臨魁学園物語――転校生とガチ恋をして、二人で幸せになる話――

鳥原波

5章 7週目~12週目 更紗の過去と二人の涙。クリスマスはダブルデートで幸せをかみしめた一日

 11月23日。勤労感謝の日であり、期末考査1週間前。この日から、部活はテスト前の休みとなる。だから、タイミングとしてもちょうど良く、慎吾を家に迎える約束ができる。そして、彼にはまだ話していない…けど、薄々感じていると思うだろうことを告白する時にしようと思っている。
 薄々感じていても、それについてあえて話をせず、待っていてくれたんだろうなぁ…と思うと、私が隠し事をしていたように感じてしまう。別に、隠していたわけではないのだけど、正直に言うと、甘えていたと思う。
 だから、23日に昼食を食べに来てもらい、その前後にでもそのことについて話をしたり、
部屋にある私の趣味を見てもらおうと思って、19日――大会が終わった日――に慎吾を誘ってみた。
「うん、そうしよう。あ、でも、これだけ確認させて。23日の祝日、お昼ご飯食べに来てよ。この前言っていた私の趣味教えちゃうから」
と言ったら、慎吾も『あ、ありがとう。楽しみにしているよ』と乗り気になってくれたから、誘った甲斐があったな。
 でも、この日は疲れていてすぐに寝てしまったから、昼食のリクエストを聞くことができなかったので、翌日の朝に聞いてみることにした。
 生憎の雨の日だったけど、校門の前で待っていてくれた慎吾の右足は幸いにもかなり軽快したようで、もう松葉杖を使わなくても大丈夫なようだった。
「痛み、ほとんどなくなって良かった。あともう少しの我慢だね。一日も早くバドミントンが一緒にできることを祈ってる」
 そう私が言うと、慎吾は「ありがとう」と笑顔で返してくれる。
 生徒玄関で靴を履き替えて並んで歩く。そこで、私は本題に入る。
「そういえば、23日のお昼ご飯、何かリクエストある?できる限り、希望に添えられると良いんだけど」
 すると慎吾は暫く考えてから、
「更紗の作るご飯、どれも美味しいから何でも良いなぁ…あ、でもいつもお弁当だったから、麺類ってほぼなかったよね。せいぜい焼きそばがちょっとだけとか。だから、パスタが良いかも」
 パスタか…確かに、今まで慎吾に作ったことないから、いい機会だと思う。
「パスタね、うん分かったわ慎吾。でも、パスタでもどんな味が好き?」
「僕はね、ペペロンチーノみたいなちょっと辛い系でも、カルボナーラのようなクリーミーなものでも、結構どんな味でもいけちゃう口だよ。…でも、イカスミだけはちょっと…って感じかも」
 まぁ、イカスミ以外なら何でも良いって感じだね。…じゃあ、ちょっと意表を突いてみても面白いかも。私は頭の中でレシピを考えた。
「うんうん、じゃ、分かった。ちょっと考えてみるね。楽しみにしていて」
 私はそう言って、慎吾に笑いかける。慎吾も笑って、「ああ、楽しみにしているよ」と言う。
 …あぁ、この瞬間は本当に好きな時間になっている。
 お互いに笑って過ごすこの時間が何より楽しくて、かけがえのないものになっている。
 それはたぶん、慎吾も同じだろうな。
 大会が終わり、ひと段落ついて試験期間が始まるまでのこの3日間は少しばかり早めに帰らせてもらおうと思っている。ずっと平日に負担をかけた綸子に休んでもらいたいのもあるし、慎吾へのお弁当も明日明後日作り、23日は家に来てもらいたいから、18時には上がらせてもらうんだ。
 …それに慎吾も、まだ医者からバドミントンの許可はもらっていないから、部活をしないまま試験期間に突入する予定だというので、待っていてもらう時間を少しでも減らしてもらうというのもある。
「そんなの、気にしなくて良いよ。マネージャー業務の手伝いをしていたらすぐだし」
 なんて慎吾は言うけど、見ていたら絶対にやりたくなると思うんだ。
 無理して欲しくないのと、今週は基本的に私が夕食当番をすることもあって、日曜日の大会の帰り際に西塔先生と話をして今日からの3日間は18時までには上がらせてもらうことにした。
「大原さんのおうちの事情は春日先生からも聞いているし、本当にすごく努力をしているから、私も応援したいのよね。こういう形でサポートするから、また言ってね」
 そう、私の家の事情を知っているのは、先生以外では紗友梨さん、和子さん、夢衣ちゃんくらいだ。
 この事情を知ったら、一体慎吾は、どんな反応をするのだろう…?
 彼のことだから、絶対に悪くは言わないだろう。その点は信頼している。ただ、思いの外深刻に受け取られるかもという心配がちょっとある。
 でも、そこはきちんと話をして、あまり深刻に受け止めてもらわないようにしたいと思う。

 週明けの学校は、大会の成績のことで仲良しグループは盛り上がる。私は団体ベスト16と個人は2回戦敗退。矢野くんは、団体4位で個人でも遠的が3位だったみたい。さすが矢野くん、勉強も部活もすごいと思うけど、当の本人は、
「バドミントンよりも競技人口少ないし、弓道って、自分との戦いだからしっかり準備して、精神的に余裕を持てばそれなりにいけるよ」
なんて言うのだけど、
「いや、幸弘よ、それがなかなかできないからすごいと言ってるんだよ。精神的に余裕を持つ事なんて、試合ではなかなかできないよ」
と、私も思ったことと同じ事を慎吾が言う。
「まぁ、そうなのかもしれないが、俺はいつも平常心を心がけているからな」
「…スケベトークを常日頃よく話す御仁が言う台詞じゃないな」
「へっ、拗ねてるのか、慎吾?」
「別に、拗ねてないし」
 気づけば、二人の漫才になっている。私も夢衣ちゃんも、仲良い二人の様子に思わず笑顔になってしまう。
「矢野くんは本当にすごいと思うよ。飄々としてさらっと結果を出していくんだもの」
「そうですよ、矢野くんは昔っからそうやって涼しい顔してすごいことをしちゃうんですから、昔から女の子からモテてましたものね」
 そうやって女子二人が口々に褒めるから、矢野くんの顔も何気にほころんで、
「いや、こんなに女の子達からベタ褒めされるのも久しぶりだなぁ…今日は良い日だな」
 なんてすっかり上機嫌になる。
「お前、調子に乗りすぎるなよ」
 慎吾がそう言うものだから、「ほら慎吾、そんなに羨ましがらないの。慎吾は慎吾で、私たちの助けになってくれていたじゃない。女バドの影のMVPだよ」と今度は慎吾をベタ褒めする。
 すると慎吾も満更じゃなかったようで、
「そう言ってくれるの、すごく嬉しいよ。ありがとう」
と満面の笑みを浮かべる。それにすかさず矢野くんが、
「鼻の下伸ばして、お前もスケベじゃね~か」
と突っ込んで、私たち4人はどっと笑った。

 大会が終わったクラスメイトたちはみんな勉強モードに移行しているようで、授業中の空気が大会前よりも締まった気がする。芳埜先生の古文は、大会前には1時間に1人は犠牲者がいたのだけど、今日は全然出なかったから「今日はみんな良かったねぇ」と褒められた。
 放課後は部活だけど、大会終了後の翌日ということもあって、今日は自由参加だった。慎吾から、
「どうする?今日は自由参加だから、どっちでも良いよ」
と言われて、ちょっと悩んだけど、「じゃ、17時半まで。やっぱり、身体は動かしておかないと」と答えたら、慎吾は「了解したよ。1時間程度ならマネージャー業務してたらあっという間に終わると思う」と答えてくれた。
 自由参加で1時間というとあまり練習内容としては多くないし、力もつかないかもしれないけど、今日はどちらかといえば「実力(ちから)を落とさない程度の練習」と捉えれば良いのかも。強度も高くはないが、フットワークとノック中心の練習は、あっという間に1時間が経過してしまう。
「更紗~そろそろ時間だよ」
と言う慎吾に私は頷いて、「それじゃ、則子、私は上がるね。お疲れ様!」と則子に声をかけると、ライナーの部内グループで練習時間について聞いていた彼女は「うん、更紗、お疲れ!」と声をかけながら手を振ってくれる。
 もちろん、他の女バドの仲間たちも手を振ってくれて、私はいつもありがたいなぁと感じながらクラブハウスへと向かう。
 クラブハウス前の通路は、あの事件のあと西塔先生や南東先生の訴えにより、真っ先に工事が入って今はきれいに平らにされている。
「もっと前にしてほしかったよなぁ」
と慎吾は言うけれど、タラレバの話しだから仕方ない。私がそう言うと、
「そうなんだよね。ちょっと前にも南東先生に言ったけど、後回しになってしまったみたいでさ、まぁ、言ってすぐに動くのも難しいと思うんだけどね」
と、一応納得して受け入れている。
「何か起きないと動かないって、よくストーカー被害とかで言われるよね。そんな感じなのかもね」
 私がネットニュースで聞きかじったことを指摘すると、慎吾は「ほぅ」といった感じで、
「なるほどね、そういう考え方もあるんだな。そういえば、何かニュースで言っていた気がするね」
と言ってきた。
 玄関で靴を履き替えて、校門へ向かう。すると、もう見慣れた慎吾のお母さんの車がそこにスタンバイしているのが見えた。
 今日も慎吾はお母さんのお迎えで、今日は病院に診察を受けに行くとのこと。一緒に行って話を聞きたいのだけど、この時間に行ってもまあまあ待たされるのと、夕食当番のこともあるから慎吾を整形外科で降ろしてから、お母さんは私を家まで送ってくださるとのことだった。
「今日もありがとうございます」
と私はお母さんに挨拶して、慎吾に続いていつものように後部座席に慎吾と収まる。
「は~い、今日も仲良くしてくれてありがとうね」
 お母さんはそう言って車を走らせ始める。
「はい、慎吾と一緒に笑って過ごせる時がとても楽しいです」
と言うと、慎吾の方が顔を赤らめさせる。
「仲の良いことはとても嬉しい事よ。うちの子を導いてくれてありがとう」
 慎吾のお母さんはそう言ってくださるのだけど、私も導いてもらっているから、
「…私も、慎吾くんには導いてもらっています。この前だって、厳しいことを言ってくれたことを今はただただ感謝です」
と返すと、「そうやって、助け合うような雰囲気なら二人はこれからも十分やっていけると思う。いいわぁ、青春って感じで」
「ちょ、母さん…」
 そんなことを言って私たちが顔を赤くしてしまうところをお母さんはケタケタ笑っていた。
「はい、到着。慎吾、さっさと降りて診察してもらってきなさいね」
「了解。母さん、更紗にあることないこと吹き込まないでよ」
 慎吾はそう言いながら車を降りる。そんな慎吾の背中に「もちろんあることないことは言わないわよ。あることだけね」とお母さんは追撃した。
「…いってきます…」
 何を言っても無駄と感じたのだろう、慎吾はそれだけ言うと黙って病院の中へ入っていった。それを見届けたお母さんは、私の家まで向かおうと車を発進させる。
 少しの沈黙のあと、お母さんは口を開いた。
「更紗ちゃん、こんな事、今聞くことじゃないかもしれないけど、聞かせてほしいの。うちの子のどこが好きになったのかしら?」
 私の心臓は、どくんと脈打つ。突然の問いだったのもあるけど、自分の心の内をさらけ出すことに対して、やはりちょっと抵抗を感じる。でも、他ならぬ私が好きになった慎吾のお母さんには、隠し事はしたくないから、思い出しながら話す。
「転校初日に、私を口説きに来た人から守ってくれたことがありました。取り巻きの人もいて、気弱な人なら有無を言わせない威圧感がすごかったのに、恐れることなく声を上げてくれて助けてくれたんです。そのことがすごいなって思いました。その日は放課後ずっと二人で行動していたのですが、私のことを気遣ってくれる優しい姿に『いい人だな』って思ってくれたのが最初です。
 翌日の朝も、別の人たちから下品な声かけされて困っていたときも迷いなく助けてくれて、部活も一緒で親近感が湧きました。それから毎日、一緒に登校するようになって、隣で授業を受けて、一緒に部活してって学校にいる時間はずっと一緒にいると、安心感を感じました。そして、本当に、私を大切に思ってくれている言動を一貫してしてくれます。それが、慎吾くんを好きになった決定的なところです」
 すると、お母さんはクスッと笑ったみたいで、
「そうなのね。あの子、本当に思ったら一途なの。基本的にあの子はどんな人にも紳士的に振る舞うけど、好きになった子には本当に大切に思う気持ちを隠さないでしょ?小学校時代は、夢衣ちゃんがそうだったけど、中学校に入ってからはそんな話を全然聞かなくなって、どうしたんだろうって思ってた。夢衣ちゃんに振られたんだよね?でも、今はあなたが側にいてくれるから、本当に良かった。あなたも、とっても良い子。思いやりのある子だから、本当にこれからも続いてくれれば良いなって思ってるの」
「…ありがとうございます。でも、慎吾くんは夢衣ちゃんに振られたわけではないんです。色々あって、夢衣ちゃんを諦めたんですよ」
「そうだったのね…ありがとう、教えてくれて。あと。一つだけ確認させて。お弁当作ってくれて本当に助かっているんだけど、更紗ちゃんの所って、もしかして、お母さん…」
 やっぱり、そういう所の察しは慎吾のお母さんは鋭いなって思う。
 だから私は、慎吾には23日に話すから、彼には暫く内緒にしてもらうようにお願いしてからお母さんに事実を淡々と話す。話し終わった頃には、私の家の目の前にもう着いていた。
「そうなのね…辛い思いをしたのね。…姉妹ですごく努力していることが伝わったわ。何か助けてほしいことができた時は、遠慮なく頼って。ライナー交換しておきましょうよ」
 お母さんは少し潤んだ目で私にそう提案してきた。私としても断る理由がないので、IDを交換させてもらった。使う機会がないと良いのだけど。
「お母さん、ありがとうございました」
「ええ。また明日かな。慎吾の右足の状態次第だけどね。今日もお疲れ様」
 そして、私は車から降りてアパートの部屋へと戻った。

 22日。慎吾の右足はだいぶん良くなって、テスト明けには部活に復帰しても良いと医者から言われて嬉しそうな慎吾に、「良かったね」と言うと、「ありがとう。復帰したら、バリバリ練習して、遅れを取り戻すよ。更紗、手伝って」と言ってくれたことが、私もとても嬉しかった。
 二人でいつも通り過ごし、お母さんの車で送ってもらう。それも、今回で一旦終わり。
「お母さん、一週間ありがとうございました。明日、慎吾くんお借りしますね」
 私の家の前に着いて、そう言って私は車を降りる。
「ええ。慎ちゃんを好きにして良いからね。煮るなり焼くなり」
「おいおい…」
「あははは…」
 私たちは苦笑い。
「それじゃ、また明日。楽しみにしてるよ。自転車で行くつもり。修理から直ってきたので、テスト兼ねるよ」
「あ、戻ってきたんだったね。分かった。家で待っているからね」
 お互いに手を振って車が見えなくなるまで私は見送る。それから、私は家の中へ。
「お帰り、お姉ちゃん。今から作るんだよね」
 綸子はリビングで勉強していた手を止めて私を見る。私は、綸子に視線を向けて頷く。
「ええ、今日は豚のショウガ焼きと、野菜炒め、それからなめこの味噌汁にしようと思う」
「シンプルだね、今日は。明日東条さんが来るのにそれで良いの?」
「ええ、野菜炒めを多めに作って、それをお昼の材料にしようかなって思ってるんだ」
「明日のお昼は何を作るの?」
 綸子が興味津々で聞いてくる。一緒に食べるつもりなんだろうな。別に構わないんだけどね。
「野菜炒めをパスタに絡めて、醤油で味付けの、和風パスタにしようかなって。あ、お肉はベーコンを入れるつもりよ」
「なるほどね。それはそれで美味しそう」
 綸子は納得する。でも、すぐ難しい顔になって、
「お料理も良いけどお姉ちゃん、お部屋に入れるのなら掃除しないといけないんじゃない?」
 …ぎく…さすがは妹。疲れが残っていることもあり、部屋は少しばかり整理が追いついていなくて、一昨日洗濯して乾いた洗濯物や昨日出すべきだった脱いだ服が散乱していた。…一応、重ならないようにはしていたんだけどね。
「ま、まぁ、洗濯物だけだから、今日洗えば大丈夫」
「…そう言って忘れるのがお姉ちゃんなんだけど。それと、机の上ももうちょっと綺麗にしたら?東条さんに幻滅されるよ」
 綸子のさらにたたみかける言葉に、私はちょっと冷や汗を内心垂らしながら、
「明日慎吾を部屋に入れようと思うのに、掃除を忘れることなんてないわ(ご飯食べたらやるわよ!)」
と、綸子に言った。
「だと良いんだけど。明日の朝になって焦るのだけはないようにね」
「オーケー」
 私は部屋に入って鞄を降ろしたら早速洗濯をし忘れた服や今日着ていたカッターシャツとジャージ類をネットに入れて洗濯機へ。そして、ミニテーブルに置きっぱなしの、慎吾にオススメされて買ってみたライトノベルや漫画を書棚に戻す。これで、床とテーブルは綺麗になったし、明日掃除機をかければ良いからひとまずは安心。
 そして、夕食を作って食べて、机の上にある教科書やプリントの山を整理する。…ホント、こういう自分のプライベート空間ではだらしないところ、面倒くさがるところはこれから先直していかないと、イレギュラーで慎吾や夢衣ちゃん達が部屋に入ったとき、きっと幻滅されちゃう。
 そう思いながらお風呂に入って、勉強しながら慎吾や夢衣ちゃんたちとライナーでやりとりしてから、寝る。
 慎吾は本当に明日が楽しみみたいで、
「お昼のパスタがどんなのか気になるよ」
と言ってくれる。私も「とにかく美味しいの作るから、期待していてね」と返した。
 そして、23日。朝7時にアラームが鳴って、私は目を覚ます。もそもそと綸子を起こさないようになるべく静かに起きて、キッチンへ向かう。
 炊きたてのご飯を仏飯器に盛りつけて、ダイニングの一角にある後飾り祭壇に置いた。
 そこには、お母さんの写真。かすかなほほえみを浮かべて、私たちを見守ってくれているように見える。そして、ろうそくに火を入れてから線香を焚いて、手を合わせる。
「今日ね、私の彼氏来るから、見てみて。とってもいい人だから、お母さんもきっと喜ぶよ」
 私はそうお母さんに報告した。
「お父さんの朝ご飯とお弁当作らないとね」
 お父さんは、今日は出勤日。そろそろ起きてくる頃だから、私はパジャマ姿のままで炊きたてご飯を丼によそって、豚のショウガ焼きをその上に載せる。キャベツともやし、茹でたブロッコリーとミニトマトをドレッシングで和えたサラダ、昨日の残りのお味噌汁に麦茶をそれぞれよそって、お父さんが食べに来るのを待ちながら、同じおかずになっちゃったけど、弁当も包む。
 ちょっとだけスマホでライナーを見ていると、お父さんの部屋からもぞもぞ動く音がして、ドアの開く音がした。
「あ、お父さんおはよう」
「おはよう、更紗。今日もありがとう」
「ううん、お父さんこそ、休みなのにお仕事大変ね…無理しないでね」
「ああ、分かってるよ」
 少しやりとりして、お父さんは朝ご飯を食べる。
「昨日も思ったけど、味噌汁の味、楓に似てきたな。美味しいよ」
 楓というのは、お母さんの名前だ。
「そうだね…尊敬するお母さんに近づきたいから…」
 私がそう言うと、お父さんは満足した顔をする。
「分かった。でもな、完コピする必要はないぞ。似てるけど、お前にしか出せない味もきっとあるから」
「うん…」
 二人して、少し寂しげに笑う。沈黙が流れ、お父さんは朝食を完食してくれた。
「さぁ、歯を磨いて顔を洗って、仕事へ行くよ。ああ、お弁当ありがとう」
「朝と一緒で申し訳ないんだけど…」
 お父さんがお礼を言うので、私は逆に申し訳なく思う。そして、お父さんは、
「問題ないよ。作ってくれるだけでありがたい。そう言えば…今日は東条くんがうちに来るんだったかな?」
 昨日のうちに、お父さんには慎吾が来ることを話しておいた。お父さんは特に反対することなく――というよりは、「うん、たまにはいいんじゃないか」とあっさり承諾してくれた。その一方で、「東条くんには、もう話してあるのかい?楓のことを」と聞いてくるから、「ううん。まだなの。明日、家に入ったら目につくと思うから、その時に話そうと思って」と答えたら、お父さんは「そうか」と独りごちて、「たぶん、彼は気を遣ってしまうと思うけど、遠慮せずに言うんだよ」と私に言った。
 そんな話を昨日の夜にしたことを思い出して、お父さんは「しっかり伝えるんだよ」と言って、会社へと向かった。
「さて、綸子を起こさないとね」
 お父さんを玄関で見送ったあと、綸子を起こす。
「んぁ~お姉ちゃん、おはよう」
 綸子はう~んと背伸びをして、ベッドから降りる。そして、私と一緒に朝食を食べたら8時半を回った。
「それじゃ、お掃除するけど、綸子の今日の予定は?」
「うん、午後からお友達とカラオケ行くつもり。私も明日から試験期間だし、今日は遊ぶよ。でも、お昼は一緒に食べて良い?私もちょっとお手伝いするから。勿論、今からの掃除もね」
「あらそう?ありがと」
 綸子はダイニングキッチンのあたりをモップで掃除したあとで、洗い物までしてくれた。
「うん、助かった、こっちも終わったわ」
 綸子がお手伝いをしてくれている間に私も掃除機をかけ終わって、いつでも慎吾を迎え入れられる。
「それじゃ、私はちょっと試験勉強しておこうかな。部屋に戻るね~」
 綸子はそう言って、自分の部屋へと引っ込んでいった。
「私も少しだけ勉強しよう。私は試験期間だしね」
 帰宅部なのに、根は真面目な綸子のことだから、定期考査もしっかり良い点とるのだろう。部活は、高校に入ってから何かやってくれると良いんだけど。私はそう思いながらも、初日の試験――数学その1、古典、保健体育――のうち、苦手な数学を手に取る。
 でも、慎吾が教えてくれるおかげで最初の頃よりも苦手意識が減ってきた。もしかしたら、苦手を克服できると良いなぁと思ってる。
 小1時間ほど勉強すると、時計は11時を過ぎていた。そろそろ昼食作りを始めようかな。やっぱり、慎吾の好きな唐揚げは作ってあげたい。
 私は、部屋を出てキッチンに向かう。私の足音を聞きつけて、綸子も部屋から出てきた。
「手伝うよ、お姉ちゃん」
「ありがとう、じゃ、プリン作ってくれないかな?」
「プリンね。了解!」
 二人で手分けをして、私は唐揚げ、綸子はプリンを作る。少しずつ慣れてきたけど、揚げ物はなかなか時間がかかる。綸子は手慣れた様子でプリンを作り、冷蔵庫に入れたところで野菜炒めを出してきた。
 時計を見れば12時の15分前。そろそろそっちにもかからないといけないよね。
 慎吾は時間に対して結構厳格なところがあるから、5分前には来るイメージがある。だとすると、あと10分くらいしたらここに来るんじゃないかなと思う。
 そうすると、来てすぐに食べてもらうには、パスタはそろそろ茹でないといけない。
 私はパスタを茹でる寸胴鍋を用意し、水を入れてIHの最大火力で沸かし始める。
「お姉ちゃん、野菜炒めレンジで温めるね!」「うん、ありがとう!」
 気が利く妹で本当に助かる。
 4分くらいでお湯が沸いたので、そこにパスタを投入!10分のゆで時間だから、慎吾が来て少しくらいすると茹で上がるだろう。そう思っているうちに、

ピンポーン!

 呼び鈴が鳴る。おそらく慎吾だ。インターホンで姿を確認すると、まさしく彼の姿。
 今日の彼は、赤いタートルネックの上にターコイズブルーのフーディー。下は黒のジーンズ。頭には、紅葉をあしらったニット帽。よく見ると、フーディーにも同じ紅葉のデザインがある。
 キッチンを一旦綸子に任せて、私は玄関へ急ぐ。
「慎吾、いらっしゃい!」
「更紗、今日はお招きありがとう。これ、お土産。母さんがどうしても持って行けってさ」
 慎吾は手荷物を差し出してくれる。包装紙を見るに、商店街にあるケーキ屋さんの品物みたいだった。
「え~、ありがとう!一回食べてみたかったの!綸子も喜ぶよ」
 前々から興味あったお店だったので、食べられるのが嬉しい。思わず声が出ちゃった。
「さ、入って。もう少ししたらできるから。それにしても、紅葉のデザインのニット帽とフーディー、合わせたの?」
「あ、これ、前にテレビで見せたF1の日本人選手がデザインして、オフィシャルショップで売ってたの。ニット帽は自分で買ったけど、フーディーは実は誕生日プレゼントで買ってくれたんだ。紅葉は、この選手のヘルメットにもデザインされてるよ」
「へぇ~そうなんだ。やっぱりF1好きなんだね」
「F1もそうだけど、やっぱり応援したいからね!」
 そんな会話をしながら、慎吾をダイニングに案内する。そして、テーブルに座ってもらおうとした時、ニット帽を脱いだ慎吾の視線はある一点――後飾り祭壇――に釘付けになっていた。
「更紗、あれ…」
 慎吾はそう言って少し黙ってしまう。私は、
「うん、後で話すよ。先にご飯食べよう」
 努めて明るく言って慎吾を座らせ、キッチンへ戻る。
 キッチンタイマーが鳴ってから、湯切りをしてお湯のなくなった鍋に戻し、オリーブオイルをまぶす。フライパンを用意し、綸子が温めた野菜炒めとともにパスタ、前もって刻んだベーコンを入れ、醤油をそれなりに入れると、醤油の焦げるにおいが充満した。
 そのにおいに慎吾もつられたようで、「あ、良い匂いするね」と言ってくれる。
「もうちょっとね~綸子ゴメン、唐揚げとゆでブロッコリーテーブルに置いてくれる?」
「了解だよ、お姉ちゃん」
「綸子ちゃん、こんにちは。一緒にご飯食べる?」
 慎吾が綸子に挨拶する。綸子は嬉しそうに、「はい、ご一緒して良いですか?食べたら、友達とカラオケに行くので、あとはお姉ちゃんとごゆっくり」なんて言う。
「あ、そうなんだ。分かったよ~」
 そうしているうちにパスタもできあがり、3人分のお皿に分ける。
「さぁ、できたわ。召し上がれ!」
 先に慎吾と綸子の分をテーブルに配膳し、その後私の分を持ってきて、キッチンの椅子に座る。
「いただきます!」
 3人一緒にそう言って、食べ始める。
「う~ん、和風パスタとは意表を突かれたよ。あ~、醤油味が美味しい!」
「うん、これ意外に合うんだね。初めて知ったよ」
 二人からの評価は思いの外高く、私は満足する。
「良かった~レシピ見て作ってはみたんだけど、醤油ちょっと入れすぎたかな~って思っているんだけど」
「うん、これくらいでちょうど良いんじゃないかと。ブロッコリーも一緒に食べるとなお美味しいしね」
「うん、ありがとう」
「これ、私も今度やってみるね。お手軽にできるから良いと思う」
 そして、唐揚げもみんなで美味しく食べる。
「お姉ちゃん、揚げ物上手になったよね。最初は焦がしちゃったり、ちょっと火が通る前に上げてしまったりでお世辞にも上手ではなかったのに」
 私より揚げ物を作るのに慣れている綸子にそう言われると嬉しい。
「頑張ったもの」
 私はちょっとドヤ顔をする。
「そうだね。失敗作は知らないけど、本当に美味しいなって思うよ」
 慎吾もそう言ってくれるから、さらに得意げな顔をしてしまう。
「うん、美味しかった~ごちそうさま!」
 慎吾はあっという間にパスタを平らげた。
「は、早いね…」
 私は思わず笑ってしまうけど、
「美味しくてもっと、もっとと思ったら食べちゃった」
と、慎吾も苦笑いをする。でも、そんなに美味しいと思って食べてくれたのならとっても嬉しくて、
「うん、そう思って食べてくれたのなら、とっても嬉しいよ。ありがとう」
と、慎吾に謝意を伝える。慎吾は私に微笑みかけると、綸子の方にもその顔を見せて、
「綸子ちゃんも手伝ってたんだよね?ありがとう」
と綸子にも労いの言葉をかける。ホント、紳士。
「いいえ、どういたしまして。でも、今日の案は全部お姉ちゃんだから。あ、食後のデザート持ってくるね」
と、綸子にお願いして作ってもらったプリンを冷蔵庫から持ってきてくれた。
「おお、プリンだ」
「このプリンは綸子に作ってもらったんだ」
「流石、料理上手な姉妹だよ。ありがとう、綸子ちゃん」
「味に自身ありますから、どうぞ、食べてください」
 綸子も得意げに慎吾に言う。
「うん、楽しみだよ。でも、二人が食べ終わってから、ゆっくり食べたい。ちょっと待ってるよ」
 なんだかんだと気を遣ってくれる慎吾。綸子を見ると、彼女の顔は慎吾を見ながらほんのり赤くなっている。…私が惚れたんだよ。妹も、惚れる気持ち、分かるよ。でも、慎吾は私の彼氏なんだからね。
 そう心の中で呟く。
 あまり慎吾を待たせたくないから、私たちもできる限り急いでご飯を食べる。もちろん、慎吾にはあまり悟られないように食べたけど、「そんなに慌てなくてもいいよ」とお母さん譲りの察しの良さで言われてしまった。
「でも、あまり待たせたくないから」「でも、早めに食べて出かけたいから」
と、ほぼ同時に姉妹揃って声を上げてしまったものだから、慎吾は声を上げて笑う。
 私たちもつられて笑ってしまった。

 程なく私たちもご飯を食べ終わり、3人でデザートのプリンと買ってきてくれたケーキを食べる。食べてみたかったケーキは、思っていたとおり美味しくて、「今度、お父さんの誕生日にでも買おうよ」と綸子と二人で話した。そして、綸子は時計を見ると、
「あ、そろそろいい時間だから、友達とカラオケ行ってくるね」
と言って、一度自分の部屋に戻り財布などの入ったポーチを取ってきて家から出る。その際に、「6時には帰るよ。東条さん、どうぞごゆっくり」と言う。
「気をつけて行ってきてね。何かあったら連絡して」「綸子ちゃん、楽しんできてね」
 私たちはそう言って、綸子を送り出した。
「さて…お皿洗いを先にしちゃおうかな?慎吾、しちゃっていい?」
 私は慎吾に聞く。彼は、「うん、いいよ。手伝う。すすぎ終わったお皿を拭くよ」と言ってくれた。
「ありがとう」
 二人、キッチンに並んで私はお皿を洗い、慎吾は洗ったお皿を拭いてくれる。
(…新婚さんみたい…?)
 私は、急に意識して顔が火照ってくるのが分かる。
「?どうかした?熱でも出ちゃった?」
 慎吾が私の顔を覗き込んでくる。私は恥ずかしくて、
「う、ううん。なんでもない」
と顔を背けてしまうけど、慎吾は、
「…ねぇ、今の僕たちって、新婚みたいじゃない?」
って、同じことを考えていた。指先が脱力して、お皿を落としそうになる。
「おっと」
 慎吾が私の手の上で傾いたお皿をパッと支えてくれる。
「あ、ありがとう」
 そうお礼を言って慎吾の顔を覗き込むと、彼の顔も赤かったから、
「…どうして同じこと考えているのよ…」
と思わず言ってしまう。慎吾は驚いた顔をして、
「あれ?そうだったの?」
 言ってから、納得した表情に変わっる。
「あ、だから顔が赤かったのか…」
とつぶやく。私は頷いて、
「うん、そうなの…」
 素直に気持ちを出すと、素直に受け止めてくれる慎吾がやっぱり大切だし、好きになって良かったって思える。
 10分ほどで皿洗いを終えると、「コーヒーでも飲む?インスタントだけど」「うん、飲むよ」と軽くやりとりして、インスタントコーヒーを淹れる。
「はい、どうぞ。砂糖とコーヒーフレッシュはセルフでお願いね」「ありがとう」
そして、キッチンのテーブルに差し向かいで座る。
「…」「…」
 少しの沈黙。おそらく、彼は待っていてくれてると思う。あの祭壇のことを。
「慎吾、気になったよね、あの祭壇」
「うん、だから、夕食当番をするんだなって、察したよ」
「ええ…少しだけ、話を聞いてくれる?」
 慎吾は黙って頷いた。

 私のお母さんは、とても優しい人だった。
 専業主婦で、お父さんは今と同じように――いや、今よりももっと忙しそうにしていて、毎日の家事をほとんど一人でやっていた。
 大変そうだったから、私も綸子もお母さんから一通り家事を習って、一人でもできるようになったし、何より、お母さんを手伝いたかったんだ。
 どんなときも微笑みを絶やさないから、私も綸子も、お父さんもほんわかして過ごしていた。
 年に1回あるかないかの家族でのお出かけも、お母さんとお父さんと手をつなぎながら楽しく過ごしていたことを、今でも覚えている。
 だけど、そんなお母さんは、突然いなくなってしまった。
 もうすぐ3年になるのだけど、とある冬の日のお昼頃、買い物の途中で信号無視をしてきた車に撥ねられ、頭を強打して…。
 その知らせを学校に入ってきた連絡を聞いて、早退して、駆けつけた。
 同じように綸子も来たし、お父さんも少し遅れて来たけど、その時にはお母さんは亡くなっていた。
 そのあと、お通夜や葬儀のあたりの記憶は、ほとんどない。
 とても悲しくて、とても辛くて、私は、2週間くらい学校へ行くことができなかった。お葬式が終わってしばらく部屋から出ることもできずにいたし、学校に行っても、心ここにあらずといった感じで、友達が話しかけてきてくれても、上手く答えることができなかった。
 みんな事情は知っていたから、「大原さん、ゴメンね」と気を遣ってくれたのだけど、その気遣いがありがたかったけど、疎ましくも思えた。
 暫くしたら、私に話しかけてくれる友達は減ってしまっていた。
 日々が、楽しくなくなっていた。
 逆に、辛さばかりが募っていった。だって、普段の授業だけではなく、家事が重くのしかかってきたから。
 当時はバレー部に入っていたのだけど辞めざるを得ず、早めに家に帰って夕食の準備をすることになって、1ヶ月ほどすると、もう疲れていた。
 お父さんは無理するな、いざとなれば食べるものは作らなくてもコンビニや外食をすればいいんだからと言ってくれたけど、でも、それだとお母さんを忘れそうで嫌だった。
 それは綸子も同じだったようで、まだあの時は小学校の高学年になったばかりなのに、私が疲れているときは洗濯物を畳んだり、お掃除を手伝ったりしてくれた。
「ごめんね、綸子」
 私が謝ると、綸子は
「ううん、お母さんがいなくなっちゃった分、私たち二人が頑張らないと」
と私より1週間も早く学校へ行き始めた綸子の精神力に羨ましさを感じて、「ああ、ダメなお姉ちゃんだ。しっかりしないと」と自分を奮い立たせた。
 それでも、やっぱり中学生と小学生の姉妹の体力では限界が来るのは時間の問題だった。お母さんが亡くなって、最初は寒く乾燥する季節だったのもあって、洗い物をする手はあかぎれができる。綸子も手伝ってくれたけど、やっぱり多くは任せられなかった。
 春になって暖かくなるにつれて体力が追いつかなくなって、私が疲れ切って学校へ行く事ができず週に1日か2日は休むようになっていた。四十九日の過ぎた中2の終盤は本当にしんどくて、
「お姉ちゃん、大丈夫?」
 疲れ果ててベッドに横になっている私を心配そうにのぞき込む綸子。私は力なく笑って、「寝ていれば大丈夫」と言うのがやっと。そんな私の様子に綸子は「私も手伝うから」と言うけど、小学生の綸子にそんな苦労かけたくないから、「大丈夫だから、綸子は学校行きなさい」と言って半ば無理矢理学校に行ってもらっていた。
 お父さんも、朝に私が起きてこないことを心配して、学校には連絡をしてくれていたみたい。休んだ日は、クラスメイトじゃなくて担任自らが家まで尋ねてくれて。
「大原さん、無理しちゃダメ。本当にダメなときは、一番負担な料理はサボっちゃっても良いのよ」
と、お母さんと同じくらいの女性の担任で、鈴木先生って名前だったけど、すごく優しく諭してくれたのに、
「でも…お母さんを忘れそうで、怖いんです。毎日過ごしていても、お母さんのことを忘れてしまうことが増えているようで、怖いんです」
 そんな事を言って拒否してしまっていた。でも、
「そうね…日常の中でお母さんのことを思い出す時間は減るかもしれない。でも、大事なときに、きちんとお母さんのことを思い出しなさい。…私も、母を亡くしたときは同じような感じだった。私はその時すでに大人だったから、先生として、強くいなくちゃいけなかったから、すぐに復帰した。でも、あなたはまだ中2。身体的にも精神的にもまだ大人になりかけているときにこんな辛いことになったから、あなたがそう思うのは無理ないことだと思う。
 だから、私が手伝う。休みたいときは休めば良い、そうしたら、私はこうやって来るから。それが、助けを呼ぶ合図…ってしても良いかな?」
 そんな事言われてしまったら、私は、先生の言葉に号泣するしかなかった。
 お父さんは、復帰してからも仕事が忙しくて家に帰ってくる時間も遅く、私たちのとの会話もあまりできないけど、朝の十数分でも、私たちと話をしてガス抜きをしてくれていた。勿論それで全て解消できたわけじゃない。
 それに、納骨もできずにあと飾り祭壇はそのままになっていた。
 そして、中3になってからも引き続き先生の助けを借りて何とか1学期が終わったところで、転機が訪れた。
「ここにいるのも辛いから、引っ越そうと思う。2年間限定だけど、新しい土地でやり直そう」
とお父さんは私たちに告げた。今の仕事の状況では、家族のフォローもできず、中学生と小学生の娘二人の養育もままならない。その分給料はもらっているし、お母さんを撥ねた車の持ち主というか、企業からの賠償金があるとは言え、このままでは家族がバラバラになってしまう。幾ら鈴木先生の助けを借りていたからと言っても、この状況は良くないとお父さんは言う。
「四十九日が終わった3月くらいから考えて会社と交渉していたのだけど、会社の方から良い返事がもらえずにいた。そんな会社なら、もう辞めても良いかなと思って最後の交渉をしたら、やっと願いを叶えてくれた。これまで、更紗と綸子に全部かぶせてしまって本当に申し訳ない」
 鈴木先生とも相談していたらしい。私がSOSを出した夏休み前の日、家に来た鈴木先生は、私心で過剰に手伝っていたことを詫びていたけど、私もお父さんも逆にありがたすぎて恐縮するばかりだった。
「次の場所では、勤務時間も固定で働かせてもらえるので、自分も家事に参加できます。ただ、2年間しか猶予は戴けませんでしたが」
とお父さんの言葉に、鈴木先生はホッとして、「2年でも、大切な時間を過ごして下さい。更紗さん、無理しすぎないようにね。元気で」と、私たちに言ってくれた。
 そして、私たちはここに来る前の土地へ引っ越して、お父さんも家事に参加するようになって、私もやっと体力的にも精神的に余裕が持てるようになった。趣味を始めて、没頭する時間も持てるようになった。
 2年が経過して、ここに引っ越してきて、再びお父さんは忙しくなったけど、もう大丈夫。私も綸子もそれぞれが成長して、お互いにフォローし合うことができるようになったから。
 去年の4月、中学生になった綸子に「もう中学生だから、対等に扱って」と言われて、「え?中1ってまだ子どもでしょ?」と返したら、「あら?中2なのに家事たくさんやってくれた人の言う台詞?それに、バスや電車も中学生から大人料金じゃない?」と言われて妙に納得して家事を結構お願いすることになったんだ。
 あと、私がこの学園に入って、教職コースを選んだのは、鈴木先生みたいな先生になりたいって思ったから。
 そのためには、私は私に戻らないといけないと思った。お母さんを亡くす前の私に。友達をたくさん作って、笑っていた私に戻ろうと思った。
 この学園は本当に居心地が良いし、何より、目の前にいる慎吾が私を包んでくれるのが分かるから、隠していたようで申し訳なかったけど、このことは絶対に伝えたかったんだ。




 更紗の話が終わる。彼女の目からは、幾筋もの涙がこぼれていた。
 僕の目からも、涙が流れた。なんで、なんで…更紗に、こんなにも素敵な人に神も仏も、悪戯をするのだろうか…。言葉が出ない。出せない。何を言って良いのか分からない。
 ただ僕は、黙って更紗の美しい顔を見ながら泣くことしかできなくて。
「ごめんね慎吾、とっても暗い話になって。でも、本当にいつかは話さなくちゃいけなかったし、聞いているだけでも辛かったと思う。ありがとう。聞いてくれて」
 更紗は笑顔を浮かべる。その笑顔がとても愛おしくて、僕は思わず席を立って、更紗の後ろに立つ。
「?どうしたの?」
 更紗は僕を信頼してくれているのか、身じろぎ一つせずそう聞くから、僕は更紗を椅子越しだけど後ろから抱きしめた。更紗の体温とシャンプーの香りを感じながら、僕は少しずつ考えをまとめる。
「辛かったね…話してくれてありがとう」
 まずは、その言葉だった。そして、
「ここに来てくれて、ありがとう。僕は、君と出会えてまだ1ヶ月半だけど、たくさんのことを教えてくれてる。今日は家族の大切さを教えてくれたよ。家族への感謝を自覚したよ。そんな更紗が、本当に僕は、愛おしいと思ってるよ」
と続ける。更紗から、一瞬息を飲む雰囲気を感じたけど、「うん」と頷いて、彼女も立ち上がって、僕の方を向き、僕の腰に手を回した。彼女の豊かな胸が、僕に触れてドキドキしてしまうけど、次の彼女の言葉はそのことを忘れさせるのに十分だった。
「私こそ、ありがとう。久しぶりに、家族以外の人から『大切にされている』って実感を得ることができたのは、他ならぬ慎吾のおかげだよ。辛い話なのに、慎吾はやっぱり暖かい言葉で私を支えてくれる。私も、慎吾のことが愛おしいなって思うよ」
 涙の跡が残っていたけど、そう言って笑顔を向ける更紗は、本当に眩しかった。
 僕は、背中に回していた右手を更紗の頭に乗せて、ポンポンとする。
「もう、子ども扱いして」
と更紗は不服そうに言うけど、でも、口調は柔らかくて、そして、顔は笑っていて。
「ねえ、僕も、手を合せてもいいかな?」
と聞くと、「もちろん、いいわ」と了承してくれたから、目を閉じて、じっと手を合わせた。
(お母さん、更紗の彼氏の東条慎吾と申します。一目見た瞬間から彼女に恋をしました。まだ付き合って1ヶ月と少しですけど、彼女との日々はとても楽しく、一緒に高め合える存在です。ずっと一緒にいられるといいなと思います。天国からご了承いただけると、大変ありがたいです)
 頭の中でそう言いながら、目を開ける。そこには、穏やかな微笑みをたたえた更紗のお母さんの遺影。目元が更紗によく似てるロングヘアーの美しい方だった。
「ありがとう、更紗」
 僕がそう言うと、「それじゃ、この話は終わりにするわね」と言って、
「私の部屋、見てもらおうかな。さっき言った趣味のこと、気になってたでしょ?」
と、この前からの約束事を提案してくれた。
「そうだね。どんなことをしていたのか知りたいよ」
と僕は言うと、更紗は「うん、来てくれる?」と自分の部屋へと促してくれる。
 ”Sarasa’s Room”という熱帯魚の形をしたボードが彼女の部屋のドアに付けられている。
 彼女はドアを開け、僕を招き入れた。
「わお!」
 そこは、二次元化された構築物の世界だった。
 部屋中に飾りたてられたジグソーパズルの森が、沢山のジャンルのあらゆる絵が、ところ狭しと並べられていた。額だけで10枚くらい並んでいて、本棚の一部には、まだ完成させてないのか、「積みパズル」が数種置いてある。
「凄い…。これ、更紗が全部一人で?」
「そう、一人で作ったの。全部、五百ピース以上のものばかりよ」
 更紗の趣味がまさかのジグソーパズルだったのは、とても驚きだ。
「本当に、凄いよ。僕は駄目だな。集中力が続かないし、だれかの手を借りなくちゃね。でも、どうして?」
 きっかけを聞くと、更紗の顔は途端に暗くなった。
「これを始めたのは、ここの前にいた頃、ようやく生活に余裕が出てきてから。
 何とか、家事も綸子と分担することで、体力的に楽にはなったけど、友達関係は前も言っていたとおり、2年の限定だから自分から作らなかった。それでいいと思っていたんだけど、それって孤独ってことじゃない。孤独を紛らわせるために始めたんだよ。
 とにかく、孤独から逃げたかった。孤独を感じたくなかった。そういうこと」
「…」
 時間を忘れて一つのことに没頭できるのは、とても良いことだと思う。それがジグソーパズルだなんて、本当に良いと思う。
「素敵な趣味だよ、更紗。今度ジグソーパズル買ってきて、二人で作りたいって思ったよ。次のここでのおうちデートとしてさ、どう?」
 すると更紗の顔はさっきより輝いて、
「あ、いいわね。いつ作る?」
「テストの後。二日位かければ大丈夫だよね?」
「うん、千ピース位なら、大丈夫よ」
「あとは、どんな絵にするか、なんだけど。更紗って、城郭の写真はないよね?」
 僕は更紗の部屋のジグソーパズルを眺めて気づいたことを言うと、更紗はぽん、と右手で左手の手のひらを叩き、
「そう言われれば…結構定番よね?う~ん、たぶん私自身あまり興味があるわけじゃないからかも」
と今更気づいたような感じで言う。それにつられて僕は笑ってしまい、
「そうなんだ。僕は何気に戦国時代好きだから、お城にはちょっと興味あってね。おもちゃ屋さんへ行くと置いてあるの見たことあるから、今度買ってくるよ」
 そこまで言ってからふと冷静になる。今のシチュエーションって、更紗の部屋で二人きり。ジグソーパズルの迫力に意識を持って行かれていたけれど、自分が置かれている状況に顔が赤くなってくる。
 僕も男だから、ちょっと期待してしまうところがあるけど、更紗は、
「ねぇ慎吾、時間あるんだし、今からジグソーパズル買ってこようよ。そうしたら、テスト明けにすぐパズル作り始められるし、額もあった方が中断するときも便利なの。どう?行かない?」
 そう言われてしまっては、僕は白旗を揚げるしかない。
「オッケー、分かった。今から行こう」
 そして、僕たちは更紗の家を出て商店街に向かう。歩きだから、自転車は駐輪場に置きっ放しにした。
 時間は14時を少し回ったくらい。綸子ちゃんは今、友達とカラオケで日頃のストレスを発散しているだろう。
「綸子ちゃんはカラオケかぁ。更紗はカラオケってどうなの?」
 僕は更紗に尋ねる。
「う~ん、歌うこと自体は苦手じゃない…と思うけど、あまり行く機会はないかな。さっきの話じゃないけど、ここに来る前は誘ってくれる友達もいなかったし」
 更紗はちょっと乾いた笑いを浮かべる。
「あ、そうか…ゴメン」
 僕はつい謝ると、更紗は首を横に振って
「ううん、いいよ。でもさ、いずれは行こうよ。紗友梨さんや和子さんも誘ってさ」
「ああ、そうだね、そうしよう」
 そんなやりとりをして、おもちゃ屋へ向かう。
 ジグソーパズルのコーナーへ行くと、新旧のキャラクターものが多い中、有名な画家のものや風景写真もそれなりにある。風景写真の中には、金閣寺や銀閣寺のような観光名所もあり、その中の一つとして、城郭もあった。
 とても有名な白鷺城こと、姫路城をはじめ、結構有名な城郭がある。
「どんなところが良い?」
「う~ん、九州から出てきて広島、京都と来たから、もうちょっと東の方がいいかなぁ」
 更紗はそう言いながら、城郭の名前を一つ一つ確認しつつ写真を見る。
「東の方か…いっそ、北の方まで行ってみるのはどう?弘前城なんて、結構映えスポットとして有名だった気がするよ」
 僕は、たまたま目に入った弘前城を紹介する。桜の季節に映える城はかなり綺麗だった。
「うわ、これすごく綺麗ね。これにしよう!」
 入店から10分もかからずにあっという間に決まってしまった。ピース数も1000となかなかお手頃らしい。
「あとは、額も買おうよ。これで、1日で終わらなくてもピースをばらけさせずに保管できるしね」
「OK」
 僕がパズル、更紗が額のお金をそれぞれ出し合う。僕はスマホ決済、更紗は現金。
「やっぱり、スマホ決済は楽だねぇ~」
「そうだね。前もってチャージしておけば、それ以上使うこともないし、計画的に使おうと思うから節約にもなるかな」
「…うん、私もやってみよう。今日にでもやって良いかお父さんに聞いてみる」
 買い物もひと段落したので、僕は提案する。
「うん、わかった。でも、これからどうする?これだけで帰ってしまうのもせっかく外に出たからもったいない気がするんだけど、どうかな?」
「あ、私もそう思ってた。もうちょっと、ウィンドウショッピングというか、ちょっと商店街をブラブラしない?」
 更紗も同じこと思っていてくれて良かった。「じゃ、そうしよう」と買った品物は僕が左手に持ち、右手は更紗の左手と恋人つなぎで埋まる。
 商店街を歩いて、洋服を見たり、そのうち15時を回ったから「おやつにしよう」と言って、更紗が告白する前に一緒に食べたクレープをまた食べに行ったりして、楽しくすごくす事ができた。
 16時を回り、少し歩き疲れたので僕たちは更紗の家に戻る。
「そう言えば、勉強道具持ってきたから、少しだけ試験勉強しない?」
 来たときに言えば良かったのだろうけど、つい今の今まで言うの忘れてた。僕は更紗に提案すると、
「あ、そうそう。昼ご飯作る前にちょっと試験勉強していたんだけど、積分で分からないところがあったの。教えてくれる?」
と更紗は言ってくれるから、僕はもちろんだよ、と答えてダイニングテーブルで勉強道具を開く。
 更紗は自分の部屋に勉強道具を取りに行って、少しして戻ってきたから、分からない場所を教えてもらい、解説する。
「あ、そういう意味だったの?やっと理解できたわ。ありがとう慎吾。さすがね」
と言ってくれるから、少し恥ずかしい気持ちを抱えながらも、悪い気はしない。
「じゃあさ、ここの現代文訳って、これで合ってる?」
 僕から質問すると、更紗は真剣な目で僕に答えてくれる。
「…てな感じかな。全くの間違いじゃないけど、少し直せばできる。慎吾も少しずつ苦手克服している感じかな?」
 そう言われて、僕は嬉しい気持ちになった。
 小一時間ほど勉強し、時計も17時半くらいになる。そろそろ帰らないと更紗も夕食の準備があるだろう。
「更紗、そろそろ…」
と時計を見る。「あ、もうこんな時間!?」と更紗は言って、「夕飯作らないと。慎吾、食べていく?」と続ける。僕は流石に、昼のみならず、夜もというのは気が引けるので、「昼も夜もは悪いよ。また次の機会にしてくれると嬉しいかな」と答えた。
「…ちょっと残念だけど、確かにそう思っちゃうよね。それじゃ、また今度ね」
 少し残念そうな表情を見せて、更紗はそう言ってくれた。
 僕たちは、勉強道具を片付ける。そして、僕はポケットから自転車の鍵を取り出して、玄関で靴を履く。それから更紗に向き直って、
「今日は本当にお招きありがとう。テスト終わった時は、またジグソーパズルで寄らせてもらうね」
と謝意を伝えた。更紗は、
「うん、こちらこそ、料理を褒めてくれて嬉しかったよ、ありがとう。明日から4人での勉強会、頑張って、テスト乗り越えて、ジグソーパズルを作ろうね」
と言ってくれて、手を差し出す。
 僕がその手に触れるや否や、更紗は「スキあり」と言って僕の手を握り、自分の方に引き寄せる。僕は不意打ちに思わず身体が前のめりになってしまった。
 前のめりになった僕の身体の行き先は、更紗の豊満な胸。そこに僕の胸が触れるかどうかと言うところで、更紗の顔が僕の顔に最接近する。そして――

 チュッ…

 僕の右頬に、柔らかいものが触れた。
 僕の身体は、更紗の胸に飛び込んだ形で柔らかい双丘が僕の胸に当たっている。
 そのことを意識したとたん、僕の心臓は一気に心拍数を上げ、顔は上気する。
「慎吾、大好き」
 真っ赤な顔になって、更紗は僕の耳元でそう言うものだから、僕も負けじと
「僕も、更紗が大好きだよ」
 と言って抱き寄せて、二人でしっかりと抱き合う。その刹那、後ろの玄関扉が解錠されてドアが開く。
 入ってきたのは、18時よりちょっと早めに入ってきた綸子ちゃんだった。
「あ~~~~!お姉ちゃん!ずるい!」
 僕たちが玄関先で抱き合っているところを見てしまった綸子ちゃんの怒声が、その階一帯に響く。
「綸子、声大きい!」「ご、ごめん!」
 更紗も少し大きな声で綸子ちゃんに怒ってしまうと、綸子ちゃんは反射的に謝ってドアを慌てて閉める。
「は、ははは…」
 ここ最近、乾いた笑いをすることが多い気がするけど、それはそれで。
 何とか綸子ちゃんをなだめて(明後日の土曜日に、綸子ちゃんに全部入りクレープをおごるということでなんとか納得してもらえた)、とっても楽しかった一日が幕を閉じた。




 ああ、びっくりした!まさかあんなタイミングで綸子が帰ってくるなんて!帰ってきたのがお父さんじゃなくて良かったかも…。
 それも、ほっぺにキスした時じゃなくて良かった。見られてたら、もっと綸子は怒ったと思う。でも、慎吾は私の彼氏なのだから、そこは分かってほしい。
 まだ帰ってほしくなかったから引き留めたい想い、お母さんのことを告白した時に、大切にされていると実感して、慎吾のことをもっと愛したいという想いもあって、ついほっぺにキスをしちゃった。キスしてから、すごく私自身恥ずかしかったけど、もちろん、後悔はしていない。
 とっても楽しかったし、私の一面を知ってもらえて良かったし、何より慎吾が私のお母さんに向かって手を合わせてくれたことが、私の過去を受け入れてくれた証左の気がして、本当に嬉しかった。きっと、お母さんは彼のことを了承してくれたと思う。
「今日はどうだった?更紗」
 夕食は、珍しく18時過ぎに帰ってきたお父さんも一緒に食べる。そんなときに、そう話しかけてきてきた。だから私は、
「お父さんの言ったとおり、確かに、慎吾は深刻に受け止めたと思うけど、でも、過去は変えられないから、コントロールできないことだから、受け入れてもらえたと思う」
と答えると、お父さんは満足そうに頷いていた。
「あと、私の部屋のジグソーパズル見て褒めてくれて、テスト終わったら一緒にすることになったの」
「ほう、それはいいことだね。楽しみなさい。でも、そんも前にしっかり勉強だね。綸子も明日から試験期間だろ?頑張りなさい。今している努力は決して無駄にならないから」
「はい、お父さん」
 綸子は素直に返事する。
「お父さん、そろそろ私も、決済アプリ使って良いかな?慎吾が使っているところ見ていたら、便利だなって思って」
 私は、お父さんに聞いてみた。
「うん、チャージして使う形なら良いかな。小遣いの一部を使うだけなら別に構わないよ。ただし、計画的に使うように」
「お姉ちゃん、良いなぁ」
「綸子は高校生になってからな」
「ぶー。分かったよぉ」
 久しぶりに3人揃っての団らん。久しぶりにおしゃべりに花が咲く。でも、私は物足りなくて、つい口に出してしまう。
「ここに慎吾が入ると良いのになぁ」
って。その言葉に、お父さんが反応した。
「ん?東条くんは誘ってみたのかい?」
「誘ったけど、昼も夜もは気が引けるからって…」
 お父さんは、少し残念そうな顔をしたけど、すぐ笑顔になって。
「…彼らしい、思いやりだな。成人…いや、彼と更紗が二十歳になったら、一緒に酒を酌み交わしたいよ」
「うん、そうなるように、一緒にいられるように頑張るね」
「…お姉ちゃん、いいなぁ…私も東条さんみたいな優しい彼氏欲しい…」
「…あなたもそのうちできるわよ。というか、あなたの方がより社交的だし、可愛いから、すぐできると思ったんだけど…」
 羨ましがる綸子の方が陽キャタイプなので、とっくに彼氏でもいるかと思ったからついそう言ってしまう。でも、綸子は大きくため息をついて、
「うちのクラスの男子、みんなお子ちゃまなのよね…考え方がしょうもないっていうか…」
 そう答えるけど、そんなものだよねぇ…綸子が大人の考え方になっている気がする。
「綸子、中学校の男子って、まだまだそんなものだよ」
 私がそうアドバイスすると、綸子はお父さんに聞く。
「お父さんもそうだったの?」
「…まぁな」
 少しばかりバツの悪そうな顔をして、お父さんは苦笑いを浮かべた。
「…そうなんだね。まぁ、でも、今まで告白してきた男子って、全然タイプじゃないから良いんだけど」
「てか綸子、何人に告白されたの?」
「もう5人くらい?その中には、陰キャから陽キャまでいたけど、全然、ピンとこなかった。と言うか、やっぱり東条さんと比較しちゃって、あの人達、全然優しくないから…」
「綸子も慎吾のこと好きだからねぇ」
「うん、お姉ちゃんが本当に羨ましいよ」
「でもね、慎吾はただ優しいだけじゃないからね。たまに厳しいことも言ってくれるよ。あそこまで思ってくれて、行動してくれる人は希有だと思うよ」
「そっか…」
「でも、お前にもそのうちいい人が現れるさ。今じゃないかもしれないけど、きちんと人を見て行動すれば、巡り会えると俺は思う」
 お父さんが綸子に諭すように言うと、綸子も「そうだね。焦らないことにするよ」と言ってから、「ごちそうさま」と食べ終わった食器をキッチンへ運んで洗う。
 綸子が洗い終える頃には私もお父さんも食べ終わって、私たちの分は、私自身で洗う。綸子は「じゃ、テスト勉強するね。お姉ちゃん、お風呂上がったら呼んでね」と自室へ引きこもった。
「…私もお皿洗いしたら勉強かな。お父さん、先にお風呂入ってくれる?」
「ん、分かった。先に入るよ」
 お父さんはお風呂へ向かった。その間に、私はお皿を洗って、片付ける。
 お父さんが入っている間は、ちょっとライナーで夢衣ちゃん、紗友梨さん、和子さんのグループで今日の出来事を情報共有。
「良かったですね~」
 と言う夢衣ちゃんからの言葉に私は満足する。そして、「明日からは夢衣ちゃんと矢野くんも放課後一緒に勉強するよね?よろしく!」
 「はい」というスタンプが送られてきて、紗友梨さん、和子さんから「頑張って」というスタンプが届く。二人の頑張れって、どっちの意味なんだろうなぁ。でも、とにかく頑張って、いい点取れるといいな、と思っている。

 翌日は、金曜日。最後の授業のロングホームの時に、春日先生はクラスに入ってくるなり「みんな、タブレットを出して~」と言う。
 教室のみんなは、少しざわざわしながらタブレットを出す。もちろん私も、隣の慎吾もタブレットを出した。
「この前の模試の結果が返ってきた。アプリ開いてみてくれ。今日のロングホームは、それを見て、このメモアプリに配布した振り返りに記載の上クラスアプリに転送してくれ。よく考えて書いてくれよな」
 私は、結果を見る。予想通り国語はまあまあいい点、70点台で、英語が80点台後半と上出来だった。数学は、いつも40点台だけど、今回は60点を超える点が取れた!模試でこんな点数、初めてみたかもしれない。私は思わず、隣の慎吾に話しかけていた。
「初めて数学60点越えたよ!」
「おお、すごい!おめでとう!」
 慎吾は満面の笑みを浮かべて、私の結果を喜んでくれる。
「慎吾はどうだった?」「ん?僕数学は95。国英は50点台後半。更紗のおかげで国英は50点越えることができたよ」
「そうなんだ、良かった~」
と、私たちは思わず両手を挙げてハイタッチ。すると、その様子を見ていた春日先生が、
「お~い、東条と大原、一番後ろで他の連中が見ていないのをいいことに、イチャイチャすんなよ~」
 なんて言うから、クラスメイトの視線が私たちに刺さって、私たちは顔を赤くして下を向いてしまう。
「お熱い二人でうらやましいぜ」「ホント、仲良くて羨ましいを通り越して、尊いと思ってるよ」「東条は、絶対に大原さんを泣かすなよ!」
 クラスの男子数人かが私たちをからかうけど、女子も女子で、「おしどり夫婦ね~」「お似合いの二人だと思うな」「来年もクラス一緒かなぁ?」なんて言うものだから、本当に二人とも顔を上げられなくてタブレットとにらめっこしちゃった。
 そして、この結果で文系か理系かを決める話になっていたのだから、しっかり考えて決めよう。にらめっこしながら考えた結論は――

「文系にしようと思う。慎吾とクラスが離れてしまうのは百も承知だけど、自分のやりたいこと、専門にしたいことを考えたら、文系なんだ。英語の先生になれるといいと思う」
 自習室へ向かう前に、二人で教室に残って話すことにしていた。そして、私は慎吾に自分の進むべき進路をハッキリ伝えた。すると慎吾は、
「うん、更紗の出した結論に異論はないよ。クラスが別れちゃうのは寂しいけど、逆に考えれば、お互いの弱点を放課後の勉強で補えるかなと」
と言うから、「あぁ、なるほど」そういう考え方もあるんだと納得した。
「でも、僕以外3人文系か…かなり寂しいことになりそうだ」
 慎吾はちょっと肩を落とす。
「ゴメンね…」
 私は謝るけど、
「謝る必要はないよ。大丈夫、授業以外は一緒にいるんだから」
と、前向きに構える慎吾は、本当に格好いいなぁ…。
 そして自習室に入ると、矢野くんと夢衣ちゃんがもうすでにスタンバイしていた。
「ごめん、待っててくれてありがとう、幸弘、夢衣」
と慎吾は言って、席に座る。私は慎吾の横に座る。
「で?文理は決めたのか?」
 矢野くんが聞くと、「僕は理系で、更紗は文系だよ。クラス別れるのは寂しいけどね、仕方がない」と慎吾が言うから、矢野くんは「そうか。分かった。大原さんに変な虫がつかないよう、俺と夢衣で見張るわ」と言う。その言葉に慎吾は、
「ありがとう、頼むよ」
と、答えていた。でも、夢衣ちゃんが
「でも逆に、東条くんの理系も心配ですよ。見張ってくれる人がいないから、アプローチしてくる人がいても止められません」
なんて言うものだから、「あ…」と逆に心配になる。
「でも、大丈夫だろ?慎吾は一途だし。そう簡単に心変わりすることはないよ」
 矢野くんがそう保証してくれるのは、とてもありがたい。
「さ、それじゃ、始めましょう。頑張ろうね」
 私は元気よくそう言って、始めを促す。そして、みっちり2時間、各自勉強を進めていく。
 時折、質問を混ぜていきながら問題を解いていくけど、慎吾のおかげで数学の問題の解き方が分かってきた感じだ。
 慎吾も昨日の話じゃないけど、だいぶん問題文を読むスピードや解くスピードが上がってきたように感じて、私の教え方が悪くなかったんだろうとは思う。

 そんな風に過ごした試験期間もあっという間に終わり、私と慎吾はそれぞれの苦手科目でそれまでに取ったことない、それなりにいい点を取れたのがお互いに嬉しいことだった。
 それに、ジグソーパズルも思いの外手間取ってしまったけど、何とか2日間かけて完成させることができたし、その2日間も、いろんな事を話しながらやっていったけど、ホント、「集中力が続かないよ」なんて、どの口が言ってたんだろう、私よりも熱中してたよ。
 そのことを言うと、「そうなんだよね、思いの外集中できたよ。自分でも驚いた」なんて言っていたっけ。
 そのあとは球技大会もあって私たちは大いに楽しんで、部活も再開して慎吾も選手として復帰すると、本当に捻挫で1ヶ月近く動けなかったのが嘘のように動いていて、私をはじめとして、野山くんや則子も驚いていた。あっという間に感覚を取り戻していたと思う。

 そして、2学期が終わり2日目の25日。ダブルデート当日になった。テストが終わった日に慎吾が矢野くんを誘ってくれたんだ。勿論即答だったみたいで、このデートで二人とも告白して、つき合うようになると良いなって、本当に思っている。
 私は、朝6時に起きて朝食を作る。
 トーストに卵焼き、私定番のゆでブロッコリーに、ミニトマト。
 朝食を作っている間に起きてきた綸子が「おはよう」と言ってくるから、私も「おはよう、綸子。早いね」と返す。
「うん、なんだか目が覚めちゃって。これからダブルデート、だっけ?羨ましいよ」
 綸子は本当に羨ましそうな声を上げる。
「綸子も彼氏できたら、一緒に遊びに行く?」「考えておくけど、今はでもまだ相手いないよ」「そっか…」
 なんて会話をしながら、弁当を完成させると、私は着替える。
 今日は、少し生地の厚い白いロングTシャツの上に、青いデニム地のオーバーオール、さらにその上には、山吹色のカーディガンをまとった。今日は気温が例年より高くて11月上旬の気温とそれなりに暖かい小春日和になる予想なので、これくらいの薄着でも大丈夫。
「それじゃ、行ってくるね」
 朝食を食べ終え、歯磨き・洗顔をして服装と持ち物をもう一度チェックしたら、この日のために靴屋で買った水色のスニーカー(実は、慎吾と同じメーカーで、色違いのおそろい)を履いて、私は家を出る。
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
と綸子の言葉を聞き、いつもの慎吾との待ち合わせ場所、商店街の入り口へと急ぐ。
 やっぱり、そこには慎吾が既に待っていた。…お兄さんと一緒に。
 慎吾の今日の服は、黄色のカッターシャツに黒のジャケット、青のデニムパンツと、緑のスニーカー、そして、勤労感謝の日のおうちデートの時にもしていたニット帽。意外と似合う。そして、色合いも似ているところがあって、思わず二人ともにんまり。全然お揃いにしようとか言ってないのにこのシンクロ率はなかなかだと思った。
「あ、お兄さん、おはようございます。今日はお世話になります」
 実は、試験期間中の週末に慎吾の家と私の家を交互に勉強会場にしていたから、その時にお兄さんとは初めて会っている。今日行くテーマパークは隣県にあって、電車で行くには少し交通費がかかる。そこで、慎吾がお兄さんに頼んだら、快諾してくれたということだった。
「更紗さん、おはよう。うん、そんなに畏まることはないよ。ちょっと遠いからこれが妥当だと思うよ。それにしても、二人で合わせたわけじゃないんだろ、その服のコーデ。いや、すごいな」
「ありがとうございます。すごい偶然だなって思います」
 私は思わずお礼を言ってしまう。
「ですよね~。さぁ、それじゃ行くことにしよう。慎吾、あとは幸弘くんと夢衣ちゃんだね?」
「うん、そうだよ晴兄。よろしく」
「お安いご用だ。すまんが、二人を乗せたあとは、俺の彼女も乗せるからちょっと寄り道するよ」
 お兄さんの車は、背の低いワンボックスカーだ。7人乗りなので、私たち4人が乗ってもある程度余裕がある。
「お邪魔します」
 私と慎吾は後部座席に座る。あとの二人を乗せた時点で、私たちは更に後ろの二人がけの席に移動するつもりだった。
「それじゃ、よろしく」
と慎吾がお兄さんに告げると、車は走り出した。
 5分ほどで矢野くん、更に3分で夢衣ちゃんを車に乗せ、いざテーマパークへ。
 矢野くんは全身が黒で統一されたロングTシャツにジャケット、スラックス。暗めな印象を与えがちな黒だけど、矢野くんが着ると引き締まって見える。正直、やっぱりイケメンはイケメンと思ってしまう。そして、夢衣ちゃんの方はピンクを基調にしたロリータワンピースをメインに、黒の上着とニーソックスといわゆる地雷系?のような感じだけど、夢衣ちゃんって上品だから全然地雷係女子に見えないんだよね。すごく可愛い。
「快晴で良かったな。雨が降られたら敵わんかった」
 矢野くんが安堵の表情で言うものだから、私たちも「そうだね」と言う。
 雨だと確かに困るよねぇ…乗りたいものも乗れなくなるし、それ以上に濡れるし…。
「それにしても、君たちはいいよねぇ、青春だよねぇ」
「晴兄、何言ってるんだよ。晴兄だって婚約者いるだろうに」
「そうだけど、これが10代というのが貴重なんだよ。初々しい感じでさ、楽しんでこいよな」
「…ありがと」
 そのあとお兄さんの婚約者も助手席に乗り込んで、6人でワイワイ言いながらテーマパークへと向かう。お兄さんの婚約者は、仕事のできるクールビューティーって言う感じで、取っつきにくそうに見えたけど、いざ話してみるととても気さくでいい人だった。
 入り口近くの一般車乗降所で私たち4人は降りる。お兄さんは、
「17時くらいに出てくるんだろ?それまで俺も彼女とデートしてくるから、気を遣わなくていいぞ」と、颯爽と去っていく。
「じゃ、入ろうよ」
 前もって通販サイトでチケットを入手していた慎吾からライナーでもらった入場券のQRコードを入り口でかざして入る。
「なんてスムーズに入場できる便利機能なんだろうね、文明の進歩ってすごいなぁ」
 なんて思わず口に出して言ってしまうと、みんな私の言葉に笑ってしまっている。もちろん入場料は慎吾へもう払ってある。それは、矢野くんも夢衣ちゃんも一緒だった。
 入場したテーマパークは、入ってすぐ巨大なオブジェが私たちを歓迎してくれる。そのオブジェをバックに、私たちはそれぞれのスマホで自撮りしたり、私は慎吾と、夢衣ちゃんは矢野くんとツーショットで自撮り、そして最後は、4人で並んでいるところを自撮り棒を使って撮影する。
 どんどんテンションが上がっていくことを感じて、笑みがこぼれる。
 今日はクリスマスなのに、思いの外お客さんの数は多くないのかなと思ったけどそんな甘い話しはなく、たくさんの人が訪れている。自撮りが終わると次のお客さんがすぐ私たちのいた場所に陣取って、同じように自撮りを始めていた。
「さぁ、まずはどこへ行こうか?」
 矢野くんの促しに慎吾は、「そうだね…まずは、乗り物に乗りながらガンシューティングができるのをしてみたいよ」と言う。私は地面に足が着いていれば問題ないので、それならばとOKした。
「じゃ、夢衣もそれでいい?」と矢野くんが聞くと、夢衣ちゃんは「ええ、大丈夫です」というので、まずはそのガンシューティングができるところへと向かう。
 建物の前にはすでに数十人の人の列。でも、それくらいであれば待ち時間は20分程度なので、おしゃべりしている間に順番はやってくる。
 建物の中に列が吸い込まれていくと、やや暗がりになっていて、奥が見難かった。どんな感じなのか、わくわくしてくる。
「どんな感じなんだろうね」「ちょっと暗くて、想像つかないからちょっと怖い気も、しますけど」
 私の言葉に夢衣ちゃんが続く。
「大丈夫、大丈夫。でも、このアトラクションのアニメって、この前テレビでやっていたやつだよな?ちょっとしか見てなかったけど、なんか笑えたぞ」「あ、そうだったんだ。実は僕はレコーダーに録っただけで、まだ見てないんだよね」
 矢野くんが受けた言葉に、慎吾が反応する。実は私も面白そうとは思っていても、レコーダーに録ることすら忘れていたので、丁度良い機会だと思い、
「あ~慎吾、なら今度一緒に見せてもらって良い?お正月にでも!」
と言うと、慎吾の答えは勿論「ああ、いいよ」と答えてくれた。そんな私たちに夢衣ちゃんは、
「正月からイチャイチャするつもりなんですね。初詣の約束は守って下さいね?」
と、念を押してくる。テンションが上がっている私は夢衣ちゃんに向き合って、
「夢衣ちゃん!大丈夫!勿論初詣は一緒に行くよ。そのあとか、その翌日にでも慎吾の家に寄らせてもらおうかなって思ってるんだ」
 そう答えて前を向くと予想よりも早く、ものの10分ほどで順番が来た。
「あ、もう順番だ。それじゃ行こうよ」
 慎吾がそう言って、みんなを促す。
 ガンシューティングの乗り物は二人乗りで、勿論私と慎吾、夢衣ちゃんと矢野くんのペアで乗る。銃は車のような乗り物に2つ備え付けられ、上下左右に動く。その銃はハンドルのように持つことができ、左右の親指でレーザーの弾を発射する仕組みみたい。
 一通り説明を聞いて、いざアトラクションがスタートすると、暗い中にCGでいろんなキャラクターとその敵が出てきて、敵が的になっているから、私たちは「このこのこのこの~」と銃を乱射する。一体一体、私たちのペアは点数をほぼ互角で稼ぐ。
「あ~楽しい!」「面白いなぁ!」と私たちは本当に笑顔で次々と敵を撃っていく。最後のラスボスも、「そりゃ~!」って気合いを入れて撃破!二人で最後は「イエ~イ!」とハイタッチ!本当に楽しかった~。
 一方、夢衣ちゃんはどうしてもこういうのは苦手みたいで、敵に照準をやっと合わせたと思っても、ふっと逃げられたり、矢野くんがその敵を撃ってしまったりであまり楽しめなかったみたい。「夢衣は慎重だから、どうしても照準をじっくり合わせようとしてしまう。それがこういうゲームとは合わないんだよな。だから、仕方ないよ」と矢野くんはフォローする。「そうですね。次はじっくり狙えるようなゲームが良いです」と夢衣ちゃんは言った。
 だけど――
「次は、絶叫系が良いなぁ…どう?」
 慎吾がそう言ってくる。…まぁ、誰かは言い出すと思ったんだけど…
「ごめん、慎吾。私、絶叫系苦手…というか、高いところ好きじゃないんだ。できれば、飛行機も乗りたくないし、コースター系のアトラクションもあまり乗りたいと思わないの」




 え?そうなんだ…すごく意外だった。更紗のような性格だと、絶叫系は好きな感じだと思ったけど、高所恐怖症というのであれば無理強いしない方がいい。
「そっか、残念。でも、何かきっかけがあったの?」
 僕は疑問に思ったから聞いてみると、
「うん、幼稚園くらいだったと思うけど、公園のジャングルジムから落ちて左腕を骨折したんだ…その落ちた時の感覚を今はもうかなり稀だけど、それでも年に1回くらいは思い出してしまうことがあって、足がすくむんだ。学園の2階や3階はもう慣れたけど、それでもたまに怖いと思うことがある…」
「…ゴメン…嫌なこと思い出させちゃって」
 これは、筋金入りだ。だから、絶叫系に誘うのは、冗談でもやめておこう。
「ううん、大丈夫だよ。今、見てるだけなら全然問題ないから。慎吾は矢野くんと乗ってきたら?夢衣ちゃんも絶叫系は苦手でしょ?」
「ええ、そうですね。私たちは待っていますから、是非ともお二人で乗ってきてください」
 女性陣二人の促しに、実のところ一抹の不安を感じる。
 活動的に見える更紗と、ロリータファッションの夢衣。ぶっちゃけ言ってしまえば対照的でかつ悪目立ちをするから、ろくでもない輩から目を付けられそうで…。
「いや、やめておこう。だって、更紗と夢衣を置いていくのは本当に心配。幸弘もそう思うだろ?」
 幸弘に話を振ると、幸弘も頷く。
「ああ。良くも悪くもめっちゃ目立つ二人だから、俺たちがいなくなったらナンパされるのは目に見えているからな。現に、ここに来るまでに、どれだけの野郎どもから視線を感じたか」
「…でも、私たちのせいでテーマパークを楽しめなくなるのは嫌だよ」
「そうです。めいっぱい楽しみたいのですよね?」
 そう言われても、僕たちが自分勝手に楽しんでいる間に、他の男から声をかけられる方がよっぽど嫌だ!だから、僕は二人に言おうとしたけど、幸弘が先に言った。
「いや、もう一度言わせてもらうが、二人とも自分たちの顔やスタイルが人並み以上だと言うことを自覚してくれよ。ボンキュッボンのわがままボディで、元気系美人の大原さんと、スレンダーながらそれなりに胸があって、地雷系ファッションでも清楚になる黒髪ロング美人な夢衣の二人並んでいるとだな、マジで目立つんだよ。正直、今でも周りを見ると数人の男がこちらをちらちら見てるのに気づかないか?彼女持ちにもかかわらず見てくる奴もいる。そんな状況で、絶対に夢衣と大原さんだけにしちゃいけないんだよ。なぁに、絶叫系は乗らなくてもまだまだ楽しめるからな。たとえば…コーヒーカップとか」
 彼の台詞に僕は同調する。
「おお、流石幸弘。コーヒーカップならいいよね?」
「ええ、いいけど…さすが矢野くん、さらっと私たちの体型をぶっ込んでくるところ、スケベトークの面目躍如だよ」
「はい、矢野くんって…私たちのこと、そんな目で見てたんですね」
「だって、男だもん。慎吾だってそう思ってるさ。こいつも、こう見えてムッツリだからな」
 女性陣の皮肉や非難を浴びてもどこ吹く風の幸弘が、俺に流れ弾を撃ってくる。
「おい幸弘。僕はねぇ…」
「でも、マラソン練習の時にめっちゃ気にしていたのは覚えているぞ」
「…ああ、認めるよ。これでいいだろ?」
と、僕はやけくそになって認める。
「大丈夫、だって慎吾の指摘で運動する時は気をつけることにしたから、気にしてないよ」
「ありがとう、更紗」
 更紗の援護射撃で僕は息を吹き返し、僕は話を変える。
「これは、僕と更紗の仲直りのお礼だから、夢衣が一番楽しんでもらわないといけないんだ。だから、夢衣があまり乗りたくないものは、後回し。夢衣が乗りたいのに乗っていくよ。良いね、夢衣?」
 そう言われると、「そう言えば」とハッとする夢衣。でも、次の瞬間には笑顔になって、「はい!」
と返事をしてくれた。

 コーヒーカップはそれほど混んでいなくて、すぐに乗ることができた。今度のペアは、更紗と幸弘、僕と夢衣だ。これは、夢衣たっての希望だったから、断るわけにはいかなかった。更紗ももちろん、「それでいいよ」と納得してくれている。

 ガタッ…

 コーヒーカップは動き出す。手元のテーブル上のハンドルを少し回して、カップを回転させる。ゆっくりしたペースで回し、夢衣の様子を見る。車酔いしやすい体質だから、あまり無茶はできない。だからこそ、疑問に思ったことを聞けるチャンスだった。
「? 東条くん、私の顔に何かついていますか?」
「いや、そうじゃないよ。どうして今回は、僕となんだろうって思ってさ」
 夢衣は、ちょっと首をかしげると、「ああ」といった感じで微笑む。
 そういう仕草と顔、小学校時代から変わってない…。そう、その頃から、この微笑みが好きだった。困らせた顔も可愛かったけど、こっちの顔の方が大好きだったから、それに気づいてからは、悪戯しようなんて全然思わなかった。夢衣に優しくしていくうちに、誰にでも仲良くしていこうと思うようになったんだ。
 夢衣は、口を開く。
「…お礼が言いたかった、と言うことです。今日、こんな日を設定してくれた感謝と、私を好きでいていただいたことへの感謝です。前者は、またあとで謝意を述べさせていただきますけど、後者は今、この二人の時だけしか言えませんから」
 少し離れたところで、更紗と幸弘が激しくコーヒーカップを動かし、「いぇーい!」とテンション高く声を上げているのを見て、「元気だな」と僕はつぶやく。夢衣もふっと笑って、話を続けた。
「私にとても優しくしてくれた小学校時代、特に最後の方は、私も東条くんのことが大好きでした。中学部に上がって、時期が来たら告白しよう、そう思っていたんですけど、中田くんに無理矢理唇を奪われそうになったあの時から男性不信・男性恐怖になってしまったことは、以前お話ししたとおりです。
 そして、東条くんが私のことを『夢衣』から『三上』に呼び方を変えたとき、『ああ、お互いに、好きな気持ちを諦めてしまったんだ』ってことに気がつきました。東条くんと矢野くん…幸弘さんの二人だけは、信頼していたのにもかかわらず、心のどこかで警戒してしまう自分の弱さが、イヤでした。
 そんな気持ちを最近、良い意味で幸弘さんが崩してくれました。でも、私は幸弘さんのことを好きになったと思えるようになったのは、東条くんのおかげなんです。中田くんの一件を解決してくれたとき、私は本当に、『これで前を向ける』って思ったのですから」
 夢衣は、もう一呼吸置く。
「なので私を好きでいてくれたことに、感謝します。東条く…いえ、これからはやっぱり小学校の時のように慎吾くんって呼びますね。これからも、仲の良い幼馴染みでいてもらえますか?幸弘さんとのことで迷うことがあったら相談させて下さい」
 そう言われてしまって、断る理由はない。僕は、「分かったよ。いつでも呼んでくれて良い。僕も、夢衣に更紗とのことを相談することがあるかもしれないから、その時は協力をお願いするよ」
 夢衣の笑顔はさらに輝いて、
「勿論、相談して下さいね」
と返してくる。そして――

 キッ!

とコーヒーカップは停止する。ハンドルを回すことも忘れて話していたから、正直、楽しかったと言うよりは、緊張したという方が大きいなぁ、と思う。
 コーヒーカップから降りるときに、夢衣が転ばないように手を添えてエスコートすると、「さすが慎吾、紳士よね~」と更紗のからかう声が聞こえる。
 僕は、夢衣を降ろすと更紗の側に寄って、
「ただいま、更紗。そっちはめっちゃ回しまくって楽しんでいたね」
「あ、分かった?」
「そりゃ、あれだけ大声出しながらくるくる回っていたら目立つって」
「それもそうか」
 ふっと更紗は笑う。でも、真顔になって
「夢衣ちゃんと何話してたの?」
 …見られていたようだ。夢衣との話をかいつまんですると、更紗は納得したようで、
「そうね。夢衣ちゃんと慎吾は仲の良い幼馴染みでいれば良いと思うよ。私をずっと1番と思ってくれるんでしょ?」
と言ってくる。それは、当たり前だろ?僕は、「勿論更紗は僕の1番だよ。ずっと、ね」と言って、左手を差し出して更紗の右手を恋人つなぎで組み、右手は素早く更紗の腰に回してぐっと抱き寄せる。
「更紗が大好きだもの」
 実はちょっと周りにいた男が数人、僕たち――というか更紗に――やっぱり視線を向けているように見えたから、周りに見せつけるように僕はそう言う。そして、更紗の顔をのぞき込むと、真っ赤になっていた。
「もう…最近の慎吾って、そういうところがカッコ良くなってきて本当に照れるんだよ」
 なんて言うんだけど、
「お~いそこ、二人の世界に入ってるなよ~次のアトラクションへ行くぞ~」
という幸弘の言葉に「ごめんごめん」と言って着いていく。

 11時を回って少しくらいの時間帯だけど、少し早めに出るために早起きしたこともあり、先に昼食を食べようという話になった。
 12時に近くなると、いっぱいになって並ぶことになってしまうだろうから、あまりならばない方が良いよね。と、更紗が夢衣にリクエストを聞く。
「夢衣ちゃん、何が良い?」
 夢衣は少し「う~ん」とスマホでパーク内のレストランを調べながら考えるそぶりを見せる。そして、少しして口を開いた。
「そうですね、イタリアンなんてどうでしょうか?ここからほど近いところにありますし、皆さん好きですよね?」
 全く夢衣は…。こういう時にみんなのことより自分のことを考えてくれれば良いのに。と思うけど、そうだよな、夢衣らしい。
「うん、わたしはいいよ。慎吾と矢野くんは?」
 更紗が聞くので、僕は特に異論ない。幸弘を見ても、同様だったらしく僕の顔を見ると頷いた。
「問題ないよ、そこにしよう」
 僕が二人の意見としてそう伝えると、夢衣はホッとした感じで、
「それでは、行きましょう」
と僕たちを促した。
 店内に入ると、既に数席家族連れとカップルで埋まっていたが、待つほどでもなくすんなりと注文することができた。
 夢衣はカルボナーラ、幸弘はボンゴレとポテト、ドリンクバーのセット、更紗はミートソースにポテト、ドリンクバーのセット、僕も更紗と同じにした。
「テーマパーク内の食事処は、どこも高いよね~普通のジュースの自販機も、倍位するし、飲み物くらいは自前必須かもね」
「そうですね。お土産も高いですし、計画的に使わないといけません」
 今日はみんな、1万5千円くらいは持ってきていると思うけど、確かに、食事とお土産で吹っ飛んでしまいそうだ。僕の家では、正月もこれで過ごせとのことだから、ちょっとばかり節約しないといけない。
「そういえば、みんな正月の予定はどうなってるの?更紗と夢衣は、元日に初詣行くんだよね?」
 料理ができるまでの間はカウンター前で待っていなくてはいけないのだけど、いかんせん手持ち無沙汰だから僕は聞いてみる。
「そうね、でも、初詣は午前中に行くつもりだから、お昼以降は三が日何も予定ないと思う。うちは、転勤族だったでしょ?だから、親戚とも没交渉で行ったり来たりはしないから」
「初詣は和子さん、紗友梨さんも一緒に行く予定なんです。でも、今の時点で色々考えてしまって…」
「?なにを考えるんだ、夢衣?」
 幸弘が疑問を口にすると、
「さっきの幸弘さんの話じゃないですが、私たち4人だけだと何かと男性から声をかけられるかもしれないと思って…」
 幸弘は「ああ」と納得して、
「ナンパされるかもって言う事ね。確かに、大木さんや中山さんも夢衣や大原さんとはまた違った魅力あるし、大勢の男集団からナンパされる可能性は高いよな。…じゃ、4人の用心棒にでもつくか、慎吾?」
 いきなり名前を呼ばれたけど、「もちろんだよ」と即答する。
「はい、決まり」
 と、僕たちは初詣のボディーガードさせることに決まった。元旦って別にすることないし、年賀状見るくらいだから遅れずに家を出て更紗を迎えに行き一緒に向かえば、夢衣の言っていた神社には集合時間に到着するはずだから、特に問題はない。
「よろしくお願いします!」「慎吾、よろしくね。矢野くんも一緒だから男の子2人だと心強いわ」と女性陣が礼を言ってくれる。それと同時に、「じゃ、今のうちに和子さん紗友梨さんにも伝えておこう」と、更紗がさっとスマホを取り出してライナーでそのことを二人に伝える。
 その返事を待っている間に料理が出てきた。僕たちは料理を受け取って、空いている席に座る。やっぱり僕と更紗が隣同士、幸弘と夢衣も隣同士。男同士、女同士で差し向かいになる、勉強会の時のいつものスタイル。これが一番しっくりくる。
「いただきます」
 みんなで合掌して、口にパスタを頬張る。うん、美味しい。
「美味しいねぇ」
「みんなで食べているからかなぁ。美味しく感じるよね!」
 僕と弘幸は、お腹がずいぶん減っていて結構早いペースで食べる。夢衣が半分ほど食べたところで、僕たちがほぼ食べ終わるような感じだった。
「夢衣、大原さん、ゆっくり食べていいからね」
 幸弘がそう言う。僕も一緒に頷く。
「はい、少しだけ、待っていてください」「うん、ありがとう」
 僕と幸弘は二人が差し向かいで喋りながら食べる楽しそうな光景をスマホで撮影する。
「あ、撮ったね」
 更紗が僕たちに気づいてそう言う。僕は、
「だって、二人の会話しているところ、いい笑顔だからさ」
「そう?そう言われて悪い気はしないわ。別にいいわよ。あとで送ってね」
と言われたので、早速仲間内のライナーに今撮ったばかりの二人の写真を送っておいた。
「さすが、仕事が早い」
 なんて更紗は茶化すけど、食事に集中していて、写真はきっと食べたあとで見るのだろう。
 10分ほど待つと二人とも食事が終わって、少しお腹がこなれるのを待ちながら、更紗と夢衣は大木さん、中山さんからの返事を見て、返事をしていた。
「いいよって。むしろ、お願いしたいなって思っていたって。中山さんも、お兄さんに来てもらうつもりだって言ってるわ」
「これで、心置きなく初詣に出かけられますね」
 二人からの返事を伝えてくれた二人は、心から安堵した感じだった。それで落ち着いたのもあるだろう。スマホを操作しながら、
「さぁ、次はどこに行く?夢衣ちゃん決めてよ」
 更紗がさっき送った写真を見ながら聞く。夢衣は、
「そうですね…シアターで3D映像を見てみたいです」
 人気アニメが3D画像で大暴れするシアターに行ってみたいようだ。
「あ、夢衣もこの作品好きだったか?」
 幸弘がそう夢衣に聞くと、
「ええ、好きですよ。意外でした?」
と言ってくる。
「ああ、夢衣ってあまり漫画やアニメは見ないイメージあるからな」
「でも、ライトノベルに最近はまりだしたみたいだから、それに触発されて見てるんじゃないかな?」
 幸弘のイメージに対して、僕がそう言うと、
「なんで知ってる?」
と幸弘が聞く。
「ああ、更紗が転校してきた日に、僕がラノベを読もうそしたら夢衣もそのラノベ持ってるって言ってくれたから知ってるんだ」
「なるほどな。それじゃ、夢衣、そこに行こうか」
「はい!」
「うんうん、これはこれで楽しみだったんだ!」
 更紗も同調するので、食器類を片付け、レストランを出た僕たちはシアター街へと向かった。
 さすがにシアターは人気アニメと言うこともあり、待ち時間はこの昼時でも60分だった。クリスマスという季節にしてはとても暖かいので、すっと立って待つには水分が欲しいところだ。
 だから、列に並ぶ前に3人に声をかける。
「思ったより待つなぁ…ちょっと水分買ってこようと思うけど、リクエストある?」
 僕は、みんなに聞くと、夢衣はお茶系、あとの二人は炭酸とのことだったので、僕は一番近い自販機へ向かい、水分を購入して戻る。
「さぁ、どうぞ」「うん、ありがとう慎吾」「慎吾くん、ありがとうございます」「お、サンキュー」
 それぞれにペットボトルを渡したら、列に並ぶ。この時間って、話をしたり、休んだり、それはそれで楽しい時間なんだと思う。
 4人で学校の話をする。年明けの3年生の共通テストに合わせて模試があるの、だるいよなぁ、とか、ソリが合わずいがみ合っていたが、今となっては友人となった中田と三津屋さんの最近の様子の話。年明けの3連休はどこか行きたいね、まぁ、ダブルデートじゃなくても良いんだけど、とか、いろんな話をしているうちに、列は少しずつ建物の中へ向かっていく。
 建物の中に入ると、まず最初に3Dメガネを取ることになっていて、僕は更紗の分もとって彼女に渡す。「ありがと」と言って更紗は受け取ってメガネをかける。元気な更紗がメガネをかけるのを見るのは当然のことながら初めてで、横顔を見ると本当に雰囲気がガラッと変わる。クールで理知的に見えて、今までと違う雰囲気に改めてドキドキする。
 すると、こちらを向いた彼女と目が合う。
「うわ、更紗…破壊力抜群…いつもと違うから、初めて見るから、すごく、ドキドキする」
 正直に更紗に伝えると、彼女も笑って、
「慎吾もいつもと違うよ。ただでさえクールな慎吾の顔が、メガネでより引き締まってるって言うのかな、より賢く見えて私もドキドキするんだ」
 そんな言葉に、僕は思わず右手を更紗の左手に伸ばして、手をつなぐ。
「あ…うん」
 更紗は、つないだ手とは逆の手である右手を、僕の右腕に回して掴む。そして、自分の身体を僕の方に密着させる。当然、彼女の左半身が密着すると言うことは――
「更紗…当たってるんだけど…」
 彼女の身体の最も柔らかい部分が右腕に密着しているというわけで…そのことを自覚して、正直なところ暴走してしまいそうだった。
「うん、分かってる。でも、慎吾にずっと触れていたい気分なのっ」
 更紗の声が耳朶を打つ。早鐘のように心臓が脈を打っているんだけど、それを鎮めるる手段を、今の僕は持っていない。アトラクションが始まるまでは、このまま耐えるしかなかった。
 アトラクションのシアタールームに入る。僕たち4人は並んで座る。どんな感じなのか、ワクワクしてくる。
「あ、始まるね」
 それまで照明がついて明るかった室内が、照明を消されて一気に暗黒に包まれる。
 でもそれも束の間、画面が明るくなり、アニメの登場人物が本当に立体的に見え、ストーリーが始まる。普通の高校生が転生したファンタジーの世界で、魔王に立ち向かう主人公たちの物語だ。とある村で休息をしていた主人公たちに、村から依頼が来る。オーガーの住み着いた洞窟を何とかしてほしいというものだった。
 そして、バトルが始まると臨場感のある音響とともに、椅子が揺れる!
「おっとぉ」
 僕たちは少し驚くけど、揺れ自体はたいしたことないからすぐに落ち着く。
 ただ、バトルが連続するので、揺れも断続的におそってくる。思ったよりも座っているのが大変だ。
 でも、隣の更紗はそんなのもなんのそので心から楽しんでいる。
 そういう姿勢を見習おう。
 そして、バトルは最高潮を迎え、このストーリーのボスとのバトルでは、それまでになく揺れた。そして、ボスが倒され、村に再び平和が訪れる。
「あ~面白かった!やっぱり、バトルシーンは手に汗握るね!あんなに臨場感が溢れるCGだったなんて、文明の進歩ってすごいな」
 似たような台詞を更紗は以前にも言っていたような気がする。
「確かに。目の前から少量だけど水が飛んできたのにはびっくりしたけど」
「はい、私もびっくりしました。注意書きに『濡れる可能性があります』と書いてあったからどうしてなんだろう?と思ったのですけど、なるほど、氷の魔法を使った時の演出だった、ということですね」
「それに、炎の魔法の時は熱風も出ていたよな!一瞬だけど、熱かった!う~ん!思っていたよりも楽しかったぞ。ファンタジーとかあまりよく知らないけど、これはこれでなかなか面白いと思った。慎吾、この話、元々ラノベだよな。持ってるか?」
「もちろん、持ってるよ。貸そうか?」
「ああ、頼んだ」
 幸弘もこっちの沼に填まるきっかけができたな…。僕は少しばかり邪悪な笑みを浮かべる。「あ、慎吾が悪い顔してる。しめしめって思ってるようだよ、矢野くん」
「そうか、慎吾。俺を沼に引きずり込むつもりか」
「ふふふ…そうだね」
「慎吾くんが変態チックです」
 夢衣の言葉にみんな大笑い。自分まで笑ってしまうくらいだった。
「それはそうとして、次はどこへ行こうか。まだ時間は十分あるし、2つ3つは乗れると思うけど」
 スマホの画面にマップを出して、僕たちは考えるけど、
「あの…ミニコースターって、7歳以上推奨のこれに乗りたいです」
 夢衣がスマホの画面を僕たちに見せる。それは、普通の絶叫系とは違い、屋内でできるコースターだった。屋内だから、そこまで高くないし、スピードも抑え気味だろう。初心者が乗るにはいいかもしれないな。
 でも、肝心の更紗はどうなんだろう?僕は更紗の顔を覗き込んで、
「更紗はそれでいいの?」
と聞いてみる。更紗は一瞬困った顔を見せたけど、ちょっとぎこちない笑みを浮かべながら、
「いいよ。挑戦することはいいことだから。私も乗ってみる!」
と言うものだから、シアター街から10分ほど歩いてミニコースターのある建物へ移動する。
 ここの待ち時間は15分ほど。今は13時を少し回ったところだから、13時15分頃に乗るのか。
 屋内に入ると、すぐ目の前にコースターが走っている。その迫力に二人は圧倒されてしまったのか、「え?結構速くない?」「思っているよりうねってますね」と、目をぱちくりさせる。とは言え、自分で決めたことだからと二人は殊勝にも待つつもりだそうだ。
 程なく、順番が回ってくる。コースターに乗り、ベルトを締めて、跳ね上げ式の持ち手が降ろされる。もちろん僕の隣は更紗だ。緊張した面持ちで、顔色もよく見るとあまり良くなさそうだ。
「大丈夫、更紗?」
 僕は小声で話しかけると、更紗は弱々しい笑みを浮かべて。
「う、うん、なんとか」
「嘘でしょ。大丈夫だよ。ほら、手を出して」
僕は、更紗の左手を右手で握る。
「乗っている間、ずっと握っているからさ」
 僕がそう言うと、更紗は、
「うん、ありがと」
と少しばかり素っ気ない返事をする。…緊張のあまりだろう。そして、

 ガクン!

とコースターは動き出した。こうなったら、もう止められない。
「わ、わ、わ、動き出した」
 更紗が焦った感じで喋る。繋いだ手には、更紗の汗を感じる。
 少しずつ上がっていくコースターに、更紗は全く喋らなくなって――

 ゴォ!

 コースターは落下していく。
「きゃ~!」
 更紗の悲鳴を聞きながら、僕は更紗の手を強く握って「大丈夫だよ」と伝える。
 目を閉じていた更紗は、目を開ける。
「うん、大丈夫」
と、自分に言い聞かせるように呟いている。でも、カーブが来るたび「きゃ~」と悲鳴を上げてしまうけど、その声も可愛い。
 最後まで来ると流石に初めての体験で疲れたのか、声も出なくなっていたけど。
 そして、コースターは停止し、アトラクションが終了する。
「立てる?」
 僕が聞くと、更紗は首を縦に振って僕の手を引っ張りながら立ち上がる。
「…なんとか。初めてだったし怖かったけど、終わってみたらなんだか楽しかったと思えるよ。これなら、2,3回ほど練習すれば慣れるかな。…でも、この程度のコースターなら、という条件付きだけど」
 なんて意外な言葉を聞くことができた。夢衣も夢衣で、「これくらいなら、私でも乗ることができそうです」と言うんだ。まぁ、このテーマパークだからテンション上がっているのもあるんだろうなとは思う。
「うん、分かったよ。意外と行けてしまいそうで、良かった」
 僕はそう言って、次の目的地へ向かう。




 コースターはちょっと怖かったけど、終わってみると、本当にちょっと楽しかったって思えるから不思議。慎吾がずっと手を握って励ましてくれていたのも大きいな。
 高いところが苦手なのはすぐに治るわけないんだけど、少しずつできることを増やしていけるといいなって思う。
 でも、連続で乗るのはさすがに無理だから、次はまったり乗れるものがいいなぁと提案したら、夢衣ちゃんもそうできるとありがたいと言ってくれたので、比較的近くにあった遊覧船に乗ることにした。
 時間にして30分ほどの遊覧だけど、思いの外混んでいて、乗ることができるまで30分、遊覧して30分と気づけば1時間も経っていた。
 まったりとした時間。いつも何かに追われているような感じの高校生活だけど、たまにはこうしてゆっくりしながら、時間をかけて4人で喋るのも、またいいなぁ。
 今やっているスマホゲームの話をして、それぞれ興味を持ったのをダウンロードしてしまったり、同じゲームをたまたまやっていたことを知って、フレンド登録したり、さっき話題に上った3連休中の予定について話をしたりと、笑いながら過ごす時間は本当に有意義だった。
 そして、小腹が空いたから、移動販売のように売っているポップコーンやチュロスを購入しておやつとして食べて、最後は観覧車に乗ることにした。
 確かに怖いけど、下を見なければ大丈夫だし、何より慎吾と一緒にいることができるのなら、きっと大丈夫な自信があった。
 さすが、観覧車は人気で、60分待ち。約15分ほどで1周するみたいだ。見ていると、家族連れもいるけど、やっぱりカップルで乗る人が多い。私たちも、ご多分に漏れずその中の2組だ。
「別々に乗るよね?」
 一応私から確認すると、3人とも、「そうだね」と頷く。もちろん、私は慎吾と、夢衣ちゃんは矢野くんとだ。
 今日はよく待った日だ。アトラクションに乗るたび、15分から60分も待つから、見たり乗ったりするアトラクションをすべて体験することはできなかったけど、それなりに体験できたから楽しかったと思える。
 そして、スマホのロック画面をふっと見ると、時間は16時を指していた。冬至を過ぎたばかりのクリスマス。太陽はずいぶん西に傾いて、もうすぐ日没だ。さすがに、少しずつ冷えてきた気がする。
「寒くない?」
 私の表情を見て少し察したのか、慎吾が聞いてくる。
「うん、まだ大丈夫だよ。ありがとう」
 私は慎吾に礼を言って夢衣ちゃんの方を見ると、矢野くんのジャケットを夢衣ちゃんは羽織っていた。
「夢衣ちゃん、寒いの?」
 私が聞くと、夢衣ちゃんは「はい、少し寒くなってきました」と答える。
 少し身体の弱い夢衣ちゃんだから、矢野くんも心配なんだろう。
「夢衣、大丈夫?」
 慎吾も少し心配顔で夢衣に問いかけると、「このジャケットとっても暖かいので大丈夫ですよ。ありがとうございます」と微笑んで返していた。
 暫くそうして待っていると、私たちの順番になる。
 正直、少しばかり怖い気がするけど、頑張って乗ってみよう。
 そして観覧車に乗り込む。私は慎吾と隣り合って座る。そして、お互いの手を握る。
 …なんだろう。おうちデートだったり、下校時だったり、二人きりになる時ってもう何度も経験しているのに、観覧車で二人きりって、狭い密室空間のせいなのだろうか正直言うと、気まずい。
 そんなことを考えているうちに、二人とも無言のまま、四分の一の位まで来た時に、
「「ねぇ」」
と、話しかけるタイミングが一致してしまい、私たちは焦ってしまう。
「…更紗からでいいよ」「ううん。慎吾からでいいよ」
 そんなことを言って譲り合っていると、あっという間に時間が過ぎてしまいそうだったから、私は提案する。
「ジャンケンで、勝った方から言おうよ」「うん、分かった」
 そして、
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
 慎吾が出したのはチョキ、私はグー。
「じゃ、私から言うね」
 私は、慎吾に話し始めた。
「今日はありがとう。慎吾が提案してくれたおかげで、夢衣ちゃんに恩返しできたし、夢衣ちゃんも楽しい思いをしてくれていると思う」
 慎吾は満足した笑みを浮かべて、「そうだね」と言う。
「コースターに乗ったり、こうして観覧車に乗ったりできるのも、慎吾のおかげだと思う。修学旅行でも、絶対に乗らなかったから。そして、目一杯楽しめたよ。慎吾と過ごせるこの時間が、とっても楽しくて、嬉しい」
 私は慎吾に熱視線を送る。
 徐々に高まる観覧車の高度とともに、私自身の心拍数も、身体に帯びる熱も高くなっている気がした。
「出会って2ヶ月ちょっと、つきあい始めて1ヶ月ちょっと。今年がこんな充実した1年…いいえ、後半3ヶ月だよね。本当に信じられないくらい幸せになって、終わりよければじゃないけど、本当に良い1年になったと思う。だから、本当に、ありがとう」
「うん、更紗。僕の方もお礼を言いたいくらいだよ」
 そういう慎吾を握っていない方の手で制する。
「もう少し、言わせて。改めて、来年もよろしくお願いしたいと思うから、今日はクリスマスだし、私の感謝の気持ちを受け取ってほしい。慎吾、目を閉じてくれる?」
 私は、慎吾に目をつぶってもらうと、繋いでいた手をほどいて、鞄からプレゼントを取り出す。
 青と緑のツートンカラーのマフラー。時間がなくて既製品を購入したんだけど、それを、慎吾の首に掛けた。
「更紗、これ…」
 目をつぶったままの慎吾は、プレゼントが何か分かったよう。私は「目を開けていいよ」と言うと、慎吾は目を開けてプレゼントされたものを見る。
「あ、好きな色のマフラー…更紗、ありがとう。冷えてきたし、今から大切に使うね」
 慎吾はそう言って、微笑んでくれる。そして、
「次は、僕の番でいいかな?」
と聞いてくるから、私は「いいよ」と慎吾に促す。
「じゃ、先にプレゼントを渡したいから、同じように目を閉じてくれる?」
 私は、目を閉じる。すると、布がこすれる音がして、慎吾は何かをと出したみたいだった。
そして、私の首元に一瞬だけ冷やっとするけど、すぐに暖かく感じられるものが巻かれた。
 …ちょっと、ホント!?考えてたこと、そこまで同じになるの?
「目を開けて、更紗」
 私は目を開けて、視線を下に持って行くと、そのマフラーは、黄色、と言うか山吹色といった色彩だった。私は、黄色系が好きだからなんだろう。
「ちょっと、慎吾…」
 私が言いかけると、先ほど私が慎吾を制したように、慎吾も私を手で制する。
「いや、ここまで思考パターンが一致するとは思わなかったよ。その色って、僕は絶対に更紗に似合うと思ってね。太陽みたいな更紗だから。僕からも、感謝の印だよ」
 一瞬息を整えた慎吾は、話を続ける。
「更紗と出会って、まだ2ヶ月と少しなのに、こんなにも一緒にいて居心地のいい人は初めてなんだ。幸弘よりも、夢衣よりも、気兼ねせずに何でも話せる存在は、この先きっと見つからないと思うし、『二人で幸せになりたい』と言ってくれた更紗を大事にしていきたい。そう、思わせてくれてありがとう、そして、来年もよろしくってね」
 もう、本当に慎吾はどれだけ私のことを好きでいてくれているのだろう。そう思うと、慎吾のことをますます好きになる。二人で幸せになりたい!
 昨日より今日、今日より明日、慎吾と一緒に過ごして、幸せをかみしめたい。
 そのために、私は行動を起こす。気づけば、もう頂上を少し越えている。
「うん、慎吾、ありがとう。私も、慎吾のこと大好きだし、大事にしていきたい。そして、今日はもう一つプレゼント。もう一回、目を閉じてもらっていいかな?」
「?いいけど…」
 慎吾はもう一度目を閉じる。
 私は、顔を慎吾の顔に近づける。男性にしては長めのまつげ。整った鼻筋。慎吾の息を感じ、胸の鼓動が感じられそうな位になると、私も胸が早鐘を打つようにドキドキしてくる。
 でも、この気持ちに嘘偽りはないから、私は慎吾の首に両腕を回して――

 私は、慎吾の唇にキスをした。

 一瞬で終わらず、慎吾も私の方に腕を回して本当にこういうのを「熱烈な」と言うのだろう。暫く私たちは動かなくて時間にするとどれくらいだろう?30秒?1分?もう分からないけど、すごく長い時間その体勢のまま動かなかったと思う。
 どちらともなく唇を離すと、私たちの顔は本当に真っ赤で茹でタコみたいになっていた。
「更紗、愛してる」「私もよ、慎吾、愛してる」
 「愛してる」と言う言葉をお互いに初めて使ったこの日は、記念日として、今後もずっと記憶に残っていく時間になった。

 そして、観覧車から降りる。私たちが先に乗ったから、少しして夢衣ちゃんと矢野くんも降りてきた。二人の顔は、私たちと同じように真っ赤で、さらには手を繋いでいる。…もちろん、私と慎吾も今、手は繋いでいるんだけどね。
 よく見ると二人の右手の薬指には、お揃いの指輪が光っていた。
 もしかしなくても、二人の様子は明らかに、私たちと同じだった。
「幸弘、夢衣、おめでとう」
 慎吾は二人のそんな様子を見て、そう声をかける。
「ありがとう」「ありがとう、ございます」
 やっぱり、そういうことなんだね。本当に、良かった。
 私はなぜかちょっと涙が出てきてしまった。
「詳細は聞かないけど、どっちから告白したのかくらいは教えてほしいかな」
 私はそう聞いてみると、二人は更に顔を赤くさせたけど、夢衣ちゃんが答えてくれた。
「私から、しました。日頃の感謝を伝えて、一緒にこれからを歩んでくれませんかって」
「俺は、そんな夢衣の言葉にこちらこそ、よろしくって答えたよ。正直、物心ついた時から好きだったし、夢衣から言ってもらえて、今も天にも昇る気持ちなんだよ。
 あ…そういえばお前たちもそうだったんだろ?」
 幸弘は後半の言葉に何か含みがある。
「ん?何が?」
 慎吾は聞くけど矢野くんは、
「一番上か降りていくまでの間、結構長い間キスしてたみたいだけど?」
 え…?見られてた?見られていたと言うことは、もしかして?
「思わず撮ってしまったよ。あとでそれぞれ個人のライナーに流しておくから、記念にとっておいてくれよな」
「なっ…!」
 慎吾が言葉を失う。それは私も一緒だった。
「あぁ、いいアングルだったぞ。でも、そのおかげで夢衣が告白する勇気を持って、俺たちも恋人同士になれたんだ。尤も、俺もそのシーンを見て言おうと思ったら夢衣に先を越されていたんだけどな」
「そ、そうなんだ…」
 私は硬直した笑みを浮かべながらそう答えることしかできなかったけど、二人が恋人同士になる直接的なアシストができたというのであれば、それはそれで良かったんだろう。その一方で慎吾は、
「幸弘、今すぐ俺たちに送って、お前のスマホからは消してくれ…」
と矢野くんにお願いしていた。
「ああ。いいぞ」
と矢野くんはささっとスマホを操作して、私たちにライナーを送る。最初に慎吾、その後私にそれぞれ画像を送ると、矢野くんは「ほれ見てろよ」と自分のスマホ画面を見せて、私たちのキスシーンを削除してくれた。
 確かに、私たちが互いに抱き合ってキスしているところをしっかりと撮られている。私と慎吾はライナーを操作して、自分たちの写真アプリに保存した。
「まぁ、礼を言うよ、幸弘。外から撮ってくれないと思い出としか残らなかったからね」
「私は、思い出でも十分だけどね。写真で残ると恥ずかしくない?」
 慎吾の言葉に私は思わず言っちゃうけど、慎吾は、
「いや、形として残るなら、それはそれでいいかなと。そのときをもっと鮮明に思い出すことができるだろうから」
と言われて、私も納得した。
「本当に、私たちの目標になる二人ですね、幸弘さん」
「そうだな、いい目標だと思う。夢衣、頑張ろうな」
「はい!」
 そして、私たちは笑う。そして、お土産を買うために売店に行き、それぞれ家族や部活の先生や部員、他の友人たちへのお土産を買った。

 18時。時間に違わず、慎吾のお兄さんがテーマパークの入り口まで迎えに来てくれた。彼女さんも助手席にいる。
「晴兄、ありがと。優來ゆらさんも」「お兄さん、優來姉さんありがとうございます」「晴城兄さん、優來さんありがとうございます」「晴城お兄さん、優來お姉さんさんありがとうございます」
 みんなそれぞれお兄さんと婚約者である優來さんに礼を言って、席に着く。僕たちは、それぞれ手を繋いでいた。
「じゃ、帰ろう。途中、高速のサービスエリアで晩ご飯かな。それでいいかな?」
 お兄さんの提案に、みんな頷く。そして、お兄さんは車を走らせた。
 途中、サービスエリアでうどんやカレーを食べる。お土産で結構使ってしまっていたから、比較的安い値段で食べられるサービスエリアはとてもありがたかった。
 それなりにお腹が満たされた私たちは帰路につくけど、だいぶん疲れていたのだろう、私は――と言うか、私たち4人は、いつの間にか眠ってしまったみたいで、次に目を覚ました時は、夢衣ちゃんが降りるために、矢野くんがエスコートしているところだった。目覚めた時、私の頭と肩に何か当たっている感触があったから、見てみると慎吾も同じように寝てしまって、ほぼほぼ同じ体勢でいたらしい。さらに、手を繋いで寝ていた。
 さすがに写真に撮られることはなかったけど、それは夢衣ちゃんと矢野くんも同じだったらしく、降りる前に「みんなラブラブでいいわねぇ。その初々しさ、大切にしてね」って優來姉さんにからかわれて、みんな顔を真っ赤にしていたっけ。
 そして、私も家に帰る時が来た。スマホの時計は20時を指している。
 お兄さんの車は私のアパートの前で停まる。
「着いたよ、更紗さん。お疲れ様」「ありがとうございました」
 慎吾が先に降りて、私をエスコートしてくれる。
「晴兄、少し待ってくれる?更紗を玄関まで送り届けるよ」「OK」
「別に、大丈夫だよ。大げさな」
と私は言うけど、「一応ね、長いこと付き合ってもらったから綸子ちゃんやお父さんに挨拶したいんだ」と律儀な慎吾。
「うん、わかった。ありがとう」
 今日は平日なんだけど、お父さんはもう帰っていた。
 私は玄関のドアを解錠し、ドアを開ける。
「ただいま!」
 すると、奥からぱたぱたと音を立てて綸子が現れて、「お帰り、お姉ちゃん。あ、こんばんは、東条さん」と挨拶してくれる。
「綸子ちゃん、こんばんは。お父さん、今出てこられる?」
 慎吾がそう言うと、綸子は「分かりました。少々お待ちください」と丁寧に返事し奥に引っ込んで、お父さんを呼んでくれたみたい。
「慎吾くん、こんばんは。律儀に玄関まで送ってくれて、ありがとう」
 玄関に出てきたお父さんは、ネクタイを外してカッターシャツの一番上のボタンを外していた。少しラフな格好で、顔もちょっと赤い。…お酒飲んだかも。
「今日1日ありがとうございました。最高の一日でした」
「そうか、それなら良かった。東条くん、上がっていくかい?」
 お父さんはそう言って慎吾を誘うけど、
「兄を外で待たせているので、また次の機会に、お願いします」
 ハッキリと断る慎吾。お父さんはまた残念そうな表情を浮かべるけど、
「そうか、分かった。じゃあ、正月の2日、4人で食事に行かないか?それならいいだろ?」
と、珍しくちょっと強引な誘いをお父さんはする。慎吾は、お父さんの顔を真っ直ぐに見て、
「即答はできませんが、家族に聞いて何もなければ大丈夫です。あとで、更紗さんにライナーでお知らせします」
「うん、良い返事を期待しているよ」
「お父さん、酔ってる?」
 私が聞くと、
「うん、少し酔ったかもな。久しぶりの晩酌だし、疲れもちょっとあるかも」
「なら、早くお風呂に入って寝てよね。明日も仕事なんだから」
「更紗も明日から3日間学校だろ?お前も早く寝ないと」
「そうね。慎吾も同じよ。慎吾は外でお兄さんと婚約者を待たせているから、もう帰ってもらうね、お父さん」
 その声が綸子にも聞こえたのだろう、綸子は玄関に走ってきた。
「東条さん、お正月一緒に食事できると嬉しいです。よろしくお願いしますね」
と、綸子も期待に満ちた顔で慎吾に伝える。慎吾は、
「うん、なるべく希望に添えるよう、家族と交渉するよ。それでは、今日の所は失礼します」
と言って、玄関から出る。さすがにお父さんと綸子の手前、お別れのハグとキスするのはためらったけど、正月に食事に行けるよう指切りをして、別れた。

 本当に、私たち4人にとって、忘れることのできない1日だったことは、間違いない。こんな楽しい日を過ごせたことは、本当に幸せなんだと思えたクリスマスだった。

コメント

  • 鳥原波

    ありがとうございます!
    前半は結構しんみりくる話にしたかったので、ねらい通りです。
    後半、悶えていただいたようで、こちらも狙いどおりでした(笑)
    幸弘の所業は鬼ですが、元々データ渡したら自分の端末から消すのは、そのつもりだったようですよ(幸弘談)
    次はちょっと短めのお話になります。次もよろしくお願いします~

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  • ノベルバユーザー617419

    前半…タオル片手に泣きました(´;ω;`)ブワッ、母親のエピソードに入る前の父親の「味噌汁の味、楓に似てきたな」ってセリフが感動よ!伏線が素晴らしいです♪
    そして後半のWデート!悶えながら読ましていただき、ただいま余韻に浸ってます(*´▽`*)いやされるぅ~♪そして幸弘くん!良い味だしてますねぇ☆(盗撮なのに「思い出」に変える手腕はお見事!)

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