臨魁学園物語――転校生とガチ恋をして、二人で幸せになる話――
10章 30週目~32週目 二人に襲いかかる好意と悪意
バドミントンの強化大会は、僕も更紗も4回戦まで進むことができた。精神的に楽になったから、練習に身が入り、最後の1週間は本当に自分を追い込むことが出来、二人とも2回戦から2つ勝つことができた。
今回も会場は男女別で歩いて行ける距離じゃないほど離れていたから、お互い試合が終わるたびに、ライナーで「勝ったよ~」と伝えると、更紗からも「私も勝った~もうすぐ3回戦」という報告も入って、お互いにサムアップのスタンプとかを送り合ってテンション高かったのを覚えている。
試合が終わったあとは各自解散になっていたから、ライナーで連絡し合って母さんに迎えに来てもらい、更紗のいる会場にも足を運んで更紗を迎えに行ってもらった。
「どうだったの、二人とも?」
僕達を乗せた母さんの質問に、お互いに2つ勝ったことを告げると、母さんは笑って、
「仲良く二つ勝ったのって、良かったわね。次勝ったらベスト32だったのかな?」
「そうですね。400人くらい参加者がいたので、1回戦からだと2つ勝って128ですけど、幸い、私たち二人とも2回戦からだったので」
「そうそう。2,3年生が殆どとは言え、まあまあ選手は多いからね」
「へぇ、そうなんだね」
母さんはそう言って更紗の家まで送っていく。時間は18時を回ろうかと言うくらい。
「さてと、更紗ちゃん、綸子ちゃん呼んできて」
母さんが更紗の家の来客用駐車場に車を停めると、唐突にそう言った。
「は~い、少し待っててくださいね」
更紗は一人で車を降り、一旦家へ帰っていく。
「?どうしたの、母さん?」
僕は疑問に思って聞くと、母さんは、
「今からみんなで晩ご飯食べに行こうかなって。あれ?慎ちゃんには言ってなかったっけ?」
と言う。僕の方には何も伝わってないんだけど?と言うと、
「あ、更紗ちゃんにしかライナーで誘ってなかったわ。ゴメン、慎ちゃん」
と母さんはちょっと舌を出す。…もういい歳した母さんがそんな仕草をするのはちょっと、どうなんだろうと思いながらも、
「そうなんだね。了解。でも、家の方は良いの?父さんや晴兄、伊緒姉の分の晩飯はどうなっているの?」
と質問すると、母さんは「作り置きしてあるから問題ないわよ。それに、みんないい大人なんだから、自分たちでなんとかするでしょ?ちゃんとお父さんには伝えて、良いよって言ってもらってるし」と言うから、まぁ、それもそうだ。僕は納得して、更紗と綸子ちゃんの戻りを待つ。
それから10分位して、ちょっと遅いな~と思い、呼びに行こうと思った矢先に更紗は戻ってきた。綸子ちゃんを連れて、更に簡単に着替えていた。
「あ、着替えてきたんだね。道理で遅かったわけだ。それじゃ、行こうか」
「ええ」「はい、お母さん、すみません。よろしくお願いします」
「お父さんの分の夕飯はどうしたの?」
僕が聞くと、
「私がお昼に作った作り置きがあるから、それで何とかなります。お父さんからもOKもらってるから、大丈夫です」
と綸子ちゃんから言われて、思わず笑ってしまった。
「どうして笑うの、東条さん?」と綸子ちゃんに聞かれたから、「僕の母さんと同じ子としてるから」と答えると、「でも、それはそうですよね、お姉ちゃん、お母さん」と綸子ちゃんは更紗も味方につけて母さんに同意を求め、て「それはそうよ、当たり前よね~。慎ちゃんは料理作ったことほとんどないから、そんな感じに言っちゃうの。ごめんなさいね」と母さんに言われて、僕の方が気恥ずかしくなってしまった。
その後、僕は無言になってしまったけど、ファミレス――年末の大雪の日に、大原ファミリーと行ったところだ――に着くまで3人は話を続けていた。
入り口を押して、僕が扉を支え、綸子ちゃん、更紗、母さんの順に入れる。ファミレスは日曜の夕方ということもあり、満員だった。
更紗は「ありがとう、慎吾」と言って笑顔を見せる。綸子ちゃんや母さんも「ありがとう」と言って、母さんは客待ちのメモにサラサラと名前と人数を書き、ソファに座る。
4人で並ぶ母さんと更紗、綸子ちゃんに僕、周りからはどう見えるのだろうか?
なんて思っていると、
「私は母親、更紗ちゃんと綸子ちゃんは姉妹、慎ちゃんは…一番上のお兄ちゃんかなぁ?」
なんて母さんは僕たちがどう見えるか言ってくる。
でも、僕と更紗は隣り合っていて何気に手を繋いでいるし、僕の逆の隣には綸子ちゃんがいる。
「…でも、その様子を見ていたら、両手に花よね…。こんな可愛い子たちに囲まれて、慎ちゃん、学校で羨ましがられているんじゃない?」
母さんはそう笑うけど、「学校はつきあい始めた当初はそんな感じだったけど、今はみんなも慣れたものだよ」と言っておいた。
「あらそうなの。まぁ、半年過ぎたらそうなるよね。あ、呼ばれたみたい」
母さんは名前を呼ばれたことを僕たちに告げ、店員さんに案内される。
「こちらです」
と案内されて座ったのは、窓際の席。2人ずつ差し向かいになる。母さんと綸子ちゃん、僕と更紗という、前に大原家と来た時と同じような分かれ方だった。
「さて、何を食べる?何でも良いよ。ここは私が持つからね」
「え?それは申し訳ないですよ。私も多少は持っていますから、私と綸子の分は持ちます」
更紗がそう言うけど、母さんは「いいの、いいの」と言って、メニューを綸子ちゃんに見せる。二人は「ありがとうございます」とお礼を言って、メニューを見始める。
「この前は、オムライスを頼んだと思うので…、今日はビーフカレーで」
やはり綸子ちゃんは一番最初に決める。
「じゃ、僕はベーコンとほうれん草の醤油パスタの大盛りに、シーザーサラダで。あとは前と同じだけどポテトの大盛りをみんなでシェアしよう」
僕が次に決めると更紗は、
「ステーキ100gのライスセットでお願いします」
と言う。そして母さんは鮭と牡蠣フライの和膳。
「意外と肉食系だよね、更紗って」
僕がおどけて言うと、更紗も笑って、
「ええ、そう。野菜も好きなんだけどね、お肉大好き。だって慎吾も思い出してよ。お弁当のメインって、お肉が9割だと思うんだよね。唐揚げが一番多いと思うけど、あとは豚の冷しゃぶに、青椒肉絲、麻婆豆腐…ね?」
と言うから、僕も思い出すとお肉が確かに多い。
「確かにお肉多いよね。うん、僕もお肉好きだからそんないつも美味しいお弁当を作ってもらえるから幸せだよ」
僕が言うと、「全く、こんな所までのろけないでよ、二人とも」と綸子ちゃんも母さんも呆れた様子だった。
でも、そんなことを気にせず、母さんが呼んだ店員さんにメニューを告げ、最後は全員分のドリンクバーも頼むと、まずは母さんと綸子ちゃんがドリンクを取りに行った。
僕と更紗が取り残された形になるけど、そこでバドミントンの話になる。
「でもね、満足はしてないんだよ」「そうだね、私も」
二人とも、4回戦は結構イイ感じだし、ワンチャンもう一つ勝てたかもしれない勝ったんだ。でも、連戦の疲れと、単純ミスがやはり出てしまって集中力が切れてしまった。
「あと1ヶ月半で高校最後の大会だから、あと一つは勝ちたいよね」
「そうね。もう少し基礎体力をつけるために、走り込む日を増やそうか?」
マラソン大会のあとも、週に1回は走っていた。勿論、雪が積もっている間は走らなかったけど、雪が溶けてからも走っていたから、日曜日も走ることにしようかと話をしたところで、二人が戻ってきた。
「はい、お待たせ~じゃ次は慎ちゃんと更紗ちゃんで行ってきなさい」
母さんがそう言うので、僕は更紗を促して席を立つ。
「じゃ、行ってくるよ」「行ってきます」
僕たちはドリンクバーを取りに行く。僕はコーラ、更紗はブドウジュースを入れて戻る。
「で、慎ちゃんと更紗ちゃんは、今のところ進路はどうするのかしら?」
早速母さんが本題を出してくる。そんなことだろうと思っていたよ。ただの気まぐれで誘う母さんじゃない。
「私は、臨魁学園に行こうと思います。東条さんとお姉ちゃんが通っているからと言うのも大きいですし、この前東条さんが言っていたように、生徒さんもいい人が多いと聞きましたから」
綸子ちゃんがそう言うと、僕たちも話し出す。
「僕は、今のところそのまま大学へ行くよ。でも、夏休みには国立大のオープンキャンパスも見に行こうかなって。更紗も同じことを思ってるよ」
「ええ、二人で話して決めました。臨魁学園の大学部に入ることが今は目標ですが、オープンキャンパスを見て、そちらがより魅力的に見えたら、そちらへの進路変更も考えてます」
「でも、二人とも教員になる気持ちはあるのよね?」
どこかの面接官のような感じで母さんは問いかける。
「ああ、勿論そうだよ。僕は数学の教師になる」
僕は力強く宣言したが、更紗は、
「実は、まだ迷っているのが正直です。いえ、教師になることは決めているのですけど、どの教科の先生になろうかと思考中なんです」
更紗の言葉は、僕には思いもよらない言葉だったので、
「そうなんだ。てっきり英語の先生になるのかと思ったよ」
としか言えなくて、
「ゴメンね慎吾、宙ぶらりんな考え方で」
って更紗は謝るけど、別にそれで腹を立てたわけじゃにから、
「ううん、謝らなくて良いんだよ。確かに、ちょっとびっくりしたけどね。でも、それなら尚のこと、他の大学を見るのは意味があることだと思うよ。応援する」
「ありがとう」
なんて言う僕たちに当てられたのか、「ああもう、そこの二人の空気が甘すぎて胸焼けしそうよ」と綸子ちゃんは頬をぷいっと膨らませる。
「ゴメンね、綸子、そんなつもりじゃなかったんだけど」
更紗が謝ると、綸子ちゃんは「別に良いんだけどね」と言って、機嫌を直す。
「でも、それも大切なんだけど、その前に、最後の大会を頑張りたいなって思ってるんだけど」
と僕は二人がいない間の更紗との話を少しだけ二人にする。母さんはうん、と頷いて、
「そうね。この大会が高校生として最後の大会なのだから、力を入れたいのは分かるよ。まずはそれに向けて頑張って欲しいと思う。勿論、勉強もね」
と言う。それには更紗も、
「そうです。どっちも頑張って全力で向かっていきたいと思います」
と言って、僕の顔を見た。僕は力強く頷いて、
「うん、頑張ろう、更紗。目指すは個人戦ベスト32、団体戦ベスト8だね」
更紗の目を見返す。
「だから、そこで二人の世界に入って欲しくないんだけど…」
綸子ちゃんからの茶々で、僕たちはハッとする。
「ご、ゴメン綸子ちゃん」
「全く…ちょっとイチャイチャ具合が多くて困った二人よ…」
綸子ちゃんのご機嫌はどんどん斜めになっていくから、さすがに僕たちもこれ以上二人の共通の話はしないようにする。
「綸子ちゃんは、3年になって2週間経ったけど、どうかな?」
僕が尋ねると、綸子ちゃんは、
「クラス替えがなかったので、正直なところを言うと刺激がないなぁって。でも、2年から3年に上がる直前になって、2組ほどカップルができたからなんだか、クラス内はそれまでとはちょっと雰囲気が変わった気がしますね」
と言うので、更紗が反応する。
「そうなんだ。あ~でも、確かに私が中3になった時もそんな感じのことがあったな。私はそんな空気をあえて感じようとしていなかったから誰と誰がつきあい始めたのかは知っていたけど、「ふ~ん」って感じでやり過ごしていたなぁ」
やっぱり、あまり交流をしないでおこうとしたから、そう言った心情だったのだろうなぁと納得する。
「そうやって前のことを聞いていると、更紗ちゃんは今の方がやっぱり素なんだなってわかるわぁ。ホント、苦労してきたね、二人とも」
母さんがそう言って、綸子ちゃんを抱き寄せる。
「お母さん…」
綸子ちゃんは母さんに抱き寄せられて嬉しいような、恥ずかしいような表情を見せる。
「本当に、東条さんのお母さんは、私たちのお母さんとよく似てます。愛情表現がストレートで、よく気がついて、お料理もとっても美味しいし…」
綸子ちゃんはそう母さんに告げると、母さんも嬉しそうだ。
「ホント、娘が二人できたみたいで私も嬉しいのよ。伊緒奈がちょっとだらしない娘に育っちゃったけど、根はとっても良い娘だから、いつ彼氏ができても良いと思うけど、あなたたちもとっても良い娘たちだから、そんな子と慎ちゃんがつきあえている奇跡に感謝しないと」
「…奇跡って何だよ」
思わず不満を口に出してしまった僕。でも母さんは笑って、
「冗談よ。慎吾だって、素直で良い子なんだもの。更紗ちゃんが惚れるのも不思議じゃないよ」
と言ってくれた。まぁ、そう言ってくれたのは有り難いし、その言葉に更紗が顔を赤くするのを見て、満足した。
「ええ、私も正直なところ、慎吾とこういう仲になるのは最初に話をした日には想像していませんでした。でも、転校初日の印象はすごく良くて、あぁ、見た目に引かれてぐいぐい来るような人じゃなくて良かったって思ったんですよ」
更紗は初対面の当時のことを思い出す。
「そうよね。慎ちゃんはそういう所って妙に紳士的だから、女の子受けは悪くないって思うの。…一つ間違えたら、裏があるんじゃないかって思われそうなくらいなんだけど」
「でも、そうじゃないのは3日もすれば分かりましたから。だから、私は安心して慎吾と何でも話せるようになったんです。…尤も、それが『好き』という感情になるかどうかは、その時はまだ分かりませんでしたけど」
「そうねぇ、更紗ちゃんの話を聞いていて、確かに転勤族だと友だち付き合いが難しいよねって思ったけど、そのあたりも含めて頑張った結果、今があるものね」
「…お姉ちゃんは考えすぎだったと思うところもあるけど。私、前の友だちと今でもライナーで繋がってるし。…確かに、話す頻度はかなり減っちゃったけど、向こうから話をしてくれるうちは私もちゃんと付き合っていくよ」
綸子ちゃんはそう言って笑顔を見せた。
「そうだね。私はそれが辛くてできなかったから」
ちょっと重苦しい雰囲気になったけど、それを破ったのは、料理を持って来てくれた例の配膳ロボットだった。
『お料理をお持ちしました』
配膳ロボットはそう言って(言うって言う表現が合っているのかな?と思うけど)、僕たちのテーブルの前に止まる。
「やっぱりこの子、可愛いよね~」
更紗はそう言って、運ばれてきた料理を取って、それぞれに渡していく。
「ありがとう、お姉ちゃん」「あ、ありがとうね、更紗ちゃん」
「はい、慎吾」
と、更紗は僕にもパスタとサラダを並べてくれる。そんな更紗に僕も、
「ありがとう、更紗」
と伝える。
すべての料理を取り終えて、「完了」ボタンを綸子ちゃんが押すと、ロボットは厨房の方へと戻っていった。
「それじゃ食べましょ」
母さんがそう言って、食べ始める。僕は、まずはシェアするポテトに手を伸ばして、口に頬張る。ポテトの少しカリッとした口当たりと塩味が、疲れた身体に滲みる気がした。
「うん、やっぱり美味しい」
僕が呟いたのを合図に、女性陣もポテトに手を伸ばす。
「ん~、美味しいね。私、ここのポテト好きよ。ファストフードのポテトも美味しいけど、テイクアウトして家に帰るまでに湿気ちゃうのが残念だよね。でも、ファミレスのポテトはできたてをカリッと食べられるから美味しく食べられるもんね」
更紗はそう言って、満足そうに笑みを浮かべる。
「そうだね、確かにできたてのカリッとしたポテトのおいしさは良いよね」
綸子ちゃんも笑ってポテトを頬張った。
「うん、そうね。このポテトも美味しい。この上からチーズかけるとおいしさ倍増。…体重はやばいかもしれないけど」
と、母さんは言う。
「確かに美味しいけど、母さんにはそれはカロリーオーバーのような気が…」
思わず口をついて出た僕の言葉に、母さんは頬を膨らませた。年齢より若く見えるから見る人が見れば可愛いと思うんだろうけど。
「あ、でもお母さん、運動すれば大丈夫ですよ。一緒に走りませんか?」
更紗がそこで真顔になって母さんに言うけど、
「それはさすがにこの歳になって、10代の更紗ちゃんについて行けるわけないじゃない。それなら、何か考えるわよ」
なんて母さんは言う。すると綸子ちゃんは、
「じゃあ、OurTubeでダイエットのための動画が結構たくさんありますから、私がおうちにお伺いする週に一緒にしませんか?1回あたり、15分から30分くらいでできるみたいなので、慎吾さんやお姉ちゃんの帰りを待つ間にできると思います!」
と母さんに伝える。すると、母さんは目を輝かせて、
「そうなの!?じゃあ、綸子ちゃんとご一緒させてもらおうかな。楽しくダイエットできそう。時間が合えば、伊緒奈も誘ってできそうね」
女性陣の会話に僕はついて行けなくなって、サラダを食べて、次にパスタを口に運ぶ。
…正直、今、居場所がないなぁって思ってしまった。
それが顔に出ていたのだろうか?更紗が僕の顔を覗き込むと、
「もしかして、居場所ないって思ってる?」
なんて言われて僕は焦った。
「そ、そんなこと、ないけど…」
「でも、会話に入っていけないって思ってるでしょ?」
と言われて、僕は頷くしかない。
「そうだよね。女子トークは男の子がついていくのって大変みたいだしね」
更紗はそう言って悪戯っぽい笑みを浮かべる。
母さん中心の女子トークは、食事中ずっと続いて、聞いているのは楽しくないわけじゃなかったけど、話に入りづらくて、それはある意味苦行だったなぁ…。
小1時間で食事は終わり、更紗と綸子ちゃんを家まで送って行き、お父さんに挨拶と二人を連れ出させてもらったお礼をしてから帰った。お父さんからは、またいつでも一緒に食事に行こうと言われてしまって恐縮してしまった。
家に帰ってきてから、僕はお風呂に入る前に、ジャージ姿のまま庭に出る。
そして、少林寺拳法の型を演武する。
「ふっ!」
と、言うのも、更紗と水族館デートをした時の、更紗が一人になっている時に男たちに絡まれたあの一件がきっかけで、5年ぶりに型を始めたんだ。
あのときは、正直な話それほどな相手じゃなかったから良かったものの、もっと屈強で強引な相手だったら僕はどうなっていたんだろう、更紗はどうなってしまったんだろうと思うと、心が凍った。だから、やっぱり僕自身は強くありたいと思っていた。
そのためにできることを考えたら、僕は小学校の時に習っていた少林寺拳法をもう一度始めてみようと思ったんだ。
さすがにもう一度道場に通うのは部活もあって無理なんだけど、型をする分には今はOurTubeで色々な少林寺拳法の型が上がっているから、それをタブレットで見ながら復習をしている。
「確かに、これはこんなだったよな…」
少しずつ思い出しながら、僕はこれまた小1時間ほど汗をかく。土日は1時間ほど、平日は30分だけだけど、ルーティンにしている。
更紗をちゃんと守れる男でいたいと思いながら、練習を重ねていた。
どちらかと言えば、積極的に打って出るのではなく護身用の型をしっかりなぞって、もしも手を出された時の対処をイメージしながら鍛錬を積む。
「ここでこう手を出されたら、ここでこうして…」
このことは、更紗にも一応話してあって、「でも、危ないことになったら一緒に逃げようね」と言われたから、僕も「勿論だよ。でも、これは最終手段だから」と伝えてある。
願わくば、使う機会がありませんように!
慎吾はちょっと居心地悪かったかもしれないけど、楽しい夕食の時間を過ごさせてもらって、お母さんにはすごい感謝だった。
最後の方は、「あ~ぁ、更紗ちゃんが慎ちゃんと結婚してくれたら、こんなに良いことはないのになぁ」とお母さんは言って、私も慎吾も顔を真っ赤にしてしまい、綸子には「もぅ、二人して照れてるの可愛いんだけど、嫉妬しちゃうわ」と機嫌を損ねられたっけ。
でも、最後のデザートを食べたらケロッとしたもので、ある意味からかわれたと思うとしょうがないなぁとしか思えなかった。
そんな楽しい時間を過ごした翌日の月曜日、瀬戸くんの机は私の隣からなくなっていた。南東先生から「彼は教職コースから、普通コースへの転科となった」と短く宣言され、ある意味懲罰的な扱いを受けたのだろうと直感した。
教職コースにいる生徒としてはあまりにも思考発想が幼稚だったからというのもあるのだろう。でも、とにかく私の隣から彼がいなくなって、本当にホッとしたというのが正直なところだった。
「ねぇ、瀬戸くん転科したのって、やっぱりアレが原因なのかな?」
昼休みに植田さんが私に聞いてくる。
「…それも一つあると思うけど。と言うか、一番の原因だとは思うな」
「そうよね…」
「植田さん、瀬戸くんのこと今でも気になってる?」
私が聞くと、少し考えてから植田さんは頷いた。
「ええ、やっぱり話を合わせて聞いてくれた時は、そんなに悪い人だと思わなかったもの」
そう言って表情を曇らせる彼女に、私は提案する。
「なら、普通コースへ行って、瀬戸くんと話をして見ると良いんじゃないかな?かなり反省しているように見えたよ」
と言うのも、金曜日に受け取っていた反省文の内容から物語られている。
『この3日、もう一度自分を見つめ直した時に、俺はなんて浅はかなことをしたのかと自己嫌悪に陥った。そして、この学校に来てからの言動、その前の言動もすべて思い出していると、ああ、これは嫌われて当たり前だよなという思いが芽生えてきた。だから、この謹慎期間中に、もっと自分を見つめ直すことにした。東条をはじめ、三上、大原、矢野にいずれは謝罪できればと思っている』
という内容だった。
それなら、瀬戸くんは自分で立ち直るきっかけになるのかなぁと思ったから、植田さんに瀬戸くんのケアをしてもらえればいいんじゃないかなぁと思う。だから、私は植田さんにお願いをする。
「瀬戸くんは、絶対に立ち直れると思う。植田さんは、側で見守ってあげて欲しい。こんな事、偉そうに言う立場じゃないのは分かっているけど、彼のことを今現在悪しく思ってないのはあなただけだと思う。もしかしたら、暫くはあなたにも風当たりは強くなるかもしれないけれど、私や夢衣ちゃん、矢野くんに慎吾は少なくとも植田さんのことを悪く言わないし、フォローしていこうと思うから」
そう伝えると、植田さんは目を大きく見開いてから、
「うん、考えてみる。私も今、瀬戸くんのことをどう思っているか混乱しているから。自分の気持ちがきちんと固まったら、大原さんに伝えるね」
と言って、私の席から離れていった。
その週末に、「こっそり見に行ったけど、味方がいない状態で辛そうだった。だから、私が味方になるよ」と言って、次の週から話しかけに行くようになった。
そして、植田さんとそんな話をした放課後、新入部員が入ってくると言うことで部活が始まる前に新入部員の紹介があった。
選手としては男女5人ずつ入ってくれて、そのうち男子は4人、女子は2人が初心者だった。
「初心者は、まず筋トレと、素振りで振り方を固めるのと、シャトル拾いができるようになってね。そのための動画を、まずは見てもらうから。大原と東条、初心者のレクチャーを頼めるか?」
芹沢くんの言葉に、私と慎吾は頷く。春休みに、芹沢くんと則子からそういうオファーが来ていて、慎吾も私も、二つ返事で請け負ったんだ。
「ちなみにこの二人は、東条が中学校から、大原は高校に入ってからバドミントンを始めたんだけど、短期間で強くなったから、どうすれば強くなれるか聞いてみてくれよな」
芹沢くんは更に言葉を足して、新入生に笑いかけた。
そして、選手10人とは別に、女子が3人。うち2人は見覚えのある顔だ。
「マネジャーとして入ってくれるんだね、よろしくお願いするね」
則子がマネージャー希望の子にそう挨拶をする。2人は佐々さんと前田さんだった。
「はい、よろしくお願いします!」
佐々さんと前田さん、そしてこの日に初めて見た女の子、朝日咲楽さん――サイドポニーが可愛い子だ――の3人は、元気な挨拶を返してくれた。3年で、マネージャーチーフの棟方奈緒が、彼女たちに説明をする。
「飲み物や塩タブレットのたぐいは男女共用で、コップだけが個人で持ってきてもらっているものなので、マネージャーも男女別々にする予定はないんだ。臨機応変に動いてもらえると良いかなって。最初は3人とも一緒に活動してもらって、慣れてきたらたとえば、日替わりで2人ずつ入ってもらってもいいと思うの。私たち2,3年も1人ずつマネージャーがいるから、教えてもらいながらできると思うし」
と言う奈緒の説明に、3人は頷く。
「先輩、何かできるようになると良いことってありますか?」
前田さんがそう奈緒に聞く。奈緒は、
「そうねぇ…選手の体調が見られるようになると良いと思うし、あとは怪我した時の応急処置とかできると良いかも。保健室に連れて行く前にいち早く患部を冷やすことができると選手としては有り難いんじゃないかな。そのためのスプレー式の冷却剤や消炎鎮痛剤も購入しているからね」
と言うと、3人は神妙な面持ちで頷いてくれた。
そして、1日目は試合後と言うこともあって軽めの調整で早めに終わる。私と慎吾は初心者にフォアやバックの振り方の動画を見せて、反復練習。
地味だけど、この地味な練習に衝いてきてもらわないと、打点が低くて良いスマッシュやクリアが打てない。上からしっかり腕を回すことを重点的に教えた。
そして、女子の素振りの様子を見ていると、一人、打ち方が綺麗な子がいたから、「何かスポーツやってた?」とその子、氷室さんに聞くと、「私、ソフトボールやってました。臨魁学園は残念ながらソフトボール部はないので…」と言ってくれたので、「そうなんだね。投げる動作は結構似通った部分もあるから、綺麗な打ち方だなって思ったし、筋が良いと思うよ。頑張ってね」と励ますと、「ありがとうございます!」って笑ってくれたな。
慎吾も男子の初心者に上手に指導していて、シャトル拾いのやり方を教えていくと、1人はすぐにできるようになっていた。あとの3人はなかなか悪戦苦闘している。それは、そうなんだよね、あんなすぐにできるような子って本当にいないからね。
「え?もう拾えるようになったの?」
慎吾も目を丸くして驚いている。結構センスあるのかも。
「すごいね、南部くん」
私がそうすぐできるようになった新入生に言うと、南部くんは顔を赤らめて「はい」と言って照れる。
「じゃ、今日の部活はこれで終わります。新入部員のみんなも、明日から時間長くなるからよろしくね!」
という芹沢の挨拶に、新入部員も少し緊張した様子で礼をする。
「マネージャーも、明日から1週間ほどは3人で出てきてもらって、お仕事を覚えてもらう、それからローテーションをしていきましょうか」
奈緒も、3人のマネージャーに話をして、彼女たちもうんうん、と頷いていた。
「それじゃ、着替えて帰ろうか」
慎吾が私にそう言って、並んで部室に戻る。
そして着替えている間に佐々さんが私に話しかけてきた。
「大原先輩は、東条先輩と付き合っているんですよね?」
ポニーテールの可愛い後輩だけど、いきなりその可愛い顔をぐしゃっと醜く歪ませていた。
私はその勢いと顔に押されてしまって「ええ、そうだけど…」と答えるので精一杯だったけど、佐々さんの後ろで着替えていた前田さんが、
「風香!なに聞いてるの?」
と少し声を荒げた。すると、佐々さんは「あ、やば」と小声で言って、
「ごめ~ん、英」
と前田さんに謝り、そのあとで、
「大原先輩、すみません。いきなり無礼でしたね。でも…」
と私に謝りつつ、何か言いたげだったけど、
「いいえ、何でもありません。それでは、失礼します」
と、先に佐々さんは着替え終わって前田さんと一緒に部室を出て行く。
「…どうしたんだろう?」
私は、二人が出て行った部室の扉を眺めながらポツリとこぼす。すると奈緒が「たぶんね、風香ちゃんは東条くんのこと好きなんじゃないかと思うんだよね。だから、もしかしたら宣戦布告しようとしたのかもね」なんて言う。でも、それだと前田さんの言動があまりにも不自然だ。
「じゃあ、前田さんのあの厳しい声はなんだろう?」
同じことを思ったのか、則子が奈緒に聞いていた。
「…ゴメン、さすがにそれは私にも分からない」
奈緒はそう答える。それは、そうだよね…。
「こっちこそゴメンね、奈緒。…でも、もしも、佐々さんが慎吾を狙ってるとしたら…」
私は、外から慎吾の声がするのを聞こえた。
「あ、そうなんだね。二人は良い友だちなんだね」
「…早く慎吾と合流した方が良い!」と私は小さいながらも叫ぶような感じで声を出し、則子と奈緒もそれに頷いていたから、本当に急いで着替えて、「じゃ、お先!」と部室の扉を開けて外に出た。
すると、もう後輩二人の姿はなく、慎吾が一人待ってくれていた。
「慎吾、お待たせ」
私はそう言うと、慎吾は少し驚いた顔をする。
「更紗、どうしたの?なんか慌てて。…スラックスからブラウスがはみ出してるよ…珍しいこともあるんだね」
慎吾にそう言われて、私は思わず「ふぇ…」と情けない声を出してしまい、慌ててブラウスをスラックスの中に入れた。
「…佐々さんと前田さんと、今の今まで話してた?」
そして、今のことが何もなかったかのように慎吾に聞く。すると慎吾は頷いて、
「そうだね。話していたよ。中学校から仲が良いんだって」
と暢気なことを言う。
「慎吾、佐々さん、慎吾に何か言ってなかった?」
思わず聞いてしまうと、慎吾は不思議そうな顔をして、
「ん?特になかったけどね。あ、でも今度3人で一緒に帰りませんか、と誘われたなぁ」
と言う。やっぱり、誘っているんだなぁ…。
「…慎吾、ちょっと悪い気はしてないと思うから機嫌悪くしないで聞いてね」
私は慎吾にそう告げると慎吾はそれこそ不思議そうな顔をして、「なにを?」と聞く。
「あの子…佐々さんの言動には気をつけて欲しいの。初めて会ったあのときから、どうも慎吾のこと好きなんじゃないかって」
「え?」
慎吾は変な声を上げて固まる。
「そうなの?全然気づかなかったよ」
慎吾は少しばかり呆然としてからそう言う。そんな言葉に私は力が抜けてしまって、
「慎吾ぉ…」
私は慎吾の胸元に顔を埋める。ちょっと、自分でも驚くくらいナーバスになっているのが分かる。だって、好きな人に好意を寄せる後輩ができたということが私も想定外で、混乱してしまっているんだ。
でも、ただ一つだけ言えることは…
「慎吾のこと、信じてるからね!」
と、慎吾があの子の方へ行ってしまわず、私を見てくれることを信じることだけだった。
私の不安を察知してくれたのか、慎吾はそのまま私の背中に両腕を回して抱いてくれると、
「当たり前じゃないか。更紗以外の子を好きになることなんてあり得ない。付き合って半年、今でも更紗の新しい魅力に気づいて惚れ直しているのにさ」
「ふぇ?」
なんだか、すごく恥ずかしいことを言われた気がして、思わず変な声がまた出てしまう。
「そういう風に、動揺すると変な声が出るところ、めちゃくちゃ可愛い。弱いところを久しぶりに見せてくれた姿に、やっぱり僕は更紗を守りたいと強く思ったし、大丈夫だよ!」
慎吾がそう言ってくれるものだから、嬉しくなって顔がほころんでくる。
「もう、ばかぁ…でも、ありがと、慎吾」
私も、慎吾の背中に両腕を回して、ぎゅ~っと抱きしめる。慎吾も、私に回していた腕の力を入れて、熱烈な抱擁になる。
「お~い、そこ、こんなところでやっている場合じゃないぞ~」
と、出てきた則子に突っ込まれて私たちは慌てて身体を離す。
「まったく、誰も見ていないと思っても、どこで見られているか分からないんだからね」
則子に言われて、
「はい、ごもっともです…」「調子に乗りすぎてしまったな、五十嵐さん、ありがとう」
と、私たち二人は則子に頭を垂れて謝罪する。
「うん、大丈夫、私しか見ていないからね。それにしても、更紗がそんなに甘えるってことは、意外とメンタルに来てる?」
則子はそう言って私の背中をさする。その手の動きがとても優しくて、思わず私は「うん」と肯定してしまっていた。
「大丈夫だって!東条くんを信じなさい。っていうか、信じてるのは分かってるから、あとは東条くん次第。東条くん、大丈夫でしょ?」
則子は慎吾に視線を送ると、慎吾はさも当然といった様子で、
「そりゃ、当たり前だろ五十嵐さん。更紗のことが大好きなんだから、他の子に行くことなんかあり得ない。正直言うと、あの子は裏がありそうで、あまり一緒に行動したくないんだよね…」
と言う。私はもう一回抱きつきたかったけど、則子の手前、慎吾の手を握って「ありがとう」と言うだけにとどめた。ん?裏がありそうって…
「それって、どういうこと?」
私が聞くと、慎吾は「遅くなってきたから、続きは学校出て歩きがてら話そうか?」と言うから、時計を確認して、私も頷いた。
「それじゃ、私は尋路待ってるから。じゃ~ね~」
私たちに手を振る則子に私たちも手を振って、学校をあとにする。
学校の正門から続く桜並木は、とっくにすべての花は散ってしまって葉桜が茂ってきた。今日は早めに部活が終わったから、まだ少し明るくてその葉桜が綺麗に見えて、そんな歩道を今日も並んで歩く。
「…で、さっきの言葉、裏がありそうって、どういうこと?」
私が聞くと、慎吾はうん、と頷いて、
「あの子とさっき部室前で話していた時、僕の顔を見るのは良いんだけどね、なんか、顔つきがちょっとあざといというか…上手く言えないけど、値踏みするような感じの視線というか、そんなことを感じてさ。アレ?これ僕は試されてるのかな?って思ったんだ」
慎吾はそう言って、「う~ん」と首をかしげる。
その悩みで少しばかり無言で歩いている間に、いつも夢衣ちゃんと矢野くんが合流する交差点にたどり着き、葉桜を見る時間は終わる。信号は赤になったばかりで、スクランブル交差点だから東西、南北と車道の信号が変わるまで歩行者用の信号は変わらないから結構待たされる。
「そうなんだね。とにかく慎吾は、あの子に対して何か思うところがあるんだよね」
私はそう慎吾に確認すると、慎吾は頷いた。
「うん、こういう人の視線に対してね、悪意を持っているのかどうか何となく感じることがあるんだ」
そう言う慎吾に対して私は、
「そう言うのって、慎吾の特殊能力じゃない?」
と思わず言ってしまうと慎吾は、
「そうなのかな?でも、そう言うのが分かるようになったのは、小学校の低学年かなぁ。ちょっとしたことで1ヶ月ほどいじめられたことがあって、その時に『悪意に満ちた目』というものを感じるようになったから、かもね。人の悪意にはちょっと敏感になってるんだ」
と言う。慎吾の知らない一面を見た。
「そうなんだね。慎吾がいじめられていたなんてそんなことあるの?今の慎吾の姿を見て、そんないじめられるようなことなんてないと思うんだけど…」
「ああ、あのときの僕は、全能感っていうのかな、自分より優秀な人はそういないと高をくくって、結構上から目線で言っちゃうことがあってさ、それで反感を買っていじめに発展したって感じかな」
「でも、1ヶ月もいじめが続くのって、先生はどうしたの?」
慎吾は少し悲しい顔をする。
「結構すぐ対応してくれたけど、それ以上に僕の性格の問題も大きかったんだと思うよ、今思えば。担任の先生からいじめはいじめる方が悪いのは当たり前だ。しかし、今回のきっかけは、東条が上から目線の物言いで友だちを傷つけた所から始まっているから、そのところはきちんと自分で振り返って考えなくてはならないよ、と諭されて『ああ、僕は悪いことをしたんだ』ってそこで初めて自分の性格上の難を認識したと思う。おかげで、性格を矯正して、今に至るって訳」
…意外すぎた。そんなことがあったなんて。慎吾の意外な過去の一面を見て、私は驚く。今の性格と全然違う過去の慎吾が、私は全然想像できなくて。
「そんなひどかったの?」
思わず慎吾の顔を覗き込むと、
「そうなんだよね。正直、今となっては思い出したくない、黒歴史さ。でも、あのことがあったから、今こうしてみんなと楽しくできているし、更紗とこうして一緒にいられるんだと思うと、意味があったことなんだろうなって」
と慎吾が言う。昔のことを思い出して背中も丸まり、小さくなっているものだから、
「そうなんだね。今の慎吾は、私にとって一緒にいて欲しい存在だよ。過去は確かに黒歴史だったんだと思うけど、そこを乗り越えて、性格を直して今があるのなら、小学生なのにすごかったんだね。やっぱり、慎吾は強いんだって改めて思ったよ」
と、小さくなっている慎吾の頭に手を伸ばして、「良い子、良い子」と撫でる。
慎吾は、照れた表情を浮かべて、信号が変わるまで私に頭を撫でらるがままになっていた。
信号が変わると慎吾は、「更紗、ありがとう」と言って、背筋をぴんと伸ばす。
「そうそう、慎吾はやっぱりそうやっていてくれる方が格好いいよ」
私はそう言って、今度は慎吾の背中をポンポンと軽く叩く。慎吾は私の顔を見て「うん、そうやって更紗が元気をくれるから、僕はしゃんと背筋を伸ばすことができているよ。ありがとう」と言う。
正直、話の本筋から離れてしまったけれど、慎吾の過去を知ることができて、私は良かったし、だからこそ、人の気持ちに敏感になっていると言うことを知って、私もそういう所を見習っていきたいなって思うようになった。
翌日から暫くは、佐々さんから露骨なアピールは特になかった。ちょっとした休憩時に様子を見ていると、真面目にはやっている印象はある。ただ、佐々さんは男子の方に行きたい気持ちが強くて、それを前田さんがたしなめているような感じに見えた。
そして、なぜかは何となく分かるような気がするんだけど、私の心の奥底では、認めたくなかった。佐々さんが、慎吾を狙っていると言うこと。入学式にあったあの日からおそらく、彼女は慎吾に惚れたんだろうと言うこと。
それは、私の心の中で警報を鳴らしていた。
慎吾自身が私だけを見てくれるということは疑いようのない事実だけど、そんな私たちの間に入ってこようとする存在が現れたことに、私は動揺していたんだ。
だから、佐々さんの一挙手一投足が気になってしまう。
「大丈夫よ、私もしっかり見て基本的に止めておくから」
と奈緒に言ってもらうことで、安心できた。
はじめの一週間は、新入生マネージャーは3人一緒に仕事をしていたからそんなに積極的に佐々さんから動くというわけではなかったけど念のため、部活終わりで最後の挨拶のあとに、慎吾に近づき、小声で『着替え後、速やかに教室で待ってて欲しい』と告げた。
慎吾は一瞬だけ怪訝そうな顔をしたけれど、ちょっと考えたら「あぁ」と納得した表情になって「分かった。速攻で行って待ってる。あとでライナー送って」と言ってくれた。だから、
「あれ?東条先輩は?」
先に着替えを終えて出ていった佐々さんの、部室の前にいるはずの慎吾の姿が見えなくて訝しんでいる声が聞こえた。
少し間を開けて、私は着替えを終わらせて制汗剤で慎吾が好きだと言ってくれた香り付けをして、部室を出る。するとそこにはまだ二人がいた。
「あら?佐々さんと前田さん、どうしたの?」
私は二人に問いかける。
「あ…大原先輩。東条先輩はどこにいるか知ってますか?」
佐々さんが私に逆に聞いてきた。
「風香、だからもう帰ろうよ。いないものは仕方ないじゃない」
前田さんが佐々さんをたしなめるように言う。
「だって、昨日まではここで待っていたのに、今日はいないんだよ?おかしいと思うんだけど」
「トイレに行っているからかもしれないよ。たまたまいないだけだって」
私はそう言って、佐々さんをたしなめて、「さぁ、もう帰ろうよ」と二人を促す。
「…まぁ、いいですけど。それじゃ、今日の所は失礼します。大原先輩、さようなら」「さようなら、大原先輩」
不承不承という感じで、佐々さんは前田さんと並んで玄関の方へ向かっていった。
「はぁ~」
正直、ちょっと緊張したけれど、取りあえずは慎吾と佐々さんが鉢合わせになることは避けられた。さぁ、慎吾に連絡しよう。
私はスマホを取りだして、ライナーで『まだ教室にいるよね?今から行くから待っててね』と告げる。程なく、『了解!』と敬礼しているキャラクターのスタンプを慎吾は送ってきてくれた。
私はちょっと小走り気味に教職コース3年の教室へ向かうと、理系コースの教室の電気が点いている。教室の外からでも慎吾の姿が確認できたから、勢いよく教室に入ると紗友梨さんがいたのには驚いた。
けど紗友梨さんは私の姿を確認すると、「忘れ物があって、取りに来たら東条くんがいるから、事情を聞いてたの。一難去ってまた一難。ぶっちゃけあり得ないよね」と同情されちゃったし、「困ったことがあったら、いくらでも言ってね。前々から言っているように、私は二人の応援団なんだから」と言ってくれて、こんなに心強いことはないと、本当に心の底から「ありがとう、よろしくね」と言って、3人で玄関を出た。
そして、いつもの交差点にかかると、「それじゃ、私はこの近くの本屋でお母さんを待つから、また明日ね」と紗友梨さんは私たちと別れる。紗友梨さんは、やっぱりお母さんが養護教諭だから、帰りは一緒なんだって。ただ、遅くなる時はライナーで連絡があるらしい。今日は連絡はないから、普通に一緒に帰るということだから、本屋に寄ったんだろうなと思う。
「うん、紗友梨さん、話聞いてくれてありがとう。またね」「大木さん、ありがとう。また明日」
と言って、私たちは紗友梨さんと別れた。
そして、私と慎吾はいつものように並んで帰路につく。そして、ついさっきのことを話す。
「やっぱりね、慎吾が部室前で待っていると思ってたよ。早めに教室に行ってもらっていて正解だったわ」
そう私が伝えると、慎吾は頷いて、
「そうか、そうなると、明日以降も暫く教室に行っている方が良いよね」
と言う。私は頷き返して、
「そうだね。ゴメンね慎吾。迷惑かけちゃって」
と言うと、慎吾は驚いた顔をする。
「いやいや、迷惑をかけるってそれを言うなら僕の方だと思うよ。勝手に僕を気にかけて凸って来るんだよ?それは僕が原因でしょ?」
「それはそうかもしれないけど、私の着替えがちょっと遅いのも、あの子にチャンスをみすみすあげてしまっているかなって」
「いやいや、それは仕方ないでしょ。僕と違って、更紗はきちっと体操服畳んだりしてるだろうし。ゆっくりで良いんだよ」
確かに、ジャージとTシャツとは言え畳んだり、制汗剤で汗のにおいを消したりすると少し時間がかかってしまう。だから、あの子たちに先を越されてしまうのだけど、慎吾の優しさが胸にしみる。
「明日からは、なるべく早く出る。制汗剤だって、別にあそこでしなくちゃいけないわけじゃないから、教室へ行ってすれば良いんだし」
私がそう言うと、慎吾は目を閉じて首を横に振る。
「それ、ある意味危険だよ。だって、制汗剤をスプレーするのって、ブラウスのボタンを何段か外して、胸元に手を入れるでしょ?色々見えちゃう…」
私が慎吾の横で制汗剤をスプレーするのを想像する。慎吾は私より10センチ近く身長が高いから、本当に側にいると、上から…?あ…?確かに見えてしまう。
「…そ、それも、そうね。部室でしてから向かうね」
私はそういうのがやっと。きっと、顔は真っ赤に染まっていただろう。慎吾の顔を見ると、彼の頬も真っ赤だった。
「そ、それはそれとして、もうすぐゴールデンウィークだけどどこかデートに行かない?」
慎吾は話題を変える。たしかに、行きたいよね。
「でも、5月の4連休の最初2日は模試があるのよね?」
慎吾は私の言葉に渋い顔をする。
「ホント、受験生だからって、ゴールデンウィークを楽しませない作戦を発動しないで欲しいよなぁ。…尤も、2年の時も1日とはいえ模試があったから、仕方ないと思うけど」
「でも、最終日じゃないだけいいじゃない。模試が終わったらちょっとだけ遊んで良いよって言うメッセージと受け取っておくわ」
「…それもそうか。そのポジティブな思考は良いね!」
私たちは笑いあって、その2日の計画を歩きながら練る。
1日目は午前中は丁度特別展が始まった恐竜博物館まで少し遠出をして、午後はゲームセンターで音ゲーとプライズ。2日目はこの週末の部活後に買いに行くジグソーパズル。今回は私のリクエストで、もふもふとした猫ちゃんの写真で1000ピースのものがあれば、それにすることとした。なさそうなら、サバンナで買えば良いよね~と慎吾に同意を求めると、慎吾も「そうだね、買ってくれたら、枠も合わせた総額の半分出すから」と同意してくれたから、どちらにせよもふもふを見て癒やされようと思った。
木曜日までは特に何事もなく、平穏に過ぎていく。少なくとも僕と更紗の間では、だけど。
どうも、少しずつ佐々さんのイライラが募ってきているらしい。どうしてからお察しの通り、僕が部活終わりにすぐいなくなるからだ。更紗はもとより、先輩女子に聞いても「知らない」と言われ、男子の芹沢や尋路に聞いたりしても、「最近、あいつトイレ近いらしくて、速攻で着替えてトイレに籠もってるってよ」とちょっと文句を言いたくなるような言い訳をしてくれているけど、まぁ、僕と更紗を守ろうとした嘘を言ってくれているから、そこは感謝しないとね。
そんな先輩たちの様子に、やはり佐々さんは思うところがあるみたいで、「みんなしてなんで隠すんだろう?」と前田さんに話している声が聞こえたそうだ。前田さんは、「でも、いないものは仕方がないじゃない。早く帰ろうよ」と言ってくれているようだったが、僕たちに会うのは難しくなくて、金曜日に玄関で二人に待ち伏せされてしまった。
「やっと会えたぁ。これまで、どうしていたんですか、東条先輩?」
そう言う佐々さんの顔は満面の笑みだけど、少し――ほんの少しの悪意を感じる。
彼女の横にいる前田さんは、少し疲れた顔をしている。部活で疲れただけではなさそうだった。
「どうしたの?僕に、何か用?」
僕は努めて冷静に、佐々さんに聞くと、
「先輩、一緒に帰りましょう。勿論、大原先輩も一緒に」
と言う返事が返ってくる。
僕は、少し考えながら、更紗と目配せをする。更紗は諦めた目をしながら頷く。正直、断る理由が見つからない。だから、
「ああ、いいよ。二人は校門を出てどっちの方へ帰るの?」
と聞くと、前田さんが
「城西商店街の手前の方です」
と言うから、「あ、方向同じなんだ」と僕は言って、「靴を履き替えるから、ちょっと待ってて」と告げてから靴を履き替える。
「しょうがないよね。でも、同じ方向で家近そうだよね…」
更紗がそう言う。これも、ちょっとばかり気になることではある。
「そうだね。あまり家のことは話さないで帰ろう。家まで来られると厄介だ」
僕も更紗に同意しながらそう言って、待っている二人の元へと歩みを進める。
「お待たせ、行こうか」
そう言うと、僕の右隣に更紗、左隣に佐々さん、後ろに前田さんという構図ができあがる。
ある意味、ハーレムなんだろうけど、なんと言うべきか…この体勢になった瞬間から、僕の周りを纏う空気がびしっと緊張したんだ。
更紗は、佐々さんが何を喋ろうとするのかで緊張するし、佐々さんはどう話を切り出そうか悩んでいるみたいだったし、後ろの前田さんからはプレッシャーを感じる。
その空気感は他の生徒たちも感じたのだろうし、僕と更紗が一緒に帰るのに、まさか他の女子も一緒になるとは思わなかったのか、驚きの目で見られていた。翌日、軽く噂になっていたようだけど、そこは幸弘から「なんてハーレム展開なんだよ、慎吾が羨ましい…って、だから夢衣!背中つねるの止めてって~!!」と言われて思わず笑ってしまったのは後日談。
緊張して言葉が出ないものだから、その緊張をあえて僕は破る。左後方に顔を向けて、
「部活は慣れた?」
と聞いてみる。するとはじめに口を開いたのは前田さんで、
「はい、おかげさまで慣れました。先輩マネージャーの棟方先輩がとっても優しく指導してくださったので…」
と言って微笑む。周りの緊張が少しほぐれた気がした。こんな丁寧な物言いをする前田さんは、どこかのお嬢様なのかなと思っていると、更紗が口を開く。
「前田さんは、すごく言葉遣いが丁寧だよね。おうちは厳しいの?」
その言葉に、前田さんは少し困った子をして頷いて、
「実はそうなんです。祖母や母は華道の先生だし、父はとある企業の重役で、厳しく育てられてます」
「そうなんだね…。僕の幼馴染みにも社長令嬢がいるけど、彼女も言葉遣いには厳しくしつけられていたなぁ…」
僕が前田さんの言葉を受けて話をすると、佐々さんがいじけるような感じで僕に話しかける。
「私は確かに社長令嬢でも何でもない、サラリーマンの家庭だから言葉遣いはなってませんよ~」
「ゴメンね、佐々さん。そんなつもりはないよ。言葉遣い云々は別として、マネージャー頑張ってくれているから、入部してくれたことに本当に感謝してる」
そう伝えると、その言葉に彼女は満足したみたいで、
「そうですよ、先輩。こんな可愛い後輩がマネージャーとして入ってきたんだから、パワー出ますよね!?」
と言ってくる。さすがにその言葉に僕は返す言葉がすぐに出なくて、
「あ、ははは…」
と苦笑い。さすがにその言葉には更紗は無視を決め込むことはできなかったみたいで、
「佐々さん、確かにあなたは可愛いと思うよ。でも、可愛いだけじゃダメだからね。マネージャーのお仕事も頑張ってね」
と、釘を刺すように言うと、佐々さんは更紗の方を見て、手を口に当てる。
「大原先輩、まるでお姑さんみたい。嫌みに聞こえちゃいますっ!」
そんなことを言われて、更紗は「え?」とポカンとしてしまう。
「ちょっと風香!それは言いすぎじゃない?」
前田さんがたしなめるように佐々さんに言うと、
「そうかな~。受け止め方はその人次第じゃないかなって思うんだよ、英~」
と、佐々さんはそう言って、更紗から身を隠すように僕の背中に回り込んだ。
「ちょ、佐々さん…?」
思いもよらない行動に、僕は戸惑う。
「ちょっと、佐々さん、慎吾の影に隠れないでよ」
更紗の声が、いつもより低く響く。…あれ?怒ってる?こんな低い声の更紗は初めて見た。
「…大原先輩、怒ってます?」
「ええ、慎吾は私の彼氏なんだから、離れてよ」
二人の間に緊張が走る。僕はその間に入って二人のプレッシャーを前後から受ける。
佐々さんは更紗の言葉を受けて、
「嫉妬ですよね~あ~怖い、怖い」
まるで挑発するかのように言ってから、
「今日の所は、引き下がっておきますね」
と僕から離れる。
「風香、挑発するのももうここまでにして。仲良く帰ろうよ」
前田さんは佐々さんを止めるかのように言って、僕たちに相対する。
「すみません。風香が失礼なことを…」
そう言われて、僕は許すしかないと思うけど、更紗はかなり微妙な顔をしている。
「まぁ、いいけど…」
僕はそう言うけど更紗は、「佐々さんは、ちょっと悪ふざけが過ぎるわ」と厳しい顔を崩さずに言う。その更紗の厳しい顔に、僕も正直な話ちょっとビビってしまった。
それは、佐々さん前田さんも同じだったようで、かなり気まずい顔をする。
「分かりました。すみません。調子に乗りすぎました」
佐々さんはそう言って、ペコリと頭を下げた。
「…今日の所は大目に見ようと思うけど、あまり私たちを困らせないで」
吐き捨てるように更紗は言う。それでこの場はなんとか終わったけど、これはもう一波乱二波乱ありそうで、何となく、胃が痛くなりそうだった。
そのあとは、気まずいながらも二人の出身中学の話になった。家が比較的近いけど、校区がギリギリの所だからどうなんだろうと思ったが、校区として中学校は同じなので、自動的に更紗も同じだった。
つまり、綸子ちゃんとの面識があるかもしれないのだ。でも、更紗は「あ、そうなんだね」と言うだけに止めて、妹のことには言及しないでいた。
二人とは商店街の手前5分くらいの交差点で別れる。
「また、一緒に帰りましょうね、先輩」
佐々さんは僕の方を見て言う。その表情は、ずるがしこい感じで何とかして出し抜こうとするものに見えてしまう。あぁ、やっぱりそう言うことなのだろう。僕の心の中で、警鐘が鳴る。この娘は危険だって。
僕に対する好意は、更紗に対する悪意となってその視線が僕に突き刺さっていた。だから、今後はなるべく一緒に帰りたくないと思ったし、そのことは更紗も同じ思いだろう。更紗は前田さんへは普段通りの柔らかな表情で「前田さん、さようなら」と言ったけど、佐々さんへは厳しい表情をしたまま「佐々さん、じゃあね」と冷たく告げる。
二人が交差点から脇道へと姿を消すと、更紗は大きなため息をついた。
「はぁ~~~~~っ、なんなの、あの子。マジであり得ない!」
更紗は珍しく声を荒げて天を仰ぐ。
「確かに、悪意が混じった表情をするよね…今後はできる限り一緒にならないようにしないとね」
僕が言うと、更紗は頷いて、
「そうなんだよね。でも、どうしよう。これからも玄関で待ち伏せされたら毎日でも顔を合わせそうだしぬこうよ。そして、毎日一緒に帰る羽目になるかも。それは、絶対にイヤだわ。いくら前田さんが一緒でもね」
と言う。そりゃそうだ。僕も納得する。
「今日のこれで味を占めて、これから毎日待ってそうな気もするからね。…たとえば、部活に行く前に靴を部室に持って行って、内履きはもう玄関に置いてしまう。そして、表じゃなくて、裏門からササッと帰るのもありかなって思う。どうだろう?」
僕がそう提案すると、更紗は分かったと言ってくれた。
「それにしても、校区が一緒だったとはね。知らなかったとはいえ、ちょっと家が近いよね。あと、気になるのが、綸子ちゃんだ」
話題を変えて、二人の出身中学のこと。
「そうね。綸子にあの二人のことを聞いてみようかな。どう思う?」
更紗もそう言うので、僕も「お願いするよ」と言って、二人についての噂話を綸子ちゃんが聞いていないか尋ねることにした。
本当に、あの子はどうかしてると思った。慎吾のことが好きなんだろうけどその上、私に対して悪意を持って接してくるから、それはもう腹が立ってどうしようもない。悪意を持っていないのであれば、慎吾と喋っていてもそんなに嫉妬することはないだろう。…もちろん多少の嫉妬はするけど、あんなに怒るまではならなかったと思う。
「もう、本当にありえないわ」
嫌悪感をはき出すように、私は再び口に出してしまっていた。
こんな姿、慎吾に見られたくないのに、本当に心の声がしっかり漏れてしまっていた。
「…あぁ、本音出ちゃった。イヤだよね、慎吾、こんなの」
慎吾に嫌われたくないけど、口に出してしまったものは仕方がないから、慎吾に謝罪する。でも慎吾は首を横に振って。
「…新学期始まってすぐの瀬戸の更紗への態度に対する思いは、今の更紗と同じだよ。めっちゃありえないし、腹も立った。だから、更紗がそうやって本音をさらけ出してくれるのは、僕は自然なことだと思うし、そんなことで幻滅なんてしないよ」
と、真剣な顔で言ってくれるから私は嬉しくなる。
「ありがとう、慎吾。やっぱり好きだなぁ」
私は並んで歩く慎吾の腕に、頭を当てて甘える。そんな私の頭を、そのまま当てた腕を回して撫でてくれる。
「えへへ…」
とても嬉しい瞬間。慎吾は「僕だって大好きだよ、更紗。あの子の言動は、いちいちまともに聞いちゃダメだと思う。気をつけていこう」と言い、そうやって歩いているうちに、私の家に到着する。
「じゃ、またあとで綸子に聞いたことをライナーで報告するね」
「うん、任せた。よろしく」
私たちはそうして別れ、私は家へと入った。
今週は慎吾の家にお世話になる週じゃないから、綸子は真っ直ぐ家に帰って夕食の準備をしているだろう。
「ただいま」
私がそう告げると、キッチンから「お帰り、お姉ちゃん」という綸子の元気な声が聞こえてきた。
「今日は、味噌ラーメンに、餃子のセットだよ。お父さんがこの前買ってきた無人販売の冷凍餃子をしてみようかなって思ったんだ。今から麺を茹でるから、お姉ちゃんは早く着替えてね。多分、着替え終わったタイミングで出せると思うから」
と笑顔で言う綸子。私は、「了解。ありがとう、綸子」と礼を言って、自室に向かう。
制服を脱ぎ捨ててスウェットに着替える。ブラウスと靴下は洗濯に、ブレザーとスラックスは丁寧にハンガーに掛けて、ひとまず自室から出て洗濯物をネットに入れて、洗濯機の外に置いておいた。
「お待たせ、綸子」
私はそう言うと、綸子は「やっぱり。今丁度できたよ~」と言って、丼に入れたラーメンをテーブルに置いてくれる。冷凍餃子は既に焼いてテーブルに置いてあった。
「それじゃ、いただきます」
私と綸子は隣り合って手を合わせる。ラーメンをすすると、あれ?と思う。丼に入っている具材が、昨日の夜や今日の朝に見た覚えがある。
「もしかして、昨日の味噌汁の残りがベース?」
綸子は「そうだよ~」と頷いて、自分も麺をすする。
「うん、上出来」
生麺を使っているから、麺のコシはしっかりある。綸子が上出来と言うだけあって、確かにお店の味にかなり近いくらい、美味しかった。
「お父さんの分は?」
残業で21時くらいになるというお父さんの分について私が聞くと綸子は、「もう茹でて、湯切りしてから丼によそってあるよ。あとはスープを温め直してからかければオッケー」と言うから、「なるほどね」と言って、12個あった餃子を4個残す。
あっという間にラーメンと餃子を平らげる。食器洗いをして一息つくと、時計は20時を少し回ったくらいだった。
綸子はリビングでそのまま学校の宿題をしている。そんな綸子に、聞いてみることにした。
「ねぇ綸子、ちょっと聞いていい?」
「うん、いいけど何?」
綸子は宿題に目を向けながら私の話の内容を聞く。
「3月に卒業した、佐々風香さん、知ってる?」
すると、綸子はちょっと暗い顔をした。そして、嫌悪感をにじませる。
「うん、知ってる。結構学校では有名だったよ、悪い意味で」
「それは、どんなことだったの?」
綸子は顔を上げて、私に告げる。
「うん、結構ね軽いというか、彼女のいる男の人を略奪する人だったらしいよ。たしかに、顔は可愛いと思ったけど、そんな人だと知ってからはなるべく視界に入らないようにしてたよ。学年が一個上だから、滅多に会わなかったけど」
「なるほどね、ありがとう」
私は綸子に礼を言って、「先にお風呂入るね」と入ろうとしたけど、
「あ、あとねもう一個話があって」
と話を続けるから、私は脱衣所へ向かう足を止める。
「どんな話?」
「覚えてるかな?2月に不良で有名なチャラ男に告白されたって言ったの」
少し前のことだったからおぼろげながら、そんなことを言っていた覚えがあった。
「そう言えば、そんなこともあったね」
と答えると、
「実はその人、佐々風香の幼馴染みで、一緒に帰っているところだったり、本当はデキているんじゃないかって噂もあるのよ」
と言うから、へぇ~と心の中で呟いて、
「そんな人もいるんだね。もしかして、似たもの同士とか?」
「そうかもしれないよ。あの時岡って先輩も、良い噂は殆どない、むしろ悪い噂しかないから」
時岡…一応、覚えておこう。
「追加情報ありがとう。お礼は、慎吾の家に行った時にするね」
「うん、ありがとう、お姉ちゃん」
「お礼を言うのはこっち。このこと、慎吾にも話しておくから」
「そうだね。その方が良いと思う」
そして今度こそ、私はお風呂に入った。
「ふぅ…」
今日の帰りを反芻する。綸子から言われたことを考えれば、あの悪意のある顔は納得できる。やっぱり、そう言う子だったんだなって思うと、尚更慎吾を盗られたくない、あの子に付き合わせてはいけないと思う。
身体を洗いながら、慎吾は今、何をしているのかと思う。同じようにお風呂に入っているのだろうか、それとも、家族の団らんで話をしているのだろうか。はたまた、矢野くんや中田くんたちとライナーで会話しているのだろうか、それとも、ゲームをしているのだろうか?
色んな考えが浮かんでは消えていくけど、最終的には「慎吾と恋人になれて毎日が楽しい」という思いが残る。
だから、慎吾に早く報告をしたいと思い、髪を少しばかり上げて湯船に髪ができるだけ落ちないようにして、暫く湯船に身体を沈めて身体を温めてから風呂を上がり、身体を拭いて、ドライヤーをかけて、パジャマに着替えて…ドライヤーをかけている時に綸子からは「だから、服を着てからドライヤーかけたら?」って言われたけど、これがルーティンになっているからなぁ…なかなか難しい話だ。
そして、部屋に戻ってスマホを見れば、慎吾からライナーの通知が届いていた。
「慎吾からだ」
今、一番相手をして欲しい人からのライナーでホッとするんだけど、その内容を見ていくうちに、私の顔はどんどん紅潮していくのが分かった。
『更紗、ちょっとこれはひどいよね…あの子、ブロックするわ』
と最初にメッセージがあってから、スクショだろう画像が数枚送られてきた。
どうして慎吾にあの子から個別にメッセージが送られてきたのか、と一瞬不思議に思ったのだけど、部活動のグループライナーのメンバーから個別に送ることは可能だ。だからなんだな~と思いながらスクショを見ると、そこは信じられない言葉の羅列があった。
『東条先輩、私と付き合ってくれませんか?』
からスタートして、
『先輩の望むことなら何でもしますよ。勿論エッチなことだって』
なんて言葉があって、その次は画像が送られてきて、
『こんな下着も着けてきますよ』
って画像を送りつけてきたみたい。その画像では、露出度の高い派手な黒いブラジャーを見せつけるように、ブラウスのボタンをはだけさせていた。
「…なにこれ…」
私は眉をひそめる。
『もっといやらしいことできますよ』
とメッセージが来ていたけど、それに慎吾が、
『いや、必要ないよ。色仕掛けで何とかしようとしても、それは無駄だよ 。僕は更紗しか見ていないからさ。君がいくら僕をなんとかしたいと思ってもそれは無理だと思って』
と告げていた。そのことは私としては嬉しかったけど、
『どうしてですか?私は先輩のことを本気で好きになったのに。好きになったからこそ、たくさん奉仕したいと思っているんですよ』
とかメッセージの内容を見ていると、気が気じゃない。でも慎吾は、
『いくら好意を寄せてもらっても、僕の気持ちは君には全くないから。これだけはハッキリ言っておくね。僕にとって、更紗が一番大切で、最高のパートナーなんだ。彼女以外と付き合うことは、全く考えていない』
と、力強く言ってくれた。そんなやりとりがあって、
『…それなら、こちらにも考えがありますから。そこまで言われたの私初めてです。私に恥をかかせたことを、後悔してくださいね』
と言う不穏な言葉でメッセージのやりとりは終わっていた。
「何…これ?」
私が呟きながらそう送信すると、
『だろ?佐々さん、怖い。だから、ブロックしようと思う』
って返ってきたから、私も「その方が良いと思う」と賛成した。
そのちょっと後に慎吾からスクショが送られてきて、
『ブロックしたよ』
とメッセージが入った。
これで、当面は安心…でもないかもしれないけど、あの子からメッセージがこないと言うだけでも、慎吾にとって精神ダメージは減るだろうと思う。
「暫くはこれで安心だね」
私がそうメッセージを送ると、慎吾からは、『やれやれ』というスタンプとともに、
『でも、部活では顔を合わせるから、そこで心配なところはあるね。でも、面と向かって言えば多少は答えてくれるかもね』
私は「そうだね。そうあって欲しいと思うよ」と伝えてから、「綸子から聞いたんだけど、あの子、とんでもないことを中学校からしているって」と綸子から教えてもらったことをすべて伝える。
『うわ、そうなのか…。と言うことは、僕のこともそういう考えの基で、なのかな?』
と返って来るから、「そうかも」と返してから、スクショを見返して、「でも、そうとも限らないかもしれないけど…」と本気で好きになったという所を示して伝えると、『ああ、それがあったね』と慎吾は言う。でも、
『だからといって、僕はあの子と付き合うつもりは一切ないから。僕は絶対更紗としか考えてないから』と嬉しいことを言ってくれる。だから私は、
「ありがとう。私も、慎吾のこと大好きだよ。さっきも伝えたけど」と返して、この日の報告会は終わり。…なんだけど、やっぱりあの子が残した最後の言葉が気になる。
「『後悔してくださいね』…どういうつもりなんだろうね?」
この台詞が本当に気になるし、心配だ。
『そうなんだよね。好意が悪意に変わったから、僕に何かしらの影響を与えるものかもしれないんだけどなぁ…とにかく用心しないとね』
「そうね…慎吾は特に気をつけて。私もちょっと気をつけてみるね。何かあったらすぐ連絡しよう」
『OK。分かった。それじゃ、また明日、いつものところで。お休み』
「うん、お休み」
ここで慎吾とのやりとりは終える。宿題して寝ようと思ったけど、心配でなかなか宿題が手につかない。う~ん、これはあまり良くないなぁ…と思いながら少しずつ宿題をなんとかやっているうちに、スマホがライナーの着信が鳴る。相手は…前田さんだ。
『先輩、明日部活休んだ方が良いです。東条先輩共々、休んでください』
どういうこと?でも、文面から見ても前田さんは切羽詰まっているように見える。
「前田さん、どういうこと?」
私は聞くと、前田さんからは、
『…風香、よりによって最悪なことをしようとしています。…そうならないように、私は風香のストッパーになろうとしていたのに、思っている以上に暴走するのが早かったです』
…前田さんの言いたいことが分からないわけではないけど、すべてが理解できないので、私は提案する。
「前田さん、通話しよう。ちょっと細かく話を聞きたいなって思うんだけどいいかな?」
するとすぐにビデオ通話の着信が鳴る。
「ゴメンね、ありがとう」
私が言うと、前田さんは私の姿を見て目を丸くする。
「?どうしたの?」
『やっぱり大原先輩ってスタイル良いですよね…どうしたらそんな体型を維持できるんですか?って、本題はそこじゃないですよね。すみません。今の話のことなんですけど…』
と、本気かどうか分からない言葉とともに、佐々さんのやろうとしていることを話してくれた。…ああ、ベッドにうつ伏せになっているから、谷間が見えていたのだろう。
『風香、時岡くんを唆しています。そして、先輩を襲わせるって』
…そういう卑怯なことをする子だったんだね。やっぱり。私は納得する。
「分かった、ありがとう。でも、前田さんは佐々さんと親友だったんじゃなかった?」
当たり前の疑問を口にすると、前田さんの顔は曇った。
『…あの子とは絶交します。私たちが卒業する間際に、私が誰にも教えずに付き合っていた幼稚園からの幼馴染みを寝取ったんです。その時は、『まさか付き合っているの知らなかった』とは言っていましたが、私が知らなかったあの子のSNSの裏アカで、『前々からウザいと思ってた古い友人から彼氏寝取ってやった』って投稿していたのを、別の友だちから聞きました。その時は、ああ、やっぱりって思ったんです。そこで絶交しても良かったけど、古い友人だし、まだ引き返せるうちに元の良い子に戻って欲しいと思って、高校に入ってからはまだ私の幼馴染みとも続いていたから、人の彼氏を盗らないように、目移りしないようにって注意していこうと思って風香と約束したんです。『今の彼氏と、幸せにやっていって』って。その時は、『分かった』って言ってくれました。でも、やっぱり悪癖って治らないんですね。私ももう限界です』
と、衝撃的な内容を口にするものだから、
「…ごめんなさい。話したくなかったよね?」
とつい謝ってしまった。でも、前田さんは、
『いえ、逆に話を聞いてくれて良かったです。あの子の本性を教えることができたので。とにかく、明日は部活を休んでくださいね』
と、改めて言われたから、私も「うん、分かった。慎吾に話しておくね」と言って、通話を切った。
「…」
しばし呆然としてしまう。思っていた以上の佐々さんの本性が私にはあまりにもあり得なさすぎて、これまで出会ってきた学校の友人――とは言っても、私自身はそんなに深い付き合いをしていたわけじゃないから、その本性は確かに分からないのだけど、それでもここまで腹黒い子はいなかったと思うんだ…。その事実をかみしめると、風呂上がりで火照った身体は冷え切っており、冷や汗も感じられるようになった。
「…慎吾に連絡、しなきゃ」
と思うけど、口の中もカラカラになってきたから、一旦麦茶を飲もうとキッチンに向かうと、お父さんが帰ってきており、綸子の作ったラーメンをすすっていた。
「あ、お帰り、お父さん」
「お、ただいま、更紗。どうした?ちょっと顔色が悪いようだけど」
動揺が、顔にも出てしまっていたようだ。でも、このことはお父さんや綸子に言うことではないと思うから、「ちょっと湯冷めしたかも。もう寝るね」と言って、麦茶を一気に飲み干してから、お父さんに「お休み」と言って、ベッドに戻る。
お父さんも「お休み」と言ってラーメンをすすっていた。
「さて、慎吾に連絡っと」
スマホのスリープを解除して、ライナーを開く。少しの間だったから、全く通知は入っていない。そこで、改めて慎吾にメッセージを送る。
「慎吾、ごめん。前田さんから連絡があったの。明日の部活は私たち二人とも休んだ方が良いって」
少し間があって、返信が来た。
『そうなんだ。でも、何故?』
「佐々さん、さっき話した時岡って人を使って、慎吾を襲うって」
私はそう伝えると、『え?そうなの?』と返事が来る。
「そうみたい。恥をかかせたお礼参りかも」
『…そんなに恨みを持つものかなぁ…?』
「持つんじゃないかな。あの子、そういう承認欲求強そうだし」
『それもそうか。じゃ、明日は休もう。更紗も一緒に休んでってことだから、お互いに部長にだけは話を通して、部活の直前にライナーのアンケートには投票しよう。それで、そのあとは図書館へ行って…いや、方向的に行くのは止めた方が良いよね。僕の家で勉強しようか?』
と提案してくれる。だから私もそれに賛成して、
「うん、そうしよう。ありがとう、慎吾」
『いやいや、礼には及ばないよ。こっちこそ、ありがとう』
と、それで今日の会話は終了。
明日は慎重に過ごさなくちゃね。そう思って、もう寝ることにした。
う~ん、不良を使って、僕を襲うってこと?後悔するというのはそういうことなのか?
佐々さんがそんなことをするのだろうか…?いや、するんだろうな。昨日の更紗の報告からして。そして、僕に対する好意が悪意に変化したことで、僕に対する憎悪というのも当然あってしかるべきだ。
彼女は僕にとってはただのマネージャーであり、それ以上でもそれ以下でもない。そんな彼女に好意を持てといわれても、いくら、エッチなことをしてくれるからと言われても、ハイそうですかと同意するわけない。僕はあくまでも、更紗の彼氏であり、将来は教員となる人間なのだから、信頼してくれている更紗という人に対する裏切り行為なんて、できるはずがないんだ。
彼女は倫理的に、根本から僕や更紗と違う人間なんだ、と言うことを、昨日のライナーで思い知らされた。
今日は部活を休んで、更紗と僕の家で勉強会だ。一応、再来週の模試の勉強というのが名目なんだけど、直にあって、昨日の話の続きをする予定もしている。
朝ご飯を食べて、音ゲーをちょっとしながら待っていると、部活が始まる時間の9時少し前にチャイムが鳴った。
確認するまでもないと思いつつ、インターホンの画面を確認するとやっぱり更紗だったから、僕はそこで「今開けるね」とインターホン越しに更紗に伝え、玄関に。
玄関を開けて、「おはよ、更紗」と挨拶をする。
最近、更紗はトレードマークとして白のヘアバンドをしている。そして、水族館デートの時と同じ、黄色のチュニックと白のキュロットスカートだ。白のスニーカーソックスに、この前通販で買ったばかりのスニーカーだった。
「やっぱり、今日も可愛い。水族館デートの時もそうだったけど、その服装好き」
僕が褒めると、更紗も笑顔で「そう言ってくれて嬉しいよ」といいながら、靴を脱ぐ。
「お邪魔します」
脱いだ靴のつま先を玄関の方に向けて置き直す仕草に、僕はやっぱり彼女のことを好きになって良かったと思う。こんな仕草がきちんとできる人の方が、よほど信頼できる。
「いらっしゃい、更紗ちゃん。今から慎ちゃんと勉強なんでしょ?良いね、アオハルって感じで」
パジャマ姿の伊緒姉が丁度朝ご飯を食べるために自室から降りてきたタイミングだった。何気にパジャマの上がずれてブラの肩紐が見えているところがみっともない。
「伊緒姉、そんな中途半端な姿で降りてこないでよ」
「別にいいじゃん。減るものじゃないから。ね、更紗ちゃん?」
僕と伊緒姉の言葉の応酬の流れ弾が更紗に直撃する。
「あ、あははは…伊緒奈姉さんのパジャマ姿もセクシーですよ」
更紗はちょっと困った笑いを浮かべながらそう言って流れ弾を回避する。
「ありがと、更紗ちゃん。つくづく、慎ちゃんには勿体ないわぁ。いっそのこと、私の彼女になってよ~」
「おいおい…」
今度は僕が苦笑いを浮かべる。
「ま、そんな冗談はさておき、今日はごゆっくり」
伊緒姉はそれだけ言うと、リビングに入っていった。
僕たちは、僕の部屋でまったりと勉強した。英語で僕が分からない時は更紗が「この構文はね…」と、更紗が数学で分からないと、「ここは、あまり見ない形だけど、こうするといつもの形にできるんだよ」と僕が教えあって、お互いに苦手を少しでも克服しようとしている。
おかげで、少しずつではあるけど模試の点数――というよりは偏差値なんだけど、は上がっている。いくらエスカレーターで大学まで行けるとは言っても、それにあぐらをかいていてはいけない。お互いに高め合える関係だからこそ、僕が更紗と一緒いたい理由の一つなんだ。
ほぼ丸1日、昼からは綸子ちゃんも来て、ワイワイ勉強できて、充実した1日だった。
「じゃあ、今日はこれで。ありがとう慎吾」
と更紗は言ってくれるけど、
「お礼を言うのはこっちだよ。楽しい時間だったよ。綸子ちゃんも、来週はうちに来る週だね。また来てね」
と言うと二人とも「うん、分かったよ。そう言えば慎吾、送ってくれるんでしょ?そろそろ行こうよ」と、僕の腕を両側からほぼ同時にとる。
「あらあら慎ちゃん、両手に花ね」
母さんは暢気なことを言うけど、それはそれで嬉しいことなのだと思う。
3人で仲良く更紗の家へ行き、僕は二人から「また来週ね」と元気をもらって帰る。
その夜、更紗から「英ちゃん――前田さんからライナー来た。休んでもらって正解、今日は佐々さん、時岡って言う人を連れてきて、校門前で待たせてたって。私たちが休みだと言うことが分かると、めっちゃ不機嫌になってたらしいけど、英ちゃんの助言受け入れて正解だったね」とライナーが入って、僕たちも一安心。
明日はお互い予定は入れなかったから、家で取りあえず大人しくしていようと言うことになった。下手に外に出て何かあるといけないよねと話して、また月曜日に会おうと言うことで通信は終わる。
そして、夜の少林寺拳法の練習時、色々考えると、
「あ、小型カメラ充電して、いつでも撮れるようにしておこう」
と思い至る。三津屋の行動を記録したあのカメラは、もしかしたら今回も助けてくれるかもしれない、と思ったから。
僕は練習が終わったあと一目散に自室へ行き、小型カメラの充電を始めた。スマホ連動で、カメラで撮られた映像は即スマホに記録もできるから、そのモードにしておいた。
…使わないのが一番良いんだけど、こればかりは仕方ないな。
そう思いながら床に就いた。
そして月曜日。僕たちはいつものように登校して、いつものように授業を受ける。クラスは別だけれども、隣のクラスだから、顔を見ようと思えば、休み時間にいくらでも会いに行けるから、大きな問題じゃない。
放課後、僕と更紗は部活に行こうとお互いに廊下に出たところで鉢合わせ。
「あら慎吾、ナイスタイミング」
「それはこっちの台詞だよ、更紗」
僕たちは両手でハイタッチする。
「全く、これでもかと見せつけるよなぁ、お前ら」
と、2年の時の学級委員長だった鈴木からツッコミを入れられた。
僕と更紗は「そうかな?」とハモって答えるけど、それが更にツッコミを助長したようで、「お前たちなぁ、マジで相性イイのな。羨ましいったらありゃしない。二人の間に入ろうとする奴なんて、そうそういないだろ?」
なんて言われる。
(いるんだよなぁ、これが…)
と、内心僕は思うけど、それは更紗も同じだったみたい。
「あれ?どうしたお前ら。秒で顔つき変わったけど?」
鈴木の言葉に慌てて我に返る。そして、「いや、何でもないよ」と言って鈴木に返すけど、やっぱり少し鈴木も納得がいってないようで、
「え?まさかいるのか?どこのどいつだよ」
と詰め寄ってくるように言ってくるから、
「新入生だよ」
と答えて、これまでの経緯をかいつまんで話す。つまりは今、彼女とつながりのある多幸の不良に目を付けられ、狙われているところまでだ。
「…時岡ね。あいつは自分が大物と思っているけど、喧嘩もさほど強くないし、ただ単にイキっているだけの小物だよ」
驚くことに、鈴木も知っていた。
「なんで知ってるの?」
更紗がそう鈴木に聞くと、
「ああ、言ってなかったけど、俺もそこの校区なんだ。お前たちとは反対側で、小学校が違っているから気づかなかっただけだと思うよ。佐々の噂も軽く聞いている。彼女がいる男を寝取る、やな女ってな」
と、結構彼女たちの悪評は知れ渡っているみたいで、同じ校区なのに僕は知らなかったんだけど、ほぼほぼ接点がないから仕方なかったのだろう。
「そうか、そうなんだな」
「でも、狙われているってことは、今日もそうかもしれないってことだろ?お前ら、今日の部活は何時に終わる?」
「18時半だけど、それがどうかしたか?」
鈴木の質問に、僕は応えて更に質問を続ける。
「いや、その時間に俺も一緒にいようかと思ってな。なんか、今の話だとなんだか焦臭くてな」
「いいのか?」「え?いいの?」
鈴木の提案に、僕も更紗も同時に声を上げる。
「だから、お前たちはどうしてそこまで息が合ってるんだよって。まぁ、それはさておき、味方は一人でも多い方が良いだろ?」
と言うものだから、僕は鈴木に感謝する。
「ありがとう、鈴木、恩に着るよ」
「ま、上手くいけばラーメンの岩堀で辛旨ラーメン奢ってくれればいいから」
と言うものだから、「そんなの、お茶の子さいさいだ」と了承する。
18時45分に玄関で会うことを約束し、そこで一旦分かれた。
そして、部活が終わった18時半。今日の部活に佐々さんの姿はなく、前田さんは来ていた。今日から1年生は2人でローテーションをするらしい。佐々さんが来ていないのは、気分的にもありがたい。
それはやっぱり更紗も同じようで、お互いにうなずき合っていたけど、そんな僕たちを見ていて暗い顔をしていたのは、当事者の一人である前田さんだった。
部活は特に何もなく終わったけど、挨拶が終わって部室へ。するとそこにいたのは、
「「佐々さん…」」
僕と更紗はその姿を確認して、ため息をつくかのようにその名前を口にした。
僕と更紗の姿を見た佐々さんは、人を見下すような醜い表情で笑う。
「あ、東条先輩。お話ししたいことがあるので、一緒に来てもらえませんか?二人で話をしたいんです」
そういう佐々さんに、当然僕は拒否をする。
「この前のライナーのやりとりで分かっているだろ?君と話すことはないんだけど…」
それでも、しつこく「5分…いえ、3分で良いんです」とすがってくるから、それには人の良い更紗が絆されたのか、「それくらいなら、仕方ないんじゃない?慎吾、話してあげなよ」と僕に勧めてくる。
更紗がそう言うから、僕は不承不承「分かった。でも、話す場所は僕が指定する。それについては納得して欲しい」と伝えると、佐々さんは「分かりました」と神妙な顔つきで言う。
二人きりになるのは絶対に僕が不利になると思ったから、少しでも人目の引くところが良いと、1階購買横の自販機の前を指定する。生徒玄関や職員室からも近く、人通りもそれなりにある。よほどのことがない限り、僕に何かされたと訴える状況を作るのは難しいだろう。
「着替えるから、先に待っていてくれるかな?」
と僕が言うと、佐々さんは「分かりました」と言って身を翻した。
その時、マネージャー業務を終えた前田さんがちょうど体育館から出てきて、佐々さんの姿を見る。そして、
「風香…」
と佐々さんに話しかけようとしたけど、佐々さんはその声を無視して先に行ってしまった。
「英ちゃん…」
更紗は前田さんに話しかける。
「はい、風香に絶交を告げたので、あんな反応をされるのは分かっていたんですけどね…逆に清々しました。先輩、お帰り、気をつけて下さい」
「でも今、慎吾と佐々さんの二人で話をしてから帰るんだけど」
と更紗が言うと、前田さんの眉が上がる。
「…本当にすぐ終わらせて帰った方が良いと思います。土曜の今日なので…」
「分かった。ありがとう。実は、友達も一人ついて一緒に帰ってくれるから、大丈夫だよ」
「それなら良いですけど…でも、あいつが来たら厄介なので私も大原先輩とご一緒しますね」
味方が増えていくのは、とってもありがたかった。でも、あいつって?もしかして…。彼女のことをよく知る前田さんだからこそ、行動が読めているのかもしれないけど、
「ありがとう。よろしく」
確かじゃないことは口に出さず、僕と更紗は前田さんに礼を言って、それぞれ着替えに行く。
僕は、ここが踏ん張り時だと気合いを入れる。着替えてからスマホでライナーを起動し、『これからスマホと小型カメラで録画するから、何かあっても不利にならないように言葉遣いも気をつけるよ』と更紗に伝える。
そして、僕は何も彼女にしていないことを証明するために、スマホと小型カメラをそれぞれ録画モードにする。その間に、更紗からは『分かった』という返事が来ていた。
小型カメラは鞄に忍ばせ(一脚に備え付けて、鞄の横ポケットから撮っている)、スマホはメインカメラを佐々さんを写すような向きにカッターシャツの胸ポケットに入れる。
よし、行こう。
更紗が出てくるのを待って、僕たちは購買横の自販機コーナーに向かった。
佐々さんは、勿論先に来ており、炭酸を飲んで待っていた。
「先輩、待っていましたよ。大原先輩と、前田はとっととあっちへ行って下さい。邪魔です」
僕の彼女と、同じマネージャーの立場の元友人を邪険に扱う態度には、僕はかなりムッとする。
「先輩、そんな怖い顔をしないで下さい。ほんの少しだけ、お付き合い下さいね」
薄ら笑いを浮かべる佐々さんに、僕はなんだか得体の知れないものを感じて背筋が凍る思いをした。
「慎吾…」
不安そうに身体を近づける更紗に僕はあえて微笑んで、
「大丈夫。鈴木ももうそこにいると思うから先に行っててよ。すぐに追いつくから。それに…しっかりハッキリさせておいた方が良いと思うんだ」
と言って、安心させる。
「うん、分かった」
更紗は僕から身体を離して、小さく手を振る。
そして、前田さんと二人で玄関へ消えていった。
「さ、話って何かな佐々さん。君と付き合うのは丁重にお断りさせてもらったと思うけど?」
僕は先制パンチのつもりで切り出すけど、佐々さんの顔は涼しいままだ。だけど、なかなか口を開いてくれず更紗たちが玄関を出たであろう時間くらいまで、彼女は喋ってくれなかった。
「どうして喋ってくれない?」
しびれを切らせて僕が口を開くと、ようやく彼女も口を開いた。
「ええ、それはもう分かっています。私に恥をかかせたことを後悔してくださいと警告したはずですよ」
「どうやって?もしかして、今ここで悲鳴でも上げて僕に襲われそうになったとか言うつもり?」
彼女の言い分に、僕は反撃を仕掛けるけど、それは肩すかしだった。彼女は、僕の言い分を「ん~~~~」と暫く考え込んでから口を開いた。
「それもありかなって思ったんですけど、先輩は大原先輩のことがとても大好きなんですよね。東条先輩に後悔してもらうなら、やることは一つですよ…」
そういう彼女の笑みはとても怪しい。そして、その笑みと以前からの情報…時岡という不良の存在…僕を足止め…僕はピンときてしまった。
「更紗っ!」
そう、「先輩を襲うかもしれません」という前田さんの言葉は、僕ではなく更紗を襲うという意味だったんだ!僕も更紗もそこを完全に誤解してしまっていた!
「あら、さすが察しが良いですね先輩。そうです。大原先輩は今頃、勇斗に絡まれているんじゃないですかね。あの男、私の言いなりだから『あいつの服破って、公衆の面前で恥をかかせたら?めっちゃ胸デカイから、通りかかる男子生徒どもも眼福だろうね』なんて唆したらやる気満々でしたよ」
…どこまで卑怯なんだよ…でも、自白してくれて良かったよ。これで証拠は十分だ。助けに行かないと。いくら何でも、鈴木と前田さんが側にいれば多少の時間は稼げるのだろうけど、時間の問題かもしれない。
「あぁ、分かったよ。どれだけ君が卑怯で最低な人間かと言うことが…僕の人生の宝となる人を傷つけようだなんて、絶対に許さない」
僕の発する声は、とても低く、ゆっくりだった。これまでの人生の中で、おそらく一番キレていたのではないかと思う。眼光も鋭く佐々さん…いや佐々を射貫いていただろう。佐々がこれまで見せたことのない表情――怯え――を見せていたのがその証左だった。
でも、佐々はすぐに気を取り直す。
「なんとでも言ってください。これまで思い通りに行かなかったことがなかった私にとって、あなたたち二人は…いや、英も含めて三人はとっても目障りな存在になりました。私の視界からいなくなれば良いとさえ思ってます」
…もう、話しても無駄だ。そんなことよりも、更紗を助けに行かないといけない。僕は、佐々に告げる。
「後悔するのは君だから。そんなに気に入らない人間を排除するだけの人生を送っているのであれば、それ相応の罰を受けてもらうよ。じゃあね」
僕のその声は、おそらく僕自身の人生の中でも一番冷たいものだったと、大人になってからも思っている。こんな風に、冷たく言葉を吐き捨てたのは、後にも先にも、このときだけだった。
「…間に合えば良いですね。高みの見物とさせていただきますよ」
僕のその冷たい言葉に対しても、佐々は涼しい顔をしたままだった。
そんな顔をしていられるのも今だけだからと内心呟いて僕は身を翻し、玄関で靴を履き替えることもせずダッシュで出て行く。
そして、数歩走ったところで目に飛び込んできたのは、倒れた鈴木と、その姿に怯えて胸を両手で抑える更紗と前田さん、そして、いやらしい笑みを浮かべて今にも更紗にその汚い手を伸ばそうとしている男の姿だった。
玄関で靴を履き替えて出ると、そこには鈴木くんの姿があった。軽く手を上げて、「おっす!あれ?東条は?」と聞いてくる。
「鈴木くん、ゴメンね。ありがとう。慎吾はすぐに来てくれると思うよ」「大原先輩、お友達ですか?」
英ちゃんの言葉に私は頷いて、「去年私と同じクラスの学級委員だったの。今は慎吾と同じ理系クラスだけど、何かと世話を焼いてくれているわ」
「…大原更紗ファンクラブ会長だからな。自称だけど」
鈴木くんはその場を和ませようとしてくれたのか、そんなことを言ってクスッと笑わせてくれる。
ウィットに富んだ所は慎吾も及ばないところで、慎吾も認めている友人の一人だ。私も鈴木くんのことをいい友だちの一人だと思っている。
そんなことを言いながら穏やかに校門で慎吾を待っていようと思っていたんだけど、その時、校門の方から声がした。
「大原、更紗、だな」
少し厳つい顔をした、短髪で体つきも慎吾や鈴木くんよりも大きい男の人だ。耳にはピアスもしている。この人が、話に聞いた時岡という人なのだろうか…?
この男は、10メートルくらい先にいたけど、どんどんと距離を詰めてくる。
「いや、違うけど?俺の彼女だよ、時岡」
鈴木くんが機転を利かせて私を別人のように装うけれど、一旦5メートルほど手前で男は止まると、私の顔を睨んで言ってきた。
「ああ、そうかい。そんな嘘が通じると思ったか。その顔見覚えがあるんだよ。大原って聞いたからまさかとは思ったけど、よく似てるぜ、妹にな」
私はハッとして、『覚えてるかな?2月に不良で有名なチャラ男に告白されたって言ったの』という綸子の言葉がフラッシュバックする。
「そっか、分かっちゃったか…」
私は渋い顔をする。
「まぁ、妹よりも胸でかくて揉み甲斐はありそうだな。妹に思いっきり邪険にされて断られた恨みは晴らさせてもらうぜ」
そんな不条理なことを言う時岡に、激しい口調で批判したのは、英ちゃんだった。
「そんな逆恨み、する相手が違うじゃない!あなたはやっぱり、物事をきちんと捉えて考えず、その場のノリだけで反応していくだけの人なのね!さすが、風香とずっとつるんでるだけはあるわ」
そんなことを言う英ちゃんに時岡は視線を向ける。
「誰かと思えば、風香の親友面をしたウザい奴か…。ああ、その場のノリで生きているさ。だからなんだって言うんだ?お前には関係ないね。風香は俺にとっても、ヤリたいときにヤラせてくれて、都合良く動いてくれる奴だから、お互いウィン・ウィンの関係なんだよ。お前に何か言われる筋合いはねぇ」
そう言いながら、時岡はさらに私の方へ歩を進めてくる。一歩一歩。着実に私の方に近づいてくる。3メートル、2メートル…。
「おっと、そこまでだ。それ以上近づくなよ。何が目的なんだよ?」
鈴木くんが私の前に立って、時岡との間に入ってくれた。でも――
「俺の名前知っているが誰なんだよ。どっかで見たことある気がするけど、まぁどうでもいいや。邪魔なんだよ、どけよ。俺は、風香のためにやってるんだよ。あいつにとっての邪魔者を排除してくれって頼まれたから、さっ!」
時岡は鈴木くんに対してそう吐き捨てると同時に、右の拳を振り上げた。
「ぐっ」
鈴木くんはその拳を左の頬に受けて倒れる。
私と英ちゃんはまさかの暴力に、恐怖心を抱いてしまった。
「…」
私たちは、言葉を出せなくなって、後ずさりすることしかできない。
でも、その足も恐怖で動かなくなる。
着実に、時岡は私たちに近づいてくる。近づいてきながら、時岡は言葉を吐く。
「恨むなら、俺じゃなくてお前の妹と風香をこっぴどく断ったお前の彼氏を恨むんだな」
何で綸子を、何で慎吾を、恨む必要があるの?悪いのは、勝手に逆恨みして、人を傷つけるあなたでしょう!と、私の中で何かがはじける。
「そんなわけない!なんで慎吾を恨む必要があるの!気に入らない人間を排除するような真似をする人の方がよっぽど悪いことなのよ!!私はそんなのに屈しない!」
多分、慎吾がガチギレした時の心の中というのは、こんな感じだったのだろう。不条理に対して、絶対に許せない気持ちを吐露する。でも、彼はそんな私の怒りに対して何も思わないのか、「良い度胸だ。じゃ、ここで大恥をかくんだな!」と私の胸をいやらしく見ながら、鈴木くんを殴った腕を私に伸ばしてくる。
「いやっ!」
私がその腕を拒否しようと胸元を両手で押さえたその時――
「待てっ!」
登校中にスケベ男子に絡まれた時のように――でも、その声は鋭く、慎吾が猛ダッシュで助けに来てくれた。さっきの鈴木くんと同じように、私の目の前に立つようにして。
「貴様…更紗に何する気だ…」
そんな慎吾の声は、とても低くてこれまでに聴いたことのない、私が恐怖心を抱くくらいだった。
「ああぁ?お前が風香をこっぴどく振った奴か?」
時岡が凄むけど、それ以上の殺気のこもった声で
「だったらなんだろう?僕は最初から更紗しか見ていないから、いくら言い寄ってきても無駄だと言っただけなんだけどな。それが悪いことなのかい?」
と、慎吾は返す。すると時岡は、浮かべていたいやらしいから表情を一変させる。
「あぁ。今まで落とせなかったやるはいなかったからな。お前は風香に恥をかかせた、風香が憎んでる。風香を馬鹿にした奴を、俺は許さないしな」
と、彼はまた拳を握る。
「ほぉ、それで暴力に訴えると。僕ではなく、更紗を襲うのは同じように恥をかかせようということか?」
慎吾の質問に、時岡は頷く。
「そうだ。風香にとってコイツは敵だし、俺にとってもこっぴどく振りやがった女の姉だから、この制服ヒン剥いて恥をかかしてやらないと気がすまねぇな」
そんなことをまた言う。慎吾の顔は元々厳しかったけど、それがふっと無表情になる。あ、時岡は、完全に地雷を踏んだと思う。慎吾は、目の前にいる敵を容赦なくたたき落とさないと気が済まないガチギレモードに入ってしまった。
「そんなこと、許されるとでも思うのか?僕は、更紗が大事であって、あの子と付き合うようなことは考えられない。それに、自分の身体を利用して彼女がいる男子を寝取るような卑怯な真似をしてるんだろ?僕はそんな倫理観のない人間と付き合いたいとは思わない。君も、あの子と連んでいると言うことは、似たような人種なんだろうね。はっきり言わせてもらうが、僕とは価値観が正反対なんだ。
更紗に乱暴する?やれるものならやってみろよ。僕が相手だ!更紗の身体には指一本触れさせない!」
時岡を真っ直ぐに見て慎吾は大きく声を上げる。そして、
「更紗、前田さんを連れて逃げろ。あとこれ、こっちにカメラ向けといて」
と言う慎吾の顔はいつもの表情で、時岡に話す声とは違う、優しい声に私は安心感を得ると、自然と身体が動くようになるのを感じた。そして、私に渡してきたのは慎吾のスマホ。
「うん、分かった、慎吾」
私は動くようになった足をなんとか動かす。そして、カメラを慎吾の方に向けながら、英ちゃんを引っ張り、後ずさりするように玄関へと移動しようとする。
玄関に視線を向けると、何人かの生徒がスマホを持ってこちらを撮ろうとしている様子がうかがえたから、思わず声を上げる。
「撮影するよりも、先生と、警察呼んで!私、襲われそうになったし、今も慎吾が殴られちゃう!」
すると、その中の一人が110番通報をするそぶりを見せてくれたし、何人かは先生を呼ぶために玄関へ入っていったみたいだ。
その人達とすれ違うように、また心強い仲間が玄関から出てきた。
「矢野くん!慎吾が…」
矢野くんはそれだけで察したのだろう。慎吾の方を見る。その時、
「おらぁ!」ガッ!
雄叫びと殴られる音がすると同時に矢野くんに向けていた視線を慎吾を向けると、時岡の右拳がさっきの鈴木くんと同じように慎吾の左頬にヒットしたみたいだった。
「慎吾っ!」「東条先輩!」
私と英ちゃんは悲鳴のような声で慎吾を呼ぶ。でも、慎吾は倒れない。
僕は、時岡の拳をわざと左の頬で受けるように逆に向かっていった。
殴られるのは痛いけど、怖いけど、そんな事言っていられない。更紗を守るために僕は必死だった。
左の頬に衝撃を感じる直前に、足を踏ん張って、倒れないように準備する。
そして、衝撃を感じる直前に準備していた左手で、奴の右腕を握る。
「殴ったね」
僕は時岡に告げる。時岡は僕の声にニヤッと笑って、
「だからどうした?」
と言う。でも、正直素人パンチだったから思いの外痛くなかったし、ここからは正当防衛成立が成立する。だから僕は、
「別に」
と言うと同時に、時岡を左手で引き寄せて、僕は右手の裏拳を時岡の顔に向けて攻撃する素振りを見せる。
「慎吾!」
更紗の声が聞こえる。
「うおっ!」
時岡が拳を避けようと顔を背ける。僕は、(かかった!)と思うと同時に、左手を捻って時岡の腕を極めながら奴の背中に回って、目一杯体重をかけて倒れ込む。実は、裏拳はフェイントで、当てるつもりは毛頭なかった。
「ぐっ!い、痛ぇ…」「大人しくしろぉ!」
僕はそのまま体重をかけて、時岡を抑え込む。でも、奴の方がガタイがいいから、ジタバタされてこのままだと抜けられる。と、その時、
「慎吾!助太刀!」「俺も!」
声だけで幸弘と分かった。もう一人は、殴られたショックから回復した鈴木で、僕は彼の姿を視界の片隅で捉えていた。僕は力が抜けないように2人に「すまない!」と言うと、幸弘が僕が抑えているのと逆の手と左足を取り、鈴木は右足を取って押さえ込んでくれた。
そのまま少しすると、先生が2人、春日先生と英田先生が僕たちに駆け寄ってくるのが見えた。その視界の端に、信じられない顔をして呆然としている佐々を捉えた。
近くに更紗と前田さんがいたから、思わず叫ぶ。
「更紗!すぐそこに佐々がいる!捕まえて!」
更紗はその声に反応して首をキョロキョロさせると、「いたっ!」と指さしをして、前田さんと一緒にダッシュする。
佐々は逃げようとしたけど、周りにいた生徒が気づいてブロックされ、更紗と前田さんに捕まった。何気に、ブロックしてくれた生徒の中心には、心配顔の夢衣がいた。
「夢衣ちゃん!ありがとう!」
更紗が夢衣に礼を言う声が聞こえる。
そして、先生二人が僕達で抑え込んでいた時岡を両側から抑えて立たせる。時岡は、その頃にはもう大人しくなっていた。
呼びに行った生徒達はさらに先生を呼んでくれたみたいで、佐々には女性教師が2人、更紗と前田さんの代わりに抑えられていた。
そのうち、パトカーもサイレンは鳴らしていなかったけどパトライトをつけながら構内に入ってきた。
「事情聴取、学校でやってもらおうと思うんだけど、良いかな?」
と言う英田先生の言葉に、僕や更紗、前田さんに鈴木は頷いた。
そして校内に戻る前、僕は幸弘と夢衣に「ありがとな、助けてくれて」と告げて、今日のところは帰ってもらった。「あとでライナーするよ…余力が残っていたらだけど」と追加で言っておいたけどね。
玄関まで歩いてくると、更紗が抱きついてきた。僕は抱き返してお互いの無事を喜ぶ。
周りから「ヒューヒュー!」なんてはやし立てる声が聞こえてくるけど、本当に下手したら更紗の豊かな胸が公衆の面前に晒される可能性があったことを考えたら、自分が殴られることでそれを回避できたことはとても誇らしい。
「慎吾、怪我、大丈夫?」
更紗はそう言うと、涙目で僕の左頬を撫でてくれる。
「こんなの大したことな…痛ぁ…ははは」
今頃になって頬の痛みが殴られたときよりも酷くなってきた。さっきはアドレナリンが出ていたからだろう。
「もう…」
更紗はちょっと頬を膨らませて、僕の頭を軽く撫でる。ころころと変わるその表情に、僕は更紗を守ることができた誇らしさを実感することができた。そして、
「助けてくれてありがと、鈴木」
鈴木に礼を言う。すると鈴木は、
「いや、不覚を取ったわ。あいつ、中学校の間でかなり強くなっていたな。一発で倒されるとは思ってなかったわ。でも、意外だったのは、東条、お前なんか武術やってたのかよ。強かったじゃんか!」
と大きな声で言う。だから僕は、
「小学校の時に、少林寺拳法をね。段位取る前にやめたけど、最近ちょっと思うところがあって道場は通わないけど、OurTubeで練習動画って最近はわんさとあるから、参考にして練習はしていたんだ」
「なるほどな。大原を守るためだろ?」
「ああ、もちろんな」
すると、鈴木は俺の肩に左腕を回し、右腕で軽くボディブローをしてくる。
「ははっ。確かに腹筋スゲェわ」
僕と鈴木がじゃれ合いながら笑っていると、
「お楽しみのところ、すまんがそれぞれ事情聴取を受けてもらって良いか?」
英田先生の言葉に、僕達は真顔になって「はい」と返事をする。
「その前に、保護者にも連絡するから、部屋に入って待っててくれ。東条、また生徒相談室に入ることになるのは申し訳ないが」
と言う春日先生の言葉に、
「いえいえ。こればっかりは仕方ないですよ」
と答えておいた。実際、そういう部屋の方が話しやすいから、仕方ない。
その後、保護者も呼ばれて事情聴取が行われた。
やはり、何かあったときのことを考えて、動画を撮っておいて正解だった。
更紗に渡して撮ってくれた動画には、しっかりと僕の抑え込みの行為が写っていたけど、時岡に殴られた後だったので、正当防衛が認められたし、僕の裏拳もどきは顔に当たっていないことも確認できたから、特にお咎めがなかった。
殴られたことに関しては、鈴木の分も合わせて病院へ行って診断書をもらってから、被害届は出させてもらった。
結局、家に帰ったのは22時を回っていたけど帰る直前に、更紗と少しだけ話ができた。
更紗の方は、襲われる前だったので特に被害届を出すことはできなかったけど、恐怖心を植え付けられたことは確かだったので、その辺は時岡にも佐々にも落とし前はつけてもらう。
「それにしても、まさかの展開だったね…疲れたよ」
生徒玄関先で更紗がう~んと背筋を伸ばしながら言う。
「ああ、本当にまさかだったよ。でも、これで本当に終わったと思う」
「だね」
「なんか、この1ヶ月、本当に怒濤のようだった。高3という一番大事な時期の始まりがこんなことばっかりで、残りの期間は大丈夫なのかなぁと不安になるよ」
そんなことを言いながらも、更紗の顔は緩んでいる。
「大丈夫だよ」
僕は微笑んで、そう言う。
「まさか、更紗にまで被害者になるところだったなんてな。本当に何ごともなくて良かった。慎吾くん、本当にありがとう。身を挺して守ってくれて」
更紗のお父さんが僕にお礼をおっしゃってくれた。
「いえ、勝手に身体が動いていました。ただ、更紗を守りたかったですし、悪意を持って接触してきた人間の好きにさせたくなかった、それだけです」
僕がそう言うと、父さんが、
「男になったな、慎吾。犯人を抑えるときも殴っちゃいなかったようだしな」
更紗が撮ってくれた動画を父さんも見たようだけど、「向こう見ずだな」とも言われたけど、そう言われて気分が上がる。
「少林寺の練習していて良かったよ。自然に身体が動いてくれたから」
僕が言うと、
「使うことがないと良いねって話していたけど、フラグだったのかなぁ」
と、更紗は僕の後を継いで言う。僕はその言葉に苦笑いを浮かべて、
「そうかもね」
と笑うしかなかったけど、
「本当に慎吾、ありがとう、守ってくれて」
更紗は僕の痛む頬にキスをしてくれた。
「お父さん達が見てるって」
僕はすごく恥ずかしかったけど、更紗はどこ吹く風。
「お父さん達も公認なんだから、今更恥ずかしがらなくても良いよ」
なんて言うけど、当のお父さん達は、
「まぁ、それ以上は俺たちが見ていないところで、な」
と苦笑い。僕は、
「まだ早いよ…」
と言って視線を更紗から外す。
「でもひとまずは、救急に寄ってから家に帰って休むぞ。それでは、大原さん、お気をつけて」
父さんはそう挨拶して、僕を車に促す。僕も、
「お父さん、ありがとうございました。さようなら。更紗、また明日ね」
と言うと、「うん、ありがとう、慎吾、また明日ね」「またみんなでご飯を食べに行こう」と更紗もお父さんも返してくれて、疲れた身体を引きずるように帰ると、風呂に入らずそのまま寝てしまった。
翌日、学校にいつも通り登校すると、大木さんと中山さんが出迎えてくれた。
「昨日のヒーローの登場ね」「話は聞いたよ~東条くん、すごかったらしいね。更紗ちゃんは、彼女冥利に尽きるよ」
二人のべた褒めに僕はちょっと照れる。
「でも、頬がね、今もまだ痛いんだよなぁ。だから、別段ヒーローって訳じゃないし」
「でも、あえて殴らせたんでしょ?そういう所、意外と東条くんって策士なんだよねぇ」
笑みを浮かべる大木さんに、僕は降参する。
「ああ、そうかもね」
そう言って苦笑い。
その日、佐々の姿はあの日の瀬戸と同じように、学校になかった。
さすがに、幼馴染みとは言え他校の不良を校内に呼んだこと、女子生徒に乱暴をさせようとしたことは悪質と言うことで、そのまま時岡共々警察に逮捕されたらしい。
さっきも話したように、僕と鈴木はこの件で更に時岡の暴行について被害届も出した。時岡については更に他でカツアゲなどの余罪もある噂を聞いたから、これだけの罪状があれば少年院送りになるんじゃないかと思う。
それと、結局最後まで、佐々からの謝罪の声を聞くことはなかった、
謝ったら負けだとでも思っているのだろうか、
(ああ、ダメだこの子は)
そう強烈に思ったことを、大人になってからも思い出すことがある。
人を呪わば、穴二つ。
相手に対して穴を掘って落とそうとしても、自分の足下にもう一つの穴を掘っているということを、佐々も時岡も自覚するべきだった。でも、あの様子を見ている限り、あの二人は当面そのことは分からないだろうし、反省の様子が見えないことから、これからも分かるとは思えない。
放課後、僕と更紗は勿論部活へ。そこには、前田さんの姿もあった。
「前田さん、昨日はありがとう。更紗と一緒にいてくれて、怖かっただろうに時岡を批難してくれて、有り難かったよ」
更紗から聞いたことについて、僕は礼を言うと、
「すみません。風香をもっと早く矯正できていれば、こんなことにならなかったのに…」
前田さんは本当に恐縮したように話し、そして続ける。
「先輩方にご迷惑をかけたので、この部活にはもういられないと思い、退部届を出しに来たんです、今日は。短い間でしたが、本当にお世話になりました」
と、礼をして僕たちから身を翻そうとしていたから、それを一瞬早く更紗が前田さんの肩を抑える。
「英ちゃん!どうしてあなたが辞めるわけ?あの子が私たちに迷惑をかけたのは、あの子の意思であって、あなたは関係ないじゃない。確かに、それまではあなたとあの子は友人同士だった。でも、それは中3の卒業間近の時点でもう終わっていたように思うの。だから、あなたが何も責任を感じることじゃないから、バド部に残って、お願い」
更紗が一気にまくし立てると、前田さんの綺麗な顔から涙が一筋流れる。
「更紗先輩…ありがとうございます。こんな私でも、残っていて欲しいだなんて…」
「だって、折角真面目にマネージャーやってくれていて、本当に戦力になってくれるなって思っていたし、あなたとは、先輩後輩以上に、良い友人になれそうだから、このまま辞めて欲しくないなって」
更紗はそう言って、前田さんを抱き寄せる。
前田さんは、涙をぬぐって更紗の胸に顔を埋めると、
「更紗先輩、ありがとうございます。私、頑張ります!」
そう言って、抱き返していたけど、少し前田さんは顔をスリスリしてから羨ましそうに、
「更紗先ぱぁい…本当に、今度で良いから先輩のプロポーションの秘密教えてください…」
と、僕がいる目の前でそんなことを話す。
…前田さんも、そんなに羨ましがるほどプロポーション良くないわけではない…むしろ他の男子連中はかなり目を引くと思うんだけどな…と一瞬思って、首を横に振る。
ここからは後日談。
前田さん情報で、佐々は結局学校を退学し、祖父母が住む県外の、ここよりも田舎町にある定時制高校へ転出になるらしい。高校に入学するのは、後期からと言うことだ。時岡は少年院に入ることになったらしい。
僕と更紗は今後のことを考えて、二人とも僕たち周辺には近づかないよう接近禁止命令を出してもらった。
これで、当分は心配ないだろう。
前田さんは、勿論そのままバド部のマネージャーを続けてもらっている。みんな、特に更紗からの信頼は絶大で、お互いに気遣っているのが分かるくらいだ。
あの一件以来、週1回は僕と更紗に前田さんも加えた3人や、幸弘と夢衣も加えた5人で帰ることになっている。
そんな前田さんにも、最近彼氏ができたみたい。
それは、初心者の中でも最も有望格な南部紘大――一番最初にシャトル拾いをマスターした1年生――だ。彼は更紗に褒められてから更紗に惚れてしまい、無理を承知でアタックしに来たらしいけど、「ゴメンね、私の彼氏は慎吾なんだ。君の入る余地はないよ。でも、努力したら絶対に見てくれる人はいるから、頑張って」と更紗に言われて更紗のことを諦めるのと同時に部活をもっと頑張ったみたい。そうしたら、前田さんが、その真面目ぶりに心惹かれたんだって。
僕は、南部に「絶対に前田さんを離すんじゃないよ。絶対だ。あんな良い子はそういないぞ」と告げると、南部は「はい!ありがとうございます!先輩こそ、大原先輩に飽きられないように頑張ってください!」なんて生意気な口をきくものだから、「当たり前だろ」と言って南部に笑顔でヘッドロックをかましてお互いに笑いあう。
6月のインターハイ予選まで、更紗と一緒に頑張った。インターハイ予選にミックスはないけど、たまには気分転換も兼ねて尋路や五十嵐とミックスやったり、1年生の指導もしたりして、楽しみながらも真剣に取り組んでいった。
あれから、勿論佐々の姿も見ていない。どうも、家庭環境が複雑だったようで、退学と同時にそのまま祖父母の家に預けられたらしかった。彼女は暫く学園の中でも噂に中心にいたけど、結局5月のゴールデンウィークが終わる頃にはその噂もほぼなくなっていた。みんな、色んなことに興味があるから、一つ決着がついたら興味を無くすんだろうね。
ゴールデンウィークと言ったら、幸弘の誕生日をみんなで祝って、夢衣が購入した誕生日プレゼントを渡したら、幸弘は泣いて喜んでいた。その翌日は模試があったり…模試のあとに鈴木にラーメン奢ったり、そして、更紗とデートをしたりと忙しかった。
4月から1ヶ月間の精神的な苦痛と言うべきか、ストレスがなくなって、本当に更紗と良いゴールデンウィークを過ごすことができた。
「一緒にこうしてジグソーパズルをしている時間が、私にとってすごい幸せな時間なんだよね」
とゴールデンウィークの最終日のおうちデートで更紗は言ってくれる。
だから僕も負けじと、
「ずっと一緒にいられるととっても幸せだよ。これからも一緒に生きるように頑張る。やっぱり更紗は僕の宝で、とっても大好きだ!」
って、お互いにパズルをしながら告白しあって、抱き合った瞬間に、綸子ちゃんが部屋に入ってきて「エッチなことはここではしないように」と釘を刺され、お互い顔を真っ赤にさせていたっけ。…まだまだ、そこまでするつもりはないんだけどね。
この一件以降、これからもお互いに思いやりながら過ごしていく、そう改めて誓う機会が持てたことは、僕たちにとって良かった。
さらにお互いの絆が深まったよね、と大人になってからしみじみ二人で回想した出来事だった。
今回も会場は男女別で歩いて行ける距離じゃないほど離れていたから、お互い試合が終わるたびに、ライナーで「勝ったよ~」と伝えると、更紗からも「私も勝った~もうすぐ3回戦」という報告も入って、お互いにサムアップのスタンプとかを送り合ってテンション高かったのを覚えている。
試合が終わったあとは各自解散になっていたから、ライナーで連絡し合って母さんに迎えに来てもらい、更紗のいる会場にも足を運んで更紗を迎えに行ってもらった。
「どうだったの、二人とも?」
僕達を乗せた母さんの質問に、お互いに2つ勝ったことを告げると、母さんは笑って、
「仲良く二つ勝ったのって、良かったわね。次勝ったらベスト32だったのかな?」
「そうですね。400人くらい参加者がいたので、1回戦からだと2つ勝って128ですけど、幸い、私たち二人とも2回戦からだったので」
「そうそう。2,3年生が殆どとは言え、まあまあ選手は多いからね」
「へぇ、そうなんだね」
母さんはそう言って更紗の家まで送っていく。時間は18時を回ろうかと言うくらい。
「さてと、更紗ちゃん、綸子ちゃん呼んできて」
母さんが更紗の家の来客用駐車場に車を停めると、唐突にそう言った。
「は~い、少し待っててくださいね」
更紗は一人で車を降り、一旦家へ帰っていく。
「?どうしたの、母さん?」
僕は疑問に思って聞くと、母さんは、
「今からみんなで晩ご飯食べに行こうかなって。あれ?慎ちゃんには言ってなかったっけ?」
と言う。僕の方には何も伝わってないんだけど?と言うと、
「あ、更紗ちゃんにしかライナーで誘ってなかったわ。ゴメン、慎ちゃん」
と母さんはちょっと舌を出す。…もういい歳した母さんがそんな仕草をするのはちょっと、どうなんだろうと思いながらも、
「そうなんだね。了解。でも、家の方は良いの?父さんや晴兄、伊緒姉の分の晩飯はどうなっているの?」
と質問すると、母さんは「作り置きしてあるから問題ないわよ。それに、みんないい大人なんだから、自分たちでなんとかするでしょ?ちゃんとお父さんには伝えて、良いよって言ってもらってるし」と言うから、まぁ、それもそうだ。僕は納得して、更紗と綸子ちゃんの戻りを待つ。
それから10分位して、ちょっと遅いな~と思い、呼びに行こうと思った矢先に更紗は戻ってきた。綸子ちゃんを連れて、更に簡単に着替えていた。
「あ、着替えてきたんだね。道理で遅かったわけだ。それじゃ、行こうか」
「ええ」「はい、お母さん、すみません。よろしくお願いします」
「お父さんの分の夕飯はどうしたの?」
僕が聞くと、
「私がお昼に作った作り置きがあるから、それで何とかなります。お父さんからもOKもらってるから、大丈夫です」
と綸子ちゃんから言われて、思わず笑ってしまった。
「どうして笑うの、東条さん?」と綸子ちゃんに聞かれたから、「僕の母さんと同じ子としてるから」と答えると、「でも、それはそうですよね、お姉ちゃん、お母さん」と綸子ちゃんは更紗も味方につけて母さんに同意を求め、て「それはそうよ、当たり前よね~。慎ちゃんは料理作ったことほとんどないから、そんな感じに言っちゃうの。ごめんなさいね」と母さんに言われて、僕の方が気恥ずかしくなってしまった。
その後、僕は無言になってしまったけど、ファミレス――年末の大雪の日に、大原ファミリーと行ったところだ――に着くまで3人は話を続けていた。
入り口を押して、僕が扉を支え、綸子ちゃん、更紗、母さんの順に入れる。ファミレスは日曜の夕方ということもあり、満員だった。
更紗は「ありがとう、慎吾」と言って笑顔を見せる。綸子ちゃんや母さんも「ありがとう」と言って、母さんは客待ちのメモにサラサラと名前と人数を書き、ソファに座る。
4人で並ぶ母さんと更紗、綸子ちゃんに僕、周りからはどう見えるのだろうか?
なんて思っていると、
「私は母親、更紗ちゃんと綸子ちゃんは姉妹、慎ちゃんは…一番上のお兄ちゃんかなぁ?」
なんて母さんは僕たちがどう見えるか言ってくる。
でも、僕と更紗は隣り合っていて何気に手を繋いでいるし、僕の逆の隣には綸子ちゃんがいる。
「…でも、その様子を見ていたら、両手に花よね…。こんな可愛い子たちに囲まれて、慎ちゃん、学校で羨ましがられているんじゃない?」
母さんはそう笑うけど、「学校はつきあい始めた当初はそんな感じだったけど、今はみんなも慣れたものだよ」と言っておいた。
「あらそうなの。まぁ、半年過ぎたらそうなるよね。あ、呼ばれたみたい」
母さんは名前を呼ばれたことを僕たちに告げ、店員さんに案内される。
「こちらです」
と案内されて座ったのは、窓際の席。2人ずつ差し向かいになる。母さんと綸子ちゃん、僕と更紗という、前に大原家と来た時と同じような分かれ方だった。
「さて、何を食べる?何でも良いよ。ここは私が持つからね」
「え?それは申し訳ないですよ。私も多少は持っていますから、私と綸子の分は持ちます」
更紗がそう言うけど、母さんは「いいの、いいの」と言って、メニューを綸子ちゃんに見せる。二人は「ありがとうございます」とお礼を言って、メニューを見始める。
「この前は、オムライスを頼んだと思うので…、今日はビーフカレーで」
やはり綸子ちゃんは一番最初に決める。
「じゃ、僕はベーコンとほうれん草の醤油パスタの大盛りに、シーザーサラダで。あとは前と同じだけどポテトの大盛りをみんなでシェアしよう」
僕が次に決めると更紗は、
「ステーキ100gのライスセットでお願いします」
と言う。そして母さんは鮭と牡蠣フライの和膳。
「意外と肉食系だよね、更紗って」
僕がおどけて言うと、更紗も笑って、
「ええ、そう。野菜も好きなんだけどね、お肉大好き。だって慎吾も思い出してよ。お弁当のメインって、お肉が9割だと思うんだよね。唐揚げが一番多いと思うけど、あとは豚の冷しゃぶに、青椒肉絲、麻婆豆腐…ね?」
と言うから、僕も思い出すとお肉が確かに多い。
「確かにお肉多いよね。うん、僕もお肉好きだからそんないつも美味しいお弁当を作ってもらえるから幸せだよ」
僕が言うと、「全く、こんな所までのろけないでよ、二人とも」と綸子ちゃんも母さんも呆れた様子だった。
でも、そんなことを気にせず、母さんが呼んだ店員さんにメニューを告げ、最後は全員分のドリンクバーも頼むと、まずは母さんと綸子ちゃんがドリンクを取りに行った。
僕と更紗が取り残された形になるけど、そこでバドミントンの話になる。
「でもね、満足はしてないんだよ」「そうだね、私も」
二人とも、4回戦は結構イイ感じだし、ワンチャンもう一つ勝てたかもしれない勝ったんだ。でも、連戦の疲れと、単純ミスがやはり出てしまって集中力が切れてしまった。
「あと1ヶ月半で高校最後の大会だから、あと一つは勝ちたいよね」
「そうね。もう少し基礎体力をつけるために、走り込む日を増やそうか?」
マラソン大会のあとも、週に1回は走っていた。勿論、雪が積もっている間は走らなかったけど、雪が溶けてからも走っていたから、日曜日も走ることにしようかと話をしたところで、二人が戻ってきた。
「はい、お待たせ~じゃ次は慎ちゃんと更紗ちゃんで行ってきなさい」
母さんがそう言うので、僕は更紗を促して席を立つ。
「じゃ、行ってくるよ」「行ってきます」
僕たちはドリンクバーを取りに行く。僕はコーラ、更紗はブドウジュースを入れて戻る。
「で、慎ちゃんと更紗ちゃんは、今のところ進路はどうするのかしら?」
早速母さんが本題を出してくる。そんなことだろうと思っていたよ。ただの気まぐれで誘う母さんじゃない。
「私は、臨魁学園に行こうと思います。東条さんとお姉ちゃんが通っているからと言うのも大きいですし、この前東条さんが言っていたように、生徒さんもいい人が多いと聞きましたから」
綸子ちゃんがそう言うと、僕たちも話し出す。
「僕は、今のところそのまま大学へ行くよ。でも、夏休みには国立大のオープンキャンパスも見に行こうかなって。更紗も同じことを思ってるよ」
「ええ、二人で話して決めました。臨魁学園の大学部に入ることが今は目標ですが、オープンキャンパスを見て、そちらがより魅力的に見えたら、そちらへの進路変更も考えてます」
「でも、二人とも教員になる気持ちはあるのよね?」
どこかの面接官のような感じで母さんは問いかける。
「ああ、勿論そうだよ。僕は数学の教師になる」
僕は力強く宣言したが、更紗は、
「実は、まだ迷っているのが正直です。いえ、教師になることは決めているのですけど、どの教科の先生になろうかと思考中なんです」
更紗の言葉は、僕には思いもよらない言葉だったので、
「そうなんだ。てっきり英語の先生になるのかと思ったよ」
としか言えなくて、
「ゴメンね慎吾、宙ぶらりんな考え方で」
って更紗は謝るけど、別にそれで腹を立てたわけじゃにから、
「ううん、謝らなくて良いんだよ。確かに、ちょっとびっくりしたけどね。でも、それなら尚のこと、他の大学を見るのは意味があることだと思うよ。応援する」
「ありがとう」
なんて言う僕たちに当てられたのか、「ああもう、そこの二人の空気が甘すぎて胸焼けしそうよ」と綸子ちゃんは頬をぷいっと膨らませる。
「ゴメンね、綸子、そんなつもりじゃなかったんだけど」
更紗が謝ると、綸子ちゃんは「別に良いんだけどね」と言って、機嫌を直す。
「でも、それも大切なんだけど、その前に、最後の大会を頑張りたいなって思ってるんだけど」
と僕は二人がいない間の更紗との話を少しだけ二人にする。母さんはうん、と頷いて、
「そうね。この大会が高校生として最後の大会なのだから、力を入れたいのは分かるよ。まずはそれに向けて頑張って欲しいと思う。勿論、勉強もね」
と言う。それには更紗も、
「そうです。どっちも頑張って全力で向かっていきたいと思います」
と言って、僕の顔を見た。僕は力強く頷いて、
「うん、頑張ろう、更紗。目指すは個人戦ベスト32、団体戦ベスト8だね」
更紗の目を見返す。
「だから、そこで二人の世界に入って欲しくないんだけど…」
綸子ちゃんからの茶々で、僕たちはハッとする。
「ご、ゴメン綸子ちゃん」
「全く…ちょっとイチャイチャ具合が多くて困った二人よ…」
綸子ちゃんのご機嫌はどんどん斜めになっていくから、さすがに僕たちもこれ以上二人の共通の話はしないようにする。
「綸子ちゃんは、3年になって2週間経ったけど、どうかな?」
僕が尋ねると、綸子ちゃんは、
「クラス替えがなかったので、正直なところを言うと刺激がないなぁって。でも、2年から3年に上がる直前になって、2組ほどカップルができたからなんだか、クラス内はそれまでとはちょっと雰囲気が変わった気がしますね」
と言うので、更紗が反応する。
「そうなんだ。あ~でも、確かに私が中3になった時もそんな感じのことがあったな。私はそんな空気をあえて感じようとしていなかったから誰と誰がつきあい始めたのかは知っていたけど、「ふ~ん」って感じでやり過ごしていたなぁ」
やっぱり、あまり交流をしないでおこうとしたから、そう言った心情だったのだろうなぁと納得する。
「そうやって前のことを聞いていると、更紗ちゃんは今の方がやっぱり素なんだなってわかるわぁ。ホント、苦労してきたね、二人とも」
母さんがそう言って、綸子ちゃんを抱き寄せる。
「お母さん…」
綸子ちゃんは母さんに抱き寄せられて嬉しいような、恥ずかしいような表情を見せる。
「本当に、東条さんのお母さんは、私たちのお母さんとよく似てます。愛情表現がストレートで、よく気がついて、お料理もとっても美味しいし…」
綸子ちゃんはそう母さんに告げると、母さんも嬉しそうだ。
「ホント、娘が二人できたみたいで私も嬉しいのよ。伊緒奈がちょっとだらしない娘に育っちゃったけど、根はとっても良い娘だから、いつ彼氏ができても良いと思うけど、あなたたちもとっても良い娘たちだから、そんな子と慎ちゃんがつきあえている奇跡に感謝しないと」
「…奇跡って何だよ」
思わず不満を口に出してしまった僕。でも母さんは笑って、
「冗談よ。慎吾だって、素直で良い子なんだもの。更紗ちゃんが惚れるのも不思議じゃないよ」
と言ってくれた。まぁ、そう言ってくれたのは有り難いし、その言葉に更紗が顔を赤くするのを見て、満足した。
「ええ、私も正直なところ、慎吾とこういう仲になるのは最初に話をした日には想像していませんでした。でも、転校初日の印象はすごく良くて、あぁ、見た目に引かれてぐいぐい来るような人じゃなくて良かったって思ったんですよ」
更紗は初対面の当時のことを思い出す。
「そうよね。慎ちゃんはそういう所って妙に紳士的だから、女の子受けは悪くないって思うの。…一つ間違えたら、裏があるんじゃないかって思われそうなくらいなんだけど」
「でも、そうじゃないのは3日もすれば分かりましたから。だから、私は安心して慎吾と何でも話せるようになったんです。…尤も、それが『好き』という感情になるかどうかは、その時はまだ分かりませんでしたけど」
「そうねぇ、更紗ちゃんの話を聞いていて、確かに転勤族だと友だち付き合いが難しいよねって思ったけど、そのあたりも含めて頑張った結果、今があるものね」
「…お姉ちゃんは考えすぎだったと思うところもあるけど。私、前の友だちと今でもライナーで繋がってるし。…確かに、話す頻度はかなり減っちゃったけど、向こうから話をしてくれるうちは私もちゃんと付き合っていくよ」
綸子ちゃんはそう言って笑顔を見せた。
「そうだね。私はそれが辛くてできなかったから」
ちょっと重苦しい雰囲気になったけど、それを破ったのは、料理を持って来てくれた例の配膳ロボットだった。
『お料理をお持ちしました』
配膳ロボットはそう言って(言うって言う表現が合っているのかな?と思うけど)、僕たちのテーブルの前に止まる。
「やっぱりこの子、可愛いよね~」
更紗はそう言って、運ばれてきた料理を取って、それぞれに渡していく。
「ありがとう、お姉ちゃん」「あ、ありがとうね、更紗ちゃん」
「はい、慎吾」
と、更紗は僕にもパスタとサラダを並べてくれる。そんな更紗に僕も、
「ありがとう、更紗」
と伝える。
すべての料理を取り終えて、「完了」ボタンを綸子ちゃんが押すと、ロボットは厨房の方へと戻っていった。
「それじゃ食べましょ」
母さんがそう言って、食べ始める。僕は、まずはシェアするポテトに手を伸ばして、口に頬張る。ポテトの少しカリッとした口当たりと塩味が、疲れた身体に滲みる気がした。
「うん、やっぱり美味しい」
僕が呟いたのを合図に、女性陣もポテトに手を伸ばす。
「ん~、美味しいね。私、ここのポテト好きよ。ファストフードのポテトも美味しいけど、テイクアウトして家に帰るまでに湿気ちゃうのが残念だよね。でも、ファミレスのポテトはできたてをカリッと食べられるから美味しく食べられるもんね」
更紗はそう言って、満足そうに笑みを浮かべる。
「そうだね、確かにできたてのカリッとしたポテトのおいしさは良いよね」
綸子ちゃんも笑ってポテトを頬張った。
「うん、そうね。このポテトも美味しい。この上からチーズかけるとおいしさ倍増。…体重はやばいかもしれないけど」
と、母さんは言う。
「確かに美味しいけど、母さんにはそれはカロリーオーバーのような気が…」
思わず口をついて出た僕の言葉に、母さんは頬を膨らませた。年齢より若く見えるから見る人が見れば可愛いと思うんだろうけど。
「あ、でもお母さん、運動すれば大丈夫ですよ。一緒に走りませんか?」
更紗がそこで真顔になって母さんに言うけど、
「それはさすがにこの歳になって、10代の更紗ちゃんについて行けるわけないじゃない。それなら、何か考えるわよ」
なんて母さんは言う。すると綸子ちゃんは、
「じゃあ、OurTubeでダイエットのための動画が結構たくさんありますから、私がおうちにお伺いする週に一緒にしませんか?1回あたり、15分から30分くらいでできるみたいなので、慎吾さんやお姉ちゃんの帰りを待つ間にできると思います!」
と母さんに伝える。すると、母さんは目を輝かせて、
「そうなの!?じゃあ、綸子ちゃんとご一緒させてもらおうかな。楽しくダイエットできそう。時間が合えば、伊緒奈も誘ってできそうね」
女性陣の会話に僕はついて行けなくなって、サラダを食べて、次にパスタを口に運ぶ。
…正直、今、居場所がないなぁって思ってしまった。
それが顔に出ていたのだろうか?更紗が僕の顔を覗き込むと、
「もしかして、居場所ないって思ってる?」
なんて言われて僕は焦った。
「そ、そんなこと、ないけど…」
「でも、会話に入っていけないって思ってるでしょ?」
と言われて、僕は頷くしかない。
「そうだよね。女子トークは男の子がついていくのって大変みたいだしね」
更紗はそう言って悪戯っぽい笑みを浮かべる。
母さん中心の女子トークは、食事中ずっと続いて、聞いているのは楽しくないわけじゃなかったけど、話に入りづらくて、それはある意味苦行だったなぁ…。
小1時間で食事は終わり、更紗と綸子ちゃんを家まで送って行き、お父さんに挨拶と二人を連れ出させてもらったお礼をしてから帰った。お父さんからは、またいつでも一緒に食事に行こうと言われてしまって恐縮してしまった。
家に帰ってきてから、僕はお風呂に入る前に、ジャージ姿のまま庭に出る。
そして、少林寺拳法の型を演武する。
「ふっ!」
と、言うのも、更紗と水族館デートをした時の、更紗が一人になっている時に男たちに絡まれたあの一件がきっかけで、5年ぶりに型を始めたんだ。
あのときは、正直な話それほどな相手じゃなかったから良かったものの、もっと屈強で強引な相手だったら僕はどうなっていたんだろう、更紗はどうなってしまったんだろうと思うと、心が凍った。だから、やっぱり僕自身は強くありたいと思っていた。
そのためにできることを考えたら、僕は小学校の時に習っていた少林寺拳法をもう一度始めてみようと思ったんだ。
さすがにもう一度道場に通うのは部活もあって無理なんだけど、型をする分には今はOurTubeで色々な少林寺拳法の型が上がっているから、それをタブレットで見ながら復習をしている。
「確かに、これはこんなだったよな…」
少しずつ思い出しながら、僕はこれまた小1時間ほど汗をかく。土日は1時間ほど、平日は30分だけだけど、ルーティンにしている。
更紗をちゃんと守れる男でいたいと思いながら、練習を重ねていた。
どちらかと言えば、積極的に打って出るのではなく護身用の型をしっかりなぞって、もしも手を出された時の対処をイメージしながら鍛錬を積む。
「ここでこう手を出されたら、ここでこうして…」
このことは、更紗にも一応話してあって、「でも、危ないことになったら一緒に逃げようね」と言われたから、僕も「勿論だよ。でも、これは最終手段だから」と伝えてある。
願わくば、使う機会がありませんように!
慎吾はちょっと居心地悪かったかもしれないけど、楽しい夕食の時間を過ごさせてもらって、お母さんにはすごい感謝だった。
最後の方は、「あ~ぁ、更紗ちゃんが慎ちゃんと結婚してくれたら、こんなに良いことはないのになぁ」とお母さんは言って、私も慎吾も顔を真っ赤にしてしまい、綸子には「もぅ、二人して照れてるの可愛いんだけど、嫉妬しちゃうわ」と機嫌を損ねられたっけ。
でも、最後のデザートを食べたらケロッとしたもので、ある意味からかわれたと思うとしょうがないなぁとしか思えなかった。
そんな楽しい時間を過ごした翌日の月曜日、瀬戸くんの机は私の隣からなくなっていた。南東先生から「彼は教職コースから、普通コースへの転科となった」と短く宣言され、ある意味懲罰的な扱いを受けたのだろうと直感した。
教職コースにいる生徒としてはあまりにも思考発想が幼稚だったからというのもあるのだろう。でも、とにかく私の隣から彼がいなくなって、本当にホッとしたというのが正直なところだった。
「ねぇ、瀬戸くん転科したのって、やっぱりアレが原因なのかな?」
昼休みに植田さんが私に聞いてくる。
「…それも一つあると思うけど。と言うか、一番の原因だとは思うな」
「そうよね…」
「植田さん、瀬戸くんのこと今でも気になってる?」
私が聞くと、少し考えてから植田さんは頷いた。
「ええ、やっぱり話を合わせて聞いてくれた時は、そんなに悪い人だと思わなかったもの」
そう言って表情を曇らせる彼女に、私は提案する。
「なら、普通コースへ行って、瀬戸くんと話をして見ると良いんじゃないかな?かなり反省しているように見えたよ」
と言うのも、金曜日に受け取っていた反省文の内容から物語られている。
『この3日、もう一度自分を見つめ直した時に、俺はなんて浅はかなことをしたのかと自己嫌悪に陥った。そして、この学校に来てからの言動、その前の言動もすべて思い出していると、ああ、これは嫌われて当たり前だよなという思いが芽生えてきた。だから、この謹慎期間中に、もっと自分を見つめ直すことにした。東条をはじめ、三上、大原、矢野にいずれは謝罪できればと思っている』
という内容だった。
それなら、瀬戸くんは自分で立ち直るきっかけになるのかなぁと思ったから、植田さんに瀬戸くんのケアをしてもらえればいいんじゃないかなぁと思う。だから、私は植田さんにお願いをする。
「瀬戸くんは、絶対に立ち直れると思う。植田さんは、側で見守ってあげて欲しい。こんな事、偉そうに言う立場じゃないのは分かっているけど、彼のことを今現在悪しく思ってないのはあなただけだと思う。もしかしたら、暫くはあなたにも風当たりは強くなるかもしれないけれど、私や夢衣ちゃん、矢野くんに慎吾は少なくとも植田さんのことを悪く言わないし、フォローしていこうと思うから」
そう伝えると、植田さんは目を大きく見開いてから、
「うん、考えてみる。私も今、瀬戸くんのことをどう思っているか混乱しているから。自分の気持ちがきちんと固まったら、大原さんに伝えるね」
と言って、私の席から離れていった。
その週末に、「こっそり見に行ったけど、味方がいない状態で辛そうだった。だから、私が味方になるよ」と言って、次の週から話しかけに行くようになった。
そして、植田さんとそんな話をした放課後、新入部員が入ってくると言うことで部活が始まる前に新入部員の紹介があった。
選手としては男女5人ずつ入ってくれて、そのうち男子は4人、女子は2人が初心者だった。
「初心者は、まず筋トレと、素振りで振り方を固めるのと、シャトル拾いができるようになってね。そのための動画を、まずは見てもらうから。大原と東条、初心者のレクチャーを頼めるか?」
芹沢くんの言葉に、私と慎吾は頷く。春休みに、芹沢くんと則子からそういうオファーが来ていて、慎吾も私も、二つ返事で請け負ったんだ。
「ちなみにこの二人は、東条が中学校から、大原は高校に入ってからバドミントンを始めたんだけど、短期間で強くなったから、どうすれば強くなれるか聞いてみてくれよな」
芹沢くんは更に言葉を足して、新入生に笑いかけた。
そして、選手10人とは別に、女子が3人。うち2人は見覚えのある顔だ。
「マネジャーとして入ってくれるんだね、よろしくお願いするね」
則子がマネージャー希望の子にそう挨拶をする。2人は佐々さんと前田さんだった。
「はい、よろしくお願いします!」
佐々さんと前田さん、そしてこの日に初めて見た女の子、朝日咲楽さん――サイドポニーが可愛い子だ――の3人は、元気な挨拶を返してくれた。3年で、マネージャーチーフの棟方奈緒が、彼女たちに説明をする。
「飲み物や塩タブレットのたぐいは男女共用で、コップだけが個人で持ってきてもらっているものなので、マネージャーも男女別々にする予定はないんだ。臨機応変に動いてもらえると良いかなって。最初は3人とも一緒に活動してもらって、慣れてきたらたとえば、日替わりで2人ずつ入ってもらってもいいと思うの。私たち2,3年も1人ずつマネージャーがいるから、教えてもらいながらできると思うし」
と言う奈緒の説明に、3人は頷く。
「先輩、何かできるようになると良いことってありますか?」
前田さんがそう奈緒に聞く。奈緒は、
「そうねぇ…選手の体調が見られるようになると良いと思うし、あとは怪我した時の応急処置とかできると良いかも。保健室に連れて行く前にいち早く患部を冷やすことができると選手としては有り難いんじゃないかな。そのためのスプレー式の冷却剤や消炎鎮痛剤も購入しているからね」
と言うと、3人は神妙な面持ちで頷いてくれた。
そして、1日目は試合後と言うこともあって軽めの調整で早めに終わる。私と慎吾は初心者にフォアやバックの振り方の動画を見せて、反復練習。
地味だけど、この地味な練習に衝いてきてもらわないと、打点が低くて良いスマッシュやクリアが打てない。上からしっかり腕を回すことを重点的に教えた。
そして、女子の素振りの様子を見ていると、一人、打ち方が綺麗な子がいたから、「何かスポーツやってた?」とその子、氷室さんに聞くと、「私、ソフトボールやってました。臨魁学園は残念ながらソフトボール部はないので…」と言ってくれたので、「そうなんだね。投げる動作は結構似通った部分もあるから、綺麗な打ち方だなって思ったし、筋が良いと思うよ。頑張ってね」と励ますと、「ありがとうございます!」って笑ってくれたな。
慎吾も男子の初心者に上手に指導していて、シャトル拾いのやり方を教えていくと、1人はすぐにできるようになっていた。あとの3人はなかなか悪戦苦闘している。それは、そうなんだよね、あんなすぐにできるような子って本当にいないからね。
「え?もう拾えるようになったの?」
慎吾も目を丸くして驚いている。結構センスあるのかも。
「すごいね、南部くん」
私がそうすぐできるようになった新入生に言うと、南部くんは顔を赤らめて「はい」と言って照れる。
「じゃ、今日の部活はこれで終わります。新入部員のみんなも、明日から時間長くなるからよろしくね!」
という芹沢の挨拶に、新入部員も少し緊張した様子で礼をする。
「マネージャーも、明日から1週間ほどは3人で出てきてもらって、お仕事を覚えてもらう、それからローテーションをしていきましょうか」
奈緒も、3人のマネージャーに話をして、彼女たちもうんうん、と頷いていた。
「それじゃ、着替えて帰ろうか」
慎吾が私にそう言って、並んで部室に戻る。
そして着替えている間に佐々さんが私に話しかけてきた。
「大原先輩は、東条先輩と付き合っているんですよね?」
ポニーテールの可愛い後輩だけど、いきなりその可愛い顔をぐしゃっと醜く歪ませていた。
私はその勢いと顔に押されてしまって「ええ、そうだけど…」と答えるので精一杯だったけど、佐々さんの後ろで着替えていた前田さんが、
「風香!なに聞いてるの?」
と少し声を荒げた。すると、佐々さんは「あ、やば」と小声で言って、
「ごめ~ん、英」
と前田さんに謝り、そのあとで、
「大原先輩、すみません。いきなり無礼でしたね。でも…」
と私に謝りつつ、何か言いたげだったけど、
「いいえ、何でもありません。それでは、失礼します」
と、先に佐々さんは着替え終わって前田さんと一緒に部室を出て行く。
「…どうしたんだろう?」
私は、二人が出て行った部室の扉を眺めながらポツリとこぼす。すると奈緒が「たぶんね、風香ちゃんは東条くんのこと好きなんじゃないかと思うんだよね。だから、もしかしたら宣戦布告しようとしたのかもね」なんて言う。でも、それだと前田さんの言動があまりにも不自然だ。
「じゃあ、前田さんのあの厳しい声はなんだろう?」
同じことを思ったのか、則子が奈緒に聞いていた。
「…ゴメン、さすがにそれは私にも分からない」
奈緒はそう答える。それは、そうだよね…。
「こっちこそゴメンね、奈緒。…でも、もしも、佐々さんが慎吾を狙ってるとしたら…」
私は、外から慎吾の声がするのを聞こえた。
「あ、そうなんだね。二人は良い友だちなんだね」
「…早く慎吾と合流した方が良い!」と私は小さいながらも叫ぶような感じで声を出し、則子と奈緒もそれに頷いていたから、本当に急いで着替えて、「じゃ、お先!」と部室の扉を開けて外に出た。
すると、もう後輩二人の姿はなく、慎吾が一人待ってくれていた。
「慎吾、お待たせ」
私はそう言うと、慎吾は少し驚いた顔をする。
「更紗、どうしたの?なんか慌てて。…スラックスからブラウスがはみ出してるよ…珍しいこともあるんだね」
慎吾にそう言われて、私は思わず「ふぇ…」と情けない声を出してしまい、慌ててブラウスをスラックスの中に入れた。
「…佐々さんと前田さんと、今の今まで話してた?」
そして、今のことが何もなかったかのように慎吾に聞く。すると慎吾は頷いて、
「そうだね。話していたよ。中学校から仲が良いんだって」
と暢気なことを言う。
「慎吾、佐々さん、慎吾に何か言ってなかった?」
思わず聞いてしまうと、慎吾は不思議そうな顔をして、
「ん?特になかったけどね。あ、でも今度3人で一緒に帰りませんか、と誘われたなぁ」
と言う。やっぱり、誘っているんだなぁ…。
「…慎吾、ちょっと悪い気はしてないと思うから機嫌悪くしないで聞いてね」
私は慎吾にそう告げると慎吾はそれこそ不思議そうな顔をして、「なにを?」と聞く。
「あの子…佐々さんの言動には気をつけて欲しいの。初めて会ったあのときから、どうも慎吾のこと好きなんじゃないかって」
「え?」
慎吾は変な声を上げて固まる。
「そうなの?全然気づかなかったよ」
慎吾は少しばかり呆然としてからそう言う。そんな言葉に私は力が抜けてしまって、
「慎吾ぉ…」
私は慎吾の胸元に顔を埋める。ちょっと、自分でも驚くくらいナーバスになっているのが分かる。だって、好きな人に好意を寄せる後輩ができたということが私も想定外で、混乱してしまっているんだ。
でも、ただ一つだけ言えることは…
「慎吾のこと、信じてるからね!」
と、慎吾があの子の方へ行ってしまわず、私を見てくれることを信じることだけだった。
私の不安を察知してくれたのか、慎吾はそのまま私の背中に両腕を回して抱いてくれると、
「当たり前じゃないか。更紗以外の子を好きになることなんてあり得ない。付き合って半年、今でも更紗の新しい魅力に気づいて惚れ直しているのにさ」
「ふぇ?」
なんだか、すごく恥ずかしいことを言われた気がして、思わず変な声がまた出てしまう。
「そういう風に、動揺すると変な声が出るところ、めちゃくちゃ可愛い。弱いところを久しぶりに見せてくれた姿に、やっぱり僕は更紗を守りたいと強く思ったし、大丈夫だよ!」
慎吾がそう言ってくれるものだから、嬉しくなって顔がほころんでくる。
「もう、ばかぁ…でも、ありがと、慎吾」
私も、慎吾の背中に両腕を回して、ぎゅ~っと抱きしめる。慎吾も、私に回していた腕の力を入れて、熱烈な抱擁になる。
「お~い、そこ、こんなところでやっている場合じゃないぞ~」
と、出てきた則子に突っ込まれて私たちは慌てて身体を離す。
「まったく、誰も見ていないと思っても、どこで見られているか分からないんだからね」
則子に言われて、
「はい、ごもっともです…」「調子に乗りすぎてしまったな、五十嵐さん、ありがとう」
と、私たち二人は則子に頭を垂れて謝罪する。
「うん、大丈夫、私しか見ていないからね。それにしても、更紗がそんなに甘えるってことは、意外とメンタルに来てる?」
則子はそう言って私の背中をさする。その手の動きがとても優しくて、思わず私は「うん」と肯定してしまっていた。
「大丈夫だって!東条くんを信じなさい。っていうか、信じてるのは分かってるから、あとは東条くん次第。東条くん、大丈夫でしょ?」
則子は慎吾に視線を送ると、慎吾はさも当然といった様子で、
「そりゃ、当たり前だろ五十嵐さん。更紗のことが大好きなんだから、他の子に行くことなんかあり得ない。正直言うと、あの子は裏がありそうで、あまり一緒に行動したくないんだよね…」
と言う。私はもう一回抱きつきたかったけど、則子の手前、慎吾の手を握って「ありがとう」と言うだけにとどめた。ん?裏がありそうって…
「それって、どういうこと?」
私が聞くと、慎吾は「遅くなってきたから、続きは学校出て歩きがてら話そうか?」と言うから、時計を確認して、私も頷いた。
「それじゃ、私は尋路待ってるから。じゃ~ね~」
私たちに手を振る則子に私たちも手を振って、学校をあとにする。
学校の正門から続く桜並木は、とっくにすべての花は散ってしまって葉桜が茂ってきた。今日は早めに部活が終わったから、まだ少し明るくてその葉桜が綺麗に見えて、そんな歩道を今日も並んで歩く。
「…で、さっきの言葉、裏がありそうって、どういうこと?」
私が聞くと、慎吾はうん、と頷いて、
「あの子とさっき部室前で話していた時、僕の顔を見るのは良いんだけどね、なんか、顔つきがちょっとあざといというか…上手く言えないけど、値踏みするような感じの視線というか、そんなことを感じてさ。アレ?これ僕は試されてるのかな?って思ったんだ」
慎吾はそう言って、「う~ん」と首をかしげる。
その悩みで少しばかり無言で歩いている間に、いつも夢衣ちゃんと矢野くんが合流する交差点にたどり着き、葉桜を見る時間は終わる。信号は赤になったばかりで、スクランブル交差点だから東西、南北と車道の信号が変わるまで歩行者用の信号は変わらないから結構待たされる。
「そうなんだね。とにかく慎吾は、あの子に対して何か思うところがあるんだよね」
私はそう慎吾に確認すると、慎吾は頷いた。
「うん、こういう人の視線に対してね、悪意を持っているのかどうか何となく感じることがあるんだ」
そう言う慎吾に対して私は、
「そう言うのって、慎吾の特殊能力じゃない?」
と思わず言ってしまうと慎吾は、
「そうなのかな?でも、そう言うのが分かるようになったのは、小学校の低学年かなぁ。ちょっとしたことで1ヶ月ほどいじめられたことがあって、その時に『悪意に満ちた目』というものを感じるようになったから、かもね。人の悪意にはちょっと敏感になってるんだ」
と言う。慎吾の知らない一面を見た。
「そうなんだね。慎吾がいじめられていたなんてそんなことあるの?今の慎吾の姿を見て、そんないじめられるようなことなんてないと思うんだけど…」
「ああ、あのときの僕は、全能感っていうのかな、自分より優秀な人はそういないと高をくくって、結構上から目線で言っちゃうことがあってさ、それで反感を買っていじめに発展したって感じかな」
「でも、1ヶ月もいじめが続くのって、先生はどうしたの?」
慎吾は少し悲しい顔をする。
「結構すぐ対応してくれたけど、それ以上に僕の性格の問題も大きかったんだと思うよ、今思えば。担任の先生からいじめはいじめる方が悪いのは当たり前だ。しかし、今回のきっかけは、東条が上から目線の物言いで友だちを傷つけた所から始まっているから、そのところはきちんと自分で振り返って考えなくてはならないよ、と諭されて『ああ、僕は悪いことをしたんだ』ってそこで初めて自分の性格上の難を認識したと思う。おかげで、性格を矯正して、今に至るって訳」
…意外すぎた。そんなことがあったなんて。慎吾の意外な過去の一面を見て、私は驚く。今の性格と全然違う過去の慎吾が、私は全然想像できなくて。
「そんなひどかったの?」
思わず慎吾の顔を覗き込むと、
「そうなんだよね。正直、今となっては思い出したくない、黒歴史さ。でも、あのことがあったから、今こうしてみんなと楽しくできているし、更紗とこうして一緒にいられるんだと思うと、意味があったことなんだろうなって」
と慎吾が言う。昔のことを思い出して背中も丸まり、小さくなっているものだから、
「そうなんだね。今の慎吾は、私にとって一緒にいて欲しい存在だよ。過去は確かに黒歴史だったんだと思うけど、そこを乗り越えて、性格を直して今があるのなら、小学生なのにすごかったんだね。やっぱり、慎吾は強いんだって改めて思ったよ」
と、小さくなっている慎吾の頭に手を伸ばして、「良い子、良い子」と撫でる。
慎吾は、照れた表情を浮かべて、信号が変わるまで私に頭を撫でらるがままになっていた。
信号が変わると慎吾は、「更紗、ありがとう」と言って、背筋をぴんと伸ばす。
「そうそう、慎吾はやっぱりそうやっていてくれる方が格好いいよ」
私はそう言って、今度は慎吾の背中をポンポンと軽く叩く。慎吾は私の顔を見て「うん、そうやって更紗が元気をくれるから、僕はしゃんと背筋を伸ばすことができているよ。ありがとう」と言う。
正直、話の本筋から離れてしまったけれど、慎吾の過去を知ることができて、私は良かったし、だからこそ、人の気持ちに敏感になっていると言うことを知って、私もそういう所を見習っていきたいなって思うようになった。
翌日から暫くは、佐々さんから露骨なアピールは特になかった。ちょっとした休憩時に様子を見ていると、真面目にはやっている印象はある。ただ、佐々さんは男子の方に行きたい気持ちが強くて、それを前田さんがたしなめているような感じに見えた。
そして、なぜかは何となく分かるような気がするんだけど、私の心の奥底では、認めたくなかった。佐々さんが、慎吾を狙っていると言うこと。入学式にあったあの日からおそらく、彼女は慎吾に惚れたんだろうと言うこと。
それは、私の心の中で警報を鳴らしていた。
慎吾自身が私だけを見てくれるということは疑いようのない事実だけど、そんな私たちの間に入ってこようとする存在が現れたことに、私は動揺していたんだ。
だから、佐々さんの一挙手一投足が気になってしまう。
「大丈夫よ、私もしっかり見て基本的に止めておくから」
と奈緒に言ってもらうことで、安心できた。
はじめの一週間は、新入生マネージャーは3人一緒に仕事をしていたからそんなに積極的に佐々さんから動くというわけではなかったけど念のため、部活終わりで最後の挨拶のあとに、慎吾に近づき、小声で『着替え後、速やかに教室で待ってて欲しい』と告げた。
慎吾は一瞬だけ怪訝そうな顔をしたけれど、ちょっと考えたら「あぁ」と納得した表情になって「分かった。速攻で行って待ってる。あとでライナー送って」と言ってくれた。だから、
「あれ?東条先輩は?」
先に着替えを終えて出ていった佐々さんの、部室の前にいるはずの慎吾の姿が見えなくて訝しんでいる声が聞こえた。
少し間を開けて、私は着替えを終わらせて制汗剤で慎吾が好きだと言ってくれた香り付けをして、部室を出る。するとそこにはまだ二人がいた。
「あら?佐々さんと前田さん、どうしたの?」
私は二人に問いかける。
「あ…大原先輩。東条先輩はどこにいるか知ってますか?」
佐々さんが私に逆に聞いてきた。
「風香、だからもう帰ろうよ。いないものは仕方ないじゃない」
前田さんが佐々さんをたしなめるように言う。
「だって、昨日まではここで待っていたのに、今日はいないんだよ?おかしいと思うんだけど」
「トイレに行っているからかもしれないよ。たまたまいないだけだって」
私はそう言って、佐々さんをたしなめて、「さぁ、もう帰ろうよ」と二人を促す。
「…まぁ、いいですけど。それじゃ、今日の所は失礼します。大原先輩、さようなら」「さようなら、大原先輩」
不承不承という感じで、佐々さんは前田さんと並んで玄関の方へ向かっていった。
「はぁ~」
正直、ちょっと緊張したけれど、取りあえずは慎吾と佐々さんが鉢合わせになることは避けられた。さぁ、慎吾に連絡しよう。
私はスマホを取りだして、ライナーで『まだ教室にいるよね?今から行くから待っててね』と告げる。程なく、『了解!』と敬礼しているキャラクターのスタンプを慎吾は送ってきてくれた。
私はちょっと小走り気味に教職コース3年の教室へ向かうと、理系コースの教室の電気が点いている。教室の外からでも慎吾の姿が確認できたから、勢いよく教室に入ると紗友梨さんがいたのには驚いた。
けど紗友梨さんは私の姿を確認すると、「忘れ物があって、取りに来たら東条くんがいるから、事情を聞いてたの。一難去ってまた一難。ぶっちゃけあり得ないよね」と同情されちゃったし、「困ったことがあったら、いくらでも言ってね。前々から言っているように、私は二人の応援団なんだから」と言ってくれて、こんなに心強いことはないと、本当に心の底から「ありがとう、よろしくね」と言って、3人で玄関を出た。
そして、いつもの交差点にかかると、「それじゃ、私はこの近くの本屋でお母さんを待つから、また明日ね」と紗友梨さんは私たちと別れる。紗友梨さんは、やっぱりお母さんが養護教諭だから、帰りは一緒なんだって。ただ、遅くなる時はライナーで連絡があるらしい。今日は連絡はないから、普通に一緒に帰るということだから、本屋に寄ったんだろうなと思う。
「うん、紗友梨さん、話聞いてくれてありがとう。またね」「大木さん、ありがとう。また明日」
と言って、私たちは紗友梨さんと別れた。
そして、私と慎吾はいつものように並んで帰路につく。そして、ついさっきのことを話す。
「やっぱりね、慎吾が部室前で待っていると思ってたよ。早めに教室に行ってもらっていて正解だったわ」
そう私が伝えると、慎吾は頷いて、
「そうか、そうなると、明日以降も暫く教室に行っている方が良いよね」
と言う。私は頷き返して、
「そうだね。ゴメンね慎吾。迷惑かけちゃって」
と言うと、慎吾は驚いた顔をする。
「いやいや、迷惑をかけるってそれを言うなら僕の方だと思うよ。勝手に僕を気にかけて凸って来るんだよ?それは僕が原因でしょ?」
「それはそうかもしれないけど、私の着替えがちょっと遅いのも、あの子にチャンスをみすみすあげてしまっているかなって」
「いやいや、それは仕方ないでしょ。僕と違って、更紗はきちっと体操服畳んだりしてるだろうし。ゆっくりで良いんだよ」
確かに、ジャージとTシャツとは言え畳んだり、制汗剤で汗のにおいを消したりすると少し時間がかかってしまう。だから、あの子たちに先を越されてしまうのだけど、慎吾の優しさが胸にしみる。
「明日からは、なるべく早く出る。制汗剤だって、別にあそこでしなくちゃいけないわけじゃないから、教室へ行ってすれば良いんだし」
私がそう言うと、慎吾は目を閉じて首を横に振る。
「それ、ある意味危険だよ。だって、制汗剤をスプレーするのって、ブラウスのボタンを何段か外して、胸元に手を入れるでしょ?色々見えちゃう…」
私が慎吾の横で制汗剤をスプレーするのを想像する。慎吾は私より10センチ近く身長が高いから、本当に側にいると、上から…?あ…?確かに見えてしまう。
「…そ、それも、そうね。部室でしてから向かうね」
私はそういうのがやっと。きっと、顔は真っ赤に染まっていただろう。慎吾の顔を見ると、彼の頬も真っ赤だった。
「そ、それはそれとして、もうすぐゴールデンウィークだけどどこかデートに行かない?」
慎吾は話題を変える。たしかに、行きたいよね。
「でも、5月の4連休の最初2日は模試があるのよね?」
慎吾は私の言葉に渋い顔をする。
「ホント、受験生だからって、ゴールデンウィークを楽しませない作戦を発動しないで欲しいよなぁ。…尤も、2年の時も1日とはいえ模試があったから、仕方ないと思うけど」
「でも、最終日じゃないだけいいじゃない。模試が終わったらちょっとだけ遊んで良いよって言うメッセージと受け取っておくわ」
「…それもそうか。そのポジティブな思考は良いね!」
私たちは笑いあって、その2日の計画を歩きながら練る。
1日目は午前中は丁度特別展が始まった恐竜博物館まで少し遠出をして、午後はゲームセンターで音ゲーとプライズ。2日目はこの週末の部活後に買いに行くジグソーパズル。今回は私のリクエストで、もふもふとした猫ちゃんの写真で1000ピースのものがあれば、それにすることとした。なさそうなら、サバンナで買えば良いよね~と慎吾に同意を求めると、慎吾も「そうだね、買ってくれたら、枠も合わせた総額の半分出すから」と同意してくれたから、どちらにせよもふもふを見て癒やされようと思った。
木曜日までは特に何事もなく、平穏に過ぎていく。少なくとも僕と更紗の間では、だけど。
どうも、少しずつ佐々さんのイライラが募ってきているらしい。どうしてからお察しの通り、僕が部活終わりにすぐいなくなるからだ。更紗はもとより、先輩女子に聞いても「知らない」と言われ、男子の芹沢や尋路に聞いたりしても、「最近、あいつトイレ近いらしくて、速攻で着替えてトイレに籠もってるってよ」とちょっと文句を言いたくなるような言い訳をしてくれているけど、まぁ、僕と更紗を守ろうとした嘘を言ってくれているから、そこは感謝しないとね。
そんな先輩たちの様子に、やはり佐々さんは思うところがあるみたいで、「みんなしてなんで隠すんだろう?」と前田さんに話している声が聞こえたそうだ。前田さんは、「でも、いないものは仕方がないじゃない。早く帰ろうよ」と言ってくれているようだったが、僕たちに会うのは難しくなくて、金曜日に玄関で二人に待ち伏せされてしまった。
「やっと会えたぁ。これまで、どうしていたんですか、東条先輩?」
そう言う佐々さんの顔は満面の笑みだけど、少し――ほんの少しの悪意を感じる。
彼女の横にいる前田さんは、少し疲れた顔をしている。部活で疲れただけではなさそうだった。
「どうしたの?僕に、何か用?」
僕は努めて冷静に、佐々さんに聞くと、
「先輩、一緒に帰りましょう。勿論、大原先輩も一緒に」
と言う返事が返ってくる。
僕は、少し考えながら、更紗と目配せをする。更紗は諦めた目をしながら頷く。正直、断る理由が見つからない。だから、
「ああ、いいよ。二人は校門を出てどっちの方へ帰るの?」
と聞くと、前田さんが
「城西商店街の手前の方です」
と言うから、「あ、方向同じなんだ」と僕は言って、「靴を履き替えるから、ちょっと待ってて」と告げてから靴を履き替える。
「しょうがないよね。でも、同じ方向で家近そうだよね…」
更紗がそう言う。これも、ちょっとばかり気になることではある。
「そうだね。あまり家のことは話さないで帰ろう。家まで来られると厄介だ」
僕も更紗に同意しながらそう言って、待っている二人の元へと歩みを進める。
「お待たせ、行こうか」
そう言うと、僕の右隣に更紗、左隣に佐々さん、後ろに前田さんという構図ができあがる。
ある意味、ハーレムなんだろうけど、なんと言うべきか…この体勢になった瞬間から、僕の周りを纏う空気がびしっと緊張したんだ。
更紗は、佐々さんが何を喋ろうとするのかで緊張するし、佐々さんはどう話を切り出そうか悩んでいるみたいだったし、後ろの前田さんからはプレッシャーを感じる。
その空気感は他の生徒たちも感じたのだろうし、僕と更紗が一緒に帰るのに、まさか他の女子も一緒になるとは思わなかったのか、驚きの目で見られていた。翌日、軽く噂になっていたようだけど、そこは幸弘から「なんてハーレム展開なんだよ、慎吾が羨ましい…って、だから夢衣!背中つねるの止めてって~!!」と言われて思わず笑ってしまったのは後日談。
緊張して言葉が出ないものだから、その緊張をあえて僕は破る。左後方に顔を向けて、
「部活は慣れた?」
と聞いてみる。するとはじめに口を開いたのは前田さんで、
「はい、おかげさまで慣れました。先輩マネージャーの棟方先輩がとっても優しく指導してくださったので…」
と言って微笑む。周りの緊張が少しほぐれた気がした。こんな丁寧な物言いをする前田さんは、どこかのお嬢様なのかなと思っていると、更紗が口を開く。
「前田さんは、すごく言葉遣いが丁寧だよね。おうちは厳しいの?」
その言葉に、前田さんは少し困った子をして頷いて、
「実はそうなんです。祖母や母は華道の先生だし、父はとある企業の重役で、厳しく育てられてます」
「そうなんだね…。僕の幼馴染みにも社長令嬢がいるけど、彼女も言葉遣いには厳しくしつけられていたなぁ…」
僕が前田さんの言葉を受けて話をすると、佐々さんがいじけるような感じで僕に話しかける。
「私は確かに社長令嬢でも何でもない、サラリーマンの家庭だから言葉遣いはなってませんよ~」
「ゴメンね、佐々さん。そんなつもりはないよ。言葉遣い云々は別として、マネージャー頑張ってくれているから、入部してくれたことに本当に感謝してる」
そう伝えると、その言葉に彼女は満足したみたいで、
「そうですよ、先輩。こんな可愛い後輩がマネージャーとして入ってきたんだから、パワー出ますよね!?」
と言ってくる。さすがにその言葉に僕は返す言葉がすぐに出なくて、
「あ、ははは…」
と苦笑い。さすがにその言葉には更紗は無視を決め込むことはできなかったみたいで、
「佐々さん、確かにあなたは可愛いと思うよ。でも、可愛いだけじゃダメだからね。マネージャーのお仕事も頑張ってね」
と、釘を刺すように言うと、佐々さんは更紗の方を見て、手を口に当てる。
「大原先輩、まるでお姑さんみたい。嫌みに聞こえちゃいますっ!」
そんなことを言われて、更紗は「え?」とポカンとしてしまう。
「ちょっと風香!それは言いすぎじゃない?」
前田さんがたしなめるように佐々さんに言うと、
「そうかな~。受け止め方はその人次第じゃないかなって思うんだよ、英~」
と、佐々さんはそう言って、更紗から身を隠すように僕の背中に回り込んだ。
「ちょ、佐々さん…?」
思いもよらない行動に、僕は戸惑う。
「ちょっと、佐々さん、慎吾の影に隠れないでよ」
更紗の声が、いつもより低く響く。…あれ?怒ってる?こんな低い声の更紗は初めて見た。
「…大原先輩、怒ってます?」
「ええ、慎吾は私の彼氏なんだから、離れてよ」
二人の間に緊張が走る。僕はその間に入って二人のプレッシャーを前後から受ける。
佐々さんは更紗の言葉を受けて、
「嫉妬ですよね~あ~怖い、怖い」
まるで挑発するかのように言ってから、
「今日の所は、引き下がっておきますね」
と僕から離れる。
「風香、挑発するのももうここまでにして。仲良く帰ろうよ」
前田さんは佐々さんを止めるかのように言って、僕たちに相対する。
「すみません。風香が失礼なことを…」
そう言われて、僕は許すしかないと思うけど、更紗はかなり微妙な顔をしている。
「まぁ、いいけど…」
僕はそう言うけど更紗は、「佐々さんは、ちょっと悪ふざけが過ぎるわ」と厳しい顔を崩さずに言う。その更紗の厳しい顔に、僕も正直な話ちょっとビビってしまった。
それは、佐々さん前田さんも同じだったようで、かなり気まずい顔をする。
「分かりました。すみません。調子に乗りすぎました」
佐々さんはそう言って、ペコリと頭を下げた。
「…今日の所は大目に見ようと思うけど、あまり私たちを困らせないで」
吐き捨てるように更紗は言う。それでこの場はなんとか終わったけど、これはもう一波乱二波乱ありそうで、何となく、胃が痛くなりそうだった。
そのあとは、気まずいながらも二人の出身中学の話になった。家が比較的近いけど、校区がギリギリの所だからどうなんだろうと思ったが、校区として中学校は同じなので、自動的に更紗も同じだった。
つまり、綸子ちゃんとの面識があるかもしれないのだ。でも、更紗は「あ、そうなんだね」と言うだけに止めて、妹のことには言及しないでいた。
二人とは商店街の手前5分くらいの交差点で別れる。
「また、一緒に帰りましょうね、先輩」
佐々さんは僕の方を見て言う。その表情は、ずるがしこい感じで何とかして出し抜こうとするものに見えてしまう。あぁ、やっぱりそう言うことなのだろう。僕の心の中で、警鐘が鳴る。この娘は危険だって。
僕に対する好意は、更紗に対する悪意となってその視線が僕に突き刺さっていた。だから、今後はなるべく一緒に帰りたくないと思ったし、そのことは更紗も同じ思いだろう。更紗は前田さんへは普段通りの柔らかな表情で「前田さん、さようなら」と言ったけど、佐々さんへは厳しい表情をしたまま「佐々さん、じゃあね」と冷たく告げる。
二人が交差点から脇道へと姿を消すと、更紗は大きなため息をついた。
「はぁ~~~~~っ、なんなの、あの子。マジであり得ない!」
更紗は珍しく声を荒げて天を仰ぐ。
「確かに、悪意が混じった表情をするよね…今後はできる限り一緒にならないようにしないとね」
僕が言うと、更紗は頷いて、
「そうなんだよね。でも、どうしよう。これからも玄関で待ち伏せされたら毎日でも顔を合わせそうだしぬこうよ。そして、毎日一緒に帰る羽目になるかも。それは、絶対にイヤだわ。いくら前田さんが一緒でもね」
と言う。そりゃそうだ。僕も納得する。
「今日のこれで味を占めて、これから毎日待ってそうな気もするからね。…たとえば、部活に行く前に靴を部室に持って行って、内履きはもう玄関に置いてしまう。そして、表じゃなくて、裏門からササッと帰るのもありかなって思う。どうだろう?」
僕がそう提案すると、更紗は分かったと言ってくれた。
「それにしても、校区が一緒だったとはね。知らなかったとはいえ、ちょっと家が近いよね。あと、気になるのが、綸子ちゃんだ」
話題を変えて、二人の出身中学のこと。
「そうね。綸子にあの二人のことを聞いてみようかな。どう思う?」
更紗もそう言うので、僕も「お願いするよ」と言って、二人についての噂話を綸子ちゃんが聞いていないか尋ねることにした。
本当に、あの子はどうかしてると思った。慎吾のことが好きなんだろうけどその上、私に対して悪意を持って接してくるから、それはもう腹が立ってどうしようもない。悪意を持っていないのであれば、慎吾と喋っていてもそんなに嫉妬することはないだろう。…もちろん多少の嫉妬はするけど、あんなに怒るまではならなかったと思う。
「もう、本当にありえないわ」
嫌悪感をはき出すように、私は再び口に出してしまっていた。
こんな姿、慎吾に見られたくないのに、本当に心の声がしっかり漏れてしまっていた。
「…あぁ、本音出ちゃった。イヤだよね、慎吾、こんなの」
慎吾に嫌われたくないけど、口に出してしまったものは仕方がないから、慎吾に謝罪する。でも慎吾は首を横に振って。
「…新学期始まってすぐの瀬戸の更紗への態度に対する思いは、今の更紗と同じだよ。めっちゃありえないし、腹も立った。だから、更紗がそうやって本音をさらけ出してくれるのは、僕は自然なことだと思うし、そんなことで幻滅なんてしないよ」
と、真剣な顔で言ってくれるから私は嬉しくなる。
「ありがとう、慎吾。やっぱり好きだなぁ」
私は並んで歩く慎吾の腕に、頭を当てて甘える。そんな私の頭を、そのまま当てた腕を回して撫でてくれる。
「えへへ…」
とても嬉しい瞬間。慎吾は「僕だって大好きだよ、更紗。あの子の言動は、いちいちまともに聞いちゃダメだと思う。気をつけていこう」と言い、そうやって歩いているうちに、私の家に到着する。
「じゃ、またあとで綸子に聞いたことをライナーで報告するね」
「うん、任せた。よろしく」
私たちはそうして別れ、私は家へと入った。
今週は慎吾の家にお世話になる週じゃないから、綸子は真っ直ぐ家に帰って夕食の準備をしているだろう。
「ただいま」
私がそう告げると、キッチンから「お帰り、お姉ちゃん」という綸子の元気な声が聞こえてきた。
「今日は、味噌ラーメンに、餃子のセットだよ。お父さんがこの前買ってきた無人販売の冷凍餃子をしてみようかなって思ったんだ。今から麺を茹でるから、お姉ちゃんは早く着替えてね。多分、着替え終わったタイミングで出せると思うから」
と笑顔で言う綸子。私は、「了解。ありがとう、綸子」と礼を言って、自室に向かう。
制服を脱ぎ捨ててスウェットに着替える。ブラウスと靴下は洗濯に、ブレザーとスラックスは丁寧にハンガーに掛けて、ひとまず自室から出て洗濯物をネットに入れて、洗濯機の外に置いておいた。
「お待たせ、綸子」
私はそう言うと、綸子は「やっぱり。今丁度できたよ~」と言って、丼に入れたラーメンをテーブルに置いてくれる。冷凍餃子は既に焼いてテーブルに置いてあった。
「それじゃ、いただきます」
私と綸子は隣り合って手を合わせる。ラーメンをすすると、あれ?と思う。丼に入っている具材が、昨日の夜や今日の朝に見た覚えがある。
「もしかして、昨日の味噌汁の残りがベース?」
綸子は「そうだよ~」と頷いて、自分も麺をすする。
「うん、上出来」
生麺を使っているから、麺のコシはしっかりある。綸子が上出来と言うだけあって、確かにお店の味にかなり近いくらい、美味しかった。
「お父さんの分は?」
残業で21時くらいになるというお父さんの分について私が聞くと綸子は、「もう茹でて、湯切りしてから丼によそってあるよ。あとはスープを温め直してからかければオッケー」と言うから、「なるほどね」と言って、12個あった餃子を4個残す。
あっという間にラーメンと餃子を平らげる。食器洗いをして一息つくと、時計は20時を少し回ったくらいだった。
綸子はリビングでそのまま学校の宿題をしている。そんな綸子に、聞いてみることにした。
「ねぇ綸子、ちょっと聞いていい?」
「うん、いいけど何?」
綸子は宿題に目を向けながら私の話の内容を聞く。
「3月に卒業した、佐々風香さん、知ってる?」
すると、綸子はちょっと暗い顔をした。そして、嫌悪感をにじませる。
「うん、知ってる。結構学校では有名だったよ、悪い意味で」
「それは、どんなことだったの?」
綸子は顔を上げて、私に告げる。
「うん、結構ね軽いというか、彼女のいる男の人を略奪する人だったらしいよ。たしかに、顔は可愛いと思ったけど、そんな人だと知ってからはなるべく視界に入らないようにしてたよ。学年が一個上だから、滅多に会わなかったけど」
「なるほどね、ありがとう」
私は綸子に礼を言って、「先にお風呂入るね」と入ろうとしたけど、
「あ、あとねもう一個話があって」
と話を続けるから、私は脱衣所へ向かう足を止める。
「どんな話?」
「覚えてるかな?2月に不良で有名なチャラ男に告白されたって言ったの」
少し前のことだったからおぼろげながら、そんなことを言っていた覚えがあった。
「そう言えば、そんなこともあったね」
と答えると、
「実はその人、佐々風香の幼馴染みで、一緒に帰っているところだったり、本当はデキているんじゃないかって噂もあるのよ」
と言うから、へぇ~と心の中で呟いて、
「そんな人もいるんだね。もしかして、似たもの同士とか?」
「そうかもしれないよ。あの時岡って先輩も、良い噂は殆どない、むしろ悪い噂しかないから」
時岡…一応、覚えておこう。
「追加情報ありがとう。お礼は、慎吾の家に行った時にするね」
「うん、ありがとう、お姉ちゃん」
「お礼を言うのはこっち。このこと、慎吾にも話しておくから」
「そうだね。その方が良いと思う」
そして今度こそ、私はお風呂に入った。
「ふぅ…」
今日の帰りを反芻する。綸子から言われたことを考えれば、あの悪意のある顔は納得できる。やっぱり、そう言う子だったんだなって思うと、尚更慎吾を盗られたくない、あの子に付き合わせてはいけないと思う。
身体を洗いながら、慎吾は今、何をしているのかと思う。同じようにお風呂に入っているのだろうか、それとも、家族の団らんで話をしているのだろうか。はたまた、矢野くんや中田くんたちとライナーで会話しているのだろうか、それとも、ゲームをしているのだろうか?
色んな考えが浮かんでは消えていくけど、最終的には「慎吾と恋人になれて毎日が楽しい」という思いが残る。
だから、慎吾に早く報告をしたいと思い、髪を少しばかり上げて湯船に髪ができるだけ落ちないようにして、暫く湯船に身体を沈めて身体を温めてから風呂を上がり、身体を拭いて、ドライヤーをかけて、パジャマに着替えて…ドライヤーをかけている時に綸子からは「だから、服を着てからドライヤーかけたら?」って言われたけど、これがルーティンになっているからなぁ…なかなか難しい話だ。
そして、部屋に戻ってスマホを見れば、慎吾からライナーの通知が届いていた。
「慎吾からだ」
今、一番相手をして欲しい人からのライナーでホッとするんだけど、その内容を見ていくうちに、私の顔はどんどん紅潮していくのが分かった。
『更紗、ちょっとこれはひどいよね…あの子、ブロックするわ』
と最初にメッセージがあってから、スクショだろう画像が数枚送られてきた。
どうして慎吾にあの子から個別にメッセージが送られてきたのか、と一瞬不思議に思ったのだけど、部活動のグループライナーのメンバーから個別に送ることは可能だ。だからなんだな~と思いながらスクショを見ると、そこは信じられない言葉の羅列があった。
『東条先輩、私と付き合ってくれませんか?』
からスタートして、
『先輩の望むことなら何でもしますよ。勿論エッチなことだって』
なんて言葉があって、その次は画像が送られてきて、
『こんな下着も着けてきますよ』
って画像を送りつけてきたみたい。その画像では、露出度の高い派手な黒いブラジャーを見せつけるように、ブラウスのボタンをはだけさせていた。
「…なにこれ…」
私は眉をひそめる。
『もっといやらしいことできますよ』
とメッセージが来ていたけど、それに慎吾が、
『いや、必要ないよ。色仕掛けで何とかしようとしても、それは無駄だよ 。僕は更紗しか見ていないからさ。君がいくら僕をなんとかしたいと思ってもそれは無理だと思って』
と告げていた。そのことは私としては嬉しかったけど、
『どうしてですか?私は先輩のことを本気で好きになったのに。好きになったからこそ、たくさん奉仕したいと思っているんですよ』
とかメッセージの内容を見ていると、気が気じゃない。でも慎吾は、
『いくら好意を寄せてもらっても、僕の気持ちは君には全くないから。これだけはハッキリ言っておくね。僕にとって、更紗が一番大切で、最高のパートナーなんだ。彼女以外と付き合うことは、全く考えていない』
と、力強く言ってくれた。そんなやりとりがあって、
『…それなら、こちらにも考えがありますから。そこまで言われたの私初めてです。私に恥をかかせたことを、後悔してくださいね』
と言う不穏な言葉でメッセージのやりとりは終わっていた。
「何…これ?」
私が呟きながらそう送信すると、
『だろ?佐々さん、怖い。だから、ブロックしようと思う』
って返ってきたから、私も「その方が良いと思う」と賛成した。
そのちょっと後に慎吾からスクショが送られてきて、
『ブロックしたよ』
とメッセージが入った。
これで、当面は安心…でもないかもしれないけど、あの子からメッセージがこないと言うだけでも、慎吾にとって精神ダメージは減るだろうと思う。
「暫くはこれで安心だね」
私がそうメッセージを送ると、慎吾からは、『やれやれ』というスタンプとともに、
『でも、部活では顔を合わせるから、そこで心配なところはあるね。でも、面と向かって言えば多少は答えてくれるかもね』
私は「そうだね。そうあって欲しいと思うよ」と伝えてから、「綸子から聞いたんだけど、あの子、とんでもないことを中学校からしているって」と綸子から教えてもらったことをすべて伝える。
『うわ、そうなのか…。と言うことは、僕のこともそういう考えの基で、なのかな?』
と返って来るから、「そうかも」と返してから、スクショを見返して、「でも、そうとも限らないかもしれないけど…」と本気で好きになったという所を示して伝えると、『ああ、それがあったね』と慎吾は言う。でも、
『だからといって、僕はあの子と付き合うつもりは一切ないから。僕は絶対更紗としか考えてないから』と嬉しいことを言ってくれる。だから私は、
「ありがとう。私も、慎吾のこと大好きだよ。さっきも伝えたけど」と返して、この日の報告会は終わり。…なんだけど、やっぱりあの子が残した最後の言葉が気になる。
「『後悔してくださいね』…どういうつもりなんだろうね?」
この台詞が本当に気になるし、心配だ。
『そうなんだよね。好意が悪意に変わったから、僕に何かしらの影響を与えるものかもしれないんだけどなぁ…とにかく用心しないとね』
「そうね…慎吾は特に気をつけて。私もちょっと気をつけてみるね。何かあったらすぐ連絡しよう」
『OK。分かった。それじゃ、また明日、いつものところで。お休み』
「うん、お休み」
ここで慎吾とのやりとりは終える。宿題して寝ようと思ったけど、心配でなかなか宿題が手につかない。う~ん、これはあまり良くないなぁ…と思いながら少しずつ宿題をなんとかやっているうちに、スマホがライナーの着信が鳴る。相手は…前田さんだ。
『先輩、明日部活休んだ方が良いです。東条先輩共々、休んでください』
どういうこと?でも、文面から見ても前田さんは切羽詰まっているように見える。
「前田さん、どういうこと?」
私は聞くと、前田さんからは、
『…風香、よりによって最悪なことをしようとしています。…そうならないように、私は風香のストッパーになろうとしていたのに、思っている以上に暴走するのが早かったです』
…前田さんの言いたいことが分からないわけではないけど、すべてが理解できないので、私は提案する。
「前田さん、通話しよう。ちょっと細かく話を聞きたいなって思うんだけどいいかな?」
するとすぐにビデオ通話の着信が鳴る。
「ゴメンね、ありがとう」
私が言うと、前田さんは私の姿を見て目を丸くする。
「?どうしたの?」
『やっぱり大原先輩ってスタイル良いですよね…どうしたらそんな体型を維持できるんですか?って、本題はそこじゃないですよね。すみません。今の話のことなんですけど…』
と、本気かどうか分からない言葉とともに、佐々さんのやろうとしていることを話してくれた。…ああ、ベッドにうつ伏せになっているから、谷間が見えていたのだろう。
『風香、時岡くんを唆しています。そして、先輩を襲わせるって』
…そういう卑怯なことをする子だったんだね。やっぱり。私は納得する。
「分かった、ありがとう。でも、前田さんは佐々さんと親友だったんじゃなかった?」
当たり前の疑問を口にすると、前田さんの顔は曇った。
『…あの子とは絶交します。私たちが卒業する間際に、私が誰にも教えずに付き合っていた幼稚園からの幼馴染みを寝取ったんです。その時は、『まさか付き合っているの知らなかった』とは言っていましたが、私が知らなかったあの子のSNSの裏アカで、『前々からウザいと思ってた古い友人から彼氏寝取ってやった』って投稿していたのを、別の友だちから聞きました。その時は、ああ、やっぱりって思ったんです。そこで絶交しても良かったけど、古い友人だし、まだ引き返せるうちに元の良い子に戻って欲しいと思って、高校に入ってからはまだ私の幼馴染みとも続いていたから、人の彼氏を盗らないように、目移りしないようにって注意していこうと思って風香と約束したんです。『今の彼氏と、幸せにやっていって』って。その時は、『分かった』って言ってくれました。でも、やっぱり悪癖って治らないんですね。私ももう限界です』
と、衝撃的な内容を口にするものだから、
「…ごめんなさい。話したくなかったよね?」
とつい謝ってしまった。でも、前田さんは、
『いえ、逆に話を聞いてくれて良かったです。あの子の本性を教えることができたので。とにかく、明日は部活を休んでくださいね』
と、改めて言われたから、私も「うん、分かった。慎吾に話しておくね」と言って、通話を切った。
「…」
しばし呆然としてしまう。思っていた以上の佐々さんの本性が私にはあまりにもあり得なさすぎて、これまで出会ってきた学校の友人――とは言っても、私自身はそんなに深い付き合いをしていたわけじゃないから、その本性は確かに分からないのだけど、それでもここまで腹黒い子はいなかったと思うんだ…。その事実をかみしめると、風呂上がりで火照った身体は冷え切っており、冷や汗も感じられるようになった。
「…慎吾に連絡、しなきゃ」
と思うけど、口の中もカラカラになってきたから、一旦麦茶を飲もうとキッチンに向かうと、お父さんが帰ってきており、綸子の作ったラーメンをすすっていた。
「あ、お帰り、お父さん」
「お、ただいま、更紗。どうした?ちょっと顔色が悪いようだけど」
動揺が、顔にも出てしまっていたようだ。でも、このことはお父さんや綸子に言うことではないと思うから、「ちょっと湯冷めしたかも。もう寝るね」と言って、麦茶を一気に飲み干してから、お父さんに「お休み」と言って、ベッドに戻る。
お父さんも「お休み」と言ってラーメンをすすっていた。
「さて、慎吾に連絡っと」
スマホのスリープを解除して、ライナーを開く。少しの間だったから、全く通知は入っていない。そこで、改めて慎吾にメッセージを送る。
「慎吾、ごめん。前田さんから連絡があったの。明日の部活は私たち二人とも休んだ方が良いって」
少し間があって、返信が来た。
『そうなんだ。でも、何故?』
「佐々さん、さっき話した時岡って人を使って、慎吾を襲うって」
私はそう伝えると、『え?そうなの?』と返事が来る。
「そうみたい。恥をかかせたお礼参りかも」
『…そんなに恨みを持つものかなぁ…?』
「持つんじゃないかな。あの子、そういう承認欲求強そうだし」
『それもそうか。じゃ、明日は休もう。更紗も一緒に休んでってことだから、お互いに部長にだけは話を通して、部活の直前にライナーのアンケートには投票しよう。それで、そのあとは図書館へ行って…いや、方向的に行くのは止めた方が良いよね。僕の家で勉強しようか?』
と提案してくれる。だから私もそれに賛成して、
「うん、そうしよう。ありがとう、慎吾」
『いやいや、礼には及ばないよ。こっちこそ、ありがとう』
と、それで今日の会話は終了。
明日は慎重に過ごさなくちゃね。そう思って、もう寝ることにした。
う~ん、不良を使って、僕を襲うってこと?後悔するというのはそういうことなのか?
佐々さんがそんなことをするのだろうか…?いや、するんだろうな。昨日の更紗の報告からして。そして、僕に対する好意が悪意に変化したことで、僕に対する憎悪というのも当然あってしかるべきだ。
彼女は僕にとってはただのマネージャーであり、それ以上でもそれ以下でもない。そんな彼女に好意を持てといわれても、いくら、エッチなことをしてくれるからと言われても、ハイそうですかと同意するわけない。僕はあくまでも、更紗の彼氏であり、将来は教員となる人間なのだから、信頼してくれている更紗という人に対する裏切り行為なんて、できるはずがないんだ。
彼女は倫理的に、根本から僕や更紗と違う人間なんだ、と言うことを、昨日のライナーで思い知らされた。
今日は部活を休んで、更紗と僕の家で勉強会だ。一応、再来週の模試の勉強というのが名目なんだけど、直にあって、昨日の話の続きをする予定もしている。
朝ご飯を食べて、音ゲーをちょっとしながら待っていると、部活が始まる時間の9時少し前にチャイムが鳴った。
確認するまでもないと思いつつ、インターホンの画面を確認するとやっぱり更紗だったから、僕はそこで「今開けるね」とインターホン越しに更紗に伝え、玄関に。
玄関を開けて、「おはよ、更紗」と挨拶をする。
最近、更紗はトレードマークとして白のヘアバンドをしている。そして、水族館デートの時と同じ、黄色のチュニックと白のキュロットスカートだ。白のスニーカーソックスに、この前通販で買ったばかりのスニーカーだった。
「やっぱり、今日も可愛い。水族館デートの時もそうだったけど、その服装好き」
僕が褒めると、更紗も笑顔で「そう言ってくれて嬉しいよ」といいながら、靴を脱ぐ。
「お邪魔します」
脱いだ靴のつま先を玄関の方に向けて置き直す仕草に、僕はやっぱり彼女のことを好きになって良かったと思う。こんな仕草がきちんとできる人の方が、よほど信頼できる。
「いらっしゃい、更紗ちゃん。今から慎ちゃんと勉強なんでしょ?良いね、アオハルって感じで」
パジャマ姿の伊緒姉が丁度朝ご飯を食べるために自室から降りてきたタイミングだった。何気にパジャマの上がずれてブラの肩紐が見えているところがみっともない。
「伊緒姉、そんな中途半端な姿で降りてこないでよ」
「別にいいじゃん。減るものじゃないから。ね、更紗ちゃん?」
僕と伊緒姉の言葉の応酬の流れ弾が更紗に直撃する。
「あ、あははは…伊緒奈姉さんのパジャマ姿もセクシーですよ」
更紗はちょっと困った笑いを浮かべながらそう言って流れ弾を回避する。
「ありがと、更紗ちゃん。つくづく、慎ちゃんには勿体ないわぁ。いっそのこと、私の彼女になってよ~」
「おいおい…」
今度は僕が苦笑いを浮かべる。
「ま、そんな冗談はさておき、今日はごゆっくり」
伊緒姉はそれだけ言うと、リビングに入っていった。
僕たちは、僕の部屋でまったりと勉強した。英語で僕が分からない時は更紗が「この構文はね…」と、更紗が数学で分からないと、「ここは、あまり見ない形だけど、こうするといつもの形にできるんだよ」と僕が教えあって、お互いに苦手を少しでも克服しようとしている。
おかげで、少しずつではあるけど模試の点数――というよりは偏差値なんだけど、は上がっている。いくらエスカレーターで大学まで行けるとは言っても、それにあぐらをかいていてはいけない。お互いに高め合える関係だからこそ、僕が更紗と一緒いたい理由の一つなんだ。
ほぼ丸1日、昼からは綸子ちゃんも来て、ワイワイ勉強できて、充実した1日だった。
「じゃあ、今日はこれで。ありがとう慎吾」
と更紗は言ってくれるけど、
「お礼を言うのはこっちだよ。楽しい時間だったよ。綸子ちゃんも、来週はうちに来る週だね。また来てね」
と言うと二人とも「うん、分かったよ。そう言えば慎吾、送ってくれるんでしょ?そろそろ行こうよ」と、僕の腕を両側からほぼ同時にとる。
「あらあら慎ちゃん、両手に花ね」
母さんは暢気なことを言うけど、それはそれで嬉しいことなのだと思う。
3人で仲良く更紗の家へ行き、僕は二人から「また来週ね」と元気をもらって帰る。
その夜、更紗から「英ちゃん――前田さんからライナー来た。休んでもらって正解、今日は佐々さん、時岡って言う人を連れてきて、校門前で待たせてたって。私たちが休みだと言うことが分かると、めっちゃ不機嫌になってたらしいけど、英ちゃんの助言受け入れて正解だったね」とライナーが入って、僕たちも一安心。
明日はお互い予定は入れなかったから、家で取りあえず大人しくしていようと言うことになった。下手に外に出て何かあるといけないよねと話して、また月曜日に会おうと言うことで通信は終わる。
そして、夜の少林寺拳法の練習時、色々考えると、
「あ、小型カメラ充電して、いつでも撮れるようにしておこう」
と思い至る。三津屋の行動を記録したあのカメラは、もしかしたら今回も助けてくれるかもしれない、と思ったから。
僕は練習が終わったあと一目散に自室へ行き、小型カメラの充電を始めた。スマホ連動で、カメラで撮られた映像は即スマホに記録もできるから、そのモードにしておいた。
…使わないのが一番良いんだけど、こればかりは仕方ないな。
そう思いながら床に就いた。
そして月曜日。僕たちはいつものように登校して、いつものように授業を受ける。クラスは別だけれども、隣のクラスだから、顔を見ようと思えば、休み時間にいくらでも会いに行けるから、大きな問題じゃない。
放課後、僕と更紗は部活に行こうとお互いに廊下に出たところで鉢合わせ。
「あら慎吾、ナイスタイミング」
「それはこっちの台詞だよ、更紗」
僕たちは両手でハイタッチする。
「全く、これでもかと見せつけるよなぁ、お前ら」
と、2年の時の学級委員長だった鈴木からツッコミを入れられた。
僕と更紗は「そうかな?」とハモって答えるけど、それが更にツッコミを助長したようで、「お前たちなぁ、マジで相性イイのな。羨ましいったらありゃしない。二人の間に入ろうとする奴なんて、そうそういないだろ?」
なんて言われる。
(いるんだよなぁ、これが…)
と、内心僕は思うけど、それは更紗も同じだったみたい。
「あれ?どうしたお前ら。秒で顔つき変わったけど?」
鈴木の言葉に慌てて我に返る。そして、「いや、何でもないよ」と言って鈴木に返すけど、やっぱり少し鈴木も納得がいってないようで、
「え?まさかいるのか?どこのどいつだよ」
と詰め寄ってくるように言ってくるから、
「新入生だよ」
と答えて、これまでの経緯をかいつまんで話す。つまりは今、彼女とつながりのある多幸の不良に目を付けられ、狙われているところまでだ。
「…時岡ね。あいつは自分が大物と思っているけど、喧嘩もさほど強くないし、ただ単にイキっているだけの小物だよ」
驚くことに、鈴木も知っていた。
「なんで知ってるの?」
更紗がそう鈴木に聞くと、
「ああ、言ってなかったけど、俺もそこの校区なんだ。お前たちとは反対側で、小学校が違っているから気づかなかっただけだと思うよ。佐々の噂も軽く聞いている。彼女がいる男を寝取る、やな女ってな」
と、結構彼女たちの悪評は知れ渡っているみたいで、同じ校区なのに僕は知らなかったんだけど、ほぼほぼ接点がないから仕方なかったのだろう。
「そうか、そうなんだな」
「でも、狙われているってことは、今日もそうかもしれないってことだろ?お前ら、今日の部活は何時に終わる?」
「18時半だけど、それがどうかしたか?」
鈴木の質問に、僕は応えて更に質問を続ける。
「いや、その時間に俺も一緒にいようかと思ってな。なんか、今の話だとなんだか焦臭くてな」
「いいのか?」「え?いいの?」
鈴木の提案に、僕も更紗も同時に声を上げる。
「だから、お前たちはどうしてそこまで息が合ってるんだよって。まぁ、それはさておき、味方は一人でも多い方が良いだろ?」
と言うものだから、僕は鈴木に感謝する。
「ありがとう、鈴木、恩に着るよ」
「ま、上手くいけばラーメンの岩堀で辛旨ラーメン奢ってくれればいいから」
と言うものだから、「そんなの、お茶の子さいさいだ」と了承する。
18時45分に玄関で会うことを約束し、そこで一旦分かれた。
そして、部活が終わった18時半。今日の部活に佐々さんの姿はなく、前田さんは来ていた。今日から1年生は2人でローテーションをするらしい。佐々さんが来ていないのは、気分的にもありがたい。
それはやっぱり更紗も同じようで、お互いにうなずき合っていたけど、そんな僕たちを見ていて暗い顔をしていたのは、当事者の一人である前田さんだった。
部活は特に何もなく終わったけど、挨拶が終わって部室へ。するとそこにいたのは、
「「佐々さん…」」
僕と更紗はその姿を確認して、ため息をつくかのようにその名前を口にした。
僕と更紗の姿を見た佐々さんは、人を見下すような醜い表情で笑う。
「あ、東条先輩。お話ししたいことがあるので、一緒に来てもらえませんか?二人で話をしたいんです」
そういう佐々さんに、当然僕は拒否をする。
「この前のライナーのやりとりで分かっているだろ?君と話すことはないんだけど…」
それでも、しつこく「5分…いえ、3分で良いんです」とすがってくるから、それには人の良い更紗が絆されたのか、「それくらいなら、仕方ないんじゃない?慎吾、話してあげなよ」と僕に勧めてくる。
更紗がそう言うから、僕は不承不承「分かった。でも、話す場所は僕が指定する。それについては納得して欲しい」と伝えると、佐々さんは「分かりました」と神妙な顔つきで言う。
二人きりになるのは絶対に僕が不利になると思ったから、少しでも人目の引くところが良いと、1階購買横の自販機の前を指定する。生徒玄関や職員室からも近く、人通りもそれなりにある。よほどのことがない限り、僕に何かされたと訴える状況を作るのは難しいだろう。
「着替えるから、先に待っていてくれるかな?」
と僕が言うと、佐々さんは「分かりました」と言って身を翻した。
その時、マネージャー業務を終えた前田さんがちょうど体育館から出てきて、佐々さんの姿を見る。そして、
「風香…」
と佐々さんに話しかけようとしたけど、佐々さんはその声を無視して先に行ってしまった。
「英ちゃん…」
更紗は前田さんに話しかける。
「はい、風香に絶交を告げたので、あんな反応をされるのは分かっていたんですけどね…逆に清々しました。先輩、お帰り、気をつけて下さい」
「でも今、慎吾と佐々さんの二人で話をしてから帰るんだけど」
と更紗が言うと、前田さんの眉が上がる。
「…本当にすぐ終わらせて帰った方が良いと思います。土曜の今日なので…」
「分かった。ありがとう。実は、友達も一人ついて一緒に帰ってくれるから、大丈夫だよ」
「それなら良いですけど…でも、あいつが来たら厄介なので私も大原先輩とご一緒しますね」
味方が増えていくのは、とってもありがたかった。でも、あいつって?もしかして…。彼女のことをよく知る前田さんだからこそ、行動が読めているのかもしれないけど、
「ありがとう。よろしく」
確かじゃないことは口に出さず、僕と更紗は前田さんに礼を言って、それぞれ着替えに行く。
僕は、ここが踏ん張り時だと気合いを入れる。着替えてからスマホでライナーを起動し、『これからスマホと小型カメラで録画するから、何かあっても不利にならないように言葉遣いも気をつけるよ』と更紗に伝える。
そして、僕は何も彼女にしていないことを証明するために、スマホと小型カメラをそれぞれ録画モードにする。その間に、更紗からは『分かった』という返事が来ていた。
小型カメラは鞄に忍ばせ(一脚に備え付けて、鞄の横ポケットから撮っている)、スマホはメインカメラを佐々さんを写すような向きにカッターシャツの胸ポケットに入れる。
よし、行こう。
更紗が出てくるのを待って、僕たちは購買横の自販機コーナーに向かった。
佐々さんは、勿論先に来ており、炭酸を飲んで待っていた。
「先輩、待っていましたよ。大原先輩と、前田はとっととあっちへ行って下さい。邪魔です」
僕の彼女と、同じマネージャーの立場の元友人を邪険に扱う態度には、僕はかなりムッとする。
「先輩、そんな怖い顔をしないで下さい。ほんの少しだけ、お付き合い下さいね」
薄ら笑いを浮かべる佐々さんに、僕はなんだか得体の知れないものを感じて背筋が凍る思いをした。
「慎吾…」
不安そうに身体を近づける更紗に僕はあえて微笑んで、
「大丈夫。鈴木ももうそこにいると思うから先に行っててよ。すぐに追いつくから。それに…しっかりハッキリさせておいた方が良いと思うんだ」
と言って、安心させる。
「うん、分かった」
更紗は僕から身体を離して、小さく手を振る。
そして、前田さんと二人で玄関へ消えていった。
「さ、話って何かな佐々さん。君と付き合うのは丁重にお断りさせてもらったと思うけど?」
僕は先制パンチのつもりで切り出すけど、佐々さんの顔は涼しいままだ。だけど、なかなか口を開いてくれず更紗たちが玄関を出たであろう時間くらいまで、彼女は喋ってくれなかった。
「どうして喋ってくれない?」
しびれを切らせて僕が口を開くと、ようやく彼女も口を開いた。
「ええ、それはもう分かっています。私に恥をかかせたことを後悔してくださいと警告したはずですよ」
「どうやって?もしかして、今ここで悲鳴でも上げて僕に襲われそうになったとか言うつもり?」
彼女の言い分に、僕は反撃を仕掛けるけど、それは肩すかしだった。彼女は、僕の言い分を「ん~~~~」と暫く考え込んでから口を開いた。
「それもありかなって思ったんですけど、先輩は大原先輩のことがとても大好きなんですよね。東条先輩に後悔してもらうなら、やることは一つですよ…」
そういう彼女の笑みはとても怪しい。そして、その笑みと以前からの情報…時岡という不良の存在…僕を足止め…僕はピンときてしまった。
「更紗っ!」
そう、「先輩を襲うかもしれません」という前田さんの言葉は、僕ではなく更紗を襲うという意味だったんだ!僕も更紗もそこを完全に誤解してしまっていた!
「あら、さすが察しが良いですね先輩。そうです。大原先輩は今頃、勇斗に絡まれているんじゃないですかね。あの男、私の言いなりだから『あいつの服破って、公衆の面前で恥をかかせたら?めっちゃ胸デカイから、通りかかる男子生徒どもも眼福だろうね』なんて唆したらやる気満々でしたよ」
…どこまで卑怯なんだよ…でも、自白してくれて良かったよ。これで証拠は十分だ。助けに行かないと。いくら何でも、鈴木と前田さんが側にいれば多少の時間は稼げるのだろうけど、時間の問題かもしれない。
「あぁ、分かったよ。どれだけ君が卑怯で最低な人間かと言うことが…僕の人生の宝となる人を傷つけようだなんて、絶対に許さない」
僕の発する声は、とても低く、ゆっくりだった。これまでの人生の中で、おそらく一番キレていたのではないかと思う。眼光も鋭く佐々さん…いや佐々を射貫いていただろう。佐々がこれまで見せたことのない表情――怯え――を見せていたのがその証左だった。
でも、佐々はすぐに気を取り直す。
「なんとでも言ってください。これまで思い通りに行かなかったことがなかった私にとって、あなたたち二人は…いや、英も含めて三人はとっても目障りな存在になりました。私の視界からいなくなれば良いとさえ思ってます」
…もう、話しても無駄だ。そんなことよりも、更紗を助けに行かないといけない。僕は、佐々に告げる。
「後悔するのは君だから。そんなに気に入らない人間を排除するだけの人生を送っているのであれば、それ相応の罰を受けてもらうよ。じゃあね」
僕のその声は、おそらく僕自身の人生の中でも一番冷たいものだったと、大人になってからも思っている。こんな風に、冷たく言葉を吐き捨てたのは、後にも先にも、このときだけだった。
「…間に合えば良いですね。高みの見物とさせていただきますよ」
僕のその冷たい言葉に対しても、佐々は涼しい顔をしたままだった。
そんな顔をしていられるのも今だけだからと内心呟いて僕は身を翻し、玄関で靴を履き替えることもせずダッシュで出て行く。
そして、数歩走ったところで目に飛び込んできたのは、倒れた鈴木と、その姿に怯えて胸を両手で抑える更紗と前田さん、そして、いやらしい笑みを浮かべて今にも更紗にその汚い手を伸ばそうとしている男の姿だった。
玄関で靴を履き替えて出ると、そこには鈴木くんの姿があった。軽く手を上げて、「おっす!あれ?東条は?」と聞いてくる。
「鈴木くん、ゴメンね。ありがとう。慎吾はすぐに来てくれると思うよ」「大原先輩、お友達ですか?」
英ちゃんの言葉に私は頷いて、「去年私と同じクラスの学級委員だったの。今は慎吾と同じ理系クラスだけど、何かと世話を焼いてくれているわ」
「…大原更紗ファンクラブ会長だからな。自称だけど」
鈴木くんはその場を和ませようとしてくれたのか、そんなことを言ってクスッと笑わせてくれる。
ウィットに富んだ所は慎吾も及ばないところで、慎吾も認めている友人の一人だ。私も鈴木くんのことをいい友だちの一人だと思っている。
そんなことを言いながら穏やかに校門で慎吾を待っていようと思っていたんだけど、その時、校門の方から声がした。
「大原、更紗、だな」
少し厳つい顔をした、短髪で体つきも慎吾や鈴木くんよりも大きい男の人だ。耳にはピアスもしている。この人が、話に聞いた時岡という人なのだろうか…?
この男は、10メートルくらい先にいたけど、どんどんと距離を詰めてくる。
「いや、違うけど?俺の彼女だよ、時岡」
鈴木くんが機転を利かせて私を別人のように装うけれど、一旦5メートルほど手前で男は止まると、私の顔を睨んで言ってきた。
「ああ、そうかい。そんな嘘が通じると思ったか。その顔見覚えがあるんだよ。大原って聞いたからまさかとは思ったけど、よく似てるぜ、妹にな」
私はハッとして、『覚えてるかな?2月に不良で有名なチャラ男に告白されたって言ったの』という綸子の言葉がフラッシュバックする。
「そっか、分かっちゃったか…」
私は渋い顔をする。
「まぁ、妹よりも胸でかくて揉み甲斐はありそうだな。妹に思いっきり邪険にされて断られた恨みは晴らさせてもらうぜ」
そんな不条理なことを言う時岡に、激しい口調で批判したのは、英ちゃんだった。
「そんな逆恨み、する相手が違うじゃない!あなたはやっぱり、物事をきちんと捉えて考えず、その場のノリだけで反応していくだけの人なのね!さすが、風香とずっとつるんでるだけはあるわ」
そんなことを言う英ちゃんに時岡は視線を向ける。
「誰かと思えば、風香の親友面をしたウザい奴か…。ああ、その場のノリで生きているさ。だからなんだって言うんだ?お前には関係ないね。風香は俺にとっても、ヤリたいときにヤラせてくれて、都合良く動いてくれる奴だから、お互いウィン・ウィンの関係なんだよ。お前に何か言われる筋合いはねぇ」
そう言いながら、時岡はさらに私の方へ歩を進めてくる。一歩一歩。着実に私の方に近づいてくる。3メートル、2メートル…。
「おっと、そこまでだ。それ以上近づくなよ。何が目的なんだよ?」
鈴木くんが私の前に立って、時岡との間に入ってくれた。でも――
「俺の名前知っているが誰なんだよ。どっかで見たことある気がするけど、まぁどうでもいいや。邪魔なんだよ、どけよ。俺は、風香のためにやってるんだよ。あいつにとっての邪魔者を排除してくれって頼まれたから、さっ!」
時岡は鈴木くんに対してそう吐き捨てると同時に、右の拳を振り上げた。
「ぐっ」
鈴木くんはその拳を左の頬に受けて倒れる。
私と英ちゃんはまさかの暴力に、恐怖心を抱いてしまった。
「…」
私たちは、言葉を出せなくなって、後ずさりすることしかできない。
でも、その足も恐怖で動かなくなる。
着実に、時岡は私たちに近づいてくる。近づいてきながら、時岡は言葉を吐く。
「恨むなら、俺じゃなくてお前の妹と風香をこっぴどく断ったお前の彼氏を恨むんだな」
何で綸子を、何で慎吾を、恨む必要があるの?悪いのは、勝手に逆恨みして、人を傷つけるあなたでしょう!と、私の中で何かがはじける。
「そんなわけない!なんで慎吾を恨む必要があるの!気に入らない人間を排除するような真似をする人の方がよっぽど悪いことなのよ!!私はそんなのに屈しない!」
多分、慎吾がガチギレした時の心の中というのは、こんな感じだったのだろう。不条理に対して、絶対に許せない気持ちを吐露する。でも、彼はそんな私の怒りに対して何も思わないのか、「良い度胸だ。じゃ、ここで大恥をかくんだな!」と私の胸をいやらしく見ながら、鈴木くんを殴った腕を私に伸ばしてくる。
「いやっ!」
私がその腕を拒否しようと胸元を両手で押さえたその時――
「待てっ!」
登校中にスケベ男子に絡まれた時のように――でも、その声は鋭く、慎吾が猛ダッシュで助けに来てくれた。さっきの鈴木くんと同じように、私の目の前に立つようにして。
「貴様…更紗に何する気だ…」
そんな慎吾の声は、とても低くてこれまでに聴いたことのない、私が恐怖心を抱くくらいだった。
「ああぁ?お前が風香をこっぴどく振った奴か?」
時岡が凄むけど、それ以上の殺気のこもった声で
「だったらなんだろう?僕は最初から更紗しか見ていないから、いくら言い寄ってきても無駄だと言っただけなんだけどな。それが悪いことなのかい?」
と、慎吾は返す。すると時岡は、浮かべていたいやらしいから表情を一変させる。
「あぁ。今まで落とせなかったやるはいなかったからな。お前は風香に恥をかかせた、風香が憎んでる。風香を馬鹿にした奴を、俺は許さないしな」
と、彼はまた拳を握る。
「ほぉ、それで暴力に訴えると。僕ではなく、更紗を襲うのは同じように恥をかかせようということか?」
慎吾の質問に、時岡は頷く。
「そうだ。風香にとってコイツは敵だし、俺にとってもこっぴどく振りやがった女の姉だから、この制服ヒン剥いて恥をかかしてやらないと気がすまねぇな」
そんなことをまた言う。慎吾の顔は元々厳しかったけど、それがふっと無表情になる。あ、時岡は、完全に地雷を踏んだと思う。慎吾は、目の前にいる敵を容赦なくたたき落とさないと気が済まないガチギレモードに入ってしまった。
「そんなこと、許されるとでも思うのか?僕は、更紗が大事であって、あの子と付き合うようなことは考えられない。それに、自分の身体を利用して彼女がいる男子を寝取るような卑怯な真似をしてるんだろ?僕はそんな倫理観のない人間と付き合いたいとは思わない。君も、あの子と連んでいると言うことは、似たような人種なんだろうね。はっきり言わせてもらうが、僕とは価値観が正反対なんだ。
更紗に乱暴する?やれるものならやってみろよ。僕が相手だ!更紗の身体には指一本触れさせない!」
時岡を真っ直ぐに見て慎吾は大きく声を上げる。そして、
「更紗、前田さんを連れて逃げろ。あとこれ、こっちにカメラ向けといて」
と言う慎吾の顔はいつもの表情で、時岡に話す声とは違う、優しい声に私は安心感を得ると、自然と身体が動くようになるのを感じた。そして、私に渡してきたのは慎吾のスマホ。
「うん、分かった、慎吾」
私は動くようになった足をなんとか動かす。そして、カメラを慎吾の方に向けながら、英ちゃんを引っ張り、後ずさりするように玄関へと移動しようとする。
玄関に視線を向けると、何人かの生徒がスマホを持ってこちらを撮ろうとしている様子がうかがえたから、思わず声を上げる。
「撮影するよりも、先生と、警察呼んで!私、襲われそうになったし、今も慎吾が殴られちゃう!」
すると、その中の一人が110番通報をするそぶりを見せてくれたし、何人かは先生を呼ぶために玄関へ入っていったみたいだ。
その人達とすれ違うように、また心強い仲間が玄関から出てきた。
「矢野くん!慎吾が…」
矢野くんはそれだけで察したのだろう。慎吾の方を見る。その時、
「おらぁ!」ガッ!
雄叫びと殴られる音がすると同時に矢野くんに向けていた視線を慎吾を向けると、時岡の右拳がさっきの鈴木くんと同じように慎吾の左頬にヒットしたみたいだった。
「慎吾っ!」「東条先輩!」
私と英ちゃんは悲鳴のような声で慎吾を呼ぶ。でも、慎吾は倒れない。
僕は、時岡の拳をわざと左の頬で受けるように逆に向かっていった。
殴られるのは痛いけど、怖いけど、そんな事言っていられない。更紗を守るために僕は必死だった。
左の頬に衝撃を感じる直前に、足を踏ん張って、倒れないように準備する。
そして、衝撃を感じる直前に準備していた左手で、奴の右腕を握る。
「殴ったね」
僕は時岡に告げる。時岡は僕の声にニヤッと笑って、
「だからどうした?」
と言う。でも、正直素人パンチだったから思いの外痛くなかったし、ここからは正当防衛成立が成立する。だから僕は、
「別に」
と言うと同時に、時岡を左手で引き寄せて、僕は右手の裏拳を時岡の顔に向けて攻撃する素振りを見せる。
「慎吾!」
更紗の声が聞こえる。
「うおっ!」
時岡が拳を避けようと顔を背ける。僕は、(かかった!)と思うと同時に、左手を捻って時岡の腕を極めながら奴の背中に回って、目一杯体重をかけて倒れ込む。実は、裏拳はフェイントで、当てるつもりは毛頭なかった。
「ぐっ!い、痛ぇ…」「大人しくしろぉ!」
僕はそのまま体重をかけて、時岡を抑え込む。でも、奴の方がガタイがいいから、ジタバタされてこのままだと抜けられる。と、その時、
「慎吾!助太刀!」「俺も!」
声だけで幸弘と分かった。もう一人は、殴られたショックから回復した鈴木で、僕は彼の姿を視界の片隅で捉えていた。僕は力が抜けないように2人に「すまない!」と言うと、幸弘が僕が抑えているのと逆の手と左足を取り、鈴木は右足を取って押さえ込んでくれた。
そのまま少しすると、先生が2人、春日先生と英田先生が僕たちに駆け寄ってくるのが見えた。その視界の端に、信じられない顔をして呆然としている佐々を捉えた。
近くに更紗と前田さんがいたから、思わず叫ぶ。
「更紗!すぐそこに佐々がいる!捕まえて!」
更紗はその声に反応して首をキョロキョロさせると、「いたっ!」と指さしをして、前田さんと一緒にダッシュする。
佐々は逃げようとしたけど、周りにいた生徒が気づいてブロックされ、更紗と前田さんに捕まった。何気に、ブロックしてくれた生徒の中心には、心配顔の夢衣がいた。
「夢衣ちゃん!ありがとう!」
更紗が夢衣に礼を言う声が聞こえる。
そして、先生二人が僕達で抑え込んでいた時岡を両側から抑えて立たせる。時岡は、その頃にはもう大人しくなっていた。
呼びに行った生徒達はさらに先生を呼んでくれたみたいで、佐々には女性教師が2人、更紗と前田さんの代わりに抑えられていた。
そのうち、パトカーもサイレンは鳴らしていなかったけどパトライトをつけながら構内に入ってきた。
「事情聴取、学校でやってもらおうと思うんだけど、良いかな?」
と言う英田先生の言葉に、僕や更紗、前田さんに鈴木は頷いた。
そして校内に戻る前、僕は幸弘と夢衣に「ありがとな、助けてくれて」と告げて、今日のところは帰ってもらった。「あとでライナーするよ…余力が残っていたらだけど」と追加で言っておいたけどね。
玄関まで歩いてくると、更紗が抱きついてきた。僕は抱き返してお互いの無事を喜ぶ。
周りから「ヒューヒュー!」なんてはやし立てる声が聞こえてくるけど、本当に下手したら更紗の豊かな胸が公衆の面前に晒される可能性があったことを考えたら、自分が殴られることでそれを回避できたことはとても誇らしい。
「慎吾、怪我、大丈夫?」
更紗はそう言うと、涙目で僕の左頬を撫でてくれる。
「こんなの大したことな…痛ぁ…ははは」
今頃になって頬の痛みが殴られたときよりも酷くなってきた。さっきはアドレナリンが出ていたからだろう。
「もう…」
更紗はちょっと頬を膨らませて、僕の頭を軽く撫でる。ころころと変わるその表情に、僕は更紗を守ることができた誇らしさを実感することができた。そして、
「助けてくれてありがと、鈴木」
鈴木に礼を言う。すると鈴木は、
「いや、不覚を取ったわ。あいつ、中学校の間でかなり強くなっていたな。一発で倒されるとは思ってなかったわ。でも、意外だったのは、東条、お前なんか武術やってたのかよ。強かったじゃんか!」
と大きな声で言う。だから僕は、
「小学校の時に、少林寺拳法をね。段位取る前にやめたけど、最近ちょっと思うところがあって道場は通わないけど、OurTubeで練習動画って最近はわんさとあるから、参考にして練習はしていたんだ」
「なるほどな。大原を守るためだろ?」
「ああ、もちろんな」
すると、鈴木は俺の肩に左腕を回し、右腕で軽くボディブローをしてくる。
「ははっ。確かに腹筋スゲェわ」
僕と鈴木がじゃれ合いながら笑っていると、
「お楽しみのところ、すまんがそれぞれ事情聴取を受けてもらって良いか?」
英田先生の言葉に、僕達は真顔になって「はい」と返事をする。
「その前に、保護者にも連絡するから、部屋に入って待っててくれ。東条、また生徒相談室に入ることになるのは申し訳ないが」
と言う春日先生の言葉に、
「いえいえ。こればっかりは仕方ないですよ」
と答えておいた。実際、そういう部屋の方が話しやすいから、仕方ない。
その後、保護者も呼ばれて事情聴取が行われた。
やはり、何かあったときのことを考えて、動画を撮っておいて正解だった。
更紗に渡して撮ってくれた動画には、しっかりと僕の抑え込みの行為が写っていたけど、時岡に殴られた後だったので、正当防衛が認められたし、僕の裏拳もどきは顔に当たっていないことも確認できたから、特にお咎めがなかった。
殴られたことに関しては、鈴木の分も合わせて病院へ行って診断書をもらってから、被害届は出させてもらった。
結局、家に帰ったのは22時を回っていたけど帰る直前に、更紗と少しだけ話ができた。
更紗の方は、襲われる前だったので特に被害届を出すことはできなかったけど、恐怖心を植え付けられたことは確かだったので、その辺は時岡にも佐々にも落とし前はつけてもらう。
「それにしても、まさかの展開だったね…疲れたよ」
生徒玄関先で更紗がう~んと背筋を伸ばしながら言う。
「ああ、本当にまさかだったよ。でも、これで本当に終わったと思う」
「だね」
「なんか、この1ヶ月、本当に怒濤のようだった。高3という一番大事な時期の始まりがこんなことばっかりで、残りの期間は大丈夫なのかなぁと不安になるよ」
そんなことを言いながらも、更紗の顔は緩んでいる。
「大丈夫だよ」
僕は微笑んで、そう言う。
「まさか、更紗にまで被害者になるところだったなんてな。本当に何ごともなくて良かった。慎吾くん、本当にありがとう。身を挺して守ってくれて」
更紗のお父さんが僕にお礼をおっしゃってくれた。
「いえ、勝手に身体が動いていました。ただ、更紗を守りたかったですし、悪意を持って接触してきた人間の好きにさせたくなかった、それだけです」
僕がそう言うと、父さんが、
「男になったな、慎吾。犯人を抑えるときも殴っちゃいなかったようだしな」
更紗が撮ってくれた動画を父さんも見たようだけど、「向こう見ずだな」とも言われたけど、そう言われて気分が上がる。
「少林寺の練習していて良かったよ。自然に身体が動いてくれたから」
僕が言うと、
「使うことがないと良いねって話していたけど、フラグだったのかなぁ」
と、更紗は僕の後を継いで言う。僕はその言葉に苦笑いを浮かべて、
「そうかもね」
と笑うしかなかったけど、
「本当に慎吾、ありがとう、守ってくれて」
更紗は僕の痛む頬にキスをしてくれた。
「お父さん達が見てるって」
僕はすごく恥ずかしかったけど、更紗はどこ吹く風。
「お父さん達も公認なんだから、今更恥ずかしがらなくても良いよ」
なんて言うけど、当のお父さん達は、
「まぁ、それ以上は俺たちが見ていないところで、な」
と苦笑い。僕は、
「まだ早いよ…」
と言って視線を更紗から外す。
「でもひとまずは、救急に寄ってから家に帰って休むぞ。それでは、大原さん、お気をつけて」
父さんはそう挨拶して、僕を車に促す。僕も、
「お父さん、ありがとうございました。さようなら。更紗、また明日ね」
と言うと、「うん、ありがとう、慎吾、また明日ね」「またみんなでご飯を食べに行こう」と更紗もお父さんも返してくれて、疲れた身体を引きずるように帰ると、風呂に入らずそのまま寝てしまった。
翌日、学校にいつも通り登校すると、大木さんと中山さんが出迎えてくれた。
「昨日のヒーローの登場ね」「話は聞いたよ~東条くん、すごかったらしいね。更紗ちゃんは、彼女冥利に尽きるよ」
二人のべた褒めに僕はちょっと照れる。
「でも、頬がね、今もまだ痛いんだよなぁ。だから、別段ヒーローって訳じゃないし」
「でも、あえて殴らせたんでしょ?そういう所、意外と東条くんって策士なんだよねぇ」
笑みを浮かべる大木さんに、僕は降参する。
「ああ、そうかもね」
そう言って苦笑い。
その日、佐々の姿はあの日の瀬戸と同じように、学校になかった。
さすがに、幼馴染みとは言え他校の不良を校内に呼んだこと、女子生徒に乱暴をさせようとしたことは悪質と言うことで、そのまま時岡共々警察に逮捕されたらしい。
さっきも話したように、僕と鈴木はこの件で更に時岡の暴行について被害届も出した。時岡については更に他でカツアゲなどの余罪もある噂を聞いたから、これだけの罪状があれば少年院送りになるんじゃないかと思う。
それと、結局最後まで、佐々からの謝罪の声を聞くことはなかった、
謝ったら負けだとでも思っているのだろうか、
(ああ、ダメだこの子は)
そう強烈に思ったことを、大人になってからも思い出すことがある。
人を呪わば、穴二つ。
相手に対して穴を掘って落とそうとしても、自分の足下にもう一つの穴を掘っているということを、佐々も時岡も自覚するべきだった。でも、あの様子を見ている限り、あの二人は当面そのことは分からないだろうし、反省の様子が見えないことから、これからも分かるとは思えない。
放課後、僕と更紗は勿論部活へ。そこには、前田さんの姿もあった。
「前田さん、昨日はありがとう。更紗と一緒にいてくれて、怖かっただろうに時岡を批難してくれて、有り難かったよ」
更紗から聞いたことについて、僕は礼を言うと、
「すみません。風香をもっと早く矯正できていれば、こんなことにならなかったのに…」
前田さんは本当に恐縮したように話し、そして続ける。
「先輩方にご迷惑をかけたので、この部活にはもういられないと思い、退部届を出しに来たんです、今日は。短い間でしたが、本当にお世話になりました」
と、礼をして僕たちから身を翻そうとしていたから、それを一瞬早く更紗が前田さんの肩を抑える。
「英ちゃん!どうしてあなたが辞めるわけ?あの子が私たちに迷惑をかけたのは、あの子の意思であって、あなたは関係ないじゃない。確かに、それまではあなたとあの子は友人同士だった。でも、それは中3の卒業間近の時点でもう終わっていたように思うの。だから、あなたが何も責任を感じることじゃないから、バド部に残って、お願い」
更紗が一気にまくし立てると、前田さんの綺麗な顔から涙が一筋流れる。
「更紗先輩…ありがとうございます。こんな私でも、残っていて欲しいだなんて…」
「だって、折角真面目にマネージャーやってくれていて、本当に戦力になってくれるなって思っていたし、あなたとは、先輩後輩以上に、良い友人になれそうだから、このまま辞めて欲しくないなって」
更紗はそう言って、前田さんを抱き寄せる。
前田さんは、涙をぬぐって更紗の胸に顔を埋めると、
「更紗先輩、ありがとうございます。私、頑張ります!」
そう言って、抱き返していたけど、少し前田さんは顔をスリスリしてから羨ましそうに、
「更紗先ぱぁい…本当に、今度で良いから先輩のプロポーションの秘密教えてください…」
と、僕がいる目の前でそんなことを話す。
…前田さんも、そんなに羨ましがるほどプロポーション良くないわけではない…むしろ他の男子連中はかなり目を引くと思うんだけどな…と一瞬思って、首を横に振る。
ここからは後日談。
前田さん情報で、佐々は結局学校を退学し、祖父母が住む県外の、ここよりも田舎町にある定時制高校へ転出になるらしい。高校に入学するのは、後期からと言うことだ。時岡は少年院に入ることになったらしい。
僕と更紗は今後のことを考えて、二人とも僕たち周辺には近づかないよう接近禁止命令を出してもらった。
これで、当分は心配ないだろう。
前田さんは、勿論そのままバド部のマネージャーを続けてもらっている。みんな、特に更紗からの信頼は絶大で、お互いに気遣っているのが分かるくらいだ。
あの一件以来、週1回は僕と更紗に前田さんも加えた3人や、幸弘と夢衣も加えた5人で帰ることになっている。
そんな前田さんにも、最近彼氏ができたみたい。
それは、初心者の中でも最も有望格な南部紘大――一番最初にシャトル拾いをマスターした1年生――だ。彼は更紗に褒められてから更紗に惚れてしまい、無理を承知でアタックしに来たらしいけど、「ゴメンね、私の彼氏は慎吾なんだ。君の入る余地はないよ。でも、努力したら絶対に見てくれる人はいるから、頑張って」と更紗に言われて更紗のことを諦めるのと同時に部活をもっと頑張ったみたい。そうしたら、前田さんが、その真面目ぶりに心惹かれたんだって。
僕は、南部に「絶対に前田さんを離すんじゃないよ。絶対だ。あんな良い子はそういないぞ」と告げると、南部は「はい!ありがとうございます!先輩こそ、大原先輩に飽きられないように頑張ってください!」なんて生意気な口をきくものだから、「当たり前だろ」と言って南部に笑顔でヘッドロックをかましてお互いに笑いあう。
6月のインターハイ予選まで、更紗と一緒に頑張った。インターハイ予選にミックスはないけど、たまには気分転換も兼ねて尋路や五十嵐とミックスやったり、1年生の指導もしたりして、楽しみながらも真剣に取り組んでいった。
あれから、勿論佐々の姿も見ていない。どうも、家庭環境が複雑だったようで、退学と同時にそのまま祖父母の家に預けられたらしかった。彼女は暫く学園の中でも噂に中心にいたけど、結局5月のゴールデンウィークが終わる頃にはその噂もほぼなくなっていた。みんな、色んなことに興味があるから、一つ決着がついたら興味を無くすんだろうね。
ゴールデンウィークと言ったら、幸弘の誕生日をみんなで祝って、夢衣が購入した誕生日プレゼントを渡したら、幸弘は泣いて喜んでいた。その翌日は模試があったり…模試のあとに鈴木にラーメン奢ったり、そして、更紗とデートをしたりと忙しかった。
4月から1ヶ月間の精神的な苦痛と言うべきか、ストレスがなくなって、本当に更紗と良いゴールデンウィークを過ごすことができた。
「一緒にこうしてジグソーパズルをしている時間が、私にとってすごい幸せな時間なんだよね」
とゴールデンウィークの最終日のおうちデートで更紗は言ってくれる。
だから僕も負けじと、
「ずっと一緒にいられるととっても幸せだよ。これからも一緒に生きるように頑張る。やっぱり更紗は僕の宝で、とっても大好きだ!」
って、お互いにパズルをしながら告白しあって、抱き合った瞬間に、綸子ちゃんが部屋に入ってきて「エッチなことはここではしないように」と釘を刺され、お互い顔を真っ赤にさせていたっけ。…まだまだ、そこまでするつもりはないんだけどね。
この一件以降、これからもお互いに思いやりながら過ごしていく、そう改めて誓う機会が持てたことは、僕たちにとって良かった。
さらにお互いの絆が深まったよね、と大人になってからしみじみ二人で回想した出来事だった。

コメント
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コメントを書く鳥原波
いつもありがとうございます。そう、二人で解決していくことが大切なのです。そして、嫌味なく周りと接する二人だから、周りも助けてくれるんですよね。なので、一人で考えることになったときには…(意味深)。そして、IFの話しいいですねぇ。エピローグとか、いずれの機会で妄想の一部で使えそうな気がします。ふふふ、膨らみますねぇ。
ノベルバユーザー617419
今回も夢中になって読ませていただきましたぁ♪
「社会の落とし穴」どこにでもある現実です。でも1人で背負わない、抱えこまない。「2人で」解決を目指し、またそんな2人だから周りも助けを出し問題に立ち向かう姿は模範であり、理想であり、教科書ですね☆
ところで…IFの話ですが…遠い遠い未来…2人の子供が
男の子なら…作り置きを見て、息子の「無事」を願う父親の姿や
女の子なら…作り置きを見て、自由の時間を満喫する父親の姿が目に浮かぶ(母娘が帰ってきたら父親がF1のビデオ見て白熱してるすがたを目撃)