臨魁学園物語――転校生とガチ恋をして、二人で幸せになる話――
6章 13週目 昨年はありがとう!今年もよろしく!――年末年始の過ごし方――
12月29日。今日から正月3が日が終わる1月3日までは、学校は閉鎖されて完全なお休み。朝7時。いつもより少し遅い起床だった僕は、すっかり白くなった街を2階の自分の部屋から見渡して呆然とする。
「昨日、寝る前にはまだ雪降ってなかったよな」
僕はそう思いながら、別にSNSに投稿するわけではないけれどスマホを起動して、その風景を撮影した。もちろん、積もっているだけではなく、今も降り続けている。
確かに、雪は降る予報ではあったけど、うっすら5cm程度とは言え積もることは想定していなかったから、今日の予定――年末の掃除用具の買い物と、家族全員分の年賀状を出しに行くこと――について再考しなくてはならないかな~。
なんて思っていると、不意にスマホがライナーメッセージの着信を告げる。
「誰だ?朝っぱらから」
と思って、メッセージの主を確認すると、更紗からだった。最初に、彼女の部屋から撮影したであろう、アパートの駐車場を写した写真が送られ、ちょっとの間を開けて、また着信音が鳴る。そこには、
「慎吾!雪!雪!」
シンプルにこれだけのメッセージで、更紗の興奮度合いが分かる。それはそうだ。福岡、広島、京都と3つのあまり雪の降らない都市を巡り、今こうしてこの街にいれば、たったこれだけの雪だとしても、この時期に積もるのを見るのは初めてだろう。それは、雪の降らない地域から来た人だからこその、嬉しいメッセージなんだと思う。
でも、生まれてこの方17年、ずっと住んでいる僕からすると、それは至極当たり前のことなので、「そうだね。積もるとは思わなかったよ~」と素っ気なく返してしまう。すると、その返事には、
「え~。何でそんな冷静に言うのかなぁ」
と打ってあったから、僕は思わず、
「いや、これくらいこの時期は普通だから、もう慣れちゃってるんだよね。更紗は雪がほとんどないところから引っ越してきたから、興奮するのは分かるけど」
と返した。すると彼女からは、
「そうだね。雪が5センチも積もれば、珍しくて「雪合戦だ」って男の子たちが騒いでいたのを思い出すわ。でも、このあたりってもっと積もるのよね?」
と帰ってくる。僕は、「Yes」と言っているキャラのスタンプを送ってから、
「ここ数年は50センチも積もらないけど、5年に1回くらいは1メートルくらい積もることがあってね。この冬はその当たり年になるんじゃないかって言われてるんだ。雪降ると歩道歩けないから結構危なくて、本当は雪の季節って僕は好きじゃないんだよね」
と返す。すると、驚いた表情をしている熊のキャラクターのスタンプが届き、
「え、そうなの?でも、それだけ積もったら雪合戦し放題じゃない!」
なんてのんきな返信が来る。そこで僕は、「雪合戦をするには、まずは除雪なんだよね…一回体験すると僕の言っていることが分かると思うよ」って返事をした。
「除雪…そういえば、ここの駐車場は、積もっても大家さんはしないから、自分たちでやってくださいって言われてた…」
そんな返事が返ってくると、僕は「あまり降らないことを願おう。除雪は結構大変だからね、せずにすむならそれにこしたことはないよ」と返して、更紗は「そうだね、そう願うよ」と返事が来たところで、母さんから「早く朝ご飯食べなさい」と言われたので、ここで会話を終わらせる。
「朝ご飯食べに行くよ。更紗も朝ご飯作るんじゃない?」「ううん、今日は綸子が当番だから。でも、ありがとう。また夜にライナーしよう」「OK」
と最後に軽くやりとりをしてから、一旦会話を終えた。
県立高校教員の父さんも、今日から休みということでいつもより少し遅い起床だった。今日の朝食はトーストに目玉焼き、昨日の夜の残りのきんぴらゴボウに白菜とキュウリの漬け物、味噌汁だ。僕と父さんが食べている途中で、晴兄と伊緒姉も起きてくる。
「おはよう、晴兄。起きてきてすぐでなんだけど、10時くらいに車出してもらえる?」
僕は起き抜けの晴兄に聞いてみる。
「ん~?特に何もないから良いけど、どうしたんだ?」
「いや、ディスカウントストアで掃除用具買って、年賀状を郵便局に出しに行きたいんだ」
「お~、分かったよ」
「ありがと」
「ふ~ん、慎ちゃん、あたしの部屋も掃除やってくれない?」
僕と晴兄の会話がひと段落したら、伊緒姉が聞いてきた。
「…イヤといっても無駄でしょ?」
僕は抵抗を試み…ようとしてすぐに折れる。畏怖の対象なので、こればかりは仕方ない。
伊緒姉はこくりと頷く。
「了解。分かったよ」
「優しい弟を持って、あたしは幸せだよ」
伊緒姉はわざとらしい口調でそう言った。
「全く…」
僕はぼそっとつぶやく。でも伊緒姉はあまり気にしてないようだった。
「そう言えば、更紗さんのところのお父さんは、スタッドレスに入れ替えたのかな?」
晴兄が聞いてくる。
「いや、更紗とのライナーでそんな話にはならなかったから、分からないな」
僕がそう答えると、
「んじゃ、聞いてみたら?もしまだだとしたら、今日のうちに換えた方が良いと思う。今日はまだ降りそうな感じだし、業者にお任せしようにも、5cmも積もればラジアルタイヤで行くのは難しいから、手伝ったらどうかな?慎ちゃんは、僕や父さんのタイヤ交換の手伝いしてるから、把握してるだろ?なんなら、僕も手伝うし」
と言う。それも確かにありかもしれない。だから僕は、ちょっとペースを上げて朝食を食べ終わると、すぐさま自分の部屋に引っ込んで、ライナーを起動して更紗にメッセージを送る。
「また夜にと言ったのにいきなりゴメン。お父さんの車って、もう冬用タイヤに変えたか知ってる?」
返事が戻ってくるまでがもどかしいので、自分の部屋の整理をしながら返事を待った。自分の机の上をぞうきんで拭いて、本棚の整理。プリント類も必要なものとそうでないものに分け、不必要なものは紙ひもで縛ってしまう。30分ほど作業をして時計を見れば8時半。その時、スマホの着信音が鳴る。おそらく、更紗だ。
スマホを取って見てみると、やっぱりその主は更紗で、「ごめん、自分の部屋掃除していて、気づかなかったよ…今、お父さんに今聞いてみたけど、まだ換えてないって。今日はお仕事休みだから良いけど、明日はお仕事あるみたいでこのまま降り続けると明日車で行けなくなるから困るって言ってたわ」とのことだった。
であれば、僕のやることは一つ。お父さんのお手伝いをすることだ。
「じゃ、タイヤ交換のお手伝いしようか?少し前に父さんと晴兄の車のタイヤを換えたばかりでやり方分かってるし、晴兄も手伝ってくれるから」
そう返信して、更紗の返事を待つことにした。ひとまず、それまでは今日の買い物のリストを作る。
ガラス拭くためのワイパー付きモップにガラス拭き用の洗剤、網戸掃除用のモップもあると良い。あとは、お風呂掃除用の洗剤…くらいかな?
そう考えていると、またも更紗から返事がくる。
「お父さんも、お願いしますだって、夕方くらいに来てもらって良い?」
うん、これで今日更紗の顔を拝める口実ができた。昨日までは補習があって毎日顔を合わせていた。でも、今度は正月まで3日間更紗と会うことができないのは寂しいなって思っていたから、彼女と会えるのはとっても嬉しいことだ。
「OKだよ。晴兄にも言っておくね」
「ええ、よろしくお願いします!」
更紗からそうお願いされたことを晴兄に伝えると、晴兄も「了解」と言ってくれた。
まずは、晴兄とディスカウントストアへ行って先ほどメモした掃除用具を買い、年賀状を出しに行く。さすがに年末ということもあり郵便局の手前で郵便局員が年賀状を受け取っていたから、その方に年賀状を渡して、一路家路につく。
「何時頃行く?」
晴兄のことだから、先ほどの更紗からのお願いをいつするのかという話しだろう。
「15時頃からで良いかな?1時間もあれば終わると思うから、暗くなる前には帰れると思う」
「うん、わかった。今のうちに更紗にライナー送っておくよ」
家に帰ったら僕はすぐに窓ふきを始める。まだ午前中だから、今のうちに窓ふきを終わらせてしまい、午後一に風呂場の掃除をすればあとは、更紗のお父さんの車のタイヤ交換だから、スケジュールとしては何気に厳しいけど何とかできるはずだ。
いざとなれば、風呂場の掃除くらい明日に回してしまっても良いと思っている。更紗のお父さんが明日仕事に行けない方が、僕としては知ってしまったのに何もしないのは嫌だから、つまり、「義を見てせざるは勇無きなり」ではいたくないということだ。自分の家のことは自分で決められるからね。
そう思いながら、自分としてはてきぱき作業を進めていたつもりだけど、やはりガラスは枚数が多いから、思った通りに終わってくれず、お昼ご飯に呼ばれたあたりでようやく半分くらい拭き終わったところだった。
「あちゃ~。やっぱり厳しいな。風呂場は明日にしよう」
昼食の味噌ラーメンをすすりながら、僕は晴兄に告げる。すると、晴兄は
「いいんじゃないか?別に、ガラスの掃除とかって頼まれてやっているわけじゃなく、お前が自主って気にやっていることなんだから、そこは自分で決めれば良いと思う」
っていってくれたし、伊緒姉も「しゃ~ない。私の部屋掃除は大晦日で手を打とう」と言ってくれたので、夕方は更紗のところで作業だ。それまでは何とかガラス拭きだけは終わらせないとね。
一心不乱にガラスを拭く。1年の汚れがきれいに落ちていく様を見るのは、とても気持ちいい。一通りガラスが拭けたのは、時計が14時半を回ったあたり。15分ほど休んでから出ようかなと思う。その前に、更紗に連絡を入れておこう。
「更紗~15分後くらいに出ようと思うけど、良いかな?」
とメッセージを飛ばして、返信を待つ。程なく、返信が来た。
「うん、御願いします!お父さんも慎吾が手伝ってくれるって聞いてなんだか嬉しそうだったよ」
更紗のお父さんに信頼されているようで、僕としてもとても嬉しい。だから、その信頼・期待を裏切らないように頑張らないと。
「ありがとう。それじゃ、15時過ぎに着くことを伝えておいてくれる?」
僕がそう返すと、更紗も「OK」とスタンプで返してくれたから、晴兄にそろそろ準備をしてもらうように、晴兄の部屋のドアをノックする。
「そろそろ?」
晴兄の声に、「うん、よろしく御願いするよ」と伝えて、僕は先に1階に降りる。
ちょっと間があって晴兄の部屋からドアの開く音、そのあとパタパタとスリッパで降りてくる音がして、晴兄がリビングに入る。
「それじゃ、行くよ」
晴兄が促してくれて、僕たちは家を出る。
車で行けば7,8分の距離。でも、雪道の怖さを知る僕たちは、ゆっくり走って10分くらいかけて更紗の家に着く。
先に車から降りた僕は、更紗の部屋に向かって呼び鈴を押す。
「は~い」と更紗の声がして、ドアが開く。「あ、慎吾、いらっしゃい」僕の姿を確認した更紗は、そのままリビングへとんぼ返りをして、お父さんを呼んだ。
「どうも、手伝いに来てくれてありがとう。タイヤはね、下のトランクルームに置いてあるんだ。持って上がる必要が無いのはありがたいね。でも、よく気がついてくれたね。ホント、手伝いに来てくれなかったら明日仕事に行けるか怪しいところだったからね」
お父さんがリビングから出てきて、そう言葉をかけてくれた。
「はい、困っているようであれば、自分のできる範囲で手伝いたいと思ったので…」
「うん、それは、更紗に母親がいないからかい?」
お父さんはそう聞いてきた。
「そうですね、そういう気持ちが無いと言えばそれは大嘘です。でも、困っている人がいるのであれば、助けられる範囲で助けたい、その気持ちに嘘偽りはありません」
僕は、正直な気持ちをお父さんに伝えると、お父さんは真剣な顔をして頷いて、
「…そうだね、その通りだね。…更紗にしても綸子にしても、君に惚れる理由が何となく分かった気がするよ。本当に、君の真っ直ぐな気持ちはとてもあの子たちにとって嬉しいものなんだと思うよ。これからも、よろしく頼むよ」
僕は、「はい!」と返事をすると、傍らにいた更紗が顔を真っ赤にしていた。
「もう、お父さんはいきなり何を言うのよ…恥ずかしいじゃない…」
「うん、すまん。二人を見ていると、とても良い感じなのがな、父親としては嬉しいものだよ」
「それなら良いんだけど…」
更紗はそう言うと、ちょっと黙ってしまう。そこで僕はすかさず提案した。
「でも、交換するなら、早速していきましょう。1時間くらいかかると思うので、暗くなる前に交換した方が良いと思いますので」
僕の提案に、お父さんも賛成してくれて、早速僕と晴兄、更紗とお父さんとで軍手をしてトランクルームに向かう。
お父さんがトランクルームの鍵を開けて入ってみると、スタッドレスタイヤ4本が部屋の片隅に鎮座していた。
「タイヤ自体は去年購入したばかりだから、問題ないと思うよ。さぁ、持って行こう」
とお父さんの言葉に僕たちは一人1本ずつ転がして、お父さんの車へと向かった。
「お、重い…タイヤってこんな重いんだ」と更紗は言うけど、何とか転がして持って行くことができた。
車のトランクからはジャッキと十字レンチを用意し、早速車体を上げようとする。
「でも、まずどこから交換しますか?」
と聞くとお父さんは「どこでもいいんだけど、前からが良いかな?」と、前方を指さし。
「では、右前からにしましょう。その次に右後ろ、左前、左後ろの順で。更紗さんのお父さん、このタイヤ、前の冬はどこに付けていたか覚えてますか?」
晴兄が聞くと、お父さんは「ああ」と言って、
「スタッドレスはほとんど履いてないから、どれがどれかまであまり覚えてなかったなぁ…」
「だとすれば、この冬からは記録した方が良いですよ。4ヶ月履いていると、前と後ろで減りが違いますから」
「うん、そうする。ありがとう」
二人の会話を聞いていると、更紗がいつの間にか僕の横に立って、「車のメンテナンスも大変なんだね」と言う。僕は、「そうだね。3ヶ月に1回はディーラーなり、カーショップに行ってるイメージがあるよ」と答えると、「そうなんだね…維持費結構かかりそう」なんて所帯じみたことを言う。
「そうだよ、更紗。車のメンテナンスはだいたい3ヶ月に1回、うん千円。半年点検に1万円強、その他ガソリン代もそうだし、税金もかかる。こう見えて結構大変だよ」
僕たちの会話が聞こえていたのか、更紗のお父さんはそう言って、更紗に笑いかける。
「…そう言われると、いつも車で迎えに来てもらったり、どこかへお出かけしたりするのって、ありがたいんだね。当たり前のように思っているけど、車が壊れて使えなかったら不便だよね」
「そういうこと。でも、それが親の務めだからね」
「ん、ありがとう」
更紗が言うと、お父さんは照れくさそうに、
「どういたしまして」
と頭をかく。ほほえましいやりとりに、
(良いお父さんだよ、やっぱり)
僕はそう言いたかったけど、さすがにお父さんが目の前にいて言いにくかったので、僕は更紗の肩を軽く置いて微笑む。すると、更紗も何となく僕が言いたいことを察したのだろう、「うん」と頷く。
そんなやりとりがあってから、タイヤ交換を始める。
まずは、右前のタイヤのナットを緩めてから、ジャッキで車体を浮かせ、夏タイヤを外し、スタッドレスタイヤを装着する。ナットをある程度締め車体を下げてから、トルクレンチで一定の強さで本締めをする。
その間は、基本的に男3人でするものだから、更紗は見ているだけになってしまっている。
「更紗、見ているだけで大丈夫?寒かったら、家で待っていても良いよ」
僕がそう言うと、更紗は首を振って、
「ううん。大丈夫。せっかく慎吾やお兄さんが手伝ってくれているのに、私が家でぬくぬくしているのも違うかなって。…もちろん、慎吾と一緒に何かやっていたいというのが一番の理由なんだけど」
そう言ってくれて、僕は嬉しくなる。
でも、そのまま見ているだけなのは良くないので、二人でできることを提案する。
「じゃ、外した夏用タイヤを、保管するトランクルームに転がしていこう。どう?」
既に、右前の1本は車の側に置いてある。それを見ながら更紗は、
「そうね、持って行こう。お父さん、良いよね?」
と、僕とお父さんに聞いてくる。
「ああ、いいよ。持って行きなさい。もうすぐ右後ろも外れるから、二人で1本ずつ持って行ってくれるとありがたい」
「分かりました」
お父さんの言葉に、僕は了解して少しの間だけ待つ。まもなくタイヤが外れたので、1本目を僕が、2本目を更紗が転がしてトランクルームへと向かう。
積もっている雪でラジアルタイヤは滑りそうになるけど、なんとかトランクルームへと持って行くことができた。
「よっこいしょ」
トランクルームに置いてあるタイヤラックにタイヤを置く。更紗はタイヤを持ち上げるのが厳しかったみたいで、僕に助けを求める。
「そうれっと。やっぱり重たいね」
やっとの事でタイヤをラックに置いて、僕たちは一息つく。
「タイヤって、本当に重たいね…」
少し息の上がっている更紗。確かに、純正でも18インチのホイールとタイヤは相当な重量だ。僕でもめっちゃ重いなと思うから、更紗はもっときついと思う。
「そうだね…1本で20キロはあるんじゃないかな?」
「そ、そんなに?道理で重たいはずだわ…」
「だから、転がすのは良いけど、いざ持とうと思ったら無理だったよね?」
「うん、まさか持てないとは思わなかったよ。さすが男の子、力強いよね」
(さすがに、彼女の目の前でカッコ悪い姿を見せるわけにはいかないからね。ちょっと頑張ったよ)
と思いながら更紗の顔を見ると、少し上気して頬が赤い。黒のニットセーターにジーンズ、足首が隠れる程度のミドルブーツ姿の彼女は、身体のラインがくっきり分かってしまって、僕はドキリとする。
「…たしかに、正月は声かけられそうだよなぁ…」
ほんの数日前のことを思い出して、僕は思わず呟いてしまう。
「ん?何々?」
更紗が僕の声を聞きとがめて聞いてくる。
「うん、正月に初詣行ったら、きっと声をかけられてしまうんだろうなって。…だからこそ、守らないとなって改めて思うよ。更紗、魅力的すぎる」
僕の言葉に、更紗は顔を更に赤くして、
「そんなに!?そうなのかな…?」
「だって、前から言っているじゃないか。色々気をつけてほしいって」
「…まぁ、それはそうだけど…慎吾って、やっぱりムッツリなの?私に一目惚れしたって告白してくれた時に言っていたけど、私の身体が一番惹かれたってことなのかな?」
以前幸弘に言われた事ね…ムッツリに関しては否定できない。でも、後半の言葉に関しては誤解を招いてしまっている。だから、僕は更紗にあえて近づかずにその距離を保ったまま話す。
「うん…ムッツリは否定はできないかな…だって、今の更紗の服装って、身体のラインがバッチリ分かってしまってさ、僕にとって魅力的すぎるんだよ…。でも、後半の一目惚れに関しては、否定させて。確かにスタイルが良いなって思ったことも事実だけど、僕が一番更紗に惹かれたのは、君の瞳だよ。僕には、更紗の瞳は透き通っていて、何事も好意的に受け止めてくれる暖かいものを感じたんだ。今もこうやって目を合わせても、その瞳に吸い込まれる。本当に、僕がこうして更紗と沢山の時間顔を合わせて居られることは、幸せなことなんだと思ってるよ」
僕は一気にそう言うと、更紗は少し驚いたような表情をして、
「…そうだったんだね。ゴメンね、慎吾。ちょっと疑っちゃって。私の目を好きだって言ってくれる人、初めてよ」
その口ぶりに、僕は察するところがあって、でも、あえて聞く。
「そっか、更紗は好きになった人は居なかったけど、男子から告白されたことくらいあるよね…?」
すると、更紗は頷いて、
「ええ。中学校の頃も年に何人かから告白されていたわ。でも、やっぱり好きになるってことが分からなくて断ってた。その頃は実を言うと胸はこんなになってなくてね~」
ちょっとおどけた口調になって、僕をからかうように話を続ける。
「高校に入ったあたりで、一気に育っちゃって。それとともに、告白してくる男子も増えて、高1の頃は5人くらいから告白されたと思う。でも、ことごとく私の胸ばかり見てるその態度だったから、全員お断り。本当に、失礼よねって、今でも思うわ。
だから、慎吾が良いなって思ってのは、私の身体ばかり見ていなくて、私のすべてを見てくれるから。私に対する態度や行動が、私を守ってくれる、私のために動いてくれる、寄り添ってくれるという真摯な姿勢が伝わったからだよ。他の男子には全く感じられないことを、慎吾はしてくれた。だから、私は慎吾が好きだし、私も一緒に過ごす時間が幸せなの。
…今、改めてこうやって言葉にして、人を好きになるってどういうことか分かった気がする。『大切にしたい』っていう気持ちを持てるかどうかなのね。慎吾は私を大切にしてくれるから、私も慎吾を大切にしたいって思ってる。だから、こうして二人でいると幸せだって感じるのね」
最後は真剣な表情になって、僕の顔を真っ直ぐに見て言ってくれた。
「ありがとう、更紗」
僕は思わず礼を言う。でも、更紗は更に顔を赤くして、
「…だから、他ならぬ慎吾の言葉だから、私の身体のことを言うことは悪い気はしないけど、そう言うってことは、私と…その…」
そして、俯いてしまう。
「…」
「…」
ちょっと気まずい沈黙が流れる。確かに、そんな想像をしてしまって、僕も顔が熱くなっている。でも、僕もそこに踏み出す勇気がまだもてないのも事実。
しかし、その沈黙は晴兄の声に破られる。
「お~い、左のタイヤ外したから、持って行って!」
僕と更紗はハッとして、トランクルームから出る。その時に僕は、
「今はまだ、そのことは考えないでおこう。お互いにそこに踏み出す勇気がないようだし」
と言うと、更紗も真剣に「うん」と受け止めてくれた。
だって、そういう行為に関しては男性よりも、女性の方がリスクが大きい。更紗の不利益になる可能性のあることはできる限り避けた方が良い。そのことも含めて――正直、興味はあるのだけど――理性的に僕は考えている。
うん、慎吾はやっぱり紳士だよ。私の心に寄り添ってくれる。
異性を好きになると言うことが分からなかった私だから、もちろん経験はないし、知識だってそんなにあるわけじゃない。紗友梨さんや和子さんともそんな話をしたことないし、夢衣ちゃんともしていない。だから、どんな感じなのか分からないからこその不安がある。
慎吾自身も、おそらく経験がないからこそ、「踏み出す勇気がない」と言っているのだろう。お互い様なんだ。
晴城お兄さんの声を受けて、私たちはトランクルームから出る。慎吾はトランクルームの前にいた晴城お兄さんから「なかなか戻ってこないからちょっと心配したぞ。もしかして、喧嘩でもしていたのか?」と心配されたけど、「大丈夫、逆だよ。二人の気持ちを確かめ合っただけ」なんてある意味誤解されそうな言い方を慎吾はしてしまう。
「なに?もしかして…」
とお兄さんが言うから、慎吾は慌てて「あ、別に、エッチなことはしてないよ。晴兄」と否定する。私もここは助け船を出した方が良いかな?
「お兄さん、そう、そんなことはしてないですよ。お互いに好きでいて幸せだねって話したんです」
私がそう言うと、お兄さんは口笛を吹いて、
「いいのぅ、君たち。幸せそうで何よりだ」
って、もうすぐ――今年の夏に――結婚する人がそんなこと言って良いのかなぁ、と逆に心配になる。
「え?お兄さんも幸せですよね?」
と私が聞くと、お兄さんは少し頭をポリポリ掻いて、
「そうなんだけどね、いざ結婚ってなると少し将来について不安を持ってしまうんだよね。幸せなんだけど、不安も大きいというか…こういうのを、マリッジ・ブルーとでも言うのかなぁ?」
基本的に、女の人が陥る症状だよね、マリッジ・ブルーって。男の人でもなることがあるんだなって初めて知ったかも。
「そうなんですね。でも、お兄さんも、優來お姉さんもすごく良い方だなって思います。大丈夫だと思いますけど…」
「そうだよ晴兄。幸せは自分で掴むものだろ?晴兄自身言ってたじゃないか。不安につぶされると幸せ逃げちゃうんじゃない?」
私たちが口々に言うと、お兄さんも表情は明るくなって、
「そうだな。君たちに言われると、大丈夫な気がしてきた。ありがとう」
私たちはその言葉に安心して、タイヤをトランクルームに移動する。
重たいタイヤを上に上げるのは慎吾にお願いして、私は下の棚に入れる方を手伝った。慎吾曰く、上段は来年、前に装着する方で下段は後ろに装着する方らしい。
これで、一通りタイヤ交換は終了。晴城お兄さんは、エアコンプレッサーを持ってきていて、タイヤに空気も入れていた。ガーというコンプレッサーの作動音が、周りに響く。
スマホで時計を見たら、もう16時半になっていた。雪が降り続けていたこともあり、雪はもう10cmくらい積もっている。それに、辺りはかなり暗くなってきていた。まだ冬至を過ぎて1週間くらいだから、夜の訪れは早く、17時を回ればもうあたりは真っ暗だ。トランクルームからお父さんの車の所に戻ると、お父さんはお兄さんにお礼を伝えていて、お兄さんは「いえいえ、雪でお仕事に行けないというのは辛いですからね」とお父さんに言っていた。
「あ、慎ちゃん。ちょうどいいや、お父さんが今日の夕食をごちそうしたいと言っていたんだけど、どうだい?僕は今晩は優來と食べることになっているから、慎ちゃん行ってきなよ」
どうも、そこまで話が進んでいたみたいだ。私としても反対する理由がないし、むしろ以前の約束をここで果たしてもらった方が良いなぁと思ってる。
「慎吾、この前約束してくれた、1月2日の分を今回にしたと思ってくれればいいんじゃない?」
そう、以前お父さんが誘った1月2日は慎吾も快諾してくれていたのだけど、今日をその日にしてもらえれば良いと思った。
「そういうことなら、僕は大丈夫です。晴兄、母さんに言ってくれる?」
「お安いご用だ」
話はそれで決まって、お兄さんは自分の車で家に帰る。慎吾はお父さんの車に私たちと一緒に乗り込んで、スタッドレスタイヤのテストも兼ねて、お父さんの運転でファミレスへ向かった。
ファミレスは年末で帰省客もいるのか少し混んでいて、17時半でも少し待たされた。私と綸子が座り、お父さんと慎吾が立っている。少しでも、他の客を座らせたい配慮を男性陣は見せていた。そんな中、
「東条さん、今日はありがとうございました。最初からお父さんそのつもりだったみたいで、私に『今日はご飯作らなくて良いよ』って言ってたんですよ」
と綸子が苦笑いをする。
「そうだったんだね。でも、迷惑じゃなかったかな?僕自身、そんなつもりはなかったし…」
慎吾はそう言うけど、お父さんは、
「全然、迷惑どころかありがたかったよ。さすがに引っ越してまだ日が浅い中、同僚に声をかけるのもどうかという感じだったから、渡りに船だった。本当に東条くんとお兄さんには、今日は助けてもらって、本当にありがとう」
と言う。慎吾は、「このことを言ってくれたのは晴兄なので、晴兄の方がお礼にふさわしいと思うのですけどね…」と卑下する。
「でも、連絡してくれたのは他ならぬ慎吾だし、連絡してくれたからこそ、タイヤ交換できたからありがたかったよ」という私の言葉に続けてお父さんが、「基本、私は全部業者任せだったから、こうやって交換の方法を直に学べたのは、自分のカーライフにとっても良かったよ。だから、お礼をしたかったんだよ」と答えてくれたから、慎吾も「そう言っていただいて、ありがとうございます」と照れくさそうに笑った。
それからすぐに、私たちは店の中央付近の窓側の席に案内された。
私と慎吾、お父さんと綸子が隣り合わせに座る。
「…やっぱりそうなるのよね…お姉ちゃんが羨ましいんだけど…」
綸子は私への嫉妬心を隠さずに言うものだから、慎吾がたじろいでしまう。
「じゃあ、僕はお父さんの隣へ行こうか?綸子ちゃんは更紗の隣に行ってもらってさ」
「…今から席を替わるのも面倒だから、もういいです」
「ははは…」
苦笑いする慎吾。でも、お父さんはちょっと難しい顔になって、
「綸子、今の態度はよろしくないよ。綸子も東条くんのことを気に入っているのは分かるが、そんな態度だと東条くんも嫌な気持ちになる」
「…分かってる…ごめんなさい」
綸子ちゃんも本心だと思うけど、言ってしまった言葉は取り返せないから、素直に謝ってくれる。
「いいよ、綸子ちゃん」
慎吾はそう言って、綸子を許してあげている。そうやって、人をすぐに許せるところも、慎吾の人徳なんだろうな、と思う。
「注文する料理を見よう」
お父さんの言葉に私たちはメニューを見て料理を決める。
「私はオムライスかな」と綸子が一番最初に決めると、「自分はサーモンいくら丼かな」とお父さん。じゃあ、私は…
「チーズインハンバーグにライスのセット」
と宣言してから慎吾に、
「何でも良いからね。遠慮しないでね」
と言うと、「それは私の台詞だよ」とお父さんが突っ込む。それにみんな微笑みながら慎吾に視線を送ると、
「それじゃ、すみません。カルボナーラにマルゲリータピザを。それに、山盛りポテトをみんなとシェアしたいです」
と伝えてくれた。うんうん、いいよね!
「お安いご用だ。じゃあ綸子、店員さん呼んでくれないか?」
とお父さんはスイッチを押すように綸子に促して、綸子はその通り店員さんを呼ぶ。
満員の店内。少しばかり待ったけど、店員さんが私たちのテーブルに注文を取りに来た。
私たちの注文を復唱して、店員さんが店の奥に引き返すと私と慎吾は揃って窓の外を見る。
雪は、まだ降り続けている。慎吾が言うには、「これくらいだったら食事中にうっすら積もる程度だから問題ないけど、夜中中降るとまあまあ積もるかもね」とのこと。
「雪が降るのって、すごく綺麗だなって思うけど、慎吾はそう思わないの?」
慣れっこになっているという慎吾に聞くと、
「まぁ、綺麗だって思うのは思うよ。でもね、そのあとの雪かきとかのことを思うと大変かなって思う。父さんも母さんも、夜中に積もることを想定して、翌朝早く起きて雪かきするもの」
「…大変なんだね」
「うん、何が一番雪かきで大変かって、除雪車が通り過ぎたあとなんだ。除雪車からこぼれた雪の塊。家の前に残されるからそれを処分しないと車が出せないんだよね。そんなときは、僕や晴兄も手伝うよ」
「そうなんだ。もしかしたら、今夜とかそうなるかな?」
「なる可能性は十分にあるね。夜中の4時とか5時あたりに大きめに響くエンジン音とピーピーという音が鳴ったら、除雪車がきていると思った方が良い」
私と慎吾の会話に、お父さんが割り込む。
「それは良いことを聞いたよ、ありがとう。念のため、スコップだけは買っておいたから明日は早めに起きることにするよ」
「そうなんですね。それなら良かったです。ちなみに、お父さんの職場の駐車場は、除雪してもらえるんですか?」
慎吾がお父さんに聞くと、お父さんは目を丸くして、
「あ…聞いたことがなかった。でも、どうして?」
と逆に質問する。
「職場によっては、除雪をしてくれるところもあれば、してくれないところもあったりで、除雪してくれないところは、自分でやらないといけないみたいで、父さんの友人の中には、自分で除雪して停めてるって。なので、その辺大丈夫かも確認すると良いかもしれません」
「ははぁ…そんなところもあるんだね。あとで聞いておくよ。重ね重ね、ありがとう」
「さすが慣れてますね。そんな東条さんに憧れるんですよ」
綸子が顔を赤くする。サッとそうやってアドバイスしてくれるところって、本当に格好いいもんね。
「綸子、分かるよ。その気持ち。当意即妙なアドバイスに、私もいつも助けられてるから。そんな慎吾が格好いいよね~」
私が褒めると、綸子も笑顔で頷く。一方で、当の慎吾は顔を赤くして、
「そんな事ないんだけどな」
と謙遜する。でも、そこは逃さずお父さんが、
「いやいや、そこで謙遜することはないよ。雪に慣れていない私たちには本当に必要なアドバイスだったから、本当にありがたいし、更紗へバドミントンのことだったり、数学だったり、分かりやすく教えてくれていると聞いている。君は、教員になるべくして生まれた人間だと思うよ。自信を持ってくれ」
「あ、ありがとうございます…」
慎吾は照れ笑いを浮かべる。
「でも、3年になると東条くんと更紗はクラスが別れそうと聞いたけど、本当かい?」
「はい…僕が理系で、更紗さんは文系です。それでクラスが別れてしまうのは、仕方ないと思います。合同で授業するのは体育と、夏休みに2週間くらいある特別講座くらいでしょう。でも、6月の総体まで部活は一緒にやっていきますし、それが終わったあとも、放課後は一緒に勉強していきたいと思います」
お父さんの問いに、よどみなく答える慎吾。その答えにお父さんは満足したのか、
「うん、分かった。頼れる東条くんだから、これからも更紗をよろしく頼むよ。もし、万一私に何かあったときは、東条くんを頼ることになるかもしれない。本当に、その時はよろしく頼むよ」
そんな事を言って、頭を垂れた。慎吾は慌てて、
「そこまで信頼していただいて、ありがとうございます。でも、お父さん頭を上げて下さい。僕はそんな立派な人間じゃないです。父さんと母さん、それに二人の姉と兄に頼りっきりですから」
と言うけど、
「君はそう思っても、私たち3人は、君のことをすごく信頼している。そのうち、私自ら君の家にご挨拶に伺いたいと思っているくらいだから、ね。その時は更紗を通して連絡させてもらうよ」
「お、おとうさん!」
私と綸子は思わずハモってしまう。そこまでするとなったら、それってかなり私と慎吾が進んだ仲になるというわけで…。
「わ、わかりました」
慎吾も、お父さんのその姿に感じることがあったか、居ずまいを正して真剣な顔で返事をした。その時、
『お料理をお持ちしました』
と、私たちの料理が載ったロボットが、テーブルに来た。猫を彷彿とさせて可愛い。
「料理が来たね。じゃあ食べよう」
今の会話はそのままうやむやになって、私たちは料理を取る。取ったあと、「受け取り終了」のボタンを押すと、ロボットは厨房へと戻っていく。その仕草も何とも可愛かった。
一通り、全員分――私のハンバーグは、プレートが鉄板だからか、店員さんが程なく運んできてくれた――の料理が運ばれてきたので、私たちは「戴きます」と両手を合わせて食べ始める。
ん~熱々のハンバーグ、口の中をやけどしそうだけど美味しい!
慎吾も、カルボナーラを優先して食べて、間にピザを食べている。やっぱり、男の子だね。それだけちゃんと入るんだもの。綸子はそんな慎吾の様子を見つつ、ゆっくりとオムライスを食べている。
お父さんは、そんな私たちを嬉しそうに見ながら丼を食べ進めていた。
「これ美味しいよ、慎吾、食べてみる?綸子も交換しようよ!」
私と慎吾、私と綸子、綸子と慎吾、それぞれがそれぞれの料理を一口分ずつ――慎吾からは、私はピザ、綸子はパスタを――交換して食べる。うん、他の料理もやっぱり美味しい。
「やっぱり、男の子がいるというのはいいなぁ…私一人だとどうしても負けちゃってねぇ」
お父さんはしみじみとそんな事を言う。確かに、いくらお父さんでもお母さんと娘二人の1対3は肩身が狭かったんだろう。お母さんが亡くなったあとも、滅多に外食は行かなかったけど、行ったときは私たち二人で話をして、お父さんが置いてきぼりになることが多かったなぁ…。
「更紗、どうしたの?」
私がぼ~っと考えていると、慎吾が聞いてきた。
「ううん、お父さん、今まで肩身狭かったのかなって」
慎吾はそう言われて、ふっと優しい笑みを浮かべる。慎吾とお父さんは料理をほぼ食べ終わっていたからお父さんの方を向いて、口を開いた。
「あぁ、そっか…。お父さん、そう言えばどうしてあの車を買ったんですか?」
お父さんは、慎吾の方を向くと同じように優しい笑みを返す。
「ああ、転勤が決まったときに、こちらは雪が降るって聞いていてね。せっかくだから、四駆に替えたいなって思っていたんだ。もともとあのメーカー好きだったし、マニュアル乗りたかったから、ディーラーで新車があるかって聞いたら、もう製造終了して新車は売っていないって言うものだから、中古探したんだよ」
「そうだったんですね。僕もあの車好きで!父さんがやっぱり好きなんですよ。昔のラリーカーのスポンサーの数字をナンバーにしているくらいなんで」
「ああ、222かな?」
「そうです、そうです!」
男2人で盛り上がっている様子を、私と綸子は不思議そうに見る。こんな生き生きとお喋りをするお父さんって、初めて見たかもしれない…。
「お父さんって、こんな顔するんだね」
綸子も、お父さんの横顔を見ながら私にコソコソと耳打ちする。
「うん、私も初めて見たわ」
私たちは、車の話に夢中になる二人を黙って見ていた。
お父さんの車の話から、レースの話になって、来年はF1を現地で見たいね、一緒に行こうか?とか話をしている。慎吾は慎吾で、「行きたいです!父さんも行きたいって言うと思います!ただ、部活の関係で僕は行けないと思います。でも、行きたい!」なんて言ってる。…私はどうするのかな?
「ちょっと慎吾~部活休んで行くのは良いけど、私はどうするおつもりなのかしら?」
思わず慎吾のほっぺをかる~くつねって、お父さんと慎吾の会話に横やりを入れてしまった。
「い、いひゃ、いっひょにいひぇるといいひゃはっへ(い、いや、一緒に行けると良いかなって)」
慎吾のしゃべり方がおかしくて、私と綸子は笑ってしまう。でも、お父さんは横やりを入れられたのが面白くなかったのか、
「今、楽しく話してたのになぁ」
とため息をつかれてしまった。
「ご、ごめんなさい…」
私はお父さんに謝る。お父さんは、「まぁ、別に構わないが…」と言ってくれて、一旦会話は途切れる。
「あとは、デザートタイムだね。みんな、一品ずつ頼んで良いよ」
お父さんはそう言って、メニューをもう一度開く。
「すみません、いただきます。僕は、チョコレートパフェを」
「…まだ入るんだ…」
私はちょっと呆れてしまう。
「うん、でも、これ以上はお腹いっぱいかな」
「それでこの体型維持してるんでしょ?私だと、たぶん太っちゃう…」
「もうちょっとくらい問題ないと思うけど?」
「その油断があっという間に太っちゃう原因だから食べ過ぎないようには気をつけてるんだけど」
「でもお姉ちゃんって、余ったカロリーは胸に行ってる気がするんだけど…何で私はそうならないんだろ…」
私と慎吾の会話に、綸子が入ってくる。…いきなり何を言ってくるのよ、この子は。
「綸子、何言うのよ」
「だって、お姉ちゃん高校入ったら急に大きくなったじゃない。お母さんみたいになってきて羨ましいんだから」
「…綸子ちゃん、そんな話を僕やお父さんのいるところでしない方が良いよ。特にこんなところではね、いくら小さい声だとは言え」
慎吾も忠告すると、綸子はハッとして、「あ、そうですね」と顔を真っ赤にする。
お父さんは苦笑いして、(何を言えば良いのか)と困惑している感じだった。
そして話は元に戻って、私たちはデザートを頼む。
結局私は、ソフトクリーム、綸子は抹茶アイス。お父さんはチョコアイスをそれぞれ頼んだ。慎吾はさっきの宣言通り、チョコレートパフェ。慎吾とお父さん、結構好きな物が似通ってる…車の趣味や好きなスイーツとか。それは、お父さんも話したいよね。
そして、さらに気づいてしまった。…私はもちろんだけど、綸子もどうして慎吾のことが好きなのかということに。
お父さんとすごく似通っているからだ。彼の纏う空気感がお父さんに似てるから。私たち姉妹はお父さんのこと大好きだから、慎吾のことも好きになったんだ。大切にしたい気持ちは、そこから来ているのかもしれないな、と思った。
デザートが来るまで、こっちに引っ越してきてからの充実した日々を思い出して、本当にいい時間を過ごしてきたことを話すと、慎吾も私も顔が赤くなる。綸子には「もう、また見せつける」と文句を言われるし、お父さんも「東条くんも充実したんだね」と羨ましがる。
スマホで時計を見ると19時を回っている。
「あっという間だね」
私が言うと、慎吾も頷く。
「楽しい時間だよ」
そして、デザートが運ばれて食べ終わる。それで、楽しい晩餐はおしまい。慎吾を家に送って、次に会うのは正月だ。
雪は、相変わらず降っている。夜になって、更に降り方が激しくなっているのは気のせいだろうか?
「下手すると、明日は20cm位積もっているかも。お父さん、明日は早めに起きた方がいいと思います」
慎吾がそう警告する。これまでずっとここで生きてきた彼だからこその意見だろう。
「僕も、6時には起きて雪かきします。もし、必要なら呼んでください」
お父さんは、そんな慎吾に「分かった、ありがとう」と礼を言う。
そして、私たちの乗った車が慎吾の家の前に着く。
「慎吾、今日はありがとね。またお正月にね」
私がそう言うと、慎吾は微笑みを浮かべて、
「うん、こちらこそ、ごちそうさまでした。楽しい時間でした」
と私、綸子、そしてお父さんに告げる。お父さんも笑って、
「本当にありがとう。明日、自分も早く起きるよ。雪かき大変な時は、更紗を通じて呼ばせてもらうからね」
「了解です」
そして、慎吾は家の中に入る。もちろんその前に、玄関でもう一度私たちの方を見て、手を振ってくれる。私たちも手を振って、この日は別れた。
翌朝6時に起きた僕は、外を見る。思ったほどではなかったものの、15cm位は積もっていて、除雪車も入ったのだろう、家の前は雪の塊がある。
「仕方ない、雪かきするか。更紗の家は大丈夫かな?」
僕は更紗に「おはよう!除雪車入ったと思うけど、お父さん車出せそう?」とライナーのメッセージを飛ばして、雪かきしながら返答を待つ。20分くらい後にメッセージが入ってきて、「大丈夫みたいよ。ありがとう」と返ってきたのを確認した。
大丈夫なのなら僕の出番はない。僕は家の前の除雪に集中する。さらに20分ほど手伝ったら、もうだいぶんなくなり、問題なく車を出せそうだ。それから朝食を食べる。早起きして動いた分、もうお腹が減っている感じだ。
「今日は大丈夫なのなら、昨日タイヤを換えた甲斐があったということだよ、慎吾」
「ありがとう、晴兄。おかげで更紗にいいところ見せられたし、更紗の家族と更に友好を深められたからホント良かったよ」
晴兄の言葉に僕は頷く。
そして、今日のやることリストを頭の中で整理する。
風呂場の掃除と、トイレの掃除…ついでに、伊緒姉の部屋の掃除もしてしまおう。伊緒姉は大晦日でいいって言っていたけど、今日は時間がありそうだし、何とかなる。
朝食を食べ終わって、ちょっとだけスマホの音ゲーをしていたら時間は8時半。そろそろ動き出そう。
風呂場は月に1回は何かしら掃除をしているから、今回は軽く床掃除と、浴槽を洗剤で洗う、天井も同じく洗剤で拭く。そして、排水溝周りも綺麗にする。全部終わったら、カビ防止剤を噴霧する。この流れだ。
風呂掃除自体は、1時間程度で終わらせる。いつも思うけど、排水溝周りの汚れ方って半端ない。まぁ、僕たちの垢や髪の毛とかが流れていくから仕方ないんだろうけど、髪の毛は少なくとも排水溝用ネットでそんなに流れていかないようにしてはいるんだけどなぁ。そればかりは仕方のないことなのだろうと思う。
やりたいこと全部やってから、窓を閉めていつも回している換気扇を止め、カビ防止剤を噴霧する。
「今から11時半くらいまでは、開けたり換気扇回さないで!」と家族に注意して、次のトイレ掃除にかかる。
2カ所あるトイレはともに同じ型なので、やり方は変わらない。こちらも1つ15分ほどで片付け、気付ば11時を回っていた。
今日もこれからもうすぐバイトで、少し早めの昼食を食べている伊緒姉に、「今からやるよ」と言うと「分かった。別に明日でも良かったけど」と言うけど、内心嬉しそうだった。そして、伊緒姉の部屋に入って状況を確認する。…全く、弟にそんなことさせないでくれって言いたくなる。脱ぎ散らかした普段着はまだしも、下着も落ちていて正直身内ながら恥ずかしい。
「伊緒姉、洗濯物くらい出しておいてよ」
と僕が毒づくと、伊緒姉は「あ、ゴメンゴメン。今のうちに出しちゃうわ」とさっさと洗濯物を洗濯機へ持って行ってもらったのはありがたかったけど。
元々フローリングの床だけど、その大部分が絨毯で覆われていて、覆われていないのはベッド下くらいだ。掃除機のヘッドが入らないその場所をフローリング床掃除用のクリーニングペーパーでさっと拭くと、結構な量の埃が浮いてきた。
「やっぱりすごいよな、この量」と思いながら、次にベッドの上を布団クリーナーで、そして絨毯を普通の掃除機で掃除する。本棚の雑誌――コスメや服などのファッション系が多いのだけど――を軽く整理したり、だいぶん減ったけどCDも整理する。1時間ほど経って。伊緒姉の部屋はそれなりに整えることができた…と思う。
「伊緒姉にはバイト帰りに確認してもらおう」
今日は早番のシフトで19時頃に帰ってきた伊緒姉に確認を促す。伊緒姉は部屋に入ると想像より整えられていたみたいで、
「ありがと慎ちゃん。お年玉はちょっとあげるからね~」
と伊緒姉は言ってくれたけど、果たしていくらもらえるものなのだろうか…。
「幾らくれるの?」
思わず言ってしまった僕に、伊緒姉は「う~ん」と少し考えてから、「3000円くらい?時給3000円と思えば問題ないでしょ?」と言う。確かに、それはそうかもしれないけど…。
「まぁ、そうだね。有り難く頂戴つかまつります」
とわざとらしく時代劇じみた感じで伊緒姉にお礼を言う。「オッケー」と僕の答えに満足した伊緒姉は約束してくれた。
時は戻る。
伊緒姉の部屋の掃除が終わった時点で、時計は12時を少し回っている。
スマホをチェックすると、更紗からメッセージが新たに入っていた。
『ちょっと大事な話があるから、時間できたら教えて』というもので、僕は「大事な話ってなんだろう?」と思いながら「今なら大丈夫だよ~何?」とメッセージを送る。お昼時で、場合によっては返事が遅くなるかと思ったけど、そんなことはなく返事が来る。
『連絡ありがとう。大事な話って言うのは、1月2日は特に何もないんだよね?って確認』
…1月2日は元々、僕が更紗の家族と一緒に夕飯を食べようと約束した日だ。昨日のことで2日は特に何もなくなったと思うんだけど、何をするつもりなんだろう?
「確かに、家族も僕自身も用事はないかな」
と返事をすると、更紗の方から、
『それじゃあ、慎吾の家に新年のご挨拶に伺ってもいいかな?お父さん付きだけど…』
お父さんがご挨拶に伺おうと…僕は別に構わないけど、家としてはどうなんだろう?ちょっと自信がないから、僕はこう書いてみた。
「父さん母さんに聞いてみるね。多分大丈夫だと思うけど…」
それに対して更紗は、
『いい返事、期待してるね』
と色のいい返事を待っているようだった。
僕は、リビングに降りてリビングの整理をしていた父さんに話しかける。
「父さん、今いい?」
「ん?なんだ、慎吾?」
「今、更紗からライナーが入って、2日に更紗とお父さんで新年のご挨拶に来たいんだって」
「え?うちにか?」
父さんは少しばかり驚いた顔をする。
「もちろん、そうだよ」
「ふむ…」
リビングに置いてあった母さんの雑誌や、新聞の整理をしながら父さんは少し考えて、
「まぁ、別に構わないと思うよ。母さんに一度話してみなさい。多分何もいわずにOKすると思うけど」
と言ってくれた。
「ありがと、父さん」
「ああ。いいお父さんなんだろ?」
「うん、車も好きだから、父さんと意気投合するかもね」
「それは、楽しみだ」
父さんは、少し頬を緩ませた。じゃ、次は母さんだ。母さんは、お昼ご飯を作るためにキッチンにいるはず。
キッチンに向かうと、予想通り母さんは料理をしていた。
「あれ?慎ちゃん、どうしたの?」
母さんが、僕がキッチンに入ってきたことに不思議そうな顔をする。
「ああ、ついさっき、更紗からライナーが入ってさ、正月2日にお父さんと一緒にうちに来たいんだって。正月のご挨拶をしたいからって」
そう僕が答えると、母さんは「え?」と目を丸くする。
「更紗ちゃんが来るのは全然構わないんだけど、お父さんも見えるの?それは急な話ね…」
「僕も、どういう意図があるのかは分からないんだけど…」
「まぁ、お互い様だからかな、とは思うわ。それと、昨日の件が大きいかもね。更紗ちゃんだけじゃなくて、お父様にも恩を売った形になったから、それでご挨拶というのかもしれないわね。それに…」
「2日は元々、僕が更紗の家族と晩ご飯を食べる予定だったからね」
母さんは、僕の言葉に頷くと、
「それもあって、もしかしたら何かしら用意されていたのかもしれないわね。うん、でも、こちらとしては断る理由もないし、来ていただいたらどうかな?慎ちゃんも、更紗ちゃんと会えるのは嬉しいでしょ?」
「元日も初詣で会うけど、毎日会うのは確かに嬉しいよ」
僕がそう言うと母さんは笑って、
「じゃ、来てもらいなさい。返事、しておいてね。こっちも、何かしら用意するから」
「りょ~」
僕は自分の部屋に引っ込むと、更紗にライナーを打つ。
「OKだよ~2日、何時頃に来るか、何か用意するものがあれば教えて!」
送信して数分、ピコっと更紗からの返信が来る。
『えっとね、11時頃かなぁ…特に用意するものはないよ。ご挨拶だけして、すぐ帰る予定だから』
そっか、すぐに帰っちゃうか…ちょっと残念だけど、直接顔を合わせて話しできるのは有り難いから、
「うん、分かった。それじゃ、待ってるね」
と返事を返す。彼女からは、「ありがとう」といつものスタンプが送られてきた。
(う~ん、早く正月にならないかなぁ…)
僕は、そう思いながら取りあえずリビングへ。父さんに、「11時頃に来るって。すぐに帰るから、お構いなくって言ってたよ」と報告すると、父さんは「分かった」と頷いた。
母さんも、できた料理をリビングに持ってきていたところで一緒に話を聞いて、「そんな時間なら、昼食を食べてもらってもいいわね…」となにやら考えている風だった。
昼ご飯を食べて、それからは掃除も一段落したので冬休みの課題に取り組む。数学と英語は既に終わらせてあって、国語と理科を中心に今日は課題をこなす。
2時間ほどでひとまず休憩を挟んでからもう3時間。計5時間も勉強したら、夕飯だ。
夕飯を食べたあとはちょっとだけ「楽しい仲間」内のライナーでの会話を楽しみ、お風呂に入ってもうひと勉強。そして、0時には床に就く。
いよいよ明日は大晦日。この一年が終わる日だ。
明日は何をしようか…課題と、年越しそば買いに行かなくちゃ…と思いながら、僕は眠りについた。
大晦日は、私と綸子、二人で料理を作るのがここ2年の恒例行事になっている。
正月に食べるための煮物を作るのが私たちの今年最後の仕事。年越しそばは、近所のおそば屋さんで出前を取るとお父さんが手配してくれているから、私たちは、煮物作りに専念できる。
人参、里芋、大根、ゴボウにレンコン、コンニャクにシイタケと鶏肉をそれぞれ一口大の大きさに切り、そして、薄揚げを開いて四半分にし、巻いて爪楊枝で止める。
これらを煮て、お酒とみりん、醤油と塩、砂糖で味付けをする。これが、お母さんの残してくれたレシピだ。
二人でそれぞれの材料を切ると、あっという間に具材で鍋がいっぱいになる。
「ホント、この煮物美味しいよね」
私が言うと綸子は、
「そうだね、お姉ちゃん。これを食べないと、お正月って感じじゃないよね」
と言う。確かに、私もそうだ。この煮物を食べないと、お正月が来たって感じにならない。逆に、これを食べることで、新年を迎えたって言える。
この煮物は、今日も少し食べるけど、明日の元旦、朝ご飯のメインだし、炭水化物はご飯じゃなくてお餅、つまりは雑煮をするんだ。
昨日の仲間内ライナーで話をしていたんだけど、どうもこの地域の雑煮は具材を入れずに昆布と醤油で味付けをした出汁に、茹でて柔らかくなったお餅を投下して鰹節をパラリとかけるだけのシンプルな雑煮らしい。それもそれで美味しそうだから、郷に入っては郷に従うの精神でその雑煮をするつもり。
野菜と肉を煮ていると灰汁が出てくるから、それを取りながらテレビを見る。あと十時間程度で今年が終わる。今年流行した歌やもの、言葉が次々と紹介されるけど、私は半分くらい、綸子は8割くらいは知っていた。
さすが陽キャは流行を追うね~なんて事言ってもどうしようもない。
「お姉ちゃんはさ、東条さんにこの煮物食べてほしいと思わないの?」
「勿論思うよ。…2日に持って行こうかな?」
綸子の言葉に、私は思わずそう言ってしまう。綸子は顔をにや~っとさせて、
「そんな事だろうと思った。良いんじゃないかな。手伝うよ。でも、一つ条件」
と私に交換条件を突きつけてくる。
「な、なに?」
「私も、2日に東条さんの家に連れて行ってよ」
なぁんだ、そんな事なら大丈夫。
「いいわよ」
即答した私の顔をちょっと意外そうな顔で綸子は見る。
「あれ?お姉ちゃんは東条さんを独占したいだろうから断るかと思ったのに…意外」
「私だって、そこまで綸子を邪険に扱ったりしないよ。それに、慎吾のこと信じてるし」
そう言うと、綸子は少し小さくため息をついて、
「…まぁ、そうだよね。うん、いつも生意気なことばっかり言ってるのに大切に思っていくれているの分かるから。私もお姉ちゃんのこと大好きなんだよね。だから、東条さんのことは好きだけど、憧れで、理想にしているの」
と言うものだから、私は彼女を慰めるというわけじゃないけど、思っていることを話す。
「…綸子にも、そんな理想の彼氏ができると思うよ。だって、綸子って陽キャだけど人を見る目はしっかりしているんだもの」
「ありがとう」
私の言葉に綸子は礼を言ってくれたくらいで、煮物も大体仕上がる。
私たちは小さい器に2,3種の具をよそい、味見。
…うん!今年も良い出来だ。
「美味しいね」「うん、今年も上出来!」
二人でハイタッチをしてスマホを見ると、時計は15時を回っていた。お父さんは今年最後の出勤だけど、大晦日だからいつもより早く、この時間くらいに職場を出るっていていたけど、2日で道路から雪は消えたから、どんなに遅くても16時までには帰ってくるだろう。
「ひとまず、煮物もできたしゆっくりしようか」
私の提案に綸子も了承して、今年最後の数時間をまったりと過ごす。
そのうち、お父さんも帰ってきて煮物を味見してもらう。お父さんからもお墨付きをもらい、2日に持って行く――勿論、新しく作ってだけど――ことを了解してくれた。東条家に持って行く包みもお父さんはもうすでに手配してあり、今日中には届くらしい。
そんな事を話しているうちに18時を回り、そば屋から出前が届く。3人でそばをすするけど、おろしそばって結構美味しいかも。あまり食べたことなかったけど、大根おろしの辛みがそばに絡むと結構美味しく感じる。綸子はちょっと苦手みたいだったけど、お父さんは「これは美味い」と言いながらあっという間に平らげていたっけ。私も好きだな、この味わい。
そして、そのあとはお風呂に入って紅白を見て過ごす。その間に、慎吾からライナーが入った。いつもの待ち合わせ場所である、商店街の入り口の対面にある公園からさほど離れていない神社に初詣に行かないかというお誘いだ。
私はお父さんに聞くと「あまり遅くならないように」とだけ言って了承してくれたから、慎吾に「行こうね」とメッセージを送る。慎吾からは、なにやら怪しい踊りを踊っているアニメーション入りのスタンプが送られてきた。
そして、「それじゃ、0時頃に商店街の入り口で待ってる」というメッセージも彼から送られてきた。私も「よろしくお願いします!」と言っているキャラクターのスタンプを送り、その時間を待ち遠しく思いながら紅白を見る。
紗友梨さんや和子さん、夢衣ちゃんたちとグループライナーで「あのグループは格好良かった!」とか、「やっぱりこの人は歌が上手いよね」とかメッセージを飛ばし合いながら楽しく時間を過ごしていると、あっという間に23時45分になる。
「それじゃ、慎吾と初詣に行ってくるね!」
とグループライナーにメッセージを打って、お父さんと綸子にもそう告げて家を出る。
「気をつけて行ってらっしゃい」
と言うお父さんと綸子の見送りの言葉を背に受けて、私は玄関を出た。
いつもの待ち合わせ場所まではほんの10分程度だけど、商店街はLEDの街灯が明るく道路を照らしている。またお店はいくつか飲食店が開いているだけで、それ以外の店舗は年末年始のお休みで暗くなっている。でも、慎吾が言っている神社に行く人が多いのか、思いの外人通りがある。また、29日に降った雪は歩道からだいたい消えているけど、まだ少し残っているところもあり、雪道に慣れていない私は、できる限り雪のないところを歩く。
今日の服装は、白のニットセーターにスリムフィットジーンズ、ミドルブーツ。一番上にはブラウンのダッフルコートに、慎吾からもらったマフラーをして、十分に暖かい。
待ち合わせ場所に着くと、慎吾も同時にやってきた。慎吾はいつものフーディーにニット帽、私がプレゼントしたマフラー。下は黒のスキニージーンズと、冬用のメンズブーツを履いていた。うん、いつ見ても似合うなと思う。
「やぁ、更紗。ありがとね」
「うん、慎吾。大丈夫だよ」
私たちは軽くやりとりして時計を確認する。23時58分だった。
「それじゃ、歩こう。5分くらいで着くよ」
「分かった。エスコート、お願いね」
そう言って、私は慎吾の左腕に両手を絡め、少しだけ慎吾に体重を預ける。
慎吾は特に何も言わなかったけど、何となく心拍が早くなっている気がするのを察する。
ちょっと歩いてスマホをチェックすると、時計は0時ちょうどを指していた。
「慎吾、新年あけましておめでとう!今年もいい年にしようね!」
私がそう言うと、慎吾も笑顔で、
「新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
と畏まった挨拶をする。また、それとともに、私たちのスマホがピコン!ピコン!とけたたましく通知を告げる。
友達からの「あけおめ、ことよろ」メッセージだろう。私たちは一旦停まって、一通り挨拶を返す。
暫く返していたら通知も収まったので、私たちは改めて神社に向かった。
「いや、やっぱり一気にみんな送ってくるよね」
「そうだね。これはこれで楽しいんだけどね」
私は慎吾の言葉にうんうん、と頷いて今度は恋人繋ぎをする。
神社は既に100人程度の参拝客がいて、少しばかり並んでいった。
「これを待つのは楽だよね、この前のアレに比べたらさ」
と、慎吾は初キスをしたあのときのダブルデートを引き合いに出す。
「そうね。初詣だから、結構さっと順番は流れてくるね」
「うん。って言ってる側から流れるし」
話している間に、2歩3歩と前に進んでいく。この時間もやっぱり楽しくて。
10分程度で私たちの順番が来た。
私の願い?もちろん、決まってる。
――今年も、慎吾と一緒に幸せに過ごせますように――
僕の願いは、「今年も、更紗と幸せに過ごせますように」だ。彼女と楽しく過ごしていきたい、ただ、それだけだった。
更紗を家まで送り、自分の家に帰り着くと、午前1時を回るところだった。初詣のあとは、自販機で温かいコーヒーを買って、話しをしなら帰っただけ。
どうせ、また昼前にも会えるんだけど、やっぱり新年最初の時間は恋人と過ごしたいなって思ったから、今はそれだけで十分だ。
家に帰ってからすぐに着替えてベッドに潜り込み、眠りについた。
朝、「雑煮ができたから降りてきなさい」という母さんの呼びかけにようやく目を覚ます。時計は、8時を回ったくらい。かれこれ7時間くらい寝ていたのか…まぁ、正月だし、これくらいは寝かせてもらえるといいかなと。
僕はちょっと眠い目をこすってスマホを確認しながら降りる。
今日の初詣は、午前11時に学園の近くにある護国神社に僕と更紗、幸弘に夢衣、大木さん中山さんと中山さんのお兄さんで集合することになっている。
ただ、女性陣は女性陣で何か用事があるようで、4人一緒に神社で集合するとのこと。お兄さんの車に乗せてもらうらしいから、僕と幸弘の2人だけでまずは向かうことにしようと幸弘と話して決めた。
雑煮を食べて暫く音ゲーをする。時計を見ると9時になったばかりなんだけど、何か手持ち無沙汰になって出かけたい気分の方が大きくなる。更紗にライナーを送ったけど、『今夢衣ちゃんたちと色々支度していて忙しいから、あとでね。ゴメン』というつれない返事をもらって凹んでいたのも事実。
だから、幸弘にライナーを送って、「ちょっと先に出てゲーセン行こうぜ」と誘うと、幸弘も「いいぜ」と言うことだったので、僕は家族に「まだ早いけど、幸弘と遊んでから初詣に行くよ」と言って、商店街へ向かった。
商店街の一角にゲーセンがあり、そこには僕がよくやる音ゲーも置いてある。幸弘もたまにやるけど、彼は別のダンス系の音ゲーの方が専門だ。
「相変わらず、よくやるよな」
僕のリザルトに対して、幸弘は感嘆の声を上げる。確かに、今プレイした曲は難易度としてはかなり上の方で、幸弘は手も足も出ないから、難易度を落としたモードでプレイしていた。でも、それを言ったら幸弘のプレイするダンス系の曲だって、僕は全然難易度の高いのはできないわけで、「それは、お互い様だろ?」と言う。
僕の言葉に「それもそうか」とちょっとニヒルな微笑みを浮かべた幸弘は、「じゃ、次はこっちをやるか」と幸弘の得意な音ゲーのプレイを始める。僕も一緒にやるけど、彼の難易度の高さに僕はついて行けないから、僕も難易度を落としたモードでプレイする。
これくらいが身体の動きとしてもちょうど良くて、僕には十分だと思うけど、幸弘の動きは本当に俊敏すぎる。185センチの大柄な体格のどこにそんな瞬発力が隠れているのかと、小1時間問い詰めたい気分だ…と言うのはもちろん冗談だけど。
そんな風に遊んでいたら、時間も10時半と、そろそろ向かわないといけない時間になってきたので、僕たちは護国神社へと向かった。
その間、お互いの恋人の話になる。
「付き合い始めてまだ1週間だけど、夢衣とはどう?」
僕は幸弘に聞いてみる。幸弘は満面の笑みで、
「幸せすぎて言葉ないぞ。28日もちょっとエッチなことしちゃったりな」
「え…?」
エッチなこと…お前…
「早くね?」
思わず僕が勢い込んで聞くと、幸弘は笑って、
「いやな、授業最終日って、部活も最終日だったろ?結構張り切って打ち込んで疲れたのか、お前達と別れたあと夢衣の家に寄って、リビングでくつろいでいたら眠くなってな…気づいたら夢衣が膝枕してくれていたのよ」
膝枕(Hizamakura)…の頭文字かよ!
「あ、あははは…」
もう、苦笑いするしかない。
「なんだ?もっといやらしいことをしたのかと思ったか?」
意地悪そうな表情で聞いてくる幸弘に隠し事をしても仕方ないので、「ああ」と頷くと、
「さすがに、1週間じゃ早すぎるし、俺も順序はしっかりしたいしな。何より、夢衣を大切にしたい気持ちは、お前が大原さんを大切にしている気持ちに負けないくらいと自負しているんだが」
と言う。そっか、そうだよな…
「ああ、そうだな。ついエッチなことと言われて正直嫉妬したし、夢衣とだからなおのことな…うん、少し複雑な気持ちだよ」
「…初恋の人だからな、お前にとって。それは、俺にとってもだけどな。気持ち、分かる気がする。でも、お前は大原さんを選んだ。だよな?」
そう言われて、僕はその気持ちをもう一度強く感じると、
「そうだよ。だから、もう、迷わないよ。ありがとう幸弘、色々気づかされた」
「いや、俺もわざととはいえ紛らわしいことを言ってお前を混乱させたのは、悪かったよ…」
ちょっと二人の間が暗くなる。でも――
「で、お前はこの前、大原さんのところと家族ぐるみで良い感じになったんだろ?もう、結婚でも何でも、マジで成人したらすぐにでもできるんじゃないか?」
なんて幸弘がぶっ込んでくる。それは僕もそんなことを言ってくる頃かなと読んでいたので、
「ああ、それ、マジであり得るよね。と言うか、状況が許せばそうなっても僕は構わないと思ってるよ。ちなみに、明日、更紗と、お父さん、妹の綸子ちゃんと家族揃ってうちに来ることになってるよ」
と冷静に返す。
「うわ…それマジでもう婚約してもおかしくない状態じゃないか。お前らの方こそ早すぎだろ?まだ付き合い始めて2ヶ月ちょいだろうに」
幸弘が興奮気味に話すのを「どうどう」となだめて、
「そうかもしれない。でも、そうなっても良いくらい、一緒にいて居心地の良いのは、お前達には申し訳ないけど、更紗が一番。幸弘と夢衣は二番に落ちてしまったけどな」
「そうか、それならしゃーないな。まぁ、明日うまくいくことを祈ってるぜ」
「お、サンキュ」
なんて話をしながら神社に着くと時間は10時55分。ちょうどいい時間だ。
…と思ったけど、もう既に4人は到着していた。でも、少し違和感を感じる。
それもそのはず…着物を着ていたんだ。
更紗は黄色がメインで、夢衣はえんじ色、大木さんは緑で中山さんは濃い紫。それぞれの性格が出てるのかな、それぞれがすごく似合っていた。
「うわ、みんなすごいね!どこで着付けをしてきたの?」
僕が聞くと、中山さんが「うちよ。お祖母ちゃん、着付け教室の先生だから、着物ごと借りてね」と言ってくれた。すごいな…。
個性の違う美女4人が着物で練り歩く姿は圧巻で、周りから結構注目されていたけど、中山さんのお兄さん――根は優しいけど、強面――が一緒にいるからか、誰からも声をかけられずに初詣をすることができた。まぁ、平均身長180cmの男3人が一緒(ちなみに、僕が一番低い175cmなのだけど)だと威圧感も相当あっただろう。
ここでもやっぱり、「更紗と幸せに過ごせますように」という願いとともに、「バドミントンの成果が出ますように」というお願いもしてみた。
更紗に何を願ったか聞くと、「な・い・しょ」と返ってきたけど、その表情がいかにも可愛くて、やっぱりこの人と一緒に過ごせるのは幸せなことなんだと改めて感じることができたことがすごく嬉しい。
中山さんや大木さんからは、「正月最初から、仲の良い二人のいちゃつきぶりに当てられるわ。それに、夢衣ちゃんもいつの間にか矢野くんと付き合うようになっちゃって、びっくりよ」と言われて恥ずかしかったけど、でも、それだけ仲良くいられている証拠だと思っている。
「ねぇ、おみくじ引こうよ!」と更紗に言われて、僕たちはおみくじを引く。
ガサゴソとおみくじを引いて、みんなで一斉に開く。
「吉…」と僕が言うと、更紗は「大吉よ」。夢衣は「中吉」、幸弘は「大吉」、大木さんは「吉」で、中山さんは「大吉」と凶が一人もいなくて良かったかなと思う。
「「吉」でも中身が大事だからね」
と負け惜しみを言って、僕は中身を見てみる。まぁ、「失せ物」が見つかるとか、「恋愛」は大きい動きはあるが、全体として吉とあって、ちょっと胸をなで下ろす。
「更紗はどう?」
僕は気になって中身を聞くと、「全体的に悪くないかな」と言って見せてくれた。
確かに、悪いことは特に書いてないから大丈夫なのだろう。
「じゃ、樹にくくりつけよう」
叶えばいい方の樹におみくじをくくりつけ、もう一度頭を下げた。
「うん、今日はこれで解散かなぁ…」
更紗が言うと、夢衣も「そうですね…幸弘さんともう少し一緒にいたい気もしますけど…更紗さんも同じ気持ちですよね?」と続く。
「そうね…でも、着物を汚すわけにもいかないから、また会うにしても、一度戻って着物を脱いでからの方がいいと思うんだ」
「そうですね。そうしましょうか?」
二人の様子に、大木さんと中山さんが、
「夢衣ちゃん、すごく自分を出すようになったよね。びっくりよ」「ホントにね」
そう言うと、更紗も、
「相手が矢野くんだから…昔から知っているから話しやすいのかな?」
そう言って夢衣の顔を覗き込む。
「そうですね、もちろんそれも大きいですけど、私自身、変わらないとって思うこともあるんです。これまでは、自分の思いを上手く相手に伝えられなかった。それで後悔していることもあるんです。だから、これからは後悔しないよう、自分の思いはきちんと伝えていきたい。その練習をしていこうと思っています」
夢衣は、少し顔を赤らめるけど、その表情は恥ずかしいではなく、決意に満ちていた。
こんな夢衣を見るのは、僕は初めてだった。幸弘が2ヶ月かけて…いや、物心着いた頃から十数年かけて育んできた想いを、夢衣はきちんと受け止めて、そして、幸弘とともに並んでいこうと思ったからこその決意なんだろうと思った。
…そんな風にできなかった自分が不甲斐ないと思う。嫉妬も全くないとはやっぱり言えない。でも、二人がそうやって幸せになっていきたいと願うのであれば、僕は更紗と一緒に二人をもり立てていきたいと思う。
「強くなったね、夢衣ちゃん。初めて話した頃のあのおどおどした表情からは、考えられないくらい本当に、強くなったよ」
更紗がそう言って目を細める。
「そう、でしょうか?」
夢衣は自信なさげに言うけど、
「大丈夫!出会ってまだ2ヶ月の更紗がそう言うくらい変わったの、私たちでも十分感じているよ!中学部や高校1年の時なんて、もっともっと、自信なさげと言うか、本当に『儚い感じがする』って位だったのに、今は少しずつ自信がついてきているって思う」
中山さんも、
「そうね。夢衣ちゃんは、何に対しても臆病だったと思う。でも、今はそんなことないよね?だって、夢衣ちゃんから告白したくらい、自分の殻を割って勇気を持てたんでしょ?」
大木さんも、今の夢衣がすっかり変わったことを感じている。
それらの言葉を聞いて、ついさっきまで胸の中にあった夢衣や幸弘に対する複雑な気持ちがす~っと解消されていくのを感じた。
正月から、すごく晴れやかな気分になった。今年は本当にいい1年になりそうだ、そんな予感がした。
明けて、1月2日。お父さん、綸子と3人で慎吾の家に行く日。
昨日は慎吾、矢野くんと別れたあと、和子さんの家に再び行って和服を返してから、その日は解散。
実のところ、和服を着たのは七五三の時以来だったからすごい緊張した。汚さないように、とか色々気を張っていたから何気に疲れちゃったから、夢衣ちゃんと話をしてその日はもう帰ろうということになった。慎吾と矢野くんにはそれぞれ自分たちから「ゴメンね」とライナーを送ったけど、二人とも私たちのことを慮ってくれるから、『いいよ~疲れた時はゆっくり休もう』というニュアンスの言葉がそれぞれから返ってきた。
家に帰ってから、お昼ご飯のあと実のところ1時間くらいお昼寝しちゃった。…体重計がちょっと怖い。でも、翌日のことを考えて、綸子と二人で件の煮物を作って、タッパーに入れて保管した。
そして今日、いよいよ慎吾の家に行く。実は昨日、寝る前にふっと思い出して、
「寝てたらゴメンね。慎吾、車で行っても大丈夫?」
って、ライナーで聞いてみたら、
『大丈夫だよ。あと1台は停めるスペースあるから』
って返ってきて、お言葉に甘えることにさせてもらった。
「それじゃ、行こうか?」
10時45分。お父さんが準備がちょうど終わった私と綸子を促す。私たちは、「うん!」と言って、お父さんの車に乗り、慎吾の家へ。私は数回入っているけど、お父さんと綸子は勿論初めてだ。
「結構大きい家だね」
4台分入るカーポートがあって、結構横に広い土地。でも、家そのものはそこまで大きくはないようだけど、それでも私たちから見たら十分大きな家だ。
車を停めて、降りると、音で分かったのか、慎吾が玄関を開けて出てきてくれた。
「いらっしゃい、更紗、綸子ちゃん、そして、お父さん」
「ありがとう、慎吾」「こんにちは、東条さん」「急な話で悪かったね。でも、セッティングしてくれてありがとう、慎吾くん」
私たちは慎吾にそれぞれ挨拶をして、家に招き入れられる。
まずは、玄関先で慎吾のお父さん、お母さんに挨拶。
「急な話で申し訳ありませんでした。できれば、お互い時間のあるときにご挨拶をと思いまして、こんな時期になってしまいました。快く受け入れて下さり、ありがとうございます」
お父さんは、二人に丁寧な挨拶をする。
「そして、年末はお兄さんと慎吾くんに助けていただきました。これは、そのお礼です。つまらないものですが、お受け取りいただけると幸いです」
そして、通販で買った有名洋菓子店のクッキーセットを差し出した。
「いえいえ。二人は確かに助けたかもしれませんが、こんなお礼をいただくためにしたわけではございません。でも、こうしてご丁寧にしていただいて、どうして受け取らないという無礼ができましょうか」
慎吾のお父さんも、すごく丁寧な言い回しで私たちのお礼を受け取っていただいた。
「少し、上がりませんか?」と言う慎吾のお父さんの言葉に、お父さんは「いえ、こうしてお礼だけでもと思ったので…」と固辞しようとするけど、慎吾のお母さんが、
「あらあら。そうおっしゃらずにお上がり下さい。更紗ちゃんに綸子ちゃんが来るって聞いて、姉の伊緒奈が楽しみにしているんです。それに、少し早いですがお昼も用意してありますので、一緒に食べていって下さいね」
そう言われて、私はついその気になってしまう。そして、それまで空気だった綸子がパッと目を輝かせる。綸子が持っていたタッパーを差し出して、
「これ、私とお姉ちゃんで作った煮物なんです。ぜひ東条さんに食べてもらいたいって思ってたので、一緒に食べていただいても良いですか?」
と言う。お母さんはクスッと笑って、
「ええ、勿論良いわよ。二人のお母さんのレシピなのかしら?すごく楽しみよ」
と言うものだから、私と綸子はもう上がる気満々になってしまった。
「いいよね、お父さん!」
綸子が言うと、お父さんは観念した感じで、
「分かったよ。すみません。お言葉に甘えさせていただきます」
と慎吾のお父さんお母さんに頭を下げる。
「ありがとう、お父さん。お邪魔します」
綸子と私は靴を脱ぎ、つま先を扉に向けるように靴をきちんと揃えてから、慎吾の家に上がる。少し遅れて、お父さんも上がってきた。
「きちんと靴を揃えるところ、いいわね」
慎吾のお母さんが感心する。
「はい、これはずっと守らせてきました。ちょっとした所作に差は現れると思いましたので」
お父さんがお母さんの言葉にそう返すと、「そうですね、それを守れるいいお嬢さんですね」とお母さんも納得していた。
綸子は本当に子どもらしいはしゃぎかたでリビングに入る。するとそこには晴城お兄さんと伊緒奈お姉さんがいた。
「あ、いらっしゃい!」「あら、可愛い!JC?更紗ちゃんの妹ちゃん?」
伊緒奈お姉さんが綸子に反応して大きな声を上げる。綸子はちょっと驚いて、
「あ、はい!大原綸子と言います。明けましておめでとうございます。そして、初めまして。よろしくお願いします!」
「あらあら、とってもいい妹ちゃんね!さ、こっちにいらっしゃい。お昼一緒に食べましょう」
最初から昼食に誘うつもりだったみたいで、もうダイニングには昼食の準備ができていた。
お寿司が8人前くらい?沢山あるし、それにってーブルの中央には鍋が1つ。横には牛肉と春菊やネギ、木綿豆腐…すき焼きでもするのかな?
「さぁ、食べましょう。大原さん、ビールはいかがですか?」
慎吾のお母さんはそう言って、鍋に火を付ける。お父さんは、
「車で来ているので、アルコールは遠慮させてください」
「分かりました。じゃあ、ノンアルでいかがですか?」
「それなら歓迎です」
お父さんもすっかり昼食を食べる気満々になっている。
鍋が温まってきたら、牛脂を入れて、まずは肉を焼く。それから野菜類と醤油に砂糖。至って作り方はシンプルだけど、それが美味しいのは分かっている。
「さぁ、召し上がれ」
と言うお母さんの言葉に、私たちは箸を運んで小鉢に入れ、食べる。
「美味しい~」「いいよね」
私と綸子はほっぺに手を当てて、おいしさを強調する。やっぱり美味しいものは美味しいとハッキリ言う方が気持ちいい。
「だよね、うちは毎年こうなんだよ。これを食べる時が正月なんだってね」
慎吾の言葉に私は頷いて、
「そういう恒例行事ってあるよね!今日私たちが持ってきた煮物もそうなんだよ。これを作って年末を、食べて正月を実感していたの」
「なるほど、そうなんだね。確かにこの煮物もとっても美味しいよ」
「良かった、口に合ったみたいで」
私は胸をなで下ろすと、
「いやいや、何を言ってるんだよ。これまで、更紗の作ってくれた料理が、1つも「いまいち」みたいな言葉を使って返したことがある?」
と慎吾が言う。そう言われれば、「美味しい」「これ好き」「バッチリ」以外の言葉で返ってくることはそうそうなかったし、「あまり」「美味しくない」のような否定の言葉は確かになかったね。
「ホント、姉妹揃って料理が上手なのって、本当にすごいね。あたしの奥さんになって~」なんて伊緒奈お姉さんが言うんだけど、「ずぼらなあんたにはもったいなさ過ぎるわよ」と母さんに言われて「え~」っと不満の声を上げる。
だけどそこで綸子が、
「お姉ちゃんもずぼらですから、大丈夫ですよ」
なんて言うものだから、「こら綸子!」と私は思わず声が少し大きくなる。
「ん?どうしたの?」
お父さん同士、車の話の輪の中にいた慎吾が私に話しかける。
「あ、うん…何でもないよ」
「ええ、東条さん、何でもないですよ」
と、私と綸子で取り繕うけど、伊緒奈お姉さんがニヤニヤしながら「慎ちゃん、ずぼらな女は嫌い?」っと爆弾を炸裂させようとする。
「いや…好きとか嫌いとかじゃなくて、好きになった子がずぼらだったといっても全然嫌いになるとかないから」
慎吾はその爆弾を爆発させることなく不発どころかきれいに処理してしまう。
「慎吾、ありがと」
思わず礼を言ってしまって、慎吾が「え?更紗のこと?」と聞くものだから、私自身が墓穴を掘ってしまったことにこのときに気づいて「あ…」と固まる。
でも、慎吾は私の頭をなでて、「全然構わないよ。そんなところも含めて、僕は更紗が大好きなんだよ。ずぼらって、前に綸子ちゃんも言っていたからね。そんなところ見たことないけど」なんて言うから、私は慎吾の胸を叩きながら「バカ」と言う。
そんな私たちの様子を見て、「お似合いの二人ね~」とお母さんや晴城お兄さんがからかう。
ちょっと恥ずかしくて、この場にいたくないなぁと思ったら、慎吾が、
「そういえば、この前言っていた映画でも見ない?隣の部屋に見に行こう」
と誘ってくれた。確かに、12時を少し回って、お腹も満たされたし、お父さん同士も話に盛り上がっているから、暫くは帰ることもないと思う。私は、「いいよ」と言うと、慎吾は私を立たせて隣の部屋に案内してくれる。
「ちょっと更紗と映画見てくる」
と慎吾が言うと、綸子が「私も行っていい?」と聞くから、「別にいいよね、慎吾?」と慎吾に質問する。彼はふっと笑って「もちろん、いいよ」と答えてくれるから、綸子も「よし!」とガッツポーズを作って、手を握っている私と逆方向の慎吾の腕を掴む。
「両手に花だな」
晴城お兄さんの言葉に、伊緒奈お姉さんも「慎吾も隅に置けないねぇ」とからかう。
そんな二人の声を背に受けて、私たちはリビングダイニングを出て、隣のテレビがある部屋に入った。こっちもリビングとして使えそうな部屋だ。その部屋のソファにどっかと腰をかけた慎吾は、慣れた手つきでリモコンを操作して、あっという間に映画が再生される。
かわいらしいモンスターのような小さい生き物たちが、ボスと崇める怪盗と色々しながら敵をやっつける映画。怪盗って、正義の味方じゃないけど、主人公として見ると思ったより格好いいのかもしれないな、と感じた。それは、国民的人気アニメのキャラクターでもそうだよね。
基本的に、この映画は子ども向けな要素もあるから、小学生が笑いそうなところも沢山ある。そんな場面で慎吾は爆笑することがあって、やっぱり男の子なんだなって思う。なんて言うか、単純っていうか…。でも、そんな慎吾の笑い顔を見て過ごす時間が貴重だなって思って、私もつい笑顔になる。
それは綸子も同じだったみたいで、「東条さん、今のところ面白かったですね」と綸子も笑いながら慎吾に話しかける。彼も、綸子に微笑みながら「あり得ないだろって思うけど、笑っちゃうね」と答える。そんな二人を見て、私はちょっとムスッとする。
「更紗、どうしたの?」
慎吾の声に自分がムスッとしていたことを見透かされたみたいで、つい、
「ううん。何でもない」
と答える。慎吾はちょっと腑に落ちない表情を見せるけど、「まぁ、いいけど」と言ってテレビ画面の方を向く。
…正月からちょっと嫌な気持ちになっちゃった…反省。
その後、私はほとんど慎吾と喋ることなく、映画は終わる。
「おもしろかったね、更紗。どうだった?」
慎吾のことばかり考えていて、あまり覚えてないけど、「うん、まあまあ楽しめたよ。ありがとう」とちょっと誤魔化す。
「…ホント?ちょっと上の空だったように見えたけど…綸子ちゃん、先にリビングに戻ってくれない?更紗と二人で話をしたいから」
綸子はちょっと不満顔をするけど、「分かりました」と言って部屋から出る。
二人きりになったところで、慎吾が口を開く。
「さっきから、ぼ~っとしていた感じに見えたよ。体調悪かった?」
「ううん。違うよ…」
「じゃ、どうしたの?」
私が歯切れ悪く返事をすると、慎吾は少し強めに聞いてくる。
やっぱり、慎吾に隠し事はできないね。正直に話すことにした。
「綸子と話しているところを見て、嫉妬しちゃったんだよね。信じているはずなのに…綸子が慎吾への好意を隠さないからだと思うんだけど…」
紗友梨さんや和子さんが慎吾と話している時は感じたことのない感情が綸子と話をしている時には頭をもたげて出てくる。
「そっか、ゴメン。僕も不用意だったね。元々二人で見る予定だったところを、綸子ちゃんも見て良いよって言ったところから、そんな感じなんだろうな…これから気をつけるよ」
「ううん、こっちこそゴメン。私も気をつけるから」
それから二人でリビングに戻ると、お父さん二人はリビングのパソコンを開いて、なにやら熱心に見ていた。
「おお、慎ちゃん。ここ、頼んでおくから4人で行こうか?」
と慎吾のお父さんが見せてくれたのは、「鈴鹿サーキット」のホームページ。
「え?4月のF1?行きたい!でも、そのあたりって強化大会が2週間後にあるから、あまり休みたくないんだよね…」
慎吾は最初興奮気味だったけど、部活のことを思い出して急にトーンダウンする。
「そうか…それは仕方ないかな…」
と慎吾のお父さんは残念そうな顔をして、私のお父さんともう一度ひそひそと話を始める。
何を話しているのか気になったけど、デザートの水ようかん(こっちでは、これが冬の味覚なのだそうで、驚いた)を食べながら慎吾や綸子、晴城お兄さんに伊緒奈お姉さんと話をしていると、慎吾のお父さんが私と慎吾を呼んだ。
「どうしたの?」
慎吾が尋ねると、慎吾のお父さんは口を開いた。
「それじゃ、来年にしよう。来年なら2人とも大学にそのまま上がるだけだろうからさして生活に大きく変化しないと思うし、綸子ちゃんが高校生になるのだろうけど、部活も決める前だと思うからそんなに負担にならないと思うのだけど?」
慎吾のお父さんはそう言って、聞いてくる。
「来年のF1カレンダーはまだ分からないけど、1年で変えるとは思わないから、僕は全然それで構わないけど、更紗もそれで良い?」
慎吾からいきなり話を振られて「え?」と声が出ちゃったけど、確かに、この前最終戦をダイジェストと称して慎吾がピックアップした場面を何カ所か見せてもらって、面白いと感じたことも事実だから、ちょっと見てみたい気持ちもある。
「うん、来年なら、良いかな。でも、強化大会って、そんな時期にあるんだね」
「そう、結構早いよね。まぁ、春季総体のシード決めなんだろうけど。それにしても、二人でその話に盛り上がってたんだね、父さん」
「ああ。すまんな。それでな、鈴鹿へは俺たち父親二人して行くことになったから」
え?お父さんと二人で行くの?私と綸子を置いて?
「すまん、更紗、綸子。私のいない間は、ここで寝泊まりして良いとお二人に言われてしまってね。ついOKしてしまった」
お父さんはそう言って私と綸子に手を合わせる。
「まぁ、いいんじゃない?私と綸子のために働いてくれているんだから、たまには羽を伸ばしに行くのも」
私はお父さんにそう言う。ホント、いつも私たちのことばかりを考えていてくれているから、そういう時もないといけないんじゃないかな、と思う。
だから、私は努めて明るくそう言った。
ホント、楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく。いつの間にか時計は16時を指しており、空も少しずつ暗くなってきている。
お父さんは、慎吾のお父さんはもとより、お母さんともウマが合ったみたいで本当に楽しいひとときを過ごせたみたいだった。お父さん同士、ちゃっかりライナーのIDも、通常の電話番号も交換していた。
そして、東条家にとってもとっても良い時間だったは同じだったみたいで、
「綸子ちゃんはまだ中学生だし、更紗ちゃんは早く帰ってきても18時半くらいでしょ?今は暗くなるのも早いから、何かと物騒だし綸子ちゃんさえ良ければ学校帰りにうちに寄って宿題をして待っていて良いと思う。どう?」
お母さんがそう提案してくれたから、お父さんも綸子もそれ幸いと賛成して、3学期からお世話になる時は綸子が直接慎吾のお母さんに連絡してから行くことになった。
私も時折行っていいというか、綸子を迎えに行く時に家に寄らせてもらい、慎吾と綸子と三人で家に帰ることになった。
慎吾の家に迷惑をかけることになってしまって申し訳ないと思っているのだけれど、お母さんは「全然!娘が2人増えたところでどうってことないから。それに伊緒奈が喜んでいるからね。夕方ってバイトが入ることが多いから、いない方が多いけど、お休みとかでいた時は色々相手してもらってね」なんて言うから、本当に恐縮してしまう。
綸子も綸子で、「そこまでしてもらって申し訳ありません」と謝るけど、「問題ないわよ。我が家と思ってゆったりしてもらえれば良いから」とお母さんから言われてしまい、また恐縮するばかりだ。それに、伊緒奈お姉さんからは、
「お父さんから聞いたよ~。苦労してきたんだね、この3年。頼りないかもしれないけど、お姉さんと思ってくれればいいからね~」と涙を目に溜めながら私と綸子を両手に抱いてくれた。
そんな東条家の暖かい人たちに囲まれて思う。
――ああ、なんて私たちは恵まれているんだろう――
こんな幸せな想いで正月を過ごせたのは、本当に初めてだった。
「昨日、寝る前にはまだ雪降ってなかったよな」
僕はそう思いながら、別にSNSに投稿するわけではないけれどスマホを起動して、その風景を撮影した。もちろん、積もっているだけではなく、今も降り続けている。
確かに、雪は降る予報ではあったけど、うっすら5cm程度とは言え積もることは想定していなかったから、今日の予定――年末の掃除用具の買い物と、家族全員分の年賀状を出しに行くこと――について再考しなくてはならないかな~。
なんて思っていると、不意にスマホがライナーメッセージの着信を告げる。
「誰だ?朝っぱらから」
と思って、メッセージの主を確認すると、更紗からだった。最初に、彼女の部屋から撮影したであろう、アパートの駐車場を写した写真が送られ、ちょっとの間を開けて、また着信音が鳴る。そこには、
「慎吾!雪!雪!」
シンプルにこれだけのメッセージで、更紗の興奮度合いが分かる。それはそうだ。福岡、広島、京都と3つのあまり雪の降らない都市を巡り、今こうしてこの街にいれば、たったこれだけの雪だとしても、この時期に積もるのを見るのは初めてだろう。それは、雪の降らない地域から来た人だからこその、嬉しいメッセージなんだと思う。
でも、生まれてこの方17年、ずっと住んでいる僕からすると、それは至極当たり前のことなので、「そうだね。積もるとは思わなかったよ~」と素っ気なく返してしまう。すると、その返事には、
「え~。何でそんな冷静に言うのかなぁ」
と打ってあったから、僕は思わず、
「いや、これくらいこの時期は普通だから、もう慣れちゃってるんだよね。更紗は雪がほとんどないところから引っ越してきたから、興奮するのは分かるけど」
と返した。すると彼女からは、
「そうだね。雪が5センチも積もれば、珍しくて「雪合戦だ」って男の子たちが騒いでいたのを思い出すわ。でも、このあたりってもっと積もるのよね?」
と帰ってくる。僕は、「Yes」と言っているキャラのスタンプを送ってから、
「ここ数年は50センチも積もらないけど、5年に1回くらいは1メートルくらい積もることがあってね。この冬はその当たり年になるんじゃないかって言われてるんだ。雪降ると歩道歩けないから結構危なくて、本当は雪の季節って僕は好きじゃないんだよね」
と返す。すると、驚いた表情をしている熊のキャラクターのスタンプが届き、
「え、そうなの?でも、それだけ積もったら雪合戦し放題じゃない!」
なんてのんきな返信が来る。そこで僕は、「雪合戦をするには、まずは除雪なんだよね…一回体験すると僕の言っていることが分かると思うよ」って返事をした。
「除雪…そういえば、ここの駐車場は、積もっても大家さんはしないから、自分たちでやってくださいって言われてた…」
そんな返事が返ってくると、僕は「あまり降らないことを願おう。除雪は結構大変だからね、せずにすむならそれにこしたことはないよ」と返して、更紗は「そうだね、そう願うよ」と返事が来たところで、母さんから「早く朝ご飯食べなさい」と言われたので、ここで会話を終わらせる。
「朝ご飯食べに行くよ。更紗も朝ご飯作るんじゃない?」「ううん、今日は綸子が当番だから。でも、ありがとう。また夜にライナーしよう」「OK」
と最後に軽くやりとりをしてから、一旦会話を終えた。
県立高校教員の父さんも、今日から休みということでいつもより少し遅い起床だった。今日の朝食はトーストに目玉焼き、昨日の夜の残りのきんぴらゴボウに白菜とキュウリの漬け物、味噌汁だ。僕と父さんが食べている途中で、晴兄と伊緒姉も起きてくる。
「おはよう、晴兄。起きてきてすぐでなんだけど、10時くらいに車出してもらえる?」
僕は起き抜けの晴兄に聞いてみる。
「ん~?特に何もないから良いけど、どうしたんだ?」
「いや、ディスカウントストアで掃除用具買って、年賀状を郵便局に出しに行きたいんだ」
「お~、分かったよ」
「ありがと」
「ふ~ん、慎ちゃん、あたしの部屋も掃除やってくれない?」
僕と晴兄の会話がひと段落したら、伊緒姉が聞いてきた。
「…イヤといっても無駄でしょ?」
僕は抵抗を試み…ようとしてすぐに折れる。畏怖の対象なので、こればかりは仕方ない。
伊緒姉はこくりと頷く。
「了解。分かったよ」
「優しい弟を持って、あたしは幸せだよ」
伊緒姉はわざとらしい口調でそう言った。
「全く…」
僕はぼそっとつぶやく。でも伊緒姉はあまり気にしてないようだった。
「そう言えば、更紗さんのところのお父さんは、スタッドレスに入れ替えたのかな?」
晴兄が聞いてくる。
「いや、更紗とのライナーでそんな話にはならなかったから、分からないな」
僕がそう答えると、
「んじゃ、聞いてみたら?もしまだだとしたら、今日のうちに換えた方が良いと思う。今日はまだ降りそうな感じだし、業者にお任せしようにも、5cmも積もればラジアルタイヤで行くのは難しいから、手伝ったらどうかな?慎ちゃんは、僕や父さんのタイヤ交換の手伝いしてるから、把握してるだろ?なんなら、僕も手伝うし」
と言う。それも確かにありかもしれない。だから僕は、ちょっとペースを上げて朝食を食べ終わると、すぐさま自分の部屋に引っ込んで、ライナーを起動して更紗にメッセージを送る。
「また夜にと言ったのにいきなりゴメン。お父さんの車って、もう冬用タイヤに変えたか知ってる?」
返事が戻ってくるまでがもどかしいので、自分の部屋の整理をしながら返事を待った。自分の机の上をぞうきんで拭いて、本棚の整理。プリント類も必要なものとそうでないものに分け、不必要なものは紙ひもで縛ってしまう。30分ほど作業をして時計を見れば8時半。その時、スマホの着信音が鳴る。おそらく、更紗だ。
スマホを取って見てみると、やっぱりその主は更紗で、「ごめん、自分の部屋掃除していて、気づかなかったよ…今、お父さんに今聞いてみたけど、まだ換えてないって。今日はお仕事休みだから良いけど、明日はお仕事あるみたいでこのまま降り続けると明日車で行けなくなるから困るって言ってたわ」とのことだった。
であれば、僕のやることは一つ。お父さんのお手伝いをすることだ。
「じゃ、タイヤ交換のお手伝いしようか?少し前に父さんと晴兄の車のタイヤを換えたばかりでやり方分かってるし、晴兄も手伝ってくれるから」
そう返信して、更紗の返事を待つことにした。ひとまず、それまでは今日の買い物のリストを作る。
ガラス拭くためのワイパー付きモップにガラス拭き用の洗剤、網戸掃除用のモップもあると良い。あとは、お風呂掃除用の洗剤…くらいかな?
そう考えていると、またも更紗から返事がくる。
「お父さんも、お願いしますだって、夕方くらいに来てもらって良い?」
うん、これで今日更紗の顔を拝める口実ができた。昨日までは補習があって毎日顔を合わせていた。でも、今度は正月まで3日間更紗と会うことができないのは寂しいなって思っていたから、彼女と会えるのはとっても嬉しいことだ。
「OKだよ。晴兄にも言っておくね」
「ええ、よろしくお願いします!」
更紗からそうお願いされたことを晴兄に伝えると、晴兄も「了解」と言ってくれた。
まずは、晴兄とディスカウントストアへ行って先ほどメモした掃除用具を買い、年賀状を出しに行く。さすがに年末ということもあり郵便局の手前で郵便局員が年賀状を受け取っていたから、その方に年賀状を渡して、一路家路につく。
「何時頃行く?」
晴兄のことだから、先ほどの更紗からのお願いをいつするのかという話しだろう。
「15時頃からで良いかな?1時間もあれば終わると思うから、暗くなる前には帰れると思う」
「うん、わかった。今のうちに更紗にライナー送っておくよ」
家に帰ったら僕はすぐに窓ふきを始める。まだ午前中だから、今のうちに窓ふきを終わらせてしまい、午後一に風呂場の掃除をすればあとは、更紗のお父さんの車のタイヤ交換だから、スケジュールとしては何気に厳しいけど何とかできるはずだ。
いざとなれば、風呂場の掃除くらい明日に回してしまっても良いと思っている。更紗のお父さんが明日仕事に行けない方が、僕としては知ってしまったのに何もしないのは嫌だから、つまり、「義を見てせざるは勇無きなり」ではいたくないということだ。自分の家のことは自分で決められるからね。
そう思いながら、自分としてはてきぱき作業を進めていたつもりだけど、やはりガラスは枚数が多いから、思った通りに終わってくれず、お昼ご飯に呼ばれたあたりでようやく半分くらい拭き終わったところだった。
「あちゃ~。やっぱり厳しいな。風呂場は明日にしよう」
昼食の味噌ラーメンをすすりながら、僕は晴兄に告げる。すると、晴兄は
「いいんじゃないか?別に、ガラスの掃除とかって頼まれてやっているわけじゃなく、お前が自主って気にやっていることなんだから、そこは自分で決めれば良いと思う」
っていってくれたし、伊緒姉も「しゃ~ない。私の部屋掃除は大晦日で手を打とう」と言ってくれたので、夕方は更紗のところで作業だ。それまでは何とかガラス拭きだけは終わらせないとね。
一心不乱にガラスを拭く。1年の汚れがきれいに落ちていく様を見るのは、とても気持ちいい。一通りガラスが拭けたのは、時計が14時半を回ったあたり。15分ほど休んでから出ようかなと思う。その前に、更紗に連絡を入れておこう。
「更紗~15分後くらいに出ようと思うけど、良いかな?」
とメッセージを飛ばして、返信を待つ。程なく、返信が来た。
「うん、御願いします!お父さんも慎吾が手伝ってくれるって聞いてなんだか嬉しそうだったよ」
更紗のお父さんに信頼されているようで、僕としてもとても嬉しい。だから、その信頼・期待を裏切らないように頑張らないと。
「ありがとう。それじゃ、15時過ぎに着くことを伝えておいてくれる?」
僕がそう返すと、更紗も「OK」とスタンプで返してくれたから、晴兄にそろそろ準備をしてもらうように、晴兄の部屋のドアをノックする。
「そろそろ?」
晴兄の声に、「うん、よろしく御願いするよ」と伝えて、僕は先に1階に降りる。
ちょっと間があって晴兄の部屋からドアの開く音、そのあとパタパタとスリッパで降りてくる音がして、晴兄がリビングに入る。
「それじゃ、行くよ」
晴兄が促してくれて、僕たちは家を出る。
車で行けば7,8分の距離。でも、雪道の怖さを知る僕たちは、ゆっくり走って10分くらいかけて更紗の家に着く。
先に車から降りた僕は、更紗の部屋に向かって呼び鈴を押す。
「は~い」と更紗の声がして、ドアが開く。「あ、慎吾、いらっしゃい」僕の姿を確認した更紗は、そのままリビングへとんぼ返りをして、お父さんを呼んだ。
「どうも、手伝いに来てくれてありがとう。タイヤはね、下のトランクルームに置いてあるんだ。持って上がる必要が無いのはありがたいね。でも、よく気がついてくれたね。ホント、手伝いに来てくれなかったら明日仕事に行けるか怪しいところだったからね」
お父さんがリビングから出てきて、そう言葉をかけてくれた。
「はい、困っているようであれば、自分のできる範囲で手伝いたいと思ったので…」
「うん、それは、更紗に母親がいないからかい?」
お父さんはそう聞いてきた。
「そうですね、そういう気持ちが無いと言えばそれは大嘘です。でも、困っている人がいるのであれば、助けられる範囲で助けたい、その気持ちに嘘偽りはありません」
僕は、正直な気持ちをお父さんに伝えると、お父さんは真剣な顔をして頷いて、
「…そうだね、その通りだね。…更紗にしても綸子にしても、君に惚れる理由が何となく分かった気がするよ。本当に、君の真っ直ぐな気持ちはとてもあの子たちにとって嬉しいものなんだと思うよ。これからも、よろしく頼むよ」
僕は、「はい!」と返事をすると、傍らにいた更紗が顔を真っ赤にしていた。
「もう、お父さんはいきなり何を言うのよ…恥ずかしいじゃない…」
「うん、すまん。二人を見ていると、とても良い感じなのがな、父親としては嬉しいものだよ」
「それなら良いんだけど…」
更紗はそう言うと、ちょっと黙ってしまう。そこで僕はすかさず提案した。
「でも、交換するなら、早速していきましょう。1時間くらいかかると思うので、暗くなる前に交換した方が良いと思いますので」
僕の提案に、お父さんも賛成してくれて、早速僕と晴兄、更紗とお父さんとで軍手をしてトランクルームに向かう。
お父さんがトランクルームの鍵を開けて入ってみると、スタッドレスタイヤ4本が部屋の片隅に鎮座していた。
「タイヤ自体は去年購入したばかりだから、問題ないと思うよ。さぁ、持って行こう」
とお父さんの言葉に僕たちは一人1本ずつ転がして、お父さんの車へと向かった。
「お、重い…タイヤってこんな重いんだ」と更紗は言うけど、何とか転がして持って行くことができた。
車のトランクからはジャッキと十字レンチを用意し、早速車体を上げようとする。
「でも、まずどこから交換しますか?」
と聞くとお父さんは「どこでもいいんだけど、前からが良いかな?」と、前方を指さし。
「では、右前からにしましょう。その次に右後ろ、左前、左後ろの順で。更紗さんのお父さん、このタイヤ、前の冬はどこに付けていたか覚えてますか?」
晴兄が聞くと、お父さんは「ああ」と言って、
「スタッドレスはほとんど履いてないから、どれがどれかまであまり覚えてなかったなぁ…」
「だとすれば、この冬からは記録した方が良いですよ。4ヶ月履いていると、前と後ろで減りが違いますから」
「うん、そうする。ありがとう」
二人の会話を聞いていると、更紗がいつの間にか僕の横に立って、「車のメンテナンスも大変なんだね」と言う。僕は、「そうだね。3ヶ月に1回はディーラーなり、カーショップに行ってるイメージがあるよ」と答えると、「そうなんだね…維持費結構かかりそう」なんて所帯じみたことを言う。
「そうだよ、更紗。車のメンテナンスはだいたい3ヶ月に1回、うん千円。半年点検に1万円強、その他ガソリン代もそうだし、税金もかかる。こう見えて結構大変だよ」
僕たちの会話が聞こえていたのか、更紗のお父さんはそう言って、更紗に笑いかける。
「…そう言われると、いつも車で迎えに来てもらったり、どこかへお出かけしたりするのって、ありがたいんだね。当たり前のように思っているけど、車が壊れて使えなかったら不便だよね」
「そういうこと。でも、それが親の務めだからね」
「ん、ありがとう」
更紗が言うと、お父さんは照れくさそうに、
「どういたしまして」
と頭をかく。ほほえましいやりとりに、
(良いお父さんだよ、やっぱり)
僕はそう言いたかったけど、さすがにお父さんが目の前にいて言いにくかったので、僕は更紗の肩を軽く置いて微笑む。すると、更紗も何となく僕が言いたいことを察したのだろう、「うん」と頷く。
そんなやりとりがあってから、タイヤ交換を始める。
まずは、右前のタイヤのナットを緩めてから、ジャッキで車体を浮かせ、夏タイヤを外し、スタッドレスタイヤを装着する。ナットをある程度締め車体を下げてから、トルクレンチで一定の強さで本締めをする。
その間は、基本的に男3人でするものだから、更紗は見ているだけになってしまっている。
「更紗、見ているだけで大丈夫?寒かったら、家で待っていても良いよ」
僕がそう言うと、更紗は首を振って、
「ううん。大丈夫。せっかく慎吾やお兄さんが手伝ってくれているのに、私が家でぬくぬくしているのも違うかなって。…もちろん、慎吾と一緒に何かやっていたいというのが一番の理由なんだけど」
そう言ってくれて、僕は嬉しくなる。
でも、そのまま見ているだけなのは良くないので、二人でできることを提案する。
「じゃ、外した夏用タイヤを、保管するトランクルームに転がしていこう。どう?」
既に、右前の1本は車の側に置いてある。それを見ながら更紗は、
「そうね、持って行こう。お父さん、良いよね?」
と、僕とお父さんに聞いてくる。
「ああ、いいよ。持って行きなさい。もうすぐ右後ろも外れるから、二人で1本ずつ持って行ってくれるとありがたい」
「分かりました」
お父さんの言葉に、僕は了解して少しの間だけ待つ。まもなくタイヤが外れたので、1本目を僕が、2本目を更紗が転がしてトランクルームへと向かう。
積もっている雪でラジアルタイヤは滑りそうになるけど、なんとかトランクルームへと持って行くことができた。
「よっこいしょ」
トランクルームに置いてあるタイヤラックにタイヤを置く。更紗はタイヤを持ち上げるのが厳しかったみたいで、僕に助けを求める。
「そうれっと。やっぱり重たいね」
やっとの事でタイヤをラックに置いて、僕たちは一息つく。
「タイヤって、本当に重たいね…」
少し息の上がっている更紗。確かに、純正でも18インチのホイールとタイヤは相当な重量だ。僕でもめっちゃ重いなと思うから、更紗はもっときついと思う。
「そうだね…1本で20キロはあるんじゃないかな?」
「そ、そんなに?道理で重たいはずだわ…」
「だから、転がすのは良いけど、いざ持とうと思ったら無理だったよね?」
「うん、まさか持てないとは思わなかったよ。さすが男の子、力強いよね」
(さすがに、彼女の目の前でカッコ悪い姿を見せるわけにはいかないからね。ちょっと頑張ったよ)
と思いながら更紗の顔を見ると、少し上気して頬が赤い。黒のニットセーターにジーンズ、足首が隠れる程度のミドルブーツ姿の彼女は、身体のラインがくっきり分かってしまって、僕はドキリとする。
「…たしかに、正月は声かけられそうだよなぁ…」
ほんの数日前のことを思い出して、僕は思わず呟いてしまう。
「ん?何々?」
更紗が僕の声を聞きとがめて聞いてくる。
「うん、正月に初詣行ったら、きっと声をかけられてしまうんだろうなって。…だからこそ、守らないとなって改めて思うよ。更紗、魅力的すぎる」
僕の言葉に、更紗は顔を更に赤くして、
「そんなに!?そうなのかな…?」
「だって、前から言っているじゃないか。色々気をつけてほしいって」
「…まぁ、それはそうだけど…慎吾って、やっぱりムッツリなの?私に一目惚れしたって告白してくれた時に言っていたけど、私の身体が一番惹かれたってことなのかな?」
以前幸弘に言われた事ね…ムッツリに関しては否定できない。でも、後半の言葉に関しては誤解を招いてしまっている。だから、僕は更紗にあえて近づかずにその距離を保ったまま話す。
「うん…ムッツリは否定はできないかな…だって、今の更紗の服装って、身体のラインがバッチリ分かってしまってさ、僕にとって魅力的すぎるんだよ…。でも、後半の一目惚れに関しては、否定させて。確かにスタイルが良いなって思ったことも事実だけど、僕が一番更紗に惹かれたのは、君の瞳だよ。僕には、更紗の瞳は透き通っていて、何事も好意的に受け止めてくれる暖かいものを感じたんだ。今もこうやって目を合わせても、その瞳に吸い込まれる。本当に、僕がこうして更紗と沢山の時間顔を合わせて居られることは、幸せなことなんだと思ってるよ」
僕は一気にそう言うと、更紗は少し驚いたような表情をして、
「…そうだったんだね。ゴメンね、慎吾。ちょっと疑っちゃって。私の目を好きだって言ってくれる人、初めてよ」
その口ぶりに、僕は察するところがあって、でも、あえて聞く。
「そっか、更紗は好きになった人は居なかったけど、男子から告白されたことくらいあるよね…?」
すると、更紗は頷いて、
「ええ。中学校の頃も年に何人かから告白されていたわ。でも、やっぱり好きになるってことが分からなくて断ってた。その頃は実を言うと胸はこんなになってなくてね~」
ちょっとおどけた口調になって、僕をからかうように話を続ける。
「高校に入ったあたりで、一気に育っちゃって。それとともに、告白してくる男子も増えて、高1の頃は5人くらいから告白されたと思う。でも、ことごとく私の胸ばかり見てるその態度だったから、全員お断り。本当に、失礼よねって、今でも思うわ。
だから、慎吾が良いなって思ってのは、私の身体ばかり見ていなくて、私のすべてを見てくれるから。私に対する態度や行動が、私を守ってくれる、私のために動いてくれる、寄り添ってくれるという真摯な姿勢が伝わったからだよ。他の男子には全く感じられないことを、慎吾はしてくれた。だから、私は慎吾が好きだし、私も一緒に過ごす時間が幸せなの。
…今、改めてこうやって言葉にして、人を好きになるってどういうことか分かった気がする。『大切にしたい』っていう気持ちを持てるかどうかなのね。慎吾は私を大切にしてくれるから、私も慎吾を大切にしたいって思ってる。だから、こうして二人でいると幸せだって感じるのね」
最後は真剣な表情になって、僕の顔を真っ直ぐに見て言ってくれた。
「ありがとう、更紗」
僕は思わず礼を言う。でも、更紗は更に顔を赤くして、
「…だから、他ならぬ慎吾の言葉だから、私の身体のことを言うことは悪い気はしないけど、そう言うってことは、私と…その…」
そして、俯いてしまう。
「…」
「…」
ちょっと気まずい沈黙が流れる。確かに、そんな想像をしてしまって、僕も顔が熱くなっている。でも、僕もそこに踏み出す勇気がまだもてないのも事実。
しかし、その沈黙は晴兄の声に破られる。
「お~い、左のタイヤ外したから、持って行って!」
僕と更紗はハッとして、トランクルームから出る。その時に僕は、
「今はまだ、そのことは考えないでおこう。お互いにそこに踏み出す勇気がないようだし」
と言うと、更紗も真剣に「うん」と受け止めてくれた。
だって、そういう行為に関しては男性よりも、女性の方がリスクが大きい。更紗の不利益になる可能性のあることはできる限り避けた方が良い。そのことも含めて――正直、興味はあるのだけど――理性的に僕は考えている。
うん、慎吾はやっぱり紳士だよ。私の心に寄り添ってくれる。
異性を好きになると言うことが分からなかった私だから、もちろん経験はないし、知識だってそんなにあるわけじゃない。紗友梨さんや和子さんともそんな話をしたことないし、夢衣ちゃんともしていない。だから、どんな感じなのか分からないからこその不安がある。
慎吾自身も、おそらく経験がないからこそ、「踏み出す勇気がない」と言っているのだろう。お互い様なんだ。
晴城お兄さんの声を受けて、私たちはトランクルームから出る。慎吾はトランクルームの前にいた晴城お兄さんから「なかなか戻ってこないからちょっと心配したぞ。もしかして、喧嘩でもしていたのか?」と心配されたけど、「大丈夫、逆だよ。二人の気持ちを確かめ合っただけ」なんてある意味誤解されそうな言い方を慎吾はしてしまう。
「なに?もしかして…」
とお兄さんが言うから、慎吾は慌てて「あ、別に、エッチなことはしてないよ。晴兄」と否定する。私もここは助け船を出した方が良いかな?
「お兄さん、そう、そんなことはしてないですよ。お互いに好きでいて幸せだねって話したんです」
私がそう言うと、お兄さんは口笛を吹いて、
「いいのぅ、君たち。幸せそうで何よりだ」
って、もうすぐ――今年の夏に――結婚する人がそんなこと言って良いのかなぁ、と逆に心配になる。
「え?お兄さんも幸せですよね?」
と私が聞くと、お兄さんは少し頭をポリポリ掻いて、
「そうなんだけどね、いざ結婚ってなると少し将来について不安を持ってしまうんだよね。幸せなんだけど、不安も大きいというか…こういうのを、マリッジ・ブルーとでも言うのかなぁ?」
基本的に、女の人が陥る症状だよね、マリッジ・ブルーって。男の人でもなることがあるんだなって初めて知ったかも。
「そうなんですね。でも、お兄さんも、優來お姉さんもすごく良い方だなって思います。大丈夫だと思いますけど…」
「そうだよ晴兄。幸せは自分で掴むものだろ?晴兄自身言ってたじゃないか。不安につぶされると幸せ逃げちゃうんじゃない?」
私たちが口々に言うと、お兄さんも表情は明るくなって、
「そうだな。君たちに言われると、大丈夫な気がしてきた。ありがとう」
私たちはその言葉に安心して、タイヤをトランクルームに移動する。
重たいタイヤを上に上げるのは慎吾にお願いして、私は下の棚に入れる方を手伝った。慎吾曰く、上段は来年、前に装着する方で下段は後ろに装着する方らしい。
これで、一通りタイヤ交換は終了。晴城お兄さんは、エアコンプレッサーを持ってきていて、タイヤに空気も入れていた。ガーというコンプレッサーの作動音が、周りに響く。
スマホで時計を見たら、もう16時半になっていた。雪が降り続けていたこともあり、雪はもう10cmくらい積もっている。それに、辺りはかなり暗くなってきていた。まだ冬至を過ぎて1週間くらいだから、夜の訪れは早く、17時を回ればもうあたりは真っ暗だ。トランクルームからお父さんの車の所に戻ると、お父さんはお兄さんにお礼を伝えていて、お兄さんは「いえいえ、雪でお仕事に行けないというのは辛いですからね」とお父さんに言っていた。
「あ、慎ちゃん。ちょうどいいや、お父さんが今日の夕食をごちそうしたいと言っていたんだけど、どうだい?僕は今晩は優來と食べることになっているから、慎ちゃん行ってきなよ」
どうも、そこまで話が進んでいたみたいだ。私としても反対する理由がないし、むしろ以前の約束をここで果たしてもらった方が良いなぁと思ってる。
「慎吾、この前約束してくれた、1月2日の分を今回にしたと思ってくれればいいんじゃない?」
そう、以前お父さんが誘った1月2日は慎吾も快諾してくれていたのだけど、今日をその日にしてもらえれば良いと思った。
「そういうことなら、僕は大丈夫です。晴兄、母さんに言ってくれる?」
「お安いご用だ」
話はそれで決まって、お兄さんは自分の車で家に帰る。慎吾はお父さんの車に私たちと一緒に乗り込んで、スタッドレスタイヤのテストも兼ねて、お父さんの運転でファミレスへ向かった。
ファミレスは年末で帰省客もいるのか少し混んでいて、17時半でも少し待たされた。私と綸子が座り、お父さんと慎吾が立っている。少しでも、他の客を座らせたい配慮を男性陣は見せていた。そんな中、
「東条さん、今日はありがとうございました。最初からお父さんそのつもりだったみたいで、私に『今日はご飯作らなくて良いよ』って言ってたんですよ」
と綸子が苦笑いをする。
「そうだったんだね。でも、迷惑じゃなかったかな?僕自身、そんなつもりはなかったし…」
慎吾はそう言うけど、お父さんは、
「全然、迷惑どころかありがたかったよ。さすがに引っ越してまだ日が浅い中、同僚に声をかけるのもどうかという感じだったから、渡りに船だった。本当に東条くんとお兄さんには、今日は助けてもらって、本当にありがとう」
と言う。慎吾は、「このことを言ってくれたのは晴兄なので、晴兄の方がお礼にふさわしいと思うのですけどね…」と卑下する。
「でも、連絡してくれたのは他ならぬ慎吾だし、連絡してくれたからこそ、タイヤ交換できたからありがたかったよ」という私の言葉に続けてお父さんが、「基本、私は全部業者任せだったから、こうやって交換の方法を直に学べたのは、自分のカーライフにとっても良かったよ。だから、お礼をしたかったんだよ」と答えてくれたから、慎吾も「そう言っていただいて、ありがとうございます」と照れくさそうに笑った。
それからすぐに、私たちは店の中央付近の窓側の席に案内された。
私と慎吾、お父さんと綸子が隣り合わせに座る。
「…やっぱりそうなるのよね…お姉ちゃんが羨ましいんだけど…」
綸子は私への嫉妬心を隠さずに言うものだから、慎吾がたじろいでしまう。
「じゃあ、僕はお父さんの隣へ行こうか?綸子ちゃんは更紗の隣に行ってもらってさ」
「…今から席を替わるのも面倒だから、もういいです」
「ははは…」
苦笑いする慎吾。でも、お父さんはちょっと難しい顔になって、
「綸子、今の態度はよろしくないよ。綸子も東条くんのことを気に入っているのは分かるが、そんな態度だと東条くんも嫌な気持ちになる」
「…分かってる…ごめんなさい」
綸子ちゃんも本心だと思うけど、言ってしまった言葉は取り返せないから、素直に謝ってくれる。
「いいよ、綸子ちゃん」
慎吾はそう言って、綸子を許してあげている。そうやって、人をすぐに許せるところも、慎吾の人徳なんだろうな、と思う。
「注文する料理を見よう」
お父さんの言葉に私たちはメニューを見て料理を決める。
「私はオムライスかな」と綸子が一番最初に決めると、「自分はサーモンいくら丼かな」とお父さん。じゃあ、私は…
「チーズインハンバーグにライスのセット」
と宣言してから慎吾に、
「何でも良いからね。遠慮しないでね」
と言うと、「それは私の台詞だよ」とお父さんが突っ込む。それにみんな微笑みながら慎吾に視線を送ると、
「それじゃ、すみません。カルボナーラにマルゲリータピザを。それに、山盛りポテトをみんなとシェアしたいです」
と伝えてくれた。うんうん、いいよね!
「お安いご用だ。じゃあ綸子、店員さん呼んでくれないか?」
とお父さんはスイッチを押すように綸子に促して、綸子はその通り店員さんを呼ぶ。
満員の店内。少しばかり待ったけど、店員さんが私たちのテーブルに注文を取りに来た。
私たちの注文を復唱して、店員さんが店の奥に引き返すと私と慎吾は揃って窓の外を見る。
雪は、まだ降り続けている。慎吾が言うには、「これくらいだったら食事中にうっすら積もる程度だから問題ないけど、夜中中降るとまあまあ積もるかもね」とのこと。
「雪が降るのって、すごく綺麗だなって思うけど、慎吾はそう思わないの?」
慣れっこになっているという慎吾に聞くと、
「まぁ、綺麗だって思うのは思うよ。でもね、そのあとの雪かきとかのことを思うと大変かなって思う。父さんも母さんも、夜中に積もることを想定して、翌朝早く起きて雪かきするもの」
「…大変なんだね」
「うん、何が一番雪かきで大変かって、除雪車が通り過ぎたあとなんだ。除雪車からこぼれた雪の塊。家の前に残されるからそれを処分しないと車が出せないんだよね。そんなときは、僕や晴兄も手伝うよ」
「そうなんだ。もしかしたら、今夜とかそうなるかな?」
「なる可能性は十分にあるね。夜中の4時とか5時あたりに大きめに響くエンジン音とピーピーという音が鳴ったら、除雪車がきていると思った方が良い」
私と慎吾の会話に、お父さんが割り込む。
「それは良いことを聞いたよ、ありがとう。念のため、スコップだけは買っておいたから明日は早めに起きることにするよ」
「そうなんですね。それなら良かったです。ちなみに、お父さんの職場の駐車場は、除雪してもらえるんですか?」
慎吾がお父さんに聞くと、お父さんは目を丸くして、
「あ…聞いたことがなかった。でも、どうして?」
と逆に質問する。
「職場によっては、除雪をしてくれるところもあれば、してくれないところもあったりで、除雪してくれないところは、自分でやらないといけないみたいで、父さんの友人の中には、自分で除雪して停めてるって。なので、その辺大丈夫かも確認すると良いかもしれません」
「ははぁ…そんなところもあるんだね。あとで聞いておくよ。重ね重ね、ありがとう」
「さすが慣れてますね。そんな東条さんに憧れるんですよ」
綸子が顔を赤くする。サッとそうやってアドバイスしてくれるところって、本当に格好いいもんね。
「綸子、分かるよ。その気持ち。当意即妙なアドバイスに、私もいつも助けられてるから。そんな慎吾が格好いいよね~」
私が褒めると、綸子も笑顔で頷く。一方で、当の慎吾は顔を赤くして、
「そんな事ないんだけどな」
と謙遜する。でも、そこは逃さずお父さんが、
「いやいや、そこで謙遜することはないよ。雪に慣れていない私たちには本当に必要なアドバイスだったから、本当にありがたいし、更紗へバドミントンのことだったり、数学だったり、分かりやすく教えてくれていると聞いている。君は、教員になるべくして生まれた人間だと思うよ。自信を持ってくれ」
「あ、ありがとうございます…」
慎吾は照れ笑いを浮かべる。
「でも、3年になると東条くんと更紗はクラスが別れそうと聞いたけど、本当かい?」
「はい…僕が理系で、更紗さんは文系です。それでクラスが別れてしまうのは、仕方ないと思います。合同で授業するのは体育と、夏休みに2週間くらいある特別講座くらいでしょう。でも、6月の総体まで部活は一緒にやっていきますし、それが終わったあとも、放課後は一緒に勉強していきたいと思います」
お父さんの問いに、よどみなく答える慎吾。その答えにお父さんは満足したのか、
「うん、分かった。頼れる東条くんだから、これからも更紗をよろしく頼むよ。もし、万一私に何かあったときは、東条くんを頼ることになるかもしれない。本当に、その時はよろしく頼むよ」
そんな事を言って、頭を垂れた。慎吾は慌てて、
「そこまで信頼していただいて、ありがとうございます。でも、お父さん頭を上げて下さい。僕はそんな立派な人間じゃないです。父さんと母さん、それに二人の姉と兄に頼りっきりですから」
と言うけど、
「君はそう思っても、私たち3人は、君のことをすごく信頼している。そのうち、私自ら君の家にご挨拶に伺いたいと思っているくらいだから、ね。その時は更紗を通して連絡させてもらうよ」
「お、おとうさん!」
私と綸子は思わずハモってしまう。そこまでするとなったら、それってかなり私と慎吾が進んだ仲になるというわけで…。
「わ、わかりました」
慎吾も、お父さんのその姿に感じることがあったか、居ずまいを正して真剣な顔で返事をした。その時、
『お料理をお持ちしました』
と、私たちの料理が載ったロボットが、テーブルに来た。猫を彷彿とさせて可愛い。
「料理が来たね。じゃあ食べよう」
今の会話はそのままうやむやになって、私たちは料理を取る。取ったあと、「受け取り終了」のボタンを押すと、ロボットは厨房へと戻っていく。その仕草も何とも可愛かった。
一通り、全員分――私のハンバーグは、プレートが鉄板だからか、店員さんが程なく運んできてくれた――の料理が運ばれてきたので、私たちは「戴きます」と両手を合わせて食べ始める。
ん~熱々のハンバーグ、口の中をやけどしそうだけど美味しい!
慎吾も、カルボナーラを優先して食べて、間にピザを食べている。やっぱり、男の子だね。それだけちゃんと入るんだもの。綸子はそんな慎吾の様子を見つつ、ゆっくりとオムライスを食べている。
お父さんは、そんな私たちを嬉しそうに見ながら丼を食べ進めていた。
「これ美味しいよ、慎吾、食べてみる?綸子も交換しようよ!」
私と慎吾、私と綸子、綸子と慎吾、それぞれがそれぞれの料理を一口分ずつ――慎吾からは、私はピザ、綸子はパスタを――交換して食べる。うん、他の料理もやっぱり美味しい。
「やっぱり、男の子がいるというのはいいなぁ…私一人だとどうしても負けちゃってねぇ」
お父さんはしみじみとそんな事を言う。確かに、いくらお父さんでもお母さんと娘二人の1対3は肩身が狭かったんだろう。お母さんが亡くなったあとも、滅多に外食は行かなかったけど、行ったときは私たち二人で話をして、お父さんが置いてきぼりになることが多かったなぁ…。
「更紗、どうしたの?」
私がぼ~っと考えていると、慎吾が聞いてきた。
「ううん、お父さん、今まで肩身狭かったのかなって」
慎吾はそう言われて、ふっと優しい笑みを浮かべる。慎吾とお父さんは料理をほぼ食べ終わっていたからお父さんの方を向いて、口を開いた。
「あぁ、そっか…。お父さん、そう言えばどうしてあの車を買ったんですか?」
お父さんは、慎吾の方を向くと同じように優しい笑みを返す。
「ああ、転勤が決まったときに、こちらは雪が降るって聞いていてね。せっかくだから、四駆に替えたいなって思っていたんだ。もともとあのメーカー好きだったし、マニュアル乗りたかったから、ディーラーで新車があるかって聞いたら、もう製造終了して新車は売っていないって言うものだから、中古探したんだよ」
「そうだったんですね。僕もあの車好きで!父さんがやっぱり好きなんですよ。昔のラリーカーのスポンサーの数字をナンバーにしているくらいなんで」
「ああ、222かな?」
「そうです、そうです!」
男2人で盛り上がっている様子を、私と綸子は不思議そうに見る。こんな生き生きとお喋りをするお父さんって、初めて見たかもしれない…。
「お父さんって、こんな顔するんだね」
綸子も、お父さんの横顔を見ながら私にコソコソと耳打ちする。
「うん、私も初めて見たわ」
私たちは、車の話に夢中になる二人を黙って見ていた。
お父さんの車の話から、レースの話になって、来年はF1を現地で見たいね、一緒に行こうか?とか話をしている。慎吾は慎吾で、「行きたいです!父さんも行きたいって言うと思います!ただ、部活の関係で僕は行けないと思います。でも、行きたい!」なんて言ってる。…私はどうするのかな?
「ちょっと慎吾~部活休んで行くのは良いけど、私はどうするおつもりなのかしら?」
思わず慎吾のほっぺをかる~くつねって、お父さんと慎吾の会話に横やりを入れてしまった。
「い、いひゃ、いっひょにいひぇるといいひゃはっへ(い、いや、一緒に行けると良いかなって)」
慎吾のしゃべり方がおかしくて、私と綸子は笑ってしまう。でも、お父さんは横やりを入れられたのが面白くなかったのか、
「今、楽しく話してたのになぁ」
とため息をつかれてしまった。
「ご、ごめんなさい…」
私はお父さんに謝る。お父さんは、「まぁ、別に構わないが…」と言ってくれて、一旦会話は途切れる。
「あとは、デザートタイムだね。みんな、一品ずつ頼んで良いよ」
お父さんはそう言って、メニューをもう一度開く。
「すみません、いただきます。僕は、チョコレートパフェを」
「…まだ入るんだ…」
私はちょっと呆れてしまう。
「うん、でも、これ以上はお腹いっぱいかな」
「それでこの体型維持してるんでしょ?私だと、たぶん太っちゃう…」
「もうちょっとくらい問題ないと思うけど?」
「その油断があっという間に太っちゃう原因だから食べ過ぎないようには気をつけてるんだけど」
「でもお姉ちゃんって、余ったカロリーは胸に行ってる気がするんだけど…何で私はそうならないんだろ…」
私と慎吾の会話に、綸子が入ってくる。…いきなり何を言ってくるのよ、この子は。
「綸子、何言うのよ」
「だって、お姉ちゃん高校入ったら急に大きくなったじゃない。お母さんみたいになってきて羨ましいんだから」
「…綸子ちゃん、そんな話を僕やお父さんのいるところでしない方が良いよ。特にこんなところではね、いくら小さい声だとは言え」
慎吾も忠告すると、綸子はハッとして、「あ、そうですね」と顔を真っ赤にする。
お父さんは苦笑いして、(何を言えば良いのか)と困惑している感じだった。
そして話は元に戻って、私たちはデザートを頼む。
結局私は、ソフトクリーム、綸子は抹茶アイス。お父さんはチョコアイスをそれぞれ頼んだ。慎吾はさっきの宣言通り、チョコレートパフェ。慎吾とお父さん、結構好きな物が似通ってる…車の趣味や好きなスイーツとか。それは、お父さんも話したいよね。
そして、さらに気づいてしまった。…私はもちろんだけど、綸子もどうして慎吾のことが好きなのかということに。
お父さんとすごく似通っているからだ。彼の纏う空気感がお父さんに似てるから。私たち姉妹はお父さんのこと大好きだから、慎吾のことも好きになったんだ。大切にしたい気持ちは、そこから来ているのかもしれないな、と思った。
デザートが来るまで、こっちに引っ越してきてからの充実した日々を思い出して、本当にいい時間を過ごしてきたことを話すと、慎吾も私も顔が赤くなる。綸子には「もう、また見せつける」と文句を言われるし、お父さんも「東条くんも充実したんだね」と羨ましがる。
スマホで時計を見ると19時を回っている。
「あっという間だね」
私が言うと、慎吾も頷く。
「楽しい時間だよ」
そして、デザートが運ばれて食べ終わる。それで、楽しい晩餐はおしまい。慎吾を家に送って、次に会うのは正月だ。
雪は、相変わらず降っている。夜になって、更に降り方が激しくなっているのは気のせいだろうか?
「下手すると、明日は20cm位積もっているかも。お父さん、明日は早めに起きた方がいいと思います」
慎吾がそう警告する。これまでずっとここで生きてきた彼だからこその意見だろう。
「僕も、6時には起きて雪かきします。もし、必要なら呼んでください」
お父さんは、そんな慎吾に「分かった、ありがとう」と礼を言う。
そして、私たちの乗った車が慎吾の家の前に着く。
「慎吾、今日はありがとね。またお正月にね」
私がそう言うと、慎吾は微笑みを浮かべて、
「うん、こちらこそ、ごちそうさまでした。楽しい時間でした」
と私、綸子、そしてお父さんに告げる。お父さんも笑って、
「本当にありがとう。明日、自分も早く起きるよ。雪かき大変な時は、更紗を通じて呼ばせてもらうからね」
「了解です」
そして、慎吾は家の中に入る。もちろんその前に、玄関でもう一度私たちの方を見て、手を振ってくれる。私たちも手を振って、この日は別れた。
翌朝6時に起きた僕は、外を見る。思ったほどではなかったものの、15cm位は積もっていて、除雪車も入ったのだろう、家の前は雪の塊がある。
「仕方ない、雪かきするか。更紗の家は大丈夫かな?」
僕は更紗に「おはよう!除雪車入ったと思うけど、お父さん車出せそう?」とライナーのメッセージを飛ばして、雪かきしながら返答を待つ。20分くらい後にメッセージが入ってきて、「大丈夫みたいよ。ありがとう」と返ってきたのを確認した。
大丈夫なのなら僕の出番はない。僕は家の前の除雪に集中する。さらに20分ほど手伝ったら、もうだいぶんなくなり、問題なく車を出せそうだ。それから朝食を食べる。早起きして動いた分、もうお腹が減っている感じだ。
「今日は大丈夫なのなら、昨日タイヤを換えた甲斐があったということだよ、慎吾」
「ありがとう、晴兄。おかげで更紗にいいところ見せられたし、更紗の家族と更に友好を深められたからホント良かったよ」
晴兄の言葉に僕は頷く。
そして、今日のやることリストを頭の中で整理する。
風呂場の掃除と、トイレの掃除…ついでに、伊緒姉の部屋の掃除もしてしまおう。伊緒姉は大晦日でいいって言っていたけど、今日は時間がありそうだし、何とかなる。
朝食を食べ終わって、ちょっとだけスマホの音ゲーをしていたら時間は8時半。そろそろ動き出そう。
風呂場は月に1回は何かしら掃除をしているから、今回は軽く床掃除と、浴槽を洗剤で洗う、天井も同じく洗剤で拭く。そして、排水溝周りも綺麗にする。全部終わったら、カビ防止剤を噴霧する。この流れだ。
風呂掃除自体は、1時間程度で終わらせる。いつも思うけど、排水溝周りの汚れ方って半端ない。まぁ、僕たちの垢や髪の毛とかが流れていくから仕方ないんだろうけど、髪の毛は少なくとも排水溝用ネットでそんなに流れていかないようにしてはいるんだけどなぁ。そればかりは仕方のないことなのだろうと思う。
やりたいこと全部やってから、窓を閉めていつも回している換気扇を止め、カビ防止剤を噴霧する。
「今から11時半くらいまでは、開けたり換気扇回さないで!」と家族に注意して、次のトイレ掃除にかかる。
2カ所あるトイレはともに同じ型なので、やり方は変わらない。こちらも1つ15分ほどで片付け、気付ば11時を回っていた。
今日もこれからもうすぐバイトで、少し早めの昼食を食べている伊緒姉に、「今からやるよ」と言うと「分かった。別に明日でも良かったけど」と言うけど、内心嬉しそうだった。そして、伊緒姉の部屋に入って状況を確認する。…全く、弟にそんなことさせないでくれって言いたくなる。脱ぎ散らかした普段着はまだしも、下着も落ちていて正直身内ながら恥ずかしい。
「伊緒姉、洗濯物くらい出しておいてよ」
と僕が毒づくと、伊緒姉は「あ、ゴメンゴメン。今のうちに出しちゃうわ」とさっさと洗濯物を洗濯機へ持って行ってもらったのはありがたかったけど。
元々フローリングの床だけど、その大部分が絨毯で覆われていて、覆われていないのはベッド下くらいだ。掃除機のヘッドが入らないその場所をフローリング床掃除用のクリーニングペーパーでさっと拭くと、結構な量の埃が浮いてきた。
「やっぱりすごいよな、この量」と思いながら、次にベッドの上を布団クリーナーで、そして絨毯を普通の掃除機で掃除する。本棚の雑誌――コスメや服などのファッション系が多いのだけど――を軽く整理したり、だいぶん減ったけどCDも整理する。1時間ほど経って。伊緒姉の部屋はそれなりに整えることができた…と思う。
「伊緒姉にはバイト帰りに確認してもらおう」
今日は早番のシフトで19時頃に帰ってきた伊緒姉に確認を促す。伊緒姉は部屋に入ると想像より整えられていたみたいで、
「ありがと慎ちゃん。お年玉はちょっとあげるからね~」
と伊緒姉は言ってくれたけど、果たしていくらもらえるものなのだろうか…。
「幾らくれるの?」
思わず言ってしまった僕に、伊緒姉は「う~ん」と少し考えてから、「3000円くらい?時給3000円と思えば問題ないでしょ?」と言う。確かに、それはそうかもしれないけど…。
「まぁ、そうだね。有り難く頂戴つかまつります」
とわざとらしく時代劇じみた感じで伊緒姉にお礼を言う。「オッケー」と僕の答えに満足した伊緒姉は約束してくれた。
時は戻る。
伊緒姉の部屋の掃除が終わった時点で、時計は12時を少し回っている。
スマホをチェックすると、更紗からメッセージが新たに入っていた。
『ちょっと大事な話があるから、時間できたら教えて』というもので、僕は「大事な話ってなんだろう?」と思いながら「今なら大丈夫だよ~何?」とメッセージを送る。お昼時で、場合によっては返事が遅くなるかと思ったけど、そんなことはなく返事が来る。
『連絡ありがとう。大事な話って言うのは、1月2日は特に何もないんだよね?って確認』
…1月2日は元々、僕が更紗の家族と一緒に夕飯を食べようと約束した日だ。昨日のことで2日は特に何もなくなったと思うんだけど、何をするつもりなんだろう?
「確かに、家族も僕自身も用事はないかな」
と返事をすると、更紗の方から、
『それじゃあ、慎吾の家に新年のご挨拶に伺ってもいいかな?お父さん付きだけど…』
お父さんがご挨拶に伺おうと…僕は別に構わないけど、家としてはどうなんだろう?ちょっと自信がないから、僕はこう書いてみた。
「父さん母さんに聞いてみるね。多分大丈夫だと思うけど…」
それに対して更紗は、
『いい返事、期待してるね』
と色のいい返事を待っているようだった。
僕は、リビングに降りてリビングの整理をしていた父さんに話しかける。
「父さん、今いい?」
「ん?なんだ、慎吾?」
「今、更紗からライナーが入って、2日に更紗とお父さんで新年のご挨拶に来たいんだって」
「え?うちにか?」
父さんは少しばかり驚いた顔をする。
「もちろん、そうだよ」
「ふむ…」
リビングに置いてあった母さんの雑誌や、新聞の整理をしながら父さんは少し考えて、
「まぁ、別に構わないと思うよ。母さんに一度話してみなさい。多分何もいわずにOKすると思うけど」
と言ってくれた。
「ありがと、父さん」
「ああ。いいお父さんなんだろ?」
「うん、車も好きだから、父さんと意気投合するかもね」
「それは、楽しみだ」
父さんは、少し頬を緩ませた。じゃ、次は母さんだ。母さんは、お昼ご飯を作るためにキッチンにいるはず。
キッチンに向かうと、予想通り母さんは料理をしていた。
「あれ?慎ちゃん、どうしたの?」
母さんが、僕がキッチンに入ってきたことに不思議そうな顔をする。
「ああ、ついさっき、更紗からライナーが入ってさ、正月2日にお父さんと一緒にうちに来たいんだって。正月のご挨拶をしたいからって」
そう僕が答えると、母さんは「え?」と目を丸くする。
「更紗ちゃんが来るのは全然構わないんだけど、お父さんも見えるの?それは急な話ね…」
「僕も、どういう意図があるのかは分からないんだけど…」
「まぁ、お互い様だからかな、とは思うわ。それと、昨日の件が大きいかもね。更紗ちゃんだけじゃなくて、お父様にも恩を売った形になったから、それでご挨拶というのかもしれないわね。それに…」
「2日は元々、僕が更紗の家族と晩ご飯を食べる予定だったからね」
母さんは、僕の言葉に頷くと、
「それもあって、もしかしたら何かしら用意されていたのかもしれないわね。うん、でも、こちらとしては断る理由もないし、来ていただいたらどうかな?慎ちゃんも、更紗ちゃんと会えるのは嬉しいでしょ?」
「元日も初詣で会うけど、毎日会うのは確かに嬉しいよ」
僕がそう言うと母さんは笑って、
「じゃ、来てもらいなさい。返事、しておいてね。こっちも、何かしら用意するから」
「りょ~」
僕は自分の部屋に引っ込むと、更紗にライナーを打つ。
「OKだよ~2日、何時頃に来るか、何か用意するものがあれば教えて!」
送信して数分、ピコっと更紗からの返信が来る。
『えっとね、11時頃かなぁ…特に用意するものはないよ。ご挨拶だけして、すぐ帰る予定だから』
そっか、すぐに帰っちゃうか…ちょっと残念だけど、直接顔を合わせて話しできるのは有り難いから、
「うん、分かった。それじゃ、待ってるね」
と返事を返す。彼女からは、「ありがとう」といつものスタンプが送られてきた。
(う~ん、早く正月にならないかなぁ…)
僕は、そう思いながら取りあえずリビングへ。父さんに、「11時頃に来るって。すぐに帰るから、お構いなくって言ってたよ」と報告すると、父さんは「分かった」と頷いた。
母さんも、できた料理をリビングに持ってきていたところで一緒に話を聞いて、「そんな時間なら、昼食を食べてもらってもいいわね…」となにやら考えている風だった。
昼ご飯を食べて、それからは掃除も一段落したので冬休みの課題に取り組む。数学と英語は既に終わらせてあって、国語と理科を中心に今日は課題をこなす。
2時間ほどでひとまず休憩を挟んでからもう3時間。計5時間も勉強したら、夕飯だ。
夕飯を食べたあとはちょっとだけ「楽しい仲間」内のライナーでの会話を楽しみ、お風呂に入ってもうひと勉強。そして、0時には床に就く。
いよいよ明日は大晦日。この一年が終わる日だ。
明日は何をしようか…課題と、年越しそば買いに行かなくちゃ…と思いながら、僕は眠りについた。
大晦日は、私と綸子、二人で料理を作るのがここ2年の恒例行事になっている。
正月に食べるための煮物を作るのが私たちの今年最後の仕事。年越しそばは、近所のおそば屋さんで出前を取るとお父さんが手配してくれているから、私たちは、煮物作りに専念できる。
人参、里芋、大根、ゴボウにレンコン、コンニャクにシイタケと鶏肉をそれぞれ一口大の大きさに切り、そして、薄揚げを開いて四半分にし、巻いて爪楊枝で止める。
これらを煮て、お酒とみりん、醤油と塩、砂糖で味付けをする。これが、お母さんの残してくれたレシピだ。
二人でそれぞれの材料を切ると、あっという間に具材で鍋がいっぱいになる。
「ホント、この煮物美味しいよね」
私が言うと綸子は、
「そうだね、お姉ちゃん。これを食べないと、お正月って感じじゃないよね」
と言う。確かに、私もそうだ。この煮物を食べないと、お正月が来たって感じにならない。逆に、これを食べることで、新年を迎えたって言える。
この煮物は、今日も少し食べるけど、明日の元旦、朝ご飯のメインだし、炭水化物はご飯じゃなくてお餅、つまりは雑煮をするんだ。
昨日の仲間内ライナーで話をしていたんだけど、どうもこの地域の雑煮は具材を入れずに昆布と醤油で味付けをした出汁に、茹でて柔らかくなったお餅を投下して鰹節をパラリとかけるだけのシンプルな雑煮らしい。それもそれで美味しそうだから、郷に入っては郷に従うの精神でその雑煮をするつもり。
野菜と肉を煮ていると灰汁が出てくるから、それを取りながらテレビを見る。あと十時間程度で今年が終わる。今年流行した歌やもの、言葉が次々と紹介されるけど、私は半分くらい、綸子は8割くらいは知っていた。
さすが陽キャは流行を追うね~なんて事言ってもどうしようもない。
「お姉ちゃんはさ、東条さんにこの煮物食べてほしいと思わないの?」
「勿論思うよ。…2日に持って行こうかな?」
綸子の言葉に、私は思わずそう言ってしまう。綸子は顔をにや~っとさせて、
「そんな事だろうと思った。良いんじゃないかな。手伝うよ。でも、一つ条件」
と私に交換条件を突きつけてくる。
「な、なに?」
「私も、2日に東条さんの家に連れて行ってよ」
なぁんだ、そんな事なら大丈夫。
「いいわよ」
即答した私の顔をちょっと意外そうな顔で綸子は見る。
「あれ?お姉ちゃんは東条さんを独占したいだろうから断るかと思ったのに…意外」
「私だって、そこまで綸子を邪険に扱ったりしないよ。それに、慎吾のこと信じてるし」
そう言うと、綸子は少し小さくため息をついて、
「…まぁ、そうだよね。うん、いつも生意気なことばっかり言ってるのに大切に思っていくれているの分かるから。私もお姉ちゃんのこと大好きなんだよね。だから、東条さんのことは好きだけど、憧れで、理想にしているの」
と言うものだから、私は彼女を慰めるというわけじゃないけど、思っていることを話す。
「…綸子にも、そんな理想の彼氏ができると思うよ。だって、綸子って陽キャだけど人を見る目はしっかりしているんだもの」
「ありがとう」
私の言葉に綸子は礼を言ってくれたくらいで、煮物も大体仕上がる。
私たちは小さい器に2,3種の具をよそい、味見。
…うん!今年も良い出来だ。
「美味しいね」「うん、今年も上出来!」
二人でハイタッチをしてスマホを見ると、時計は15時を回っていた。お父さんは今年最後の出勤だけど、大晦日だからいつもより早く、この時間くらいに職場を出るっていていたけど、2日で道路から雪は消えたから、どんなに遅くても16時までには帰ってくるだろう。
「ひとまず、煮物もできたしゆっくりしようか」
私の提案に綸子も了承して、今年最後の数時間をまったりと過ごす。
そのうち、お父さんも帰ってきて煮物を味見してもらう。お父さんからもお墨付きをもらい、2日に持って行く――勿論、新しく作ってだけど――ことを了解してくれた。東条家に持って行く包みもお父さんはもうすでに手配してあり、今日中には届くらしい。
そんな事を話しているうちに18時を回り、そば屋から出前が届く。3人でそばをすするけど、おろしそばって結構美味しいかも。あまり食べたことなかったけど、大根おろしの辛みがそばに絡むと結構美味しく感じる。綸子はちょっと苦手みたいだったけど、お父さんは「これは美味い」と言いながらあっという間に平らげていたっけ。私も好きだな、この味わい。
そして、そのあとはお風呂に入って紅白を見て過ごす。その間に、慎吾からライナーが入った。いつもの待ち合わせ場所である、商店街の入り口の対面にある公園からさほど離れていない神社に初詣に行かないかというお誘いだ。
私はお父さんに聞くと「あまり遅くならないように」とだけ言って了承してくれたから、慎吾に「行こうね」とメッセージを送る。慎吾からは、なにやら怪しい踊りを踊っているアニメーション入りのスタンプが送られてきた。
そして、「それじゃ、0時頃に商店街の入り口で待ってる」というメッセージも彼から送られてきた。私も「よろしくお願いします!」と言っているキャラクターのスタンプを送り、その時間を待ち遠しく思いながら紅白を見る。
紗友梨さんや和子さん、夢衣ちゃんたちとグループライナーで「あのグループは格好良かった!」とか、「やっぱりこの人は歌が上手いよね」とかメッセージを飛ばし合いながら楽しく時間を過ごしていると、あっという間に23時45分になる。
「それじゃ、慎吾と初詣に行ってくるね!」
とグループライナーにメッセージを打って、お父さんと綸子にもそう告げて家を出る。
「気をつけて行ってらっしゃい」
と言うお父さんと綸子の見送りの言葉を背に受けて、私は玄関を出た。
いつもの待ち合わせ場所まではほんの10分程度だけど、商店街はLEDの街灯が明るく道路を照らしている。またお店はいくつか飲食店が開いているだけで、それ以外の店舗は年末年始のお休みで暗くなっている。でも、慎吾が言っている神社に行く人が多いのか、思いの外人通りがある。また、29日に降った雪は歩道からだいたい消えているけど、まだ少し残っているところもあり、雪道に慣れていない私は、できる限り雪のないところを歩く。
今日の服装は、白のニットセーターにスリムフィットジーンズ、ミドルブーツ。一番上にはブラウンのダッフルコートに、慎吾からもらったマフラーをして、十分に暖かい。
待ち合わせ場所に着くと、慎吾も同時にやってきた。慎吾はいつものフーディーにニット帽、私がプレゼントしたマフラー。下は黒のスキニージーンズと、冬用のメンズブーツを履いていた。うん、いつ見ても似合うなと思う。
「やぁ、更紗。ありがとね」
「うん、慎吾。大丈夫だよ」
私たちは軽くやりとりして時計を確認する。23時58分だった。
「それじゃ、歩こう。5分くらいで着くよ」
「分かった。エスコート、お願いね」
そう言って、私は慎吾の左腕に両手を絡め、少しだけ慎吾に体重を預ける。
慎吾は特に何も言わなかったけど、何となく心拍が早くなっている気がするのを察する。
ちょっと歩いてスマホをチェックすると、時計は0時ちょうどを指していた。
「慎吾、新年あけましておめでとう!今年もいい年にしようね!」
私がそう言うと、慎吾も笑顔で、
「新年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
と畏まった挨拶をする。また、それとともに、私たちのスマホがピコン!ピコン!とけたたましく通知を告げる。
友達からの「あけおめ、ことよろ」メッセージだろう。私たちは一旦停まって、一通り挨拶を返す。
暫く返していたら通知も収まったので、私たちは改めて神社に向かった。
「いや、やっぱり一気にみんな送ってくるよね」
「そうだね。これはこれで楽しいんだけどね」
私は慎吾の言葉にうんうん、と頷いて今度は恋人繋ぎをする。
神社は既に100人程度の参拝客がいて、少しばかり並んでいった。
「これを待つのは楽だよね、この前のアレに比べたらさ」
と、慎吾は初キスをしたあのときのダブルデートを引き合いに出す。
「そうね。初詣だから、結構さっと順番は流れてくるね」
「うん。って言ってる側から流れるし」
話している間に、2歩3歩と前に進んでいく。この時間もやっぱり楽しくて。
10分程度で私たちの順番が来た。
私の願い?もちろん、決まってる。
――今年も、慎吾と一緒に幸せに過ごせますように――
僕の願いは、「今年も、更紗と幸せに過ごせますように」だ。彼女と楽しく過ごしていきたい、ただ、それだけだった。
更紗を家まで送り、自分の家に帰り着くと、午前1時を回るところだった。初詣のあとは、自販機で温かいコーヒーを買って、話しをしなら帰っただけ。
どうせ、また昼前にも会えるんだけど、やっぱり新年最初の時間は恋人と過ごしたいなって思ったから、今はそれだけで十分だ。
家に帰ってからすぐに着替えてベッドに潜り込み、眠りについた。
朝、「雑煮ができたから降りてきなさい」という母さんの呼びかけにようやく目を覚ます。時計は、8時を回ったくらい。かれこれ7時間くらい寝ていたのか…まぁ、正月だし、これくらいは寝かせてもらえるといいかなと。
僕はちょっと眠い目をこすってスマホを確認しながら降りる。
今日の初詣は、午前11時に学園の近くにある護国神社に僕と更紗、幸弘に夢衣、大木さん中山さんと中山さんのお兄さんで集合することになっている。
ただ、女性陣は女性陣で何か用事があるようで、4人一緒に神社で集合するとのこと。お兄さんの車に乗せてもらうらしいから、僕と幸弘の2人だけでまずは向かうことにしようと幸弘と話して決めた。
雑煮を食べて暫く音ゲーをする。時計を見ると9時になったばかりなんだけど、何か手持ち無沙汰になって出かけたい気分の方が大きくなる。更紗にライナーを送ったけど、『今夢衣ちゃんたちと色々支度していて忙しいから、あとでね。ゴメン』というつれない返事をもらって凹んでいたのも事実。
だから、幸弘にライナーを送って、「ちょっと先に出てゲーセン行こうぜ」と誘うと、幸弘も「いいぜ」と言うことだったので、僕は家族に「まだ早いけど、幸弘と遊んでから初詣に行くよ」と言って、商店街へ向かった。
商店街の一角にゲーセンがあり、そこには僕がよくやる音ゲーも置いてある。幸弘もたまにやるけど、彼は別のダンス系の音ゲーの方が専門だ。
「相変わらず、よくやるよな」
僕のリザルトに対して、幸弘は感嘆の声を上げる。確かに、今プレイした曲は難易度としてはかなり上の方で、幸弘は手も足も出ないから、難易度を落としたモードでプレイしていた。でも、それを言ったら幸弘のプレイするダンス系の曲だって、僕は全然難易度の高いのはできないわけで、「それは、お互い様だろ?」と言う。
僕の言葉に「それもそうか」とちょっとニヒルな微笑みを浮かべた幸弘は、「じゃ、次はこっちをやるか」と幸弘の得意な音ゲーのプレイを始める。僕も一緒にやるけど、彼の難易度の高さに僕はついて行けないから、僕も難易度を落としたモードでプレイする。
これくらいが身体の動きとしてもちょうど良くて、僕には十分だと思うけど、幸弘の動きは本当に俊敏すぎる。185センチの大柄な体格のどこにそんな瞬発力が隠れているのかと、小1時間問い詰めたい気分だ…と言うのはもちろん冗談だけど。
そんな風に遊んでいたら、時間も10時半と、そろそろ向かわないといけない時間になってきたので、僕たちは護国神社へと向かった。
その間、お互いの恋人の話になる。
「付き合い始めてまだ1週間だけど、夢衣とはどう?」
僕は幸弘に聞いてみる。幸弘は満面の笑みで、
「幸せすぎて言葉ないぞ。28日もちょっとエッチなことしちゃったりな」
「え…?」
エッチなこと…お前…
「早くね?」
思わず僕が勢い込んで聞くと、幸弘は笑って、
「いやな、授業最終日って、部活も最終日だったろ?結構張り切って打ち込んで疲れたのか、お前達と別れたあと夢衣の家に寄って、リビングでくつろいでいたら眠くなってな…気づいたら夢衣が膝枕してくれていたのよ」
膝枕(Hizamakura)…の頭文字かよ!
「あ、あははは…」
もう、苦笑いするしかない。
「なんだ?もっといやらしいことをしたのかと思ったか?」
意地悪そうな表情で聞いてくる幸弘に隠し事をしても仕方ないので、「ああ」と頷くと、
「さすがに、1週間じゃ早すぎるし、俺も順序はしっかりしたいしな。何より、夢衣を大切にしたい気持ちは、お前が大原さんを大切にしている気持ちに負けないくらいと自負しているんだが」
と言う。そっか、そうだよな…
「ああ、そうだな。ついエッチなことと言われて正直嫉妬したし、夢衣とだからなおのことな…うん、少し複雑な気持ちだよ」
「…初恋の人だからな、お前にとって。それは、俺にとってもだけどな。気持ち、分かる気がする。でも、お前は大原さんを選んだ。だよな?」
そう言われて、僕はその気持ちをもう一度強く感じると、
「そうだよ。だから、もう、迷わないよ。ありがとう幸弘、色々気づかされた」
「いや、俺もわざととはいえ紛らわしいことを言ってお前を混乱させたのは、悪かったよ…」
ちょっと二人の間が暗くなる。でも――
「で、お前はこの前、大原さんのところと家族ぐるみで良い感じになったんだろ?もう、結婚でも何でも、マジで成人したらすぐにでもできるんじゃないか?」
なんて幸弘がぶっ込んでくる。それは僕もそんなことを言ってくる頃かなと読んでいたので、
「ああ、それ、マジであり得るよね。と言うか、状況が許せばそうなっても僕は構わないと思ってるよ。ちなみに、明日、更紗と、お父さん、妹の綸子ちゃんと家族揃ってうちに来ることになってるよ」
と冷静に返す。
「うわ…それマジでもう婚約してもおかしくない状態じゃないか。お前らの方こそ早すぎだろ?まだ付き合い始めて2ヶ月ちょいだろうに」
幸弘が興奮気味に話すのを「どうどう」となだめて、
「そうかもしれない。でも、そうなっても良いくらい、一緒にいて居心地の良いのは、お前達には申し訳ないけど、更紗が一番。幸弘と夢衣は二番に落ちてしまったけどな」
「そうか、それならしゃーないな。まぁ、明日うまくいくことを祈ってるぜ」
「お、サンキュ」
なんて話をしながら神社に着くと時間は10時55分。ちょうどいい時間だ。
…と思ったけど、もう既に4人は到着していた。でも、少し違和感を感じる。
それもそのはず…着物を着ていたんだ。
更紗は黄色がメインで、夢衣はえんじ色、大木さんは緑で中山さんは濃い紫。それぞれの性格が出てるのかな、それぞれがすごく似合っていた。
「うわ、みんなすごいね!どこで着付けをしてきたの?」
僕が聞くと、中山さんが「うちよ。お祖母ちゃん、着付け教室の先生だから、着物ごと借りてね」と言ってくれた。すごいな…。
個性の違う美女4人が着物で練り歩く姿は圧巻で、周りから結構注目されていたけど、中山さんのお兄さん――根は優しいけど、強面――が一緒にいるからか、誰からも声をかけられずに初詣をすることができた。まぁ、平均身長180cmの男3人が一緒(ちなみに、僕が一番低い175cmなのだけど)だと威圧感も相当あっただろう。
ここでもやっぱり、「更紗と幸せに過ごせますように」という願いとともに、「バドミントンの成果が出ますように」というお願いもしてみた。
更紗に何を願ったか聞くと、「な・い・しょ」と返ってきたけど、その表情がいかにも可愛くて、やっぱりこの人と一緒に過ごせるのは幸せなことなんだと改めて感じることができたことがすごく嬉しい。
中山さんや大木さんからは、「正月最初から、仲の良い二人のいちゃつきぶりに当てられるわ。それに、夢衣ちゃんもいつの間にか矢野くんと付き合うようになっちゃって、びっくりよ」と言われて恥ずかしかったけど、でも、それだけ仲良くいられている証拠だと思っている。
「ねぇ、おみくじ引こうよ!」と更紗に言われて、僕たちはおみくじを引く。
ガサゴソとおみくじを引いて、みんなで一斉に開く。
「吉…」と僕が言うと、更紗は「大吉よ」。夢衣は「中吉」、幸弘は「大吉」、大木さんは「吉」で、中山さんは「大吉」と凶が一人もいなくて良かったかなと思う。
「「吉」でも中身が大事だからね」
と負け惜しみを言って、僕は中身を見てみる。まぁ、「失せ物」が見つかるとか、「恋愛」は大きい動きはあるが、全体として吉とあって、ちょっと胸をなで下ろす。
「更紗はどう?」
僕は気になって中身を聞くと、「全体的に悪くないかな」と言って見せてくれた。
確かに、悪いことは特に書いてないから大丈夫なのだろう。
「じゃ、樹にくくりつけよう」
叶えばいい方の樹におみくじをくくりつけ、もう一度頭を下げた。
「うん、今日はこれで解散かなぁ…」
更紗が言うと、夢衣も「そうですね…幸弘さんともう少し一緒にいたい気もしますけど…更紗さんも同じ気持ちですよね?」と続く。
「そうね…でも、着物を汚すわけにもいかないから、また会うにしても、一度戻って着物を脱いでからの方がいいと思うんだ」
「そうですね。そうしましょうか?」
二人の様子に、大木さんと中山さんが、
「夢衣ちゃん、すごく自分を出すようになったよね。びっくりよ」「ホントにね」
そう言うと、更紗も、
「相手が矢野くんだから…昔から知っているから話しやすいのかな?」
そう言って夢衣の顔を覗き込む。
「そうですね、もちろんそれも大きいですけど、私自身、変わらないとって思うこともあるんです。これまでは、自分の思いを上手く相手に伝えられなかった。それで後悔していることもあるんです。だから、これからは後悔しないよう、自分の思いはきちんと伝えていきたい。その練習をしていこうと思っています」
夢衣は、少し顔を赤らめるけど、その表情は恥ずかしいではなく、決意に満ちていた。
こんな夢衣を見るのは、僕は初めてだった。幸弘が2ヶ月かけて…いや、物心着いた頃から十数年かけて育んできた想いを、夢衣はきちんと受け止めて、そして、幸弘とともに並んでいこうと思ったからこその決意なんだろうと思った。
…そんな風にできなかった自分が不甲斐ないと思う。嫉妬も全くないとはやっぱり言えない。でも、二人がそうやって幸せになっていきたいと願うのであれば、僕は更紗と一緒に二人をもり立てていきたいと思う。
「強くなったね、夢衣ちゃん。初めて話した頃のあのおどおどした表情からは、考えられないくらい本当に、強くなったよ」
更紗がそう言って目を細める。
「そう、でしょうか?」
夢衣は自信なさげに言うけど、
「大丈夫!出会ってまだ2ヶ月の更紗がそう言うくらい変わったの、私たちでも十分感じているよ!中学部や高校1年の時なんて、もっともっと、自信なさげと言うか、本当に『儚い感じがする』って位だったのに、今は少しずつ自信がついてきているって思う」
中山さんも、
「そうね。夢衣ちゃんは、何に対しても臆病だったと思う。でも、今はそんなことないよね?だって、夢衣ちゃんから告白したくらい、自分の殻を割って勇気を持てたんでしょ?」
大木さんも、今の夢衣がすっかり変わったことを感じている。
それらの言葉を聞いて、ついさっきまで胸の中にあった夢衣や幸弘に対する複雑な気持ちがす~っと解消されていくのを感じた。
正月から、すごく晴れやかな気分になった。今年は本当にいい1年になりそうだ、そんな予感がした。
明けて、1月2日。お父さん、綸子と3人で慎吾の家に行く日。
昨日は慎吾、矢野くんと別れたあと、和子さんの家に再び行って和服を返してから、その日は解散。
実のところ、和服を着たのは七五三の時以来だったからすごい緊張した。汚さないように、とか色々気を張っていたから何気に疲れちゃったから、夢衣ちゃんと話をしてその日はもう帰ろうということになった。慎吾と矢野くんにはそれぞれ自分たちから「ゴメンね」とライナーを送ったけど、二人とも私たちのことを慮ってくれるから、『いいよ~疲れた時はゆっくり休もう』というニュアンスの言葉がそれぞれから返ってきた。
家に帰ってから、お昼ご飯のあと実のところ1時間くらいお昼寝しちゃった。…体重計がちょっと怖い。でも、翌日のことを考えて、綸子と二人で件の煮物を作って、タッパーに入れて保管した。
そして今日、いよいよ慎吾の家に行く。実は昨日、寝る前にふっと思い出して、
「寝てたらゴメンね。慎吾、車で行っても大丈夫?」
って、ライナーで聞いてみたら、
『大丈夫だよ。あと1台は停めるスペースあるから』
って返ってきて、お言葉に甘えることにさせてもらった。
「それじゃ、行こうか?」
10時45分。お父さんが準備がちょうど終わった私と綸子を促す。私たちは、「うん!」と言って、お父さんの車に乗り、慎吾の家へ。私は数回入っているけど、お父さんと綸子は勿論初めてだ。
「結構大きい家だね」
4台分入るカーポートがあって、結構横に広い土地。でも、家そのものはそこまで大きくはないようだけど、それでも私たちから見たら十分大きな家だ。
車を停めて、降りると、音で分かったのか、慎吾が玄関を開けて出てきてくれた。
「いらっしゃい、更紗、綸子ちゃん、そして、お父さん」
「ありがとう、慎吾」「こんにちは、東条さん」「急な話で悪かったね。でも、セッティングしてくれてありがとう、慎吾くん」
私たちは慎吾にそれぞれ挨拶をして、家に招き入れられる。
まずは、玄関先で慎吾のお父さん、お母さんに挨拶。
「急な話で申し訳ありませんでした。できれば、お互い時間のあるときにご挨拶をと思いまして、こんな時期になってしまいました。快く受け入れて下さり、ありがとうございます」
お父さんは、二人に丁寧な挨拶をする。
「そして、年末はお兄さんと慎吾くんに助けていただきました。これは、そのお礼です。つまらないものですが、お受け取りいただけると幸いです」
そして、通販で買った有名洋菓子店のクッキーセットを差し出した。
「いえいえ。二人は確かに助けたかもしれませんが、こんなお礼をいただくためにしたわけではございません。でも、こうしてご丁寧にしていただいて、どうして受け取らないという無礼ができましょうか」
慎吾のお父さんも、すごく丁寧な言い回しで私たちのお礼を受け取っていただいた。
「少し、上がりませんか?」と言う慎吾のお父さんの言葉に、お父さんは「いえ、こうしてお礼だけでもと思ったので…」と固辞しようとするけど、慎吾のお母さんが、
「あらあら。そうおっしゃらずにお上がり下さい。更紗ちゃんに綸子ちゃんが来るって聞いて、姉の伊緒奈が楽しみにしているんです。それに、少し早いですがお昼も用意してありますので、一緒に食べていって下さいね」
そう言われて、私はついその気になってしまう。そして、それまで空気だった綸子がパッと目を輝かせる。綸子が持っていたタッパーを差し出して、
「これ、私とお姉ちゃんで作った煮物なんです。ぜひ東条さんに食べてもらいたいって思ってたので、一緒に食べていただいても良いですか?」
と言う。お母さんはクスッと笑って、
「ええ、勿論良いわよ。二人のお母さんのレシピなのかしら?すごく楽しみよ」
と言うものだから、私と綸子はもう上がる気満々になってしまった。
「いいよね、お父さん!」
綸子が言うと、お父さんは観念した感じで、
「分かったよ。すみません。お言葉に甘えさせていただきます」
と慎吾のお父さんお母さんに頭を下げる。
「ありがとう、お父さん。お邪魔します」
綸子と私は靴を脱ぎ、つま先を扉に向けるように靴をきちんと揃えてから、慎吾の家に上がる。少し遅れて、お父さんも上がってきた。
「きちんと靴を揃えるところ、いいわね」
慎吾のお母さんが感心する。
「はい、これはずっと守らせてきました。ちょっとした所作に差は現れると思いましたので」
お父さんがお母さんの言葉にそう返すと、「そうですね、それを守れるいいお嬢さんですね」とお母さんも納得していた。
綸子は本当に子どもらしいはしゃぎかたでリビングに入る。するとそこには晴城お兄さんと伊緒奈お姉さんがいた。
「あ、いらっしゃい!」「あら、可愛い!JC?更紗ちゃんの妹ちゃん?」
伊緒奈お姉さんが綸子に反応して大きな声を上げる。綸子はちょっと驚いて、
「あ、はい!大原綸子と言います。明けましておめでとうございます。そして、初めまして。よろしくお願いします!」
「あらあら、とってもいい妹ちゃんね!さ、こっちにいらっしゃい。お昼一緒に食べましょう」
最初から昼食に誘うつもりだったみたいで、もうダイニングには昼食の準備ができていた。
お寿司が8人前くらい?沢山あるし、それにってーブルの中央には鍋が1つ。横には牛肉と春菊やネギ、木綿豆腐…すき焼きでもするのかな?
「さぁ、食べましょう。大原さん、ビールはいかがですか?」
慎吾のお母さんはそう言って、鍋に火を付ける。お父さんは、
「車で来ているので、アルコールは遠慮させてください」
「分かりました。じゃあ、ノンアルでいかがですか?」
「それなら歓迎です」
お父さんもすっかり昼食を食べる気満々になっている。
鍋が温まってきたら、牛脂を入れて、まずは肉を焼く。それから野菜類と醤油に砂糖。至って作り方はシンプルだけど、それが美味しいのは分かっている。
「さぁ、召し上がれ」
と言うお母さんの言葉に、私たちは箸を運んで小鉢に入れ、食べる。
「美味しい~」「いいよね」
私と綸子はほっぺに手を当てて、おいしさを強調する。やっぱり美味しいものは美味しいとハッキリ言う方が気持ちいい。
「だよね、うちは毎年こうなんだよ。これを食べる時が正月なんだってね」
慎吾の言葉に私は頷いて、
「そういう恒例行事ってあるよね!今日私たちが持ってきた煮物もそうなんだよ。これを作って年末を、食べて正月を実感していたの」
「なるほど、そうなんだね。確かにこの煮物もとっても美味しいよ」
「良かった、口に合ったみたいで」
私は胸をなで下ろすと、
「いやいや、何を言ってるんだよ。これまで、更紗の作ってくれた料理が、1つも「いまいち」みたいな言葉を使って返したことがある?」
と慎吾が言う。そう言われれば、「美味しい」「これ好き」「バッチリ」以外の言葉で返ってくることはそうそうなかったし、「あまり」「美味しくない」のような否定の言葉は確かになかったね。
「ホント、姉妹揃って料理が上手なのって、本当にすごいね。あたしの奥さんになって~」なんて伊緒奈お姉さんが言うんだけど、「ずぼらなあんたにはもったいなさ過ぎるわよ」と母さんに言われて「え~」っと不満の声を上げる。
だけどそこで綸子が、
「お姉ちゃんもずぼらですから、大丈夫ですよ」
なんて言うものだから、「こら綸子!」と私は思わず声が少し大きくなる。
「ん?どうしたの?」
お父さん同士、車の話の輪の中にいた慎吾が私に話しかける。
「あ、うん…何でもないよ」
「ええ、東条さん、何でもないですよ」
と、私と綸子で取り繕うけど、伊緒奈お姉さんがニヤニヤしながら「慎ちゃん、ずぼらな女は嫌い?」っと爆弾を炸裂させようとする。
「いや…好きとか嫌いとかじゃなくて、好きになった子がずぼらだったといっても全然嫌いになるとかないから」
慎吾はその爆弾を爆発させることなく不発どころかきれいに処理してしまう。
「慎吾、ありがと」
思わず礼を言ってしまって、慎吾が「え?更紗のこと?」と聞くものだから、私自身が墓穴を掘ってしまったことにこのときに気づいて「あ…」と固まる。
でも、慎吾は私の頭をなでて、「全然構わないよ。そんなところも含めて、僕は更紗が大好きなんだよ。ずぼらって、前に綸子ちゃんも言っていたからね。そんなところ見たことないけど」なんて言うから、私は慎吾の胸を叩きながら「バカ」と言う。
そんな私たちの様子を見て、「お似合いの二人ね~」とお母さんや晴城お兄さんがからかう。
ちょっと恥ずかしくて、この場にいたくないなぁと思ったら、慎吾が、
「そういえば、この前言っていた映画でも見ない?隣の部屋に見に行こう」
と誘ってくれた。確かに、12時を少し回って、お腹も満たされたし、お父さん同士も話に盛り上がっているから、暫くは帰ることもないと思う。私は、「いいよ」と言うと、慎吾は私を立たせて隣の部屋に案内してくれる。
「ちょっと更紗と映画見てくる」
と慎吾が言うと、綸子が「私も行っていい?」と聞くから、「別にいいよね、慎吾?」と慎吾に質問する。彼はふっと笑って「もちろん、いいよ」と答えてくれるから、綸子も「よし!」とガッツポーズを作って、手を握っている私と逆方向の慎吾の腕を掴む。
「両手に花だな」
晴城お兄さんの言葉に、伊緒奈お姉さんも「慎吾も隅に置けないねぇ」とからかう。
そんな二人の声を背に受けて、私たちはリビングダイニングを出て、隣のテレビがある部屋に入った。こっちもリビングとして使えそうな部屋だ。その部屋のソファにどっかと腰をかけた慎吾は、慣れた手つきでリモコンを操作して、あっという間に映画が再生される。
かわいらしいモンスターのような小さい生き物たちが、ボスと崇める怪盗と色々しながら敵をやっつける映画。怪盗って、正義の味方じゃないけど、主人公として見ると思ったより格好いいのかもしれないな、と感じた。それは、国民的人気アニメのキャラクターでもそうだよね。
基本的に、この映画は子ども向けな要素もあるから、小学生が笑いそうなところも沢山ある。そんな場面で慎吾は爆笑することがあって、やっぱり男の子なんだなって思う。なんて言うか、単純っていうか…。でも、そんな慎吾の笑い顔を見て過ごす時間が貴重だなって思って、私もつい笑顔になる。
それは綸子も同じだったみたいで、「東条さん、今のところ面白かったですね」と綸子も笑いながら慎吾に話しかける。彼も、綸子に微笑みながら「あり得ないだろって思うけど、笑っちゃうね」と答える。そんな二人を見て、私はちょっとムスッとする。
「更紗、どうしたの?」
慎吾の声に自分がムスッとしていたことを見透かされたみたいで、つい、
「ううん。何でもない」
と答える。慎吾はちょっと腑に落ちない表情を見せるけど、「まぁ、いいけど」と言ってテレビ画面の方を向く。
…正月からちょっと嫌な気持ちになっちゃった…反省。
その後、私はほとんど慎吾と喋ることなく、映画は終わる。
「おもしろかったね、更紗。どうだった?」
慎吾のことばかり考えていて、あまり覚えてないけど、「うん、まあまあ楽しめたよ。ありがとう」とちょっと誤魔化す。
「…ホント?ちょっと上の空だったように見えたけど…綸子ちゃん、先にリビングに戻ってくれない?更紗と二人で話をしたいから」
綸子はちょっと不満顔をするけど、「分かりました」と言って部屋から出る。
二人きりになったところで、慎吾が口を開く。
「さっきから、ぼ~っとしていた感じに見えたよ。体調悪かった?」
「ううん。違うよ…」
「じゃ、どうしたの?」
私が歯切れ悪く返事をすると、慎吾は少し強めに聞いてくる。
やっぱり、慎吾に隠し事はできないね。正直に話すことにした。
「綸子と話しているところを見て、嫉妬しちゃったんだよね。信じているはずなのに…綸子が慎吾への好意を隠さないからだと思うんだけど…」
紗友梨さんや和子さんが慎吾と話している時は感じたことのない感情が綸子と話をしている時には頭をもたげて出てくる。
「そっか、ゴメン。僕も不用意だったね。元々二人で見る予定だったところを、綸子ちゃんも見て良いよって言ったところから、そんな感じなんだろうな…これから気をつけるよ」
「ううん、こっちこそゴメン。私も気をつけるから」
それから二人でリビングに戻ると、お父さん二人はリビングのパソコンを開いて、なにやら熱心に見ていた。
「おお、慎ちゃん。ここ、頼んでおくから4人で行こうか?」
と慎吾のお父さんが見せてくれたのは、「鈴鹿サーキット」のホームページ。
「え?4月のF1?行きたい!でも、そのあたりって強化大会が2週間後にあるから、あまり休みたくないんだよね…」
慎吾は最初興奮気味だったけど、部活のことを思い出して急にトーンダウンする。
「そうか…それは仕方ないかな…」
と慎吾のお父さんは残念そうな顔をして、私のお父さんともう一度ひそひそと話を始める。
何を話しているのか気になったけど、デザートの水ようかん(こっちでは、これが冬の味覚なのだそうで、驚いた)を食べながら慎吾や綸子、晴城お兄さんに伊緒奈お姉さんと話をしていると、慎吾のお父さんが私と慎吾を呼んだ。
「どうしたの?」
慎吾が尋ねると、慎吾のお父さんは口を開いた。
「それじゃ、来年にしよう。来年なら2人とも大学にそのまま上がるだけだろうからさして生活に大きく変化しないと思うし、綸子ちゃんが高校生になるのだろうけど、部活も決める前だと思うからそんなに負担にならないと思うのだけど?」
慎吾のお父さんはそう言って、聞いてくる。
「来年のF1カレンダーはまだ分からないけど、1年で変えるとは思わないから、僕は全然それで構わないけど、更紗もそれで良い?」
慎吾からいきなり話を振られて「え?」と声が出ちゃったけど、確かに、この前最終戦をダイジェストと称して慎吾がピックアップした場面を何カ所か見せてもらって、面白いと感じたことも事実だから、ちょっと見てみたい気持ちもある。
「うん、来年なら、良いかな。でも、強化大会って、そんな時期にあるんだね」
「そう、結構早いよね。まぁ、春季総体のシード決めなんだろうけど。それにしても、二人でその話に盛り上がってたんだね、父さん」
「ああ。すまんな。それでな、鈴鹿へは俺たち父親二人して行くことになったから」
え?お父さんと二人で行くの?私と綸子を置いて?
「すまん、更紗、綸子。私のいない間は、ここで寝泊まりして良いとお二人に言われてしまってね。ついOKしてしまった」
お父さんはそう言って私と綸子に手を合わせる。
「まぁ、いいんじゃない?私と綸子のために働いてくれているんだから、たまには羽を伸ばしに行くのも」
私はお父さんにそう言う。ホント、いつも私たちのことばかりを考えていてくれているから、そういう時もないといけないんじゃないかな、と思う。
だから、私は努めて明るくそう言った。
ホント、楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく。いつの間にか時計は16時を指しており、空も少しずつ暗くなってきている。
お父さんは、慎吾のお父さんはもとより、お母さんともウマが合ったみたいで本当に楽しいひとときを過ごせたみたいだった。お父さん同士、ちゃっかりライナーのIDも、通常の電話番号も交換していた。
そして、東条家にとってもとっても良い時間だったは同じだったみたいで、
「綸子ちゃんはまだ中学生だし、更紗ちゃんは早く帰ってきても18時半くらいでしょ?今は暗くなるのも早いから、何かと物騒だし綸子ちゃんさえ良ければ学校帰りにうちに寄って宿題をして待っていて良いと思う。どう?」
お母さんがそう提案してくれたから、お父さんも綸子もそれ幸いと賛成して、3学期からお世話になる時は綸子が直接慎吾のお母さんに連絡してから行くことになった。
私も時折行っていいというか、綸子を迎えに行く時に家に寄らせてもらい、慎吾と綸子と三人で家に帰ることになった。
慎吾の家に迷惑をかけることになってしまって申し訳ないと思っているのだけれど、お母さんは「全然!娘が2人増えたところでどうってことないから。それに伊緒奈が喜んでいるからね。夕方ってバイトが入ることが多いから、いない方が多いけど、お休みとかでいた時は色々相手してもらってね」なんて言うから、本当に恐縮してしまう。
綸子も綸子で、「そこまでしてもらって申し訳ありません」と謝るけど、「問題ないわよ。我が家と思ってゆったりしてもらえれば良いから」とお母さんから言われてしまい、また恐縮するばかりだ。それに、伊緒奈お姉さんからは、
「お父さんから聞いたよ~。苦労してきたんだね、この3年。頼りないかもしれないけど、お姉さんと思ってくれればいいからね~」と涙を目に溜めながら私と綸子を両手に抱いてくれた。
そんな東条家の暖かい人たちに囲まれて思う。
――ああ、なんて私たちは恵まれているんだろう――
こんな幸せな想いで正月を過ごせたのは、本当に初めてだった。
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コメント
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コメントを書く鳥原波
いつもありがとうございます~
感情表現は、この作品の肝と思っているので、伝わっていて良かったです~
幸弘君は今回もやってくれました(笑)
次回のリクエスト、考えておきます。シチュエーションちょっと浮かびました!お楽しみに!
ノベルバユーザー617419
それぞれのキャラ達の想いと感情がうまく伝わてくる(感情移入する)そして姉妹の嫉妬の交差もハラハラ
そして例によって例のごとく幸弘くんやぁ~
貴様ソレは主人公達の「A」を通り越して「B」に相当するんじゃないのかぁ~~!うらやまsゲフンゲフン…なんて美味しいトコもってゆくキャラなんだ…
次回、母+姉+姉妹(2人)と主人公「だけ」の食事風景とか面白そう☆