臨魁学園物語――転校生とガチ恋をして、二人で幸せになる話――
11章 42週 常に隣同士の修学旅行!3泊4日のイチャラブの時
部活動最後の大会となった6月上旬のインターハイ予選は、団体戦は、男女ともに目標としていたベスト8には入れたのだけど、個人戦は少し残念だったなぁと思う。当たり運が悪くて、3回戦で第3シードの選手と当たってしまったこと。中学校の頃から大差で負けていたから、今回も結果は変わらなかったけれど、一番試合にはなったと思う。でも、やっぱり負けたことは悔しい。
更紗の方は、4回戦までいって、あと一歩で目標のベスト32だったけど、こちらも第2シードと当たってしまい、これまたコテンパンにされてしまっていた。
更紗もやっぱり個人的には悔しかったようで、「当たり運が悪かったから余計に悔しいなぁ。組み合わせもらった時から思っていたけど、慎吾もそうだよね。当たり運さえ良ければ、ベスト32に行けたと思うのに」と試合が終わってからも言っていた。
でも、それは仕方のないことと更紗も分かってはいる。本当に色んな憂いが晴れたゴールデンウィークと中間考査期間が終わったあとはめっちゃ頑張って部活して、今までで一番ハードワークしたと思うんだけど、それでもやっぱり手も足も出ない相手と戦う羽目になって無様に負けたから悔しいんだよね。
お互いに悔しい気持ちを持って終わった大会だけど、僕と更紗は「大学でも続けようか?」「うん!」と臨魁学園になるか、それとも違う大学に行くかはまだ分からないけど、二人とも教育系の学部に入るのだから、同じ大学に行って、バドミントン部に所属することで合意したんだ。
「そんな目標ができたら、今からキャンパスライフが楽しみだよ」
と更紗は言ってくれるから、僕も勿論楽しみだし、だからこそ今からの勉強も頑張らないとね、と決意を新たにする。更紗も「そうだね、頑張ろうね」と両の拳を握ってウィンクしてくれた。
インターハイの予選が終わり、僕たち3年生は部活を引退する。しばらくの間だけど、放課後に部活をすることがないと思うと、とても寂しく思える。
「たまには、部活見に行っても良いかな?」
僕と更紗は1,2年の後輩達に聞くと、「いつでも大歓迎です!」という言葉が返ってきて、頼られているのが伝わってきて、とても嬉しかった。
それから1ヶ月が経つと、季節は本格的に夏になってくる。その間、放課後になると連日、僕たちは幸弘と夢衣を誘って、自習室で18時までの勉強会を連日行った。受験に向けて、部活モードから勉強モードへと気持ちを切り替える。
平日は基本的に18時まで勉強をしてから帰る。そして、時間に少し余裕が出てきた更紗は、3年になってからほぼ綸子ちゃんに任せていた夕飯係もするようになったから、少しばかり話をする時間が減ってしまったのだけど、こればかりは仕方ないと思う。
だって、それまで綸子ちゃんに迷惑をかけてしまっていたのだから、それくらいするのは当然だし、その分はしっかり更紗も返して欲しいなと思うから。更紗も、「綸子にはホントに食事係押しつけちゃって申し訳なかったから、それくらいは当たり前のようにしないとね」と納得している。
そして、7月に入ると期末考査はもう目の前で、僕たちはより勉強に精を出し、苦手科目を少しでも伸ばそうと必死だった。
お互いの弱点を補い合いながら、僕たちは日々を過ごし、期末考査を終える。
すると、その翌週は楽しみにしている学校行事――修学旅行――だ。
2年生のはじめにアンケート調査があって、僕は沖縄にしたんだけど、時期的にいいと言うことで、北海道に決定したという文書を受け取って、実はがっかりしていた。
そのことを帰り道で更紗に話すと、
「沖縄も良いけど、この時期の北海道だと寒くないから良いよね」
とのことだった。まぁ、そう言われるとそうだから、僕は頷く。
「確かにそうだね。沖縄はなかなか行けないから、行ってみたかったんだけどね…」
「え?北海道だって、なかなか行ける所じゃないよね。私はどちらでも良いんだよ。慎吾が側にいてくれるからね」
そう照れる更紗に、僕も照れてしまう。
「そうだ…決まった時は更紗と出会っていなかったから、がっかりしている気持ちを引きずっていたけど、更紗が隣にいてくれるから、どこへ行っても楽しいんだよね」
「でしょ?場所にこだわらなくても大丈夫だよ」
そういう更紗の笑顔に、僕も笑顔になる。
僕たちの表情は、お互いの表情でころころ変わっていくな、そう思った。
だからこそ、楽しい時間にできると良いな。
「飛行機は不安なんだけど、とにかく楽しもうね!」
不安な様子を見せながらもそう言って笑顔を見せる更紗に僕もしっかり笑顔で応える。
「ああ、楽しもう。大丈夫、飛行機は交通機関の中で一番安全なんだよ」
そして、更紗の家の前で別れる。
週末は修学旅行の準備。朝ご飯を食べてから必要なものを確認すると、いくつか欲しいものが出てきた。
「下着を新調しようかな…」
何気に、下着は買ってから2年近く経っていて、特にパンツはゴムの部分がくたびれているから、さすがに見られると恥ずかしいものがある。
「あと、アメニティは全部用意されているらしいけど、歯磨きだけは慣れているものの方が良いし、歯ブラシと歯磨き粉も買わないと。あとは…」
と、ぶつぶつ呟きながら荷物をまとめていると、スマホがバイブレーションとともにライナーの通知を告げる。
「?誰だ?」
机の上にあるスマホを取って見れば、更紗からだった。
『修学旅行に足りないものってある?あるなら、一緒に買いに行かない?』
とのこと。渡りに船なので、僕は快くその提案を受けようと思ったけど、女の子同士じゃなくて大丈夫なのかな?
「僕で良いの?夢衣とか大木さんとか中山さんとか女の子と一緒の方が都合良くない?」
と聞いてみたけど、更紗からは、
『その手のものは、もう前の週に夢衣ちゃん、紗友梨さん、和子さんになっちゃん(植田菜摘さんのことだ)と一緒に買ってきたから、あとは日用品とか、百均でも十分なものを買いに行きたいかなって。それと、今日は慎吾と出かけたい気分なの。ダメ?』
なんて返信が来るものだから、もうそれは行くしかないよね!
「良いよ、了解!」
と元気よく返事をして、待ち合わせの時間と場所を打ち合わせる。
13時に、いつもの商店街前。そこから、百均だ。時間が余ったら、ゲーセンも行こうねと更紗の方から提案してくれたから、一も二もなく了解する。
期末考査期間中は、勉強に集中していて修学旅行の話は殆どしなかったから、休みの日にこうして出かけて話ができるのはとっても嬉しいことだと思う。
お昼ご飯を食べたあと、すぐに僕は出かける。
「更紗と買い物に行ってくる」
そう言って出ようとする僕に、母さんは「行ってらっしゃい。気をつけるんだよ」と言って送り出してくれた。
商店街の入り口に着くと更紗の姿はまだなく、僕はスマホを気にしながらちょっとキョロキョロと周りを見回す。
少し待つと、最近見慣れた白いヘアバンドをした更紗が息を切らせて走ってくる。
「ゴメン、慎吾!」
今日の更紗の服装は、黄色のTシャツ。その下に黒のキャミソールを着ていて。下はショートデニムに黒ニーソと、いつもの紺色スニーカー。とっても健康的で、動きやすそうな感じに僕の胸は高鳴る。
「大丈夫、気にしなくて良いよ更紗。今日も更紗は健康的で魅力的だよ」
「ありがと、慎吾。慎吾だって、ラフだけどシンプルで格好いいよ」
かくいう僕も、白のTシャツに下はデニムとラフな格好だ。シンプルだからこそ、更紗はいいと言ってくれる。
「ありがとう、更紗」
そして、僕たちは微笑みあう。
「さ、百均行こうよ。早く用事を済ませて、少し遊ぼう!」
更紗は僕の手を取ると、ぐいっと引っ張って歩き出す。
「あ、ああ!行こう。そう言えば、更紗は何を買うわけ?」
僕が質問すると、
「えっとね、髪留めのゴムと、キャリーケースの中で分かりやすく仕分けるための仕切りに、あとは、ゴミ袋にするための小さめのポリ袋かな」
と答えるから、僕は、
「そうなんだね」
と言うと、更紗は逆に「慎吾は?」と聞いてくる。
「僕は、パンツと歯ブラシ、歯磨き粉のトラベルセットかな。ホテルのアメニティって、歯ブラシが柔らかすぎたり、歯磨き粉もそんなに良いわけじゃないでしょ?少しでも使い慣れてる方が良いなって」
「ああ、確かに。ホテルの歯ブラシだと、なんだか歯にまだ汚れが残っている感じがする時あるよね~」
僕の答えに更紗は納得して頷きながら、自分の経験を話してくれた。
「あ、やっぱりそういうときあるよね」
と、僕も同意しながら百均の扉をくぐる。
「それじゃ、15分後に合流で」
僕が言うと、更紗は頷いて、
「了解。でも、終わったら慎吾を探していい?」
と聞いてくる。僕は、「それで良いよ。僕もきっとそうするし、よろしくね」と頷き返して、それぞれ別れた。
一緒にいたい時は一緒にいるけど、今みたいに、ちょっと目的が別の時は離れる、そんな距離感はこれからも大事にしていきたいなぁ。
そう思いながら、僕はまず歯ブラシを探す。衛生コーナーに置いてあると踏んで行くと予想通りそこにあったから、有名メーカーからも安く仕入れているものと思われる、家でも使っている歯ブラシと歯磨き粉がたまたまあったから、ラッキーだった。
それらを手に取ってカゴに入れたあと、パンツも見ていく。…やっぱり、こういうのは百均より服の専門店の方が良いのかなぁ?と思って躊躇するけど、修学旅行の時だけでもきちんと使えれば良いかと思い、デザインよりはサイズで選んでみた。
自分にとって必要なのはそれくらいだから、更紗を探しに行こうと思うと、丁度更紗も正面からやってきて、僕に気がついて片手を上げて「やっほ~慎吾、お目当てのものは見つかった?」と聞いてくる。
僕は頷いて、「ああ、見つかったよ」と言うと、更紗も「私も丁度全部見つけたんだ、お会計してデートしようよ」と言ってくる。
あれこれ言いながら一緒に買い物をするのも良いけど、そのあとの予定がある場合は、買い物を早く終わらせて次に行くのが良いよねと話していたから、それを実践している。
今日はこのあと、ゲーセンで音ゲーしたり、場合によってはカフェで一息もつくつもりでいたから、早く買い物は終わらせたかったんだ。
だから、時間制限もして余計なものを買わないようにしたわけで。
それぞれ会計を済ませて、「これで準備万端になるね」と満足して百均を出る。そして向かう先はいつものゲーセンだ。
僕が教えてから、そんなに回数をこなしているわけじゃない更紗は、それでも15段階あるレベルのうち、レベル7の楽曲がクリアできるようになってきている。回数の割に成長が早くて、単純な才能なら、僕より上なのかもしれない。
「今日は、レベル8に挑戦しようと思ってる。おすすめの曲はある?」
更紗はそう聞くので、僕は自分の頭にあるお気に入り楽曲のうち、そのレベルに該当するものを探す。
う~ん、自分の好きなトランス系だと数曲あったので、それを教えると、「じゃ、早速やってみる」と意気込んでいた。
ゲーセンに入って、奥の方、音ゲーコーナーには既に数人の音ゲーマーが陣取っていて、ソファに座っている。
「お、DJ Shinに、DJ Sarah、いらっしゃい」
このゲーセンで一番古株の社会人、社憲介さんにDJネームで呼ばれる。
「社さん、こんにちは」
僕と更紗はそう挨拶して、社さんの隣に僕、その隣に更紗が座って、順番を待つ。
「相変わらず仲が良さそうで何よりだね、お二人さん。最近顔出さなかったけど、どうした?」
その間に社さんが質問する。
「あ、期末試験だったんですよ」
「そりゃ、来られないわ確かに。愚問だった、7月だもんな」
僕の答えに社さんは気まずそうな顔をするけど、
「その分今日は発散するつもりですよ」
と更紗が言うものだから、僕も「今日は14に挑戦しますね」と強気になる。
「それは二人とも楽しみだ。見せてもらうよ」
さすが、全曲クリアしている社さんの言葉に、僕は気合いが入る。
「頑張ります」
まずは更紗。最初はレベル5から入って徐々にレベルを上げ、最終の4曲目に、僕がお勧めしたレベル8の楽曲に挑戦する。
「ふぅ~」
始まる直前に更紗は大きく息をついて肩の力を抜く。
そして画面に集中して鍵盤を叩く。
基本的に8分の連打だが、そこに16分や「皿」と言われるスクラッチが絡んでくる、少しいやらしい曲だけど、所々ミスをしながらも、更紗はなんとかクリアする。
「はぁ~っ!やったよ、慎吾!クリアできた!」
僕は両手を挙げて、更紗とハイタッチする。
「それじゃ、僕も負けていられないな…」
僕も更紗のプレイ後の筐体に立ち、クレジットを入れて早速始める。
自分も最初はレベル10からはじめ、11,13とプレイして、ラストは14で一番弱いと言われている曲に挑戦する。
確かに13の真ん中くらいに感じたが、ラストが難しくて、あえなくクリアラインを割って失敗…。
「まあ、初めてにしては上出来だよ。ラストの裁き方は左手の使い方の練習だね」
社さんのアドバイスに僕は頷いて、ひとまずは13をもっと練習しようと思った。地力が足りていないんだと痛感する。
そんな感じで暫く楽しくプレイし、社さんに挨拶してゲーセンを出る。
「やっぱり慎吾はすごいね。あんな難しいのに挑戦しているんだから」
更紗はそう言って僕を褒めてくれるけど、自分の中ではまだまだだ。
「ありがとう。でも、まだまだ。もっと上手くなりたいよ。目標は最高難易度の15に手が届くくらいになりたいんだよ」
「目標が高いのは良いことだよね~私も早くレベル10ができるようになりたい」
そう、なんだかんだ言って、更紗はこの日、レベル8はおろか、9の曲を1曲だけとは言えクリアできてしまった。成長曲線がエグい。
「いやいや、何を仰る更紗さん。今日一日で目標のレベル8どころか9ができてしまった人が、10を早くって…。でも、意外とそんな日は早く来るかもしれないよ。いや、本当に上達するのが早すぎるわ」
僕がそう言うと、更紗も満更じゃない顔をして、
「自分でもあの曲がクリアできると思っていなかったから、びっくりしちゃった。イージーで聞いて良い曲だと思っていて、ノーマルだと難しいなって思ってたから、今日一番の成果だよね!」
って言う。だから、僕は笑顔で、
「勿論そうだよ。夏休みの間に、もしかしたらワンチャンあるかもね」
そう伝えると、更紗は満足そうに頷きながら、
「だといいなぁ。そうだ、もうちょっと時間ありそうだけど、どうする?喫茶店で小腹を満たしたい気分なんだけど」
と言うので、僕はスマートウォッチを確認すると15時少し前だったから、うんうんと頷いて、
「そうしよう。パンケーキ食べたいかな」
「うん、私も」
そして、僕たちは喫茶店に入ってパンケーキを注文した。
二人で北海道の行こうと思っているところをスマホで確認しながらパンケーキを食べる。
僕がスマホを覗いていると、更紗は「慎吾」と唐突に呼びかける。
「ん?」
僕が顔を上げると、目の前には一口大に切られたパンケーキが。
「はい、あ~ん」
顔を真っ赤に更紗がそう言って、僕に口を開けるよう促す。
「あ…あ~ん」
僕は釣られて口を開けると、パンケーキを口の中に入れてくれた。
「一回やってみようと思ったんだけど、結構恥ずかしいね」
と、更紗は照れ顔で言うものだから、僕も顔を真っ赤にして、「そうだね」と返すのがやっとだった。
少しの間無言になってしまったけど、僕はその直前まで検索していた札幌の昼食場所を思い出して、更紗に提案する。
「そうそう、このあたりのお店はどう?」
そう言って、ラーメン横丁のサイトを見せる。
「北海道って、こんなのあるんだね。ラーメン、私も好きだし行ってみようよ」
更紗も乗り気になってくれたので、実際に行くのが楽しみだ。
そして、この日はここでお別れ。僕は更紗を家まで送り届けてから、家に帰る。
充実した、いい午後の時間だった。週明け火曜日からの修学旅行がとっても楽しみだ。
うん、音ゲーするのって楽しいなって最近思うようになってきた。
確かに、自分が上手くなってきていると言うことがよく分かるから、成長の跡が見えるゲームとして、すごくよくできているんだなって思う。だから、慎吾が教えてくれたスマホアプリも入れて、彼とは勿論フレンドになっているんだけど、こちらもやっぱり慎吾に追いつきたくて頑張っている。
そんなこんなで日曜が過ぎ、月曜日はいよいよ前日。
やっぱり、みんな浮き足立っているのが分かる。受験生だけど、やっぱり修学旅行というのは楽しい学校行事の一つだから、殆どの生徒は楽しみだよね。
「おはよ、夢衣ちゃん、矢野くん。いよいよ明日だね。準備できてる?」
朝の登校時、私はいつものように合流した二人に聞いてみる。慎吾は当然済ませてあった。
「はい、私はできていますよ。あとはお父様からお小遣いをいただけたら終わりですね」
「俺も似たようなもんかな。あとは親父から小遣いもらえばそれで良いよ。と言うか、小遣いっていくら持って行く?上限は2万だけどさ」
矢野くんが予算について聞いてくる。
「僕は、2万ぴったりだね。一応、余った分はもらっていいと言われてるから、色々考えてしまうけどね」
「私も2万円。一応決まりだしね」
私と慎吾がそれぞれそう伝えると、矢野くんはえらい納得したように、
「そっか、そうだよなぁ。3万くらいもらおうかと思ったけど、やっぱ2万にするわ」
「幸弘さん…?」
矢野くんの言葉に夢衣ちゃんはちょっと批難めいた視線を送るけど、
「きちんと決まり通り持って行くというのでしたら、それで良いと思います」
と、やっぱり教職コースにいるだけあって規範意識の高い言葉を言う。
そして、教室に入っていつもの授業をいつものように受ける。
でも、どこか浮ついているのは確かで、先生から口々に、
「気持ちは分かるけどな、もう少し授業に集中してくれよ」
と苦言を呈されていたっけ。
「そんな事言われても、ねぇ」
と、私はなっちゃんと夢衣ちゃんに愚痴を言うけど、
「だよねぇ」「確かに、どこかでそわそわしちゃいますよね」
と二人から同意を得る。先生の言われることも分かるけれど、目の前に楽しいことが待っていると思うと、ワクワクしてしまうわけで。
そして、授業が終わると、私と慎吾は待ち合わせをしたわけじゃないのに同じタイミングで教室を出て、教室の丁度間で鉢合わせ。
「帰ろう、更紗。明日のために早めに寝るためにもね」
慎吾はそう言って、私を促してくる。
「そうだね。今日は慎吾の家でお世話になる日だし、早めに帰ってご飯食べて、早めに帰るよ」
「ああ、そうしよう。あとはいつも通り、幸弘と夢衣だな」
文系コースの教室を覗き込みながら、慎吾は言う。
私も釣られて文系コースの教室を覗くと、二人は丁度今教室を出るところだったから、呼び止める。
「夢衣ちゃん、矢野くん、そこまで一緒に帰ろうよ」
二人は私の声にうんと頷いて、
「そうだな。札幌自由行動の昼飯のことも話したいし」
「私たちも誘おうと思っていたんです。考えていることは一緒ですよね」
と言う。
私たちは4人で歩きながら、「札幌と言えば」「時計台」「タワー」「味噌ラーメン」と言って、一人毛色の違うことを言った慎吾にツッコミを入れる。
「確かにそうだけど、他にいうことあるんじゃないかと」
そんな私たちのツッコミにも負けじと慎吾は、「え~?だって本場の食べてみないと思わない?」と言い返すものだから、結局、私も土曜日に言っていたことを思いだして、「じゃあ、小樽札幌自由行動のお昼は味噌ラーメンで決定?」と私が口にすると、矢野くんや夢衣ちゃんも、「まぁ、そうなるんじゃないかと思ったよ」とちょっと」苦笑いを浮かべながら決定した。
「ジンギスカンなんかも良いんじゃないかと思ったけどね」
矢野くんはそう言いながら丁度玄関を出たあたりで立ち止まり、スマホをぽちぽち操作する。
「実は、結構な値段がするんだよ。だから、俺もラーメンで賛成」
矢野くんが提示したスマホの画面を見ると、確かに高い!ランチでも3000円が最低ラインのようで、ラーメンなら1000円くらいだから、差額を考えるとお土産一つ二つくらいは買えちゃうんじゃないかなと思うと、さすがにジンギスカンは躊躇しちゃうし、その日の夕食に出る予定みたい。だから、ラーメンを食べることになった。夢衣ちゃんもそれで良いらしかったけど、「麺の量半分があるところだと良いです」と言ってきた。それには矢野くんがすかさず、「そうだな、ハーフサイズがあれば良いけど、もしなかったとしても大丈夫、お腹いっぱいになったら、俺が残り食べるから」とフォローを入れていた。
そう、夢衣ちゃんは食べる量はそんなに多くはないから、残すこともあるんだよね。
紗友梨さんや和子さん、夢衣ちゃんとファミレスでガールズトークする時に夢衣ちゃんが頼んだのを食べきれない時は私が食べていたから、「だから、そんなに成長するのね!?」なんて私の胸元を見ながら和子さんが言ったことがあって。そうなのかなぁ?でも、食べた分は前に慎吾のお母さんと綸子が話をしていたOurTubeのダイエット動画を見て綸子と一緒に身体を動かしてカロリーを消費しているから問題ないかなって思っているんだけど…。
でも、彼女たちには私の食べる量は多いみたいで、「お弁当食べる時は、そんなにたくさんじゃないけど、こういうときはめっちゃ食べるよね、更紗さんって…」と紗友梨さん達は目を丸くするんだよね。
そんなわけだから、夢衣ちゃんはラーメンの一杯を食べきれるかどうかは正直微妙なところなので、矢野くんが食べてくれるのならそれで良いと思う。
結局、ダラダラと商店街近くの喫茶店で1時間くらいそのあたりの話をしてから、二人とは別れて私と慎吾は慎吾の家に帰ることにした。スマホの時計を見ると、もう17時半くらいになって、夕焼けが綺麗になっていたものだから、ちょっと焦る。
「さ、早く帰ってご飯を食べよう。綸子ちゃんも、もう家に来てるだろうからね」
喫茶店を出ると慎吾はそう言って、私の手を取って駆け出す。
「うん、慎吾、急ごう!」
私は慎吾の呼びかけにそう答えて、すぐに慎吾の隣に並んで走る。
私と慎吾は、そうやっていつも隣同士で同じ方向を見ている。
そして、ちょっと興奮して眠れない夜を過ごして、いつもより1時間早い起床時刻である5時にアラームをセットして置いたスマホがなった瞬間にアラームを指で叩くように止めて、ばっと起きる。
勢いよく起きたせいで二段ベッドの上にいる綸子が起きたかと思ったけど、どうやら起きなかったようでホッとする。
私はそれから静かにベッドを出て、ダイニングキッチンに向かい朝食のトーストを焼く。チン!という音とともに取り出してマーガリンを塗り、前日のポテトサラダをおかずに眠気覚ましのインスタントだけどキリマンジャロコーヒーで朝をいただく。
夏至を過ぎたこの時間は既に明るくて、やっぱり夏って良いなって思う。
ただ、朝食を食べながら一つだけ心配なことを思ってため息が出る。
それは、飛行機。
私自身高いところが好きじゃないというかかなり苦手で、ジェットコースターすら乗りたくない。宙に浮くアトラクションも好きじゃないから、それよりももっと高いところを飛ぶ飛行機は、私にとっては想像以上に怖いものでしかないなと。
修学旅行が北海道だって知らされた時、私は慎吾に「どうやって北海道に行くの?」って聞いたことがあって、「飛行機だよ」という返答に思わず「うぇ…」と訳の分からない言葉を吐いてしまったことがある。慎吾は私が高所が苦手なことを覚えていてくれたようで、「確かになぁ…大丈夫、僕が隣にいるよ」と、言ってくれたっけ。
「はぁ…」
と、朝の何度目かのため息をつくと、スマホがライナーの通知を告げる。慎吾からだ。
「更紗、おはよう!いよいよだね。心の準備はできた?」
きっと、飛行機のことを言っているのだろう。実際はまだ覚悟ができていないけど、慎吾に心配かけたくなかったから、
「うん、大丈夫だよ!」
と強がりを言う。
でも、それで少しだけ勇気が出た私は、リックを背中に担いでまとめた荷物を肩にかける。
さぁ、そろそろ出ようかというタイミングで、起きた綸子が出てきた。
「ふわ…お姉ちゃん、おはよ。今日からだよね。気をつけてね~」
さすがにまだ眠そうな綸子は軽い調子で私に言う。
「うん、ありがと。行ってくるね。お土産は…」
「有名なチョコ菓子で良いよ。あの、雪の恋人って言うの?あれ、前から食べてみたいと思っていたから」
「了解。期待しててね」
「うん。また夜にでも連絡頂戴ね」
「もちろんよ。それじゃ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい!」
そして、私は玄関を出る。時刻は5時45分。集合時間は6時15分、学校だ。
荷物は重たい。でも、我慢するのは慎吾と合流するまでの間だけ。
アパートを出て下を確認すると、既に慎吾とお母さんが待っていた。学校まで送ってくれるんだ。
申し訳ないと思いつつも、その好意に甘えてしまう。
「いいのよ、私が好きで送って行くだけだから。更紗ちゃんの力になりたいし」
と、お母さんは力強く言ってくれるから、その好意を無碍にはできないし、そのうち何かしらの形で恩返しができれば良いかなって思うんだ。
歩いて20分強かかる私の家から学校までの距離も、この時間の殆ど車の走っていない道路であれば、10分もかからずに着いてしまう。
「ありがとうございました、お母さん」
私はお母さんに俺を言って、車を出る。慎吾も続いて出てきて、私の大荷物を出してくれた。
「慎吾も、ありがとう」
「お安いご用だよ」
慎吾は笑って、私の大荷物を渡してくれた。
「じゃ、母さん行ってくるよ!」
「行ってきます!」
「気をつけてね。帰ってくるの楽しみに待ってるからね」
私たちの挨拶に、お母さんは笑って答えてくれた。
そして、並んで校門から入ると、そこには数台の観光バスが停まっている。
教職コース2クラスと、普通コース2クラス、そして、政経コースが北海道への修学旅行に行くことになっているんだ。
玄関の前には既に、半分近くの生徒が集まっている。
その中には勿論、紗友梨さん、和子さん、夢衣ちゃんに矢野くん、なっちゃんの姿もある。
「おはよう!」
私が挨拶すると、みんなも挨拶を返してくれる。
そして、たわいのない会話をみんなでしているうちに、時間になって南東先生が校長先生と話を始めて、話が終わるとバスに乗っていざ出発!
…なんだけどね、当然のことながら、私と慎吾は別のバス。文系クラスと理系クラスでは、乗るバスが違うんだ。
だから、空港まで1時間強、慎吾とは離ればなれなんだけど、そこは隣に夢衣ちゃんがいて、世間話をしながら楽しい時間を過ごすことができた。
「矢野くんの隣じゃなくて良かったの?」
って夢衣ちゃんに聞いてみたんだけど、
「ええ、いいんです。たまには、更紗さんとゆっくり話したいと思っていたんです。幸弘さんも、たまには男友達と話をしてもらうのも良いと思っています」
と返してきた。だから私は、
「そうなんだね。確かに、慎吾も今頃男友達と色々話しているんだろうなぁ」
そう言って夢衣ちゃんに笑いかけ、 楽しいおしゃべりタイムがスタートした。
空港に着いて、大きい荷物を預けて搭乗手続きをとり、いよいよ飛行機に乗り込む。それまではクラスごとで待つことになっていたから、私と慎吾は会えずじまいだった。
正直、飛行機に乗るなんて初めての経験で、すごく緊張しているのが自分でも分かった。
なっちゃんの好意で、飛行機では慎吾と隣同士になるように席を譲ってくれたから、そこで約2時間ぶりに慎吾と再会する形になる。
「久しぶり、慎吾」
「2時間ぶりだね、更紗」
シートベルトをしたあと、私は慎吾の肩に頭を預けた。
「お~い、見せつけるなって」
なんて声がなっちゃんからしたけど、あまり気にしなかった。
「更紗、バスは楽しかった?」
慎吾がそう聞いてきたから、私はうん、と頷いて、
「夢衣ちゃんとずっと話していたからあっという間だったよ。慎吾は?」
「僕も、鈴木と隣同士になってずっと喋っていたよ。こっちも楽しかったわ」
そんな話をしながら離陸の時間を待つと、そろそろ離陸するアナウンスが流れ、扉が全部閉まる。シートベルトを必ず着用するようになどの注意事項が目の前のモニターから流れて、改めて、ベルトを確認。そして、スマホを機内モードにした。
そして、いよいよ離陸のとき。飛行機は滑走路にゆっくりと入っていく。
私の緊張は高まってきて、身体が硬直していくのが分かった。
正直言って、怖い。でも、それを声に出せないほど、固まっている。
そして、飛行機が滑走路に入って一旦止まる。
その時、そんな私の様子に気がついたのか、慎吾が私の左手を握ってくれた。
「あ…」
私は思わず慎吾の顔を見る。
慎吾は、微笑みを浮かべて私に、「大丈夫。前も言ったけど飛行機って、実は世界で一番安全な交通手段なんだよ」と言って、更に私の手を痛くならない程度にきゅっと握ってくれる。
「そうなんだね…。ありがとう、慎吾。私が大丈夫って言うまで、手、握ってくれる?」
私がそう懇願すると、やっぱり慎吾は微笑みを絶やさずに、
「お安いご用だ。大丈夫だよ」
と言う。私は、その顔と声に安心して「ありがとう」と告げたんだけど――
飛行機は、滑走路へ向かう時とは全く違って、いきなりフルスロットルで加速を始めた!
「え?え?え?」
私は頭の中がパニックになる。
ゴォーーーー!
という、ジェットエンジンの音ともに、さっきとは桁違いの重力を感じ、身体が座席に押しつけられる。そして、小さい窓から見える滑走路は、目にもとまらぬ速さで前から後ろへ流れていく。
その感覚に、クラスメイト達は大盛り上がりしているけど、私はやっぱり恐怖で声も出せず縮み上がっていた。
そのうち――
フッ!
と飛行機が地面から離れていく感覚を覚えた。
「と、とんだ!?」
私がそう言うのと同時に、クラスメイト達からもさらに歓声が上がる。
窓の外の景色は、どんどんと地面から離れていき、建物が小さく見えるようになっていく。
た、高い――
私は思わず窓から目を背けて、慎吾を見る。
「今は一番怖い時だと思うから、我慢してね。ここが終わって水平飛行に入れば安全になるから」
そう説明してくれる慎吾に私は安心して、「うん」と頷きながら目を閉じる。
どれくらい時間が経ったのか分からないけれど――多分10分経ってないと思う――水平飛行に入ると、機長さんから「当機は順調に航行しています。千歳空港には予定通りに到着予定です」というアナウンスが入って、ようやく私は少し安心できた。
「ね?もう大丈夫だよ」
と慎吾が言うと、丁度シートベルト着用義務のランプが消えた。でも、基本的にはしているようにとのことなので、そのままでいる。
「はぁ~怖かった」
私は少しだけ緊張の糸が解けたので、そう呟くと、「着陸は離陸より危険だからね」と慎吾が言う。だから思わず、「え?辞めてよ~そんな冗談」と言ってしまうけど、確かにそうなんだろうとは想像できた。
だから、慎吾と暫く談笑していると、たまに飛行機が小刻みに揺れる。その瞬間、私の身体は強張る。
そのたびに慎吾は、「大丈夫だよ、突風とか雲に入った瞬間とかにちょっと揺れるだけだから」と私を勇気づけてくれる。そして、「あ」と思い出したかのように私に提案してくる。
「今、スマホ機内モードだよね。この飛行機WiFi使えるから、このアプリ、ダウンロードしてやってみなよ」
と私に慎吾が見せてくれたのは、ナンプレのアプリだった。
「ダウンロードさえすれば、あとはオフラインでも使えるから、暇つぶしだったり、こういう怖い気持ちを別のことに意識を持っていって感じなくするのに最適だよ」
と言うので、早速ダウンロードしてやってみる。
9×9マスの中に、縦・横・3×3のボックスのそれぞれの箇所に1~9までの数字を重複なく入れるという単純なルール。初級はすぐにサクサクとものの2,3分あればクリアできるから、中級をやってみると、これが意外と難しい。どうしても分からなくなってくることがあって、慎吾に聞いてみる。
「慎吾、これ、どう思う?」
慎吾は暫く盤面とにらめっこをして、「あ」と短く声を上げると、
「ここ、3で確定」
って、1カ所指す。え?なんで、そこが確定するの?と聞くと、
「ここはここの枠の上段にしか3を入れられないし、下段もこっちの枠のどちらかに3が入るしかないのは分かる?」
と言うのでよく見てみると確かにそうだった。
「だから、真ん中のこの段にしか3は入らないけど、縦に見ればもう2カ所に3入っているじゃん?だから、ここは3で確定」
理路整然とした説明に、私は納得する。
「はぁ~中級になるとそこまで見なくちゃいけないんだねぇ…」
私は降参と言わんばかりに呟くと、慎吾は笑う。
「そうなんだよね。これ、結構使うテクニックだから覚えておくと進めやすくなるよ」
「うん、分かった。でも、本当にこれいいね。飛行機の中にいるけど、怖い気持ちなんてなくなったよ。そして、時間もあっという間に過ぎるね。もうあと15分くらいで着陸でしょ?」
「そうなんだよ。そろそろアナウンスがあるはずだ」
送信後が言うと同時に、「当機は、今から着陸態勢に入ります。シートベルトを今一度ご確認ください」とアナウンスが入って着陸の態勢に入る。
斜めになって降下していくうちに、飛行機の揺れが水平飛行の時に比べても遙かに大きく、長く続く。そのせいで、私はまた緊張してきた。
「…あはは…やっぱりダメかも。慎吾、手、繋いで」
私は小さい声で慎吾にそう言うと、「分かったよ」と私の左手を慎吾の右手が包んでくれる。
「あったかい…」
冬じゃないのに、私は思わずそう言ってしまう。
「更紗は、緊張して指先の血行が悪くなっているからかもね。確かに、更紗の指先って結構冷たいよ」
そう慎吾は言うと、左手も私の右手をとって温めてくれる。
「うん…ありがとう」
「絶対に大丈夫だからね。機長さんを信じて」
「うん」
そして、少しずつ降下していく飛行機の外を見ると、小さく空港が見える。そして、それが少しずつ大きくなっていく。
米粒くらいに見えた建物が、どんどん大きく見えてくる。
そのうち、前傾姿勢だった飛行機は、機首を上げて着陸の態勢に入って――
ギャン!
後ろの車輪が接地して大きな音を立てる。それとともに、エンジン音が大きな音を立てる。
機内にクラスメイト達の悲鳴に似た歓声が響く。
飛行機は、機首の車輪も接地し、徐々に速度を落とす。
その間も、慎吾は私の手を握ってくれていた。
そして、滑走路からターミナルに入り、完全に停止して、初めて私は大きく息を吐いた。
「はぁ~っ!緊張した!」
「更紗、大丈夫?」
慎吾の声に私は大きく頷く。
「ええ、もう大丈夫!ありがとう、慎吾」
私は笑顔でそう答えた。
クラスメイト達は、前の方から徐々に席を立って飛行機から降りている。
だから、私たちも降りようと思って、下半身に力を入れようとしたんだけど…あれ?力が入らない…。初めての飛行機で、やっぱり怖かったのだと思う。腰が抜けちゃった…。
「じゃあ、もう安心だね。それじゃ」
と慎吾は握っていた手を離そうとするから、私は左手をおもいっきり握って、「待って」と言う。
「?どうしたの?」
「降りるまで、手を繋いでて」
慎吾はその言葉に意外そうな顔をするから、
「安心したら、ちょっと腰が抜けちゃったみたいで」
と私は言う。きっと、私の顔は真っ赤だっただろう。だって、両の頬が熱いんだもの。
そんな私に、慎吾は優しい笑みを浮かべて、
「分かったよ。一緒に降りよう」
と、私をエスコートするように席を立って軽く手を引くと、私の身体は不思議とすっと立ち上がることができた。
「いや、ご両人はいつでもイチャコラしていていいですのぅ」
なんて言う鈴木くんのからかう声に、慎吾は「おぅ、いいだろ?羨ましいか?」と軽く挑発する。鈴木くんは、「おぃ、血の涙流してイイか?」なんて冗談めかしていうけど、確かに、彼も彼女がいないのが不思議なんだよね…。
「おぉ、僕は別に構わないよ~僕は困らないから」と言う慎吾に、「鬼、悪魔!」と笑いながら鈴木くんは言う。私も思わず笑ってしまったけど、そのおかげで下手な緊張が取れさっと動けるようになって、飛行機から降りることができた。
「はぁ~」
と、陸地に降りることができた安堵感で、荷物を受け取った私はベンチに腰掛けた。
「更紗って、高所恐怖症だったのね~意外だわ」
そう言うのは、なっちゃん。それを聞いて夢衣ちゃんと矢野くんが口々に、
「そうなんですよ。意外ですよね」
「弱点なしのスーパーガールに見えて、こういう弱点があるのが、ギャップ萌えだよな。慎吾が守りたくなるのもよく分かるぜ」
と話すものだから、ちょっと恥ずかしかったけど、当の慎吾は涼しい顔で、
「そりゃ、大好きで大切な人なんだから、守るのは当たり前だろ、幸弘」
と言う。その言葉も、嬉しいけど、恥ずかしくて、私は顔を真っ赤にしてしまう。
「愛されてるねぇ、羨ましいぞ、うりうり」
なっちゃんに背中を肘でごりごりされて、少し痛いけど笑ってしまう。
「もう、なっちゃん!」
赤い顔のままでそう言って立ち上がると、みんなも笑っていて、それまでの怖かった飛行機のことも完全に忘れてしまって、このたびは絶対に楽しくなる予感がした。
このあと、再び慎吾とは別々のバスに乗り、夢衣ちゃんとやっぱり話をしながらノーザンホースパークを経て、千歳水族館などを巡って、ホテルへ。基本的にこの日はクラスでの行動だったから、空港を出てから慎吾とはほぼ話ができないままだった。
18時に夕食、それからホテルの各部屋で入浴という流れで、ひとまず疲れをとるんだけど、1日目だというのに、すごく疲れてしまった。だけど、慎吾と話がしたくて、ライナーで慎吾を呼ぼうと時計を確認する。
今は20時を回ったところ。ホテルのロビーで21時までは自由に行動して良いことになっているから、慎吾と話をして寝ようと思った。
その前に、お父さんと綸子には「疲れた~でも、イイよ、北海道!」とライナーで報告しておくことは忘れない。
分で、「良いなぁ、修学旅行。楽しんできてね!」と綸子から返信が来たんだけど、あなた、先月行ったばかりでしょ?と思わず突っ込んでしまった。
「だって、修学旅行だよ、何回行っても良いと思うの」
と、綸子からの返事だったけど、「そのお金は誰が出していると思って?」とお父さんからのツッコミに綸子は「はい、済みません」とあっさり謝って、この場は収束した。
そして、約束した20時20分、ロビーに行くともう慎吾は近くのソファーに座っていて、私に気づくと手招きをしてくれた。
「お疲れ、更紗」「うん、慎吾、ありがとう」
私は、慎吾の隣に座ってう~んとまずは背伸びをしながら深呼吸をする。すると慎吾から、シャンプーの匂いがする。普通は、男の人がこんな事を思うんだろうけど、風呂上がりの慎吾と話すのは当然初めてなので、そう感じてしまった。
「慎吾は、ノーザンホースパークとか楽しめた?ちらっとしか姿見えなかったから、どうだったのかなって」
「そうだね、まあ楽しかったかな。競馬って、あんまり興味ないからはじめはふ~んって感じだったけど、いざ実物を見るとなんだかね、オーラっていうのかな、そう言うのを感じて見とれちゃったな」
私の質問に、慎吾はそう返してくれる。
「私もそう感じたよ。すごいよね。ポニーちゃんは可愛いし、乗せてもらったよ。視界が高くなってちょっと怖かったけど、でも、歩いているうちに慣れてきて楽しかった」
私がそう言うと、慎吾はちょっと驚いた顔をする。
「そっか、確かにポニーくらいの高さだとそこまでって感じではなかったかもね。ポニーと仲良く散歩できて良かったよ」
「うん、少しずつ、高いところも慣れていこうかなって思うの」
「でも、無理せず自分のペースで、だよ。地に足が着かない感覚が苦手なんだろ?追々でいいから。いつかはジェットコースターに一緒に乗れるといいなってくらいだし」
「わかった。ありがとう」
そこで、ノーザンホースパークの話題はおしまい。そして、話題は明後日の話になる。
「明日も、クラス単位での行動だから、明日もこの時間にこうして話をするとして、明後日のグループ活動だね」
そう、グループ活動は、クラスを解いて仲の良い4~8人のグループで活動して良いことになっている。だから、私と慎吾、夢衣ちゃんに矢野くんで活動することにしている。ただ、即席でメンバーが変動してもいいみたいだから、タイミングが合えば一緒に歩けるといいねって、紗友梨さん、和子さん、なっちゃんに鈴木くんのグループとも話をしていた。
「明後日は、小樽~札幌。だいたい4人での予定は立てているけど、そこまで上手くいくかどうかは本当に実際やってみないと分からないしね」
慎吾がそう言うから、私も頷いて、
「そうよね、そのあたりは確かに実際に行動してみないと分からないよね。途中で気になるお店や場所ができて時間をロスすることだってあるかもしれないものね」
と答える。慎吾もそのことを分かっているみたいで、
「そうなんだよね。行きたいところはある程度調べていると言っても、それだけこなすのもなんだか味気ない感じもするし」
と言って、ちょっとおどけた表情を見せる。
するとそこに、同じことを考えていたのか、矢野くんと夢衣ちゃんがやってきた。
「お、慎吾と大原、やっぱりここにいたのか」
「お、幸弘。明後日のことを考えていたんだけど、昼前に札幌着くようにはしているけど…」
慎吾は、おそらく次に私と話そうとした内容を矢野くんに告げた。
「そうだな。その方がいいと思う。それに、真面目なお前のことだから、小樽で行きたいところは全部回りたい。でも、途中で時間をロスすることがある可能性も考えている、といったところかな、その言い方だと」
矢野くんは、ずばり慎吾の言いたいことを言い当てたようで、
「さすが幸弘。僕の言いたいことをきちんと把握してくれてる」
と笑顔を見せる。そこにすかさず夢衣ちゃんが、
「でも慎吾くん、それは心配しすぎだし、計画通りすべてを回る必要はないと思いますよ。計画はあくまでも計画であって、こうした旅行の場面ですべてを計画通りこなせる方が稀ですから」
と言う。それは、何度も旅行に行った経験があるかのようだったから、
「夢衣ちゃんも、そういうことあるの?」
と私が聞くと、夢衣ちゃんは私の顔を見て笑顔で頷いた。
「はい、家族旅行で毎年色んな所へ行っているのですが、17時までにホテルに入る予定でいたのに、気になるお店を途中で見つけて入ってそこで時間を経つのも忘れて買い物や見物に夢中になってホテルに着いたのが19時とかよくありました」
そう話す夢衣ちゃんに、私は、
「そっかぁ、やっぱりそんなものなんだね。予定通り行く方が稀よね。確かに、私も家族旅行へ行った時は、『あそこ行きたい!』とか言って、お父さんお母さんに迷惑かけてた記憶があるわ」
そう言う私に慎吾も、
「あ、そう言えば僕もそんなことあったなぁ。中3くらいになってからは家族旅行に行くことがなくなったから、かなり忘れかけていたよ」
そう言って、ちょっと遠い目をする。
「あれ?そうだったか慎吾?」
不思議そうに矢野くんが聞くと、
「そうなんだよ。晴兄とは5つ離れているから、晴兄が大学に入ったあたりから家族旅行に行こうって言っても優來姉さんとのデートばかりで行く気がなかったし、伊緒姉も成人してたから、バイトが忙しいって二人とも薄情なものだよ…」
と慎吾は年上の姉弟への不満を口に出していた。
「なるほどね。それだとなかなか家族旅行に行くことはないよな」
矢野くんは仕方ないな、と言う表情で慎吾を見る。
「そうですね。それは仕方ないかもしれませんね。でも、慎吾くんのところも、きっと同じだったと思いますよ」
夢衣ちゃんもそう言うから慎吾は、
「多分ね。小学校の低学年あたりの記憶はだいぶ薄れているけど、そんな記憶はかすかにあるな」
と言う。
「何はともあれ、予定をこなしつつ、イレギュラーに臨機応変に対応、これなんだよね?」
私がそうみんなに聞くと、
「そういうことですね。でも、そうした方が満足度は高いと思いますよ」
と夢衣ちゃん。私は頷いたところで時間が来て、この場はお開き。
部屋に戻ると、なっちゃんがニヤニヤして、
「どんな話をしていたの?」
と聞いてくるから、普通に明後日の話をしていたんだよって言うと、「まぁ、真面目な二人らしい会話だね」と答えたから、夢衣ちゃんと矢野くんも合流して話をしていたからっていうのもあるし、と付け加えておいた。
「そっか、その4人で回るんだもんね。楽しみだね。札幌で合流できると良いなって思ってるよ」
となっちゃんは言って、「でも、さすがに今日は疲れたから寝るね、更紗、お休み」とベッドに潜り込む。
私も眠くなってきていたから、「うん、私も寝る。おやすみ、なっちゃん」と答えて、部屋の明かりを落として眠りに就いた。
2日目もクラス単位での行動で、目的地はばらばらだった。
僕ら理系クラスは、ニセコ方面へ言って、自然散策やラフティング。文系クラスは、石狩方面で博物館とかの見学で、全く接点なし。
まぁ、自分たちでここに行きたいからと言うことを話し合って同じ時間に決めたから、お互いにどこになるかなんて分からなかったし、ここまで見事に札幌を挟んで逆になるとは思わなかったから、仕方ない。
僕たちは、ラフティングを楽しむ。
北海道って、涼しいイメージだけど、ここ最近の異常気象、地球温暖化のためか、このあたりでも30度くらいになるのはザラになってきたらしく、そんな中でラフティングして、ふざけて川に飛び込むとめっちゃ気持ちよかった。
さすがに2回目に飛び込む羽目になった時は鈴木にふざけて落とされそうになったから、僕はそうなる前に鈴木の肩を掴んで道連れにしてやった。お互いに「おい!」って笑い会いつつ、紗友梨さん、和子さんに引き上げてもらう。
その時、ついでに二人にも川に飛び込んでもらうと、「何するのよ~」って二人とも頬を膨らませるけど、目は笑っていて、楽しかった。
そして、小樽へ向かう道中に道の駅があり、そこでお土産も買う。
「鈴木は、何買うんだ?」
僕が聞くと、
「う~ん、色々悩むけど、この地方ならではのお菓子セットだよな。ただし、荷物にしたくないから、今日泊まるホテルでもいくつか見繕って、宅急便で送ってしまおうかと考えてるんだ」
ああ、なるほど、お土産って買えば買うほどかさばるから、余計な荷物を背負い込まないようにしたいということか…。
「なるほど、そんな考え方もあるな。僕もそうしようかな…」
「結構楽だと思うぞ。ただ、送料がかかるから、そう何回も送っていられないけどな」
「そりゃ、そうだね」
僕も、鈴木に習ってこの地方にしかなさそうなお菓子を2点ほど購入して、家族やバド部の1,2年へのお土産にする。
女子達のキャッキャとした声を聞きつつ僕たちは会計を済ませて外に出ると、丁度ソフトクリームを売っていたものだから、思わずこれも買って、バスに乗る前に一気に食べてしまう。
「ん~牛乳のコクなのかな?すっごく濃いなぁ」
僕が感嘆すると、鈴木も「だな、こりゃすごい」と笑顔を見せてソフトクリームをなめる。
そんな僕たちの笑顔に釣られたのか、大木さんと中山さんも「え~二人ともずるい!私たちも買う」って、ソフトクリームを買ってなめていた。
さすがに「太るよ」なんて言う勇気はなかったよ。行ってしまったら、二人からさんざん責められた挙げ句に更紗にチクられ、夜のロビーの話の大半は女の子の扱いについてのお説教になっただろう。
僕たちが食べ終わったあと、彼女たちの幸せそうな顔を見てから、バスに乗り込んで一路小樽へ向かった。
ホテルに着いたら、1日目と同じように夕食と入浴、そのあと20時過ぎから4人での会話。
小樽は倉庫街を見てから早々に離脱して一路札幌へ。そして、時計台やテレビ塔など、有名どころを回るつもり。
「お昼は味噌ラーメンの美味しいところね」
更紗が確認すると、僕たちはうん、と頷く。
「美味しかったら、綸子とお父さんに買って帰るんだ」
と言うものだから、僕も「ああ、僕も当然そうするよ。美味しいものはみんなでシェアしたいし」と続ける。そこで「あ」と僕はちょっと思いついて、3人に聞いた。
「そっちは今日、何かお土産買った?」
「ああ、キーホルダー程度だけどな」「私は、両親への美味しそうな100%フルーツジュースを。本来なら、お酒なんでしょうけどさすがに買えませんでした…」
幸弘と夢衣がそれぞれ答えてくれる。夢衣のしょんぼりした表情に、ちょっとクスッとする。
「もう、笑わないでください」
と夢衣が言うから、更紗は、「慎吾、夢衣ちゃんに失礼だよ」と僕をたしなめる。
「ゴメン、夢衣。確かに制服を着ていたらお酒は買わせてもらえないよな…。で、更紗は?」
「私は、お菓子の詰め合わせと、綸子とお父さんへのマグカップ。2日目にしてはちょっと使っちゃったかも」
そう言って、更紗はちょっと苦笑い。でも、その表情が何とも可愛くて。ちょっと照れ隠しに視線をフロントの方にやると、「宅配便サービス」という旗が目に飛び込んできたから、昼間の鈴木との会話を思い出す。
「それじゃさ、明日でも良いと思うんだけど、二人でお土産を宅急便で僕の家に送ってしまわないか?綸子ちゃんも僕の家で待ってるだろうし、最終日に疲れているところに重たい荷物を持って帰るのってイヤじゃない?」
僕の提案に、更紗は「あ、そうね。いいよ。送料は折半ってことだよね?」と答えてくれる。僕は「勿論」と返事してOKサインを作る。すると、幸弘がそれを聞いて、「夢衣、俺たちもそうしようか?」と話すから、夢衣も「そうですね幸弘さん、そうしましょう」と答える。
3日目のホテルを検索すると、「宅急便サービス」はちゃんとあるとのことだったので、できる限りお土産はそれで送ろうと言うことになった。…さすがに替えた下着を一緒に入れるようなことはしなかったけど、個別に小さい箱で送ることならできるかな、なんて話もして、2日目の夜は過ぎていく。
2日目の部屋は6人の和室の雑魚寝部屋だったから、その中の一人が持って来たトランプで遊び、大富豪で負けたら一旦ベランダに出てそこに置かれている椅子に座って、1ゲーム分参加できない罰ゲームを課して遊んだ。
何回か外に出る羽目になったけど、そのたびに満天の星が角度を変えていた。結局、消灯時間を2時間くらい過ぎる頃まで声を殺して遊んでいたものだから、正直3日目は心配だけど、それはそれでいつもとは違う、同性の仲間達とたくさん遊んで楽しい思い出を作った。
勿論、「大原も、今頃女子連中で恋バナでもしてるんじゃね?」「お前達って、一体どこまでいってるんだよ」みたいな会話もあったけど、僕は笑ってはぐらかしつつも、まだ一線を越えてないことはハッキリと伝えておいた。
「固いなぁ」
って言われたけれども、「イレギュラーなことが起こることは避けたいんだ」と僕が言うと、「変なところで真面目で石橋を叩いて渡るお前らしいよ」とも言ってもらって、みんな納得してくれていた。
そして、3日目。レストランの朝食バイキングは、昨日よりも空気がざわついているように感じられた。
そりゃそうだ。今日は1日グループ別の自由行動なんだから。
正直、僕だって少し浮かれている。この2日間は、クラス別研修と言うことで更紗とまともに一緒に行動できなくて、この日を待ち望んでいたと言っても過言じゃないからだ。
「おはよ、慎吾」
ホテルのロビー、レストランの少し手前で更紗がもう待っていてくれていた。
「おはよ、更紗。ふわぁ」
挨拶もそこそこに、僕は思わず大きなあくびをしてしまう。
「なぁに慎吾、夜更かしさん?」
更紗の問いかけに僕は頷いて、
「大富豪が盛り上がっちゃって、寝たのは0時になっちゃったんだよね。負けたらベランダで1ゲーム抜きって罰ゲーム付きだから、結構みんな本気だったよ」
更紗はそんな僕の答えにクスッと笑って、
「そうなんだ。まぁでも、私も似たようなものね。夢衣ちゃんになっちゃん、私と木戸さんと加藤さんの5人で色んな話をして寝たのは似たような時間だったから。ふぁ」
更紗も最後に大きいあくびをする。
「更紗も人のこと言えないじゃん」
僕は思わず笑ってしまって、更紗の頭を撫でる。制服姿に白のヘアバンド。何度見ても見飽きない僕の愛しい彼女の姿に、いつも見とれる。
「ぶ~。確かにそうだけど、でも、とにかく朝ご飯食べようよ」
僕のそんな態度にちょっと不満げな更紗は、僕に早くレストランに入るよう促してきた。
「そうだね、早く食べて、早めに出ようか」
僕が答えると、更紗は今度は満足げな表情になる。このギャップがとても可愛くて、やっぱり僕は、更紗が大好きなんだって、今、僕は幸せなんだって思える。
僕と更紗は、レストランに入って、バイキング朝食を食べる。
朝はパン食が多い僕たちだから、最初に取りに行ったのはクロワッサンとバターロール。そして、水菜がメインのサラダとポテトサラダにスクランブルエッグ、ウィンナー、そして飲み物はオレンジの100%ジュース。コーヒーでもいいんだけど、たまにはそう言う飲み物を飲みたいなって思った。
「いただきます」
差し向かいの二人用テーブルで、僕たちは朝食を食べ始める。
僕たちの姿を見たクラスメイト達は、「相変わらず、幸せそうな二人だよね」と僕たちの方を見ながら、羨ましそうに話しているみたいだったけど、そんなことは意に介さないで僕たちは朝食を堪能する。
「結構美味しいよね」「このウィンナー、市販のと違う。もしかしたら、ここのオリジナルかなぁ?」「ポテトサラダもなんか違うよね」「ええ、やっぱりジャガイモの産地だからポテサラに適した品種があるのかなぁ?」なんて喋って、「は~美味しかった」と二人で満足した笑みを浮かべて朝食を終える。
そして、一旦荷物を取りに部屋に戻る時、先に朝食を済ませていた幸弘と夢衣に出会った。
「お~おはよ、幸弘に夢衣。予定より早いけど、もう出ちゃう?」
「準備早いね、二人とも。実は楽しみすぎて余り寝られなかった?それとも早く目が覚めちゃった?」
僕と更紗の言葉に二人は頷いて、
「そうなんだよ。ちょっと早めに目覚めちまったから、先に食べたぜ。もういつでも行ける」
朝食を食べてしまえば、そのあとから自由行動が認められている。だから、僕たちはもう出ようと思えば出られる。逆に言えばゆっくりしようと思えばチェックアウトの時間(11時)まで出ずにいることも可能だ。まぁ、そんな生徒はそういないだろうけどね。
僕は一度腕時計を確認する。午前7時25分を回ったあたりだった。
だから、僕は提案する。
「ちょっと歯磨きとかしてから戻ってくるよ。7時45分に出発でいいかな?…早すぎてまだどこもやってないかもしれないけど」
「まぁ、比較的早くこの街から出て行くんだから、早めに出て街中を探検しておくのも悪くないと思うから、そこはまったり歩いて行ってもいいんじゃないかと思うが」
幸弘の言葉も尤もだ。僕は頷いて、「すまない、ちょっと待ってて」と二人に謝って自室に一旦戻る。更紗とは一緒にエレベーターに乗るけど、当然階は違うので途中で一旦お別れ。彼女の方が先に出るから、「じゃ、40分に下でね」と言って一旦別れて自室に戻り、荷物の片付けをして、歯磨き。
同室のクラスメイトはまだご飯中のようで、僕はライナーで「先に出るよ。自分の分は片付けてあるからね」同室だった鈴木にメッセージを送って、1階へと降りた。
更紗も既に待っていたみたいで、「40分ぴったりね」と笑みを浮かべてくれた。
「それじゃ、行こうか」
僕たち4人は、次の宿に直接持って行ってもらう大荷物をロビーの所定の位置に預けて、ホテルを出た。
小樽は名所の運河とその近辺の店を散策する。
ガラス工芸のお店があると言うことで、その店に行こうというのは旅行前に話していたんだけど、今日は朝から快晴で、昨日と同じように熱いものだからつい冷たいものが食べたくなる。
「あ、あそこにソフトクリーム売ってるよ。食べない?」
更紗の一声で、僕たちはそっちに視線を送る。道路の反対側にスイーツ屋があったから、「よし、行こう」と道路を渡ろうと思い、横断歩道を渡ろうとした。一応左右確認はしたはずなんだけど――。
「危ないっ、慎吾!」
更紗が僕の腕をとって引き寄せる。その瞬間、クラクションの音とともに、一台の車が過ぎ去っていった。
「え…?」
僕が絶句していると、「珍しいですね、慎吾くんがこんなことで事故に遭いそうになるなんて」と夢衣が言うし、幸弘も「確かに珍しいな、左右しっかりいつも確認しているのに」と、ちょっと不思議そうに言うものだから、僕もその瞬間のことを思い出して、「ああ、多分浮かれすぎて確認不十分になったと思う…ありがとう、更紗」と更紗に告げた。
更紗は、
「心臓止まるかと思ったよ。慎吾、気をつけてね」
と言って、引き寄せた腕を更に彼女の身体に抱き寄せる。柔らかい胸の感覚が、その抱き寄せられた腕を通して脳に伝わるにつれて、顔がどんどん熱を帯びて赤くなることを自覚する。
「うん、ゴメン更紗。助かったよ本当に。こんなところで事故って怪我をしたら、折角の修学旅行が台無しだもんね」
僕はそう言って、抱き寄せられている腕とは反対の腕で、更紗の肩を抱く。お互いの身体が密着し、更紗の心音も聞こえそうなくらいだ。僕の胸は当然、早鐘を打っているけど、そんな僕たちに幸弘と夢衣が水を差す。
「お~い、そこでイチャイチャしすぎない」「お二人がそうしているのなら、私たちも同じようにもっと近づきませんか、幸弘さん?」「それもそうだな」
幸弘が差し出した左腕に夢衣は両腕を絡ませてくっつく。
「夢衣ちゃんも、最近行動が大胆だよね」
更紗の言葉に夢衣は、
「更紗さんが慎吾くんに向ける好意とその行動を見習ったんです。好きな気持ち、素直な気持ちを打ち明けて前向きに捉えて行動すると上手くいくんだよ、って教えて戴きましたから、私も幸弘さんに対してそうありたいなって思っているんですよ」
と言う。確かに、僕も更紗も、お互いへの好意はハッキリ告げるし、それと一緒に態度にして表すから、僕たちはお互いに気持ちよく過ごせるんだろうなって思うと、夢衣にしても幸弘にしても、同じように思ってくれていることはとっても良いことだよなって僕も思う。
「ありがと、夢衣ちゃん、そう言ってくれて私は嬉しい」
更紗も同じように考えてくれていて、僕たちのグループは外から見れば、正直なところバカップルに見えただろうなぁ…。
そして無事にソフトクリームを食べたあとは、ガラス工芸の店に行って綺麗なお猪口を家族分買った。そして、小樽駅から一路札幌へ。
小樽駅では、春日先生が改札の前で待ち構えていて、「お、大原、東条、矢野、三上のダブルデート班だな。はい、チェックと」と何時に小樽を出たのかチャックしていた。
時間は11時を少し回ったくらいだから、1カ所観光をしてからラーメンだ。
札幌駅を出てから観光と言うよりは、大学を見たいと言うことで、北海道大学へ。
「へぇ~北海道大学って、札幌駅の真近く…というかすぐ側にあるんだね。臨魁学園はちょっと離れてるけど…」
更紗の言葉に、僕たちは頷く。
「北海道大学といえば、クラーク像だな」
幸弘の言葉に僕はつい、「Boys be ambitious. 少年よ、大志を抱けだね」と口をついて出る。その言葉に「そうですね。幸弘さんや慎吾くんは大志を持っていますか?」と夢衣からの突っ込みが入る。まずは幸弘が、
「ああ、俺は、大学に行ってからだが、弓道でインカレ出たいと思っているぞ。それから教員になってからも指導者兼選手で国スポも出て活躍していきたい。そして、その側には勿論夢衣がいる。苦労はさせないよ」
と言うものだから、正直言うと、僕の大志なんて小さいものだと痛感させられた。
「すごいよな、幸弘は。でも、僕は自分の目標である数学の教員になること、そして…」
僕は更紗の顔を見る。
「幸弘と同じように、側に更紗がいて、一緒に同じ方向を向いてお互いに高めていく関係を続けていくことだよ。幸弘みたいに全国区で活躍することはできなくても、自分にできる最大限のことをやっていきたいと思ってる」
そう言うと、更紗は顔を赤くして、「ありがと、慎吾」と僕の背中に抱きついてくれた。
「大志って、人それぞれだと思います。幸弘さんの願いも、慎吾くんの願いもどちらも素敵だと思いますよ。それに…」
夢衣は一呼吸置いてから、
「大志って、大きい志って書くじゃないですか。志、つまり、そうしていきたいという気持ちですから、それが大きいと言うのは野望とかそう言うのではなくて、誰もが思う願いであっても、そうしたい気持ちの大きさ、強さがあれば、それは十分大志なんだと思います」
夢衣がそう言って微笑む。
「そう思ってくれるのは有り難いよ。自分の願いは、本当に平凡だと思うから」
僕がそう言うと、更紗が、
「平凡であっても、その夢を叶えることは、簡単なことではないと思うんだ。だから、私も慎吾の側で慎吾の一番の応援者でいたいと思っているわ」
なんて有り難いことを言ってもらえた。だから僕も、
「それは僕も同じ思いだよ。僕も更紗の側で更紗を応援したいと思う」
と負けじと言う。それには幸弘が口笛を鳴らして、
「さすが、俺たちが目標とする二人だよ。その気持ちの向き方が同じ所、見習っているんだぜ。誰がなんと言おうとも、お似合いの二人だ」
と言って、僕たちの顔を赤くさせた。
そして、大学の校内を回ると思いの外広くて時間がかかり、気づけば11時を15分くらい回っていた。
「よし、次に行こうぜ」
大学生協で気になった文房具を少し購入してから、大学を出て一路ラーメン横丁へ。
大学とは札幌駅を挟んでほぼ真反対にあるから、歩いてもさほどの距離じゃない。 11時半頃には並ぶことができるだろう。僕たちは喋りながら歩いてラーメン横丁へ向かう。
途中で札幌駅の側を通るけど、そこで偶然大木さん、中山さん、植田さん、そして鈴木のグループに出会った。
「今から昼飯行くところ?」
と聞かれたから、僕も「ああ、そうだよ」と答えると、植田さんから「私たちもご一緒させてもらっていい?」と尋ねられたので、一も二もなく賛成。元々そのつもりだったから、4人から8人に増えたグループは、二人組になって列をなして行進のように歩いて行く。
「どこに行くか決まってるの?」
と中山さんが聞くから、「一応ね」と答えて僕は前を向く。
暫くがやがやと歩いて目的のラーメン屋に着くと、既に10人くらい並んでいた。
「やっぱり人気のあるお店って並ぶよね」
更紗はそう言う。だからといって他の店にチェンジする選択肢は僕になかったから、
「待つけどいい?」
とみんなに聞いて頷いてくれたから、30分ほど待つことになった。
でも、待った甲斐があったもので、思っていた以上に麺もコシがあって美味しかったし、スープも味噌ベースのパンチが効いたもので、みんな満足していた。
ネットで検索して通販なりなんなりないか調べてみたところ、札幌駅の土産物屋でこの店の生麺が売っているとのことだったから、最後に買いに行こうということになった。
そう、ホテルは札幌駅に近いところにあるから、最後の方…ホテルの集合というか、到着の最終時間は19時と決められているから、18時頃から行っても多分大丈夫だと思う。
昼食を食べ終わると、待っていた時間もあったから12時半近くになっていて、そのあと5時間くらいは観光していられるから、やっぱり定番の時計台と札幌テレビ塔へ向かうことにした。
慎吾はさすがに小樽での一件から車道に出る時は慎重に左右を見てから渡っていたし、そんな様子を見て、私たちも気を抜かないように気をつけた。
紗友梨さんたちも一緒に行動する。
先頭に立つのは慎吾と矢野くん、鈴木くんの男の子たち。それを私たち女子5人はかしましく話ながら後についていく。
「もうすぐ夏休みだねぇ。みんなの予定って、何かある?」
私が聞いてみると、
「私は予備校の夏期講習が半分くらい入っているから、それ以外の予定って今のところないのよね」と紗友梨さん。転科はしないけど、国公立の前期試験で医学部を狙うことにしたらしい。落ちたとしても、このまま臨魁学園大学部で養護教諭の免許を取るって。
「私は、特に…かな」「私も」「私は、オープンキャンパスへ幸弘さんと行きますよ」
和子さんとなっちゃんは今のところこれといった用事はなく、夢衣ちゃんは県外国立大学のオープンキャンパスに行くとのことだった。
「オープンキャンパスね…私も慎吾と行こうかって話はしているんだけど、具体的にどこへ行くかはまだ決めかねているのよね…でも、早く決めて申し込まないと、申し込みそのものもできなくなるし」
私がそう言うと、その話が耳に入ったのか、慎吾が足を止めて私たちを待つ。
「更紗、そのことなんだけど、めっちゃ遠いのは百も承知で、更紗の生まれ故郷の福岡…九州大学とかはどうかな?保護者としてうちの母さんに来てもらうと良いかなって思っているんだ。勿論交通費に宿泊費もかかると思うんだけど、帰ったらお父さんと相談してみてよ」
合流した私に慎吾がそう言うものだから、周りから冷やかしの声が上がる。
「え?婚前旅行でもするつもりなの?」
和子さんが素っ頓狂な声を上げるものだから、私は彼女の口を押さえて「しー!」ってする。
「あ、ゴメン、結構驚いて大きい声出ちゃった」
和子さんがそう言うのも無理はない。私だってびっくりしたからだ。
「でも、なんで九州なの?」
私は慎吾に尋ねる。すると慎吾は、
「県外の国立大学を受けるとして、いくつか候補があると思う。一つは就職率、あとは立地。そして、頼れる人が近くにいるかどうか。で、今回はその三つ目、要は更紗の親戚がいる福岡にいってみるのもありかなって」
そこまで言ってから、「勿論、観光もあるけどね。太宰府天満宮に行ってみたいなって」と付け加える慎吾に私たちはクスッと笑う。
「考えとくね。帰ったら話してみる。確かに、頼れる人がいるのは良いことかもしれないし。叔父さんは何かと気にはかけていてくれるから頼るのもありだと思うわ」
慎吾には、正月の時にそのあたりの話はしてある。今年の冬は向こうに戻らなかったから叔父さんと会わなかったけど、叔父さんから書留が届いて私と綸子へのお年玉と、新年の挨拶とともに、「必要ならいつでも言ってきなさい」と言う言葉があって、届いたその日のうちに、お父さんのスマホから叔父さんに電話してもらって私と綸子の二人で感謝していたことを話したから、おそらくそのことを慎吾は覚えていたんだろう。
「まぁ、許可が出るか分からないけど、帰ってから話そう」
わたしは「うん」と頷いて、札幌の街を歩く。
そして、テレビ塔や時計台を見に行くけど、この辺りって、すごく近くて一つ一つにそこそこ時間をかけてもまだ時間は15時過ぎ。予定よりちょっとだけ早く回れたから、最後にと思っていた藻岩山へ向かうことにした。
「思いの外早く回れたね。テレビ台も時計台も、実際に見る方がやっぱり良いって思ったよ」
慎吾がそう言って、みんなも同意する。
「でも、テレビ塔は冬に行っても良いよなぁ。だって、雪祭りやってるだろ?」
矢野くんの言葉にみんな頷く。
「それもそうだね。あれも実際に行って見たいよね」
慎吾も同意する。それに夢衣ちゃんが、
「社会人になったら、4人で行きませんか?こんな風にワイワイと回るのも、若い間しかできないと思いますし」
と言うから、「いいね、賛成!」と私が真っ先に賛成して、矢野くんも慎吾も「夢衣、いい提案だな!」「そうだね、行こう、絶対」と同意する。
そんなやりとりをしながら、そこに紗友梨さんたちも加わって、8人で行きたいよねって話をしていた。
そうなる日が来るといい、私はそう思いながら、藻岩山へ向かう電車の改札を通る。ICカードがあると、やっぱり便利。「絶対に持っていた方がいい」と言われて中学校の時――つまり京都にいた時――にお父さんに購入してもらっていたけど、全国で使えるのは本当にメリットだ。だから慎吾にも「あった方が絶対にいいから」と言って、旅行前に購入してもらっていた。
「う~ん、便利!更紗、教えてくれてありがとう」
と慎吾は感謝してくれた。
そして、藻岩山の麓に着いてロープウェイの改札を通る。ロープウェイと言うことは、また地に足が着かない乗り物に乗るわけで…大丈夫と分かっていても、少し足がすくむ。だから、また慎吾にお願いする。
「また手、繋いでもらっていていい?」
慎吾はイヤな顔一つせず、むしろ喜んでいる表情で、
「勿論いいよ。頼ってもらって嬉しい」
と言って、まだロープウェイに乗ってもいないのに手を繋ぐ。
「まったく、この二人はいつもこんなんだから、見ている方が恥ずかしくなるわ」
紗友梨さんがそう言って笑う。それにみんなも釣られて、「全くだ」と言うけど、「私もちょっと怖いから、幸弘さん、手を繋いでいただけますか?」と夢衣ちゃんまでそう言って矢野くんの手を握る。
「おお、勿論だ。ホント、夢衣も大原の影響受けまくりだよな」
ちょっと照れた表情で矢野くんは夢衣ちゃんの顔を見る。「こっちもこっちでかよっ!」と鈴木くんが突っ込むけど、二人とも楽しそうだ。
私たちは手を繋ぎながらロープウェイに乗り、席も隣同士になって座る。
発車の時間を待っている間も、勿論手は繋ぎっぱなしだ。そして、発車を告げるアナウンスのあと、
ガタリ
とロープウェイは動きだし、フワフワした感覚が下半身から感じると、私の身体はきゅっと強張る。
「怖い?」
慎吾が尋ねてくるから私は、「うん。でも、大丈夫」と言う。でも、その声はちょっとだけ震えていた。
「大丈夫だよ。僕がついてる」
慎吾はそう言って、握っている手に少し力を込める。私はその熱に勇気をもらって、平静を保つようにした。なるべく外は見ないように、目の前の藻岩山の頂上だけをじっと見ていた。
そのうち感覚が慣れてきて、怖さも大分感じられなくなった頃には、到着を告げるアナウンスが流れる。
そして、ロープウェイが停止し、私たちは藻岩山に降り立つ。
少し歩いて展望台。そこは札幌の街が一望できた。
「うわぁ~、すごいね」
なっちゃんが最初に声を上げると、みんなもそれに釣られたように声を上げる。
「これ、夜だったらもっと綺麗なんだろうな」
「きっとそうですね。さっきの話じゃないですけど、夜にここに来てみたいですね」
矢野くん、夢衣ちゃんもそう言って、手を繋いだまま札幌のまちを見下ろしていた。
「それじゃぁさ、みんなで写真撮ろうよ。スマホあるでしょ?誰か自撮り棒持ってない?」
紗友梨さんの提案と質問に、なっちゃんがすかさず、「私持ってるよ」と答えると、鈴木くんは「植田さん、ナイス!」と言って、彼女から自撮り棒を受け取る。まずは彼からスタートして、一人1枚ずつその自撮り棒にスマホを取り付けて「いぇーい!」と各々好きにポーズをとって写真を撮った。
そんな楽しい時間もあっという間に過ぎていく。
18時40分にはホテルに戻り、暫く疲れた身体を部屋で癒やしてから、19時30分から夕食だった。
夕食はワイワイとジンギスカンで舌鼓を打っていたんだけど、男子達が「これ俺の!」「いや、俺のだろ!?」などと殺気立った会話?と言うよりも戦いが近くの席で繰り広げられていたから、ちょっと興ざめなところもあったなぁ…。
「すごかったね、男子達の夕食現場」
私は昨日や一昨日と同じようにロビーで慎吾と話す。
「ああ、肉はやっぱり大事だからね。仕方ないかと」
慎吾は苦笑いをして答える。
「慎吾もやっぱりそうだよね。でも、結構美味しかったよね~」
「ああ、美味しかったね。お取り寄せで一回食べたことあったけど、それよりもやっぱり本場で食べる方が美味しく感じるのは、気のせいじゃないと思うな」
「やっぱり本場が一番ってことだよね、ジンギスカンにしても、札幌ラーメンにしても」
私がそう言うと、慎吾も頷く。
「そうだね~色々とさ、本場の味を試していきたいなぁ。側で更紗がいてくれるとなお良しだよ」
そんな慎吾の笑顔は、とても素敵で、未来への迷いがないようだった。勿論、私も今、同じことを思っているから昼間の話について、大きく決断をする。
「うん、私もそう思う。だから、九州大学のオープンキャンパス一緒に行こうよ。まだお父さんには話していないけど、多分賛成してくれる」
「オッケー。まず、帰ったら二人でうちの家族に話してみよう。それでOKなら、更紗のお父さんにも話してみる、それでいいかな?」
「うん、それでいいよ。今日このあと母さんにはライナーしてみる」
私たちの会話はここで一旦途切れて、ちょっと沈黙が流れる。そして、ソファに並んで座りながら、私たちはどちらともなく頭をこっつんこさせて目を閉じる。今は、昼間のように騒がしかったのとは逆にそれが心地いい。
「…明日で修学旅行も終わりかぁ…なんだかんだで、あっという間だったね」
少しの沈黙のあと、私はその沈黙を破る。
「そうだね。特に今日は楽しかった~クラスの仲間と一緒に見学したり騒いだりするのも楽しいけど、やっぱり、更紗と一緒にいるのが一番だよ」
「そう言ってくれて嬉しい。私も、慎吾といるのが一番楽しいよ。だからね…」
私が言いかけたところに慎吾がかぶせてくる。
「飛行機も隣にいてって言うことだよね?勿論分かっているよ。もう話はしてある」
既に根回ししてくれたようでびっくりしたけど、やっぱり私を第一に考えてくれていることがとっても嬉しかった。
「ありがと。やっぱり慎吾のこと、好きだよ」
「僕だって、更紗が好きだよ。誰もいないところだったらキスしたところだけどね」
慎吾はあとの言葉を誰にも聞こえないように小声で言う。そう、ホテルのロビーは臨魁生が同性異性問わず何組か話をしていて人目につくから、さすがにキスとかはできなかった。
スマホで時刻を確認すると、もうすぐ21時。もう部屋に戻る時間だ。
「それじゃ、また明日だね」
「うん、また明日、ここで」
私たちは一緒にエレベーターでお互いの階まで上る。今回は男子の方が低い階層なので、慎吾が先に出る。
エレベーターは私たちしか乗っていない。でも、カメラがあって、私たちを覗いている。
慎吾が降りる階で、まずは慎吾が「お先」と降りるけど、私は慎吾の腕を左手で引っ張りながら一緒に出る。右腕はエレベーターが閉じないように扉を押さえて、
「待って」
と慎吾に話しかける。慎吾が怪訝な表情をしながら私の方を向いた瞬間――
チュ…。
慎吾の頬にキスをしてから、「バイバイ」と急いでエレベーターに戻った。
扉が閉まる寸前に見えた慎吾の顔は、頬が緩んでいて締まりがない。私は思わずクスッとしてその顔をじっと見つめていた。
最終日は、ほぼ移動だけ。クラスごとの移動だからちょっと寂しいんだけど、飛行機はまた隣にしてもらったから我慢できる。
千歳空港で最後のお土産を買って、お財布の中は3000円くらい残す。お父さんからは、「残ったお金は好きに使っていい、返す必要はないよ」と言ってもらえたので、夏休みに何かしら使おうと思っている。
飛行機に乗り込み、慎吾と隣になって、離着陸時はまた手を握ってもらった。飛行中はやっぱりナンプレアプリで気を紛らわせながら、分からなくなったら慎吾に聞く。その時に、少しばかり世間話をしてなんとかやり過ごした。
でも、何回か乗るとある程度慣れてくるのかなと思う。さすがに着陸してから席を立つ時は行く時みたいに腰を抜かさず、すっと立ってちゃんと歩いて出られた。
「ありがと慎吾。行く時よりもすっごくリラックスできたよ」
と私がお礼を告げると慎吾は、
「どういたしまして。また乗ろうな、いずれの機会に」
と笑顔を向ける。
帰りもクラスごとで、夢衣ちゃんと隣同士だったけど、さすがに疲れが出たのか2時間ほどの行程の殆どを気づけば夢衣ちゃん共々寝てしまっていた。どうも、寝ていたのはクラスの7割くらいだったようで、南東先生まで寝ていたと言うからよっぽどみんな疲れたんだろうなって思う。でも、それくらい充実した旅行だった。
17時過ぎに学校に戻ってきて、「帰るまでが旅行です!」と南東先生から有り難いお約束をいただいて、慎吾と一緒に慎吾のお母さんの車に乗り込んでまずは慎吾の家へ。綸子はもう既に慎吾の家にいるし、お父さんも慎吾の家で合流することになっている。
慎吾の家に着いてからは、土産話とともに、空港で買ったお土産を渡す。慎吾の家のみなさんにも当然買ってきたし、それをデザートに夕食をいただいた。
「ホント、でっかいどーだったよ、北海道」
「また行きたいねって、慎吾や夢衣ちゃん、矢野くんとも話して、社会人になったらみんなでまた行こうと言ってました」
私たちの話に、綸子は勿論、慎吾のお母さんや晴城お兄さんも笑顔で「楽しく旅行できたようで良かった。また行けるといいね。そのためには、ちゃんとバイトしたり、社会人になって働いて、お金貯めないと、だね」と言って、私たちは「たしかに」と神妙に頷いたっけ。
「でも、3日目の自由行動が一番充実していたよね。更紗と幸弘と夢衣と4人で歩いた札幌のまち、本当に今度は冬に行きたいよ」
慎吾の言葉に晴城お兄さんが「雪祭りか?」と聞くから、私と慎吾は同時に「そう」「そうです」とハモる。それにはみんな思わず吹き出して、「さすが息ぴったり」とからかうように言って私たちは赤面する。
だからこそ、私たちは上手くやっている、上手くやっていける、そう思っていたのだけど…。
そんな日が長く続けばいいのに、いつまでも続くと思っているのに。
まさか、あんな事態が起こるとは、このときは全然予想だにしていなかった――
更紗の方は、4回戦までいって、あと一歩で目標のベスト32だったけど、こちらも第2シードと当たってしまい、これまたコテンパンにされてしまっていた。
更紗もやっぱり個人的には悔しかったようで、「当たり運が悪かったから余計に悔しいなぁ。組み合わせもらった時から思っていたけど、慎吾もそうだよね。当たり運さえ良ければ、ベスト32に行けたと思うのに」と試合が終わってからも言っていた。
でも、それは仕方のないことと更紗も分かってはいる。本当に色んな憂いが晴れたゴールデンウィークと中間考査期間が終わったあとはめっちゃ頑張って部活して、今までで一番ハードワークしたと思うんだけど、それでもやっぱり手も足も出ない相手と戦う羽目になって無様に負けたから悔しいんだよね。
お互いに悔しい気持ちを持って終わった大会だけど、僕と更紗は「大学でも続けようか?」「うん!」と臨魁学園になるか、それとも違う大学に行くかはまだ分からないけど、二人とも教育系の学部に入るのだから、同じ大学に行って、バドミントン部に所属することで合意したんだ。
「そんな目標ができたら、今からキャンパスライフが楽しみだよ」
と更紗は言ってくれるから、僕も勿論楽しみだし、だからこそ今からの勉強も頑張らないとね、と決意を新たにする。更紗も「そうだね、頑張ろうね」と両の拳を握ってウィンクしてくれた。
インターハイの予選が終わり、僕たち3年生は部活を引退する。しばらくの間だけど、放課後に部活をすることがないと思うと、とても寂しく思える。
「たまには、部活見に行っても良いかな?」
僕と更紗は1,2年の後輩達に聞くと、「いつでも大歓迎です!」という言葉が返ってきて、頼られているのが伝わってきて、とても嬉しかった。
それから1ヶ月が経つと、季節は本格的に夏になってくる。その間、放課後になると連日、僕たちは幸弘と夢衣を誘って、自習室で18時までの勉強会を連日行った。受験に向けて、部活モードから勉強モードへと気持ちを切り替える。
平日は基本的に18時まで勉強をしてから帰る。そして、時間に少し余裕が出てきた更紗は、3年になってからほぼ綸子ちゃんに任せていた夕飯係もするようになったから、少しばかり話をする時間が減ってしまったのだけど、こればかりは仕方ないと思う。
だって、それまで綸子ちゃんに迷惑をかけてしまっていたのだから、それくらいするのは当然だし、その分はしっかり更紗も返して欲しいなと思うから。更紗も、「綸子にはホントに食事係押しつけちゃって申し訳なかったから、それくらいは当たり前のようにしないとね」と納得している。
そして、7月に入ると期末考査はもう目の前で、僕たちはより勉強に精を出し、苦手科目を少しでも伸ばそうと必死だった。
お互いの弱点を補い合いながら、僕たちは日々を過ごし、期末考査を終える。
すると、その翌週は楽しみにしている学校行事――修学旅行――だ。
2年生のはじめにアンケート調査があって、僕は沖縄にしたんだけど、時期的にいいと言うことで、北海道に決定したという文書を受け取って、実はがっかりしていた。
そのことを帰り道で更紗に話すと、
「沖縄も良いけど、この時期の北海道だと寒くないから良いよね」
とのことだった。まぁ、そう言われるとそうだから、僕は頷く。
「確かにそうだね。沖縄はなかなか行けないから、行ってみたかったんだけどね…」
「え?北海道だって、なかなか行ける所じゃないよね。私はどちらでも良いんだよ。慎吾が側にいてくれるからね」
そう照れる更紗に、僕も照れてしまう。
「そうだ…決まった時は更紗と出会っていなかったから、がっかりしている気持ちを引きずっていたけど、更紗が隣にいてくれるから、どこへ行っても楽しいんだよね」
「でしょ?場所にこだわらなくても大丈夫だよ」
そういう更紗の笑顔に、僕も笑顔になる。
僕たちの表情は、お互いの表情でころころ変わっていくな、そう思った。
だからこそ、楽しい時間にできると良いな。
「飛行機は不安なんだけど、とにかく楽しもうね!」
不安な様子を見せながらもそう言って笑顔を見せる更紗に僕もしっかり笑顔で応える。
「ああ、楽しもう。大丈夫、飛行機は交通機関の中で一番安全なんだよ」
そして、更紗の家の前で別れる。
週末は修学旅行の準備。朝ご飯を食べてから必要なものを確認すると、いくつか欲しいものが出てきた。
「下着を新調しようかな…」
何気に、下着は買ってから2年近く経っていて、特にパンツはゴムの部分がくたびれているから、さすがに見られると恥ずかしいものがある。
「あと、アメニティは全部用意されているらしいけど、歯磨きだけは慣れているものの方が良いし、歯ブラシと歯磨き粉も買わないと。あとは…」
と、ぶつぶつ呟きながら荷物をまとめていると、スマホがバイブレーションとともにライナーの通知を告げる。
「?誰だ?」
机の上にあるスマホを取って見れば、更紗からだった。
『修学旅行に足りないものってある?あるなら、一緒に買いに行かない?』
とのこと。渡りに船なので、僕は快くその提案を受けようと思ったけど、女の子同士じゃなくて大丈夫なのかな?
「僕で良いの?夢衣とか大木さんとか中山さんとか女の子と一緒の方が都合良くない?」
と聞いてみたけど、更紗からは、
『その手のものは、もう前の週に夢衣ちゃん、紗友梨さん、和子さんになっちゃん(植田菜摘さんのことだ)と一緒に買ってきたから、あとは日用品とか、百均でも十分なものを買いに行きたいかなって。それと、今日は慎吾と出かけたい気分なの。ダメ?』
なんて返信が来るものだから、もうそれは行くしかないよね!
「良いよ、了解!」
と元気よく返事をして、待ち合わせの時間と場所を打ち合わせる。
13時に、いつもの商店街前。そこから、百均だ。時間が余ったら、ゲーセンも行こうねと更紗の方から提案してくれたから、一も二もなく了解する。
期末考査期間中は、勉強に集中していて修学旅行の話は殆どしなかったから、休みの日にこうして出かけて話ができるのはとっても嬉しいことだと思う。
お昼ご飯を食べたあと、すぐに僕は出かける。
「更紗と買い物に行ってくる」
そう言って出ようとする僕に、母さんは「行ってらっしゃい。気をつけるんだよ」と言って送り出してくれた。
商店街の入り口に着くと更紗の姿はまだなく、僕はスマホを気にしながらちょっとキョロキョロと周りを見回す。
少し待つと、最近見慣れた白いヘアバンドをした更紗が息を切らせて走ってくる。
「ゴメン、慎吾!」
今日の更紗の服装は、黄色のTシャツ。その下に黒のキャミソールを着ていて。下はショートデニムに黒ニーソと、いつもの紺色スニーカー。とっても健康的で、動きやすそうな感じに僕の胸は高鳴る。
「大丈夫、気にしなくて良いよ更紗。今日も更紗は健康的で魅力的だよ」
「ありがと、慎吾。慎吾だって、ラフだけどシンプルで格好いいよ」
かくいう僕も、白のTシャツに下はデニムとラフな格好だ。シンプルだからこそ、更紗はいいと言ってくれる。
「ありがとう、更紗」
そして、僕たちは微笑みあう。
「さ、百均行こうよ。早く用事を済ませて、少し遊ぼう!」
更紗は僕の手を取ると、ぐいっと引っ張って歩き出す。
「あ、ああ!行こう。そう言えば、更紗は何を買うわけ?」
僕が質問すると、
「えっとね、髪留めのゴムと、キャリーケースの中で分かりやすく仕分けるための仕切りに、あとは、ゴミ袋にするための小さめのポリ袋かな」
と答えるから、僕は、
「そうなんだね」
と言うと、更紗は逆に「慎吾は?」と聞いてくる。
「僕は、パンツと歯ブラシ、歯磨き粉のトラベルセットかな。ホテルのアメニティって、歯ブラシが柔らかすぎたり、歯磨き粉もそんなに良いわけじゃないでしょ?少しでも使い慣れてる方が良いなって」
「ああ、確かに。ホテルの歯ブラシだと、なんだか歯にまだ汚れが残っている感じがする時あるよね~」
僕の答えに更紗は納得して頷きながら、自分の経験を話してくれた。
「あ、やっぱりそういうときあるよね」
と、僕も同意しながら百均の扉をくぐる。
「それじゃ、15分後に合流で」
僕が言うと、更紗は頷いて、
「了解。でも、終わったら慎吾を探していい?」
と聞いてくる。僕は、「それで良いよ。僕もきっとそうするし、よろしくね」と頷き返して、それぞれ別れた。
一緒にいたい時は一緒にいるけど、今みたいに、ちょっと目的が別の時は離れる、そんな距離感はこれからも大事にしていきたいなぁ。
そう思いながら、僕はまず歯ブラシを探す。衛生コーナーに置いてあると踏んで行くと予想通りそこにあったから、有名メーカーからも安く仕入れているものと思われる、家でも使っている歯ブラシと歯磨き粉がたまたまあったから、ラッキーだった。
それらを手に取ってカゴに入れたあと、パンツも見ていく。…やっぱり、こういうのは百均より服の専門店の方が良いのかなぁ?と思って躊躇するけど、修学旅行の時だけでもきちんと使えれば良いかと思い、デザインよりはサイズで選んでみた。
自分にとって必要なのはそれくらいだから、更紗を探しに行こうと思うと、丁度更紗も正面からやってきて、僕に気がついて片手を上げて「やっほ~慎吾、お目当てのものは見つかった?」と聞いてくる。
僕は頷いて、「ああ、見つかったよ」と言うと、更紗も「私も丁度全部見つけたんだ、お会計してデートしようよ」と言ってくる。
あれこれ言いながら一緒に買い物をするのも良いけど、そのあとの予定がある場合は、買い物を早く終わらせて次に行くのが良いよねと話していたから、それを実践している。
今日はこのあと、ゲーセンで音ゲーしたり、場合によってはカフェで一息もつくつもりでいたから、早く買い物は終わらせたかったんだ。
だから、時間制限もして余計なものを買わないようにしたわけで。
それぞれ会計を済ませて、「これで準備万端になるね」と満足して百均を出る。そして向かう先はいつものゲーセンだ。
僕が教えてから、そんなに回数をこなしているわけじゃない更紗は、それでも15段階あるレベルのうち、レベル7の楽曲がクリアできるようになってきている。回数の割に成長が早くて、単純な才能なら、僕より上なのかもしれない。
「今日は、レベル8に挑戦しようと思ってる。おすすめの曲はある?」
更紗はそう聞くので、僕は自分の頭にあるお気に入り楽曲のうち、そのレベルに該当するものを探す。
う~ん、自分の好きなトランス系だと数曲あったので、それを教えると、「じゃ、早速やってみる」と意気込んでいた。
ゲーセンに入って、奥の方、音ゲーコーナーには既に数人の音ゲーマーが陣取っていて、ソファに座っている。
「お、DJ Shinに、DJ Sarah、いらっしゃい」
このゲーセンで一番古株の社会人、社憲介さんにDJネームで呼ばれる。
「社さん、こんにちは」
僕と更紗はそう挨拶して、社さんの隣に僕、その隣に更紗が座って、順番を待つ。
「相変わらず仲が良さそうで何よりだね、お二人さん。最近顔出さなかったけど、どうした?」
その間に社さんが質問する。
「あ、期末試験だったんですよ」
「そりゃ、来られないわ確かに。愚問だった、7月だもんな」
僕の答えに社さんは気まずそうな顔をするけど、
「その分今日は発散するつもりですよ」
と更紗が言うものだから、僕も「今日は14に挑戦しますね」と強気になる。
「それは二人とも楽しみだ。見せてもらうよ」
さすが、全曲クリアしている社さんの言葉に、僕は気合いが入る。
「頑張ります」
まずは更紗。最初はレベル5から入って徐々にレベルを上げ、最終の4曲目に、僕がお勧めしたレベル8の楽曲に挑戦する。
「ふぅ~」
始まる直前に更紗は大きく息をついて肩の力を抜く。
そして画面に集中して鍵盤を叩く。
基本的に8分の連打だが、そこに16分や「皿」と言われるスクラッチが絡んでくる、少しいやらしい曲だけど、所々ミスをしながらも、更紗はなんとかクリアする。
「はぁ~っ!やったよ、慎吾!クリアできた!」
僕は両手を挙げて、更紗とハイタッチする。
「それじゃ、僕も負けていられないな…」
僕も更紗のプレイ後の筐体に立ち、クレジットを入れて早速始める。
自分も最初はレベル10からはじめ、11,13とプレイして、ラストは14で一番弱いと言われている曲に挑戦する。
確かに13の真ん中くらいに感じたが、ラストが難しくて、あえなくクリアラインを割って失敗…。
「まあ、初めてにしては上出来だよ。ラストの裁き方は左手の使い方の練習だね」
社さんのアドバイスに僕は頷いて、ひとまずは13をもっと練習しようと思った。地力が足りていないんだと痛感する。
そんな感じで暫く楽しくプレイし、社さんに挨拶してゲーセンを出る。
「やっぱり慎吾はすごいね。あんな難しいのに挑戦しているんだから」
更紗はそう言って僕を褒めてくれるけど、自分の中ではまだまだだ。
「ありがとう。でも、まだまだ。もっと上手くなりたいよ。目標は最高難易度の15に手が届くくらいになりたいんだよ」
「目標が高いのは良いことだよね~私も早くレベル10ができるようになりたい」
そう、なんだかんだ言って、更紗はこの日、レベル8はおろか、9の曲を1曲だけとは言えクリアできてしまった。成長曲線がエグい。
「いやいや、何を仰る更紗さん。今日一日で目標のレベル8どころか9ができてしまった人が、10を早くって…。でも、意外とそんな日は早く来るかもしれないよ。いや、本当に上達するのが早すぎるわ」
僕がそう言うと、更紗も満更じゃない顔をして、
「自分でもあの曲がクリアできると思っていなかったから、びっくりしちゃった。イージーで聞いて良い曲だと思っていて、ノーマルだと難しいなって思ってたから、今日一番の成果だよね!」
って言う。だから、僕は笑顔で、
「勿論そうだよ。夏休みの間に、もしかしたらワンチャンあるかもね」
そう伝えると、更紗は満足そうに頷きながら、
「だといいなぁ。そうだ、もうちょっと時間ありそうだけど、どうする?喫茶店で小腹を満たしたい気分なんだけど」
と言うので、僕はスマートウォッチを確認すると15時少し前だったから、うんうんと頷いて、
「そうしよう。パンケーキ食べたいかな」
「うん、私も」
そして、僕たちは喫茶店に入ってパンケーキを注文した。
二人で北海道の行こうと思っているところをスマホで確認しながらパンケーキを食べる。
僕がスマホを覗いていると、更紗は「慎吾」と唐突に呼びかける。
「ん?」
僕が顔を上げると、目の前には一口大に切られたパンケーキが。
「はい、あ~ん」
顔を真っ赤に更紗がそう言って、僕に口を開けるよう促す。
「あ…あ~ん」
僕は釣られて口を開けると、パンケーキを口の中に入れてくれた。
「一回やってみようと思ったんだけど、結構恥ずかしいね」
と、更紗は照れ顔で言うものだから、僕も顔を真っ赤にして、「そうだね」と返すのがやっとだった。
少しの間無言になってしまったけど、僕はその直前まで検索していた札幌の昼食場所を思い出して、更紗に提案する。
「そうそう、このあたりのお店はどう?」
そう言って、ラーメン横丁のサイトを見せる。
「北海道って、こんなのあるんだね。ラーメン、私も好きだし行ってみようよ」
更紗も乗り気になってくれたので、実際に行くのが楽しみだ。
そして、この日はここでお別れ。僕は更紗を家まで送り届けてから、家に帰る。
充実した、いい午後の時間だった。週明け火曜日からの修学旅行がとっても楽しみだ。
うん、音ゲーするのって楽しいなって最近思うようになってきた。
確かに、自分が上手くなってきていると言うことがよく分かるから、成長の跡が見えるゲームとして、すごくよくできているんだなって思う。だから、慎吾が教えてくれたスマホアプリも入れて、彼とは勿論フレンドになっているんだけど、こちらもやっぱり慎吾に追いつきたくて頑張っている。
そんなこんなで日曜が過ぎ、月曜日はいよいよ前日。
やっぱり、みんな浮き足立っているのが分かる。受験生だけど、やっぱり修学旅行というのは楽しい学校行事の一つだから、殆どの生徒は楽しみだよね。
「おはよ、夢衣ちゃん、矢野くん。いよいよ明日だね。準備できてる?」
朝の登校時、私はいつものように合流した二人に聞いてみる。慎吾は当然済ませてあった。
「はい、私はできていますよ。あとはお父様からお小遣いをいただけたら終わりですね」
「俺も似たようなもんかな。あとは親父から小遣いもらえばそれで良いよ。と言うか、小遣いっていくら持って行く?上限は2万だけどさ」
矢野くんが予算について聞いてくる。
「僕は、2万ぴったりだね。一応、余った分はもらっていいと言われてるから、色々考えてしまうけどね」
「私も2万円。一応決まりだしね」
私と慎吾がそれぞれそう伝えると、矢野くんはえらい納得したように、
「そっか、そうだよなぁ。3万くらいもらおうかと思ったけど、やっぱ2万にするわ」
「幸弘さん…?」
矢野くんの言葉に夢衣ちゃんはちょっと批難めいた視線を送るけど、
「きちんと決まり通り持って行くというのでしたら、それで良いと思います」
と、やっぱり教職コースにいるだけあって規範意識の高い言葉を言う。
そして、教室に入っていつもの授業をいつものように受ける。
でも、どこか浮ついているのは確かで、先生から口々に、
「気持ちは分かるけどな、もう少し授業に集中してくれよ」
と苦言を呈されていたっけ。
「そんな事言われても、ねぇ」
と、私はなっちゃんと夢衣ちゃんに愚痴を言うけど、
「だよねぇ」「確かに、どこかでそわそわしちゃいますよね」
と二人から同意を得る。先生の言われることも分かるけれど、目の前に楽しいことが待っていると思うと、ワクワクしてしまうわけで。
そして、授業が終わると、私と慎吾は待ち合わせをしたわけじゃないのに同じタイミングで教室を出て、教室の丁度間で鉢合わせ。
「帰ろう、更紗。明日のために早めに寝るためにもね」
慎吾はそう言って、私を促してくる。
「そうだね。今日は慎吾の家でお世話になる日だし、早めに帰ってご飯食べて、早めに帰るよ」
「ああ、そうしよう。あとはいつも通り、幸弘と夢衣だな」
文系コースの教室を覗き込みながら、慎吾は言う。
私も釣られて文系コースの教室を覗くと、二人は丁度今教室を出るところだったから、呼び止める。
「夢衣ちゃん、矢野くん、そこまで一緒に帰ろうよ」
二人は私の声にうんと頷いて、
「そうだな。札幌自由行動の昼飯のことも話したいし」
「私たちも誘おうと思っていたんです。考えていることは一緒ですよね」
と言う。
私たちは4人で歩きながら、「札幌と言えば」「時計台」「タワー」「味噌ラーメン」と言って、一人毛色の違うことを言った慎吾にツッコミを入れる。
「確かにそうだけど、他にいうことあるんじゃないかと」
そんな私たちのツッコミにも負けじと慎吾は、「え~?だって本場の食べてみないと思わない?」と言い返すものだから、結局、私も土曜日に言っていたことを思いだして、「じゃあ、小樽札幌自由行動のお昼は味噌ラーメンで決定?」と私が口にすると、矢野くんや夢衣ちゃんも、「まぁ、そうなるんじゃないかと思ったよ」とちょっと」苦笑いを浮かべながら決定した。
「ジンギスカンなんかも良いんじゃないかと思ったけどね」
矢野くんはそう言いながら丁度玄関を出たあたりで立ち止まり、スマホをぽちぽち操作する。
「実は、結構な値段がするんだよ。だから、俺もラーメンで賛成」
矢野くんが提示したスマホの画面を見ると、確かに高い!ランチでも3000円が最低ラインのようで、ラーメンなら1000円くらいだから、差額を考えるとお土産一つ二つくらいは買えちゃうんじゃないかなと思うと、さすがにジンギスカンは躊躇しちゃうし、その日の夕食に出る予定みたい。だから、ラーメンを食べることになった。夢衣ちゃんもそれで良いらしかったけど、「麺の量半分があるところだと良いです」と言ってきた。それには矢野くんがすかさず、「そうだな、ハーフサイズがあれば良いけど、もしなかったとしても大丈夫、お腹いっぱいになったら、俺が残り食べるから」とフォローを入れていた。
そう、夢衣ちゃんは食べる量はそんなに多くはないから、残すこともあるんだよね。
紗友梨さんや和子さん、夢衣ちゃんとファミレスでガールズトークする時に夢衣ちゃんが頼んだのを食べきれない時は私が食べていたから、「だから、そんなに成長するのね!?」なんて私の胸元を見ながら和子さんが言ったことがあって。そうなのかなぁ?でも、食べた分は前に慎吾のお母さんと綸子が話をしていたOurTubeのダイエット動画を見て綸子と一緒に身体を動かしてカロリーを消費しているから問題ないかなって思っているんだけど…。
でも、彼女たちには私の食べる量は多いみたいで、「お弁当食べる時は、そんなにたくさんじゃないけど、こういうときはめっちゃ食べるよね、更紗さんって…」と紗友梨さん達は目を丸くするんだよね。
そんなわけだから、夢衣ちゃんはラーメンの一杯を食べきれるかどうかは正直微妙なところなので、矢野くんが食べてくれるのならそれで良いと思う。
結局、ダラダラと商店街近くの喫茶店で1時間くらいそのあたりの話をしてから、二人とは別れて私と慎吾は慎吾の家に帰ることにした。スマホの時計を見ると、もう17時半くらいになって、夕焼けが綺麗になっていたものだから、ちょっと焦る。
「さ、早く帰ってご飯を食べよう。綸子ちゃんも、もう家に来てるだろうからね」
喫茶店を出ると慎吾はそう言って、私の手を取って駆け出す。
「うん、慎吾、急ごう!」
私は慎吾の呼びかけにそう答えて、すぐに慎吾の隣に並んで走る。
私と慎吾は、そうやっていつも隣同士で同じ方向を見ている。
そして、ちょっと興奮して眠れない夜を過ごして、いつもより1時間早い起床時刻である5時にアラームをセットして置いたスマホがなった瞬間にアラームを指で叩くように止めて、ばっと起きる。
勢いよく起きたせいで二段ベッドの上にいる綸子が起きたかと思ったけど、どうやら起きなかったようでホッとする。
私はそれから静かにベッドを出て、ダイニングキッチンに向かい朝食のトーストを焼く。チン!という音とともに取り出してマーガリンを塗り、前日のポテトサラダをおかずに眠気覚ましのインスタントだけどキリマンジャロコーヒーで朝をいただく。
夏至を過ぎたこの時間は既に明るくて、やっぱり夏って良いなって思う。
ただ、朝食を食べながら一つだけ心配なことを思ってため息が出る。
それは、飛行機。
私自身高いところが好きじゃないというかかなり苦手で、ジェットコースターすら乗りたくない。宙に浮くアトラクションも好きじゃないから、それよりももっと高いところを飛ぶ飛行機は、私にとっては想像以上に怖いものでしかないなと。
修学旅行が北海道だって知らされた時、私は慎吾に「どうやって北海道に行くの?」って聞いたことがあって、「飛行機だよ」という返答に思わず「うぇ…」と訳の分からない言葉を吐いてしまったことがある。慎吾は私が高所が苦手なことを覚えていてくれたようで、「確かになぁ…大丈夫、僕が隣にいるよ」と、言ってくれたっけ。
「はぁ…」
と、朝の何度目かのため息をつくと、スマホがライナーの通知を告げる。慎吾からだ。
「更紗、おはよう!いよいよだね。心の準備はできた?」
きっと、飛行機のことを言っているのだろう。実際はまだ覚悟ができていないけど、慎吾に心配かけたくなかったから、
「うん、大丈夫だよ!」
と強がりを言う。
でも、それで少しだけ勇気が出た私は、リックを背中に担いでまとめた荷物を肩にかける。
さぁ、そろそろ出ようかというタイミングで、起きた綸子が出てきた。
「ふわ…お姉ちゃん、おはよ。今日からだよね。気をつけてね~」
さすがにまだ眠そうな綸子は軽い調子で私に言う。
「うん、ありがと。行ってくるね。お土産は…」
「有名なチョコ菓子で良いよ。あの、雪の恋人って言うの?あれ、前から食べてみたいと思っていたから」
「了解。期待しててね」
「うん。また夜にでも連絡頂戴ね」
「もちろんよ。それじゃ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい!」
そして、私は玄関を出る。時刻は5時45分。集合時間は6時15分、学校だ。
荷物は重たい。でも、我慢するのは慎吾と合流するまでの間だけ。
アパートを出て下を確認すると、既に慎吾とお母さんが待っていた。学校まで送ってくれるんだ。
申し訳ないと思いつつも、その好意に甘えてしまう。
「いいのよ、私が好きで送って行くだけだから。更紗ちゃんの力になりたいし」
と、お母さんは力強く言ってくれるから、その好意を無碍にはできないし、そのうち何かしらの形で恩返しができれば良いかなって思うんだ。
歩いて20分強かかる私の家から学校までの距離も、この時間の殆ど車の走っていない道路であれば、10分もかからずに着いてしまう。
「ありがとうございました、お母さん」
私はお母さんに俺を言って、車を出る。慎吾も続いて出てきて、私の大荷物を出してくれた。
「慎吾も、ありがとう」
「お安いご用だよ」
慎吾は笑って、私の大荷物を渡してくれた。
「じゃ、母さん行ってくるよ!」
「行ってきます!」
「気をつけてね。帰ってくるの楽しみに待ってるからね」
私たちの挨拶に、お母さんは笑って答えてくれた。
そして、並んで校門から入ると、そこには数台の観光バスが停まっている。
教職コース2クラスと、普通コース2クラス、そして、政経コースが北海道への修学旅行に行くことになっているんだ。
玄関の前には既に、半分近くの生徒が集まっている。
その中には勿論、紗友梨さん、和子さん、夢衣ちゃんに矢野くん、なっちゃんの姿もある。
「おはよう!」
私が挨拶すると、みんなも挨拶を返してくれる。
そして、たわいのない会話をみんなでしているうちに、時間になって南東先生が校長先生と話を始めて、話が終わるとバスに乗っていざ出発!
…なんだけどね、当然のことながら、私と慎吾は別のバス。文系クラスと理系クラスでは、乗るバスが違うんだ。
だから、空港まで1時間強、慎吾とは離ればなれなんだけど、そこは隣に夢衣ちゃんがいて、世間話をしながら楽しい時間を過ごすことができた。
「矢野くんの隣じゃなくて良かったの?」
って夢衣ちゃんに聞いてみたんだけど、
「ええ、いいんです。たまには、更紗さんとゆっくり話したいと思っていたんです。幸弘さんも、たまには男友達と話をしてもらうのも良いと思っています」
と返してきた。だから私は、
「そうなんだね。確かに、慎吾も今頃男友達と色々話しているんだろうなぁ」
そう言って夢衣ちゃんに笑いかけ、 楽しいおしゃべりタイムがスタートした。
空港に着いて、大きい荷物を預けて搭乗手続きをとり、いよいよ飛行機に乗り込む。それまではクラスごとで待つことになっていたから、私と慎吾は会えずじまいだった。
正直、飛行機に乗るなんて初めての経験で、すごく緊張しているのが自分でも分かった。
なっちゃんの好意で、飛行機では慎吾と隣同士になるように席を譲ってくれたから、そこで約2時間ぶりに慎吾と再会する形になる。
「久しぶり、慎吾」
「2時間ぶりだね、更紗」
シートベルトをしたあと、私は慎吾の肩に頭を預けた。
「お~い、見せつけるなって」
なんて声がなっちゃんからしたけど、あまり気にしなかった。
「更紗、バスは楽しかった?」
慎吾がそう聞いてきたから、私はうん、と頷いて、
「夢衣ちゃんとずっと話していたからあっという間だったよ。慎吾は?」
「僕も、鈴木と隣同士になってずっと喋っていたよ。こっちも楽しかったわ」
そんな話をしながら離陸の時間を待つと、そろそろ離陸するアナウンスが流れ、扉が全部閉まる。シートベルトを必ず着用するようになどの注意事項が目の前のモニターから流れて、改めて、ベルトを確認。そして、スマホを機内モードにした。
そして、いよいよ離陸のとき。飛行機は滑走路にゆっくりと入っていく。
私の緊張は高まってきて、身体が硬直していくのが分かった。
正直言って、怖い。でも、それを声に出せないほど、固まっている。
そして、飛行機が滑走路に入って一旦止まる。
その時、そんな私の様子に気がついたのか、慎吾が私の左手を握ってくれた。
「あ…」
私は思わず慎吾の顔を見る。
慎吾は、微笑みを浮かべて私に、「大丈夫。前も言ったけど飛行機って、実は世界で一番安全な交通手段なんだよ」と言って、更に私の手を痛くならない程度にきゅっと握ってくれる。
「そうなんだね…。ありがとう、慎吾。私が大丈夫って言うまで、手、握ってくれる?」
私がそう懇願すると、やっぱり慎吾は微笑みを絶やさずに、
「お安いご用だ。大丈夫だよ」
と言う。私は、その顔と声に安心して「ありがとう」と告げたんだけど――
飛行機は、滑走路へ向かう時とは全く違って、いきなりフルスロットルで加速を始めた!
「え?え?え?」
私は頭の中がパニックになる。
ゴォーーーー!
という、ジェットエンジンの音ともに、さっきとは桁違いの重力を感じ、身体が座席に押しつけられる。そして、小さい窓から見える滑走路は、目にもとまらぬ速さで前から後ろへ流れていく。
その感覚に、クラスメイト達は大盛り上がりしているけど、私はやっぱり恐怖で声も出せず縮み上がっていた。
そのうち――
フッ!
と飛行機が地面から離れていく感覚を覚えた。
「と、とんだ!?」
私がそう言うのと同時に、クラスメイト達からもさらに歓声が上がる。
窓の外の景色は、どんどんと地面から離れていき、建物が小さく見えるようになっていく。
た、高い――
私は思わず窓から目を背けて、慎吾を見る。
「今は一番怖い時だと思うから、我慢してね。ここが終わって水平飛行に入れば安全になるから」
そう説明してくれる慎吾に私は安心して、「うん」と頷きながら目を閉じる。
どれくらい時間が経ったのか分からないけれど――多分10分経ってないと思う――水平飛行に入ると、機長さんから「当機は順調に航行しています。千歳空港には予定通りに到着予定です」というアナウンスが入って、ようやく私は少し安心できた。
「ね?もう大丈夫だよ」
と慎吾が言うと、丁度シートベルト着用義務のランプが消えた。でも、基本的にはしているようにとのことなので、そのままでいる。
「はぁ~怖かった」
私は少しだけ緊張の糸が解けたので、そう呟くと、「着陸は離陸より危険だからね」と慎吾が言う。だから思わず、「え?辞めてよ~そんな冗談」と言ってしまうけど、確かにそうなんだろうとは想像できた。
だから、慎吾と暫く談笑していると、たまに飛行機が小刻みに揺れる。その瞬間、私の身体は強張る。
そのたびに慎吾は、「大丈夫だよ、突風とか雲に入った瞬間とかにちょっと揺れるだけだから」と私を勇気づけてくれる。そして、「あ」と思い出したかのように私に提案してくる。
「今、スマホ機内モードだよね。この飛行機WiFi使えるから、このアプリ、ダウンロードしてやってみなよ」
と私に慎吾が見せてくれたのは、ナンプレのアプリだった。
「ダウンロードさえすれば、あとはオフラインでも使えるから、暇つぶしだったり、こういう怖い気持ちを別のことに意識を持っていって感じなくするのに最適だよ」
と言うので、早速ダウンロードしてやってみる。
9×9マスの中に、縦・横・3×3のボックスのそれぞれの箇所に1~9までの数字を重複なく入れるという単純なルール。初級はすぐにサクサクとものの2,3分あればクリアできるから、中級をやってみると、これが意外と難しい。どうしても分からなくなってくることがあって、慎吾に聞いてみる。
「慎吾、これ、どう思う?」
慎吾は暫く盤面とにらめっこをして、「あ」と短く声を上げると、
「ここ、3で確定」
って、1カ所指す。え?なんで、そこが確定するの?と聞くと、
「ここはここの枠の上段にしか3を入れられないし、下段もこっちの枠のどちらかに3が入るしかないのは分かる?」
と言うのでよく見てみると確かにそうだった。
「だから、真ん中のこの段にしか3は入らないけど、縦に見ればもう2カ所に3入っているじゃん?だから、ここは3で確定」
理路整然とした説明に、私は納得する。
「はぁ~中級になるとそこまで見なくちゃいけないんだねぇ…」
私は降参と言わんばかりに呟くと、慎吾は笑う。
「そうなんだよね。これ、結構使うテクニックだから覚えておくと進めやすくなるよ」
「うん、分かった。でも、本当にこれいいね。飛行機の中にいるけど、怖い気持ちなんてなくなったよ。そして、時間もあっという間に過ぎるね。もうあと15分くらいで着陸でしょ?」
「そうなんだよ。そろそろアナウンスがあるはずだ」
送信後が言うと同時に、「当機は、今から着陸態勢に入ります。シートベルトを今一度ご確認ください」とアナウンスが入って着陸の態勢に入る。
斜めになって降下していくうちに、飛行機の揺れが水平飛行の時に比べても遙かに大きく、長く続く。そのせいで、私はまた緊張してきた。
「…あはは…やっぱりダメかも。慎吾、手、繋いで」
私は小さい声で慎吾にそう言うと、「分かったよ」と私の左手を慎吾の右手が包んでくれる。
「あったかい…」
冬じゃないのに、私は思わずそう言ってしまう。
「更紗は、緊張して指先の血行が悪くなっているからかもね。確かに、更紗の指先って結構冷たいよ」
そう慎吾は言うと、左手も私の右手をとって温めてくれる。
「うん…ありがとう」
「絶対に大丈夫だからね。機長さんを信じて」
「うん」
そして、少しずつ降下していく飛行機の外を見ると、小さく空港が見える。そして、それが少しずつ大きくなっていく。
米粒くらいに見えた建物が、どんどん大きく見えてくる。
そのうち、前傾姿勢だった飛行機は、機首を上げて着陸の態勢に入って――
ギャン!
後ろの車輪が接地して大きな音を立てる。それとともに、エンジン音が大きな音を立てる。
機内にクラスメイト達の悲鳴に似た歓声が響く。
飛行機は、機首の車輪も接地し、徐々に速度を落とす。
その間も、慎吾は私の手を握ってくれていた。
そして、滑走路からターミナルに入り、完全に停止して、初めて私は大きく息を吐いた。
「はぁ~っ!緊張した!」
「更紗、大丈夫?」
慎吾の声に私は大きく頷く。
「ええ、もう大丈夫!ありがとう、慎吾」
私は笑顔でそう答えた。
クラスメイト達は、前の方から徐々に席を立って飛行機から降りている。
だから、私たちも降りようと思って、下半身に力を入れようとしたんだけど…あれ?力が入らない…。初めての飛行機で、やっぱり怖かったのだと思う。腰が抜けちゃった…。
「じゃあ、もう安心だね。それじゃ」
と慎吾は握っていた手を離そうとするから、私は左手をおもいっきり握って、「待って」と言う。
「?どうしたの?」
「降りるまで、手を繋いでて」
慎吾はその言葉に意外そうな顔をするから、
「安心したら、ちょっと腰が抜けちゃったみたいで」
と私は言う。きっと、私の顔は真っ赤だっただろう。だって、両の頬が熱いんだもの。
そんな私に、慎吾は優しい笑みを浮かべて、
「分かったよ。一緒に降りよう」
と、私をエスコートするように席を立って軽く手を引くと、私の身体は不思議とすっと立ち上がることができた。
「いや、ご両人はいつでもイチャコラしていていいですのぅ」
なんて言う鈴木くんのからかう声に、慎吾は「おぅ、いいだろ?羨ましいか?」と軽く挑発する。鈴木くんは、「おぃ、血の涙流してイイか?」なんて冗談めかしていうけど、確かに、彼も彼女がいないのが不思議なんだよね…。
「おぉ、僕は別に構わないよ~僕は困らないから」と言う慎吾に、「鬼、悪魔!」と笑いながら鈴木くんは言う。私も思わず笑ってしまったけど、そのおかげで下手な緊張が取れさっと動けるようになって、飛行機から降りることができた。
「はぁ~」
と、陸地に降りることができた安堵感で、荷物を受け取った私はベンチに腰掛けた。
「更紗って、高所恐怖症だったのね~意外だわ」
そう言うのは、なっちゃん。それを聞いて夢衣ちゃんと矢野くんが口々に、
「そうなんですよ。意外ですよね」
「弱点なしのスーパーガールに見えて、こういう弱点があるのが、ギャップ萌えだよな。慎吾が守りたくなるのもよく分かるぜ」
と話すものだから、ちょっと恥ずかしかったけど、当の慎吾は涼しい顔で、
「そりゃ、大好きで大切な人なんだから、守るのは当たり前だろ、幸弘」
と言う。その言葉も、嬉しいけど、恥ずかしくて、私は顔を真っ赤にしてしまう。
「愛されてるねぇ、羨ましいぞ、うりうり」
なっちゃんに背中を肘でごりごりされて、少し痛いけど笑ってしまう。
「もう、なっちゃん!」
赤い顔のままでそう言って立ち上がると、みんなも笑っていて、それまでの怖かった飛行機のことも完全に忘れてしまって、このたびは絶対に楽しくなる予感がした。
このあと、再び慎吾とは別々のバスに乗り、夢衣ちゃんとやっぱり話をしながらノーザンホースパークを経て、千歳水族館などを巡って、ホテルへ。基本的にこの日はクラスでの行動だったから、空港を出てから慎吾とはほぼ話ができないままだった。
18時に夕食、それからホテルの各部屋で入浴という流れで、ひとまず疲れをとるんだけど、1日目だというのに、すごく疲れてしまった。だけど、慎吾と話がしたくて、ライナーで慎吾を呼ぼうと時計を確認する。
今は20時を回ったところ。ホテルのロビーで21時までは自由に行動して良いことになっているから、慎吾と話をして寝ようと思った。
その前に、お父さんと綸子には「疲れた~でも、イイよ、北海道!」とライナーで報告しておくことは忘れない。
分で、「良いなぁ、修学旅行。楽しんできてね!」と綸子から返信が来たんだけど、あなた、先月行ったばかりでしょ?と思わず突っ込んでしまった。
「だって、修学旅行だよ、何回行っても良いと思うの」
と、綸子からの返事だったけど、「そのお金は誰が出していると思って?」とお父さんからのツッコミに綸子は「はい、済みません」とあっさり謝って、この場は収束した。
そして、約束した20時20分、ロビーに行くともう慎吾は近くのソファーに座っていて、私に気づくと手招きをしてくれた。
「お疲れ、更紗」「うん、慎吾、ありがとう」
私は、慎吾の隣に座ってう~んとまずは背伸びをしながら深呼吸をする。すると慎吾から、シャンプーの匂いがする。普通は、男の人がこんな事を思うんだろうけど、風呂上がりの慎吾と話すのは当然初めてなので、そう感じてしまった。
「慎吾は、ノーザンホースパークとか楽しめた?ちらっとしか姿見えなかったから、どうだったのかなって」
「そうだね、まあ楽しかったかな。競馬って、あんまり興味ないからはじめはふ~んって感じだったけど、いざ実物を見るとなんだかね、オーラっていうのかな、そう言うのを感じて見とれちゃったな」
私の質問に、慎吾はそう返してくれる。
「私もそう感じたよ。すごいよね。ポニーちゃんは可愛いし、乗せてもらったよ。視界が高くなってちょっと怖かったけど、でも、歩いているうちに慣れてきて楽しかった」
私がそう言うと、慎吾はちょっと驚いた顔をする。
「そっか、確かにポニーくらいの高さだとそこまでって感じではなかったかもね。ポニーと仲良く散歩できて良かったよ」
「うん、少しずつ、高いところも慣れていこうかなって思うの」
「でも、無理せず自分のペースで、だよ。地に足が着かない感覚が苦手なんだろ?追々でいいから。いつかはジェットコースターに一緒に乗れるといいなってくらいだし」
「わかった。ありがとう」
そこで、ノーザンホースパークの話題はおしまい。そして、話題は明後日の話になる。
「明日も、クラス単位での行動だから、明日もこの時間にこうして話をするとして、明後日のグループ活動だね」
そう、グループ活動は、クラスを解いて仲の良い4~8人のグループで活動して良いことになっている。だから、私と慎吾、夢衣ちゃんに矢野くんで活動することにしている。ただ、即席でメンバーが変動してもいいみたいだから、タイミングが合えば一緒に歩けるといいねって、紗友梨さん、和子さん、なっちゃんに鈴木くんのグループとも話をしていた。
「明後日は、小樽~札幌。だいたい4人での予定は立てているけど、そこまで上手くいくかどうかは本当に実際やってみないと分からないしね」
慎吾がそう言うから、私も頷いて、
「そうよね、そのあたりは確かに実際に行動してみないと分からないよね。途中で気になるお店や場所ができて時間をロスすることだってあるかもしれないものね」
と答える。慎吾もそのことを分かっているみたいで、
「そうなんだよね。行きたいところはある程度調べていると言っても、それだけこなすのもなんだか味気ない感じもするし」
と言って、ちょっとおどけた表情を見せる。
するとそこに、同じことを考えていたのか、矢野くんと夢衣ちゃんがやってきた。
「お、慎吾と大原、やっぱりここにいたのか」
「お、幸弘。明後日のことを考えていたんだけど、昼前に札幌着くようにはしているけど…」
慎吾は、おそらく次に私と話そうとした内容を矢野くんに告げた。
「そうだな。その方がいいと思う。それに、真面目なお前のことだから、小樽で行きたいところは全部回りたい。でも、途中で時間をロスすることがある可能性も考えている、といったところかな、その言い方だと」
矢野くんは、ずばり慎吾の言いたいことを言い当てたようで、
「さすが幸弘。僕の言いたいことをきちんと把握してくれてる」
と笑顔を見せる。そこにすかさず夢衣ちゃんが、
「でも慎吾くん、それは心配しすぎだし、計画通りすべてを回る必要はないと思いますよ。計画はあくまでも計画であって、こうした旅行の場面ですべてを計画通りこなせる方が稀ですから」
と言う。それは、何度も旅行に行った経験があるかのようだったから、
「夢衣ちゃんも、そういうことあるの?」
と私が聞くと、夢衣ちゃんは私の顔を見て笑顔で頷いた。
「はい、家族旅行で毎年色んな所へ行っているのですが、17時までにホテルに入る予定でいたのに、気になるお店を途中で見つけて入ってそこで時間を経つのも忘れて買い物や見物に夢中になってホテルに着いたのが19時とかよくありました」
そう話す夢衣ちゃんに、私は、
「そっかぁ、やっぱりそんなものなんだね。予定通り行く方が稀よね。確かに、私も家族旅行へ行った時は、『あそこ行きたい!』とか言って、お父さんお母さんに迷惑かけてた記憶があるわ」
そう言う私に慎吾も、
「あ、そう言えば僕もそんなことあったなぁ。中3くらいになってからは家族旅行に行くことがなくなったから、かなり忘れかけていたよ」
そう言って、ちょっと遠い目をする。
「あれ?そうだったか慎吾?」
不思議そうに矢野くんが聞くと、
「そうなんだよ。晴兄とは5つ離れているから、晴兄が大学に入ったあたりから家族旅行に行こうって言っても優來姉さんとのデートばかりで行く気がなかったし、伊緒姉も成人してたから、バイトが忙しいって二人とも薄情なものだよ…」
と慎吾は年上の姉弟への不満を口に出していた。
「なるほどね。それだとなかなか家族旅行に行くことはないよな」
矢野くんは仕方ないな、と言う表情で慎吾を見る。
「そうですね。それは仕方ないかもしれませんね。でも、慎吾くんのところも、きっと同じだったと思いますよ」
夢衣ちゃんもそう言うから慎吾は、
「多分ね。小学校の低学年あたりの記憶はだいぶ薄れているけど、そんな記憶はかすかにあるな」
と言う。
「何はともあれ、予定をこなしつつ、イレギュラーに臨機応変に対応、これなんだよね?」
私がそうみんなに聞くと、
「そういうことですね。でも、そうした方が満足度は高いと思いますよ」
と夢衣ちゃん。私は頷いたところで時間が来て、この場はお開き。
部屋に戻ると、なっちゃんがニヤニヤして、
「どんな話をしていたの?」
と聞いてくるから、普通に明後日の話をしていたんだよって言うと、「まぁ、真面目な二人らしい会話だね」と答えたから、夢衣ちゃんと矢野くんも合流して話をしていたからっていうのもあるし、と付け加えておいた。
「そっか、その4人で回るんだもんね。楽しみだね。札幌で合流できると良いなって思ってるよ」
となっちゃんは言って、「でも、さすがに今日は疲れたから寝るね、更紗、お休み」とベッドに潜り込む。
私も眠くなってきていたから、「うん、私も寝る。おやすみ、なっちゃん」と答えて、部屋の明かりを落として眠りに就いた。
2日目もクラス単位での行動で、目的地はばらばらだった。
僕ら理系クラスは、ニセコ方面へ言って、自然散策やラフティング。文系クラスは、石狩方面で博物館とかの見学で、全く接点なし。
まぁ、自分たちでここに行きたいからと言うことを話し合って同じ時間に決めたから、お互いにどこになるかなんて分からなかったし、ここまで見事に札幌を挟んで逆になるとは思わなかったから、仕方ない。
僕たちは、ラフティングを楽しむ。
北海道って、涼しいイメージだけど、ここ最近の異常気象、地球温暖化のためか、このあたりでも30度くらいになるのはザラになってきたらしく、そんな中でラフティングして、ふざけて川に飛び込むとめっちゃ気持ちよかった。
さすがに2回目に飛び込む羽目になった時は鈴木にふざけて落とされそうになったから、僕はそうなる前に鈴木の肩を掴んで道連れにしてやった。お互いに「おい!」って笑い会いつつ、紗友梨さん、和子さんに引き上げてもらう。
その時、ついでに二人にも川に飛び込んでもらうと、「何するのよ~」って二人とも頬を膨らませるけど、目は笑っていて、楽しかった。
そして、小樽へ向かう道中に道の駅があり、そこでお土産も買う。
「鈴木は、何買うんだ?」
僕が聞くと、
「う~ん、色々悩むけど、この地方ならではのお菓子セットだよな。ただし、荷物にしたくないから、今日泊まるホテルでもいくつか見繕って、宅急便で送ってしまおうかと考えてるんだ」
ああ、なるほど、お土産って買えば買うほどかさばるから、余計な荷物を背負い込まないようにしたいということか…。
「なるほど、そんな考え方もあるな。僕もそうしようかな…」
「結構楽だと思うぞ。ただ、送料がかかるから、そう何回も送っていられないけどな」
「そりゃ、そうだね」
僕も、鈴木に習ってこの地方にしかなさそうなお菓子を2点ほど購入して、家族やバド部の1,2年へのお土産にする。
女子達のキャッキャとした声を聞きつつ僕たちは会計を済ませて外に出ると、丁度ソフトクリームを売っていたものだから、思わずこれも買って、バスに乗る前に一気に食べてしまう。
「ん~牛乳のコクなのかな?すっごく濃いなぁ」
僕が感嘆すると、鈴木も「だな、こりゃすごい」と笑顔を見せてソフトクリームをなめる。
そんな僕たちの笑顔に釣られたのか、大木さんと中山さんも「え~二人ともずるい!私たちも買う」って、ソフトクリームを買ってなめていた。
さすがに「太るよ」なんて言う勇気はなかったよ。行ってしまったら、二人からさんざん責められた挙げ句に更紗にチクられ、夜のロビーの話の大半は女の子の扱いについてのお説教になっただろう。
僕たちが食べ終わったあと、彼女たちの幸せそうな顔を見てから、バスに乗り込んで一路小樽へ向かった。
ホテルに着いたら、1日目と同じように夕食と入浴、そのあと20時過ぎから4人での会話。
小樽は倉庫街を見てから早々に離脱して一路札幌へ。そして、時計台やテレビ塔など、有名どころを回るつもり。
「お昼は味噌ラーメンの美味しいところね」
更紗が確認すると、僕たちはうん、と頷く。
「美味しかったら、綸子とお父さんに買って帰るんだ」
と言うものだから、僕も「ああ、僕も当然そうするよ。美味しいものはみんなでシェアしたいし」と続ける。そこで「あ」と僕はちょっと思いついて、3人に聞いた。
「そっちは今日、何かお土産買った?」
「ああ、キーホルダー程度だけどな」「私は、両親への美味しそうな100%フルーツジュースを。本来なら、お酒なんでしょうけどさすがに買えませんでした…」
幸弘と夢衣がそれぞれ答えてくれる。夢衣のしょんぼりした表情に、ちょっとクスッとする。
「もう、笑わないでください」
と夢衣が言うから、更紗は、「慎吾、夢衣ちゃんに失礼だよ」と僕をたしなめる。
「ゴメン、夢衣。確かに制服を着ていたらお酒は買わせてもらえないよな…。で、更紗は?」
「私は、お菓子の詰め合わせと、綸子とお父さんへのマグカップ。2日目にしてはちょっと使っちゃったかも」
そう言って、更紗はちょっと苦笑い。でも、その表情が何とも可愛くて。ちょっと照れ隠しに視線をフロントの方にやると、「宅配便サービス」という旗が目に飛び込んできたから、昼間の鈴木との会話を思い出す。
「それじゃさ、明日でも良いと思うんだけど、二人でお土産を宅急便で僕の家に送ってしまわないか?綸子ちゃんも僕の家で待ってるだろうし、最終日に疲れているところに重たい荷物を持って帰るのってイヤじゃない?」
僕の提案に、更紗は「あ、そうね。いいよ。送料は折半ってことだよね?」と答えてくれる。僕は「勿論」と返事してOKサインを作る。すると、幸弘がそれを聞いて、「夢衣、俺たちもそうしようか?」と話すから、夢衣も「そうですね幸弘さん、そうしましょう」と答える。
3日目のホテルを検索すると、「宅急便サービス」はちゃんとあるとのことだったので、できる限りお土産はそれで送ろうと言うことになった。…さすがに替えた下着を一緒に入れるようなことはしなかったけど、個別に小さい箱で送ることならできるかな、なんて話もして、2日目の夜は過ぎていく。
2日目の部屋は6人の和室の雑魚寝部屋だったから、その中の一人が持って来たトランプで遊び、大富豪で負けたら一旦ベランダに出てそこに置かれている椅子に座って、1ゲーム分参加できない罰ゲームを課して遊んだ。
何回か外に出る羽目になったけど、そのたびに満天の星が角度を変えていた。結局、消灯時間を2時間くらい過ぎる頃まで声を殺して遊んでいたものだから、正直3日目は心配だけど、それはそれでいつもとは違う、同性の仲間達とたくさん遊んで楽しい思い出を作った。
勿論、「大原も、今頃女子連中で恋バナでもしてるんじゃね?」「お前達って、一体どこまでいってるんだよ」みたいな会話もあったけど、僕は笑ってはぐらかしつつも、まだ一線を越えてないことはハッキリと伝えておいた。
「固いなぁ」
って言われたけれども、「イレギュラーなことが起こることは避けたいんだ」と僕が言うと、「変なところで真面目で石橋を叩いて渡るお前らしいよ」とも言ってもらって、みんな納得してくれていた。
そして、3日目。レストランの朝食バイキングは、昨日よりも空気がざわついているように感じられた。
そりゃそうだ。今日は1日グループ別の自由行動なんだから。
正直、僕だって少し浮かれている。この2日間は、クラス別研修と言うことで更紗とまともに一緒に行動できなくて、この日を待ち望んでいたと言っても過言じゃないからだ。
「おはよ、慎吾」
ホテルのロビー、レストランの少し手前で更紗がもう待っていてくれていた。
「おはよ、更紗。ふわぁ」
挨拶もそこそこに、僕は思わず大きなあくびをしてしまう。
「なぁに慎吾、夜更かしさん?」
更紗の問いかけに僕は頷いて、
「大富豪が盛り上がっちゃって、寝たのは0時になっちゃったんだよね。負けたらベランダで1ゲーム抜きって罰ゲーム付きだから、結構みんな本気だったよ」
更紗はそんな僕の答えにクスッと笑って、
「そうなんだ。まぁでも、私も似たようなものね。夢衣ちゃんになっちゃん、私と木戸さんと加藤さんの5人で色んな話をして寝たのは似たような時間だったから。ふぁ」
更紗も最後に大きいあくびをする。
「更紗も人のこと言えないじゃん」
僕は思わず笑ってしまって、更紗の頭を撫でる。制服姿に白のヘアバンド。何度見ても見飽きない僕の愛しい彼女の姿に、いつも見とれる。
「ぶ~。確かにそうだけど、でも、とにかく朝ご飯食べようよ」
僕のそんな態度にちょっと不満げな更紗は、僕に早くレストランに入るよう促してきた。
「そうだね、早く食べて、早めに出ようか」
僕が答えると、更紗は今度は満足げな表情になる。このギャップがとても可愛くて、やっぱり僕は、更紗が大好きなんだって、今、僕は幸せなんだって思える。
僕と更紗は、レストランに入って、バイキング朝食を食べる。
朝はパン食が多い僕たちだから、最初に取りに行ったのはクロワッサンとバターロール。そして、水菜がメインのサラダとポテトサラダにスクランブルエッグ、ウィンナー、そして飲み物はオレンジの100%ジュース。コーヒーでもいいんだけど、たまにはそう言う飲み物を飲みたいなって思った。
「いただきます」
差し向かいの二人用テーブルで、僕たちは朝食を食べ始める。
僕たちの姿を見たクラスメイト達は、「相変わらず、幸せそうな二人だよね」と僕たちの方を見ながら、羨ましそうに話しているみたいだったけど、そんなことは意に介さないで僕たちは朝食を堪能する。
「結構美味しいよね」「このウィンナー、市販のと違う。もしかしたら、ここのオリジナルかなぁ?」「ポテトサラダもなんか違うよね」「ええ、やっぱりジャガイモの産地だからポテサラに適した品種があるのかなぁ?」なんて喋って、「は~美味しかった」と二人で満足した笑みを浮かべて朝食を終える。
そして、一旦荷物を取りに部屋に戻る時、先に朝食を済ませていた幸弘と夢衣に出会った。
「お~おはよ、幸弘に夢衣。予定より早いけど、もう出ちゃう?」
「準備早いね、二人とも。実は楽しみすぎて余り寝られなかった?それとも早く目が覚めちゃった?」
僕と更紗の言葉に二人は頷いて、
「そうなんだよ。ちょっと早めに目覚めちまったから、先に食べたぜ。もういつでも行ける」
朝食を食べてしまえば、そのあとから自由行動が認められている。だから、僕たちはもう出ようと思えば出られる。逆に言えばゆっくりしようと思えばチェックアウトの時間(11時)まで出ずにいることも可能だ。まぁ、そんな生徒はそういないだろうけどね。
僕は一度腕時計を確認する。午前7時25分を回ったあたりだった。
だから、僕は提案する。
「ちょっと歯磨きとかしてから戻ってくるよ。7時45分に出発でいいかな?…早すぎてまだどこもやってないかもしれないけど」
「まぁ、比較的早くこの街から出て行くんだから、早めに出て街中を探検しておくのも悪くないと思うから、そこはまったり歩いて行ってもいいんじゃないかと思うが」
幸弘の言葉も尤もだ。僕は頷いて、「すまない、ちょっと待ってて」と二人に謝って自室に一旦戻る。更紗とは一緒にエレベーターに乗るけど、当然階は違うので途中で一旦お別れ。彼女の方が先に出るから、「じゃ、40分に下でね」と言って一旦別れて自室に戻り、荷物の片付けをして、歯磨き。
同室のクラスメイトはまだご飯中のようで、僕はライナーで「先に出るよ。自分の分は片付けてあるからね」同室だった鈴木にメッセージを送って、1階へと降りた。
更紗も既に待っていたみたいで、「40分ぴったりね」と笑みを浮かべてくれた。
「それじゃ、行こうか」
僕たち4人は、次の宿に直接持って行ってもらう大荷物をロビーの所定の位置に預けて、ホテルを出た。
小樽は名所の運河とその近辺の店を散策する。
ガラス工芸のお店があると言うことで、その店に行こうというのは旅行前に話していたんだけど、今日は朝から快晴で、昨日と同じように熱いものだからつい冷たいものが食べたくなる。
「あ、あそこにソフトクリーム売ってるよ。食べない?」
更紗の一声で、僕たちはそっちに視線を送る。道路の反対側にスイーツ屋があったから、「よし、行こう」と道路を渡ろうと思い、横断歩道を渡ろうとした。一応左右確認はしたはずなんだけど――。
「危ないっ、慎吾!」
更紗が僕の腕をとって引き寄せる。その瞬間、クラクションの音とともに、一台の車が過ぎ去っていった。
「え…?」
僕が絶句していると、「珍しいですね、慎吾くんがこんなことで事故に遭いそうになるなんて」と夢衣が言うし、幸弘も「確かに珍しいな、左右しっかりいつも確認しているのに」と、ちょっと不思議そうに言うものだから、僕もその瞬間のことを思い出して、「ああ、多分浮かれすぎて確認不十分になったと思う…ありがとう、更紗」と更紗に告げた。
更紗は、
「心臓止まるかと思ったよ。慎吾、気をつけてね」
と言って、引き寄せた腕を更に彼女の身体に抱き寄せる。柔らかい胸の感覚が、その抱き寄せられた腕を通して脳に伝わるにつれて、顔がどんどん熱を帯びて赤くなることを自覚する。
「うん、ゴメン更紗。助かったよ本当に。こんなところで事故って怪我をしたら、折角の修学旅行が台無しだもんね」
僕はそう言って、抱き寄せられている腕とは反対の腕で、更紗の肩を抱く。お互いの身体が密着し、更紗の心音も聞こえそうなくらいだ。僕の胸は当然、早鐘を打っているけど、そんな僕たちに幸弘と夢衣が水を差す。
「お~い、そこでイチャイチャしすぎない」「お二人がそうしているのなら、私たちも同じようにもっと近づきませんか、幸弘さん?」「それもそうだな」
幸弘が差し出した左腕に夢衣は両腕を絡ませてくっつく。
「夢衣ちゃんも、最近行動が大胆だよね」
更紗の言葉に夢衣は、
「更紗さんが慎吾くんに向ける好意とその行動を見習ったんです。好きな気持ち、素直な気持ちを打ち明けて前向きに捉えて行動すると上手くいくんだよ、って教えて戴きましたから、私も幸弘さんに対してそうありたいなって思っているんですよ」
と言う。確かに、僕も更紗も、お互いへの好意はハッキリ告げるし、それと一緒に態度にして表すから、僕たちはお互いに気持ちよく過ごせるんだろうなって思うと、夢衣にしても幸弘にしても、同じように思ってくれていることはとっても良いことだよなって僕も思う。
「ありがと、夢衣ちゃん、そう言ってくれて私は嬉しい」
更紗も同じように考えてくれていて、僕たちのグループは外から見れば、正直なところバカップルに見えただろうなぁ…。
そして無事にソフトクリームを食べたあとは、ガラス工芸の店に行って綺麗なお猪口を家族分買った。そして、小樽駅から一路札幌へ。
小樽駅では、春日先生が改札の前で待ち構えていて、「お、大原、東条、矢野、三上のダブルデート班だな。はい、チェックと」と何時に小樽を出たのかチャックしていた。
時間は11時を少し回ったくらいだから、1カ所観光をしてからラーメンだ。
札幌駅を出てから観光と言うよりは、大学を見たいと言うことで、北海道大学へ。
「へぇ~北海道大学って、札幌駅の真近く…というかすぐ側にあるんだね。臨魁学園はちょっと離れてるけど…」
更紗の言葉に、僕たちは頷く。
「北海道大学といえば、クラーク像だな」
幸弘の言葉に僕はつい、「Boys be ambitious. 少年よ、大志を抱けだね」と口をついて出る。その言葉に「そうですね。幸弘さんや慎吾くんは大志を持っていますか?」と夢衣からの突っ込みが入る。まずは幸弘が、
「ああ、俺は、大学に行ってからだが、弓道でインカレ出たいと思っているぞ。それから教員になってからも指導者兼選手で国スポも出て活躍していきたい。そして、その側には勿論夢衣がいる。苦労はさせないよ」
と言うものだから、正直言うと、僕の大志なんて小さいものだと痛感させられた。
「すごいよな、幸弘は。でも、僕は自分の目標である数学の教員になること、そして…」
僕は更紗の顔を見る。
「幸弘と同じように、側に更紗がいて、一緒に同じ方向を向いてお互いに高めていく関係を続けていくことだよ。幸弘みたいに全国区で活躍することはできなくても、自分にできる最大限のことをやっていきたいと思ってる」
そう言うと、更紗は顔を赤くして、「ありがと、慎吾」と僕の背中に抱きついてくれた。
「大志って、人それぞれだと思います。幸弘さんの願いも、慎吾くんの願いもどちらも素敵だと思いますよ。それに…」
夢衣は一呼吸置いてから、
「大志って、大きい志って書くじゃないですか。志、つまり、そうしていきたいという気持ちですから、それが大きいと言うのは野望とかそう言うのではなくて、誰もが思う願いであっても、そうしたい気持ちの大きさ、強さがあれば、それは十分大志なんだと思います」
夢衣がそう言って微笑む。
「そう思ってくれるのは有り難いよ。自分の願いは、本当に平凡だと思うから」
僕がそう言うと、更紗が、
「平凡であっても、その夢を叶えることは、簡単なことではないと思うんだ。だから、私も慎吾の側で慎吾の一番の応援者でいたいと思っているわ」
なんて有り難いことを言ってもらえた。だから僕も、
「それは僕も同じ思いだよ。僕も更紗の側で更紗を応援したいと思う」
と負けじと言う。それには幸弘が口笛を鳴らして、
「さすが、俺たちが目標とする二人だよ。その気持ちの向き方が同じ所、見習っているんだぜ。誰がなんと言おうとも、お似合いの二人だ」
と言って、僕たちの顔を赤くさせた。
そして、大学の校内を回ると思いの外広くて時間がかかり、気づけば11時を15分くらい回っていた。
「よし、次に行こうぜ」
大学生協で気になった文房具を少し購入してから、大学を出て一路ラーメン横丁へ。
大学とは札幌駅を挟んでほぼ真反対にあるから、歩いてもさほどの距離じゃない。 11時半頃には並ぶことができるだろう。僕たちは喋りながら歩いてラーメン横丁へ向かう。
途中で札幌駅の側を通るけど、そこで偶然大木さん、中山さん、植田さん、そして鈴木のグループに出会った。
「今から昼飯行くところ?」
と聞かれたから、僕も「ああ、そうだよ」と答えると、植田さんから「私たちもご一緒させてもらっていい?」と尋ねられたので、一も二もなく賛成。元々そのつもりだったから、4人から8人に増えたグループは、二人組になって列をなして行進のように歩いて行く。
「どこに行くか決まってるの?」
と中山さんが聞くから、「一応ね」と答えて僕は前を向く。
暫くがやがやと歩いて目的のラーメン屋に着くと、既に10人くらい並んでいた。
「やっぱり人気のあるお店って並ぶよね」
更紗はそう言う。だからといって他の店にチェンジする選択肢は僕になかったから、
「待つけどいい?」
とみんなに聞いて頷いてくれたから、30分ほど待つことになった。
でも、待った甲斐があったもので、思っていた以上に麺もコシがあって美味しかったし、スープも味噌ベースのパンチが効いたもので、みんな満足していた。
ネットで検索して通販なりなんなりないか調べてみたところ、札幌駅の土産物屋でこの店の生麺が売っているとのことだったから、最後に買いに行こうということになった。
そう、ホテルは札幌駅に近いところにあるから、最後の方…ホテルの集合というか、到着の最終時間は19時と決められているから、18時頃から行っても多分大丈夫だと思う。
昼食を食べ終わると、待っていた時間もあったから12時半近くになっていて、そのあと5時間くらいは観光していられるから、やっぱり定番の時計台と札幌テレビ塔へ向かうことにした。
慎吾はさすがに小樽での一件から車道に出る時は慎重に左右を見てから渡っていたし、そんな様子を見て、私たちも気を抜かないように気をつけた。
紗友梨さんたちも一緒に行動する。
先頭に立つのは慎吾と矢野くん、鈴木くんの男の子たち。それを私たち女子5人はかしましく話ながら後についていく。
「もうすぐ夏休みだねぇ。みんなの予定って、何かある?」
私が聞いてみると、
「私は予備校の夏期講習が半分くらい入っているから、それ以外の予定って今のところないのよね」と紗友梨さん。転科はしないけど、国公立の前期試験で医学部を狙うことにしたらしい。落ちたとしても、このまま臨魁学園大学部で養護教諭の免許を取るって。
「私は、特に…かな」「私も」「私は、オープンキャンパスへ幸弘さんと行きますよ」
和子さんとなっちゃんは今のところこれといった用事はなく、夢衣ちゃんは県外国立大学のオープンキャンパスに行くとのことだった。
「オープンキャンパスね…私も慎吾と行こうかって話はしているんだけど、具体的にどこへ行くかはまだ決めかねているのよね…でも、早く決めて申し込まないと、申し込みそのものもできなくなるし」
私がそう言うと、その話が耳に入ったのか、慎吾が足を止めて私たちを待つ。
「更紗、そのことなんだけど、めっちゃ遠いのは百も承知で、更紗の生まれ故郷の福岡…九州大学とかはどうかな?保護者としてうちの母さんに来てもらうと良いかなって思っているんだ。勿論交通費に宿泊費もかかると思うんだけど、帰ったらお父さんと相談してみてよ」
合流した私に慎吾がそう言うものだから、周りから冷やかしの声が上がる。
「え?婚前旅行でもするつもりなの?」
和子さんが素っ頓狂な声を上げるものだから、私は彼女の口を押さえて「しー!」ってする。
「あ、ゴメン、結構驚いて大きい声出ちゃった」
和子さんがそう言うのも無理はない。私だってびっくりしたからだ。
「でも、なんで九州なの?」
私は慎吾に尋ねる。すると慎吾は、
「県外の国立大学を受けるとして、いくつか候補があると思う。一つは就職率、あとは立地。そして、頼れる人が近くにいるかどうか。で、今回はその三つ目、要は更紗の親戚がいる福岡にいってみるのもありかなって」
そこまで言ってから、「勿論、観光もあるけどね。太宰府天満宮に行ってみたいなって」と付け加える慎吾に私たちはクスッと笑う。
「考えとくね。帰ったら話してみる。確かに、頼れる人がいるのは良いことかもしれないし。叔父さんは何かと気にはかけていてくれるから頼るのもありだと思うわ」
慎吾には、正月の時にそのあたりの話はしてある。今年の冬は向こうに戻らなかったから叔父さんと会わなかったけど、叔父さんから書留が届いて私と綸子へのお年玉と、新年の挨拶とともに、「必要ならいつでも言ってきなさい」と言う言葉があって、届いたその日のうちに、お父さんのスマホから叔父さんに電話してもらって私と綸子の二人で感謝していたことを話したから、おそらくそのことを慎吾は覚えていたんだろう。
「まぁ、許可が出るか分からないけど、帰ってから話そう」
わたしは「うん」と頷いて、札幌の街を歩く。
そして、テレビ塔や時計台を見に行くけど、この辺りって、すごく近くて一つ一つにそこそこ時間をかけてもまだ時間は15時過ぎ。予定よりちょっとだけ早く回れたから、最後にと思っていた藻岩山へ向かうことにした。
「思いの外早く回れたね。テレビ台も時計台も、実際に見る方がやっぱり良いって思ったよ」
慎吾がそう言って、みんなも同意する。
「でも、テレビ塔は冬に行っても良いよなぁ。だって、雪祭りやってるだろ?」
矢野くんの言葉にみんな頷く。
「それもそうだね。あれも実際に行って見たいよね」
慎吾も同意する。それに夢衣ちゃんが、
「社会人になったら、4人で行きませんか?こんな風にワイワイと回るのも、若い間しかできないと思いますし」
と言うから、「いいね、賛成!」と私が真っ先に賛成して、矢野くんも慎吾も「夢衣、いい提案だな!」「そうだね、行こう、絶対」と同意する。
そんなやりとりをしながら、そこに紗友梨さんたちも加わって、8人で行きたいよねって話をしていた。
そうなる日が来るといい、私はそう思いながら、藻岩山へ向かう電車の改札を通る。ICカードがあると、やっぱり便利。「絶対に持っていた方がいい」と言われて中学校の時――つまり京都にいた時――にお父さんに購入してもらっていたけど、全国で使えるのは本当にメリットだ。だから慎吾にも「あった方が絶対にいいから」と言って、旅行前に購入してもらっていた。
「う~ん、便利!更紗、教えてくれてありがとう」
と慎吾は感謝してくれた。
そして、藻岩山の麓に着いてロープウェイの改札を通る。ロープウェイと言うことは、また地に足が着かない乗り物に乗るわけで…大丈夫と分かっていても、少し足がすくむ。だから、また慎吾にお願いする。
「また手、繋いでもらっていていい?」
慎吾はイヤな顔一つせず、むしろ喜んでいる表情で、
「勿論いいよ。頼ってもらって嬉しい」
と言って、まだロープウェイに乗ってもいないのに手を繋ぐ。
「まったく、この二人はいつもこんなんだから、見ている方が恥ずかしくなるわ」
紗友梨さんがそう言って笑う。それにみんなも釣られて、「全くだ」と言うけど、「私もちょっと怖いから、幸弘さん、手を繋いでいただけますか?」と夢衣ちゃんまでそう言って矢野くんの手を握る。
「おお、勿論だ。ホント、夢衣も大原の影響受けまくりだよな」
ちょっと照れた表情で矢野くんは夢衣ちゃんの顔を見る。「こっちもこっちでかよっ!」と鈴木くんが突っ込むけど、二人とも楽しそうだ。
私たちは手を繋ぎながらロープウェイに乗り、席も隣同士になって座る。
発車の時間を待っている間も、勿論手は繋ぎっぱなしだ。そして、発車を告げるアナウンスのあと、
ガタリ
とロープウェイは動きだし、フワフワした感覚が下半身から感じると、私の身体はきゅっと強張る。
「怖い?」
慎吾が尋ねてくるから私は、「うん。でも、大丈夫」と言う。でも、その声はちょっとだけ震えていた。
「大丈夫だよ。僕がついてる」
慎吾はそう言って、握っている手に少し力を込める。私はその熱に勇気をもらって、平静を保つようにした。なるべく外は見ないように、目の前の藻岩山の頂上だけをじっと見ていた。
そのうち感覚が慣れてきて、怖さも大分感じられなくなった頃には、到着を告げるアナウンスが流れる。
そして、ロープウェイが停止し、私たちは藻岩山に降り立つ。
少し歩いて展望台。そこは札幌の街が一望できた。
「うわぁ~、すごいね」
なっちゃんが最初に声を上げると、みんなもそれに釣られたように声を上げる。
「これ、夜だったらもっと綺麗なんだろうな」
「きっとそうですね。さっきの話じゃないですけど、夜にここに来てみたいですね」
矢野くん、夢衣ちゃんもそう言って、手を繋いだまま札幌のまちを見下ろしていた。
「それじゃぁさ、みんなで写真撮ろうよ。スマホあるでしょ?誰か自撮り棒持ってない?」
紗友梨さんの提案と質問に、なっちゃんがすかさず、「私持ってるよ」と答えると、鈴木くんは「植田さん、ナイス!」と言って、彼女から自撮り棒を受け取る。まずは彼からスタートして、一人1枚ずつその自撮り棒にスマホを取り付けて「いぇーい!」と各々好きにポーズをとって写真を撮った。
そんな楽しい時間もあっという間に過ぎていく。
18時40分にはホテルに戻り、暫く疲れた身体を部屋で癒やしてから、19時30分から夕食だった。
夕食はワイワイとジンギスカンで舌鼓を打っていたんだけど、男子達が「これ俺の!」「いや、俺のだろ!?」などと殺気立った会話?と言うよりも戦いが近くの席で繰り広げられていたから、ちょっと興ざめなところもあったなぁ…。
「すごかったね、男子達の夕食現場」
私は昨日や一昨日と同じようにロビーで慎吾と話す。
「ああ、肉はやっぱり大事だからね。仕方ないかと」
慎吾は苦笑いをして答える。
「慎吾もやっぱりそうだよね。でも、結構美味しかったよね~」
「ああ、美味しかったね。お取り寄せで一回食べたことあったけど、それよりもやっぱり本場で食べる方が美味しく感じるのは、気のせいじゃないと思うな」
「やっぱり本場が一番ってことだよね、ジンギスカンにしても、札幌ラーメンにしても」
私がそう言うと、慎吾も頷く。
「そうだね~色々とさ、本場の味を試していきたいなぁ。側で更紗がいてくれるとなお良しだよ」
そんな慎吾の笑顔は、とても素敵で、未来への迷いがないようだった。勿論、私も今、同じことを思っているから昼間の話について、大きく決断をする。
「うん、私もそう思う。だから、九州大学のオープンキャンパス一緒に行こうよ。まだお父さんには話していないけど、多分賛成してくれる」
「オッケー。まず、帰ったら二人でうちの家族に話してみよう。それでOKなら、更紗のお父さんにも話してみる、それでいいかな?」
「うん、それでいいよ。今日このあと母さんにはライナーしてみる」
私たちの会話はここで一旦途切れて、ちょっと沈黙が流れる。そして、ソファに並んで座りながら、私たちはどちらともなく頭をこっつんこさせて目を閉じる。今は、昼間のように騒がしかったのとは逆にそれが心地いい。
「…明日で修学旅行も終わりかぁ…なんだかんだで、あっという間だったね」
少しの沈黙のあと、私はその沈黙を破る。
「そうだね。特に今日は楽しかった~クラスの仲間と一緒に見学したり騒いだりするのも楽しいけど、やっぱり、更紗と一緒にいるのが一番だよ」
「そう言ってくれて嬉しい。私も、慎吾といるのが一番楽しいよ。だからね…」
私が言いかけたところに慎吾がかぶせてくる。
「飛行機も隣にいてって言うことだよね?勿論分かっているよ。もう話はしてある」
既に根回ししてくれたようでびっくりしたけど、やっぱり私を第一に考えてくれていることがとっても嬉しかった。
「ありがと。やっぱり慎吾のこと、好きだよ」
「僕だって、更紗が好きだよ。誰もいないところだったらキスしたところだけどね」
慎吾はあとの言葉を誰にも聞こえないように小声で言う。そう、ホテルのロビーは臨魁生が同性異性問わず何組か話をしていて人目につくから、さすがにキスとかはできなかった。
スマホで時刻を確認すると、もうすぐ21時。もう部屋に戻る時間だ。
「それじゃ、また明日だね」
「うん、また明日、ここで」
私たちは一緒にエレベーターでお互いの階まで上る。今回は男子の方が低い階層なので、慎吾が先に出る。
エレベーターは私たちしか乗っていない。でも、カメラがあって、私たちを覗いている。
慎吾が降りる階で、まずは慎吾が「お先」と降りるけど、私は慎吾の腕を左手で引っ張りながら一緒に出る。右腕はエレベーターが閉じないように扉を押さえて、
「待って」
と慎吾に話しかける。慎吾が怪訝な表情をしながら私の方を向いた瞬間――
チュ…。
慎吾の頬にキスをしてから、「バイバイ」と急いでエレベーターに戻った。
扉が閉まる寸前に見えた慎吾の顔は、頬が緩んでいて締まりがない。私は思わずクスッとしてその顔をじっと見つめていた。
最終日は、ほぼ移動だけ。クラスごとの移動だからちょっと寂しいんだけど、飛行機はまた隣にしてもらったから我慢できる。
千歳空港で最後のお土産を買って、お財布の中は3000円くらい残す。お父さんからは、「残ったお金は好きに使っていい、返す必要はないよ」と言ってもらえたので、夏休みに何かしら使おうと思っている。
飛行機に乗り込み、慎吾と隣になって、離着陸時はまた手を握ってもらった。飛行中はやっぱりナンプレアプリで気を紛らわせながら、分からなくなったら慎吾に聞く。その時に、少しばかり世間話をしてなんとかやり過ごした。
でも、何回か乗るとある程度慣れてくるのかなと思う。さすがに着陸してから席を立つ時は行く時みたいに腰を抜かさず、すっと立ってちゃんと歩いて出られた。
「ありがと慎吾。行く時よりもすっごくリラックスできたよ」
と私がお礼を告げると慎吾は、
「どういたしまして。また乗ろうな、いずれの機会に」
と笑顔を向ける。
帰りもクラスごとで、夢衣ちゃんと隣同士だったけど、さすがに疲れが出たのか2時間ほどの行程の殆どを気づけば夢衣ちゃん共々寝てしまっていた。どうも、寝ていたのはクラスの7割くらいだったようで、南東先生まで寝ていたと言うからよっぽどみんな疲れたんだろうなって思う。でも、それくらい充実した旅行だった。
17時過ぎに学校に戻ってきて、「帰るまでが旅行です!」と南東先生から有り難いお約束をいただいて、慎吾と一緒に慎吾のお母さんの車に乗り込んでまずは慎吾の家へ。綸子はもう既に慎吾の家にいるし、お父さんも慎吾の家で合流することになっている。
慎吾の家に着いてからは、土産話とともに、空港で買ったお土産を渡す。慎吾の家のみなさんにも当然買ってきたし、それをデザートに夕食をいただいた。
「ホント、でっかいどーだったよ、北海道」
「また行きたいねって、慎吾や夢衣ちゃん、矢野くんとも話して、社会人になったらみんなでまた行こうと言ってました」
私たちの話に、綸子は勿論、慎吾のお母さんや晴城お兄さんも笑顔で「楽しく旅行できたようで良かった。また行けるといいね。そのためには、ちゃんとバイトしたり、社会人になって働いて、お金貯めないと、だね」と言って、私たちは「たしかに」と神妙に頷いたっけ。
「でも、3日目の自由行動が一番充実していたよね。更紗と幸弘と夢衣と4人で歩いた札幌のまち、本当に今度は冬に行きたいよ」
慎吾の言葉に晴城お兄さんが「雪祭りか?」と聞くから、私と慎吾は同時に「そう」「そうです」とハモる。それにはみんな思わず吹き出して、「さすが息ぴったり」とからかうように言って私たちは赤面する。
だからこそ、私たちは上手くやっている、上手くやっていける、そう思っていたのだけど…。
そんな日が長く続けばいいのに、いつまでも続くと思っているのに。
まさか、あんな事態が起こるとは、このときは全然予想だにしていなかった――
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コメント
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コメントを書く鳥原波
ありがとうございます!悶えていただけたようで何よりです(^^)。はい、ラストの引きは気になると思います。現在鋭意進行中ですよ。月末~2月初旬にはアップ予定でいます。2人に起こる出来事とは…また読んでくださいね!
ノベルバユーザー617419
見ました!読みました!(くねくね)悶えました☆
そして最後の1文…「あんな事態が起こるとは…」
ハリー!ハリー!って願ってしまうじゃないですかぁ(子供の頃、次の週のジャンプ待ってる気分にを思い起こしましたよ)
もちろんキャラの成長のためゆっくり丁寧に育ててくださいね←精一杯の理性?強がり?
ところで
罰ゲームのベランダ←思うところアリめっちゃ笑い転げましたw