臨魁学園物語――転校生とガチ恋をして、二人で幸せになる話――
7章 14週目~20週目 ミックスダブルスとバレンタイン!甘々の中にも苦みあり!?
三が日が終わって、冬休みの補習後半が始まると、クラスの中はちょっとざわつく。
というのは、幸弘と夢衣のこと。
いつもなら、二人だけでくっついていることはなく僕と更紗のカップリングのおまけの仲間という印象だったみたいだけど、休み時間になって、幸弘から夢衣の机に行って、僕たちと一緒ではなく幸弘と夢衣の二人だけで話をしているところを見たクラスメイトは「え?」という表情を見せた。
驚いていないのは僕と更紗、大木さんと中山さんの4人くらいで、他のクラスメイトは知らなかったみたいだ。
男友達に言わなかったのか幸弘に放課後の部活前(補習そのものは午前中で終わるから、昼飯前が正しい)に聞いてみたら、
「いや、別にそんな威張って言うことじゃないし、それに、ちょっとやっかまれるかなって言うのもあって…夢衣って、意外と他の男子からもモテるんだ。あの清楚で儚げな佇まいがとってもイイってな」
妙に納得してしまった。
「なるほどな。確かにその方がいいかも」
なんて話をして、二人の仲の良い姿を見ていると、僕は優しい気持ちになる。
それは、更紗も一緒なようで、
「私たちだとさ、結構わちゃわちゃしちゃっていると思うけど、夢衣ちゃんと矢野くんって、二人でいると何かと落ち着いた雰囲気だからそこがいいのよね」
とその日の夜のライナーで話していたっけ。
そして、補習が終わって、連休が明けたら3学期が始まるという、その3連休の最終日、成人の日に、気まぐれな冬将軍は一晩で80cmもの雪を降らせてくれて、翌日は休校になってしまった。
これだけの雪を初めて体験した更紗は、
『これは、確かに雪かきしてからじゃないと外をまともに歩けないから、雪合戦どころの話じゃないね…』
と、休校の連絡が入った朝の8時頃にライナーのメッセージを入れてくれた。
「でしょ?まずは雪かきしないとどうしようもないんだよ。困ったことがあったら、また連絡してね」
とメッセージを残して家の雪かきをしていると、更紗からSOSのライナーが入った。お父さんもお仕事がリモートになったから雪かきは何とかできたけど、雪道に慣れていないから、買い物を手伝ってほしいとのことで、つきあうことにした。
その時は「除雪もなかなか入らない状態だから、不要不急の外出は控えた方がいいよ」とは言ったけど食料が心許なかったみたいだから、それは仕方ない。近所のスーパーで買い物をしたけれど、この雪で商品の配達もままならないから、売り切れ続出で新鮮な野菜や肉があまり買えなかったからインスタントやレトルト食品で何とか数日間を凌ぐしかないなってことになった。
休校は3日続き、ようやく3学期が始まったのは金曜日。休校1日目以来会えなかった更紗と一緒に登校する。慣れない雪道に更紗は悪戦苦闘しながらも僕の手を握って何とか歩いて学校に行った。
雪はそれ以降降らなかったものの、なかなか解けてくれない雪のせいで念のため、週末の部活はお休みに。それは仕方がないことだと思う。
そして、翌週の月曜日、暫くぶりの男女合同部活の時だ。
今日はミックスダブルスの練習を尋路たちとしていた。昨年末のクリスマスイブ以降、僕たちの動きはかなりいい感じで動けている。
経験年数の多い尋路たちをまあまあ苦しませることができていた。
そんな状態だから、尋路と五十嵐さんは。
「あなたたち、何かあったんじゃないの?」
ってちょっと勘ぐるような質問をする。
「へっ!?」
僕は思わず変な声が出るけど、五十嵐さんは意に介さず続けて、
「だって、最近の二人の動きの息の合い方って結構良くなってきた感じなのよ。12月の最初はすごくぎこちない感じだったのに、まだぎこちなさは残っているんだけど、ここ最近、一気に伸びたの。何かきっかけがあったとしか思わないんだけど?」
さすがにこの一言には、僕も僕の隣にいた大原さんも少し声をのトーンが上がる。
「んなことないよ!」「そんなことないってば!」
「ほら息ぴったり」
同時に叫んだために、五十嵐さんはまたその言葉を繰り返す。
偶然とは言えハモってしまった事実が、僕らの頬を赤く染めた。
するとそこに、南東先生と西塔先生がやってくる。
「仲良きことは、美しきかな。今の4人の試合見ていて、なかなかいい感じだからちょっと西塔先生とも相談したのだが…」
「そろそろ市民大会があるのは知ってる?」
南東先生の言葉を引き継いだ西塔先生の言葉に僕はうなずく。一方で更紗が、僕の背中をつっついた。
「そうなの?」
「そうだよ。あれ?話したことなかったっけ?」
「うん、慎吾の口からもその話は出てないよ。知らなかった」
更紗はちょっとだけ不満顔。
「あ、確かに言ってなかったかも。ゴメンね。まずは、先生の話を聞いてよ」
「ええ」
僕の言葉に更紗は頷いて、先生の顔を見る。
「で、いいかな?」
僕らの会話に南東先生が割り込んでくる。というか、先生の会話に更紗が割り込んだので、先生はちょっと苦笑いだったけど僕はうなずいて、次の言葉を待った。
そして、思いがけない提案を受けた。
2月に市民大会があって、この大会はA部門:10年以上の経験者、B部門:5年以上10年未満の経験者、C部門:5年未満の経験者の3部門あって、もちろんC部門該当者でも部門内でベスト4以上の成績だったり、県大会や市の大会、高校の大会で上位(ベスト16以上)の者はその上の部門に出なくてはならない。また、全部ダブルスだけど、男子、女子、混合とある。
「で、その市民大会に、混合ダブルスで出ないか?ということなんだ」
「「ええっ!?」」
またしても僕らははもった。確かにここまで息が合っていると「ほら息ぴったり」と尋路が茶化すから、僕は尋路を一睨みする。でも、耳は先生の言葉に注意していて――
「大原はもちろんだけど、東条もギリギリC部門出られるだろ?大会まであと一ヵ月くらいあるから、もっと練習すればかなりいい線いけると思うよ。あと、野山・五十嵐もA部門で出てもらうつもりだ」
僕と更紗は顔を見合わせた。目が合って、瞳で語る。
(慎吾はどうするの?)(僕は、やるよ)(了解)
これだけで十分だった。僕は先生に向かって言った。
「はい、やります」
それを確認してから、先生は更紗にも聞いた。
「大原さんも、いいかな?」
「はい!」
彼女は即答した。
「じゃあ、決まりだね。申し込みはこっちの方でしておくから、これから一ヵ月、怪我のないように頼むよ」
「「わかりました」」
三度ハモって笑う先生二人は体育館から出て行く。あとは生徒だけの練習だ。
僕は更紗に聞く。
「早速、練習する?」
「ええ、いいわよ」
「そうだね。尋路、五十嵐さん、もうちょっと相手してもらっていい?」
コートに移動しながら僕は尋路に聞いた。
「あ、ああ。いいぜ」
彼はいったん、僕に気圧されたようにそう答え、今度はいつもの調子に戻って言った。
「やけに気合い入ってるな」
「そりゃ当然。公式戦で更紗と出られるなんて、こんなに嬉しいことはないよ!」
そう言って僕は構える。ネットの向こうから彼女が、シャトルを手から離した。
「それじゃ慎吾、行くよ!」
パシンッ!と良い音がしてシャトルが空中を舞う。
(がんばるぞ!)
僕はそう心に誓った。
その日の帰り、本当に慣れない雪道をロングブーツという名の長靴で私たちは縦に並んで帰る。私が後で、慎吾が前だ。何度か転びそうになった時は、慎吾に助けてもらって、何とか転ばずに帰ってくることができた。
「雪道って、こんなに歩きにくいんだね」
私は、心底うんざりして言ってしまう。今ちょうど、商店街前の交差点に差し掛かって信号待ち。このあたりは除雪が進んでいるから、もう転ぶことはないんだけど、雪道を歩くのは本当にしんどい。
「ああ、そうだね。踏み固められた歩きやすい道は一人分しかできないし、かといって、並ぼうとすると、踏み固められてないからもっと歩きにくいし。ホント、いつものことながら、雪道は歩きたくないね」
慎吾は苦笑いをしながら私の方を向く。
「でも、少しずつ慣れていけばいいから。手を繋いでいるからある程度助けられるし、とにかく怪我なく帰ろう」
そう言って、私を元気づけてくれる。
「うん、ありがとう。それはそうとしてなんだけど…」
私は大会へのエントリーについて、慎吾に問いかけた。
「ねぇ、慎吾。今回の市民大会って、うちの学校はよく出ているの?」
慎吾は頷く。
「そうだね。冬の間って、高校の試合はないんだ。練習試合はするけど、こんな雪だと行き来するのも大変だからあまり練習試合をした記憶ないね。公式戦としての次は正月に話した4月の強化大会。だから、この時期に試合に出て、試合勘を忘れないようにするという目的もあるんだと思うよ」
私は納得して、
「そうなんだね。なるほどな」
でも、次の慎吾の言葉に驚く。
「でも、ミックスに出るのは初めてじゃないかな?それまでは、男女しか出てなかったと思うし」
「え?そうなの?誰か出ているかと思った…」
「うん、たぶん」
「それって、私たちの仲が良いからなのかな?だって、野山くんと則子のペアもA部門で出るんでしょ?」
私の疑問に慎吾はちょっと顔を赤くして、
「多分、そうだと思うよ。それと、11月の一件のことで先生も考えてくれたのかもね」
あのときの喧嘩…というかちょっとした意識のすれ違いでお互いに落ち込んだ事件のことを思い出す。
「もう、あのときのことは私たちにとっていい教訓になったと思うから、もう乗り越えているんだけどね」
私の言葉に、慎吾も「そうだね」と頷く。
「でも、だからこそ、もっと困難にぶつかってみろという考え方もできるかな。更紗、頑張ろうな!」
慎吾の決意に満ちた目に、私も「うん!」と笑って頷いた。
信号が青に変わって私たちは交差点を渡る。いつもなら、ここで別れるのだけど、道が道だからと慎吾は家まで送ってくれる。
…そういう心遣いが、とても嬉しい。
「で、週末は模試か…」
慎吾がはぁっとため息をつく。
「そうね。でもため息ついていると幸せ逃げちゃうから。頑張ろう。土曜日は文系科目ね」
私がそう言うと、慎吾はちょっと苦笑いを浮かべて、
「それもそうだ。前向きに行こう。土曜日さ、模試の後少しだけ勉強して帰ろうか?」
「ええ、いいわよ。後でグループライナーに2人も来るかどうか流してみていい?」
「ああ、勿論いいよ。頼んだよ」
「了解、了解!」
ちょうど、家の前に着いた私は、元気よく返事をする。その元気に慎吾も笑顔になって、
「ホント、更紗は僕に元気をくれるよね。そういうところも好きなんだよ」
と臆面もなく言うものだから、私の方が照れてしまって、
「もう、いきなり何を言うのよ…。私だって、そうやって好意をストレートに言ってくれる慎吾が好きなの」
と声のトーンを落として言ってしまう。すると、慎吾は私を抱き寄せる。
「人に見られちゃうよ…」
私が言うと慎吾は首を振って、
「見られても良いよ。だって、やましいことはしてないもの。好きな人にずっと触れていたい気持ちを我慢したくなかったから」
「…私も同じ」
と、少しの間そうしていると、スマホからライナーの通知音が鳴った。
私と慎吾は同時に離れて、自分たちのスマホをチェックすると、通知はお父さんからだった。もうすぐ帰るって。
「そうか、じゃ、また明日だね」
慎吾はそう言って、手を振る。
「うん、じゃ、また明日。ご飯食べたらライナー送るね」
そんなこんなで雪に振り回された10日間が終わりを告げると、週末は模試。
模試の1日目の後、夢衣ちゃんと矢野くんに声をかけたら賛成してくれたので、一緒に自習室で勉強をして、2日目に臨み、それぞれがしっかり頑張った。だから、後はどんな結果が得られるかが楽しみだ。
一方、部活は市民大会に向けて練習を重ねていき、2月に入ってからの練習は前半が男女別に、後半はミックスに出る私と慎吾、野山くんと則子に、男子と女子の1ペアずつは合同練習にずっとなっている。男女のペアはどちらも私たちと同じ、C部門だ。おそらく、高校になってから始めた生徒たちに、試合経験を積ませたいのだろうというのが慎吾の憶測だ。
8人で練習を回していると、やっぱり則子と野山くんの上手さが際立つ。攻めの時と守りの時の連携がやっぱり上手いし、しっかり声をかけて「よろしく!」「俺行く!」とコミュニケーションを取っているから強いんだと思う。私と慎吾のペアもなかなか1ゲームも取らせてくれない。…最高で、14-21くらいだ。
「やっぱり則子と野山くんのペアは上手よね」
「そうだね。頭一つも二つも抜きんでてるわ。確かに、小1からずっと同じクラブでやっているだけある」
「経験年数の違いって、こんな所まであるんだ…」
慎吾は頷いて、
「そうだね。さらに、更紗もこの前見たと思うけど、ダブルス時の動きを解説してくれている動画の中身って、あの二人は何でもないようにやっているよね。そこがやっぱりすごいなって思うよ」
「そうね。私たちは、まだまだぎこちない感じがするよね」
私がそう言うと、慎吾はもう一度頷いて、
「そう、1月に五十嵐さんは大分ぎこちなさはなくなったよ、と言ってくれていたけど、実際に動いているとぎこちない…と言うか、まだまだ頭で考えながら動くから、ワンテンポ遅れるんだと思う」
その言葉に、私は納得する。
「確かにそうね…『浮かせたから横!』『前に落とすから縦!』と自分に言い聞かせながらやっているから、確かにちょっとだけ遅れてしまうのかもね」
「だから、ここは練習で何とかしないと行けないところなんだろうね。今はそのための練習なんだと思う」
「うん、ねぇ、時間が許せばだけど、慎吾の家に寄った時にちょっとだけダブルスの動画見ることってできないかな?」
私は提案する。時間は19時20分。もうすぐ慎吾の家。家では、綸子が正月に交わした約束通り、慎吾の家でお世話になっている。今日も、綸子から連絡があった。今日は綸子も晩ご飯作りを手伝ったらしく、晩ご飯を食べてから帰ることになっている。
道路と言えば、1月のどか雪のあとは、雪はあまり降らなくて、歩道の雪もすっかり消えてなくなっている。除雪されて壁になっているところが、当時の面影だ。
「うちでご飯食べてから帰るんだろ?それなら時間は十分取れると思うし。問題ないと思うよ。客間で一緒に食べながら見ようか?」
慎吾も了解してくれて、お母さんにその様にライナーを送る。すると、少しして私のスマホからライナーの着信音が鳴る。誰かと思えば、綸子だ。
『え~?東条さんと二人で動画見ながら晩ご飯食べるの?私も入ったらダメ?』
と言う、抗議のメッセージだったけど、「ゴメン、今度の試合のミーティングも兼ねているから、できれば二人で食べたい。埋め合わせは今度するから」とライナーを送ると、『もう。しょうがないなぁ』というメッセージが秒で届いた。文句を言いたいだけだったんだろうな。可愛い妹だ。
「ただいまぁ」
慎吾の声が玄関に響く。私も続いて、「お邪魔します」と言って靴を脱ぐ。そして、つま先を玄関に向けて並べる。
「お帰り、更紗ちゃん。慎ちゃん。夕飯とか一式客間にあるからゆっくり食べてね」
と、お母さんはそう言う。その隣から綸子が出てきて、
「料理の手際、お母さんに褒められたよ~」
と嬉しそうに言う。確かに、料理の腕としては、綸子の方があるなぁ…。とか重いながら、私たちは客間に入って私と慎吾は二人並んで座る。
「今度は、更紗ちゃんの手際を見せてもらおうかな~」
とお母さんは悪戯っぽい声で私に言う。私はちょっと困った顔で「あ、はい、分かりました」と答えたけど、褒めてもらえるだけの腕かどうかは分からないな~という思いが困り顔に出てしまっていたようだ。
「ん?更紗ちゃんはお料理苦手?」
お母さんからの突っ込みが入る。
「いえ、そういうわけでは…慎吾にはいつも美味しいって言ってもらってますし。味は問題ないと思いますけど、手際と言われると…」
「なんだ、そういうこと。大丈夫よ。多少遅くても美味しく作れれば」
「は、はい…」
「今から動画見るんでしょ?それじゃ、お邪魔虫は部屋から出るわね、どうぞごゆっくり~」
「ちょ、母さん…」
慎吾の咎める声をよそに、嵐のように、お母さんと綸子は部屋から出て行き、私たち二人が取り残された。
「動画、見ようか?」「ええ、そうしよう」
私たちは動画を見始める。
世界のトップクラスの選手の動きを解説してくれているこのチャンネルは、初心者から中級者に対してもわかりやすい言葉のチョイスをしていて、課題が見つかった時はその人の解説動画を見て、明日に繋げようとしている。
今日は、横に並んだ時のシャトルの取り方やその練習方法について解説してくれていて、自分たちに足りないのがこのことなんだろうなというのを自覚した。
「明日は、ここの部分を練習しようか?」
慎吾が聞いてくるから、私は「もちろん」と頷く。
試合に出る以上は、楽しみつつも勝ちたいから、真剣に練習するんだ。
とっても美味しかったご飯を食べ終わってミーティングを終えると、私たちはリビングに。そこには宿題を終わらせた綸子と、慎吾の両親、そして晴城お兄さんと、お父さんもいた。あれ?いつの間に入ってきたんだろう?
「お父さん!?気づかなかったよ」
「ああ、つい30分ほど前な。お前たちが真剣にテレビを見ていたから、声をかけるのを遠慮したんだ」
「そうでしたか。すみません、気づかずに」
慎吾は謝るけど、お父さんは笑顔で、
「いやいや、あんな真剣に部活に打ち込んでいる二人を邪魔したくないし、無粋だと思ったからね。あと10日くらいかな?頑張ってもらいたい」
「ありがとうございます」
慎吾は頭を下げる。
「それじゃ、そろそろお暇しようか?もう20時半回ってるし、家に帰ってお風呂に入ろう」
お父さんの言葉に、私と綸子は頷く。
「名残惜しいけど、帰るね。また明日も会えるから」
「そうだね。明日も部活頑張ろう」
「綸子はどうする?」
「明日は、こちらには寄らずに家に帰る。友達とお買い物して帰る約束をしてるから、大丈夫だよ」
友達という言葉に、お父さんの眉が少し上がる。
「友達って、女の子かい?」
お父さんは、そう綸子に質問した。
「そうだよ、何、お父さん?私に彼氏でもできたと思った?」
「そんなことは、ないけど…」
お父さんは少し焦る。
「大丈夫、東条さんみたいな格好いい人、うちの中学にはいないから、当分彼氏できないよ。…今日も告白されたけど、一つ上のちょっと不良で有名なチャラ男だったから、『あなたのような人には興味ありません』と断ったからね」
お父さんの顔に安堵の表情が見えた。
「でも、チャラ男って意外と根に持つ奴いるからなぁ、綸子ちゃん、気をつけるんだよ」
慎吾や晴城お兄さんから同じようなことを言われて、
「はーい。困ったら、周りに助けを求めるし、いざとなったら東条さん呼んでいいですか?」
なんて言う。…気の優しい慎吾のことだから、
「分かった。できる限り守るよ」
と言うことは、十分に想像できた。
「私にも連絡しなさいよね、綸子。私も駆けつけるから」
だから、私も協力を申し出る。綸子は、
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
と言って、笑ってくれた。
「じゃ、帰ります。いつもありがとうございます」
渡した家族は、東条家をあとにする。
「また、いつでも来てくださいね」
慎吾のお母さんを始め、東条家のみなさんの見送りを受けて、私たちはお父さんの車に乗り込んで、家路についた。
そして、大会当日は11日の日曜日。
私と慎吾が初めてデートをしたあの体育館で、市民大会が行われる。組み合わせは、前もって市の協会のホームページに掲載されていたとのことで、西塔先生がトーナメント表を印刷して前日に渡してくれた。
C部門のミックスは、全部で21組がエントリーしている。私たち臨魁学園以外にも近場の高校で数校、それぞれの部門にエントリーしている。その中には、秋の練習試合で友達になった宮越清花ちゃんと、本上毅史くんの名前があって、彼女たちもミックスに出ている。
お互いに勝ち進むと、彼女たちとはベスト8で当たるようだった。
「楽しみだね、慎吾」「ああ、毅史たちと試合できるといいな」
なんて言って笑い合ったな。
試合当日は午前8時集合で、8時15分に会場が開くことになっている。
会場に着くと、先生をはじめ、臨魁学園の主要メンバーはもう既に揃っていた。
「おせえよ、東条」
野山くんが挨拶の代わりにそう言う。
「すまん」「ごめんね、みんな」
慎吾と私は素直に謝った。でも、則子は、
「え?でも集合時間までまだ5分あるよね?十分じゃない?」
「5分前行動ってか。まぁ、そう言われると文句言えないな」
野山くんは則子に言われて
「さ、中に入って、準備をするぞ!」
南東先生の一声で、僕らは会場の中に移動する。
選手は試合用のユニフォームを着てきており、上にトレーナーを着ている。
ユニフォームに関しては、同じでなくてはならないという決まりは特にないのだけど、やっぱり連帯感を得るために、私と慎吾も同じユニフォームをこの日のために新調した。
そのほか応援組は応援席で、『輝け、臨魁生!』の横断幕を掛ける。
8時半になると練習時間5分が設けられ、基礎打ちをする。全部で150組くらいが出ているから、10コートある体育館では、1コートに3組入るようにしているから、5廻りくらいすることになる。
「市民大会だと、基礎打ちする時間くれるんだね。有り難いね」
そう、高校の試合ではあまりそんな時間が取れないから、5分でも基礎打ちができるのはとっても有り難かった。
「うん、3廻り目くらいに行こうか?」「賛成」
私と慎吾は3廻り目めがけて体育館のアリーナ、臨魁学園の近くのコートに陣取る。すると、そこに私たちの姿を確認したのだろう、本上くんと清花ちゃんが私たちの方に駆け寄ってきた。
「あけおめ、ことよろ。まさか、お前たちもミックスに出るとはね」
慎吾が本上くんに話しかける。
「そうだな。あれから頃合いを見てはミックスの練習をするようになったんだ、その成果の確認を込めて、エントリーしたんだ。なぁ、清花」
本上くんは清花ちゃんの手を取って仲の良さをアピールする。
「そっか、清花ちゃんも頑張ろうね」
「ええ!勝ち進めば、ベスト8で当たるよね、この前の練習試合のリベンジさせてもらうわ」
「分かった、でも、まずは一つ勝つことからね!」
私はそう言って、清花ちゃんとハイタッチ。真悟も本上くんとハイタッチする。
すると、ちょうど2廻り目の練習が終わって、3廻り目がコールされた。
「ここでするでしょ?」と清花ちゃんは確認すると、本上くんとコートの真ん中に入る。
私たちはその左側に並んで、基礎打ちを行った。
二人との別れ際に、「それじゃ、またあとで。頑張ろうぜ」と互いの健闘を祈る。
時間は9時15分を過ぎたあたり。
開会式が行われ、市の協会長の挨拶と競技場の注意事項がアナウンスされたら、試合開始。
始めは、A部門の女子1回戦から。次は男子、ミックスと続いて、B部門、それが全部終わってからやっとC部門の女子。1回戦自体はどの部門も数は多くないから、C部門1回戦の最後に入った私たちの出番は、全10コートあるうちの23番目に呼ばれるから、3廻り目くらい。既に、全体の20番目までは本部近くの控え所で待っているから、そんなに遅くない時間で呼ばれるだろう。
「ゼッケン付けておこうか?」「そうね。お願いできる?」
私と慎吾は、お互いのゼッケンを背中に安全ピンで留める。
慎吾の背中…華奢なように見えて、しっかりと幅もあるし、肩胛骨あたりも何気にがっしりしている。
「慎吾って、結構筋肉質だよね~」
私が言うと、慎吾はちょっと照れた感じで、「ありがとう」と言う。
「バドミントン始める前って、何かスポーツしてた?」
私が聞くと、慎吾は、
「意外かもしれないけど、少林寺拳法やってたよ。段位とか取らずに小6で辞めちゃったけど、そのおかげで下半身も上半身もそれなりに鍛えられたと思う」
と言うものだから、私は「へぇ~本当に、意外だね」と答える。
それから、前後が変わって私の背中に慎吾の手が触れる。
あまり大きく触れないように、なおかつ、ピンが刺さらないように慎重にしてくれているのが分かる。でも、慎吾の指が私の背中に触れるたび、心臓が大きく跳ねる気がした。
もしかしたら、慎吾も同じだったのかな?
お互いの身体に触れることに関しては、ずいぶん慣れてきたと思うけどやっぱりまだ、照れるね。
「終わったよ」「うん、ありがとう」
慎吾の声に、私は礼を言う。その時、
『試合番号、21から30までの選手は、選手集合所に集まりなさい』
と言うアナウンスが流れた。私たちは頷いてトレーナーを羽織り、ラケットに水筒を持って選手集合所へ向かう。
「お、ご夫妻!行ってらっしゃい!」
2回戦から出る野山くんのからかいの声に慎吾が「おいやめろ」と笑いながら答えて、私と慎吾は並んで歩く。その後ろから、芹沢くんも付いてくる。線審のためだ。
「慎吾に大原さん、調子はどうだい?」
芹沢くんが私たちに問いかける。私は。「うん、大丈夫問題ないよ。身体は軽いかな」と。慎吾は「ああ、いい方かな。ミスなくやっていきたいよ」と答える。
「おぉ、それじゃ期待していいか?ベスト4くらいに入れるといいよな。行けそうな予感はあるんだけど」
芹沢くんはそう言うけど、そこまで自信過剰じゃないから、
「1戦1戦、頑張るだけよ。慎吾も同じ考えだと思う」
と言うと、芹沢くんは、
「慎吾、大原さんはそう言っているけど、慎吾としてはどうなんだ?」
と慎吾に問いかける。
「うん、更紗と同じだよ。一つ一つのプレーに集中すれば、自ずと結果は付いてくると思いたい」
「そうだな。一寸見ていた感じ、C部門は上手な人あまりいない感じだったから、ひょっとすると、ひょっとするかなって思ってるんだ」
と芹沢くんは言う。
「そうか。でも、試合にならないと分からないことが沢山あるから、ベストを尽くすよ」
「ん、そうだな」
と喋っている間に、選手集合所に着く。清花ちゃんたちは2回戦から登場するみたいで、知っている人はいない。だからこそ、競技に集中できる気がした。
そして、暫く待っていると
「臨魁学園、東条さん、大原さん!」
と試合に呼ばれる。私と慎吾は顔を見合わせて頷いて、ハイタッチをして立ち上がる。
試合前のルーティン。気合いが乗ってくる。
試合するコートは、運のいいことに学園が陣取っている客席が目の前だった。
「ラッキー」
と言いつつ客席を見ると、野山くんと則子も最前列に出てきて、声援をくれる。
「ファイト!」
「まず一本ね!」
相手は、大学の2年生コンビ。部活じゃなく、サークル活動のようだ。最初にシャトルの跳びを確認するため4人でクリアを打つ。相手の打ち方は、それなりに綺麗に打ってきていたから、油断せずしっかり確実にと慎吾と小声で話す。
「ファーストゲーム、ラブオール、プレイ!」
このコートあった前の試合で負けた方の主審の声で、試合は始まる。
ジャンケンで勝った私が、最初のサーブを打つ。
バックに構えて、前の方に落とす、ダブルスでは定石のサーブ。私のサーブの相手は女子学生で、一歩前に出てロブを上げる。
私は後ろを見ることなくそのまま中央ちょっと前に陣取って、相手の動きを見ながら慎吾の打つシャトルの行方を音で感じ取る。
パシッ!
慎吾は、相手の男性側にクリアを打つ。シャトルの行方を確認し、私は慎吾のいると思われる右側とは反対に左側、先ほどとは二歩ほど後ろに下がってスマッシュを警戒する。
男性はすぐに追いつくけど、まだステップが慣れていない感じで、ちょっとぎこちない。女性の方が経験者の感じに見えた。
でも、相手は慎吾の方にスマッシュを打つ。慎吾は十分警戒していたから、軽くステップを踏んで柔らかく前の方に落とし。前に出る。私はその動きに連動して、更に一歩後退し、中央の後方に陣取る。
前の方にいた女性もそれは読んでいたみたいで、同じく前にヘアピンを打つけど、思いの外浮いてしまい、「しまった」という表情を浮かべる。その刹那、前に出ていた慎吾はそのスキを逃さずパシッ!と二人の間にプッシュを打ち、シャトルは床に叩きつけられる。
「ポイント、ワン、ラブ」
主審のコールが響く。幸先のいい立ち上がりだ。私は慎吾と「まず一本!」とハイタッチ。コートの左側に移動し、サーブを打つ準備をする。
今度も、サーブは手前。相手は私から遠いところにヘアピンを打つけど、これも少し浮いてくれたおかげで追いつくことができる。
それでも少し体勢が崩れたから、ロブを上げるしかなく、体勢を立て直すまでは、慎吾が中央に陣取って相手の打つシャトルを待ち構える。
相手の女性はスマッシュを打つ。慎吾から見るとバック側だけど、難なく捌いて二人のいないところにドライブ気味に返す。その間に、私は体勢を整えてコートの後方に下がり、ロブ、または慎吾のフォア側への長いシャトルに対応する。
男性の方が追いつき、勢いよくはたいたシャトルは、私の目の前に飛び込んでくるけど、そのシャトルには十分対応して、またもドライブで女性側に返す。女性は身体の正面に飛び込んできたシャトルに対応できず、ラケットに当てるのが精一杯で、シャトルは力なくこちら側に来ることなくネットに引っかかる。
「更紗、ナイス!」
慎吾は左手を挙げて私に近づく。私も「OK!もう一本!」とハイタッチして、相手からシャトルが帰ってくるのを待つ。
「あの高校生、上手いよ」
と男性の方が少し消沈した感じで女性に言っているのが聞こえた。精神的に優位に立てたようだ。であれば、よほど焦らない限り私たちが優勢に試合を進められそうだと思った。
そしてその感じは間違いではなく、21-9、21-7であっさり1回戦を突破した。
「ナイスゲーム、慎吾!」「まず一つだね、更紗!」
私たちは一つ勝てたことをまずは喜び合う。そして、審判がスコアシートを差し出してくるので、「勝者サイン」の欄に私と慎吾の名前を私が書き入れ、審判に戻す。
「ありがとうございました」
と、審判をしてくれた方に感謝をする。ちょっと水分をコート横で摂っていると、線審をしてくれた芹沢くんが、「ナイスゲーム、うん、二人とも良かったぜ」と褒めてくれた。
「サンキュー、芹沢くん」「サンキュー!今みたいに次も行けるといいな」
私たちの感謝の言葉に芹沢くんは「大丈夫、行けるよ」と言ってくれた。
そして、ギャラリーに戻るとC 部門女子に出る子たちはコールされたようで席にはいなかったけど、野山君と則子は「お~良かったよ~」とこちらも褒めてくれた。
「それじゃ、もうすぐ伊藤、片山が出るから待ってようぜ」
そんな感じで試合は進んでいく。
2回戦も、、僕と更紗の調子はまずまず。
いつもよりミスが少ないし、公式戦という緊張感は更紗と一緒だとそんなに脅威にならず、本当に「楽しく」プレイできているなと感じる。
2回戦も2-0で勝ち、ベスト8はやっぱり勝ち上がってきた毅史と宮越さんのペアだ。3ヶ月前の練習試合では僕たちが勝ったけど、想いが通じ合っている2人の今は、どこまで伸びたのか全然分からないからここが正念場と言っていいかもしれない。
コートの位置は、1回戦の反対側。北森高校が陣取っているところだ。でも、北森高校とは仲が良いから、臨魁生も尋路、五十嵐さんはじめコールされてない主要メンバーが来て、北森生も場所を融通し、隣に陣取っていた。
「3ヶ月前の雪辱、晴らすぜ」
「ああ、楽しみだよ」
僕たちはそう言って、ジャンケンをする。毅史が勝って、サーブ権を渡す。
「ファーストゲーム、ラブオール、プレイ!」
主審のコールに、僕たちは「お願いします!」と挨拶し、毅史のサーブを待つ。
バックハンドから放たれたサーブはいきなり高いロングサーブ。僕はちょっと慌て気味にクリアで返し、すぐさま更紗と並ぶ。
宮越さんは「フッ!」と打つ瞬間に力を抜いて、スマッシュと見せかけたカットで更紗の前に落としてくる。
「更紗!頼む!」「OK!」
更紗は意表を突かれたとは言え十分な体制で、ヘアピンで返す。
毅史が走り込んで、ロブを上げる。そこは、僕が待ち構えていて、スマッシュを放つ。
少し長めに放ったスマッシュは宮越さんの目の前を狙ったが、宮越さんも十分な体制でシャトルを返す。逆方向に少し大きめに返ってきたところを、もう一度僕はスマッシュを放つ。今度も真っ直ぐ返すと、そこには毅史が待っていて、フォアでレシーブする。
そこに更紗が走り込み、クロスプッシュと見せかけてヘアピンでネット際に落とすと、それには流石の二人も対応できず、足が止まり、シャトルは床に落ちた。
「サービスオーバー。ワン、ラブ」
これまた幸先良く先制できたけれども、ここからは一進一退。お互いに点を取り合ってシーソーゲームになる。
こっちが点を取れば、ギャラリーの臨魁生が盛り上がり、向こうが点を取れば、隣の北森生が歓声を上げる。
コート上では4人の戦いだけど、ギャラリーも含めて、学校同士の戦いになっている。いいライバルに恵まれてるな、と僕と更紗は先に11点目を取られたけれども、そのインターバル(21点マッチでは、11点をどちらかが取ったタイミングで1分間の休憩時間がある)に話をして、「練習試合の延長で、楽しくやろう。せっかくいい気持ちでやれているから」と更紗の言葉に僕は頷いて、ゲームは続く。
何とか13-12で逆転してからはリードを保ち20-17のゲームポイント。
更紗のサーブからラリーが始まる。
レシーバーの毅史は、少し速い弾道で長めのショットを打つ。ちょうどそこには僕がいて、こちらも長めに浮かせる。
「上げたよ!」
更紗に声をかけて、二人で並ぶ。後ろに回っていた宮越さんがスマッシュを更紗に放つ。
「フッ!」
身体の正面に入ってきたスマッシュを更紗はバックハンドでいなし、前に落とす。
毅史はそのシャトルに追いつき、ロブを打つ。
「僕が行く!」「任せた!」
僕と更紗はほぼ同時に声をかける。僕がスマッシュを打ちに行くことで考えが一致していたから、つい顔がほころび、いい感じで脱力する。
僕は、思いっきり飛び上がり、少し角度を付けてジャンプスマッシュを放つ。
狙ったのは、宮越さんの方。彼女はしっかり準備していて、僕のいるところとは逆方向にシャトルを返すけど、そこには更紗がいた。
勢いのあるシャトルを柔らかく受け止め、ネット前に落とす。更紗の得意なブロックショット。
狙ったとおりにシャトルは床に落ちる。
「オッケー!」「更紗、ナイスショット!」
1ゲーム目を取って、僕たちは勿論、ギャラリーで応援している生徒たちも俄然元気が出て、盛り上がる。ただ、北森生もいいゲームだったので応援の声はまだまだ大きい。
「毅史!ドンマイ!行けるって!」「宮越さんも大丈夫!いいゲームだったよ!」
「慎吾、ナイスゲーム!」「更紗!その調子ね!」
インターバルで水分を摂る僕たちに、双方から応援の声がかけられる。うん、楽しい!
「2ゲーム目も楽しんでいこうな、更紗」「ええ、いい感じだったから、このまま行こう。それにしても、2人すごく上手になったよね」「ああ、侮れないよ。だからこそ、負けるわけにはいかないね」「ええ、頑張りましょ!」
2ゲーム目が始まると、優勢に僕たちが試合を進める。
焦りの色を見せ始めた毅史はミスを連発し始める。まるで、僕の凡ミスが移ったみたいだった。
そのおかげで、危なげなく試合を展開した僕たちは、21-12で勝利。これで、ベスト4だ!
「やったね、更紗!」「うん!これでベスト4ね!」
お互いにハイタッチして、この勝利を喜び合う。方や、毅史と宮越さんのペアは、座り込んでしまった毅史を宮越さんが慰めているように見えた。
毅史は半分涙目で、「ここまでミスるなんて…」と苦悩しているように見えた。そんな毅史に僕は歩み寄る。
「確かにミスは多かったけど、僕も多いから、気持ち分かるよ」
そう言うと、毅史は苦笑いを浮かべて、
「全然慰めになってね~よ。でも、ありがとうな。まぁ、いつまでもクヨクヨしてるのは男じゃないから、吹っ切るさ。慎吾たちは、次はベスト4か。ここまで来たら優勝を目指せよ!」
「ああ、頑張ってみるよ。ありがとう、毅史」
パンとハイタッチを交わし、僕と更紗は臨魁生の待つギャラリーへ戻る。
一足先に席に戻っていた尋路、五十嵐さんをはじめとして他のメンバーからも祝福される。実は、ベスト4に入れば3位決定戦はないから、賞状をもらうことが確定した。あとは、そこに入る文字が、「優勝」「準優勝」「3位」のどれになるか、準決勝は絶対に勝ちたい。
時計は12時を過ぎている。次の対戦の予定は14時過ぎみたいで、更に言えばそのスケジュールも現時点で30分ほど遅れているから、順調にいっても14時半過ぎに試合になる。だから、今のうちにお昼を食べようと、僕と更紗は弁当を広げる。勿論、更紗が気合いを入れて作ってきてくれた逸品たちだ。
唐揚げ、ゆでブロッコリーといった更紗の定番に加え、今回は「冷食でゴメンね」と言っていたけど、アジフライもあり、更にお味噌汁まで専用の器に入れて持ってきてくれた。専用の器は魔法瓶だから、温かいまま飲むことになるので、身体を中から温めるのにちょうどいい。
「ああ、やっぱり更紗のお弁当は最高」「褒めすぎだよ~」
僕たちのそのやりとりを聞いて、なぜか「お昼一緒に食べようぜ」とわざわざ反対側の僕たちの所までやってきた毅史と宮越さんは「…なんか、尊いな、こんなやりとりしているの見ると」「そうね。私たちも結構周りからイチャつきすぎって言われるけど、それ以上だわ…」なんて茶々を入れてくる。
「…やっぱりそう思う?」
更紗はそんな風に宮越さんに聞くと、
「イチャつくって言うよりは、なんか自然な会話過ぎてなんだか妙な安心感というか…」
「ま、早く結婚したら?ってことだよな」
毅史の言葉に、僕は思わず息を吸い込みすぎで、ご飯粒が気管に入り、「ゴホッ!」とむせてしまった。
「…何言うんだよ、毅史」
「いや、すまん。でも、そう感じさせる二人なんだよ。うん、負けるのも当然って納得してしまうぜ」
なんて言われて、僕と更紗は赤面する。
「学校での様子も何となく想像できてしまうな。結構やっかみとか入れられてないか?」
毅史が心配そうに聞くけど、
「いや、転校初日からほぼ常に一緒にいるから、まぁ、はじめの1,2週間は僕も色々言われていたけど、練習試合に来てくれたあの時期あたりからはもうほとんど言われなくなったな。尤も、視線は痛い時はあったけど」
「そうなんだね。東条くんも頑張ったんだ」
宮越さんの言葉に、更紗も頷いて、
「うん、めちゃ頑張ってくれたんだよ。なのに、見返りを求めなかった、ただ助けたいという一心で私をスケベな人たちや嫉妬で怒っていた人から守ってくれた。そんな慎吾に惹かれたんだよ」
と言ってくれるものだから、嬉しいやら恥ずかしいやらだったけど。
楽しいお昼のひとときを過ごしたあとは、ちょっと休憩。目を閉じて、15分ほどお互いに何も喋らず、午睡を取る。
勉強の効率を上げるための午睡だけど、こういった場面でも効果はあると信じている。
目を覚ましてからは、試合を見る。ちょうど尋路と五十嵐さんのペアがベスト4をかけた試合が始まるところだったから、更紗と一緒に声援を送る。しかし、彼らは健闘むなしく1-2で負けてしまった。
準決勝の相手は大学3年生。1回戦と同じ大学の、サークル仲間のようだった。
線審に入った人が、1回戦のペアの女性だったから、すぐに分かる。
「よろしくお願いします!」
と挨拶して、試合が始まる。
このペアも、大学に入ってから始めたみたいで連携の部分ではまだ少し甘い部分がある。でも、元々の運動神経がいいペアみたいで球際に強くて決めたと思った球を打ち返されて焦る場面が何回かあった。そういった場面では、やっぱり僕の悪癖である肝心なところでのミスが出てしまい、1ゲーム取られることもあった。
「慎吾、ドンマイ、ドンマイ。次は取れるよ、落ち着いていこっ!」
更紗の明るい励ましがなかったら、僕の心が折れて負けていたかもしれないなぁ。
本当に、僕には勿体ないくらいの彼女だよ。更紗の声に、僕はもう一度心を奮い立たせて、気合いを入れ直すと動きは変わる。
そのおかげで、準決勝は2-1で勝つことができた。
「ナイスゲーム!慎吾、ファイナルはとっても良かったよ!」
更紗の両手のハイタッチに僕は応えて、「更紗のおかげだよ」と正直なことを言う。
「それなら嬉しい。さぁ、いよいよ決勝だね!」「ああ、ベストを尽くそう!」
と、僕たちはかなり疲れているけど、気合いを入れ直す。
ギャラリーに戻って、一休み入れる。
よし、いよいよ決勝戦だ!
決勝の相手は大学4年生。こちらはちゃんとバドミントン部としての登録のようで、卒業間近のカップルだった。
実は、2回戦の時にたまたま試合をしているところを見ていて、すごく上手だな、と思っていた。4年でここまで上手くなるんだから、すごい。正直な話、勝てるかどうか分からない。
「やれるだけやるか!」
そう勢い込んで、大勢の観客が見守る中、試合が始まった。
しかし、相手はさすがに部活で効率よく練習していたのだろう、巧さとコンビネーションがこれまでの相手とは違う。
そのおかげで僕も更紗も、崩されてしまったときには消極的なヘアピンやドロップショットなど、ネット際に落とすか、中途半端にあげてしまうことが多くなり、甘く入ったシャトルはスマッシュやプッシュで返され、僕らのコートに落ちる回数は、僕らが相手に落とす回数のより多かった。
第1ゲームは、7-21。圧倒的な大敗。
「まだまだ!」
そう思って第2ゲームに挑んだものの・・・。
同じ様な展開が繰り返され、早くもスコアは5-11。
(もう、勝てないのかな…)
半ば諦めた表情で僕は11点のインターバル時にドリンクを飲みながら考える。
そして彼女に思わず口からこんな言葉をこぼしてしまっていた。
「…勝てないかな…?」
言った瞬間、彼女は大きく目を見開いた。でも、彼女は落ち着いた感じで僕に話しかける。
「ねぇ、慎吾。弱気になるの分かるよ。私だって、ちょっと勝てないかなって思ってる」
「うん、これで負けても準優勝、立派な成績だよね?」
更紗は少し悲しそうな顔をした。そして、言葉を紡ぐ。
「ええ、そうかもしれない。でも、そんな風に思いながら負けて、後悔しない?」
僕は、ハッとする。
「最後まで諦めない、そんな気持ちでやった方が後悔せず終われると思うんだ。もうちょっと、頑張ってみない?」
僕は、更紗の顔を見る。更紗の顔はまだ力強い。まだ、試合を諦めていない。
さらに、少しばかり涙が浮かんでいるように見えた。
「どれだけ自分達ができるのか試したくて頑張っているのに、ある程度うまく行ったらそれで満足?手を抜いて終わってもいいってこと?そんなの、私は絶対認めないからね」
そう、まだ試合は終わったわけではない。まだ、ここからでも足掻けるだけ足掻けば、ワンチャンが巡ってくるかもしれない。消えかけていた闘志が、再び燃え上がってくる。
「ごめん、目が覚めた、大丈夫。更紗に後悔させるわけにはいかないから。勝ちに行こう」
僕は、更紗にそう宣言する。更紗は、僕の顔を見て、満足そうに頷いた。
「さ、行くよ!」
僕の声に彼女はもう一度大きくうなずくと、タオルで顔を拭いてコートに戻った。
観客席から臨魁生と北森生の励ましの声が聞こえる。
「そうだ!まだ終わってないぞ!頑張れ!」
尋路の声が僕たちの耳朶を打つ。
「私たちの分も、頑張ってよ!」
宮越さんの声が響く。
そうだ、僕たちには、励ましてくれる仲間がいる。彼らを失望させないためにも頑張ろう。
そこまで思ってから、試合に、そして『勝つ』ことに集中する。
試合は再開される。相手のサーブから始まるラリー。
さっきと何かが違う。相手の球筋が、今までよりも遅く、はっきりと見えるようになった気がした。
僕はシャトルを強く返し、相手がカットをしてくるところに上手く反応して逆方向にヘアピンをかける。
狙い違わず、シャトルは拾われることなくコートに落ちた。
(いける!)
僕は更紗に目配せし、うなずく。彼女も僕の言いたいことを理解したのか、うなずき返してハイタッチをし、次のプレイに入る。
相手はちょっと浮き足立った感じに見える。そう感じた僕らは積極的に打ちに出る。
消極的なヘアピンやカットではなく、強く、コートの奥へ。より厳しいところへ。そして相手の体勢が崩れたところを強打する。
また、相手のコートにシャトルが落ちた。向こうの顔は、「あれ?おかしいな」と言っている。そうなると、俄然僕たちが優位に立てる。とにかくシャトルを拾い、強打したり、緩く返したりする。
夢中になってシャトルを追った結果、気付けば――。
21-18。信じられないことに、このゲームを取ってしまっていた。
「よっしゃ、いける!」
僕はガッツポーズをして更紗に言った。彼女も笑みを浮かべて、
「ええ、いけるわ!」
とハイタッチをせがんでくる。勿論、きちんとそれに応じてハイタッチ。
ファイナルゲーム前のインターバルは少し時間を取るので、僕は相手の表情を盗み見た。彼等は、狐につままれた顔をしていた。何か悪い夢でも見ていたに違いない。
でも、この少し長いインターバルで話し合いをしたのか、そんな表情がファイナルゲーム直前には消え、最初のゲームの時のような厳しい顔つきに戻っていた。
厳しい戦いになる。僕たちは、覚悟を決める。
ファイナルゲームは、もつれにもつれ、20-20からの粘り合い。
相手がマッチポイントを握ればこちらは粘って追いつき、こちらもマッチポイントとなれば相手も追いつく。
そして、25-26で迎えた相手のマッチポイント。
お互い疲労困憊だ。どちらも肩で息をしているし、冬だというのに、汗でびっしょりだ。
でも、そんな僕たちは最後の気力を振り絞って激しい打ち合いになる。ネットすれすれのドライブの応酬。
そして、時折前に落とすブロックにも対応し、長いラリーになる。
(ミスは許されない!)
その気持ちが、どんどん自分の筋肉を硬直させていく。そして、僕の目の前に飛び込んできたシャトルは「捉えた!」と思ったけど、ラケットのフレームに当たり、「かきん!」という音とともに、力なく自分たちのコートに落ちる。
シャトルが落ちていくのがスローモーションのように見えた。
25-27…。ゲームポイント1-2で、僕たちは、負けた。
僕は思わずしゃがみ込む。そんな僕の背中に、更紗はよしよし、と手を添えて撫でてくれる。
「まずは挨拶だよ」
更紗に言われて僕は立ち上がり、相手と礼をする。
そして、コートサイドに出ると、タオルで頭をすっぽり覆い、もう一度しゃがみ込んで膝で足を挟む。
練習試合の時の更紗のように、悔しさがにじみ出る。せっかく追いついたのに。せっかくマッチポイントも握ったのに。勝ちきれなかった。最後は、僕のミスで、負けた。
頭がそのことだけ、ぐるぐる回って他のことは考えられなかった。
幸いなのは、決勝戦で全部門が終わるから、私たちのあとにこのコートに入る試合がないことだった。だから、慎吾が気落ちしている間、あまり声をかけずに気持ちが落ち着くのを待つことができた。
最後は本当に「力尽きた」と言う表現が合っているような気がするけど、これまで約2年バドミントンをやってきて一番の試合だったと思う。
それは、試合が終わったあとの相手選手の「ナイスゲーム!ありがとう!」の言葉や、ギャラリーからの拍手、臨魁生や北森生の「頑張った!」「ナイスゲーム」「良い試合だったよ!」の励ましの声からも明らかだった。
「慎吾、大丈夫?」
少し待ったけど、なかなか顔を上げてくれない慎吾に、私は声をかける。
慎吾は『うん』と首を縦に振ったけど、まだ立ちたくない様子だった。
でも、そろそろ一度ギャラリーに戻った方が良いと思い、もう一度声をかける。
「慎吾、一度戻ろうよ。反省会は、後でしよう?」
「うん…」
「悔しいよね…」
「うん…」
「立てる?」
「うん…」
生返事のような慎吾の返事を聞いて、私は慎吾の腕を取り、上に持ち上げる。
慎吾もそれに応えてくれて、頭を起こしながら立ってくれた。
「ああ、でも待って…」
慎吾は頭に覆っていたタオルで顔をごしごし拭く。でも、私はしっかり見ていた。
慎吾の両頬の涙の跡を。
でもそれは、私だけの秘密にしておこう。そう、思った。
ギャラリーに戻る。臨魁生のみんなが拍手で出迎え、その中にちゃっかり本上くんと清花ちゃんが馴染んで声をかけてくる。私たちの決勝が終わってすぐ、北森生は解散したらしいのだけど、彼らは戻ってくるまで待っていてくれた。
「ナイスゲーム!負けたのは残念だったけど、すごく良い試合を見せてもらったよ」
本上くんや野山くん、芹沢くんは口々にそう言うし、
「更紗が、2ゲーム目の11点インターバルで何を言っていたか気になるわ。あれで東条くんの目の色が変わったし」
則子はそう私に質問する。
「勝ったらエッチなことしてあげる的な?…いや、この二人にそれはないな」
なんて矢野くんが悪ふざけで洒落にならない冗談を言う。
実はベスト4が決まったあたりで仲間のグループライナーに「どう、勝ってる?」って矢野くんからメッセージが入り、「勝ってるよ」と返したら、「夢衣と二人で応援に行くわ」と応援に来てくれていた。
「もう、幸弘さん、そんな事言わないでください、もう、スケベなんですから」
夢衣ちゃんがちょっと拗ねて矢野くんの背中をつまむ。
「あっ、夢衣!頼むから背中つねらないで~!お前のそれ、地味に痛いんだよ!」
矢野くんは、夢衣ちゃんに背中をつねられる。…だって、真冬なのにこの会場が暑いと言って、上のジャケットを脱いでシャツだけでいるからそれはつねられたら痛いだろう。
「はははっ!幸弘、やっぱり夢衣には敵わないよな!」
その様子を見て、やっと慎吾に笑顔が戻ってきた。
「やっと笑ったね、慎吾。心配したよ」
私はそう慎吾に言うと、
「ゴメン更紗。あのミスはないわ~と本当に落ち込んだよ。でも、もう大丈夫。ミスを繰り返さないように練習するよ」
「うん。でも、2ゲーム目の途中からの慎吾、ミス少なくて良かったと思うよ。私の人生の中でベストの試合だよ」
「そうか、それなら嬉しい。僕も確かに、負けたけど一番の試合だったと思う」
「ホント、そんな試合をできたことに感謝だよ。慎吾、胸を張って表彰式に行こうね」
「ああ、そうしよう。更紗が恋人で、パートナーで良かった。もっと好きになる」
「私もだよ、慎吾」
そうやって自分たちの世界に入っていると、周りが「だからお前たち、いつ結婚するんだよっ!」って突っ込みが入る。
私たちは「どうなんだろうね~」なんて言いながら、笑顔でそれらの言葉を受け流すようになっていた。
…正直な話、それにいちいち強く反応していても疲れるから、軽く柳のように受け止めて流してしまえばいい。私と慎吾は、もう家族ぐるみのお付き合いにまでこんな短い時間で発展したのだから、そういう結末も、可能性はあるのかもしれないと思っているから。
そして、表彰式のあとで写真撮影があった。どうも、ベスト4以上は協会のホームページに写真が載るらしい。うん、それはそれで記念になる。
一応、協会の人に個人的にその写真をダウンロードして良いか聞いてみたら、個人利用に限ってOKとのことだった。
臨魁生は、体育館から出る前に、ギャラリーで先生と軽い最終ミーティング。
そして、体育館から出ると、もう周りは暗かった。当たり前だ。試合が終わったのは18時を回っていたから。結局、試合は押して終了予定時刻を1時間くらいオーバーしていた。
さすがに仕方ない。
「さぁ、明日は休みになったから、何をしようかな?」
結局今回5試合したものだから、疲労も限界だ。私は慎吾の言葉に、
「何かしようとする気力があるのがすごいよ」
と言う。さすがに、もう今日は家に帰って寝たい気分だ。
「そうだね。せっかく何もない休日だから、疲れを取りつつ何かしたいなって。午前中はゆっくりして、午後はちょっと出かけようかなぁ」
そうだね。午前中はゆっくりしよう。あ、でも、そう言えば…
「夢衣ちゃん、紗友梨さんや和子さんと出かける約束って、明日だったっけ?」
晴城お兄さんの車で一緒に帰ることになった夢衣ちゃんに聞いてみる。勿論、矢野くんも一緒だ。
「あ、はい、そうでしたね。お買い物をしてから、更紗さんの家で…」
そこまで言って、夢衣ちゃんは口ごもる。あぁ、そっか。そうだよね。矢野くんや慎吾の前でこれは言ってはいけないよね。
「夢衣ちゃん、ありがとう。じゃ、明日13時頃だったっけ?商店街の入り口でね」
「はい。よろしくお願いします」
慎吾とお出かけできないけど、でも、明日の買い物も非常に大事なものなんだ。だって、3日後は大切な日が待ってるから。
「ちなみに、慎吾はどこへ行くつもりなの?」
「う~ん、特に決めてないけど、本屋とゲーセンくらいかなぁ…」
ゲーセンに行くのは前にも聞いた気がする。でも、デートでは実はまだ二人で行ったことがないんだよね。
「ん、わかった」
私はそう言って、この会話を止めたと同時に、晴城お兄さんの車が見えた。
私たちは晴城お兄さんの車に乗って、家路につく。夢衣ちゃんと矢野くんを送ってから帰ったので、ほんの20分程度だったけど私と慎吾は遊園地から帰った時のように二人して頭をこっつんこして眠ってしまったのはいい思い出。
…尤も、矢野くんにまたその様子を写真で撮られて、22時頃にグループライナーに送られてきたのを見た時はさすがに恥ずかしかったけど、矢野くんも(変態)紳士だから、私と慎吾がダウンロードしたあとでタイムラインからも、自分の端末からも消してくれたみたい。
油断も隙もあったものじゃないね、と慎吾とライナーで話しているうちに、時間は23時を回り私は二段ベッドの自分のところでそのまま眠ってしまった。
翌朝は、よほど疲れていたのだろう、目が覚めると9時を回っていた。
「お姉ちゃん、7時に起こしに行ったのに、全然起きる気配がなくて心配したんだからね」
リビングにパジャマ姿のまま行くと、綸子にそう言われてしまった。さらに、
「お姉ちゃん、お風呂入る時に一緒に洗濯機に入れてしまえばいいのに、なんで脱ぎっぱなしにしてるんだろ?」
…お風呂に入る前に脱いだユニフォームやタオルをそのまま部屋に放置してしまって、洗濯機に入れるのを忘れていた。
「だからお姉ちゃんはそういう所がずぼらなんだよね…東条さんによく呆れられないと思うわ」
「…仰るとおりですね…」
私は認めるしかなくて、小さくなる。
「でも、2位だったのってすごいよ。それだけ沢山試合して疲れたんだから、仕方ないと思う」
…妹に慰められる情けない姉だなって思う。
「ゴメンね、綸子。次から気をつけるし」
「よろしく」
そして、朝食を食べて、午前中は宿題もしながらのんびり過ごし、13時の待ち合わせに間に合うように、着替えて家を出た。今日の服装は、ライトグリーンのフリース地タートルネックの上からデニムジャケットを羽織り、下は同じくデニム地のショートパンツと黒のタイツで生足はあまり見せないようにしている。その前に、協会のホームページに写真がアップされていたことを確認し、ダウンロードしておいたのは言うまでもない。
写真の印刷をしたいけど、家のプリンターでできるかどうか分からないから、今度慎吾に聞いてみよう。
そして、待ち合わせ場所に着くと、もう3人は待っていた。
「2位おめでとう。疲れていると思うのに、ゴメンね、更紗さん。大丈夫?」
紗友梨さんが、ねぎらいの言葉をかけてくれる。
「ありがとう、紗友梨さん。大丈夫だよ。めっちゃ寝たからだいぶ疲れ取れたわ」
「それなら良かった」
私たちは歩き始める。
「そう言えば、この近くのゲームセンターに、新しいプライズが入ったみたいだから、行ってみない?」
急に思い出したかのように、和子さんが私たちに提案する。
時刻は13時。まぁ、15時までに買い物を終わらせればそのあとは私の家で綸子も交えて女子5人の手作りタイムだから、別に構わないのだけど。
「私はOKよ。夢衣ちゃんはどうする?」「私も、大丈夫です」
「紗友梨さんは勿論大丈夫よね?だって、あなたが好きなすみっこウサギだから」
「あ、そうなの?うん、行ってみよう」
すみっこウサギというのは、その名の通り部屋などの隅っこにいるのが好きなウサギのキャラクターで、白黒はもとより、青や緑、赤い身体の可愛いキャラが沢山出ている。確かに、人気あるんだよね。
そんなわけで私たちは、ほど近いゲームセンターに入る。
入り口近くにプライズコーナーがあり、これが店舗の3分の1を占めている。私たちは色々なプライズゲーム、人気キャラクターやお菓子、なぜかインスタント食品のケースなどを見ながら、お目当てのプライズを探した。
「あ、これこれ!やっぱり可愛い!」
紗友梨さんと和子さんは大はしゃぎで、店舗から少し入ったところの筐体に駆け寄る。
確かに、可愛いぬいぐるみが置いてある。
「早速やってみようよ!予算は…」
「二人会わせて2000円。どうかな?」「了解」
和子さんと紗友梨さんはそれぞれ納得して、お金を投入し、ゲームを始める。
私は傍観者。こういうゲームって、狙い所がよく分からなくて、失敗したらそれだけで100円がなくなっちゃうからほとんどしない。と言うか、ゲームセンターに行くこと自体がごく稀で、こういう機会でもないと入ることはない。それは夢衣ちゃんも同じなようで、二人のゲームしているところを興味津々といった感じで見ている。
「あ~もうちょっと!」「でも、結構取りやすいところに来たよ!」
紗友梨さんと和子さんは、800円くらい投入したところで結構いい感じになったのか歓声を上げる。
「これで、次ガッチリ入れば取れそうだね」「そうね。そう願いたいね」
和子さんが100円を投入し、ゲームをする。3本のアームは少し回転しながら、取りたいぬいぐるみをガッチリホールドしたように見え、そのまま持ち上がる。
しかし、少しずつアームは弛み、ぬいぐるみは落下。バウンドして少し遠くなる。
「ああぁ~惜しい!」「もう少し頑張ってみよう」
なんだかんだで楽しそうにプレイしている二人から少しだけ目を逸らして入り口の方を見る。すると、一人の見慣れた男子が入ってきた。
「あら、慎吾?」
そう、慎吾が昨日の宣言通り、やってきたみたい。慎吾はプライズコーナーには目をくれず、奥の方へ行く。音楽が沢山聞こえてくる方へ行ったみたいだった。
「ねぇ、夢衣ちゃん、慎吾が来たみたいだから、ちょっと見に行ってくるね。奥の方へ行ったみたい」
夢衣ちゃんにそう言って、私は慎吾を追いかける。
「分かりました。紗友梨さんと和子さんには、これが一通り終わったら伝えておきますね」
と言う夢衣ちゃんの声が、私の耳に届いたから、私は振り向いて夢衣ちゃんに「ありがとう」と手を振った。
そして、私は慎吾が消えていった音楽コーナーに足を運ぶ。女の人はほとんどいなくて、男の人ばかり。そんな中、数人が私の顔を見ると目を大きく見開いて私を見てくる気がした。
私はそんな視線に構わず、慎吾を探す。
…いた。
見たことない筐体に向かって、ゲームをしている。7つのボタンと1つの円盤を操作するゲームらしい。慎吾の反対側にも同じようにボタンと円盤があるけど、慎吾がしている方とはボタンと円盤の位置が逆になっていた。
慎吾は、私の視線に気づくことなくゲームに夢中。まぁ、私がいるなんて気づいてないから、それはそうだろう。…でも、上手いな。画面の上から落ちてくるノーツが、スマホのアプリとは違って段違いに多い。スマホアプリは私も慎吾と同じものを、クリスマスデートを機に始めたからそこまで多くない印象だけど、このいゲームは本当に動じ推しも多くて目が追いつかない。それを慎吾は一心不乱に叩いている。
バドミントンや勉強に向かっている真剣なまなざしを、ゲームにも向けている。何事にも真剣に取り組む慎吾に、私はまた惚れそうになる。
…と言うか、惚れ直していた。格好いいね。
だから、一通りプレイが終わった頃を見計らって、静かに慎吾の背後に立ち――
「だ~れだ!」
と、慎吾の両目を両手で隠してみた。
すると、慎吾は慌てて少し大きな声で
「うわっ!その声は、さ、更紗!?」
さすが慎吾!
「せいかーい!」
私はおちゃらけた口調でそう言うけど、まだ手を離さない。
「でも!ちょっと手を離して!リザルト撮らなきゃ!!スマホ、スマホ!」
「え?」
思わずきょとんとして手から力が抜けると、慎吾は慌てて筐体に置いてあった彼のスマホを手に取る。
カメラアプリを素早く起動して、ゲーム画面を撮ろうとしたみたいだけど、一瞬遅く、画面は暗転してしまった。
慎吾はがっくり肩を落とす。
「はあぁぁ~今日最初のデカイ成果撮れなかった…」
え?そんなに大事だったの?
「あ、え~っと…ごめんなさい…」
私はバツの悪い顔をして、慎吾に謝る。
「うん、別にいいけど。何とかなるし。…それにしても、びっくりしたよ。こんな所にいるなんて。それにだ~れだってされたのも小学校以来だからなお驚いたし」
慎吾はすぐに冷静さを取り戻して、私に筐体を降りるように促してから話してくれる。でも、何もしないのは申し訳ないなぁと思うから、
「何か埋め合わせできない?」
と聞いてみる。すると慎吾は、
「それじゃ、一緒にこのゲームやってみない?でも、なんでここに?」
と提案しながらも聞いてくるから、
「分かった。やってみる。だって、慎吾すごいから教えてね!実は、紗友梨さん和子さん、夢衣ちゃんと一緒に来てたんだ。プライズの新作が入ったからって。で、紗友梨さん和子さんが取っている時に、入り口から慎吾が入ってくるの見えたから、追いかけてみたら、このゲームやってるでしょ?ずっと見てたんだよ。気づかなかったでしょ?かなり夢中だったもの」
私がそうまくし立てると、慎吾は、
「あぁ、全然気づかなかったよ。基本的に、このゲームやってるとずっと画面とにらめっこしてるから、周りをほとんど気にしないんだ」
と言う。だから私は、
「そうなんだね」
と相づちを打った。
「で、他の3人はどうしてるの?」
そう慎吾に言われて、ハッとする。夢衣ちゃんには伝えたけど、どうなっているんだろう?
そう思っていると、ちょうど良いタイミングで、夢衣ちゃんが視界に入った。夢衣ちゃんも私に気づいて、
「あ、ここにいました。紗友里さん、和子さん、こちらです」
と、2人を呼んでくれる。
2人はそれぞれ、大きな袋を持って現れる。どうやら、欲しかった物をゲットできたようだ。
「ごめん、みんな」
私が謝ると和子さんは、
「うん、大丈夫、大丈夫。だって、私たちよりも彼氏の方が大事だもんねぇ」
と私を茶化す。
「だから、ごめんってば」
私はもう一度謝る。
「ああ、こっちこそごめんねぇ、なんか羨ましくってさ」
和子さんはそう言って笑う。
「ああ、そう言えば4人で出かけるって話だったよね。どう、買い物は?」
ちょっと離れたスペースに移動していた私たち。そんな私たちに慎吾は質問する。
「ううん、今からなんだ。紗友梨さんと和子さんが、プライズ取りたいってなって、これが終わってからって」
私の説明に、慎吾はちょっと残念そうな顔をする。
「そうか、その様子だと、用事は終わったみたいだからもう行くんだね?」
慎吾はそう言う。すると紗友梨さんは、
「そうなるね。でも東条くんも聞いてよ〜。2人で2000円ねって言って、私が取るまで1700円もかかったのに、和子の取るの、200円で終わってるんだよ〜!不公平だと思わない?」
紗友梨さんはそう愚痴を吐く。すると慎吾は冷静に、
「まぁ、プライズもガッチリハマってくれるとかって最近は確率でなるって聞いてるし、そういうこともあると思うよ。中山さんは、運が良かったってことで。僕はあまりやらないけど、確かに200円で取れたこともあるし、1000円かけても取れなかったこともあるし、それはしょうがないと思うよ」
と言う。それには紗友梨さんもため息をついて、「そうだよね、運だよね」と言う。和子さんは、そんな紗友梨さんに「どんまい、どんまい。そう言うこともあるって」と慰める。夢衣ちゃんは、
「慎吾くんがそう言うなら、そうなんですね。仕方ないです。紗友梨さん、取れただけで良かったと思った方が良いかもしれませんよ?」
と紗友梨さんに声をかける。すると、彼女も「そうだね、取れただけ良かったと思わないとね」と自分を納得させた。
「じゃ、納得したところでそろそろ買い物行こうよ!早くしないと、このあとつかえちゃう」
和子さんの言葉に、私たちは頷く。でも、慎吾…。
私は気になって慎吾に視線を向けると、彼も私に視線を向けてくれて、目と目が合う。
「うん、行ってらっしゃい。埋め合わせの一緒にプレイは、別に今日じゃなくったって良いんだからさ」
慎吾はそう言って、女子会を優先させてくれる。
「ホント、東条くんは良い人だよね」「慎吾くん、さすがです」
女子の言葉に慎吾はさほど照れた様子も見せずに、
「それはそうだろ?だってそっちの約束が先でしょ?だったら、僕が更紗を君たちから引き抜くことはできないよ」
と言う。
「うん、ありがとう。それじゃ、また明日ね」
私たちは、慎吾に手を振ってゲーセンから出る。慎吾はその前に、「さ、もう3クレか4クレくらいしてから帰る。良い成果出したいしね」と気合を入れ直していた。
好きだねぇ。本当に。
私達は商店街の中にあるデパートで手作り用のチョコレートを買って、店を出る。時間は14時半。今から私の家に戻って、手作りを始めるのならばちょうど良い時間だ。
『15時までには家に戻るからね、湯煎の準備とかしておいてもらえる?』
私はそう、綸子にライナーを送る。3人で歩きながら家へ向かっていると、『了解、わかったよ〜』って綸子からライナーの返事が来た。
家に着いて女子が5人になると、本当にワイワイして作業をするから、周りにうるさくないかなって思うけど、実際1番の被害者って、お父さんだよね。今日は仕事は休みなんだけど、ちょっとだけリモートで休み前に終わらせられなかった仕事を片付けているみたいだった。
「すみません、お忙しい時にお邪魔してしまって」と紗友梨さん、和子さん、夢衣ちゃんは口々に謝るけど、お父さんは嫌な顔ひとつせず、「良いよ、良いよ。更紗がこうして友達とうまくやっているところを見られるのは、父として嬉しいからね。綸子もたまに連れてきているみたいだけど、タイミングが会わなくて、綸子の友達とは会ったことがないんだけど」
と言ってくれた。
「すみません、ありがとうございます」
と言いながら、私達はチョコレート作りに励む。
「それにしても、紗友梨さんや和子さんって、彼氏できないのが不思議なんだけど」
そう、2人には彼氏がいない。2人とも、美少女だし、プロポーションもいいし、性格もいいのに、何でだろうね…?
「う〜ん、私は男子から告白されたことないし、好きな人っていうのも今はいないから、今は特に考えてないかな」
と紗友梨さんが言う。
「今はいないってことは、前はいたんだ、好きな人」
私が言うと、隣にいた和子さんが私の肩に優しく手を置く。
「…あなたの彼氏だよ」
「えっ?」
和子さんの言葉に、思わず声が出てしまう。紗友梨さんは、顔を赤くして頷く。
「うん、中学部の3年の時の文化祭。東条くんはクラスコンクールの責任者として色々動いていたんだよね。入賞はできなかったけど、1人で結構頑張っていたから、それだけでもカッコ良いと思っていたのに、当日祭の担当で忙しく働いて、当日祭が終わってみんなが帰ったあと、クタクタだった私に、自販機でジュース買ってきてくれて渡してくれたの」
湯煎しながら紗友梨さんは話しを続ける。
「『お疲れ様、当日祭って大変だよね。いつも頑張っている大木さんに感謝の印』なんて言うの。それは、惚れるなって言われても無理じゃない?クラスコンクールもただでさえ大変で、前日まで一生懸命やっていたのに、当日は『ただ見てもらうだけで僕は楽してるからね』だって。その時の充実した表情の東条くんを、私は好きになった」
そうだったんだね…そんなに思っていたのに、私が慎吾を獲っちゃった…。
「ごめん、紗友梨さん…軽率な言葉だったね」
私は紗友梨さんに謝る。でも、彼女は笑顔で、
「いいよ。だって、いつまでもウジウジ考えるだけで行動に移せなかった私が愚かだったから。それに言うでしょ、『初恋は実らない』って」
と言うけど、私は最後の言葉に引っかかる。
「それを言ったら、私も初恋なんだけど…」
「そうだったね!でも、更紗さんは見事に叶えたじゃない!」
紗友梨さんにそう言われて、私はちょっと複雑な気分になる。
「もう、そんな顔をしないで。私はもう吹っ切れているし、東条くんと更紗さんのことを応援しているんだから」
紗友梨さんは笑顔で言う。そして、
「実のことを言うとね、更紗さんが来た最初、東条くんがあんなハッスルして机と椅子を取りに行く姿を見て、私は、正直嫉妬したの。でも、自分からアプローチもしていないのに、身勝手だなって思ったわ。そして、中田くんが更紗さんを口説きに来た時に、更紗さんを守ろうと真剣な東条くんの表情を見て、ああ、これは勝てないって思ったの。だから、私は あなたたちを応援しようって思ったのよ」
そう続けてくれた。
「だから、更紗さんは何も罪悪感を持たずに東条くんと付き合ってね。私も応援している一人だから」
と、和子さんも続けて言ってくれるから、私はうん、と頷いて湯煎したチョコを型に取る。
「やっぱり、東条さんって、モテるんですね…」
綸子がそう言って、苦笑いを浮かべる。
「あなたも好きなんでしょ、綸子ちゃん。分かるよ。だって、あんなに何事にも一生懸命になって、そして優しくて、周りもみて、自分をしっかり持ってる人ってそういないもの」
と、紗友梨さんは慎吾をべた褒めする。
「はい。私の通っている中学校では、そんな男子いないので、彼氏作ろうとも思わないんですよね」
「じゃあ、高校は臨魁学園に来なさいよ。生徒数も多いし、やっぱりある程度選ばれた人が入学してくるから、あまりお子様な感じの人はいないし…例外は何人か勿論いるけどね」
和子さんが綸子を臨魁学園に誘う。
「それ、いいですよね。制服もお姉ちゃん着ているところ見ると格好いいし、私だったらスカートで行こうと思いますけど」
うんうん、綸子が制服着ていくと可愛いだろうなって思う。
「それでいいと思うよ。綸子ちゃんが入学する時は、私たちは大学部に上がっちゃうから、キャンパス変わっちゃうけど、同じ学校だからどこかで会えるよ。待ってるね」
和子さんがそう言って、綸子の肩を叩く。綸子は「はい、よろしくお願いします!」と言って笑う。
「そう言えば、和子さんの方は彼氏作らないの?私ばかり喋っていて、不公平だと思わない?プライズゲームみたいにね」
紗友梨さんは和子さんに突っ込みを入れる。
「あ~、うん、そうね」
和子さんの歯切れが悪い。
「そんな反応をするってことは、気になる人いるんでしょ?うりうり」
私は和子さんを 肘でつつく。
「ええ。いるよ。でもね、私の場合はちょっと特殊というか、なんというか…」
和子さんはちょっと困り顔。
「言いづらいなら、別に言わなくてもいいよ。言いたくなった時でいいし」
私がそう言うと、和子さんはキリッと決意を込めた感じで話してくれた。
「春日先生…。独身だし、剽軽で格好いいと思うんだ。みんなには、内緒ね。色々と話していると、先生らしいところと、らしくないところのギャップがあってそういう所に惹かれちゃったんだよね」
「ギャップ萌えっていうのかな?」
紗友梨さんの驚き混じりの声に、和子さんは頷いた。
「そんな感じ。年が離れているから、告白しようにもなかなかできないなぁって思う。するなら、卒業の時かなぁ…」
さっきの決意に満ちた顔とは裏腹に、自信なさげな表情と声だった。
「うん、きっとそうなるよね。でも、このチョコに偽りのない気持ちを書いておけば、届くかもしれない。ワンチャンあるかもしれないよ?」
私がそう言うと、和子さんは「そうだね」と笑う。
「もし、届かなかったとしても、いい思い出にしたいから。今回は手紙には書かないけど、来年はきっと…ね。それまでは春日先生に彼女を作ってもらわないように、神様にお願いしておいたんだよ、初詣の時にね」
「そうだったんですね。…春日先生も優しい方ですから、上手くいくことを祈ります。幸弘さんと春日先生、何気に仲が良いので探ってもらうようにお願いしておきましょうか?」
「…ん~。そこまではいいかな。ありがとう夢衣ちゃん。私がどうしても教えてほしくなったら、その時には改めてお願いするね」
「分かりました」
そして、私たちはチョコを作る。
私は勿論お父さんと慎吾、晴城お兄さんと慎吾のお父さんに。
紗友梨さんは、家族と慎吾に、吹奏楽部の同じパートの子たちに。
和子さんは家族と春日先生、あとはクラスの男子数人に。
夢衣ちゃんは、勿論家族と矢野くんだ。
途中で味をチェックする。とても甘い、スイートチョコ。でも、舌の奥ではほんのり苦みを感じる、本当にチョコレートという感じだった。
「ん、美味しい。楽しみだね、バレンタインデー」
私の言葉にみんな頷いて、
「それぞれの想いが届きますように」
と願いをかけた。
そして、バレンタインデー当日の朝を迎える。
相変わらず、私と慎吾は二人で並んで登校する。
昨日のドラマの話、音ゲーの話。音楽の話。なかなかに、話題は尽きないのだけど、なんだか、慎吾もちょっとそわそわしている感じ。
じゃあ、ちょっと焦らしてみようかな?…私はイジワルモードに入って、私はあえてバレンタインの話はせず、音楽の話題を振り続けているうちに学校に着く。
「ねぇ更紗。今日はなんの日だったっけ?」
我慢しきれなくなった慎吾は、しびれを切らせて私に問いかける。
私は右の人差し指を慎吾の口元に当てて、
「分かってるわよ。大丈夫。私が逃げない限り、チョコは逃げないから安心して。ちゃんと、放課後にあげるから、それまで我慢しててね。いい?」
私がそう言うと、慎吾は納得した表情で「うん、待つよ」と言ってくれた。
バレンタインデーというのは去年までは本当に縁がなくて――とは言っても、義理をくれる子は、中山さんや大木さんをはじめ、数人いたけど――、義理チョコでも僕のことを悪しく思っていない証拠なのだから、ホワイトデーはちゃんとお返しはしていた。
でも、今年は違う。こんなウキウキした気持ちで迎えるバレンタインは初めてだ。
だから、そんな様子が更紗にも伝わってしまい、あまりにも見え見えな態度に、更紗もちょっと呆れたんだろうなって思う。
でも、それは許してほしいなと思う。
僕たちは、並んで廊下を歩き、教室に入る。既に学校に来ている大木さんと中山さんが、僕たちの姿を確認すると、二人して僕の所にそれぞれ一つの箱を持って来てくれる。
「東条くん、ハッピーバレンタイン!更紗さんからが一番嬉しいと思うけど、私たちもお世話になっているからね。いつもありがとうって感謝の印ね」
大木さんは僕にそう言ってチョコを手渡ししてくれた。中山さんもそれに次いで渡してくれる。
「私からもね。いつも紳士的に真摯な対応ありがとう」
二人から面と向かってそうお礼を言われると、ちょっと照れる。顔が少し赤くなっているのを更紗は見逃すはずもなく――
「こ~ら、なに顔を赤くしてるのよ」
と、僕の耳を軽く引っ張る。
「あたたた…更紗、ごめんて」
「まぁ、紗友梨さんと和子さん、夢衣ちゃんからなら私もそんなに嫉妬はしないけどね」
ちょっと悪戯っぽい表情を浮かべて、更紗は僕の顔を覗き込む。
そして、少し4人で話しているうちに幸弘と夢衣もやってきて、夢衣は僕にチョコを渡してくれる。
「いつもありがとうございます。そして、今年は去年の秋からの一連のお礼も兼ねてます。味は保証しますよ。この4人で一生懸命作ったので、どうぞ、味わってくださいね」
そこで、一昨日の件に合点がいく。
「なるほど…一昨日は今日のためにチョコを作っていたんだね。ありがとう、みんな。味わって食べるよ。尤も、一番ほしい相手のチョコは、まだもらってないんだけどね。いつになったらくれるのかな~」
僕の方からも珍しく反撃してみる。すると、他の3人はちょっと意外そうな顔をするけど、当の更紗は、
「だから、さっき放課後まで待ってねって言ったじゃない。そんなせっかちさんにはあげられないよ」
「あ…大変申し訳ありません」
結局、負けてしまう。そんな僕の態度に、みんな笑ってしまって、さっき以上に顔を赤くしてしまった。
そして放課後、僕と更紗は部活へ。今日は普通に男女別練習だから話す機会がないので、必然的にチョコレートは部活後になる。
「じゃ、またあとでね」
「ああ、クラブハウスの前で」
そして、部活が始まる。4月の強化大会に向けて、シングルとダブルス、どちらも熱が入る。2ヶ月先の話だけど、この2ヶ月をどう過ごすかも大事だと思っている。
ストレッチに始まり、フットワーク、基礎打ち、ノック…実戦練習。約2時間みっちり練習を終え、熱くなった身体はクラブハウスで着替えるために一旦外に出ると寒風に震える。
「おぉ、寒い、寒い。早く着替えて更紗を待とう」
僕たちはクラブハウスで着替える。部活が始まる前に付けていた電気ストーブのおかげで、クラブハウスの中はほんのりと暖かく、着替える分には特段問題はない。でも、出たあとがやっぱり寒く、季節の風が体温を奪う。
でも、それも束の間で、更紗がすぐに出てきてくれた。
「慎吾、お待たせ」
いつものブレザーの上からダッフルコートを着た更紗が出てくる。
「じゃ、帰ろう」
「ええ」
僕たちはいつものように、並んで学校をあとにする。
校門を出ると、更紗が質問してきた。
「そう言えばさ、ちょっと聞きたいんだけど、慎吾って、髪型にこだわりってある?」
更紗が不思議なことを聞いてくる。
「う~ん、あまり考えたことなかったな。どうして?」
「ちょっとね、私自身イメチェンしたいなって思ってて、ちょっと髪の毛を伸ばそうと思ってるんだ。1年くらい伸ばそうと思って。そうすれば、ちょっと肩に掛かるくらいまでは伸びるから、イメージ変わるかなって。どう?」
僕は特段自分もそうだけど髪型にこだわりはない。だから、
「うん、伸ばしてみるといいよ。僕も、髪の毛を伸ばした更紗を見てみたい。チャレンジしてみよう」
と言うと、更紗は満足げに、
「ありがとう。じゃ、明日から当面の間ちょっと前も後ろも長さを揃えたり、整えたりするくらいでしか美容院に行かないことにするね」
と言う。
「うん、楽しみだよ。ちょっと雰囲気変わったりしたら、その時は言うように心がける」
「うん、慎吾もお願いね。そう言うの、意外とモチベーションになるんだよ」
「了解」
髪を伸ばした更紗は、どんな感じになるのだろう?すごく、楽しみ。
でも、女の子はちょっとした変化に気づいてほしいものと聞くから、その変化をきちんと指摘してあげられるかは自信がないのだけど、でも、それは彼氏としての務めかなとも思うから、頑張ってみよう。
そして、いつもの別れる交差点だけど、更紗は、「ごめん、慎吾の家まで行っていいかな?」と珍しく言う。僕は特段気にせず、「いいよ」と言って、並んで僕の家に向かった。
そして僕の家に着いて玄関に入ると、更紗は、ごそごそと鞄からなにやら取り出す。僕が待ち望んでいたものだ。
「はい、慎吾。待たせてゴメンね。ハッピー・バレンタイン」
更紗は、僕にバレンタインチョコをプレゼントしてくれる。
「更にね、晴城お兄さんにお父さんの分も。さすがに、慎吾を通じて渡すのも失礼かなって思って。だから、この時間になったんだけど」
そう言って、更紗は更に2つ、箱を取り出す。
「そうか、晴兄と父さんの分も作ってくれたんだね。2人も喜ぶと思うよ」
そう玄関先で話していると、
「あら、いらっしゃい、更紗ちゃん。こんなところでバレンタインチョコ渡してるの?」
母さんが僕たちの会話を聞きつけて玄関に出てきた。
「あ、はい。すぐお暇するつもりなので、ここで」
「そうなのね。分かったわ。じゃあ晴城とお父さんには私の方から渡しておくから、預かるわね。慎吾は更紗ちゃんを送っていくこと、いいわね?」
後半の有無を言わせぬ母さんの言葉に、僕は「勿論」と頷き、鞄を玄関に置いて更紗を促して家を出る。
「ありがとう。更紗」
「うん、あとは私のお父さんと矢野くん。それ以外には誰にもあげてないからね」
「そっか、大事に食べよう。手作りなんでしょ?」
「ええ。一昨日いつもの4人に綸子でワイワイ話しながら作ったから」
うんうん、朝の一件で一緒に作っていたのは知っている。
「だから、お母さんがちょうど送っていってと言ってくれたのは有り難かったかな。綸子も手渡ししたいと言っていたから、どちらにせよ、送ってもらおうと思ってたの」
テヘッと更紗は舌を出す。その仕草は、やっぱり可愛い。
「そうなんだね。了解」
僕はそう言って、更紗を送る。
次の週末はまた模試がある。そのことについて、また明日から4人で勉強しようという話になったり、それが終わったら、この前の約束、更紗に僕のやっている音ゲーをプレイしに行こうと話をしたりして、楽しく歩く。
更紗の家に着いたら着いたで、綸子ちゃんから「東条さん、はい、ハッピーバレンタイン!どうぞ、食べてください。また感想聞かせてくださいね!」とチョコレートをもらって帰る。
帰ってからそれぞれの封を開ける。すると、大木さんの箱から1通の手紙が出てきた。
「更紗さんのことを大切にしてね。二人のことを近くで応援してる」
とのことだった。
…本当に、有り難い。大木さんや中山さんみたいなリーダーシップのある人たちに応援してもらえると、僕も自信が持てそうだ。
勿論、更紗を大切にしていくし、今後ももっともっとデートを重ねて行くつもりだけど、4月になったら十中八九、クラスが別れてしまうから寂しくもあり、悲しくもあり。
…そう思いながら食べた、更紗からもらったチョコレートは、とても甘い中に、ほんのりと苦みを感じる、今の僕たちを象徴するような味だった。
というのは、幸弘と夢衣のこと。
いつもなら、二人だけでくっついていることはなく僕と更紗のカップリングのおまけの仲間という印象だったみたいだけど、休み時間になって、幸弘から夢衣の机に行って、僕たちと一緒ではなく幸弘と夢衣の二人だけで話をしているところを見たクラスメイトは「え?」という表情を見せた。
驚いていないのは僕と更紗、大木さんと中山さんの4人くらいで、他のクラスメイトは知らなかったみたいだ。
男友達に言わなかったのか幸弘に放課後の部活前(補習そのものは午前中で終わるから、昼飯前が正しい)に聞いてみたら、
「いや、別にそんな威張って言うことじゃないし、それに、ちょっとやっかまれるかなって言うのもあって…夢衣って、意外と他の男子からもモテるんだ。あの清楚で儚げな佇まいがとってもイイってな」
妙に納得してしまった。
「なるほどな。確かにその方がいいかも」
なんて話をして、二人の仲の良い姿を見ていると、僕は優しい気持ちになる。
それは、更紗も一緒なようで、
「私たちだとさ、結構わちゃわちゃしちゃっていると思うけど、夢衣ちゃんと矢野くんって、二人でいると何かと落ち着いた雰囲気だからそこがいいのよね」
とその日の夜のライナーで話していたっけ。
そして、補習が終わって、連休が明けたら3学期が始まるという、その3連休の最終日、成人の日に、気まぐれな冬将軍は一晩で80cmもの雪を降らせてくれて、翌日は休校になってしまった。
これだけの雪を初めて体験した更紗は、
『これは、確かに雪かきしてからじゃないと外をまともに歩けないから、雪合戦どころの話じゃないね…』
と、休校の連絡が入った朝の8時頃にライナーのメッセージを入れてくれた。
「でしょ?まずは雪かきしないとどうしようもないんだよ。困ったことがあったら、また連絡してね」
とメッセージを残して家の雪かきをしていると、更紗からSOSのライナーが入った。お父さんもお仕事がリモートになったから雪かきは何とかできたけど、雪道に慣れていないから、買い物を手伝ってほしいとのことで、つきあうことにした。
その時は「除雪もなかなか入らない状態だから、不要不急の外出は控えた方がいいよ」とは言ったけど食料が心許なかったみたいだから、それは仕方ない。近所のスーパーで買い物をしたけれど、この雪で商品の配達もままならないから、売り切れ続出で新鮮な野菜や肉があまり買えなかったからインスタントやレトルト食品で何とか数日間を凌ぐしかないなってことになった。
休校は3日続き、ようやく3学期が始まったのは金曜日。休校1日目以来会えなかった更紗と一緒に登校する。慣れない雪道に更紗は悪戦苦闘しながらも僕の手を握って何とか歩いて学校に行った。
雪はそれ以降降らなかったものの、なかなか解けてくれない雪のせいで念のため、週末の部活はお休みに。それは仕方がないことだと思う。
そして、翌週の月曜日、暫くぶりの男女合同部活の時だ。
今日はミックスダブルスの練習を尋路たちとしていた。昨年末のクリスマスイブ以降、僕たちの動きはかなりいい感じで動けている。
経験年数の多い尋路たちをまあまあ苦しませることができていた。
そんな状態だから、尋路と五十嵐さんは。
「あなたたち、何かあったんじゃないの?」
ってちょっと勘ぐるような質問をする。
「へっ!?」
僕は思わず変な声が出るけど、五十嵐さんは意に介さず続けて、
「だって、最近の二人の動きの息の合い方って結構良くなってきた感じなのよ。12月の最初はすごくぎこちない感じだったのに、まだぎこちなさは残っているんだけど、ここ最近、一気に伸びたの。何かきっかけがあったとしか思わないんだけど?」
さすがにこの一言には、僕も僕の隣にいた大原さんも少し声をのトーンが上がる。
「んなことないよ!」「そんなことないってば!」
「ほら息ぴったり」
同時に叫んだために、五十嵐さんはまたその言葉を繰り返す。
偶然とは言えハモってしまった事実が、僕らの頬を赤く染めた。
するとそこに、南東先生と西塔先生がやってくる。
「仲良きことは、美しきかな。今の4人の試合見ていて、なかなかいい感じだからちょっと西塔先生とも相談したのだが…」
「そろそろ市民大会があるのは知ってる?」
南東先生の言葉を引き継いだ西塔先生の言葉に僕はうなずく。一方で更紗が、僕の背中をつっついた。
「そうなの?」
「そうだよ。あれ?話したことなかったっけ?」
「うん、慎吾の口からもその話は出てないよ。知らなかった」
更紗はちょっとだけ不満顔。
「あ、確かに言ってなかったかも。ゴメンね。まずは、先生の話を聞いてよ」
「ええ」
僕の言葉に更紗は頷いて、先生の顔を見る。
「で、いいかな?」
僕らの会話に南東先生が割り込んでくる。というか、先生の会話に更紗が割り込んだので、先生はちょっと苦笑いだったけど僕はうなずいて、次の言葉を待った。
そして、思いがけない提案を受けた。
2月に市民大会があって、この大会はA部門:10年以上の経験者、B部門:5年以上10年未満の経験者、C部門:5年未満の経験者の3部門あって、もちろんC部門該当者でも部門内でベスト4以上の成績だったり、県大会や市の大会、高校の大会で上位(ベスト16以上)の者はその上の部門に出なくてはならない。また、全部ダブルスだけど、男子、女子、混合とある。
「で、その市民大会に、混合ダブルスで出ないか?ということなんだ」
「「ええっ!?」」
またしても僕らははもった。確かにここまで息が合っていると「ほら息ぴったり」と尋路が茶化すから、僕は尋路を一睨みする。でも、耳は先生の言葉に注意していて――
「大原はもちろんだけど、東条もギリギリC部門出られるだろ?大会まであと一ヵ月くらいあるから、もっと練習すればかなりいい線いけると思うよ。あと、野山・五十嵐もA部門で出てもらうつもりだ」
僕と更紗は顔を見合わせた。目が合って、瞳で語る。
(慎吾はどうするの?)(僕は、やるよ)(了解)
これだけで十分だった。僕は先生に向かって言った。
「はい、やります」
それを確認してから、先生は更紗にも聞いた。
「大原さんも、いいかな?」
「はい!」
彼女は即答した。
「じゃあ、決まりだね。申し込みはこっちの方でしておくから、これから一ヵ月、怪我のないように頼むよ」
「「わかりました」」
三度ハモって笑う先生二人は体育館から出て行く。あとは生徒だけの練習だ。
僕は更紗に聞く。
「早速、練習する?」
「ええ、いいわよ」
「そうだね。尋路、五十嵐さん、もうちょっと相手してもらっていい?」
コートに移動しながら僕は尋路に聞いた。
「あ、ああ。いいぜ」
彼はいったん、僕に気圧されたようにそう答え、今度はいつもの調子に戻って言った。
「やけに気合い入ってるな」
「そりゃ当然。公式戦で更紗と出られるなんて、こんなに嬉しいことはないよ!」
そう言って僕は構える。ネットの向こうから彼女が、シャトルを手から離した。
「それじゃ慎吾、行くよ!」
パシンッ!と良い音がしてシャトルが空中を舞う。
(がんばるぞ!)
僕はそう心に誓った。
その日の帰り、本当に慣れない雪道をロングブーツという名の長靴で私たちは縦に並んで帰る。私が後で、慎吾が前だ。何度か転びそうになった時は、慎吾に助けてもらって、何とか転ばずに帰ってくることができた。
「雪道って、こんなに歩きにくいんだね」
私は、心底うんざりして言ってしまう。今ちょうど、商店街前の交差点に差し掛かって信号待ち。このあたりは除雪が進んでいるから、もう転ぶことはないんだけど、雪道を歩くのは本当にしんどい。
「ああ、そうだね。踏み固められた歩きやすい道は一人分しかできないし、かといって、並ぼうとすると、踏み固められてないからもっと歩きにくいし。ホント、いつものことながら、雪道は歩きたくないね」
慎吾は苦笑いをしながら私の方を向く。
「でも、少しずつ慣れていけばいいから。手を繋いでいるからある程度助けられるし、とにかく怪我なく帰ろう」
そう言って、私を元気づけてくれる。
「うん、ありがとう。それはそうとしてなんだけど…」
私は大会へのエントリーについて、慎吾に問いかけた。
「ねぇ、慎吾。今回の市民大会って、うちの学校はよく出ているの?」
慎吾は頷く。
「そうだね。冬の間って、高校の試合はないんだ。練習試合はするけど、こんな雪だと行き来するのも大変だからあまり練習試合をした記憶ないね。公式戦としての次は正月に話した4月の強化大会。だから、この時期に試合に出て、試合勘を忘れないようにするという目的もあるんだと思うよ」
私は納得して、
「そうなんだね。なるほどな」
でも、次の慎吾の言葉に驚く。
「でも、ミックスに出るのは初めてじゃないかな?それまでは、男女しか出てなかったと思うし」
「え?そうなの?誰か出ているかと思った…」
「うん、たぶん」
「それって、私たちの仲が良いからなのかな?だって、野山くんと則子のペアもA部門で出るんでしょ?」
私の疑問に慎吾はちょっと顔を赤くして、
「多分、そうだと思うよ。それと、11月の一件のことで先生も考えてくれたのかもね」
あのときの喧嘩…というかちょっとした意識のすれ違いでお互いに落ち込んだ事件のことを思い出す。
「もう、あのときのことは私たちにとっていい教訓になったと思うから、もう乗り越えているんだけどね」
私の言葉に、慎吾も「そうだね」と頷く。
「でも、だからこそ、もっと困難にぶつかってみろという考え方もできるかな。更紗、頑張ろうな!」
慎吾の決意に満ちた目に、私も「うん!」と笑って頷いた。
信号が青に変わって私たちは交差点を渡る。いつもなら、ここで別れるのだけど、道が道だからと慎吾は家まで送ってくれる。
…そういう心遣いが、とても嬉しい。
「で、週末は模試か…」
慎吾がはぁっとため息をつく。
「そうね。でもため息ついていると幸せ逃げちゃうから。頑張ろう。土曜日は文系科目ね」
私がそう言うと、慎吾はちょっと苦笑いを浮かべて、
「それもそうだ。前向きに行こう。土曜日さ、模試の後少しだけ勉強して帰ろうか?」
「ええ、いいわよ。後でグループライナーに2人も来るかどうか流してみていい?」
「ああ、勿論いいよ。頼んだよ」
「了解、了解!」
ちょうど、家の前に着いた私は、元気よく返事をする。その元気に慎吾も笑顔になって、
「ホント、更紗は僕に元気をくれるよね。そういうところも好きなんだよ」
と臆面もなく言うものだから、私の方が照れてしまって、
「もう、いきなり何を言うのよ…。私だって、そうやって好意をストレートに言ってくれる慎吾が好きなの」
と声のトーンを落として言ってしまう。すると、慎吾は私を抱き寄せる。
「人に見られちゃうよ…」
私が言うと慎吾は首を振って、
「見られても良いよ。だって、やましいことはしてないもの。好きな人にずっと触れていたい気持ちを我慢したくなかったから」
「…私も同じ」
と、少しの間そうしていると、スマホからライナーの通知音が鳴った。
私と慎吾は同時に離れて、自分たちのスマホをチェックすると、通知はお父さんからだった。もうすぐ帰るって。
「そうか、じゃ、また明日だね」
慎吾はそう言って、手を振る。
「うん、じゃ、また明日。ご飯食べたらライナー送るね」
そんなこんなで雪に振り回された10日間が終わりを告げると、週末は模試。
模試の1日目の後、夢衣ちゃんと矢野くんに声をかけたら賛成してくれたので、一緒に自習室で勉強をして、2日目に臨み、それぞれがしっかり頑張った。だから、後はどんな結果が得られるかが楽しみだ。
一方、部活は市民大会に向けて練習を重ねていき、2月に入ってからの練習は前半が男女別に、後半はミックスに出る私と慎吾、野山くんと則子に、男子と女子の1ペアずつは合同練習にずっとなっている。男女のペアはどちらも私たちと同じ、C部門だ。おそらく、高校になってから始めた生徒たちに、試合経験を積ませたいのだろうというのが慎吾の憶測だ。
8人で練習を回していると、やっぱり則子と野山くんの上手さが際立つ。攻めの時と守りの時の連携がやっぱり上手いし、しっかり声をかけて「よろしく!」「俺行く!」とコミュニケーションを取っているから強いんだと思う。私と慎吾のペアもなかなか1ゲームも取らせてくれない。…最高で、14-21くらいだ。
「やっぱり則子と野山くんのペアは上手よね」
「そうだね。頭一つも二つも抜きんでてるわ。確かに、小1からずっと同じクラブでやっているだけある」
「経験年数の違いって、こんな所まであるんだ…」
慎吾は頷いて、
「そうだね。さらに、更紗もこの前見たと思うけど、ダブルス時の動きを解説してくれている動画の中身って、あの二人は何でもないようにやっているよね。そこがやっぱりすごいなって思うよ」
「そうね。私たちは、まだまだぎこちない感じがするよね」
私がそう言うと、慎吾はもう一度頷いて、
「そう、1月に五十嵐さんは大分ぎこちなさはなくなったよ、と言ってくれていたけど、実際に動いているとぎこちない…と言うか、まだまだ頭で考えながら動くから、ワンテンポ遅れるんだと思う」
その言葉に、私は納得する。
「確かにそうね…『浮かせたから横!』『前に落とすから縦!』と自分に言い聞かせながらやっているから、確かにちょっとだけ遅れてしまうのかもね」
「だから、ここは練習で何とかしないと行けないところなんだろうね。今はそのための練習なんだと思う」
「うん、ねぇ、時間が許せばだけど、慎吾の家に寄った時にちょっとだけダブルスの動画見ることってできないかな?」
私は提案する。時間は19時20分。もうすぐ慎吾の家。家では、綸子が正月に交わした約束通り、慎吾の家でお世話になっている。今日も、綸子から連絡があった。今日は綸子も晩ご飯作りを手伝ったらしく、晩ご飯を食べてから帰ることになっている。
道路と言えば、1月のどか雪のあとは、雪はあまり降らなくて、歩道の雪もすっかり消えてなくなっている。除雪されて壁になっているところが、当時の面影だ。
「うちでご飯食べてから帰るんだろ?それなら時間は十分取れると思うし。問題ないと思うよ。客間で一緒に食べながら見ようか?」
慎吾も了解してくれて、お母さんにその様にライナーを送る。すると、少しして私のスマホからライナーの着信音が鳴る。誰かと思えば、綸子だ。
『え~?東条さんと二人で動画見ながら晩ご飯食べるの?私も入ったらダメ?』
と言う、抗議のメッセージだったけど、「ゴメン、今度の試合のミーティングも兼ねているから、できれば二人で食べたい。埋め合わせは今度するから」とライナーを送ると、『もう。しょうがないなぁ』というメッセージが秒で届いた。文句を言いたいだけだったんだろうな。可愛い妹だ。
「ただいまぁ」
慎吾の声が玄関に響く。私も続いて、「お邪魔します」と言って靴を脱ぐ。そして、つま先を玄関に向けて並べる。
「お帰り、更紗ちゃん。慎ちゃん。夕飯とか一式客間にあるからゆっくり食べてね」
と、お母さんはそう言う。その隣から綸子が出てきて、
「料理の手際、お母さんに褒められたよ~」
と嬉しそうに言う。確かに、料理の腕としては、綸子の方があるなぁ…。とか重いながら、私たちは客間に入って私と慎吾は二人並んで座る。
「今度は、更紗ちゃんの手際を見せてもらおうかな~」
とお母さんは悪戯っぽい声で私に言う。私はちょっと困った顔で「あ、はい、分かりました」と答えたけど、褒めてもらえるだけの腕かどうかは分からないな~という思いが困り顔に出てしまっていたようだ。
「ん?更紗ちゃんはお料理苦手?」
お母さんからの突っ込みが入る。
「いえ、そういうわけでは…慎吾にはいつも美味しいって言ってもらってますし。味は問題ないと思いますけど、手際と言われると…」
「なんだ、そういうこと。大丈夫よ。多少遅くても美味しく作れれば」
「は、はい…」
「今から動画見るんでしょ?それじゃ、お邪魔虫は部屋から出るわね、どうぞごゆっくり~」
「ちょ、母さん…」
慎吾の咎める声をよそに、嵐のように、お母さんと綸子は部屋から出て行き、私たち二人が取り残された。
「動画、見ようか?」「ええ、そうしよう」
私たちは動画を見始める。
世界のトップクラスの選手の動きを解説してくれているこのチャンネルは、初心者から中級者に対してもわかりやすい言葉のチョイスをしていて、課題が見つかった時はその人の解説動画を見て、明日に繋げようとしている。
今日は、横に並んだ時のシャトルの取り方やその練習方法について解説してくれていて、自分たちに足りないのがこのことなんだろうなというのを自覚した。
「明日は、ここの部分を練習しようか?」
慎吾が聞いてくるから、私は「もちろん」と頷く。
試合に出る以上は、楽しみつつも勝ちたいから、真剣に練習するんだ。
とっても美味しかったご飯を食べ終わってミーティングを終えると、私たちはリビングに。そこには宿題を終わらせた綸子と、慎吾の両親、そして晴城お兄さんと、お父さんもいた。あれ?いつの間に入ってきたんだろう?
「お父さん!?気づかなかったよ」
「ああ、つい30分ほど前な。お前たちが真剣にテレビを見ていたから、声をかけるのを遠慮したんだ」
「そうでしたか。すみません、気づかずに」
慎吾は謝るけど、お父さんは笑顔で、
「いやいや、あんな真剣に部活に打ち込んでいる二人を邪魔したくないし、無粋だと思ったからね。あと10日くらいかな?頑張ってもらいたい」
「ありがとうございます」
慎吾は頭を下げる。
「それじゃ、そろそろお暇しようか?もう20時半回ってるし、家に帰ってお風呂に入ろう」
お父さんの言葉に、私と綸子は頷く。
「名残惜しいけど、帰るね。また明日も会えるから」
「そうだね。明日も部活頑張ろう」
「綸子はどうする?」
「明日は、こちらには寄らずに家に帰る。友達とお買い物して帰る約束をしてるから、大丈夫だよ」
友達という言葉に、お父さんの眉が少し上がる。
「友達って、女の子かい?」
お父さんは、そう綸子に質問した。
「そうだよ、何、お父さん?私に彼氏でもできたと思った?」
「そんなことは、ないけど…」
お父さんは少し焦る。
「大丈夫、東条さんみたいな格好いい人、うちの中学にはいないから、当分彼氏できないよ。…今日も告白されたけど、一つ上のちょっと不良で有名なチャラ男だったから、『あなたのような人には興味ありません』と断ったからね」
お父さんの顔に安堵の表情が見えた。
「でも、チャラ男って意外と根に持つ奴いるからなぁ、綸子ちゃん、気をつけるんだよ」
慎吾や晴城お兄さんから同じようなことを言われて、
「はーい。困ったら、周りに助けを求めるし、いざとなったら東条さん呼んでいいですか?」
なんて言う。…気の優しい慎吾のことだから、
「分かった。できる限り守るよ」
と言うことは、十分に想像できた。
「私にも連絡しなさいよね、綸子。私も駆けつけるから」
だから、私も協力を申し出る。綸子は、
「うん、ありがとうお姉ちゃん」
と言って、笑ってくれた。
「じゃ、帰ります。いつもありがとうございます」
渡した家族は、東条家をあとにする。
「また、いつでも来てくださいね」
慎吾のお母さんを始め、東条家のみなさんの見送りを受けて、私たちはお父さんの車に乗り込んで、家路についた。
そして、大会当日は11日の日曜日。
私と慎吾が初めてデートをしたあの体育館で、市民大会が行われる。組み合わせは、前もって市の協会のホームページに掲載されていたとのことで、西塔先生がトーナメント表を印刷して前日に渡してくれた。
C部門のミックスは、全部で21組がエントリーしている。私たち臨魁学園以外にも近場の高校で数校、それぞれの部門にエントリーしている。その中には、秋の練習試合で友達になった宮越清花ちゃんと、本上毅史くんの名前があって、彼女たちもミックスに出ている。
お互いに勝ち進むと、彼女たちとはベスト8で当たるようだった。
「楽しみだね、慎吾」「ああ、毅史たちと試合できるといいな」
なんて言って笑い合ったな。
試合当日は午前8時集合で、8時15分に会場が開くことになっている。
会場に着くと、先生をはじめ、臨魁学園の主要メンバーはもう既に揃っていた。
「おせえよ、東条」
野山くんが挨拶の代わりにそう言う。
「すまん」「ごめんね、みんな」
慎吾と私は素直に謝った。でも、則子は、
「え?でも集合時間までまだ5分あるよね?十分じゃない?」
「5分前行動ってか。まぁ、そう言われると文句言えないな」
野山くんは則子に言われて
「さ、中に入って、準備をするぞ!」
南東先生の一声で、僕らは会場の中に移動する。
選手は試合用のユニフォームを着てきており、上にトレーナーを着ている。
ユニフォームに関しては、同じでなくてはならないという決まりは特にないのだけど、やっぱり連帯感を得るために、私と慎吾も同じユニフォームをこの日のために新調した。
そのほか応援組は応援席で、『輝け、臨魁生!』の横断幕を掛ける。
8時半になると練習時間5分が設けられ、基礎打ちをする。全部で150組くらいが出ているから、10コートある体育館では、1コートに3組入るようにしているから、5廻りくらいすることになる。
「市民大会だと、基礎打ちする時間くれるんだね。有り難いね」
そう、高校の試合ではあまりそんな時間が取れないから、5分でも基礎打ちができるのはとっても有り難かった。
「うん、3廻り目くらいに行こうか?」「賛成」
私と慎吾は3廻り目めがけて体育館のアリーナ、臨魁学園の近くのコートに陣取る。すると、そこに私たちの姿を確認したのだろう、本上くんと清花ちゃんが私たちの方に駆け寄ってきた。
「あけおめ、ことよろ。まさか、お前たちもミックスに出るとはね」
慎吾が本上くんに話しかける。
「そうだな。あれから頃合いを見てはミックスの練習をするようになったんだ、その成果の確認を込めて、エントリーしたんだ。なぁ、清花」
本上くんは清花ちゃんの手を取って仲の良さをアピールする。
「そっか、清花ちゃんも頑張ろうね」
「ええ!勝ち進めば、ベスト8で当たるよね、この前の練習試合のリベンジさせてもらうわ」
「分かった、でも、まずは一つ勝つことからね!」
私はそう言って、清花ちゃんとハイタッチ。真悟も本上くんとハイタッチする。
すると、ちょうど2廻り目の練習が終わって、3廻り目がコールされた。
「ここでするでしょ?」と清花ちゃんは確認すると、本上くんとコートの真ん中に入る。
私たちはその左側に並んで、基礎打ちを行った。
二人との別れ際に、「それじゃ、またあとで。頑張ろうぜ」と互いの健闘を祈る。
時間は9時15分を過ぎたあたり。
開会式が行われ、市の協会長の挨拶と競技場の注意事項がアナウンスされたら、試合開始。
始めは、A部門の女子1回戦から。次は男子、ミックスと続いて、B部門、それが全部終わってからやっとC部門の女子。1回戦自体はどの部門も数は多くないから、C部門1回戦の最後に入った私たちの出番は、全10コートあるうちの23番目に呼ばれるから、3廻り目くらい。既に、全体の20番目までは本部近くの控え所で待っているから、そんなに遅くない時間で呼ばれるだろう。
「ゼッケン付けておこうか?」「そうね。お願いできる?」
私と慎吾は、お互いのゼッケンを背中に安全ピンで留める。
慎吾の背中…華奢なように見えて、しっかりと幅もあるし、肩胛骨あたりも何気にがっしりしている。
「慎吾って、結構筋肉質だよね~」
私が言うと、慎吾はちょっと照れた感じで、「ありがとう」と言う。
「バドミントン始める前って、何かスポーツしてた?」
私が聞くと、慎吾は、
「意外かもしれないけど、少林寺拳法やってたよ。段位とか取らずに小6で辞めちゃったけど、そのおかげで下半身も上半身もそれなりに鍛えられたと思う」
と言うものだから、私は「へぇ~本当に、意外だね」と答える。
それから、前後が変わって私の背中に慎吾の手が触れる。
あまり大きく触れないように、なおかつ、ピンが刺さらないように慎重にしてくれているのが分かる。でも、慎吾の指が私の背中に触れるたび、心臓が大きく跳ねる気がした。
もしかしたら、慎吾も同じだったのかな?
お互いの身体に触れることに関しては、ずいぶん慣れてきたと思うけどやっぱりまだ、照れるね。
「終わったよ」「うん、ありがとう」
慎吾の声に、私は礼を言う。その時、
『試合番号、21から30までの選手は、選手集合所に集まりなさい』
と言うアナウンスが流れた。私たちは頷いてトレーナーを羽織り、ラケットに水筒を持って選手集合所へ向かう。
「お、ご夫妻!行ってらっしゃい!」
2回戦から出る野山くんのからかいの声に慎吾が「おいやめろ」と笑いながら答えて、私と慎吾は並んで歩く。その後ろから、芹沢くんも付いてくる。線審のためだ。
「慎吾に大原さん、調子はどうだい?」
芹沢くんが私たちに問いかける。私は。「うん、大丈夫問題ないよ。身体は軽いかな」と。慎吾は「ああ、いい方かな。ミスなくやっていきたいよ」と答える。
「おぉ、それじゃ期待していいか?ベスト4くらいに入れるといいよな。行けそうな予感はあるんだけど」
芹沢くんはそう言うけど、そこまで自信過剰じゃないから、
「1戦1戦、頑張るだけよ。慎吾も同じ考えだと思う」
と言うと、芹沢くんは、
「慎吾、大原さんはそう言っているけど、慎吾としてはどうなんだ?」
と慎吾に問いかける。
「うん、更紗と同じだよ。一つ一つのプレーに集中すれば、自ずと結果は付いてくると思いたい」
「そうだな。一寸見ていた感じ、C部門は上手な人あまりいない感じだったから、ひょっとすると、ひょっとするかなって思ってるんだ」
と芹沢くんは言う。
「そうか。でも、試合にならないと分からないことが沢山あるから、ベストを尽くすよ」
「ん、そうだな」
と喋っている間に、選手集合所に着く。清花ちゃんたちは2回戦から登場するみたいで、知っている人はいない。だからこそ、競技に集中できる気がした。
そして、暫く待っていると
「臨魁学園、東条さん、大原さん!」
と試合に呼ばれる。私と慎吾は顔を見合わせて頷いて、ハイタッチをして立ち上がる。
試合前のルーティン。気合いが乗ってくる。
試合するコートは、運のいいことに学園が陣取っている客席が目の前だった。
「ラッキー」
と言いつつ客席を見ると、野山くんと則子も最前列に出てきて、声援をくれる。
「ファイト!」
「まず一本ね!」
相手は、大学の2年生コンビ。部活じゃなく、サークル活動のようだ。最初にシャトルの跳びを確認するため4人でクリアを打つ。相手の打ち方は、それなりに綺麗に打ってきていたから、油断せずしっかり確実にと慎吾と小声で話す。
「ファーストゲーム、ラブオール、プレイ!」
このコートあった前の試合で負けた方の主審の声で、試合は始まる。
ジャンケンで勝った私が、最初のサーブを打つ。
バックに構えて、前の方に落とす、ダブルスでは定石のサーブ。私のサーブの相手は女子学生で、一歩前に出てロブを上げる。
私は後ろを見ることなくそのまま中央ちょっと前に陣取って、相手の動きを見ながら慎吾の打つシャトルの行方を音で感じ取る。
パシッ!
慎吾は、相手の男性側にクリアを打つ。シャトルの行方を確認し、私は慎吾のいると思われる右側とは反対に左側、先ほどとは二歩ほど後ろに下がってスマッシュを警戒する。
男性はすぐに追いつくけど、まだステップが慣れていない感じで、ちょっとぎこちない。女性の方が経験者の感じに見えた。
でも、相手は慎吾の方にスマッシュを打つ。慎吾は十分警戒していたから、軽くステップを踏んで柔らかく前の方に落とし。前に出る。私はその動きに連動して、更に一歩後退し、中央の後方に陣取る。
前の方にいた女性もそれは読んでいたみたいで、同じく前にヘアピンを打つけど、思いの外浮いてしまい、「しまった」という表情を浮かべる。その刹那、前に出ていた慎吾はそのスキを逃さずパシッ!と二人の間にプッシュを打ち、シャトルは床に叩きつけられる。
「ポイント、ワン、ラブ」
主審のコールが響く。幸先のいい立ち上がりだ。私は慎吾と「まず一本!」とハイタッチ。コートの左側に移動し、サーブを打つ準備をする。
今度も、サーブは手前。相手は私から遠いところにヘアピンを打つけど、これも少し浮いてくれたおかげで追いつくことができる。
それでも少し体勢が崩れたから、ロブを上げるしかなく、体勢を立て直すまでは、慎吾が中央に陣取って相手の打つシャトルを待ち構える。
相手の女性はスマッシュを打つ。慎吾から見るとバック側だけど、難なく捌いて二人のいないところにドライブ気味に返す。その間に、私は体勢を整えてコートの後方に下がり、ロブ、または慎吾のフォア側への長いシャトルに対応する。
男性の方が追いつき、勢いよくはたいたシャトルは、私の目の前に飛び込んでくるけど、そのシャトルには十分対応して、またもドライブで女性側に返す。女性は身体の正面に飛び込んできたシャトルに対応できず、ラケットに当てるのが精一杯で、シャトルは力なくこちら側に来ることなくネットに引っかかる。
「更紗、ナイス!」
慎吾は左手を挙げて私に近づく。私も「OK!もう一本!」とハイタッチして、相手からシャトルが帰ってくるのを待つ。
「あの高校生、上手いよ」
と男性の方が少し消沈した感じで女性に言っているのが聞こえた。精神的に優位に立てたようだ。であれば、よほど焦らない限り私たちが優勢に試合を進められそうだと思った。
そしてその感じは間違いではなく、21-9、21-7であっさり1回戦を突破した。
「ナイスゲーム、慎吾!」「まず一つだね、更紗!」
私たちは一つ勝てたことをまずは喜び合う。そして、審判がスコアシートを差し出してくるので、「勝者サイン」の欄に私と慎吾の名前を私が書き入れ、審判に戻す。
「ありがとうございました」
と、審判をしてくれた方に感謝をする。ちょっと水分をコート横で摂っていると、線審をしてくれた芹沢くんが、「ナイスゲーム、うん、二人とも良かったぜ」と褒めてくれた。
「サンキュー、芹沢くん」「サンキュー!今みたいに次も行けるといいな」
私たちの感謝の言葉に芹沢くんは「大丈夫、行けるよ」と言ってくれた。
そして、ギャラリーに戻るとC 部門女子に出る子たちはコールされたようで席にはいなかったけど、野山君と則子は「お~良かったよ~」とこちらも褒めてくれた。
「それじゃ、もうすぐ伊藤、片山が出るから待ってようぜ」
そんな感じで試合は進んでいく。
2回戦も、、僕と更紗の調子はまずまず。
いつもよりミスが少ないし、公式戦という緊張感は更紗と一緒だとそんなに脅威にならず、本当に「楽しく」プレイできているなと感じる。
2回戦も2-0で勝ち、ベスト8はやっぱり勝ち上がってきた毅史と宮越さんのペアだ。3ヶ月前の練習試合では僕たちが勝ったけど、想いが通じ合っている2人の今は、どこまで伸びたのか全然分からないからここが正念場と言っていいかもしれない。
コートの位置は、1回戦の反対側。北森高校が陣取っているところだ。でも、北森高校とは仲が良いから、臨魁生も尋路、五十嵐さんはじめコールされてない主要メンバーが来て、北森生も場所を融通し、隣に陣取っていた。
「3ヶ月前の雪辱、晴らすぜ」
「ああ、楽しみだよ」
僕たちはそう言って、ジャンケンをする。毅史が勝って、サーブ権を渡す。
「ファーストゲーム、ラブオール、プレイ!」
主審のコールに、僕たちは「お願いします!」と挨拶し、毅史のサーブを待つ。
バックハンドから放たれたサーブはいきなり高いロングサーブ。僕はちょっと慌て気味にクリアで返し、すぐさま更紗と並ぶ。
宮越さんは「フッ!」と打つ瞬間に力を抜いて、スマッシュと見せかけたカットで更紗の前に落としてくる。
「更紗!頼む!」「OK!」
更紗は意表を突かれたとは言え十分な体制で、ヘアピンで返す。
毅史が走り込んで、ロブを上げる。そこは、僕が待ち構えていて、スマッシュを放つ。
少し長めに放ったスマッシュは宮越さんの目の前を狙ったが、宮越さんも十分な体制でシャトルを返す。逆方向に少し大きめに返ってきたところを、もう一度僕はスマッシュを放つ。今度も真っ直ぐ返すと、そこには毅史が待っていて、フォアでレシーブする。
そこに更紗が走り込み、クロスプッシュと見せかけてヘアピンでネット際に落とすと、それには流石の二人も対応できず、足が止まり、シャトルは床に落ちた。
「サービスオーバー。ワン、ラブ」
これまた幸先良く先制できたけれども、ここからは一進一退。お互いに点を取り合ってシーソーゲームになる。
こっちが点を取れば、ギャラリーの臨魁生が盛り上がり、向こうが点を取れば、隣の北森生が歓声を上げる。
コート上では4人の戦いだけど、ギャラリーも含めて、学校同士の戦いになっている。いいライバルに恵まれてるな、と僕と更紗は先に11点目を取られたけれども、そのインターバル(21点マッチでは、11点をどちらかが取ったタイミングで1分間の休憩時間がある)に話をして、「練習試合の延長で、楽しくやろう。せっかくいい気持ちでやれているから」と更紗の言葉に僕は頷いて、ゲームは続く。
何とか13-12で逆転してからはリードを保ち20-17のゲームポイント。
更紗のサーブからラリーが始まる。
レシーバーの毅史は、少し速い弾道で長めのショットを打つ。ちょうどそこには僕がいて、こちらも長めに浮かせる。
「上げたよ!」
更紗に声をかけて、二人で並ぶ。後ろに回っていた宮越さんがスマッシュを更紗に放つ。
「フッ!」
身体の正面に入ってきたスマッシュを更紗はバックハンドでいなし、前に落とす。
毅史はそのシャトルに追いつき、ロブを打つ。
「僕が行く!」「任せた!」
僕と更紗はほぼ同時に声をかける。僕がスマッシュを打ちに行くことで考えが一致していたから、つい顔がほころび、いい感じで脱力する。
僕は、思いっきり飛び上がり、少し角度を付けてジャンプスマッシュを放つ。
狙ったのは、宮越さんの方。彼女はしっかり準備していて、僕のいるところとは逆方向にシャトルを返すけど、そこには更紗がいた。
勢いのあるシャトルを柔らかく受け止め、ネット前に落とす。更紗の得意なブロックショット。
狙ったとおりにシャトルは床に落ちる。
「オッケー!」「更紗、ナイスショット!」
1ゲーム目を取って、僕たちは勿論、ギャラリーで応援している生徒たちも俄然元気が出て、盛り上がる。ただ、北森生もいいゲームだったので応援の声はまだまだ大きい。
「毅史!ドンマイ!行けるって!」「宮越さんも大丈夫!いいゲームだったよ!」
「慎吾、ナイスゲーム!」「更紗!その調子ね!」
インターバルで水分を摂る僕たちに、双方から応援の声がかけられる。うん、楽しい!
「2ゲーム目も楽しんでいこうな、更紗」「ええ、いい感じだったから、このまま行こう。それにしても、2人すごく上手になったよね」「ああ、侮れないよ。だからこそ、負けるわけにはいかないね」「ええ、頑張りましょ!」
2ゲーム目が始まると、優勢に僕たちが試合を進める。
焦りの色を見せ始めた毅史はミスを連発し始める。まるで、僕の凡ミスが移ったみたいだった。
そのおかげで、危なげなく試合を展開した僕たちは、21-12で勝利。これで、ベスト4だ!
「やったね、更紗!」「うん!これでベスト4ね!」
お互いにハイタッチして、この勝利を喜び合う。方や、毅史と宮越さんのペアは、座り込んでしまった毅史を宮越さんが慰めているように見えた。
毅史は半分涙目で、「ここまでミスるなんて…」と苦悩しているように見えた。そんな毅史に僕は歩み寄る。
「確かにミスは多かったけど、僕も多いから、気持ち分かるよ」
そう言うと、毅史は苦笑いを浮かべて、
「全然慰めになってね~よ。でも、ありがとうな。まぁ、いつまでもクヨクヨしてるのは男じゃないから、吹っ切るさ。慎吾たちは、次はベスト4か。ここまで来たら優勝を目指せよ!」
「ああ、頑張ってみるよ。ありがとう、毅史」
パンとハイタッチを交わし、僕と更紗は臨魁生の待つギャラリーへ戻る。
一足先に席に戻っていた尋路、五十嵐さんをはじめとして他のメンバーからも祝福される。実は、ベスト4に入れば3位決定戦はないから、賞状をもらうことが確定した。あとは、そこに入る文字が、「優勝」「準優勝」「3位」のどれになるか、準決勝は絶対に勝ちたい。
時計は12時を過ぎている。次の対戦の予定は14時過ぎみたいで、更に言えばそのスケジュールも現時点で30分ほど遅れているから、順調にいっても14時半過ぎに試合になる。だから、今のうちにお昼を食べようと、僕と更紗は弁当を広げる。勿論、更紗が気合いを入れて作ってきてくれた逸品たちだ。
唐揚げ、ゆでブロッコリーといった更紗の定番に加え、今回は「冷食でゴメンね」と言っていたけど、アジフライもあり、更にお味噌汁まで専用の器に入れて持ってきてくれた。専用の器は魔法瓶だから、温かいまま飲むことになるので、身体を中から温めるのにちょうどいい。
「ああ、やっぱり更紗のお弁当は最高」「褒めすぎだよ~」
僕たちのそのやりとりを聞いて、なぜか「お昼一緒に食べようぜ」とわざわざ反対側の僕たちの所までやってきた毅史と宮越さんは「…なんか、尊いな、こんなやりとりしているの見ると」「そうね。私たちも結構周りからイチャつきすぎって言われるけど、それ以上だわ…」なんて茶々を入れてくる。
「…やっぱりそう思う?」
更紗はそんな風に宮越さんに聞くと、
「イチャつくって言うよりは、なんか自然な会話過ぎてなんだか妙な安心感というか…」
「ま、早く結婚したら?ってことだよな」
毅史の言葉に、僕は思わず息を吸い込みすぎで、ご飯粒が気管に入り、「ゴホッ!」とむせてしまった。
「…何言うんだよ、毅史」
「いや、すまん。でも、そう感じさせる二人なんだよ。うん、負けるのも当然って納得してしまうぜ」
なんて言われて、僕と更紗は赤面する。
「学校での様子も何となく想像できてしまうな。結構やっかみとか入れられてないか?」
毅史が心配そうに聞くけど、
「いや、転校初日からほぼ常に一緒にいるから、まぁ、はじめの1,2週間は僕も色々言われていたけど、練習試合に来てくれたあの時期あたりからはもうほとんど言われなくなったな。尤も、視線は痛い時はあったけど」
「そうなんだね。東条くんも頑張ったんだ」
宮越さんの言葉に、更紗も頷いて、
「うん、めちゃ頑張ってくれたんだよ。なのに、見返りを求めなかった、ただ助けたいという一心で私をスケベな人たちや嫉妬で怒っていた人から守ってくれた。そんな慎吾に惹かれたんだよ」
と言ってくれるものだから、嬉しいやら恥ずかしいやらだったけど。
楽しいお昼のひとときを過ごしたあとは、ちょっと休憩。目を閉じて、15分ほどお互いに何も喋らず、午睡を取る。
勉強の効率を上げるための午睡だけど、こういった場面でも効果はあると信じている。
目を覚ましてからは、試合を見る。ちょうど尋路と五十嵐さんのペアがベスト4をかけた試合が始まるところだったから、更紗と一緒に声援を送る。しかし、彼らは健闘むなしく1-2で負けてしまった。
準決勝の相手は大学3年生。1回戦と同じ大学の、サークル仲間のようだった。
線審に入った人が、1回戦のペアの女性だったから、すぐに分かる。
「よろしくお願いします!」
と挨拶して、試合が始まる。
このペアも、大学に入ってから始めたみたいで連携の部分ではまだ少し甘い部分がある。でも、元々の運動神経がいいペアみたいで球際に強くて決めたと思った球を打ち返されて焦る場面が何回かあった。そういった場面では、やっぱり僕の悪癖である肝心なところでのミスが出てしまい、1ゲーム取られることもあった。
「慎吾、ドンマイ、ドンマイ。次は取れるよ、落ち着いていこっ!」
更紗の明るい励ましがなかったら、僕の心が折れて負けていたかもしれないなぁ。
本当に、僕には勿体ないくらいの彼女だよ。更紗の声に、僕はもう一度心を奮い立たせて、気合いを入れ直すと動きは変わる。
そのおかげで、準決勝は2-1で勝つことができた。
「ナイスゲーム!慎吾、ファイナルはとっても良かったよ!」
更紗の両手のハイタッチに僕は応えて、「更紗のおかげだよ」と正直なことを言う。
「それなら嬉しい。さぁ、いよいよ決勝だね!」「ああ、ベストを尽くそう!」
と、僕たちはかなり疲れているけど、気合いを入れ直す。
ギャラリーに戻って、一休み入れる。
よし、いよいよ決勝戦だ!
決勝の相手は大学4年生。こちらはちゃんとバドミントン部としての登録のようで、卒業間近のカップルだった。
実は、2回戦の時にたまたま試合をしているところを見ていて、すごく上手だな、と思っていた。4年でここまで上手くなるんだから、すごい。正直な話、勝てるかどうか分からない。
「やれるだけやるか!」
そう勢い込んで、大勢の観客が見守る中、試合が始まった。
しかし、相手はさすがに部活で効率よく練習していたのだろう、巧さとコンビネーションがこれまでの相手とは違う。
そのおかげで僕も更紗も、崩されてしまったときには消極的なヘアピンやドロップショットなど、ネット際に落とすか、中途半端にあげてしまうことが多くなり、甘く入ったシャトルはスマッシュやプッシュで返され、僕らのコートに落ちる回数は、僕らが相手に落とす回数のより多かった。
第1ゲームは、7-21。圧倒的な大敗。
「まだまだ!」
そう思って第2ゲームに挑んだものの・・・。
同じ様な展開が繰り返され、早くもスコアは5-11。
(もう、勝てないのかな…)
半ば諦めた表情で僕は11点のインターバル時にドリンクを飲みながら考える。
そして彼女に思わず口からこんな言葉をこぼしてしまっていた。
「…勝てないかな…?」
言った瞬間、彼女は大きく目を見開いた。でも、彼女は落ち着いた感じで僕に話しかける。
「ねぇ、慎吾。弱気になるの分かるよ。私だって、ちょっと勝てないかなって思ってる」
「うん、これで負けても準優勝、立派な成績だよね?」
更紗は少し悲しそうな顔をした。そして、言葉を紡ぐ。
「ええ、そうかもしれない。でも、そんな風に思いながら負けて、後悔しない?」
僕は、ハッとする。
「最後まで諦めない、そんな気持ちでやった方が後悔せず終われると思うんだ。もうちょっと、頑張ってみない?」
僕は、更紗の顔を見る。更紗の顔はまだ力強い。まだ、試合を諦めていない。
さらに、少しばかり涙が浮かんでいるように見えた。
「どれだけ自分達ができるのか試したくて頑張っているのに、ある程度うまく行ったらそれで満足?手を抜いて終わってもいいってこと?そんなの、私は絶対認めないからね」
そう、まだ試合は終わったわけではない。まだ、ここからでも足掻けるだけ足掻けば、ワンチャンが巡ってくるかもしれない。消えかけていた闘志が、再び燃え上がってくる。
「ごめん、目が覚めた、大丈夫。更紗に後悔させるわけにはいかないから。勝ちに行こう」
僕は、更紗にそう宣言する。更紗は、僕の顔を見て、満足そうに頷いた。
「さ、行くよ!」
僕の声に彼女はもう一度大きくうなずくと、タオルで顔を拭いてコートに戻った。
観客席から臨魁生と北森生の励ましの声が聞こえる。
「そうだ!まだ終わってないぞ!頑張れ!」
尋路の声が僕たちの耳朶を打つ。
「私たちの分も、頑張ってよ!」
宮越さんの声が響く。
そうだ、僕たちには、励ましてくれる仲間がいる。彼らを失望させないためにも頑張ろう。
そこまで思ってから、試合に、そして『勝つ』ことに集中する。
試合は再開される。相手のサーブから始まるラリー。
さっきと何かが違う。相手の球筋が、今までよりも遅く、はっきりと見えるようになった気がした。
僕はシャトルを強く返し、相手がカットをしてくるところに上手く反応して逆方向にヘアピンをかける。
狙い違わず、シャトルは拾われることなくコートに落ちた。
(いける!)
僕は更紗に目配せし、うなずく。彼女も僕の言いたいことを理解したのか、うなずき返してハイタッチをし、次のプレイに入る。
相手はちょっと浮き足立った感じに見える。そう感じた僕らは積極的に打ちに出る。
消極的なヘアピンやカットではなく、強く、コートの奥へ。より厳しいところへ。そして相手の体勢が崩れたところを強打する。
また、相手のコートにシャトルが落ちた。向こうの顔は、「あれ?おかしいな」と言っている。そうなると、俄然僕たちが優位に立てる。とにかくシャトルを拾い、強打したり、緩く返したりする。
夢中になってシャトルを追った結果、気付けば――。
21-18。信じられないことに、このゲームを取ってしまっていた。
「よっしゃ、いける!」
僕はガッツポーズをして更紗に言った。彼女も笑みを浮かべて、
「ええ、いけるわ!」
とハイタッチをせがんでくる。勿論、きちんとそれに応じてハイタッチ。
ファイナルゲーム前のインターバルは少し時間を取るので、僕は相手の表情を盗み見た。彼等は、狐につままれた顔をしていた。何か悪い夢でも見ていたに違いない。
でも、この少し長いインターバルで話し合いをしたのか、そんな表情がファイナルゲーム直前には消え、最初のゲームの時のような厳しい顔つきに戻っていた。
厳しい戦いになる。僕たちは、覚悟を決める。
ファイナルゲームは、もつれにもつれ、20-20からの粘り合い。
相手がマッチポイントを握ればこちらは粘って追いつき、こちらもマッチポイントとなれば相手も追いつく。
そして、25-26で迎えた相手のマッチポイント。
お互い疲労困憊だ。どちらも肩で息をしているし、冬だというのに、汗でびっしょりだ。
でも、そんな僕たちは最後の気力を振り絞って激しい打ち合いになる。ネットすれすれのドライブの応酬。
そして、時折前に落とすブロックにも対応し、長いラリーになる。
(ミスは許されない!)
その気持ちが、どんどん自分の筋肉を硬直させていく。そして、僕の目の前に飛び込んできたシャトルは「捉えた!」と思ったけど、ラケットのフレームに当たり、「かきん!」という音とともに、力なく自分たちのコートに落ちる。
シャトルが落ちていくのがスローモーションのように見えた。
25-27…。ゲームポイント1-2で、僕たちは、負けた。
僕は思わずしゃがみ込む。そんな僕の背中に、更紗はよしよし、と手を添えて撫でてくれる。
「まずは挨拶だよ」
更紗に言われて僕は立ち上がり、相手と礼をする。
そして、コートサイドに出ると、タオルで頭をすっぽり覆い、もう一度しゃがみ込んで膝で足を挟む。
練習試合の時の更紗のように、悔しさがにじみ出る。せっかく追いついたのに。せっかくマッチポイントも握ったのに。勝ちきれなかった。最後は、僕のミスで、負けた。
頭がそのことだけ、ぐるぐる回って他のことは考えられなかった。
幸いなのは、決勝戦で全部門が終わるから、私たちのあとにこのコートに入る試合がないことだった。だから、慎吾が気落ちしている間、あまり声をかけずに気持ちが落ち着くのを待つことができた。
最後は本当に「力尽きた」と言う表現が合っているような気がするけど、これまで約2年バドミントンをやってきて一番の試合だったと思う。
それは、試合が終わったあとの相手選手の「ナイスゲーム!ありがとう!」の言葉や、ギャラリーからの拍手、臨魁生や北森生の「頑張った!」「ナイスゲーム」「良い試合だったよ!」の励ましの声からも明らかだった。
「慎吾、大丈夫?」
少し待ったけど、なかなか顔を上げてくれない慎吾に、私は声をかける。
慎吾は『うん』と首を縦に振ったけど、まだ立ちたくない様子だった。
でも、そろそろ一度ギャラリーに戻った方が良いと思い、もう一度声をかける。
「慎吾、一度戻ろうよ。反省会は、後でしよう?」
「うん…」
「悔しいよね…」
「うん…」
「立てる?」
「うん…」
生返事のような慎吾の返事を聞いて、私は慎吾の腕を取り、上に持ち上げる。
慎吾もそれに応えてくれて、頭を起こしながら立ってくれた。
「ああ、でも待って…」
慎吾は頭に覆っていたタオルで顔をごしごし拭く。でも、私はしっかり見ていた。
慎吾の両頬の涙の跡を。
でもそれは、私だけの秘密にしておこう。そう、思った。
ギャラリーに戻る。臨魁生のみんなが拍手で出迎え、その中にちゃっかり本上くんと清花ちゃんが馴染んで声をかけてくる。私たちの決勝が終わってすぐ、北森生は解散したらしいのだけど、彼らは戻ってくるまで待っていてくれた。
「ナイスゲーム!負けたのは残念だったけど、すごく良い試合を見せてもらったよ」
本上くんや野山くん、芹沢くんは口々にそう言うし、
「更紗が、2ゲーム目の11点インターバルで何を言っていたか気になるわ。あれで東条くんの目の色が変わったし」
則子はそう私に質問する。
「勝ったらエッチなことしてあげる的な?…いや、この二人にそれはないな」
なんて矢野くんが悪ふざけで洒落にならない冗談を言う。
実はベスト4が決まったあたりで仲間のグループライナーに「どう、勝ってる?」って矢野くんからメッセージが入り、「勝ってるよ」と返したら、「夢衣と二人で応援に行くわ」と応援に来てくれていた。
「もう、幸弘さん、そんな事言わないでください、もう、スケベなんですから」
夢衣ちゃんがちょっと拗ねて矢野くんの背中をつまむ。
「あっ、夢衣!頼むから背中つねらないで~!お前のそれ、地味に痛いんだよ!」
矢野くんは、夢衣ちゃんに背中をつねられる。…だって、真冬なのにこの会場が暑いと言って、上のジャケットを脱いでシャツだけでいるからそれはつねられたら痛いだろう。
「はははっ!幸弘、やっぱり夢衣には敵わないよな!」
その様子を見て、やっと慎吾に笑顔が戻ってきた。
「やっと笑ったね、慎吾。心配したよ」
私はそう慎吾に言うと、
「ゴメン更紗。あのミスはないわ~と本当に落ち込んだよ。でも、もう大丈夫。ミスを繰り返さないように練習するよ」
「うん。でも、2ゲーム目の途中からの慎吾、ミス少なくて良かったと思うよ。私の人生の中でベストの試合だよ」
「そうか、それなら嬉しい。僕も確かに、負けたけど一番の試合だったと思う」
「ホント、そんな試合をできたことに感謝だよ。慎吾、胸を張って表彰式に行こうね」
「ああ、そうしよう。更紗が恋人で、パートナーで良かった。もっと好きになる」
「私もだよ、慎吾」
そうやって自分たちの世界に入っていると、周りが「だからお前たち、いつ結婚するんだよっ!」って突っ込みが入る。
私たちは「どうなんだろうね~」なんて言いながら、笑顔でそれらの言葉を受け流すようになっていた。
…正直な話、それにいちいち強く反応していても疲れるから、軽く柳のように受け止めて流してしまえばいい。私と慎吾は、もう家族ぐるみのお付き合いにまでこんな短い時間で発展したのだから、そういう結末も、可能性はあるのかもしれないと思っているから。
そして、表彰式のあとで写真撮影があった。どうも、ベスト4以上は協会のホームページに写真が載るらしい。うん、それはそれで記念になる。
一応、協会の人に個人的にその写真をダウンロードして良いか聞いてみたら、個人利用に限ってOKとのことだった。
臨魁生は、体育館から出る前に、ギャラリーで先生と軽い最終ミーティング。
そして、体育館から出ると、もう周りは暗かった。当たり前だ。試合が終わったのは18時を回っていたから。結局、試合は押して終了予定時刻を1時間くらいオーバーしていた。
さすがに仕方ない。
「さぁ、明日は休みになったから、何をしようかな?」
結局今回5試合したものだから、疲労も限界だ。私は慎吾の言葉に、
「何かしようとする気力があるのがすごいよ」
と言う。さすがに、もう今日は家に帰って寝たい気分だ。
「そうだね。せっかく何もない休日だから、疲れを取りつつ何かしたいなって。午前中はゆっくりして、午後はちょっと出かけようかなぁ」
そうだね。午前中はゆっくりしよう。あ、でも、そう言えば…
「夢衣ちゃん、紗友梨さんや和子さんと出かける約束って、明日だったっけ?」
晴城お兄さんの車で一緒に帰ることになった夢衣ちゃんに聞いてみる。勿論、矢野くんも一緒だ。
「あ、はい、そうでしたね。お買い物をしてから、更紗さんの家で…」
そこまで言って、夢衣ちゃんは口ごもる。あぁ、そっか。そうだよね。矢野くんや慎吾の前でこれは言ってはいけないよね。
「夢衣ちゃん、ありがとう。じゃ、明日13時頃だったっけ?商店街の入り口でね」
「はい。よろしくお願いします」
慎吾とお出かけできないけど、でも、明日の買い物も非常に大事なものなんだ。だって、3日後は大切な日が待ってるから。
「ちなみに、慎吾はどこへ行くつもりなの?」
「う~ん、特に決めてないけど、本屋とゲーセンくらいかなぁ…」
ゲーセンに行くのは前にも聞いた気がする。でも、デートでは実はまだ二人で行ったことがないんだよね。
「ん、わかった」
私はそう言って、この会話を止めたと同時に、晴城お兄さんの車が見えた。
私たちは晴城お兄さんの車に乗って、家路につく。夢衣ちゃんと矢野くんを送ってから帰ったので、ほんの20分程度だったけど私と慎吾は遊園地から帰った時のように二人して頭をこっつんこして眠ってしまったのはいい思い出。
…尤も、矢野くんにまたその様子を写真で撮られて、22時頃にグループライナーに送られてきたのを見た時はさすがに恥ずかしかったけど、矢野くんも(変態)紳士だから、私と慎吾がダウンロードしたあとでタイムラインからも、自分の端末からも消してくれたみたい。
油断も隙もあったものじゃないね、と慎吾とライナーで話しているうちに、時間は23時を回り私は二段ベッドの自分のところでそのまま眠ってしまった。
翌朝は、よほど疲れていたのだろう、目が覚めると9時を回っていた。
「お姉ちゃん、7時に起こしに行ったのに、全然起きる気配がなくて心配したんだからね」
リビングにパジャマ姿のまま行くと、綸子にそう言われてしまった。さらに、
「お姉ちゃん、お風呂入る時に一緒に洗濯機に入れてしまえばいいのに、なんで脱ぎっぱなしにしてるんだろ?」
…お風呂に入る前に脱いだユニフォームやタオルをそのまま部屋に放置してしまって、洗濯機に入れるのを忘れていた。
「だからお姉ちゃんはそういう所がずぼらなんだよね…東条さんによく呆れられないと思うわ」
「…仰るとおりですね…」
私は認めるしかなくて、小さくなる。
「でも、2位だったのってすごいよ。それだけ沢山試合して疲れたんだから、仕方ないと思う」
…妹に慰められる情けない姉だなって思う。
「ゴメンね、綸子。次から気をつけるし」
「よろしく」
そして、朝食を食べて、午前中は宿題もしながらのんびり過ごし、13時の待ち合わせに間に合うように、着替えて家を出た。今日の服装は、ライトグリーンのフリース地タートルネックの上からデニムジャケットを羽織り、下は同じくデニム地のショートパンツと黒のタイツで生足はあまり見せないようにしている。その前に、協会のホームページに写真がアップされていたことを確認し、ダウンロードしておいたのは言うまでもない。
写真の印刷をしたいけど、家のプリンターでできるかどうか分からないから、今度慎吾に聞いてみよう。
そして、待ち合わせ場所に着くと、もう3人は待っていた。
「2位おめでとう。疲れていると思うのに、ゴメンね、更紗さん。大丈夫?」
紗友梨さんが、ねぎらいの言葉をかけてくれる。
「ありがとう、紗友梨さん。大丈夫だよ。めっちゃ寝たからだいぶ疲れ取れたわ」
「それなら良かった」
私たちは歩き始める。
「そう言えば、この近くのゲームセンターに、新しいプライズが入ったみたいだから、行ってみない?」
急に思い出したかのように、和子さんが私たちに提案する。
時刻は13時。まぁ、15時までに買い物を終わらせればそのあとは私の家で綸子も交えて女子5人の手作りタイムだから、別に構わないのだけど。
「私はOKよ。夢衣ちゃんはどうする?」「私も、大丈夫です」
「紗友梨さんは勿論大丈夫よね?だって、あなたが好きなすみっこウサギだから」
「あ、そうなの?うん、行ってみよう」
すみっこウサギというのは、その名の通り部屋などの隅っこにいるのが好きなウサギのキャラクターで、白黒はもとより、青や緑、赤い身体の可愛いキャラが沢山出ている。確かに、人気あるんだよね。
そんなわけで私たちは、ほど近いゲームセンターに入る。
入り口近くにプライズコーナーがあり、これが店舗の3分の1を占めている。私たちは色々なプライズゲーム、人気キャラクターやお菓子、なぜかインスタント食品のケースなどを見ながら、お目当てのプライズを探した。
「あ、これこれ!やっぱり可愛い!」
紗友梨さんと和子さんは大はしゃぎで、店舗から少し入ったところの筐体に駆け寄る。
確かに、可愛いぬいぐるみが置いてある。
「早速やってみようよ!予算は…」
「二人会わせて2000円。どうかな?」「了解」
和子さんと紗友梨さんはそれぞれ納得して、お金を投入し、ゲームを始める。
私は傍観者。こういうゲームって、狙い所がよく分からなくて、失敗したらそれだけで100円がなくなっちゃうからほとんどしない。と言うか、ゲームセンターに行くこと自体がごく稀で、こういう機会でもないと入ることはない。それは夢衣ちゃんも同じなようで、二人のゲームしているところを興味津々といった感じで見ている。
「あ~もうちょっと!」「でも、結構取りやすいところに来たよ!」
紗友梨さんと和子さんは、800円くらい投入したところで結構いい感じになったのか歓声を上げる。
「これで、次ガッチリ入れば取れそうだね」「そうね。そう願いたいね」
和子さんが100円を投入し、ゲームをする。3本のアームは少し回転しながら、取りたいぬいぐるみをガッチリホールドしたように見え、そのまま持ち上がる。
しかし、少しずつアームは弛み、ぬいぐるみは落下。バウンドして少し遠くなる。
「ああぁ~惜しい!」「もう少し頑張ってみよう」
なんだかんだで楽しそうにプレイしている二人から少しだけ目を逸らして入り口の方を見る。すると、一人の見慣れた男子が入ってきた。
「あら、慎吾?」
そう、慎吾が昨日の宣言通り、やってきたみたい。慎吾はプライズコーナーには目をくれず、奥の方へ行く。音楽が沢山聞こえてくる方へ行ったみたいだった。
「ねぇ、夢衣ちゃん、慎吾が来たみたいだから、ちょっと見に行ってくるね。奥の方へ行ったみたい」
夢衣ちゃんにそう言って、私は慎吾を追いかける。
「分かりました。紗友梨さんと和子さんには、これが一通り終わったら伝えておきますね」
と言う夢衣ちゃんの声が、私の耳に届いたから、私は振り向いて夢衣ちゃんに「ありがとう」と手を振った。
そして、私は慎吾が消えていった音楽コーナーに足を運ぶ。女の人はほとんどいなくて、男の人ばかり。そんな中、数人が私の顔を見ると目を大きく見開いて私を見てくる気がした。
私はそんな視線に構わず、慎吾を探す。
…いた。
見たことない筐体に向かって、ゲームをしている。7つのボタンと1つの円盤を操作するゲームらしい。慎吾の反対側にも同じようにボタンと円盤があるけど、慎吾がしている方とはボタンと円盤の位置が逆になっていた。
慎吾は、私の視線に気づくことなくゲームに夢中。まぁ、私がいるなんて気づいてないから、それはそうだろう。…でも、上手いな。画面の上から落ちてくるノーツが、スマホのアプリとは違って段違いに多い。スマホアプリは私も慎吾と同じものを、クリスマスデートを機に始めたからそこまで多くない印象だけど、このいゲームは本当に動じ推しも多くて目が追いつかない。それを慎吾は一心不乱に叩いている。
バドミントンや勉強に向かっている真剣なまなざしを、ゲームにも向けている。何事にも真剣に取り組む慎吾に、私はまた惚れそうになる。
…と言うか、惚れ直していた。格好いいね。
だから、一通りプレイが終わった頃を見計らって、静かに慎吾の背後に立ち――
「だ~れだ!」
と、慎吾の両目を両手で隠してみた。
すると、慎吾は慌てて少し大きな声で
「うわっ!その声は、さ、更紗!?」
さすが慎吾!
「せいかーい!」
私はおちゃらけた口調でそう言うけど、まだ手を離さない。
「でも!ちょっと手を離して!リザルト撮らなきゃ!!スマホ、スマホ!」
「え?」
思わずきょとんとして手から力が抜けると、慎吾は慌てて筐体に置いてあった彼のスマホを手に取る。
カメラアプリを素早く起動して、ゲーム画面を撮ろうとしたみたいだけど、一瞬遅く、画面は暗転してしまった。
慎吾はがっくり肩を落とす。
「はあぁぁ~今日最初のデカイ成果撮れなかった…」
え?そんなに大事だったの?
「あ、え~っと…ごめんなさい…」
私はバツの悪い顔をして、慎吾に謝る。
「うん、別にいいけど。何とかなるし。…それにしても、びっくりしたよ。こんな所にいるなんて。それにだ~れだってされたのも小学校以来だからなお驚いたし」
慎吾はすぐに冷静さを取り戻して、私に筐体を降りるように促してから話してくれる。でも、何もしないのは申し訳ないなぁと思うから、
「何か埋め合わせできない?」
と聞いてみる。すると慎吾は、
「それじゃ、一緒にこのゲームやってみない?でも、なんでここに?」
と提案しながらも聞いてくるから、
「分かった。やってみる。だって、慎吾すごいから教えてね!実は、紗友梨さん和子さん、夢衣ちゃんと一緒に来てたんだ。プライズの新作が入ったからって。で、紗友梨さん和子さんが取っている時に、入り口から慎吾が入ってくるの見えたから、追いかけてみたら、このゲームやってるでしょ?ずっと見てたんだよ。気づかなかったでしょ?かなり夢中だったもの」
私がそうまくし立てると、慎吾は、
「あぁ、全然気づかなかったよ。基本的に、このゲームやってるとずっと画面とにらめっこしてるから、周りをほとんど気にしないんだ」
と言う。だから私は、
「そうなんだね」
と相づちを打った。
「で、他の3人はどうしてるの?」
そう慎吾に言われて、ハッとする。夢衣ちゃんには伝えたけど、どうなっているんだろう?
そう思っていると、ちょうど良いタイミングで、夢衣ちゃんが視界に入った。夢衣ちゃんも私に気づいて、
「あ、ここにいました。紗友里さん、和子さん、こちらです」
と、2人を呼んでくれる。
2人はそれぞれ、大きな袋を持って現れる。どうやら、欲しかった物をゲットできたようだ。
「ごめん、みんな」
私が謝ると和子さんは、
「うん、大丈夫、大丈夫。だって、私たちよりも彼氏の方が大事だもんねぇ」
と私を茶化す。
「だから、ごめんってば」
私はもう一度謝る。
「ああ、こっちこそごめんねぇ、なんか羨ましくってさ」
和子さんはそう言って笑う。
「ああ、そう言えば4人で出かけるって話だったよね。どう、買い物は?」
ちょっと離れたスペースに移動していた私たち。そんな私たちに慎吾は質問する。
「ううん、今からなんだ。紗友梨さんと和子さんが、プライズ取りたいってなって、これが終わってからって」
私の説明に、慎吾はちょっと残念そうな顔をする。
「そうか、その様子だと、用事は終わったみたいだからもう行くんだね?」
慎吾はそう言う。すると紗友梨さんは、
「そうなるね。でも東条くんも聞いてよ〜。2人で2000円ねって言って、私が取るまで1700円もかかったのに、和子の取るの、200円で終わってるんだよ〜!不公平だと思わない?」
紗友梨さんはそう愚痴を吐く。すると慎吾は冷静に、
「まぁ、プライズもガッチリハマってくれるとかって最近は確率でなるって聞いてるし、そういうこともあると思うよ。中山さんは、運が良かったってことで。僕はあまりやらないけど、確かに200円で取れたこともあるし、1000円かけても取れなかったこともあるし、それはしょうがないと思うよ」
と言う。それには紗友梨さんもため息をついて、「そうだよね、運だよね」と言う。和子さんは、そんな紗友梨さんに「どんまい、どんまい。そう言うこともあるって」と慰める。夢衣ちゃんは、
「慎吾くんがそう言うなら、そうなんですね。仕方ないです。紗友梨さん、取れただけで良かったと思った方が良いかもしれませんよ?」
と紗友梨さんに声をかける。すると、彼女も「そうだね、取れただけ良かったと思わないとね」と自分を納得させた。
「じゃ、納得したところでそろそろ買い物行こうよ!早くしないと、このあとつかえちゃう」
和子さんの言葉に、私たちは頷く。でも、慎吾…。
私は気になって慎吾に視線を向けると、彼も私に視線を向けてくれて、目と目が合う。
「うん、行ってらっしゃい。埋め合わせの一緒にプレイは、別に今日じゃなくったって良いんだからさ」
慎吾はそう言って、女子会を優先させてくれる。
「ホント、東条くんは良い人だよね」「慎吾くん、さすがです」
女子の言葉に慎吾はさほど照れた様子も見せずに、
「それはそうだろ?だってそっちの約束が先でしょ?だったら、僕が更紗を君たちから引き抜くことはできないよ」
と言う。
「うん、ありがとう。それじゃ、また明日ね」
私たちは、慎吾に手を振ってゲーセンから出る。慎吾はその前に、「さ、もう3クレか4クレくらいしてから帰る。良い成果出したいしね」と気合を入れ直していた。
好きだねぇ。本当に。
私達は商店街の中にあるデパートで手作り用のチョコレートを買って、店を出る。時間は14時半。今から私の家に戻って、手作りを始めるのならばちょうど良い時間だ。
『15時までには家に戻るからね、湯煎の準備とかしておいてもらえる?』
私はそう、綸子にライナーを送る。3人で歩きながら家へ向かっていると、『了解、わかったよ〜』って綸子からライナーの返事が来た。
家に着いて女子が5人になると、本当にワイワイして作業をするから、周りにうるさくないかなって思うけど、実際1番の被害者って、お父さんだよね。今日は仕事は休みなんだけど、ちょっとだけリモートで休み前に終わらせられなかった仕事を片付けているみたいだった。
「すみません、お忙しい時にお邪魔してしまって」と紗友梨さん、和子さん、夢衣ちゃんは口々に謝るけど、お父さんは嫌な顔ひとつせず、「良いよ、良いよ。更紗がこうして友達とうまくやっているところを見られるのは、父として嬉しいからね。綸子もたまに連れてきているみたいだけど、タイミングが会わなくて、綸子の友達とは会ったことがないんだけど」
と言ってくれた。
「すみません、ありがとうございます」
と言いながら、私達はチョコレート作りに励む。
「それにしても、紗友梨さんや和子さんって、彼氏できないのが不思議なんだけど」
そう、2人には彼氏がいない。2人とも、美少女だし、プロポーションもいいし、性格もいいのに、何でだろうね…?
「う〜ん、私は男子から告白されたことないし、好きな人っていうのも今はいないから、今は特に考えてないかな」
と紗友梨さんが言う。
「今はいないってことは、前はいたんだ、好きな人」
私が言うと、隣にいた和子さんが私の肩に優しく手を置く。
「…あなたの彼氏だよ」
「えっ?」
和子さんの言葉に、思わず声が出てしまう。紗友梨さんは、顔を赤くして頷く。
「うん、中学部の3年の時の文化祭。東条くんはクラスコンクールの責任者として色々動いていたんだよね。入賞はできなかったけど、1人で結構頑張っていたから、それだけでもカッコ良いと思っていたのに、当日祭の担当で忙しく働いて、当日祭が終わってみんなが帰ったあと、クタクタだった私に、自販機でジュース買ってきてくれて渡してくれたの」
湯煎しながら紗友梨さんは話しを続ける。
「『お疲れ様、当日祭って大変だよね。いつも頑張っている大木さんに感謝の印』なんて言うの。それは、惚れるなって言われても無理じゃない?クラスコンクールもただでさえ大変で、前日まで一生懸命やっていたのに、当日は『ただ見てもらうだけで僕は楽してるからね』だって。その時の充実した表情の東条くんを、私は好きになった」
そうだったんだね…そんなに思っていたのに、私が慎吾を獲っちゃった…。
「ごめん、紗友梨さん…軽率な言葉だったね」
私は紗友梨さんに謝る。でも、彼女は笑顔で、
「いいよ。だって、いつまでもウジウジ考えるだけで行動に移せなかった私が愚かだったから。それに言うでしょ、『初恋は実らない』って」
と言うけど、私は最後の言葉に引っかかる。
「それを言ったら、私も初恋なんだけど…」
「そうだったね!でも、更紗さんは見事に叶えたじゃない!」
紗友梨さんにそう言われて、私はちょっと複雑な気分になる。
「もう、そんな顔をしないで。私はもう吹っ切れているし、東条くんと更紗さんのことを応援しているんだから」
紗友梨さんは笑顔で言う。そして、
「実のことを言うとね、更紗さんが来た最初、東条くんがあんなハッスルして机と椅子を取りに行く姿を見て、私は、正直嫉妬したの。でも、自分からアプローチもしていないのに、身勝手だなって思ったわ。そして、中田くんが更紗さんを口説きに来た時に、更紗さんを守ろうと真剣な東条くんの表情を見て、ああ、これは勝てないって思ったの。だから、私は あなたたちを応援しようって思ったのよ」
そう続けてくれた。
「だから、更紗さんは何も罪悪感を持たずに東条くんと付き合ってね。私も応援している一人だから」
と、和子さんも続けて言ってくれるから、私はうん、と頷いて湯煎したチョコを型に取る。
「やっぱり、東条さんって、モテるんですね…」
綸子がそう言って、苦笑いを浮かべる。
「あなたも好きなんでしょ、綸子ちゃん。分かるよ。だって、あんなに何事にも一生懸命になって、そして優しくて、周りもみて、自分をしっかり持ってる人ってそういないもの」
と、紗友梨さんは慎吾をべた褒めする。
「はい。私の通っている中学校では、そんな男子いないので、彼氏作ろうとも思わないんですよね」
「じゃあ、高校は臨魁学園に来なさいよ。生徒数も多いし、やっぱりある程度選ばれた人が入学してくるから、あまりお子様な感じの人はいないし…例外は何人か勿論いるけどね」
和子さんが綸子を臨魁学園に誘う。
「それ、いいですよね。制服もお姉ちゃん着ているところ見ると格好いいし、私だったらスカートで行こうと思いますけど」
うんうん、綸子が制服着ていくと可愛いだろうなって思う。
「それでいいと思うよ。綸子ちゃんが入学する時は、私たちは大学部に上がっちゃうから、キャンパス変わっちゃうけど、同じ学校だからどこかで会えるよ。待ってるね」
和子さんがそう言って、綸子の肩を叩く。綸子は「はい、よろしくお願いします!」と言って笑う。
「そう言えば、和子さんの方は彼氏作らないの?私ばかり喋っていて、不公平だと思わない?プライズゲームみたいにね」
紗友梨さんは和子さんに突っ込みを入れる。
「あ~、うん、そうね」
和子さんの歯切れが悪い。
「そんな反応をするってことは、気になる人いるんでしょ?うりうり」
私は和子さんを 肘でつつく。
「ええ。いるよ。でもね、私の場合はちょっと特殊というか、なんというか…」
和子さんはちょっと困り顔。
「言いづらいなら、別に言わなくてもいいよ。言いたくなった時でいいし」
私がそう言うと、和子さんはキリッと決意を込めた感じで話してくれた。
「春日先生…。独身だし、剽軽で格好いいと思うんだ。みんなには、内緒ね。色々と話していると、先生らしいところと、らしくないところのギャップがあってそういう所に惹かれちゃったんだよね」
「ギャップ萌えっていうのかな?」
紗友梨さんの驚き混じりの声に、和子さんは頷いた。
「そんな感じ。年が離れているから、告白しようにもなかなかできないなぁって思う。するなら、卒業の時かなぁ…」
さっきの決意に満ちた顔とは裏腹に、自信なさげな表情と声だった。
「うん、きっとそうなるよね。でも、このチョコに偽りのない気持ちを書いておけば、届くかもしれない。ワンチャンあるかもしれないよ?」
私がそう言うと、和子さんは「そうだね」と笑う。
「もし、届かなかったとしても、いい思い出にしたいから。今回は手紙には書かないけど、来年はきっと…ね。それまでは春日先生に彼女を作ってもらわないように、神様にお願いしておいたんだよ、初詣の時にね」
「そうだったんですね。…春日先生も優しい方ですから、上手くいくことを祈ります。幸弘さんと春日先生、何気に仲が良いので探ってもらうようにお願いしておきましょうか?」
「…ん~。そこまではいいかな。ありがとう夢衣ちゃん。私がどうしても教えてほしくなったら、その時には改めてお願いするね」
「分かりました」
そして、私たちはチョコを作る。
私は勿論お父さんと慎吾、晴城お兄さんと慎吾のお父さんに。
紗友梨さんは、家族と慎吾に、吹奏楽部の同じパートの子たちに。
和子さんは家族と春日先生、あとはクラスの男子数人に。
夢衣ちゃんは、勿論家族と矢野くんだ。
途中で味をチェックする。とても甘い、スイートチョコ。でも、舌の奥ではほんのり苦みを感じる、本当にチョコレートという感じだった。
「ん、美味しい。楽しみだね、バレンタインデー」
私の言葉にみんな頷いて、
「それぞれの想いが届きますように」
と願いをかけた。
そして、バレンタインデー当日の朝を迎える。
相変わらず、私と慎吾は二人で並んで登校する。
昨日のドラマの話、音ゲーの話。音楽の話。なかなかに、話題は尽きないのだけど、なんだか、慎吾もちょっとそわそわしている感じ。
じゃあ、ちょっと焦らしてみようかな?…私はイジワルモードに入って、私はあえてバレンタインの話はせず、音楽の話題を振り続けているうちに学校に着く。
「ねぇ更紗。今日はなんの日だったっけ?」
我慢しきれなくなった慎吾は、しびれを切らせて私に問いかける。
私は右の人差し指を慎吾の口元に当てて、
「分かってるわよ。大丈夫。私が逃げない限り、チョコは逃げないから安心して。ちゃんと、放課後にあげるから、それまで我慢しててね。いい?」
私がそう言うと、慎吾は納得した表情で「うん、待つよ」と言ってくれた。
バレンタインデーというのは去年までは本当に縁がなくて――とは言っても、義理をくれる子は、中山さんや大木さんをはじめ、数人いたけど――、義理チョコでも僕のことを悪しく思っていない証拠なのだから、ホワイトデーはちゃんとお返しはしていた。
でも、今年は違う。こんなウキウキした気持ちで迎えるバレンタインは初めてだ。
だから、そんな様子が更紗にも伝わってしまい、あまりにも見え見えな態度に、更紗もちょっと呆れたんだろうなって思う。
でも、それは許してほしいなと思う。
僕たちは、並んで廊下を歩き、教室に入る。既に学校に来ている大木さんと中山さんが、僕たちの姿を確認すると、二人して僕の所にそれぞれ一つの箱を持って来てくれる。
「東条くん、ハッピーバレンタイン!更紗さんからが一番嬉しいと思うけど、私たちもお世話になっているからね。いつもありがとうって感謝の印ね」
大木さんは僕にそう言ってチョコを手渡ししてくれた。中山さんもそれに次いで渡してくれる。
「私からもね。いつも紳士的に真摯な対応ありがとう」
二人から面と向かってそうお礼を言われると、ちょっと照れる。顔が少し赤くなっているのを更紗は見逃すはずもなく――
「こ~ら、なに顔を赤くしてるのよ」
と、僕の耳を軽く引っ張る。
「あたたた…更紗、ごめんて」
「まぁ、紗友梨さんと和子さん、夢衣ちゃんからなら私もそんなに嫉妬はしないけどね」
ちょっと悪戯っぽい表情を浮かべて、更紗は僕の顔を覗き込む。
そして、少し4人で話しているうちに幸弘と夢衣もやってきて、夢衣は僕にチョコを渡してくれる。
「いつもありがとうございます。そして、今年は去年の秋からの一連のお礼も兼ねてます。味は保証しますよ。この4人で一生懸命作ったので、どうぞ、味わってくださいね」
そこで、一昨日の件に合点がいく。
「なるほど…一昨日は今日のためにチョコを作っていたんだね。ありがとう、みんな。味わって食べるよ。尤も、一番ほしい相手のチョコは、まだもらってないんだけどね。いつになったらくれるのかな~」
僕の方からも珍しく反撃してみる。すると、他の3人はちょっと意外そうな顔をするけど、当の更紗は、
「だから、さっき放課後まで待ってねって言ったじゃない。そんなせっかちさんにはあげられないよ」
「あ…大変申し訳ありません」
結局、負けてしまう。そんな僕の態度に、みんな笑ってしまって、さっき以上に顔を赤くしてしまった。
そして放課後、僕と更紗は部活へ。今日は普通に男女別練習だから話す機会がないので、必然的にチョコレートは部活後になる。
「じゃ、またあとでね」
「ああ、クラブハウスの前で」
そして、部活が始まる。4月の強化大会に向けて、シングルとダブルス、どちらも熱が入る。2ヶ月先の話だけど、この2ヶ月をどう過ごすかも大事だと思っている。
ストレッチに始まり、フットワーク、基礎打ち、ノック…実戦練習。約2時間みっちり練習を終え、熱くなった身体はクラブハウスで着替えるために一旦外に出ると寒風に震える。
「おぉ、寒い、寒い。早く着替えて更紗を待とう」
僕たちはクラブハウスで着替える。部活が始まる前に付けていた電気ストーブのおかげで、クラブハウスの中はほんのりと暖かく、着替える分には特段問題はない。でも、出たあとがやっぱり寒く、季節の風が体温を奪う。
でも、それも束の間で、更紗がすぐに出てきてくれた。
「慎吾、お待たせ」
いつものブレザーの上からダッフルコートを着た更紗が出てくる。
「じゃ、帰ろう」
「ええ」
僕たちはいつものように、並んで学校をあとにする。
校門を出ると、更紗が質問してきた。
「そう言えばさ、ちょっと聞きたいんだけど、慎吾って、髪型にこだわりってある?」
更紗が不思議なことを聞いてくる。
「う~ん、あまり考えたことなかったな。どうして?」
「ちょっとね、私自身イメチェンしたいなって思ってて、ちょっと髪の毛を伸ばそうと思ってるんだ。1年くらい伸ばそうと思って。そうすれば、ちょっと肩に掛かるくらいまでは伸びるから、イメージ変わるかなって。どう?」
僕は特段自分もそうだけど髪型にこだわりはない。だから、
「うん、伸ばしてみるといいよ。僕も、髪の毛を伸ばした更紗を見てみたい。チャレンジしてみよう」
と言うと、更紗は満足げに、
「ありがとう。じゃ、明日から当面の間ちょっと前も後ろも長さを揃えたり、整えたりするくらいでしか美容院に行かないことにするね」
と言う。
「うん、楽しみだよ。ちょっと雰囲気変わったりしたら、その時は言うように心がける」
「うん、慎吾もお願いね。そう言うの、意外とモチベーションになるんだよ」
「了解」
髪を伸ばした更紗は、どんな感じになるのだろう?すごく、楽しみ。
でも、女の子はちょっとした変化に気づいてほしいものと聞くから、その変化をきちんと指摘してあげられるかは自信がないのだけど、でも、それは彼氏としての務めかなとも思うから、頑張ってみよう。
そして、いつもの別れる交差点だけど、更紗は、「ごめん、慎吾の家まで行っていいかな?」と珍しく言う。僕は特段気にせず、「いいよ」と言って、並んで僕の家に向かった。
そして僕の家に着いて玄関に入ると、更紗は、ごそごそと鞄からなにやら取り出す。僕が待ち望んでいたものだ。
「はい、慎吾。待たせてゴメンね。ハッピー・バレンタイン」
更紗は、僕にバレンタインチョコをプレゼントしてくれる。
「更にね、晴城お兄さんにお父さんの分も。さすがに、慎吾を通じて渡すのも失礼かなって思って。だから、この時間になったんだけど」
そう言って、更紗は更に2つ、箱を取り出す。
「そうか、晴兄と父さんの分も作ってくれたんだね。2人も喜ぶと思うよ」
そう玄関先で話していると、
「あら、いらっしゃい、更紗ちゃん。こんなところでバレンタインチョコ渡してるの?」
母さんが僕たちの会話を聞きつけて玄関に出てきた。
「あ、はい。すぐお暇するつもりなので、ここで」
「そうなのね。分かったわ。じゃあ晴城とお父さんには私の方から渡しておくから、預かるわね。慎吾は更紗ちゃんを送っていくこと、いいわね?」
後半の有無を言わせぬ母さんの言葉に、僕は「勿論」と頷き、鞄を玄関に置いて更紗を促して家を出る。
「ありがとう。更紗」
「うん、あとは私のお父さんと矢野くん。それ以外には誰にもあげてないからね」
「そっか、大事に食べよう。手作りなんでしょ?」
「ええ。一昨日いつもの4人に綸子でワイワイ話しながら作ったから」
うんうん、朝の一件で一緒に作っていたのは知っている。
「だから、お母さんがちょうど送っていってと言ってくれたのは有り難かったかな。綸子も手渡ししたいと言っていたから、どちらにせよ、送ってもらおうと思ってたの」
テヘッと更紗は舌を出す。その仕草は、やっぱり可愛い。
「そうなんだね。了解」
僕はそう言って、更紗を送る。
次の週末はまた模試がある。そのことについて、また明日から4人で勉強しようという話になったり、それが終わったら、この前の約束、更紗に僕のやっている音ゲーをプレイしに行こうと話をしたりして、楽しく歩く。
更紗の家に着いたら着いたで、綸子ちゃんから「東条さん、はい、ハッピーバレンタイン!どうぞ、食べてください。また感想聞かせてくださいね!」とチョコレートをもらって帰る。
帰ってからそれぞれの封を開ける。すると、大木さんの箱から1通の手紙が出てきた。
「更紗さんのことを大切にしてね。二人のことを近くで応援してる」
とのことだった。
…本当に、有り難い。大木さんや中山さんみたいなリーダーシップのある人たちに応援してもらえると、僕も自信が持てそうだ。
勿論、更紗を大切にしていくし、今後ももっともっとデートを重ねて行くつもりだけど、4月になったら十中八九、クラスが別れてしまうから寂しくもあり、悲しくもあり。
…そう思いながら食べた、更紗からもらったチョコレートは、とても甘い中に、ほんのりと苦みを感じる、今の僕たちを象徴するような味だった。
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コメント
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コメントを書く鳥原波
あら?改行NGでしたか。スポ根にならないように気をつけたのですが、やっぱりちょっと熱かったかなぁ(笑)また、それぞれの女の子の想いが次以降に繋がるといいなぁと思ったりしてます。次はいよいよ新学期!新しい出会いがどうなるか、お楽しみにしてくだだい。お盆前には上げます!
鳥原波
いつもありがとうございます~
ノベルバユーザー617419
ダブルスが熱い!ちょいスポ根より?手に汗握りました!そしてバレンタインイベント「甘味の中に苦みあり」良いタイトルですねぇそれぞれの「想い」がキャラの味を成長させてゆく♪季節の変わり目になる次回も楽しみにしてます☆