綸子もそれに倣って帰り支度をする。
「明日は何時くらいに来るんだ?」
 お父さんが質問するから、私は「15時くらいかな」、綸子は「午前中にするね」と答えて、「それじゃ、お父さん、お休みなさい」「ああ、おやすみ」と病室を出る。
 玄関への道すがら、「邑ちゃんとお話しできて良かったね、お姉ちゃん」と綸子は言う。私は「そうね。支えるというか、なんか話し相手になってあげたいなって思うのよ。綸子もそうでしょ?」と聞くと、綸子も頷いて、「そうだね。何か力になれると良いなって思っているよ」という。
 明日も話ができることにうれしさを感じながら、正面玄関を出ると、既にそこに慎吾のお母さんはスタンバイしていた。
「お母さん、いつもすみません」
と言いながら車に乗り込む。「お母さん、ありがとうございます。今日もお世話になります」としっかりした挨拶をしたのは綸子だった。
「良いのよ、前から言っているじゃない。あなたたちは娘同然だから、全然苦に思わないわよ」
 そういうお母さんの優しさをいただきながら、今日のお父さんについて3人で少し話をする。
 ものの10分。私達は慎吾の家に着くと、早速夕飯を戴いた。
「今日の魚、美味しいですね」
「冷凍食品なのよね。でも、しっかりしていて美味しいと思うの」
 冷食と言うけど、あまり見たことがないものだから、「こういうの売ってますか?」と聞くと、「あぁ、個別宅配してもらってるの。決して安くはないんだけど、良い買い物をしてるとは思うの」と答えてもらって、そのお店の名前も聞いたから、近々検索してみようと思った。
 そして、夕飯が終わって少しすると、慎吾が「更紗、相談があるんだけど」と改まった感じで聞いてくる。
「うん、何?」
 すると慎吾は意外なことを喋った。
「今度の学園祭なんだけど、ベストカップルコンテストに、生徒会推薦で出てくれないかって、生徒会長直々にお願いされたんだよ…どうかな?」
 ベストカップルという言葉に、綸子は勿論、たまたま休みだった伊緒奈お姉さんとお母さんが驚きの声を上げる。
「ええ~?お姉ちゃん、それすごすぎない?」
「おい慎吾、どうやってそんな出場権を勝ち取ったんだよ?」
「あらあら、二人は学園公認の仲って取られているのね~」
 てんでばらばらな三人の姿に、私は笑ってしまう。
 とはいえ、ベストカップル…
「慎吾、どういう経緯で言われたの?」
 私は慎吾に聞く。
「いやね、お化け屋敷で暗幕が足りなくなったから、少し追加してもらおうと会長に直談判に行ったんだ。そしたらさ、暗幕と引き替えにベストカップルコンテストに出てほしいって言われたんだよね…」
 慎吾の言葉に、私の中で一つの疑問が湧き上がる。
「いきさつは分かったけど、でも、どうして私達なのかな?その理由は聞いた?」
 すると慎吾は、「あ」と気づいて、
「そう言えば、それ聞くの忘れていたよ。不意打ち食らって頭回っていなかった」
とちょっと呆然とした顔になる。
「もぅ、頼りないなぁ。でも、仙台会長って噂は聞いたけど、悪い人じゃなさそうだし、私達に何かすると言うわけじゃないよね?」
 私はそう言って慎吾に確認する。悪ふざけはあるけど、人をだましたり、いじめたりするような人間ではないって。会長になるに信用たり得る人だと聞いていた。
「ああ、それは僕も保証するよ。小学校の高学年から仲良くて、中学部時代にクラスメイトだったことがあって、今でも仲が良いんだ。頻繁に連絡を取ったりはしないから、更紗は知らなかったかもしれないけど、廊下ですれ違った時なんかは、お互いに声を掛け合って近況を報告するくらいはするしね」
 慎吾の言葉に、私は「分かった、じゃ、細かいことは気にしないでおこうね」と言って、疑問については封印することにした。後々分かることもあると思うし、今はそれよりも、その話を受けるかどうかが慎吾は話をしたいようだったから、私は首肯する。
「いいんじゃないかな?一度そういうのにも出てみたかったんだ。前の学校でミスコンがあった時はそのあと色々ありそうだし、人付き合いしたくなくて断ったけど、この学園に転校してからの日々がとても楽しかったから、出ようよ慎吾。あなたとなら大丈夫」
 そう言って笑顔を慎吾に向けると、慎吾も笑顔を返してくれて、
「ありがとう、更紗。それじゃ、明日にでも仙台に出るって伝えるよ」
と言う。すると周りがますますはやし立てて、
「二人なら入賞間違いないと思うよ~」と綸子が言えば、「全校生徒に見せつけてやりなよ」と伊緒奈お姉さん、そして、お母さんまで「ええ、しっかりアピールしてきなさい。優勝したら、更紗ちゃんの好きな食べ物、何でも作っちゃう」と言うから、私もなんだかちょっと気合いが入ってしまって、「頑張るね!」と大きな声で言ってしまった。
 …実は、内心嬉しかったんだ。二人の仲を認めてくれていることが。私も慎吾も、ここにいていいと言われているように感じたんだ。
 慎吾も、「ありがとうみんな」と言って満面の笑みだ。
 そんなこんなで私と綸子は家に帰って、明日の準備。そして、お風呂に入ってゆっくりと床に入った。

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 翌日曜。生徒会の役員から暗幕を受け取り、暗幕を配置する。すると、想定通りぴったりとはまった。外からは光を殆ど通すことはなく、かなり暗い空間が生まれた。懐中電灯なしでは、真っ直ぐ歩くのもかなり苦労する。僕は一通り通路を懐中電灯なしで歩くと、正直なところ、恐怖心をあおられる感じがした。だから僕は、全部歩いてからサムアップして、「これは結構怖くできるかもね」と告げると、お化け制作班はかなり喜んでいたな。気合いが更に入っていた。
 僕たち受付班は、そろそろローテーションを作らないといけないなということで、廊下で円陣を組むようなかたちで輪になり話し合いを始めた。
 期間は2日間。10時から15時。5時間かける2日つまり10時間をどう配置するかだ。
 僕は、別段いつでもいいけのだけど、ただ一つ、コンテスト以外で更紗との時間は必ず確保したいことを強く希望する。すると周りから、
「それはいいけど、大原と話しはしてあるのか?」
と言われて、またもや「あ…」と唖然とするだけだった。
「じゃ、それなら明日聞かせて頂戴ね」
と大木さんから若干の呆れ顔で言われたのには、自分でも恥ずかしく思った。
 その日の夜、更紗とライナーで通話したのだけど、出てきた更紗の第一声があまりに暗かったから、何かあったのだろうということを察した。
「どうしたの、更紗?そんなに暗い声で」
と聞くと、お父さんの入院時に気になった女の子――邑ちゃんと今日初めて聞いたけど――と話がようやくできたのに、今日行ったら面会謝絶で心配なんだという。
「そうか、それは本当に心配だね。でも、僕たちは彼女の回復を信じて待つしかない。辛いけど、それ以外に手はないから、僕も一緒に祈るよ」
 それくらいしかかける言葉がなくて、とにかく待つしかない、それが僕たちの結論だった。
 さすがにそんな暗い状態の更紗に、学園祭で一緒に回る時間を一緒に考えようと言えるはずもなく、結局話ができたのは二日後。邑ちゃんが回復したのを聞いて、僕は更紗に誘われて邑ちゃんの病室へ行った日だった。
 その時は、結構邑ちゃんに気に入られたみたいで、悪い気はしなかったけど、回復してすぐだから身体に堪えるだろうと思い、すぐに帰った。
 帰り道で、僕は更紗に、「元気になって本当に良かったね」というと、更紗も笑顔で、「ええ、本当に良かった。そして、可愛いよね」
と言うから、僕は「うん」と頷く。
「更紗に対して、すごく親近感を持っているのが伝わってきた。まだ2回しか会ってないのに、すごいね」
 思ったことを話すと、更紗は少し照れたようだった。
 そこでやっと、あの話ができると思って話してみる。
「でさ、更紗。学園祭の日、一緒に回る時間を確保したいんだけど、いつがいいかな?」
 そう聞いてみると、更紗はう~んとちょっと悩んでから、
「そうね…ベストカップルコンテストが終わってからがいいんじゃないかな?あれって一応1時間でしょ。そのあともう1時間くらいお休みもらっても良いと思うんだ。家族と一緒に回りたいし」
「あ~、なるほどね。確かに疲れるだろうし、家族も一緒だから、休ませてもらうといいかもね」
 僕も頷くと、「じゃあ、明日それぞれの責任者と話をしてOKもらっておこうよ」と更紗が言って、あっさりこの話は終わる。そして次に更紗が発した言葉に、僕は少し驚いた。
「私ね、やっと目標を見つけられたかもしれないんだ」
「目標…?って、なんの?」
 少し視線を下にしていた更紗はぱっと顔を上に上げ、僕に視線をぶつける。
「先生の目標、なんの先生になりたいかっていこと」
 前々から悩んでいることは分かっていたし、病室で邑ちゃんと話している時も、その悩みは邑ちゃんと共有していた。それは勿論、僕も同じだ。だから、急なことで実は驚きつつも、でも、目標が決まったのなら、これ以上の良かったことはない。
「そうなんだね。良かった。で、なんの先生になりたいの?」
 更紗はそのまま視線を僕から外さずに、
「私は、邑ちゃんのような病気を抱えた子ども達と一緒に成長していきたい。だから、特別支援教育を専攻しよう思うんだ」
と言って、更に続ける。
「勿論、教科の勉強も教えられると良いと思っているけど、主にそういう病気や障害のある子ども達を教えていきたい」
 その口調は穏やかだけど、きっぱりとしたものだった。自分で悩み、考え、そして決めた道。それを止める資格は、僕にない。僕はただ、応援するのみだ!
「勿論、いいんじゃないかな。僕は特別支援のことはよく分からないんだけど、それ以上に、どの教科にしようかと悩んでいた更紗が、どういう先生になりたいのか迷っていた更紗が、自分の方向性を見いだせた。それが何よりだよ」
 僕も、そう答えてから、
「応援する。僕みたいに教科を教えるのも大変だと思うけど、障がいのある子ども達に勉強を教えることも、別の意味で大変なんだろうなって思うよ。具体的には全然分からないんだけど、悩んだ時は、一緒に考えよう。僕も、勉強したいからさ」
と言うと、更紗の表情は真面目なものから笑顔になって、
「うん、ありがとう。だとすると、大学は…」
と、ちょっと悩むそぶりを見せたけど、
「今はいいね。だってとにかく、学園祭を無事に終わらせることが大切だもん」
 そう言っておどけた。
「ああ、そうだね。その後から考えても遅くはない。だから、まずはあと1週間頑張っていこうよ」
「ええ!」
 そして、その次の週末、いよいよ学園祭が幕を開ける――

 学園祭初日は生徒会長、仙台の言葉で9時に始まった。
 全校生徒が集まったオープニング。さすがICTエンジニアコースの仙台らしい、CGをふんだんに使い、先生も生徒も巻き込んで笑いあり、シリアスありのドラマ仕立てのムービーにみんな圧倒されつつも盛り上がった。そして、そのあとの会長挨拶は、
「この2日間を、実りあるものにしよう。アオハルの限りを尽くせ!若人!我ら臨魁生ここにあり!のスローガン通り、楽しんでほしい!」
と言う言葉がだいぶ印象的だった。
 そのあと、僕と更紗は二人とも昼食時以外は全シフトに入るためにそれぞれの教室へ。と言うのも、2日目のベストカップルコンテストとそのあとの休憩時間で2時間ももらってしまったから、その分はさすがに初日にきちんと入っていないとみんなに申し訳なかったからだ。
「でも、東条、1日目は食事以外ずっと出ずっぱりで大丈夫なのか?」
と、同じ受付の中嶋が言うけど、僕は「ああ、別にいいよ。本命は明日だしね」と返す。
「いや、そうかもしれないけど…ずっと座ってるから大丈夫かと思ったまででさ」
 その気遣いに僕は感謝しながら、
「ああ、大丈夫。いざとなれば、隣のクラスの更紗を見て元気もらうから」
と笑って言えば、中嶋は呆れた顔をして「おいおい」と笑う。
 とは言え、それはあながち嘘じゃない。だって、更紗と夢衣の服装がめっちゃ気になるんだもの。
 今すぐに見に行きたいところだけど、開店である10時までは、文系クラスの窓は目張りされていて全然中を見ることができなかった。まぁ、中を見ることができたところで、更に教室後方が脱衣所として使われており、そこはパネルで覆われていて脱衣所と厨房があるらしく、それらの様子が見えないようにしていると更紗と夢衣が言っていたから、こればかりは始まるまで待たなくてはいけない。
 まぁ、始まったらその姿を拝ませてもらおうと思っていたのだけど、10時の鐘が鳴るのと同時に、喫茶店もお化け屋敷も、それなりに忙しくなって更紗の姿を確認する間もなく必死に客を捌いた。
 1組あたりだいたい5から10分程度。一度に入ることのできる客は3組。どうしても待ちが出てきてしまう。それは仕方のないことなので、待っている客である同級生や後輩と少し世間話をする。何せ、最初に来た客はバドミントン部の連中だったから。
 最初に来たのは尋路と五十嵐さんの二人だ。そのあとに南部君と、前田さんの二人がやってきた。
「この後、お隣の文系クラスにも顔を出します。更紗先輩がどんな服を着ているのか、楽しみなんです」
 ここで僕はあれ?と思って前田さんに聞く。
「それなら、どうしていの一番に行かないの?こっちが先でいいの?」
と。すると前田さんは、
「…ここは、紘大の希望なんです。いつも、紘大は私の言うことを快く引き受けてくれるんです。まるで、東条先輩みたいに。だから、ここは私が先に紘大の希望を聞くべきだって思ったんです」
と言う。その言葉に僕は「そう、紘大君、いつも前田さんの希望を優先してるんだ」と紘大君の顔をのぞき込みながら言うと、彼は照れくさそうに笑った。
「東条先輩、その通りです。俺は英ちゃんの言うことは絶対とは言いませんが、だいたい正しくて、僕のことも想いながら提案してくれるんです。だから、結局のところ英ちゃんの希望を優先することになるんですよ」
と、恥ずかしげもなく言うものだから、僕は南部君の背中をポンポン叩いて、
「おぅ、聞いているこっちが恥ずかしくなるけど、それは良いことだよ。お互いがお互いを立てるように行動しているなら、安泰だな。お互い大事にしろよ、この時間を」
と言ってあげたら、二人は真面目な顔をして頷いた。そしてちょうど、二人の順番になったから、
「ほら、順番。行っておいで、楽しんでくれ」
と送り出した。
 8分後、二人が出てくると、南部君は楽しそうだったけど、前田さんはちょっと表情が冴えないというか、結構顔色が悪かった。
「大丈夫?前田さん」
 受付を中嶋に任せて前田さんに話しかけると、彼女は首を縦に振って、「ええ、大丈夫です」と言うが、南部君にしがみついている。
「…もしかして、怖いの苦手だった?」
と聞けば、彼女は素直にこくんと頷いた。
「それなら先に言ってくれれば行かなかったのに…」
と南部君が言うと、前田さんは首を弱々しく横に振って、
「それだとフェアじゃないでしょ」
と弱々しく言う。その律儀さは、更紗によく似ていた。
「まぁ、休むついでに喫茶店でも行ってきたらどうかな?」
と僕が提案すると、「そうします」と南部君は言って、「行ける?」と前田さんに聞くと、「うん、すぐそこだもん」と頷く。
「じゃ、行きますね、東条先輩、ありがとうございました」「ありがとうございました。先輩」と言って、二人は隣の喫茶店へ。実のところを言うと、文系教室は待ちがこちらよりも長く、すでに10席ほど廊下に並んで座っている生徒がいた。そのあとからも来ているみたいで、こちらよりも明らかに列が長い。
「何も特に宣伝してなかったよな…」
と独りごちつつ受付に戻るとちょうど列が切れたところだったので、中嶋が僕に話しかけてきた。
「ん?どうした、東条?」
「いやね、やけに文系クラスの待ちが長いなって。宣伝してなかったと思うんだけど…」
 そう言うと、文系クラスから出てきた尋路と五十嵐さんが僕達のところへ向かってきた。僕の姿を見るなり、二人は僕のところに駆け寄って、早口でまくし立てた。
「…まじやべぇぞ、大原、あれはバズるよな…」「うん、インスダンスでめちゃバズってるよ。校外からもお客さん来そう…基本は入れないけど」と言って、僕に五十嵐さんがスマホを向ける。今日はスマホを持っていても良いことになっていて、SNSへの書き込みは普段から自由――そういったSNS関連の教育にも力を入れているから、あまり問題になることはなかった――なんだけど、五十嵐さんの見せてくれたインスダンスのポストを見て、ちょっと焦った。
 顔は隠してくれているけど、こ、これは…。
 和風メイドスタイル、それもミニスカ…。この体型と髪型は間違いなく更紗で、僕はこれだけでちょっと頭がスパークしかける。さらにいうと、メイド服もそれぞれの好きな色をメインにしているようで、そのことを把握している僕から見れば、その写真が更紗だって一目で分かる、明るい黄色だった。
「これで顔出しされていたら、間違いなく校外からもお客さん来るよな」
 尋路の台詞に、僕は「あ、ああ…」と呆けながら返事をするしかなく、早いところその姿を見たくてたまらなくなる一方で、更紗だけでなく夢衣もそんな格好をして給仕をしているのであれば、そりゃお客さん来るし、確実にナンパされるだろうということも覚悟をした。
「…だからあんなに列が増えているのか…」
 僕は今一度文系クラスの前の客待ちの列を一瞥する。
「早く行きたいだろ、慎吾」
 そういう尋路の顔に、僕はデコピンを向ける。彼はサッと身を翻すと、
「イヤすまん!冗談だ」
と手を合わせるけど、
「いや、許せないなぁ…僕より先に更紗の衣装見たんだろう…?」
と、思わず恨み節を口にしてしまった。さすがの尋路も、そんな僕の表情にドン引きして僕に言う。
「お、おい東条…目が据わってるぞ…」
って。その言葉に僕はハッとして、
「そ、そうか?」
と言い、冷静さを取り戻そうとした。
「ああ、マジすまん。ここで接客して大原としばらく会えないお前には酷なことをした」
 尋路も謝ってくれたから、僕もようやく心を落ち着けた。
「しばらく我慢だけど、終わったらその姿を見られるから頑張って、東条くん。」
 五十嵐さんの言葉に僕は「うん、まぁなんと可頑張るよ。あと1時間半だし」
と言って二人を送り出した。

 それから1時間半して、ようやく休憩時間に入る。
 文系クラスの列を客が切れたときにちらちら見てみたのだけど、ひっきりなしに入っているようだった。正直、僕は更紗に何かないか気が気じゃなかったけど、とりあえず騒ぎにはなっていないようだったからそのあたりはある程度安心して接客した。
「東条、お疲れ。文系クラス行っていいぞ~」
 中嶋の言葉に、僕は「ありがとう!行ってくる!」と言いながら、弓から放たれた矢のように文系クラスの列の最後尾に向かった。
「こちらが最後尾です」という段ボールで作られた即席の看板を最後尾に並んでいた人から受け取り、しばらく掲げる。1分くらい待っていると、列に並びそうな人がいたからその人に看板を渡した。
「早く順番来ないかなぁ…」
 お昼時だから、列はもっと長蛇になるかと思ったけど、他のクラスの中にはもっと本格的な屋台っぽいお店――ラーメンにうどん、お好み焼きなど――を運営しているところもあったし、この日は一応授業日ということもあってか、食堂もやっているからそこまで大変な行列になっていないどころか、開始当初に比べると少しばかり列は落ち着いていた。とは言え、まだ列は長いから早く入りたい欲求が口をついて出る。
 先に並んでいた人たちが一組、また一組と文系クラスに吸い込まれて15分くらい待って4組ほど入っていくと、ようやく僕の身体は文系クラスに差し掛かる。ちょうど窓があるからそこからのぞき込むと、目の前では角田さんが注文をとっているところだった。更紗よりももっと短いベリーショートヘアの角田さんが、さっき五十嵐さんに見せてもらった和風メイドスタイルの服(それもターコイズブルー)を着ているのは、なんだか新鮮だった。
 それから10分くらいして、ようやく教室に入ることができた。僕を見つけたとたん、
「慎吾、いらっしゃいませ~」といって更紗が僕のところに接客に来てくれる。
「…」
 やはり、実物を見ると言葉をなくして見とれてしまう。さらにいえば、ミニスカートから見える脚線美が、何とも本当にたまらない。僕が何も言えずに更紗を見ていると、
「何ぼ~っとしてるのよ。慎吾の席はこっちね。こちらへどうぞ、1名様ご案内で~す」
と更紗は僕の手を引っ張る。更紗に手を掴まれたことで僕は正気に返ると、「ありがとう更紗、ありがとう…すっごいかわいい…大好き」と口に出す。…いや、どうもまだ正気には返っていないようだった。
「…ありがとう慎吾。でも、その最後の言葉はこんな公衆の面前でいうことないと思うけどな。それと、可愛いのは、私かな?衣装かな?…ってこんなことも今言う話じゃないから、後で聞くね。ご注文が決まりましたら、ここにある呼び鈴で読んで下さいね~」
と、更紗は営業スマイルをして一旦厨房へ戻っていく。
 その後ろ姿を見送る。後ろ姿も完璧だ。可愛すぎる。…正直、これまで何人もの男達に声をかけられたんじゃないかなと思う。でも、そんな事で嫉妬はしない。信じてるからね。
「さて…」
 僕はメニューを見る。オムライスにミートソーススパゲティ、イチゴクレープとチョコクレープ。飲み物は、オレンジジュースにコーラとコーヒー紅茶、ウーロン茶。
 うん、迷うことはないな。僕は鈴を手にとって鳴らす。
「は~い」と、元気な声で返事をした更紗が僕のところにオムライスを持ちつつ来てくれた。
「少々お待ちください。先にご注文の品をお渡ししてきますね」
と言いながら更紗は僕の目の前を通り過ぎ、僕から一番近いの席に座っている男子生徒に「ご注文のオムライス、お待たせしました」と言って、机の上に置いた。
「ありがとう。大原さんやっぱり可愛いね~このクラスで一番だよ。俺と付き合わない?」
 …彼氏が隣にいるのに、堂々とナンパかよ。と思いつつ様子を見ると、
「あ、ごめんなさい。彼氏がいますので、そういうご要望は一切受け付けていません。それでは、失礼しますね」
と更紗は本当にさらっと言いのけて隣の僕の元に駆け寄ってくる。
「お疲れ更紗。ずっとあんな感じなの?」
 僕は思わずそう聞いてしまうと、更紗はちょっとげんなりした表情を浮かべて、
「そうなの。朝から大変。ああいう感じで塩対応するしかなくて…」
「ま、それは事実だからそれでいいんじゃないかな?その彼氏が今ここにいるんだし」
と言いながら僕は隣の机を見ると、恨めしそうに見ていた男子学生は「ちっ」と舌打ちをしてそっぽを向いた。
「あ、それで注文なんだけど、ミートソーススパとコーヒーでお願い」
 僕がそう注文すると、更紗は笑みを浮かべて、
「そうだろうと思ってもう作ってもらってるわ。私も今から休憩に入るし、着替えてくるから一緒に食べましょう」
と言ってウインクしてきた。
「うん、楽しみにしてる」
 僕がそう言うと、更紗は「それでは、少々お待ちください」と軽く会釈して、厨房へと入っていった。
 5分ほど待つと、制服に着替えた更紗が僕の向かいの席に座る。同時に夢衣が、僕たちの元に料理を運んできた。
「慎吾くん、更紗さん、ご注文の品です。ミートソーススパとコーヒーは、慎吾くんですね。そして、オムライスとコーラは更紗さん」
 手際よく料理を置くと、夢衣は厨房へと戻っていった。勿論去り際に「どうぞ、ごゆっくり」と言うことを忘れずに。
 僕たちは、それぞれ軽食を食べる。
「お化け屋敷はどうなの?」
 更紗が聞くから、僕は笑顔で、「まあまあ入っているよ。こっちほどじゃないけどね」と言って、少しおどけてみせる。
「でもそれならいいじゃない。全然入らないよりは」
 更紗もそう言って笑う。
「でさ、五十嵐さんに教えてもらったけど、更紗の写真が顔は写してないけど、インスダンスでバズっているみたいなんだよ」
と僕が言うと、更紗は「…やっぱりねぇ。だから、『写真撮影はご遠慮下さい』の札作ろうよ~と言ったんだけどね~」とやれやれといった感じで首を横に振る。
「それで集客が上がっている可能性も十分あるんだけど、かなり忙しかったんじゃない?」
「そうね。最初の15分くらいまではそれなりに余裕だったけど、急にお客さん増えたからどうしたんだろうって思ったのよね、みんな。ま、それがインスダンスの投稿を見てと聞いてみんな納得していたけど」
 そして更紗はスマホを取り出してインスダンスを開き、いくつかの投稿を見せる。
 更紗は当然としても、夢衣に角田さん、そして、文系で一番のイケメン鈴木に幸弘。男子は執事服だけど、この二人が着るとホストかと思うくらいだった。
「…これだけ美男美女がいれば、そりゃ男子女子どっちも来るよね」
 僕はちょっと呆れた感じでいう。正直なところ、文系クラスは理系クラスよりも垢抜けている印象が強いんだ。…男女比が真逆ということもあるのだけど。
 なんてことを話しながら昼食を食べ、次は理系クラスのお化け屋敷へ。
「お、東条いらっしゃい」
 中嶋の挨拶に、僕は右手を挙げて「よっ!」と軽く応える。
「大原さんもいらっしゃい。大原さんは怖いの大丈夫?」
 中嶋の言葉に更紗は頷いて、
「うん、私あまり幽霊とかの類って信じてないから怖くないんだよね~」
と言うから中嶋の顔は若干引きつる。
「あ、そうなんだ。じゃあ余裕だね。では、入り口でお待ちください。係のものが案内するから、それまで扉の前ね」
「うん、ありがとう中嶋くん」
 僕たちは扉の前に立つ。まぁ、僕自身は勿論中身を全部把握しているし、ある程度どのタイミングで出てくるかも分かってるから怖くない。でも、更紗がホラー系が得意だったのには意外だった。
「次の方、どうぞ~って東条くんに更紗さんじゃない。いってらっしゃい!」
 白装束を身に纏った大木さんが「あら」といった感じで僕たちを教室内に誘う。
「それじゃ、行ってくるか」
と、僕たちは教室に入る。大木さんが扉を閉めると、「暗いね~」という更紗の声のように、室内はかなり薄暗くなる。辛うじて、導線を示す足下には数メートルおきにLED電灯が光って順路を示しているが、明るいのはそれくらいだった。
 僕は更紗の手を取って、「さ、行こう」と更紗を促す。
 「ええ」と更紗が一歩踏み出した瞬間、何かが目の前を通過した。
「?火の玉?」
 そう、赤色LEDを纏った小型の火の玉が、目の前を通り過ぎたのだ。
「面白い仕掛けね。別段私、何か踏んだわけじゃないのに」
 至極冷静な更紗の言葉に、僕の方が動揺してしまう。…肝据わってるなぁ…。
 最初の洗礼はあまりダメージがないようだったが、次はどうなるか…。
 次は、井戸から少女が出てくるギミックだけど、それもあまり驚かない。それどころか、
「あら、和子さんじゃない。大変だね」
と余裕でその少女に声をかける更紗。
「え?分かるんだね。すごいね更紗さん」
 中山さんがそう言って更紗を褒める。
「ええ。何となくね。でも、ギミック作り込んでてすごく楽しいよ」
 それでも更紗はお化け屋敷を堪能してくれているようだ。
 本音を言えば、少しくらい怖がって僕の腕にしがみついてくれても良いと思うけど、まぁ、手はずっと繋いでいたし、それはそれでといった感じなんだけど、ちょっと物足りないなぁ…。
 そして、10分後、僕たちは教室から出た。更紗が他の友人達と会うたび会うたび一言二言話すものだから、時間が思ったより押した。出口の近くまで来たら、結構怖がってくれたのか、1秒でも早く出たがっていたカップルが僕たちに追いついてしまっていた。
「あ、ごめんなさい。先に行ってね」
と更紗はその二人を先に行かせてから、教室を出て、
「たのしかったぁ」
といいながらう~んと両腕を上に上げながら胸を反るものだから、ただでさえ大きな胸が更に強調されて、触りたい気分になる。でも、我慢だ、我慢…。
「楽しかったって言ってくれるのは大変有り難いことなんだけど、あまり怖くなかった?」
って僕が聞いてみると、更紗は笑って、
「楽しかったよ~。怖いって言うか、次は何が来るのかなってワクワクしちゃった」
と言われて、僕はちょっと意気消沈…。そんな僕の表情を見てか、更紗は済まなさそうに、
「…そうだね、お化け屋敷なんだから怖がって欲しかったよね。でも、本当に怖くなくて、楽しかったの」
 そう言ってから屈託のない笑顔になって僕の顔を見る更紗に、僕は元気をもらえた。
 別に、更紗に抱きついてもらうために作ったわけじゃない。来てもらうすべてのお客さんに、怖がりつつも楽しんでもらいたいから作ったんだ。だから、そんなことで機嫌を損ねるのは時間の無駄。
「ありがとう、更紗」
「? どうして?」
 急に僕が礼を言うものだから、更紗はちょっと驚いて質問する。
「お化け屋敷を制作して良かったと思えたことだよ。色んなとらえ方があるけど、更紗の反応が一番意外で、僕の考えの及ばなかったところだったから」
「…そうなんだ。確かにホラー見てあまり驚かない女の子っていないもんね。可愛い反応できなくて、ゴメンね」
 …僕の本音の半分を言い当てられて少し焦るけど、それはなるべく出さないようにして冷静に、「うん、大丈夫だよ」と答えた。
 ちょっと肩すかし気味だったけど、残り時間は簡単に学内を回ってお互いにクラスに戻る。
「じゃ、残りも頑張っていこうね。また、帰りに」
 そういう更紗の背中を教室前で見送り、再び受付業務。
 午後になると少し落ち着いてきて暇な時間が増えてきたけど、そこは受付の中嶋や敷島と話をして時間を潰す。
「でも、暇だから明日の最初に放送で呼びかけてもらうか?」
 敷島の言葉に、「確かに、それはありだね」と僕は答えて頷いたり、のどが渇いたと言って、大木さんと中山さんの以前のリクエストに応えて、文系クラスに飲み物を買いに行ったりして、1日目は幕を閉じる。
 最初は良いけど、あとはなんだか消化不良な感じだったなぁ。
 そして、更紗と歩いて帰る。今日は土曜日だから、更紗のお父さんのお見舞いに行き、明日のことを話す。
 お父さんは、明日のベストカップルコンテストの時間に合わせて来てくれるようだ。綸子ちゃんも一緒に。この学園祭は、昔は一般公開していたのだけど、SNSの拡散で数年前にトラブルが起きたことから、学園の児童生徒に大学部の学生およびその身内しか基本は入れなくなった。なので、更紗のお父さんと綸子ちゃんが学園祭に来ても勿論良くて、その入場の証として、校章と同じ、緑のリストバンドが希望数だけ配布されている。更紗のところは勿論2つ。僕のところは聞いたけど、特に行く予定はないけど、気が向いたら行くとのことで2つもらっておいた。
「お父さん、体調はどう?明日行けそう?」
 更紗がそう聞くと、お父さんは力強く頷いて、
「ああ、ここ最近調子がいいんだ。明日が楽しみだからかな。高校の学園祭を見に行くことができるなんて、そんな楽しそうな体験は本当に久しぶりだからね」
と言ってくれた。それには僕も更紗も胸をなで下ろして、
「出るからには、恥ずかしくないように振る舞おうと思っているから、綸子と見ていてね」
と気合いを更紗は入れていた。
 その帰り道、ベストカップルコンテストについて作戦会議。
「実際、どんな流れかはよく分からないけど、なれそめとか、どんなところが好きなのかとか、ありきたりな話が考えられるよね」
と僕が言うと、更紗はそれについて一つ考えがあるようで、
「ねぇ…」
と神妙な顔つきで僕に話しかける。
「ん?どしたの?」
 僕が不思議そうに聞くと、更紗は「うん」と一度道路に視線を落としてから、
「この前のこと、話さない?」
と答える。その神妙な表情と、真剣な話しぶりから僕はそのことについて一つ思い当たる。
「あの別れそうになった一件?」
 そう言うと、更紗は「そう」と答える。
「あの一件は、私達にとってちょっとしたすれ違いやタイミングで起きてしまった出来事で、お互いに周りが見えていなかった。それを正してくれたのが、他でもない私達のかけがえのない親友だった。私達は、2人だけでこうして付き合っているわけじゃない。周りで応援してくれる人がいるから、こうして幸せにいられるんだって、そのことを、声を大にして言いたいの」
 更紗の目力に僕は押されるけど、彼女の言っていることは確かにそうだと納得する。
「ああ、そうだね。正直に言おう、フリートークの時間をもらってね」
 僕がそう答えると、更紗は「ありがとう」と言って、繋いでいた手にぎゅっと力を込める。
その手は取っても暖かくて、そのぬくもりを感じていられることは本当に幸せな瞬間なんだと今日も自覚していた。
 でも、シリアスだったのはここまでで、次の瞬間、
「そう言えば、私のメイド服姿、私が可愛かったの?それとも衣装が可愛かったの?どっちだったの?」
と更紗が僕に昼のことを聞いてくる。
「そりゃ勿論、更紗が可愛いに決まってるじゃないか!何を着ても更紗は可愛い!今日のメイド服はさらにそれを引き出してくれたんだよ!」
と即答したら、更紗は本当に顔を真っ赤にして、
「…ありがと。また、着てあげるね。そのために、体型を維持するから」
と言ってくれた。
 そして、忘れられない学園祭の2日目にして、最終日の幕は開ける――

<HR>

 2日目の朝は、とても明るい快晴だった。
 いつも通り起きて、いつも通り綸子を起こす。
「ん~眠いよ、お姉ちゃん」
 どうも、大浦君とライナーで話をしているうちに、深夜になってしまったようだ。
「綸子、節度は守りなさいよね。私も1回だけ深夜になったことがあるけど、それ以外は慎吾の方から時間だから終わりねって言ってくれるんだ。良い彼氏だよね。でさ、私と慎吾の晴れ舞台を見に来てくれるんじゃないの?」
 そう言いながら綸子を揺すると、綸子はやっと起き上がった。
「…そうだね。調子に乗り過ぎちゃった。大浦君に言ってみる。時間ちゃんと制限しようねって」
 そう言いながら、綸子はベッドから降りる。
「そう、せっかくのお姉ちゃんと慎吾さんのステージを見れるんだもんね。うん、起きたよ」
「それに、お父さんも来てくれるんだから、ちゃんと来ないと」
 私がそう言うと、綸子は顔を明るくして笑う。
「そうだね、行くよ、お姉ちゃん!」
 そして、私たちは朝ご飯を食べて、学校へ行く準備をする。綸子は緑のリストバンドを準備して、白いワンピースに青いカーディガンをまとって、いつでも行けるようになってから、早速スマホでライナーを起動して、何かしらメッセージを打っている。たぶん、大浦君へ送っているのかな、早速。
 綸子はお父さんと一緒に行くことになっていて、先に病院へ行って二人でタクシーを使って来るようだ。
「じゃ、先に行っているね」
 私は制服に身を包んで、先に家を出る。
「うん、行ってらっしゃい、お姉ちゃん」
 そして、いつもの城西商店街の入り口で、慎吾と合流する。
「さて、いよいよお祭り騒ぎも終わりかぁ」
 慎吾がそう言うけど、私は、
「まだ終わってもいないのに、そんな感慨深い顔をしないでよ」
と突っ込んでしまう。
「あ、それもそうだね。全部終わってからにしよう」
 慎吾は苦笑いをする。
 そして、学校に着いたら早速準備。今日はオープニングの集会は特にないから、すぐに和風メイド衣装に着替える。
 ホント、正直なところ上半身は結構タイトにできていて、体型が分かってしまうからちょっと恥ずかしいんだけど、せっかく夢衣ちゃんが気合いを入れて作ってくれた衣装だから、これが終わってからもずっと残していきたいなって思ってる。
 黄色いメイド服は、本当に可愛い。私がSNS…インスダンスでバズったみたいだけど、私は「ふ~ん」という感じだ。正直、そこまで承認欲求はないし、私自身インスダンスのアカウントは持っていても、投稿はしない、慎吾から言わせればROM専と言うことらしいから、別にバズって嬉しいという感覚もない。
 私は始まる直前に、教室から理系の方を覗く。すると、中嶋君が私に気づいたみたいで、逆の方を向いていた慎吾の肩を叩き、私の方へ視線を向けさせてくれる。
「更紗!やっぱり可愛い!今のうちにツーショット写真撮って~!」
と慎吾が壊れた感じでスマホを向けてくる。
 …この衣装、どうやら慎吾はものすご~く気に入っちゃったみたいだね…ん、もう。
「仕方ないなぁ…良いよ、慎吾。イヤって言っても聞かないでしょ?」
「うん、ごめん、その更紗の姿が可愛すぎるからさぁ」
 そして、慎吾は私に近づく。スマホは中嶋君にもう渡している。
「はい、お二人さん、もっと近づいて~」
 私は慎吾とくっつく。私も慎吾も、その距離感には慣れているんだけど、他のクラスメイト達はここまで近づいている私たちをあまり見たことがないから、「ひゅ~」とか、「あぁぁ」とか声にならない悲鳴が上がっている。
「はい!二人ともいい顔をしてね!ちーずっ!」
 中嶋君の声とともに慎吾のスマホからシャッター音が鳴った。それも3回、4回、5回。
「ちょ、何回撮るの?」
 慎吾の突っ込みはごもっとも。でもそれも10回目で終わって、中嶋君は慎吾にスマホを返す。
「いや、俺実はカメラ写すの下手だから、何回も撮らせてもらったわ。1枚くらいは良いのあるだろう」
 そう言って、中嶋君は笑った。慎吾はその中嶋君の言葉に写真アプリを起動してチェックすると、「いや、全然。問題ないよ、中嶋、ありがとう。更紗、今すぐライナーで送っておくね」と言って、サッとライナーで私に写真を送ってくれる。
 私の腰ポケット(スマホを持っていてOKということをきちんと把握していて、ずっと持っていられるように工夫してくれた。さすが夢衣ちゃんだ)に入れたスマホがピコン!と鳴って、慎吾の着信を告げる。
「ありがと、慎吾」
 それから少しして、慌ただしい2日目のスタートが、放送で告げられた。
 スタート直後から、列がそれなりにできている。…男女比は6対4で若干男子が多かったかな。やっぱり、私たちの衣装が目当てなのかなぁって、角田さん始め女子の中では昨日から話をしていたんだ。
「あ、やっぱり更紗ちゃん可愛い~」
 と、則子が昨日に引き続き最初にやってきて私の衣装を褒めてくれる。
「昨日もそうやって褒め倒されて、恥ずかしかったんだからね」
と私は言うけど、悪い気はしていない。それを分かっているのか、則子も、
「何言ってるのよ。内心嬉しいくせに」
なんて言うから、私はつい笑っちゃう。
「まあね」
 そう言って則子を席に案内してからはほとんどしゃべる暇もなく、接客をして時間が過ぎてしまう。
 でもそれも何とか終わるとお昼前になっていた。
「ふぅ…」
 ちょっと疲れたなと思いつつ、後ろへ下がって着替えようと思ったんだけど、その前に慎吾が教室にやってきたから、一言「ちょっと待っててね」と言ってから着替えて、昨日と同じメニューで食事をとる。
 今日は、これからが自由時間。慎吾も同じで14時からのベストカップルコンテストまでは、屋台や出し物を見て回る予定だ。
「これ食べたら、次も何か食べる?」
 慎吾が聞くから私は、
「う~ん、屋台で食べると言うよりは、ゲーム系の出し物でいいかなって」
 そう伝えると、慎吾もうんと頷いて、
「まぁ、そうだよね。食べてばっかりだと太るし。体型維持するなら、ね」
 …さっきの話を蒸し返してきたわね…
「そうね。でも、デリカシーのない言葉はあまり言わない方がいいと思うよ、慎吾。まぁ、私も気をつけないととは思うけど」
「うん、ちょっと意地悪言いたくなっただけ。ゴメン、更紗」
「…まぁ、仕方ないわね。まあいいわ、許してあげる」
 なんて言ってから、笑う。
 そして、射的やスマートボールと言ったお祭りの屋台にあるようなゲームは、2年生を中心にあって、それなりに楽しめた。勿論高校らしく、調べ物などの展示もある。
 そういったところも色々慎吾と話をしながら回っていくうちに、時間は13時40分。
「そろそろ体育館にでも行こうか」
 慎吾が時計をチェックして私に言う。⒕時にスタートするから、10分前の13時50分には集合しなくてはならない。
「そういえばさ、他の参加者って聞いてる?」
 私はふと思って慎吾に聞くけど、慎吾も首を横に振る。
「いや、実は知らないんだ。昨日仙台に聞いてみたけど、『明日までの秘密な~』と軽くあしらわれちゃったんだよね」
と言われて、「まぁ、仕方ないか」と苦笑いしながら体育館に向かう。
 体育館ステージの左側に集合とのことだったから、ステージに上がって左側のステージ袖に入ろうとすると、メガネをかけた同じ3年生に止められる。
「大原さんと東条くんね。参加ありがとうございます。書記の宇津見愛奈です」
 書記の宇津見さん…生徒会の立候補演説で顔を見たことはあるけどそれだけで全く接点がなかったから、初めましてだ。
「初めまして、宇津見さん。大原更紗です」
 私の挨拶に、宇津見さんはにこっと笑う。結構美人だ。
「初めまして大原さん、噂はかねがね耳にしています。校内の有名人ですからね」
 そう言われて私は意外だな、と思う。
「そんなに噂になっていたかな、私って?」
とつい口に出してしまうと、宇津見さんはその笑みを崩さずに、
「はい、転校初日の中田くんのアプローチを一蹴、助太刀に入った東条くんと初日から距離が近くて気づいたら付き合っていて、部活動では、冬の初心者の部ではその東条くんと組んで準優勝。その振る舞いと活躍は、知らない人がいないくらいですよ」
 そんなことを言うものだから、こちらが照れてしまう。
「買いかぶりすぎよ」
と謙遜するけど、宇津見さんは私から視線を逸らさずに、
「でも、事実ですから。では、本日は本当に話を引き受けていただいてありがとうございます。他の参加者の方も少しずつ集まっています」
 参加者は何組出るんだろう?と聞いてみると、私達を含めて5組とのことだった。思ったより少ないなという印象を受けた。
「他の参加者の方はどこにいるの?、もうぼちぼち集まっていると思うんだけど」
 そう思ったから聞いてみると、宇津見さんは頷いて、
「あ、はい。もう集まっていますよ。まだあと一組来ておりませんが。控え室に案内しますね。こちらへどうぞ」
 そう言って彼女はきびすを返して私達を控え室へと誘う。
 丁寧な彼女の言葉と物腰に私は少しばかり安心して、彼女のあとを慎吾と続く。
 そして、控え室につくとそこには3組の男女がそれぞれ談笑していた。私達が入ると「誰が来た?」と言った感じで12個の瞳が私達の姿を捉える。それとともに、少し場から枯れ彼女たちの表情が驚きのものに変わった気がした。
「失礼します。4組目の参加者が見えました」
 宇津見さんが言うと、参加者のみんなの口からは、「マジか…」と言う言葉が漏れ聞こえた。
「もうすぐ最後の1組が来ると思うので、もう少しお待ちください。あ、あとそこにあるウォータージャグは、それぞれスポドリと麦茶が入っていますから、お好きな方をどうぞ」
 宇津見さんはそれだけ言うと、控え室から出て行く。
 そして、参加者が残った控え室は、なんだかぎこちない雰囲気になってしまったけど、それは私達のせいなのかな…?
「更紗、飲み物どうする?僕は、スポドリ飲もうと思うんだけど」
 慎吾の言葉に我に返る。そうだね、マイペースで物事は進めないと。
「うん、慎吾ありがとう。私もスポドリ戴くね」
 慎吾にそう返事すると、慎吾は傍らにあった紙コップを二つ取って、それぞれにスポドリを入れて私のところへ戻ってくる。
「はいどうぞ」「ありがと」
 何気ない一コマだけど、これが私達の空気感。やたらとべたべたしない。でも、お互いは思いやる。そんな二人でありたいといつも思っている。
 そんな私達を見て、他の参加者も「私ももらおうかな」「俺、取ってくるよ」というやりとりが聞こえ、ちょっと気まずかった雰囲気が少しばかり明るくなってくる。
 スポドリを口に含む。甘い。ゴクンと飲み干す。喉ごしが気持ちいい。
「ん、おいしい」
 私が言うと慎吾が、
「これはポカリかな?アクエリかな?どっちだと思う?」
と聞いてくるから、私は、「アクエリかな」と答える。すると慎吾は頷いて、「ああ、そっちか。多分そうだよね」と自信なさげに言うから、「ええ、これはアクエリだと思うわ。だって、部活で飲んできた味だもの」と答えたら、「う~ん、あまりその辺気にして飲んだことなかったよな…」とちょっと沈む。
 だから、「まぁ、それはいいんじゃない?塩分チャージできればいいから、味は気にしてないというのもありだと思うし」と言えば、「そうだね、ありがと、更紗」と一連の会話が終わる。
 すると周りから「…さすがねぇ…」とか、「これが二人の日常なんだ…」という声が聞こえてくる。でも、あまり周囲の雑音に振り回されたくないから、「もう一杯もらっちゃう?」と敢えておどけるように慎吾に聞いて、「うん、貰っちゃおう」と同じように頷く慎吾に微笑みをあげながら、今度は麦茶をよそった。
「え?またスポドリじゃないの?」
と慎吾が不満の声を上げるけど、私は、
「だ~め。糖分の取り過ぎになるからあげません」
とちょっと強めに言うと、慎吾はしょげたように「は~い」と言って、私からコップを受け取る。
 意外と暑い控え室。冷房はかけているみたいだけど、28度設定なのとそんなに広くない部屋に8人の生徒がいるものだから、結構その熱で暑く感じるせいかもしれない。
 そう思っていると、最後の1組がやってきた。
 ガチャリと扉が開いて、宇津見さんの後に2人が入ってくる。その姿を見て、私と慎吾は笑みを浮かべてしまった。
「あ、優姫ちゃん!中田くん!そっか、最後の1組はあなたたちだったんだね」
「おぉ、啓一に三津屋さん。なんか意外な感じがするけど」
 私たちが相次いで声をかけると、中田くんはサムアップして「いやな、サッカー部の連中が推すんだわ。『我々を代表して出てくれ!』ってさ。別にこういうのに出るために付き合っているわけじゃないんだけどな、どうしてもって言うから」と言う。
 それに慎吾が、「確かにな、そうなんだけど、推薦してもらったからには出た方が良いと思うんだよね」と応える。そこからちょっとした二人のやりとりが聞こえた。
「ああ、やっぱりお前達も推薦なんだな。で、誰からだ?」
「…仙台生徒会長だよ」
 少し声を潜めた慎吾の言葉に、中田くんは驚く。
「え?あいつの!?それってある意味、生徒会公認…つまりは学校公認の仲とも言っていいよな…?」
 慎吾の声に同調するかのように、中田くんも声を潜めて話すけど、狭い室内だ。何人かは二人の声を拾ってさらに驚いた感じだった。
 でも、誰も文句を言わないのは、今更言ってもどうしようもないからだろう。
「ま、ここまで来たらお互いがどれだけ良い付き合いをしているかを見せることだな。最近ほとんど会っていなかったから、今はどうなのか、見せてもらうぜ」
 中田くんの言葉に、慎吾は頷いた。
「先輩、私も部活が忙しくて、最近の先輩方をあまり見ていません。ライナーでもあまり交流できなかったですし、今日は色々お話し聞かせて下さい」
 優姫ちゃんもそう言うから、私は笑顔で「そうだね。色々話せると良いわね」と返す。
 別に1位が欲しくてこのコンテストに参加するわけじゃない。
「…このコンテストに参加させてもらった時点で名誉なんだから、それだけでも十分だよ」
 慎吾も同じことを思っていたみたいで、私たちはこのコンテストを十分に楽しもう、そう思った。

 コンテストが始まる。
 ステージにはスクリーンが用意され、私たちの姿が映し出される。
 まず最初に、このコンテストは、全校の掲示用スクリーンに中継されていること、そして、コンテストの優勝者は、視聴者および体育館にいる観客のライナーによる投票(投票数=ポイント)に、今回のエントリーした5組10人の互選(自分たちには入れられない)が1票30ポイント入って、その合計で決められるようだ。
「さあ、出場者の入場です!」
 ステージの左端には生徒会メンバー。そして、その先頭にいる司会者の合図とともに、私たちは入場する。1番は優姫ちゃん・中田くんペア。私たちは最後の5番目。
 それぞれが隣同士になって、ステージ上に準備された互い違いのペア椅子に座る。
「さて、出場者の紹介に先立ちまして、観客席にいるみなさん、これをご覧になっているスクリーンの前のみなさんにお願いがあります。ここでの写真や動画の撮影は、一切しないようお願い申し上げます。ご理解とご協力の程、よろしくお願いいたします」
 司会者がそう言って少し間を置いてから続けて、
「書記の宇津見さん、出場者の紹介をよろしくお願いします!」
 宇津見さんは席を立ち、司会者のいる壇で司会者と代わり、一礼して話し始める。
「今回の参加者の皆さんです。1番、サッカー部推薦、三津屋優姫さん、中田啓一さん」
 呼ばれた二人は立ち上がって一礼し、再び座る。そのように指示されている。
 そして、最後に呼ばれる私たち。
「5番、生徒会推薦、大原更紗さん、東条慎吾さん」
 私たちもすっと立ち上がって背伸びをし、会場に一礼した。
 この時初めて、会場を意識してみたけれど、体育館一杯に人がいて、2列目にはお父さんと綸子がいる。その隣には、晴城お兄さんと優來お姉さんの姿も確認できた。どうやら東条家は、この二人に託したようだった。それと、夢衣ちゃんと矢野くんもその隣にいて、私たちが見ていることに気づくと、ピースサインを矢野くんは送ってきた。
 私は座って慎吾の顔をのぞき込むと、慎吾も私の顔を覗いて苦笑する。おそらく、私の言いたいことがわかったのだろう。
 その様子をめざとく見つけた司会者が、
「おおっと早速お熱い二人の笑顔が見られましたね、大原さん東条さん、その笑顔は一体なんでしょうか?」
と突っ込んで私たちにマイクを向けてくる。
 すると慎吾が、「いや、近くに身内を見つけたもので、『あちゃ~、見に来ちゃったよ』と苦笑いしていたところです」と応える。マイクは私にも向けられたので、「私は嬉しいですけどね」と涼しく返すと、会場から少し笑いが起きた。
「と、ちょっとこれはアドリブだったのですがぁ…さて、ここからは二人のなれそめについて語っていただきます。制限時間は一組2分です」
 と、マイクを1番の二人に向けた。
 中田くんと優姫ちゃんは立ち上がって、優姫ちゃんから話し出す。
「私は、サッカー部のマネジャーとして入部しました。その時、ひときわ格好いい先輩がいて、一目惚れしちゃったんです。それが、中田先輩でした。他のマネジャーの先輩から、『あの人はやめた方が良いよ、女癖悪いし、人を見下すから』と言われたんですけど、真面目にボールを追いかける先輩はカッコ良くて、そんな人には見えなくて。そして、ふとしたときに見せる寂しそうな表情に『どうして?』と思って気になっているうちに本当に好きになって、私から先輩に告白しました」
 そこで中田くんが引き継ぐ。
「あの時の俺は、本当にどうしようもないクズで、来るもの拒まず、去る者追わず、どころか自分からいらなくなったらポイ捨てする酷い奴だったって、今思うと、本当に最低野郎だった。だから、この場を借りて、優姫の前に付き合っていた女の子全員に、謝罪したい。申し訳ありませんでしたぁっ!」
 思わぬ中田くんの謝罪の言葉と頭を下げる姿に、体育館がどよめく。
「中田!男を見せたな!」
 どこからか聞こえてくる男の子の声に、拍手がわき上がった。でも中田くんはそれを手で制すると、話を続けた。
「で、今は優姫のことが大好きです。俺に一途でいてくれて、でも、マネジャーとして、他の部員も同じように扱う。仕事のできる優姫が彼女で、本当に良かったと思うんだ」
 それから中田くんはもう一回優姫ちゃんにマイクを渡して、
「私は、嫉妬深くていろんな人に迷惑をかけちゃったんですけど、それでも受け入れてもらっているから、こうして先輩と仲良くできています。これからもそうありたいと思っています」
と言って、締めくくった。
 ああ、この二人がこうして1年近く続いているのって、本当に私たちにとっては感慨深いなぁ…。そう思いながら、次の組のなれそめ話に移る。
 夢衣ちゃん達みたいに幼馴染みのまま恋人になったり、部活で一緒になったり、そして驚いたのは、1年生のペアだけど、中学校時代に彼女が事故に遭ったのを目撃して助けたのが縁でつきあい始めた子達の話だった。
 しばらく話を聞いて、最後の私たちの順番が来た。最初は、慎吾に任せた。
「…この学園の2,3年生ならだいたい知っていると思いますが、更紗は転校生として、去年の10月に僕のいるクラスに入ってきました。僕は、彼女に一目惚れしました。いや、クラスの男子のほとんどが、休み時間に彼女をのぞきに来た男子みんな、そうだったんだろうと思います。そんな彼女が、なんと僕の隣の席になったんです。僕は、先生に頼まれて、彼女の机と椅子を持ってきたことが初めての会話です」
 そして、私が継いだ。
「転校初日、どんなクラスなのか不安もあったけど、教職コースなのでそんな悪い人はいないだろうと思っていました。現に、隣の慎吾は、とても紳士的に私に接してくれました。そして、古典の授業でミスをしてしまい、二人して残ることになったことから、そのあとの校内案内もしてもらったら?とすぐに仲良くなったクラスメイトに言われて、彼にお願いしたら快諾してくれました。そこから、結構すぐ仲良くなったんです」
 さらにそのあとを慎吾が引き継いで、
「それで、色々あって僕の方から告白したけど、最初の告白は断られました」
 そこで、体育館から「え~」と言う声が上がる。意外という感じだった。
「私は、転勤族の父についていって、これで3回目の転校でした。もう転校することはないから、友達たくさん作ろうと思っていました。でも、それまでは仲良くなってもどうせすぐに別れるから、それまで人に対して少し距離をとっていたから、『好き』という感情を理解できていなかったのです。だから、その感情が分かるまで、保留にしてもらいました」
とまで言ったところで、2分のベルが鳴ってしまった。
「はい、興味深い話ですが、これはこの後のフリートークで聞くことにしましょう!」
と司会者に言われてマイクを返した。
「さて、続いては、各ペアの皆さんへ、会場からの質問タイムです。『このペアから話が聞きたい!』という人は手を上げて下さい!先着5名です!」
 一気に上がる手。宇津見さんがその中から無作為に5人選んで壇上に連れてきた。
「はい、最初の方、どうぞ!」
 最初に来たのは女子生徒。ギャルっぽい感じで髪も茶髪でブレザーの胸元もそれなりに開いている。校章の色を見る限り、2年生だ。
「大原先輩と東条先輩は、校内でも特に有名なんですけどぉ、見られていてどう思っていますかぁ?」
 ちょっと甘ったるい言い方で私たちに聞く。
 マイクが私たちに向けられる。私から話し出した。
「う~ん、意識したことないですね。全然」と言ってから慎吾にマイクを渡す。
「僕も意識してないですよ。というか、そんなに注目されてたの?」と逆に驚いているようだった。
 それには質問した子がもう一度、
「だってぇ、ゴールデンウィーク前のあの喧嘩の場面に居合わせていて、結構大きな騒ぎだったから。東条先輩は格好良かったし、大原先輩も凜としていたし、あれで先輩達もっと有名になったんですよ?」
と言ってから、壇上から降りていった。
 次の子は、4番目のペアに、事故の前から二人は知り合いだったのか聞いていた(答えは、知らなかったとのことで、それまたびっくりだったね)し、その次は男子生徒で、優姫ちゃんと中田くんに質問していた。
「中田とはよく話すけど、女癖も含めて人間的にすごく変わったけど、そのきっかけはなんだったんだ?」
 それには中田くんが答える。
「実は、他ならぬ今、ここ場で一緒に立っている東条と大原、それとあと一人の友人と一人の傷つけた女の子のおかげなんだ。俺が女関係で粋がっているのを注意してくれてな、色々その時に喧嘩してるうちに、まだあの時、二人は付き合ってなかったと思うんだけど、当時の自分の付き合い方ではできない優しいやりとりを見ていたら、自分がいかにちっぽけな人間だったんだろうって思ったんだ。”自分は格好いいと女子からちやほやされる存在だ。自分はプレイヤーとしても一流で、同い年の連中とは何か違うんだ”そんな人を見下すような性格でいることが、なんだか恥ずかしくなったんだよ。4人には、感謝してもしきれないよ。それに、そのおかげでサッカー部の仲閒ともよりコミュニケーションがとりやすくなったし、スタンドプレーじゃなくて、きちんとゲームを組み立てることに意味を見出して、本当のチームの一員になれたと思っているんだ。」
「そうだったのか…いや、ありがとう。これからもそのままでいてくれ。今の中田は本当にイケてるからな」
と、男子生徒は壇上から降りていった。
 4人目の生徒は、再び私たち。
「なれそめの続きを教えて」と至ってシンプル。
 それには私が、
「それから2週間くらい私の中でも悩みがありましたが、慎吾の誕生日が近いから、転校以来とってもお世話になっているお礼も兼ねて、手作りケーキを友達と作っていたときに、『誕生日ケーキ作ってあげたいだなんて、よほど好意を持っていないとできないと思うの。更紗さんの中で、東条くんの存在ってどうなの?』って言われて、慎吾くんの顔を思い浮かべたときに、胸がドキドキしてきてようやく初めて自覚したんです。だから、そのあとにあった練習試合が終わった後、慎吾が告白してくれた公園で、私から逆に告白して、彼からOKをもらい、正式に付き合うことになりました」
 その言葉に、会場が沸く。
 そして、会場の熱気が冷めない中、フリートークに移る。今度は、私たちが最初に話す。
「これは、この場で話をさせてもらおうと思っていました。順調そうな僕達だけど、ついこの前、別れるかもしれないすれ違いがありました」
 慎吾の台詞に、それまで少しざわついていた会場が、水を打ったように静まりかえった。
「本当に些細なことです。些細なすれ違いで絶望した僕は更紗のライナーをブロックし、彼女と接点を持たないよう、彼女と一緒に入っているグループからも抜けました。そして、一人落ち込んでいました」
「私が気づいたときには、『どうしてこんなことになったのか』と思い、惑い、悩みましたが、親友の協力で、何とか別れずにすみ、今こうしてこの場にいることができています」
 私たちの言葉は、静かな会場に吸い込まれる。家族の方を見ると、二人とも頷いていたし、優來お姉さんだけは意外そうな顔をしていたけど、晴城お兄さんが一言二言何か耳元でつぶやくと、納得した表情を見せてくれた。そして、何より夢衣ちゃんが泣いてしまって、それを矢野くんが肩を抱いて「よしよし」としている姿をみて、私は「ゴメンね、二人とも」と思わず話しかけてしまった。そして、
「私たちは、幸せになりたいと思っています。でも、二人だけの力で幸せになることはできないんだ、と言うことを痛感した出来事でした。だから、これからも二人で幸せになるには、まわりの人の協力も必要だから、感謝の気持ちを忘れずに過ごしたい、そう思っています」
 私の言葉に、会場から拍手が最初は小さく、そして大きく渦を巻くように広がっていった。

(ああ、私たちは、これで良かったんだ)
 こうして暖かい拍手に包まれながら、慎吾と一緒にお辞儀をした。

 コンテストの最後は、投票で結果が分かる。
 私と慎吾は頷いて、誰に入れるか決める。
 それは、勿論あの二人。優姫ちゃんと中田くんだ。おそらく慎吾もそれは同じだと思う。
「では会場の皆さん、スクリーンでご覧になっている皆さん、ライナーで投票する準備はできましたでしょうか!?それでは今から1分間、投票いたします!よーい、スタート!!」
 投票画面がスクリーンに映し出され、リアルタイムで投票数が伸びていく。
 と言っても、伸びているのは私と慎吾のところだけで、あとの4組の投票はあまり伸びていかない。
「え?」「え?」「マジで?」
 私たちは驚いて、票の行方を見守るけど、その結果は一目瞭然だった。
「さぁ、投票を締め切ります、が、もう目に見えて明らかですよね!優勝は――」
 私たちは、9割を占める得票を占めて、優勝した――

<HR>

「優勝の要因は、なんでしょうか?」
 司会にそう聞かれるけど、僕には全然分からない。だから、
「正直分かりません。でも、強いて言うなら、自分たちはいつでも自然体でいるからでしょうか」
と答えるにとどめた。だって、啓一と三津屋さんも良い感じだったし、あいつも男気を見せていたから、そういったところはもっと評価されても良かったと思うけど、でも、こんなに差がつくとは思わなかったんだ。
「さぁ、優勝した大原さん、東条さんペアには、生徒会長の仙台智之から賞状が贈られます!」
 その声に僕と更紗は前に出て、仙台が来るのを待つ。
「おめでとう、東条、大原さん。やっぱりそうなると思っていたよ。おめでとう!」
 まさか、僕達が優勝するのを分かっていたような仙台に、僕は小声で尋ねる。
「こうなること、分かっていたのか?」
 すると仙台はニヤッと笑って、
「ああ、ここまですごい差になるとは思わなかったけど、そうなるような感じはしていたさ。なんせ、校内の有名カップルだし」
 僕は「そっか」と言うだけだったけど、更紗は、「でも、どうして推薦してくれたの?」と食い下がる。それに仙台は頷いて、
「後で話すよ。今はひとまず賞状を受け取ってくれ」
と言うから更紗は「分かったわ、会長」とひとまずおさめて賞状を受け取る。
「さぁ、お二人は、賞状を会場の観客に向かって掲げて下さい!」
と言われて、僕達は頭上に賞状を掲げる。
 会場から大きな拍手が湧き、ステージ上の他の出場者からも拍手をもらった。
「さぁ、そして副賞なのですが、これに関してはしばらくお時間をいただきます。会場の皆さんはどうぞそのままその場に15分ほどお待ち下さい。出場者の皆さんは、一旦控え室にお戻り下さい」
 そう言われて、僕達は一旦控え室へ。戻ると早速三津屋さんと啓一が話しかけてきた。
「おめでとうございます、先輩方」「おめでとう、慎吾、大原。さすがだよ」
「ありがとう」「ありがとう、二人とも」
「それにしても、別れそうになってたなんて知らなかったぜ。お前達でもそんな事があるんだな」
 啓一の言葉に、僕は頷く。
「まぁ、僕らも普通の人間だし、ちょっとした誤解で仲が悪くなることだってあるよ。上手く修復できて良かったよ」
「そうですね。私の――私たちの目標ですから、お二人は。いつまでも仲良くいて欲しいです」
 三津屋さんの言葉に、僕も更紗も笑顔になる。と、そこで、
「大原さん、東条さん、ちょっとこちらへ。今から副賞を用意しますので」
と、宇津見さんに呼ばれてしまった。
「はい、今行きます」
更紗はそう言って、宇津見さんについていく。その更紗の後ろを僕がついていった。
 そして連れて行かれたのは近くにあった更衣室。
「ん?今から何を?」
 僕の言葉に宇津見さんは、
「副賞の用意です。お入り下さい。勿論男女は別ですからね」
と言って、僕に男子更衣室に入るよう促した。女子更衣室はステージ挟んで反対側だ。
「分かったよ。更紗、それじゃ、後で」
「ええ、また後でね」
 そして、それぞれ更衣室に入ると、そこに用意されていたのは白い服。
 …タキシード?
 僕はあまり見たことのない服に内心焦った。そしてそこには、女子生徒と、男子生徒が一人ずつ僕を待っていた。
「おめでとうございます。これから、この服に着替えて下さい」
と言われて、僕は「はぁ」と心ない声を上げてしまった。
 そして、言われるがまま着替えるけど、そのサイズは測ったかのようにぴったりだった。
 そして、僕がこれに着替えると言うことは、更紗の服はもしかして…。
「更紗はもしかして、あの服…と言うか、ドレスを着るの?」
 女子生徒に聞いてみると、「あ、そうですよ」とあっさりと認めるものだから、僕の頭はちょっとスパークしかける。
「え?え?…?」
 更紗のドレス姿を想像して手が止まっていると、
「東条くん、大丈夫ですか?」
と二人の生徒に言われて、慌てて居住まいを正し、タキシードに着替え終わる。
「大原さんはあと10分くらいはかかると思うから、飲み物でも飲んで待っていて下さい」
と言われて、僕はそこでようやく椅子に座った。
「でもこれって、レンタル?飲み物こぼすと汚れるし、座ると皺ついちゃいそうなんだけど…」
 そう聞くと、女子生徒は首を横に振って、
「これ、生徒会の予算で購入した服です。副賞の一つなので、持って帰っていただいて結構ですよ」
 …マジですか?
 そこまで大盤振る舞いでいいのだろうか?って思うけど、まぁ、待つことにしよう。
 そして、10分ほどすると、「東条さん、準備ができたのでステージ袖にどうぞ」と案内される。
 勿論更紗の姿はそこになく、反対側から来ることになるのだろう。
 袖からステージを見やると、そこはいつの間にかスクリーンは中央から更紗がいるであろうステージの反対側に追いやられ、中央は教会さながらの壇が設けられており、何かしらの儀式をするように見える。そして勿論他の参加者はステージ上にはおらず、どうも観客席へと案内されたようだ。啓一の顔が最前列に見えた。
「ちょっと…?」
 僕はなんだか『そういうことをするのかな』と思い焦ってつい声が出てしまう。
「それでは、準備が整ったようなので、二人をお呼びしたいと思います」
 まだ心の準備ができてないんですけど!と内心冷や汗をかきながら司会者の声を聞いていた。
「さぁ、まずは彼氏である東条さんに来てもらいましょう、どうぞ!」
 その声とともに、BGMがかかる。
「もうちょっと待ってくださいね…はい、どうぞ。真っ直ぐ、×印のところまで進んでください」
と、宇津見さんに声をかけられ、僕はステージ袖からステージに姿を現す。
 僕の姿に、観客から拍手とともに、「ヒューヒュー!」といった口笛や言葉ではやし立てられてしまった。
 観客席を見ると、更紗のお父さんに綸子ちゃん、晴兄に優來姉さん、幸弘の姿は確認できたけど、夢衣の姿はそこにはなかった。
(あれ、夢衣…?)
 そう思いながらも、僕は印のつけられた場所で泊まり、前を向く。
 そして、お辞儀をした。拍手が僕を、体育館全体を響かせる。
 少しの間の拍手が鳴り終わると、次に司会者は、
「では次に、彼女の大原さんに出てきてもらいましょう、どうぞ!」
と同時に、体育館がブラックアウトする。そんな演出聞いてないからちょっと焦るけど、それはほんの一瞬のことで、スポットライトが更紗が出てくるであろう、僕が出てきたのとは反対側の袖の方に向けられた。
 そして、スモークが焚かれて幻想的な雰囲気になった時、更紗が姿を見せた。

 わぁ…

 ウェディングドレスだ。会場からもため息が漏れた。
 肩のラインと鎖骨がしっかり見えて、艶めかしい。元々胸の大きい彼女だけど、そのせいでより強調されて僕は思わず照れてしまう。でも、視線を下にずらしていくと、ウエストは細く、そこからドレスが末広がりと言って良いのだろうか、綺麗な足を覆い隠してしまっているものの、綺麗な佇まいをしていた。
 そんな綺麗な更紗を見て、ため息が出るのも当然だと思う。何せ、僕自身彼女の全身の優雅さ、綺麗さに圧倒されて、呆けてしまったのだから。
 着慣れていない服装のためか、おそるおそるといった感じで僕の方へ近づいてくる更紗。いや、着慣れていないのもあるけど、スモークで足下が見えないというのもあるんだろう。
「大丈夫、そのまま進んで。何もないから」
 僕の言葉に、更紗はこくんと頷いて、僕の方へ一歩一歩歩み寄ってくる。
 スポットライトを浴びつつ近づいてくる更紗が僕の隣まで来ると、スポットは僕も映して、二人の世界を作る。
「綺麗」「二人ともお似合いだよ」
 そんな声がここそこから聞こえるし、よく見ると、お父さんも綸子ちゃんも、涙を流して喜んでいる。
「というわけで、副賞はそれぞれのタキシードとドレスを着た、記念撮影になります。が、その前に一言それぞれからもらいたいかなって思います。東条さん、大原さんのウェディングドレス姿、どうですか?」
 司会者がそう言って、まずは僕にマイクを渡す。
「…更紗、綺麗すぎて言葉がありません。…ただ一言、これからも大切にしていきたい、それだけです」
 本当に、その言葉しか出てこなかった。それだけ言って押し黙った僕に司会者は頷くと、今度は更紗にマイクを向ける。
「どうですか、大原さん、東条さんのタキシード姿は?」
 すると更紗は、
「そうですね。結構似合ってると思います。それで…将来、こんな風になるといいのかなって思ってしまいました」
 更紗の言葉に、僕の胸は熱くなって、つい司会者に「マイクを貸して」と迫ってしまった。
「あ、はい、どうぞ、東条さん」
 勢いに負けて僕にマイクを向けると、僕は更紗に話しかけた。
「僕もね、将来そうなると良いねって思っているよ。二人で幸せになるために、これからも頑張っていきたいと思ってる。これまで何度も言ったけど、ぼくはね、大原更紗という女性をずっと好きでいることを誓います!」
 本当に勢いで、感極まって公開告白してしまった。
 それに一瞬更紗はポカンとし、会場は「おおおぉぉぉっ!!!」と一気に湧き上がる。
 そしてふと、更紗の出てきたステージ袖を見ると、そこには夢衣がいた。あぁ、更紗の着付けをしてくれたんだ。と思っていると、更紗が一歩僕に歩み寄って、マイクのないところで「もう、私だって大好きなんだからね」と僕を抱いてくれた。
「うん、分かってるよ」
 さすがに場所が場所なだけにキスまではしなかったけど、それでも、結構顔をお互い近づけて笑っていたっけ。
「さて、ここで記念撮影といきたいのですが、壇上に上がってきて欲しい方はいますか?」
と視界が言うから、僕は迷うことなく、「更紗のお父さんと妹、幸弘と、そこにいる夢衣、4人と…」と言うと更紗が、「晴城お兄さんと優來お姉さんも。6人でしょ」と追加する。そのことを伝えると、司会者はそれぞれをマイク越しに呼んでくれた。お父さんや綸子に春兄夫妻ははいささか照れた感じで、夢衣と幸弘はちょっと驚いた感じで、それぞれステージに姿を現す。
「観客席のみなさんは、最初にお伝えしたとおり、撮影はご遠慮ください。思わず撮ってしまった方、お気持ちは分かりますが、消去願います」
 司会者の声に、観客席にいる生徒達はハッとしてスマホを片付ける。
 確かに、撮ってしまった人もいるだろうけど、SNSに上げなければ別に構わないと思っている。
「さ、みなさん並んでください」
 宇津見さんの声に僕たちは整列し、デジカメ(一眼レフだ)でおそらく呼ばれた写真部の生徒にパシャパシャ撮ってもらった。
 そして、晴兄と優來姉さんと僕たち、幸弘と夢衣と僕たち、そして、大原ファミリーと僕たちでまた別に撮ってもらう。
 観客席からは、ため息に似た「いいなぁ…」という声がここかしこから聞こえてくる。でも、それでいて観客が減らないのはある意味すごいなと思う。
 5分位して撮影が終わると、「それでは、優勝者が退場します。みなさん、拍手でお見送りください!」と司会者が声をかけ、会場から温かな拍手が送られてくる。僕たちは最後に深々とお辞儀をしてから、それぞれ出てきた舞台袖に向かって歩を進め、退場し更衣室へと入っていった。
「お疲れ様でした。大原さん、めっちゃきれいだったよね、羨ましい~」
と、着付けを担当してくれた女子生徒がうっとりとした感じで僕が脱いだタキシードの上をハンガーに掛けてくれた。
「ありがとう。確かにめっちゃきれいだったよ。そのまま結婚式しても良かったくらいだ」と僕が本音を漏らすと、「すれば良かったんじゃないでしょうか?あ、でもさすがにあの場でキスはまずいですね、先生の手前」と煽るような口調ではないけど、本音と思われる真剣な口調だった。
 そして着替えが終わると、「お疲れ様でした。もう催しそのものは終わって、生徒も会場から出たと思いますから、大原さん迎えに行っても大丈夫だと思いますよ」と言われ、僕は「ありがとう。これ、どうするといい?」「はい、クリーニングして、郵送すると聞いています。記念にとっておいてくださいね」という会話を最後に更衣室を出る。
 更紗はさすがにまだきちんと終わってないようで、出てくる気配はない。僕はドアの前に立つと、「トントントン」とノックする。すると、「は~い、どなたですか?」という夢衣の声がしたから、「夢衣、慎吾だけど、更紗はまだ終わらない?」と聞くと、「そうですね。あと5分くらいはかかると思いますから、一度控え室で水分を摂ってきたらいかがですか?」と体調を心配してくれたから、その言葉に甘えることにした。
 一旦控え室に戻って、スポドリを1杯戴いて戻ると、「もう入っていいよ~」と更紗の間延びした声がしたので、部屋に入る。そこには制服に着替え終わった更紗が疲れた様子で椅子に座っていた。側には夢衣もいる。
「お疲れ、更紗」
 僕が言うと更紗は、
「本当に疲れたよ~ウェディングドレスって、あんなに肩が凝るんだね。いい経験ができたよ」
と言って笑う。
「でも、婚期が延びるってジンクスあるよね」:
 僕がそう言うと、
「そんなのは、迷信迷信。あんまり信じないんだ。それにしても疲れたよ。ジュース奢ってくれる?」
なんて更紗が言うものだから、僕は勿論と頷いて、部屋から出るように促す。そこで僕は夢衣に、「夢衣も幸弘と一緒に来なよ。二人の分も出すからさ。いつも助けてくれて、今日もこうして助けてくれて、何もしないのは流石にどうかと思うし。…これでも足りないと思うくらいだけど」と言って、幸弘を呼ぶようにお願いした。夢衣もそれには分かったと頷いて、ライナーで早速呼びかけ、更衣室の外で待とうと部屋を出た。
 するとそこに、仙台がやってきた。…と言うか、待ち伏せされていたというのが正しいだろう。
「仙台、ありがとうな」
 僕がそう礼を言うと、更紗も「今なら教えてくれるよね?」と仙台に話してくれるように促す。仙台は頷いて、
「ああ、それは、恩返し…だよ」
と言う。僕は何のことか分からずに、「恩返しって?」と聞いてしまうけど、仙台は真剣な表情をして、
「お前、覚えてないんかい!?俺がお前を会計にって依頼した時あっただろ?」
と言うから、記憶を掘り起こす。確かに、2月の大会間際でそんなことを言われた気がする。
「ああ、そういうこと、あったな」
 僕が答えると仙台は、
「その時さ、お前何って言ったか覚えてるか?」
と続けるから、僕は、
「…いや、すまない。あの頃は大会間際でバドと更紗のことしか覚えてないわ」
と言うと、仙台は「ああ、そうか」とちょっと下を向く。けどすぐに気を取り直して僕に告げた。
「あのときお前はな、『世の中には、適材適所って言葉があるだろ?数学が得意と言うことと、金の計算が得意ってことは、違うと思うんだ。それに、仲が良いから一緒に仕事をしたいといってくれるのはありがたい申し出だけど、それだとぬるま湯にいるようなものじゃない?この学校は商業コースだってあるんだから、金の計算が得意な子を、つてを頼って推薦してもらったらどうだよ』みたいなことを言ったんだぞ?」
と言うけど、僕はその台詞のことは殆ど覚えておらず、確かに仙台に対して断りを入れたことだけは覚えていた。それが、仙台にとって恩に感じたと言うことか?
「でも、たったそれだけのことか?」
と思わず聞いてしまうけど、仙台は頷く。
「ああそうだよ。それが、俺にとって大きかったんだ。愛奈のつてを頼って商業コースから会計を頼める子をなんとか確保できたけど、ホントに最初はコミュニケーションを取るのが難しかったくてぎこちなかったさ。でも、愛奈と一緒に3人、更に副会長も含めて4人で話していると、結構会話ができるようになって、6月頃にはようやく形になったんだ。でも、その経験は俺にとって大きいもので、確かに仲良し集団では得られなかっただろうと思うよ。」
 仙台の顔は本当に真剣そのもので、僕はそんな彼の力になれて良かったと思えた。
「だから、恩返しなんだな」
 僕が言うと、仙台は力強く頷いた。
「ああ、ある意味人生のターニングポイントになったんじゃないかな。社会人になってからもやっていける自信がついた。それは言えると思う」
「そこまで言ってもらえるなら、断った甲斐があったと言うことかな。…もっとも、そんなことを自覚していたわけじゃないけど。別に会計がめんどくさいとかそんなんじゃなくて、僕は本当にお金の計算に自信がないだけだったし」
「それで良かったんだよ」
と二人で会話していると、更紗が割って入ってきた。
「それ、私慎吾から何も聞いていなかったな。なんで?」
 当時を思い出すと、僕は余裕がなかったなと思う。だから、更紗にこう言った。
「さっき仙台にも言ったけど、あの時期は更紗と組んでダブルスの試合に出る直前だったからさ、そっちの方ばっかり考えていたし、それに、自慢して言うことじゃないだろ?言う必要もないなって思ってたんだ」
って。すると更紗はちょっと考えるけど、「それもそうね」と笑う。
「でも、その恩返しがこんな舞台に上がることを推薦して、優勝の副賞も素敵で、スケール大きすぎない?」
 笑ってから更紗はそう言うけど、
「でも、優勝するかどうかなんて正直分からなかったから、タキシードもウェディングドレスも3着ほど、サイズ別に買ったよ。大原が着ることができたのはたまたま――と言うか、あの別れるかもしれなかった発言で一気に勝負をつけた感じに俺には見えたけどな」
 仙台は後頭部を少し掻きながらそう言った。
「でも、生徒会推薦の時点でビッグカップルな訳でしょ?それは元からが違うよね」
 更紗はもう一言そういうけど、
「まぁ、あの5組の中では頭一つも二つも抜けて有名だったことは否めない。でも、知名度だけで勝てるものかね?普段の姿を見られているのもあるだろうからな」
と言う仙台の言葉に納得したようだった。だから最後に更紗は、
「仙台くん、ありがとうね。私達を推薦してくれて。いい思い出になったよ」
と言って、仙台と、いつの間にかその隣に来ていた宇津見さんに握手を求める。
「どういたしまして」
と二人は更紗の手を握り、
「それじゃ、またな。俺たちは今から校内巡視に行ってくるよ」
と言う。だから僕はその背中に、
「ありがとな、仙台。いずれラーメンでも奢るわ」
と言う。そんな僕に仙台は、
「期待せずに待ってるぞ~」
 なんて言って、体育館から出て行った。
 程なく僕と更紗、そして夢衣が残されたステージ袖の控え室には幸弘が来て、
「大原の家族に晴城兄さんとその奥さん、今か今かと待ってるぞ。早く出てやってくれ」
と言われたので、慌てて体育館に出る。
 さっきまでの喧噪が嘘のように静まりかえり、そこには2組、4人の姿があった。
「ありがとうお父さん、綸子。優勝しちゃった」「晴兄、優來姉さん、ありがとう」
 僕たちはそれぞれの家族にお礼を言って、頭を下げる。晴兄は僕に握手を求め、更紗のお父さんと綸子は、更紗と3人で抱きついた。
「いいのを見せてもらったよ。俺も病気に負けていられないから。絶対に負けないから」
 毅然と言うお父さんの目には、ちょっと涙が浮かんでいたのを僕は認識していた。
「お父さん。見に来ていただいてありがとうございました。お父さんも、病気に負けないでください。応援していますから」
 僕がそう言うと、お父さんは頷いて、
「ああ。こんないいものを見せてくれたから思い残すことはないって一瞬だけ思ってしまったけど、綸子だっていい相手を見つけて見せて欲しいし、何より…まぁ、気持ちが早まっているのは十分認識しているけど、孫の顔を見るまでは、絶対に死ぬことはできない。せめて孫の顔を見てから楓のところへ行くと決めたから。頑張るよ」
「ちょ、お父さん。本当に気が早いわよ…」
 お父さんの言葉に更紗は顔を真っ赤にして抗議の声を上げるけど、でも、目は笑っていて、
「でも、確かにお父さんには孫の顔を見て欲しいよね」
と、笑顔で言う。綸子ちゃんも、
「そうだよね。ここまで来ちゃったら、早く結婚しちゃえばいいんじゃない?」
とからかうように言う。それには晴兄も続いて、
「まぁ、それもありだよな。高校卒業したら籍入れちゃってもいいんじゃないか?優來もそう思うだろ?」「ええ、こんなにアオハルが眩しい二人なんだもの。大丈夫だと思うわ」
と二人して言うものだから、僕まで赤面してしまった。
 そのあと小1時間学園祭を堪能した家族は――歩くたびに声がかかって僕と更紗は大忙しだったんだけど――、晴兄がお父さんと綸子ちゃんを病院まで送ってくれると言うことで帰ることになる。
「それじゃ、また明日来てくれるんだよな。着替えを頼むよ、更紗」「うん、分かった」
「晴兄、気をつけて、お父さんと綸子ちゃんを頼むよ」「大丈夫、任せとけ」
それぞれが最後に言葉を交わし、帰路につく。その後ろ姿を見送った僕と更紗は、展示および出店時間終了のアナウンスを聞き、後始末の時間となってそれぞれの教室に戻る。
「楽しい時間だったね」
 更紗がそう言うから、僕は力強く頷いて、
「ああ、楽しかった。こんな時間は二度と過ごせないかもしれないから、仙台には感謝だよ」
「うん、私もそう思う」
 そう言いながら、更紗と手を繋ぐ。そして、「一緒に帰るだろ?」と聞くと、更紗は「勿論」と言って、笑ってくれた。
 そんなちょっとした時間。さっきの大々的な時間も本当に楽しかったのだけど、ゆったりと流れるそんな二人の時間もかけがえのないものなんだと、あの一件以来思うことができている。
 教室に帰ると、お互いからかわれながらも「おめでとう」と言われ、片付けもごくごく軽く手伝えばいいと言われたけど、それとこれとは話が別だから、がっつり手伝わせてもらった。
「別にいいよ、ご祝儀みたいなものだから」
と大木さんは言ったけど、「いやいや、出させてもらっていなかった時間の分は働くよ」と断りを入れて、僕は手伝う。
 その僕の言葉に大木さんは、「…だから好きになるんだよ、東条くん」と言った気がした。
 僕は「?」と大木さんの方を向くと彼女は顔を真っ赤にして、「そうやって、どんな人にも紳士的な態度で接することができるようになったから、女の子に勘違いさせちゃうのよ。あなたを好きになったことのある人間からの言葉だから、肝に銘じておいてね」と顔を真っ赤にして言った。
 …そうか…小学校の時のあの件から変わったことが、自分にとってどれだけプラスになっていたのかを、今改めて自覚する。
 ああ、僕達は、そして僕は、これで良かったんだ。自分が変わったから、人生も変わったんだと思う。更紗というパートナーを得て、みんなから祝福されて、なんて幸せなんだろう。勿論、それで大木さんのように僕を好きでいてくれる人がいて、失恋することになってもそれでも祝福してくれる。だから――

 僕と更紗は、二人で幸せにならなくちゃいけないんだ、と誓いを新たにする一日になった。

コメント

  • 鳥原波

    ありがとうございます~。人と人とのつながりって大事だよな~と思います。それぞれが、それぞれのつながりの中で互いに影響し合うものだと思うので、その辺が描けて満足です。閑話やスピンオフは、完結させてから考えようかな~。あと2話で完結予定です。そのあとは、最初の主人公だけの話のところに更紗サイドも付け加えた完全版にしていきたいと考えてますよ~

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  • ノベルバユーザー617419

    スゴイ!人と人との繋がりを、日常での態度で、行動で、心で、影響を与えて、また受けて行くゆく描写は素晴らしい!中田君や生徒会長のスピンオフがあっても良いとおもうよ。
    閑話で「メイド服、試着!(女)の戦い」「メイド服、装着!(女)の戦い」「メイド服デビュー(女)の戦い」とか3本立てとかでどう?(・∀・)←ムチャブリ
    そして綸子ちゃんの恋の行方も気になってきた…次回も楽しみにしています♪

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