臨魁学園物語――転校生とガチ恋をして、二人で幸せになる話――

鳥原波

4章 4週目~6週目 大会に向けた練習の日々、試練と想いは重なって…

 おうちデートの翌日は、バド部の練習試合。
 組み合わせ抽選の結果として、決勝まで当たらない、実力的に近い学校と男女合同で行うことになっている。
 今日も9時から夕方16時まで、みっちりと部活で、この3連休はまともに休めてない。疲れは溜まる一方なのだけど、そんな事言っていられない。3年が引退してから2回目の大会。1回目は3年が引退してすぐの夏休みにあったのだけど、その時は団体メンバーに選ばれず、万一怪我した時の補充で帯同しただけだったので、悔しかった思いしかない。
 だから、この練習試合で良い結果を少しでも残して、アピールをしたかった。
 8時過ぎ。更紗さんと待ち合わせの時間。実は自転車が数日前に故障し、直しに出しているから、ここ数日徒歩通学をしていた僕は先にいつもの待ち合わせ場所に来ていた。ジャージ姿の更紗さんが僕に手を振って駆け寄ってくれるのだけど、いつもと雰囲気が違う。
「おはよう、慎吾くん」「おはよう、更紗さん。今日も頑張っていこう」「ええ」
 挨拶を交わして、いつものように並んで歩きだそうとして、僕は更紗さんに聞く。
「髪型変えて、どうしたの?」
 そう、いつもは軽くウェーブのかかっているショートヘアを自然なままにしているのに、今日は後ろ髪をまとめて、後頭部にお団子を作っていた。
「うん、練習試合だから、いつもと違って気合い入っているの。試合の時はいつもこの髪型なんだ。だから、今日もこれにしてきたの」
 前髪はそんなに変わってはいないのだけど、髪型が変わるだけで、ものすごく雰囲気が変わる。後ろ髪をお団子のために上げているから、横から見ても、白いうなじが見えて、とてもセクシーでついドキドキしてしまう。
「そうなんだ。すごく新鮮。いつもはかっこ可愛いと思っているけど、今日はめちゃ可愛い!」
 僕がそう言うと、更紗さんは「もう、褒めても何も出ないよ」と舌をチロッと出して僕に「あっかんべー」をする。でも、すぐに
「でも、ありがとう。褒めてくれて」
と、少し顔を赤くする。そんな照れくささをごまかすためだろうか、更紗さんは僕に、
「今日の対戦相手って、実力はどれくらいなの?」
と聞いてきた。僕は、真面目な顔になって伝える。
「えっと、実力的には似たような感じかな。県のベスト8に入るような飛び抜けて上手な子もうちと同じようにあまりいないし、一番上手くて尋路や五十嵐さんレベルだから、接戦になると思う」
「そうなんだ。私からすれば五十嵐さんは少し遠い目標だけど、勝てる時はしっかり勝って、アピールしないとだね」
「その通りなんだ。だから、簡単にいきすぎてミスをすることを減らすのが、僕の今日の目標かな」
「うん、そうね。でも、一緒に体育館に行ったあとから見てると、少し減ってきてると思う。ファイトだよ」
 嬉しいことを言ってくれる更紗さん。僕も負けじと、
「うん、そう言ってくれて嬉しいよ。更紗さんだって、追い込まれた時のショットがすごく上手になった。クリアが飛ぶようになったから、余裕を持って体勢を直せるようになってる」
というと更紗さんは、
「ありがとう。私も嬉しいな」
と同じように言ってくれるので、僕たちは顔を赤くして「えへへ…」とお互いに照れ笑い。
「でもまずは、楽しくプレイしないとね」
「そうね。それが前提よね。上手にとか、ミスしないようにとか意識はもちろん必要だけど、楽しくプレイすることを考えよう。いつも、西塔先生に言われてるし」
 そう、僕らの学園のバド部のモットーは、「楽しく、強く」だから、まずは楽しくプレイすることを求められる。だから、試合中でもほほえみでも良いからとにかく真剣な中でも柔らかい表情をすることで、緊張をほぐす。
「そうだね。僕が試合に入ってない時に更紗さんが試合していたら、応援するからね」
「うん、私もそうする」
 そんなことを言いながら、校門をくぐり、第2体育館へ向かった。

 時間は8時半を回ったあたり。僕たちは第2体育館で相手の高校――北森高校――を受け入れる準備をしていた。9時からなのに早めに学校に向かったのは、準備があったから。いつもはハンドボール部が半面を使っているのだけど、今日はハンドボール部も他校へ練習試合に行っており、全面使える。
 体育館の隅に椅子を用意し、北森高校の生徒や指導者、僕たちが座れるようにする。
 でも、応援していると椅子の存在を忘れて、立って応援してしまうのだけどね。
 そして、一応すべての準備が終わり、一息ついて水分補給をしているところで、北森高校がやってきた。
「よろしくお願いします!」
と、体育館の入り口に整列して、大きな声で挨拶をする北森高校の生徒たち、総勢25,6人。こちらも負けじと、21人の部員が「よろしくお願いします!」と同じように挨拶する。
 挨拶して体育館に入ってきた生徒の中に、僕は友人を見つけた。
「おー、毅史、久しぶりだな」
 本上毅史、小学校時代の幼馴染みで、中学校から同じくバドミントンを始めて、たまに試合で会っていた。…直接対戦したことはないけど。
「お、慎吾、久しぶり。調子はどうよ?」
「まあまあって感じだな。毅史こそどうだい?」
「うん、俺も似た感じだよ。今日はよろしく頼む」「こちらこそ」
 お互いに笑みを浮かべて、健闘を誓う。そこで、
「慎吾くん、お友達?」
と、更紗さんが僕に話しかけてきた。すると、毅史が目の色を変えて、
「お、おい、慎吾、この美人、お前の彼女?」
などと急に緊張して聞いてくる。
「ああ。と言いたいところだけど、今はお試し期間で付き合ってるよ」
 僕の言葉に毅史は「いいなぁ、おい。だけど、お試し期間って?」って聞いてきたから、
「まぁ、もっとお互いのことをよく知るための期間だよ。更紗さん、この学園に転校してきてまだ3週間なんだ」
と答える。
「なるほどね。でも、羨ましいよ。俺にも早く彼女ができたら良いのになぁ」
と、毅史は嘆息する。そんな姿に、「まあまあ」と慰めて、
「とにかく試合に集中しような。そういう愚痴はあとから聞くから」
と僕は伝えると、「絶対だぞ」と毅史は北森高校の輪の中に戻っていった。そのメンバーを見ると、男の子の大半が、僕たち…と言うか更紗さんを見ていることに気がついた。やっぱり目を引くんだよな、更紗さんって。
「…剽軽ひょうきんな男の子だね」
 更紗さんがそんな毅史の印象を僕に言う。
「ま、昔からあんな感じだよ。女の子にもてないことはないと思うんだけどなぁ。そんなに顔も悪くないというか、むしろ良い方だし」
 などと話していると、こちらも「ミーティングだよ~!」と集合がかかる。
「じゃ、この話はあとで。ミーティング行こう」「ええ」
 ミーティングでは、試合の順番を宣言される。僕はシングルスの5番目。更紗さんは同じく6番目だった。まあまあ期待されている方だと思う。
 ダブルスに関しては、僕は3番目に入るようだが、更紗さんは呼ばれなかった。
「大原さんは、そこまでダブルスの練習ができていないから、今大会はシングルに専念してほしい」という西塔先生から直々のお願いがあったからだ。
「その代わり、14時からの試合は自由に組んでリクエストゲームをする予定。ミックスダブルスもありにするから、たくさんリクエストしてね」
とは西塔先生の弁。
 と言うことは、更紗さんと組んでミックスやってみても良いんだな、と思っていると、隣にいた更紗さんは右手で僕の左肩をつつく。
「?どうしたの?」と僕が視線を向けると、「組んでやってみたいよね?」と小声で言うものだから、「もちろん。同じ事考えてた」と僕は笑顔を向けて言葉を返した。
「あら、大原さんと東条くんは既にミックス組む気ね。いいわよ~」
 そんな僕たちの様子をめざとく見つけた西塔先生にからかわれて、僕たちはちょっと顔を赤くする。周りの連中も、ドッと笑うけど、「よろしくお願いします」と組ませてもらうようにリクエストした。
 そして、改めて体育館の中央に両校の生徒が相対して整列をする。
「今日は、長時間ですがよろしくお願いします!」
とお互いに挨拶をして、まずは30分ほどアップと基礎打ちで身体を温めてから、試合が始まる。
 8コートある第2体育館。4コートずつ分かれて男子と女子が試合を行う。
 僕は5試合目だから、今行っている4試合のどこか一番早く終わったところに続けて入ることになる。だから、僕はギャラリーでウォームアップをしていた。
 1試合目は尋路、2試合目は芹沢が入っていて、それぞれ優勢に試合を進めていた。
 相手もエース級で、そんなに差はなかったはずなのだけど、地の利なのかな?
 女子の方も見てみると、五十嵐さんは2番手を相手にしている。だけど、こちらは劣勢だ。
 更紗さんは、五十嵐さんの応援をしているのだけど、更紗さんもちょっと厳しい顔つきになっている。思いの外大差がついてリードされているからだ。
 相手に点を取られるたび、「ストップ~!」と更紗さんは声をかけているのだけど、五十嵐さんの表情は険しいままだ。結構身体も力んで硬くなってる。
 これは厳しいかもしれない。
 しばらく見ていると案の定あっさり1ゲーム目をとられてしまい、2ゲーム目に入る前のインターバルになる。
 更紗さんはコートチェンジの間に五十嵐さんに話しかけて緊張をほぐす。どんな声をかけているかは分からないけど、五十嵐さんに笑顔が戻る。更紗さんは五十嵐さんの背中を軽くポンポンと叩いてコートへ送り出し、自身はそのまま椅子に座る。
 五十嵐さんの表情は、まあまあいつもの調子に戻ってきているから、2ゲーム目はそこそこ行けるかもしれない。力の差は、あまりなかったと思うし。簡単に負ける相手じゃない。
 そう思いながら五十嵐さんを見ていると、2ゲーム目ははじめ1-4とリードされていたものの、徐々に落ち着きを取り戻して7-7に追いつく。逆に相手は焦りだしてミスをするようになってきて、五十嵐さんは一気呵成に差を広げる。点数が入るたび、更紗さんも五十嵐さんも、「やー!」と声が出て、気合いが乗る。結局、21-13で2ゲーム目は取り返した。
 ファイナルゲームも見たかったけど、ちょうど五十嵐さんのファイナルが始まる直前に、尋路が相手をストレートで破り、5番目の試合――つまり、僕の試合――がコールされる。
 尋路はコートに入る僕の顔を見るなり満面の笑みで、「まあまあ良い感じの試合だったぜ、どうせお前のことだから、大原さんの方を見ていたと思うけどな」と言う。
「よくぞ、お見通しで。更紗さん、五十嵐さんのところ応援していたよ。五十嵐さん、ファイナルまでもつれ込んでる」
 僕は苦笑いして答えると、「う~ん、珍しいなぁ。あいつには比較的余裕で勝てるはずなんだが…」と不思議そうな顔をする。
「最初、調子悪そうだった。緊張したのかもよ」
「それなら良いんだが、ちょっと気になるから、応援してくるわ」
「了解」
 そして尋路は、更紗さんの横に座って更紗さんに一言二言ささやく。すると、更紗さんは僕が入るコートを確認し、席を立ち、こちらのコートに向かってきた。尋路は更紗さんの様子を見届けてから五十嵐さんの応援を始めた。
「慎吾くん、ファイト!」「よっし!」
 更紗さんの応援に、僕は頬を軽く叩いて気合いを入れる。
 相手は1年生。見覚えもあったし名前も覚えている。水上くんだ。中学部の時に1回対戦していたと思う。その時は、勝っている。
「ファーストゲーム、ラブオール、プレイ!」
 尋路に負けた相手校の生徒が主審(ベスト8が決まるまで試合に負けた者が主審をするのが、大会の決まりになっているから、この練習試合もそれに準じている。線審はそれぞれのチームから、今回は1年生が主に務める)となりコールして、試合が始まる。
 ジャンケンで勝った僕は、フォアで高くサーブを打った。
 相手は余裕を持ってシャトルに追いつくと、反対側へスマッシュを放つ。
 ちょっと意表を突かれたけど、様子見のスマッシュなのでそんなに速くはない。十分な体勢で追いつくと、相手コートの手前にシャトルを落とす。
 それを相手は読んでいたみたいで、それをロブでストレートに後方へ返してきた。僕はバックステップを踏んで追いついて、クリアを打つ。
 なかなか長いラリーになったが、向こうが音を上げたようで、最終的にネットに引っかけて、こちらのポイント。幸先良い。
「慎吾くん、良いよ~」
 更紗さんも声をかけてくれる。うん、更紗さんの応援があると、とっても気合いが乗る。自然と顔も緩んで、身体全体が良い感じで力みがなくなる代わりに、別の力が湧いてくるようだ。
「よっし!」
 気合いを入れて、次のサーブを打つ。今度は意表を突いて手前に落としてみる。
 相手は少し慌ててシャトルを拾う。そのせいで、拾ったシャトルは彼の思いの外浮いてしまったようで、僕にとっては打ち頃の高さだ。
 僕はスパン!と相手コートにシャトルを叩き込んで、「おっしゃ!」と声を上げる。
 後ろで見ていた更紗さんも、「ナイスショット!」と声をかけてくれた。
 僕は、そんな声を聞いているとなんだか幸せな気分になって更紗さんの方に向いて微笑む。
 更紗さんも、ほほえみで返してくれて、「もう一本!」と気合いを入れてくれた。
 終始リードを保って、1ゲーム目は21-12で取ることができたのだけど、2ゲーム目はコーチからアドバイスをもらった相手も修正してくる。
 時折強打を交えながら、僕のミスを誘うような戦い方に変えてきて、そのそれにまんまと乗ってしまう場面がいくつか出てくる。更紗さんは「ドンマイ!まだまだ大丈夫!」と声をかけてくれて、その度に自分も気持ちを立て直すけど、残念ながら10-8位の中盤に差し掛かったとき、「6コート!女子試合番号7入りなさい」というアナウンスがされる、更紗さんが試合に呼ばれた。ちょうどプレーが途切れた瞬間だったので、僕は更紗さんの方を見る。彼女は、「行ってくるね!」と僕に右手を挙げながら告げてラケットを持って駆け出す。「頑張れ!」と僕も右手を挙げながら声を掛けて、一人で戦うことになった。
 更紗さんがいなくなったから負けた、なんてことになったら、尋路や芹沢といった男子部員の連中はもとより、更紗さんからも「情けないなぁ」と言われそうだ。だから、
「集中!」
と自分に言い聞かせて、もう一度相手に向き直る。
 試合は一進一退で進み、20-18。あと1点取れば、僕の勝ちだ。
 この前更紗さんにしたのと同じように、バックサーブの構えから、後方へ高い弾道でサーブをする。もちろん、更紗さんより彼の方が背が高いから、ジャンプしてラケットが届き、スマッシュを打たれる。でも、それは僕の誘いだった。僕の身体正面に来たシャトルをバックハンドで受け、相手のバックのネット際に落とす。
 少しばかり後方へ飛んでいた彼は、着地と同時に床を蹴り、シャトルに辛うじて追いついて、そのまま真っ直ぐロブを上げる。僕は、それを見て後方に下がり、クロスにジャンプスマッシュを打った。
 相手も然る者で、それを受けてこちらのネット際に落としてくる。それは僕も読んでいたので、きっちり追いついて、逆のネット際にヘアピンを打つ。
 コントロールされたシャトルは、シングルスのサイドラインの数センチのところで床に落ちる。相手はそのシャトルを呆然と見ることしかできなかった。
 勝負は決まった。何とか、勝てた。
「ありがとうございました」と僕たちはネットの下で握手をして、お互いの健闘をたたえあった。
「おし、勝てたな慎吾。ナイスゲーム」「最後のヘアピンはなかなかだったぞ」
 終盤になって様子を見に来てくれた尋路と芹沢から祝福を受ける。僕は、「ありがと」と言って、スポドリの入った水筒を開け、水分を摂る。
「まぁ、息整えたら大原さんの応援に行ってきな」と尋路に言われ、ひとまず体育館のギャラリーに上がって一息つく。でも、更紗さんの試合が気になる。見に行きたい。彼女は7コートに入っていたよな。
 流れる汗をタオルで拭きながら、体育館の2階から、更紗さんを探した。…いた。
 いつもと髪型が違ってはいるものの、お団子にしている女子生徒は更紗さん以外にいなかったから、すぐに分かった。
 審判のコールを聞いていると、どうも、更紗さんは負けているようだ。時間的にはまだ1ゲーム目だと思うから、まだ挽回できる。そう思うと、僕はギャラリーからさっと降りて、7コートへ向かっていた。
 コーチ席には西塔先生がいて何かと声をかけるけど、更紗さんの表情はさっきの五十嵐さんほどではないけど、硬かった。
「ファイト!更紗さん、大丈夫だよ!」
 僕がそう声をかけると、更紗さんは僕の顔を見て、柔らかい表情を見せてくれた。そして、「やーストップ!」と気合いを入れ直す。
「学園に来て初めての試合だから、緊張しているんだと思う。東条くんが来てくれて良かったかも。しっかり応援して、彼女の緊張を解いてあげて」
 西塔先生が小声で僕に囁いてくれる。初めての試合だから、西塔先生も気になってコートサイドで見てくれているのだろう。
「ですよね。いつもより表情硬いですしね」
と僕も西塔先生に囁いていると、相手がサーブを打った。
 そのシャトルをクリアで返し、様子を見る。相手はネット際に鋭くカットを打ってきた。それに上手く更紗さんは対応して、ロブを返す。相手はもう一度、今度は逆方向にカット。それもきちんと対応して今度は逆に目の前にヘアピンを更紗さんは打つ。
 相手はネット際に駆け寄ってロブで返すが少し浅く、甘い球筋になる。更紗さんはその隙を見逃さずスマッシュを放つと、相手コートにシャトルは落ちた。
「サービスオーバー、10-14」
 と、主審がコールする。やっぱり負けているが、まだ中盤なので、このあと次第では十分逆転できる。
「良いよ、その調子でいこう!」
 僕が声をかけると、更紗さんの表情は柔らかくなる。
 それで少し流れが変わったか、試合は少し更紗さんが優勢で進む。ただ、お互いの実力は拮抗しており。ミスが多い方が負ける試合になってきた。
 1ゲーム目も終盤、スコアは20-20。何とか追いついて、デュース。先に2点差をつけた方が勝ちで、最大でも先に30点を取った方がゲームを取る。
 追いついた更紗さんからサーブを打つが力んでしまったのか、珍しくそのサーブが大きくなってアウトになり、点数とサーブ権を渡してしまう。
「あ~こんな時に!」
 更紗さんは天を仰いで怒る表情になる。…そんな表情を僕は初めて見た。自分に怒る更紗さんに、僕は「落ち着いて!まだ終わってない!」と元気づけるけど、明からに肩が落ちていた。
 次の点も結局相手に取られ、1ゲーム目を落とす。
「更紗さん、諦めるのは早いよ。負けてないから、大丈夫」
「うん、ありがとう。次は取り返すわ」
と更紗さんは意気込んで2ゲーム目に臨んだのだけど、1ゲームを取られて後がないことから緊張と力みが1ゲーム目の途中で僕が来たときよりも明らかに強くなる。彼女らしくないミスで何点か失うと、流れが完全に相手に行ってしまった。
 相手の際どいショットはネットにかかっても更紗さん側のコートに落ちるし、逆に更紗さんがネットに引っかかった時は、ネットを越えずミスになる。
 懸命に更紗さんは追いつこうと頑張ったけれども、その流れを変えることはできず、結局15-21で負けてしまった。
「お疲れ様。アンラッキーが多かったね」
 コートに出て座り込んで、顔を膝の間に埋めてしまった更紗さんを僕は慰める。けれど、彼女は自分を許せないようで「情けない試合しちゃった」と肩を落としてしまった。本当に表情が暗くて、こんな更紗さんを見るのは初めてだった。何とかしてあげたい。でも、そんな落ち込む更紗さんに掛けるいい言葉が見つからなくて…。
 だから、僕は更紗さんの肩をポンポンと軽く打つことしかできなくて…、それが慰めになったかどうかは分からない。
 でも、更紗さんは顔を上げて僕の顔をまじまじと見ると、悔しさで瞳が潤んでいたけれども、笑顔を見せてくれた。
「ごめんね…ありがとう」
 どこからか、『イチャついてんじゃねーよ』という芹沢の声が聞こえてきた気がしたけど、これで少しでも更紗さんに元気が戻るなら、全然問題ない。でも、コートに早く次の試合を入れなくちゃいけないから、僕は更紗さんに伝える。
「この反省を次の試合に生かそう。まずは、審判しないとね」
 僕が促すと、
「そうだね、じゃ、行ってくる」
と、更紗さんはいつの間にかそばに置かれたかごに入ったスコアシートを持つ。僕は敢えてついていかず、更紗さん一人に任せて本部へ行く。歩いて行く更紗さんに、西塔先生が話しかけて、アドバイスをしていた。ここからは、彼女自身との戦いだと思う。

 その様な感じで試合は進んでいき、時間は昼、12時を回ると昼食休憩として45分が設けられた。
 僕たちはそのあともう2試合したけど二人とも結果的には2勝1敗で、午前中を終えた。
さすがに、相手のエースは僕には荷が重く、簡単にストレート負けを喫してしまった。更紗さんはあとの2試合は勝てたのだけど、一人は更紗さんと同じで高校から始めた子らしく、更紗さんほど上手くなかったので余裕で勝っていた。でも、なにかしら不満が残っているようだったから、僕が「ご不満なら、話を聞くよ」と話かけると、
「慎吾くんの悪い癖が移っちゃったなぁ。責任取ってよね」
なんて冗談を言ってくる。確かに、今日の更紗さんはらしくないミスが多くて僕の悪い癖が移ったと思われても仕方ないレベルだった。でも、彼女の口ぶりには、最初の試合の時のような暗さはもうなくなっていて、元気を取り戻していた。だから、僕も冗談めかして答える。
「うん、責任取るよ。どうしてほしいか言ってみて。でも、転校してきて初めての試合で、めっちゃ緊張していたんでしょ?」
 すると、更紗さんも悪戯っぽい表情をして返してくる。
「じゃあさ、今日の練習試合が終わったら、商店街によく来るキッチンカーのクレープで手を打たせてもらおうかな。…確かに、緊張していたと思うわ。せっかく気合い入れたのに、空回りしちゃったんだと思う」
 なるほど、財布の中身を思い出してみて、特に問題はなさそうだったから、
「おぉ、あのクレープね、美味しいよね。分かった、おごるよ。でも更紗さん、一つ勝てたし、まずまずな結果だと思うよ。高校から始めて、中学からやっていた子に勝つのは上手な証拠だよ」
 実は、更紗さんが1つ勝てた相手は中学校からやっていた子で、僕も1年の時の練習試合で見た覚えはある。五十嵐さんと旧知の仲だそうで、「あの子も調子悪そうだったけど、あの子に勝てたのは、すごいと思うよ」と五十嵐さんに言われたのも、自信がついて元気を取り戻すきっかけの一つだったのだろうと思う。
 そんな事を話してばかりないるとお昼がすぐに終わってしまうので、更紗さんは自分のバッグから弁当箱を出してきた。
「慎吾くん、お弁当」「あ、ありがとう。母さん助かるって喜んでたよ」
 昨日のうちに、更紗さんがライナーで「明日のお昼ご飯だけど、慎吾くんの分も作るから、家から持ってこなくて良いからね」と伝えてくれたのでそれを母さんに伝えたら、「了解。更紗ちゃんに、お母さんすっごく助かっちゃった、ありがとうって伝えてね」と言われてしまったけど、僕自身もすごい楽しみにしていた。
「お、愛妻弁当?」
 尋路は近くのコンビニで買ってきたサンドイッチと、おにぎりを頬張りながら僕たちに言うけど、もうそんな台詞には動揺しないくらい、更紗さんの手作り弁当は自然なことになっていた。
「うん、今日は何が入っているのかな?っと」「うん、開けてみて」
と僕たちが二人だけの世界を作ろうとしてみたら、尋路が笑って茶々を入れてくる。
「だから、おいそこ、見せつけんなよ」
 なんて言っていると、五十嵐さんが尋路に話しかける。
「なに?尋路も私に弁当作って欲しいの?」
 すると、尋路はげんなりした顔をして、
「いや、則子が作ったら腹壊すし」
 なんて五十嵐さんに大変失礼なことを言うけど、五十嵐さんは神妙な顔になって、
「…事実なだけに反論できないわ…」
と言って落ち込む。
「事実って?」
 更紗さんが二人に聞くと、
「中3の時、動物園でデートしてさ、その時初めて弁当作ってもらったんだよ。その時の弁当、確かに旨かったんだけど何か加熱不足のやつがあったみたいで、しばらくしたらお腹壊してもうデートどころじゃなくなってしまったんだよな」
「そう、二人して『お腹痛い』って言いながら動物園の医務室で休ませてもらったの。それ以来、デートだったり、昼をまたぐ部活とかではお弁当作ってないの」
「へぇ~そんな事があったんだな。僕は聞いてないよ」
「自慢して言うことじゃないしな」「確かに」
 弁当の蓋を開けようとして止まっていたので、改めて蓋を開けて、中を見る。おにぎりに煮物、茹でたブロッコリーに卵焼き、そして…
「おぉ、唐揚げがある!もしかして…」
 僕は更紗さんの顔を見ると、更紗さんは笑っていた。
「うん、頑張って、綸子の助けを借りずに一人で揚げてみたよ」
「苦手克服の第一歩だね」
 僕もつい笑顔になって、その唐揚げに箸を伸ばして、口に入れる。
 最初に弁当を作ってきてくれたのと同じ味がする。でも、その時よりも美味しく感じたのは、絶対間違いない。
「うん、美味しい!初めて食べたときよりも美味しい!」
「よかった~そう言ってくれると自信つくなぁ」
「お、確かに美味しそうな唐揚げ!じゃ、俺も一つ…」
 尋路が僕の弁当箱に手を伸ばそうとするので、僕は右手で彼の手を払う。
「しっしっ!No!」
 なんていう僕の態度に尋路は口を尖らせる。
「なんだよ~いいじゃんか、愛妻弁当」
 すると、五十嵐さんが尋路に突っ込む。
「こら、尋路!意地汚い真似をしないでよね。ていうか、苦手克服って?」
 そんな二人を見て僕たちは笑うけど、
「私のをあげるわよ、野山くん。則子も一つどう?揚げ物苦手でいつも妹に手伝ってもらっていたけど、頑張って一人でやってみたの」
 更紗さんはそう言って、自分の弁当箱を二人に差し出す。
「お、良いのか?サンキュー」「苦手にチャレンジってすごいね、更紗、ありがとう。いただくわね」
 二人は更紗さんから唐揚げをもらって口に運ぶと、目を丸くする。
「お、これ確かに旨いよ」「うん、美味しい。冷めてもこれだけ美味しいんだから、揚げたてだとパクパク行き過ぎてやばいと思う」
「ありがとう、二人とも」
 満足そうに笑う更紗さんの笑顔が、とても尊い。
 僕は、唐揚げの次に大根やにんじん、椎茸の煮物を口に運ぶ。昆布だしの香りが口いっぱいに広がって、とっても美味しい。
 正直、完全に胃袋を掴まれているなぁ。
「煮物も美味しいよ。昨日、帰ってからすごく頑張ったんじゃない?」
 僕が聞くと更紗さんは、
「ええ。17時頃に帰ってから、延々3時間近く作っていたかも。綸子からは『遅いよ』って言われちゃったけど」
「すご…本当に頑張ったんだ。ありがとう!綸子ちゃんやお父さんのためだけじゃなく、僕の分までこうして作ってきてくれたのは、本当にありがたいし、嬉しいよ」
 僕が本当に感激して感謝を伝えると、更紗さんは、
「どう致しまして!そう言ってくれて私も作ってよかったって思うわ」
と言いながらも更紗さんの顔は真っ赤だ。いつもより赤くなっている気がする。と言うか、耳まで真っ赤になるのは初めて見るなぁ。
 今日は更紗さんの初めて見る表情が多くて、とてもドキドキする。そして、二人で頑張って試合をしているという実感があって、すごい充実しているなぁって感じる。
 4人でワイワイ言いながらご飯を食べ終わると、12時半を回っていた。少しばかり腹ごなしに動かないとそのあとに響くから、空いているコートで更紗さんと適度に力を抜いてラリーをする。
 そして、10分ほど動いたら、今度はダブルスの試合がコールされる。僕は3試合目と6試合目に出ることになっていた。更紗さんはリクエストタイムが始まるまでフリーなので、線審をするか、僕の試合を見るかしてくれるはずだと思っていたら、
「じゃ、この試合の線審に入るね。声かけられないけど、頑張って」
と、僕が試合をするコートに更紗さんは線審として入ることにしたようだ。線審だと公平性を保つために、「ファイト」の声も掛けられないからその声を聞くことができないのは残念だけど、すぐそばで見守ってくれるという安心感を感じて嬉しくなる。
「彼女の前で、無様な試合はできないな」
と、僕とコンビを組む山崎が僕の背中を叩く。
「全くだ。頑張るよ」
 僕もそう返して、ダブルスの試合は始まる。サーブの前に、僕たちは左手を合わせて気合いを入れた。「よっし、行くぞ!」
 ダブルスの動きはなかなか難しいのだけれども、そのためのフットワークや、移動の練習をよくやってきたから、ある程度慣れてきた。
 北森高校の顧問はそこまで専門的にやっていた先生じゃないようで、ダブルスの動きはあまり教えられていない様子だった。
 なので、僕たちは優勢に試合を進め、ストレートで勝利することができた。
「慎吾くん、ナイスゲーム」
 試合後、線審の仕事を終えた更紗さんが、僕に声を掛けてくれる。
「ありがとう。線審も大変だったね。結構きわどいのあったでしょ?」
「ええ、でも、自信持ってジャッジしないとって何日か前に言ってくれたでしょ?だから、しっかりジャッジしようって集中できたの」
「そう言ってくれると嬉しいね」
 僕と更紗さんは笑いあう。山崎はそんな僕たちを生暖かい目で見て,「ホント、お前達は早く結婚でも何でもしてしまえばいいのに」なんて言ってくる。
「いやいや、早すぎるって」
と僕が言っても、
「いやだって、お前達二人の空間があまりにも甘ったるくてな。ホント羨ましいよ」
「そ、そうなのかな」
 更紗さんが山崎の言葉に顔を赤くする。
「ああ、どこからどう見ても、もう恋人同士にしか見えないんだけどな」
と言うものだから、僕も顔を赤くしてしまう。
「さ、あと1試合、頼むぞ、東条」
 山崎が僕たちの様子を見て笑いながら僕に告げる。僕はハッとして、
「そうだね、よろしく頼むよ、山崎」「おう!」
 そしてほぼ間なく2試合目が始まった。

 リクエストタイムが始まる。僕と更紗さんでミックスを組む。尋路も五十嵐さんと組んでミックスをやりたいようだ。北森高校も何組かミックスができている。その中から、毅史のペアが僕たちを指名した。
「お、毅史、よろしく!」「おう、ここからはエキシビションて感じだけど、真剣にやるからな。お前もそのつもりで頼む」「OK。負けないよ」
 毅史と組んだ女の子は、肩くらいまである髪をポニーテールにしている、可愛い子だった。…毅史が好きな子かもしれないな。と思っていると、
「ファーストゲーム、ラブオール、プレイ!」
とコールがあり、更紗さんのサーブで試合が始まる。
 前に落とすサーブを相手の女子が拾ってロブを上げる。僕が後衛にいたから、少し後ろ目に下がって、思いっきりジャンプ。
「やっ!」
とジャンプスマッシュを毅史のいる方に放った。
「くっ!」
と毅史はスマッシュを受けるも、タイミングが少しずれて僕たちから見ればほどよい高さにシャトルが浮いてしまう。もちろん、その隙を逃すはずもなく――
「えい!」
と更紗さんが相手コートにシャトルを叩きつけた。
「よっし、まず1本!」
と更紗さんはガッツポーズを作ると僕にそのまま左手を差し出す。
「Yes!」
と僕はその左手に自分の左手をタッチして、お互いに気合いを入れ直す。
 点数を取っても取られても、お互いの手をタッチすることをルーティンにするように指導されていたから、お互いの手が触れたところで特段気にすることはなかった…というのは嘘で、だいぶん慣れたけど、手が触れる瞬間は今もドキドキする。
「はい1本!」
 僕は更紗さんにそう言って次のサーブを打ってもらう。
 更紗さんのサーブに対して、今度はヘアピンを打ってくる。そのヘアピンは結構いいコースで、更紗さんは追いつくだけで精一杯だったから、ひとまずロブを高く打ち、その間に体勢を整えつつ僕たちはスマッシュを警戒して横に並ぶ。
 予想通り、毅史がスマッシュを打ってきて、それを僕が受けて、もう1回シャトルを浮かせる。
「せいっ!」
 毅史の連続スマッシュ。さっきよりも打ちやすいところに上げてしまったので、力が乗っていて僕は取り損ねてしまった。
「サービスオーバー、ワンオール」
 僕はシャトルをラケットで拾い、ラケットに当ててフワッと毅史に渡す。
「慎吾くん、ドンマイ!」
 更紗さんは微笑んで左手を出してくる。
「更紗さん、ごめん、次は気をつける」
と僕も左手を出してタッチ。
「ストップ!」
と僕は声を出して、毅史のサーブを待った。
 彼のサーブに対応して、少し低い弾道で速い球を、毅史の後方、二人のいないところを狙って打つ。
 毅史は取れない事を悟ると「清花さやか!頼む!」とペアの子にそのシャトルを託した。
 清花と呼ばれた女の子は、何とか追いつくと、バックハンドでシャトルを思い切りはたいた。
 ネットすれすれにコントロールされたシャトルは、更紗さんの右側に飛んでくる。彼女は、「フッ!」と強打を打つ体勢から力を抜いてネット前、それもダブルスのラインすれすれにシャトルをフェイント気味に落とすと、体勢の崩れていた清花さんはもとより、毅史も届かず床にシャトルは落ちる。
「サービスオーバー、2-1」
「ナイスコース、更紗さん!」「ありがとう」
とやりとりしながら、また左手同士をタッチする。
 なんだか、お互いに考えていることが想像つくのか、結構いい感じに動ける。もちろん、これまでの練習の成果が出ているからなのだろうけど、無駄がない動きで試合を進められているような感じだった。
 終始優勢に試合を進めた僕たちは、1ゲーム目を21-10,2ゲーム目を21-12で取り、あっさりと彼らに勝利した。
 コートサイドのイスに僕と毅史は座る。逆のサイドに、更紗さんと清花さんが座って話を始めていた。
「う~ん、お前達上手いよ。脱帽だ」
 毅史の台詞に、
「いやいや、まだまだ。もっと上手くなりたいと思ってるんだよね」
と僕は謙遜する。
「いや、本当に上手いから。つーか、恋人同士じゃないなんて嘘だろ?付き合いが長いような感じなくらい息が合ってるぜ」
 毅史は心底羨ましそうに言う。
「毅史こそ、今組んでた清花さんだっけ、その娘と仲良くならないのか?」
 僕の言葉に毅史は顔を赤くして、
「…なりたいと思ってるし、実際結構仲良くなれたんだよ。でも、そこから一歩踏み込んだ関係になりたくても、告白してフラれたらどうしようと思ってしまうから、踏み出せなくて」
「そっか。そうだよね。でも、どこかで腹をくくらないといけないと思うよ」
「そうかな…でも、そうなんだろうな」
 毅史の目に力が入る。たぶん、決心をしたんだろうと思って、
「がんばれよ」と声を掛けた。
 そんな僕たちと反対側にいる更紗さんと清花さんも、もう仲良くなったみたいだ。二人してこちらを見ながら何を話しているのだろう?
「それにしても、本当に綺麗な子だよな、大原さん…だっけ?」
 僕たちは二人を見ながら話を続ける。
「ああ、大原更紗さん。僕も信じられないよ。こうして近くで一緒にいられることがね。だから、北森の男子も結構注目してたと思うけど、何か言われたら、僕と付き合ってるって言ってくれない?」
「ああ、他でもない慎吾の頼みだ、分かったよ。清花もかなり可愛い子だと思うけど、初めて見たときはびっくりしたよ。こんな綺麗な子がいるんだって」
「やっぱりそう思う?正直、僕も一目惚れだったんだよ。教室に入ってきてこっちを見た瞬間だったな」
「そっか…まぁ、そうなるのも頷けるわ」
 毅史は、そう言って背伸びをする。そして、
「まぁでも、俺は清花が好きなんだけどな」
と言うものだから、
「どんなところが?」
 僕が聞くと、
「こんな不真面目そうに見える俺にも分け隔てなく話をしてくれる公平さがあるのが一番だな。そして、話しているときに時々見せる笑顔が誰よりも素敵でさ、それにすっかりやられちまった」
と真っ赤な顔をして彼女の素敵なところを話してくれたから、
「そっか。お前は不真面目じゃないんだけどな。更紗さんも同じような感じだよ。彼女が転校してからの1週間って本当に色々あって、彼女の助けになりたいと思って接していたら、彼女も僕を支えてくれたんだ。きっと、真摯に接していれば、清花さん…名字はなんて言うのかな、きっと応えてくれると思うよ」
 僕の言葉に毅史は大きく頷いて、
「彼女の名字は、宮越だよ。俺ってさ、こんなに人を好きになったの初めてだから。ダブルス組んでくれたのも、悪い感情がないからだと思うからこれからは彼女に思いを伝えていくよ。慎吾、サンキュー。頑張って告白してみる。フラれてもいい。自分に悔いを残さないようにするよ」
「ああ、それじゃ、またな。そろそろ次の試合が入る頃だと思うから、僕も更紗さんと戻るよ」
「おう、またな」
 そして、僕と毅史は一旦別れてそれぞれのペアを呼ぶ。
「更紗さん、一旦戻ろう」「清花、戻らない?」
 僕たちの言葉に二人は頷いて、
「じゃ、またあとでね」「ええ、帰り際にでも、連絡先交換してくれる?」
 かなり親密になったようだ。僕は更紗さんに、「宮越さんと何話していたの?」と聞くけど、彼女は「内緒」と言って取り合ってくれない。それは毅史の方も同じだったみたいで、「清花、何の話していた?」「それは、内緒だよ」と、同じようなやりとりが聞こえてきたから、僕と更紗さんは二人で笑ってしまった。
 二人の声が聞こえなくなったあたりで、更紗さんは、
「あの二人、いい感じだよね」
と言ってくる。僕は、つい「毅史は彼女のことが好きみたいなんだよ」と言ってしまう。
「ホント、そう言う素直なところ、慎吾くんのいいところだけど悪いところでもあるかな」
と更紗さんは言いつつも、「でもそこが、慎吾くんに惹かれているところなんだよね。宮越さんも本上くんのことが好きみたいだから、上手くいくといいね」と言う。
 …ん?今、とっても僕にとって嬉しいことを言ってくれてなかった?
「更紗さん、今、僕に惹かれてるって言ってくれた?」
 もしかしたら、無意識に更紗さんは言っていたのかもしれない。彼女は、「あ…」と言ってから、本当に耳まで赤くして「あ、思わず言っちゃってた…」とつぶやく。そして、ちょっと考えてからまじめな表情をして、
「部活のあとでさ、クレープ食べているときに話してもいい?大事な話」
と言う。このパターン、前に僕がしていたから、僕はドキン!と心臓が大きく脈を打つ。
「うん、分かった」
 僕もまじめな顔をして、了解した。その瞬間――
「臨魁学園、東条くん、大原さん、4コートに入りなさい」
と試合を告げるアナウンスがされる。
「それじゃ、行こうか」
「ええ、この試合も勝とうね」
と、左手をお互いタッチして、僕たちは次の試合へと臨んだ。

 午後4時の10分前。全ての試合を終えて、ネットを片付けた僕達は、体育館の中央で北森高校の生徒と相対した。
「ありがとうございました!」
と両校の生徒は挨拶をして、全日程を終える。
 その後、僕たちの学校と北森高校の生徒はまず、相手校の監督を中心に輪を作り、挨拶をする。そのあと、今日最後のミーティングをして、解散となった。
「宮越さん!連絡先交換しよう!」
 更紗さんは早速エキシビションでの約束を果たしに行く。そういう約束を律儀に果たそうとする姿勢が、僕が更紗さんを好きな一つだ。
 二人は「ふるふる」をして、ライナーにお互いの連絡先を交換したようだ。僕と毅史は中学校の時点で連絡先は交換しているから、何かあったら彼の方から連絡が来るだろう。
「宮越さん、またね。次に会うのは大会だね」と更紗さんが言うと、「そうね、団体戦も個人戦も、直接対決することはないだろうけど、会えるの楽しみにしてる」と言って、宮越さんは毅史と一緒に体育館を出た。
「それじゃ、帰りましょうか」
 更紗さんはそう言って、僕を促す。「オッケー」と僕は言って、二人揃って体育館を出た。
「久しぶりの実戦だったからすごく緊張したけど、振り返ってみると楽しかったぁ」
 更紗さんは、校門を出るとう~んと背伸びをしながらそう言う。
「最初の試合、悔いが残っているんじゃない?」
 僕が聞くと、
「そうね。それは否定しないわ。ホント、あの最初の試合はどうかしていたと思う」
 神妙な顔つきで更紗さんは答えてくれた。
「なら、それは今度の試合の予行演習をしたと思えばいいんじゃないかな?大会の試合の方がち絶対に緊張するからさ。今日の緊張の度合いを覚えておけば、それと比べてどうかで、対処できると思うよ」
「そうだね。やっぱり、いいタイミングで練習試合を入れてくれたよね。来週の週末でしょ?対処できるように練習を重ねていこうね」
「ああ、そうだね。頑張らないと。今日の試合に入った順を見る限り、僕も更紗さんも、団体メンバーに入っているとは思うけど、当落線上にいることに変わりないからね」
「うん。そうね。団体戦でたことないから、出てみたいと思ってる」
「更紗さんは、今回はシングルでってさっき西塔先生言っていたから、出させてもらえるんじゃないかな。初戦は勝てそうだし」
「あ、そうなんだ。そんなに強くない所なんだ」
「うん、北森よりもう少し弱いところだから、大丈夫だよ」
「そうなんだ。勝ちたいな」
 そんなことを話しながら、僕たちはいつもの城西商店街へ。更紗さんが昼に言っていたクレープ屋は、いつもなら本屋の前にキッチンカーが出ているんだけど…あった。
「あったね。さ、おごってもらっちゃおうかな?」
 更紗さんは、本当に楽しそうに僕に話しかける。そんな表情を見ていると、僕もなんだか楽しくなって、顔と一緒に財布のひもが緩んでしまう。
「ん、分かった。何でも頼んでいいよ」
「ありがとう」
「…でも、食べ過ぎたらダメだよ。太っちゃわない?」
 僕は思わず言ってしまう。すると更紗さんは笑顔のまま凍り付いて、
「…慎吾くん、もう一回言ってみてくれる?」
と額に怒りマークがついてしまっているような声色で言うものだから、僕の背筋は凍る。
「申し訳ありません。大変失礼なことを申し上げてしまいました。謝罪します」
 僕はそう言うより他にない。更紗さんの笑顔は更に柔らかくなって、
「それじゃ、コーヒーも追加ね。それと、今日1日で消費したカロリー考えたら、これくらい大丈夫、大丈夫」
なんて言うものだから、僕は
「仰せのままに」
と言うことを聞いてしまう。
「そんな素直な慎吾くんが好きだよ」
 更紗さんはからかうように言う。そんな色々な表情をする更紗さんを見て、あぁ、やっぱり僕は、更紗さんが好きだと改めて思う。
「うん、僕も。好きだな、更紗さんのこと」
 僕もつい口にして、顔を赤くする。そして、照れ隠しのために「どれにするの、結局?」と聞くと、
「やっぱり定番のチョコバナナかな?」
と言うものだから、僕は「了解」と財布を取り出す。更紗さんはそんな僕に質問してきた。
「慎吾くんは何を食べるの?」
 メニューを見て少し悩んだけど、
「う~ん、カスタード&ホイップ、ミカン入り」
更紗さんは目を丸くして、
「慎吾くんもなかなかカロリーえぐいのいくんじゃない?」
なんて言うから、僕は
「…めちゃ甘なの食べたい気分なんだ」
と返すと、
「でしょう?今日一日かなりカロリー使って疲れたもの」
と更紗さんがそういうものだから、お互いに笑ってしまった。
「はい、いらっしゃいませ」
 女性の店員さんが応対する。
「チョコバナナクレープにカスタード&ホイップミカン入りを一つずつ、それとブレンドコーヒーを2つ」
「コーヒーは、アイスですか?ホットですか?」
と聞かれ、更紗さんに目配せすると、「ホットで」と伝えてくれたから、
「両方ともホットでお願いします」
と僕は伝えて、しばらく待つ。
 ほんの2,3分で、美味しそうなクレープが出てきた。
「ありがとうございます」
と僕たちは店員さんにお礼を言ってクレープとコーヒーを受け取ると、商店街を一旦出て、前に僕が告白した公園に向かう。
 あのときより太陽が沈む時間が早まって気温が下がり気味だけど、僕の心は正直なところ早鐘を打つように早くなってきていて、身体も熱く感じる。
 そして、僕たちはあのときと同じようにベンチに並んで座る。
「いただきます」
 お互いに、クレープを一口ずつ頬張ってから、「美味しい!」と言ってコーヒーを一口。大体同じタイミングで食べて、飲んでとするものだから、思わず二人して笑ってしまう。
「なんだか、似たもの同士になっちゃったかな」
 更紗さんは笑いながら僕にそう聞いてくる。
「そうだね。お互い一緒にいる時間が長いからかなぁ?」
と、僕は返してまたクレープを一口。二つのクリームの甘さに、ミカンの酸味がまた美味しい。
「チョコバナナも美味しそうだね」
 僕が言うと、更紗さんは、
「うん、やっぱり間違いないよね。一口ずつ交換しない?」
と言ってきた。僕はこのタイミングかとびっくりしたけど、
「うん、いいよ」
と返して、口のついていないところをちぎって更紗さんに渡す。
 更紗さんも同じように、口のついていないところをちぎって渡してくれた。
「ありがとう」
 そう言って、更紗さんはぱくっと僕が上げたクレープを一口で食べてしまう。
「う~ん、ダブルクリームにこのミカン、美味しいね。カスタードとホイップというのが、ギルティだけど」
 美味しいものを食べて幸せそうに笑う更紗さんが本当に綺麗で可愛くて、いとおしい。
「チョコバナナもやっぱり王道で美味しいよね」
 僕も笑って更紗さんにそう言うと、
「そうだよね、間違いないもんね」
と、更紗さんも笑ってくれる。
 こんな時間が本当に好きで、僕はもっともっとこんな時間を過ごしたいと思っているのだけど、更紗さんは、「大事な話」をいつしてくれるのだろう…。
 それから程なく、クレープを食べ終わると、少しの間沈黙が流れた。
「…」
 僕は、更紗さんが話し始めるのを待つ。
「…それじゃあ、大事な話、始めるね。…でも、どこから話をしようかな。転校してきた日からしようかな」
 更紗さんは話し始めた。
「転校初日の、朝の会のあと。結構クラスの子達から話しかけられたのは嬉しかったけど、緊張していて早く座りたかったんだよね。そしたら、慎吾くんが机と椅子を持ってきたよと話しかけてくれて正直、ホッとした。慎吾くん、先生に言われて威勢のいい返事して急いで持ってきてくれたの、私は好感が持てた」
「結構皆に笑われていた記憶があるけどね」
 僕はあのときの大げさなリアクションを思い出して恥ずかしくなるけど、更紗さんは、
「確かに皆笑っていたけど、呆れた笑いじゃなかったよ。慎吾くんの人徳かな?」
「僕に人徳があるとは思えないけどね」
 更紗さんの言葉に、僕は思わず否定してしまうけど、
「慎吾くん、そういうところ。褒めてもすぐ否定しちゃうところ、気をつけてね。あなたは謙遜しているつもりなのかもしれないけど、真面目で、優しい慎吾くんに人徳がないわけないじゃない。現に、あなたのことを悪く言う人、クラスには誰もいないよね。あの頃の中田くんくらいよ」
 そう言って、僕を叱咤してくれる。
「…そうだね、ごめん。ホント、僕の悪い癖だと思うよ」
 僕は謝ると、更紗さんは「うん、よろしい」と頷いて話を続けた。
「昼休みの中田くんが口説きに来たときは、実はかなり怖かった。一人じゃなくて複数できていたことが怖さを助長したんだけど、そんなある意味危ない状態で助けてくれた事に、本当に感謝だったし、本気で格好いいなって思った。放課後は芳野システムで一緒に勉強して、一緒に校内回ってもらって、そして一緒に帰ったけど、なぜだろう、安心して1日を過ごすことができたの。今まで、女の子同士で帰ることはあっても、男の子と一緒に帰ることはなかったから、正直言ってちょっと心配もあったんだけど、すごく楽しかった。実は、その日から、『東条くんって、いい人だな』って思ってた」
 そこで、一度更紗さんは言葉を切る。
 僕も敢えて何も言わず、更紗さんの話の続きを聞く。
「それからの一週間は、本当に色々あって大変だったよね。軽い感じの男の人たちからちょっと感じ悪い声をかけられたり、優姫ちゃんに勘違いの嫉妬されたり…私も結構気が張って、いっぱいいっぱいで辛かったから、紗友梨さん、和子さん、夢衣ちゃんはもちろんだけど、何より慎吾くんがそばにいて助けてくれることが、本当に嬉しかった。あの日、慎吾くんの胸で泣かせてもらった時は、本当に嫌な気持ちをはき出させてくれて、本当に感謝だったし、それだけ頼っていい人なんだって思えたの。でも、その気持ちが、『好き』という感情なのかということには、自信が持てなかった。だから、告白してもらったときはあんな返事になっちゃったけど、好きという感情とは別に、ある予感があった」
 もう一度、更紗さんは言葉を切り、目を閉じて上を向く。そして、僕の方を向いて、
「それはね、『慎吾くんとだったら、この気持ちがはっきりする』という予感。慎吾くんの優しい性格に惹かれてる自覚は少しずつあったけど、知らないことを教えてくれること、私を優先してくれること、そして、何より、一緒にいると、私は安心できること。そのことは、実感していたの。名前の方で呼ぶようになったのも、もっと慎吾くんと親しくなりたかったからなんだ」
 さらに言葉を切って、一旦視線をずらすけど、すぐに僕に視線を戻し、顔を赤くする。
「それからね、慎吾くんといろんな事を話して、部活して、デートもして、いつも一緒にいたらね、ケーキを作ったあの日に紗友梨さん、和子さん、さらに夢衣ちゃんから、みんなして『誕生日ケーキ作ってあげたいだなんて、よほど好意を持っていないとできないと思うの。更紗さんの中で、東条くんの存在ってどうなの?』って言われて、慎吾くんの顔を思い浮かべたときに、胸がドキドキしてきてようやく初めて自覚したんだ。デートの時は、『好きという気持ちが少し分かった気がする』って言っていたの覚えてると思うけど、私は初めて、男の人を『好き』と思えるようになったんだって。だからね、慎吾くん」
 僕の目をまっすぐ見て、
「私は、あなたのことが好きになりました。改めて、私と付き合ってください。二人で幸せになりたい。いい…かな?」

 その言葉を聞いた瞬間、僕の目から、温かいものが滴り落ちてきた。
「あ…あれ?」
「ど、どうしたの、慎吾くん!?」
 更紗さんがいきなり涙を流した僕を見て狼狽える。
 僕は、そんな更紗さんを手で制して、想いを伝える。
「嬉しいんだよ。うん、嬉しいんだ。更紗さんが初めて男の人に抱いた『好き』という感情を僕に向けてくれたことが。そして、初めて会話したときから、僕に対していい感情を持って接してもらって、こんなに幸せなことはないんだって思ったら、その嬉しさが溢れちゃったんだよ。返事はもちろん、Yes!更紗さんが言うように、二人で幸せになりたい!」
 すると、更紗さんの顔は本当に嬉しそうに、笑顔で弾けた。
「うん!ありがとう!!」
 そして、とっても大胆に、僕に抱きついてきてきた。初めての感触。両腕が僕の首に絡まるのと同時に、ジャージ越しに僕の胸に当たる柔らかい感触と、少し汗が混じったけど髪や服からする良い香りが僕の身体を沸騰させる。でも、思いの外強く抱きしめられたのと、ベンチに体重を預ける形になっていたので、ちょっと苦しい。
「さ、更紗さん…ちょっと苦しいよ」
「あ、ごめんなさい…強すぎたよね」
 更紗さんは、腕の力を緩めてくれる。僕も身体の自由がきくようになったので、「立ってくれる?」と促して、更紗さんが抱きついたまま立つと、僕の方からも彼女の腰に腕を回して僕からも抱きしめた。それに更紗さんは微笑む。
「あぁ…こうしているだけでも、幸せだよ」
 僕がそう言うと、更紗さんは、
「そうね。私も、幸せだよ。でも、もっともっと、色んな幸せを慎吾くんと感じでいきたい」
と、嬉しいことを言ってくる。
「そうだね。僕もそう思うよ」
と言って、しばらく何もいわずそのままでいた(周りは誰もいなかったし)んだけど――ふと視線を上に上げたら公園の時計が視界に入る。その時計は、17時を回ってしまっていた。
「あ…17時回ってる…残念だけど、今日はもう帰らないといけないよね」
 更紗さんは僕が向けている視線の先の方を向くと、「あ…」と声を上げて、
「…うん、残念。今日も夕食当番だから、早く帰らないと」
「家まで送るよ。せっかく正式に付き合うことになったのに、もう今日はバイバイなんて、ちょっと僕は寂しい」
「うん、ありがとう」
 そして、僕たちは立ち上がると、どちらともなく手をつないだ。お互いの指を絡めるような、いわゆる恋人つなぎで。
「あ…」「えへへ…」
 お互い考えていたことが同じで、つい笑みがこぼれる。
 更紗さんの家まではものの5分で着いてしまうのだけど、その間ずっと手をつないでいるとその手のぬくもりが伝わって幸せだった。
 そして、アパートの前まで来ると、名残惜しくて。
「やっぱり寂しいなぁ」
とぼそっと呟いてしまう。
「そうだね。でも、明日も学校だから、大丈夫だよ」
「そっか、そうだ明日も学校だった。…てか、明後日はマラソン大会だよ…」
「そうだったね。疲れを残さないように、今日はお互い早く寝ようね。だから、ライナーも少なめで」
「了解、更紗さん」
「…」
 そこまで話しをすると、更紗さんは急に黙り込む。
「どうしたの?」
「ん…名前、呼び捨てでお互い言わない?」
 なるほど、確かにそれはありだよね。
「そうだね、それじゃ…さ、更紗」
 やっぱりそう呼ぶのは照れくさい。でも、そのうち慣れるだろう。
「うん、慎吾。また明日ね」
 更紗もそう言ってもう一度僕に抱きつく。僕も彼女の肩に腕を回して抱きしめて、すぐにお互いに離して、
「それじゃ、また明日ね!」「慎吾、明日もお昼用意するからね、バイバイ」
とお互いに言って、別れた。

 一人の帰り道。商店街を過ぎて家までの人気のない生活道路を歩く僕は、思わず呟いていた。
「What a day ...!こんな嬉しい日は、本当に初めてだよ」
 一目惚れから始まった恋が成就してしまうなんて、信じられない。でも、現実なんだ。お試し期間を終えてさらに一歩進んだ関係になった僕たちは、これからどんな毎日を送るのだろう…いろんな事が起こると思うけど、一緒に幸せになりたい。そのために、お互いを思い合って毎日を過ごしていきたい。
 家に帰ると早速、母さんに明日の弁当は更紗が作ることを告げると、呼び捨てになった事に気づいた母さんが、「あらあら。彼女のことばかり考えすぎて、成績を落とさないようにね」と釘を刺してきた。それには「分かってるよ」と答えて自室へ。そこでライナーから幸弘へ「お試し期間終了!晴れて恋人同士になれたよ」とうれしさを表すスタンプとともに送る。すると、秒で「おめでとう!」というスタンプが返ってきた。
『やっとか!いつになるのかやきもきしていたぞ。俺も、夢衣も』
「ようやくだよ。明日からこれまでよりもっとイチャつくかもしれないけど、スルーしてくれよ」
『スルーはしねぇよ。からかってやるから、そのつもりで』
「お手柔らかに」
 なんて会話をしていると、毅史からライナーが入る。
『清花に告白したよ。そしたら、清花も俺のことが好きなんだって!勇気出して良かったよ。慎吾、お前のおかげだ!ありがとう!』
 おお!すごく良い知らせだ。
「おおお!おめでとう!実は僕も、さっき更紗さんと正式に付き合うことになったよ。また、試合とかであった時はよろしく!」
『おお、そっちもか。なんか、いい縁に恵まれたと思うよ。これからもよろしくな!』
と、お互いの喜びが爆発する。
『慎吾、どうした?』
 お互い喜んでいるところに、少しばかり返事がないのを訝しむ幸弘からメッセージが入る。
「すまん。毅史からライナー来てて、そっちと話してた。あいつも彼女ができたって。今日、あいつのいる高校と練習試合した時に、気になる子に告白したいという話をしてたんだ。あいつも、告白成功したって言うもんだからさ」
 そう伝えた。もちろん、幸弘も毅史のことは知っているから、
『そうか、あの剽軽な毅史にも彼女か…いいのぅ』
と返してくる。だから僕は、
「でも、幸弘だって、これからだろ?」
と返して、奮起を促す。
『…頑張るよ。あ、そろそろ風呂入るわ。じゃ、また明日な』
「うん、ありがとな」
 そんな会話をして、僕は夕飯を食べに階下へ降りた。
 そして、風呂に入って明日の授業の予習を何とか終わらせると22時半。眠い目をこすりながら更紗へライナーを送る。
「更紗、まだ起きてる?」
 少し間があって、返信が来る。
『ええ、起きてる…けど、ちょっと寝そうだった』(慌てる顔のスタンプ)
「じゃ、本当に短めに。実は、僕も眠いんだ」
『今日は疲れたものね。でも、今日一日は反省することもあったけど、全体としてはとってもいい一日だった。慎吾のおかげだよ』
「僕も、更紗のおかげでいい一日を過ごせたよ。明日からもそんな日を送りたいね」
『ええ、明日もいつものところで待ち合わせでいいよね?』
 明日の話が出てきたので、少し前から考えていたことを伝える。
「うん、それでいいよ。で、僕も普通に歩いて行くよ。更紗と二人で歩いて行く日は、自転車使わないことにするよ」
『それ、私も賛成。だって、その方が手を繋いで歩けるし』
「更紗…同じこと考えてた。ホント、僕たち似たもの同士かもね」
『うん、だと思う。ねぇ、ちょっとだけ通話していい?』
「いいよ。僕も声が聞きたい」
 一気にそれだけ会話して、彼女の方からライナーのビデオ通話の着信が入る。通話を開始すると、そこにはうつ伏せになった更紗。青いパジャマを身にまとっているけど、その…襟元にボタンがないのかそこが少し広がって、胸元が見える。…豊かな谷間が、見えちゃって…そこに視線が釘付けになる。
『ありがと、慎吾』
 更紗はそれに気づかないのか、満面の笑みで言う。僕は「いかんいかん」と視線を更紗の顔に合わせて、
「ううん、僕も声が聞きたかった。声を聞くと安心する」
と、照れ顔のまま言う。更紗は僕の最初の視線には気づかなかったように見えた。
『私も。幸せかみしめてる。好きだよ、慎吾』
 ホント、更紗は好きという感情を表に出してきてくれる。だから僕も負けじと、
「うん、好きだよ、更紗」
 お互いに満たされた気分になっていると、睡魔が襲ってきた。
「ふわぁ…眠たくなってきちゃった。更紗は大丈夫?」
 そう聞くと、向こうからも盛大なあくびをしている姿が映っていた。
『あ~ふぅ~。移っちゃった。私も眠くなってきちゃったわ。寝よっか?』
「そうだね。また明日も会うんだし。それに、元々短めでって約束だったし」
 気づけば、時計は23時を少し過ぎていた。スマホを置く時間だ。いつもならもう少し起きているのだけれど、今日はもうダメだ…寝る!
『そうね、私ももう寝るね。それじゃあまた明日。お休み。あ、最初私の胸元見ていたの、分かっているからね。えっち』
「…バレてた…なんで分かったの?」
『視線下だったし、やたらと顔を赤くしちゃっていたから、それは分かっちゃうよ』
 でも、それは狙ってませんかね?なんて思ってしまう。だから、つい言ってしまう。
「だって、そりゃあんな姿見せられたら視線行っちゃうよ…。更紗のスタイルの良さって、ほとんどの男子生徒に有名なんだよ?こんな姿他の男子連中に見られたくないよ。体育や部活の時も、正直言うと目のやり場に困ってる…」
 すると、更紗は苦笑いして、
『そっか…そうなんだね。ごめん、次からパジャマ気をつけるね。体育や部活の時も、スポーツブラするようにしようと思う。それじゃ、今度こそおやすみ』
「うん、お休み、更紗」
 嬉しい日だったから興奮して寝付けないのかなと思ったけど、それ以上の身体の疲れに参ってしまっていたせいで、通話を切るとほぼ同時に僕は意識を失うように眠りについてしまった。


 いつの間にか寝ていた私は、スマホのアラームで目が覚める。時刻は6時。月曜日だ。
(もう、朝か…)
 昨日の疲れが完全に取れたわけじゃないけど、私はう~んと背伸びして二段ベッドの下から起きた。
 上にいる妹――綸子――はまだ寝ているようで、もう少し寝かせてあげる。
 昨日の夕食当番は私だったから、朝食の準備ももちろん私がする。
 今日の朝食は、ご飯に昨日多めに焼いた鮭に、ほうれん草とにんじん、もやしのナムル。それと味噌汁。
 お弁当は、これらも入れるけど、あと2品ほど…卵焼きはもちろんとして、私定番の茹でたブロッコリー。
 …慎吾は、今日も美味しく食べてくれるかな?
 お弁当を包み終わると、時間は6時半を回っていた。そろそろ、綸子を起こして朝食にしないとね。
「綸子、起きなさい。もう朝よ」
「う~ん、わかったよぉ」
 可愛くて大きなイルカのぬいぐるみを抱き枕にして寝ていた綸子を起こして、私は麦茶を三人分入れて、綸子を待つ。
 お父さんは今日は出社が遅いみたいで、「自分で起きるから起こさないでくれ。でも、朝食の準備だけは頼む」と昨晩話していた。結構疲れているんだなと思う。昨日はお休みだったけど、1日で疲れが取れないから、できる限り身体を休めたいみたいだった。
 …社会人って、大人って大変だな…。
 大きなあくびをしながらリビングにきた綸子は、「お姉ちゃん、ありがと」と言って椅子に座り、ご飯を食べようとする。
「いただきます」
 二人でそう言って、朝食を食べる。
「綸子には悪いけど、今週も、平日の夕食当番お願いね」
 部活でたくさん練習したいから、そう綸子にお願いすると、綸子は「分かったよ。大丈夫。お姉ちゃんもしっかり頑張ってきてね」と言ってくれる。生意気なところはあるけど、基本的に素直で姉妹仲が良い。本当に、ありがたい存在だ。
「ごちそうさま」
 私の方が早く食べ終わり、自分の分だけでも皿洗いをしてから歯を磨いて身なりを整えると、時間は7時を回っていた。
 もう少ししたら学校へ行く時間だ。いつでも出られる状態になって初めて、私はスマホを開いて、ライナーに何かメッセージがないか確認する。
 今日は特にない。みんな元気という証拠だと思う。そして、トークのリストを見て気づく。昨日、恋人同士として付き合うことになった慎吾の名前が、まだ「慎吾くん」のままになっていた。
「…直しておこう」
 「慎吾くん」から「くん」を削除して、「慎吾」にする。
 彼は本当に、いい人だ。ともすれば、「いい人」で終わってしまうかもしれないけれど、私にとってはそれだけじゃない。そばにいて助けてくれる。そばにいて、私の知らなかった世界を教えてくれる。私の知っている世界を初めて知ったらきちんと聞いてくれる。一緒にいて、とっても居心地のいい異性。
 私、大原更紗は、彼と幸せになりたいと思っている。
 今日は恋人同士になって初めての登校だから、周りはからかうかもしれない。でも、それはそれとして受け止めていこうと思う。
「綸子、行ってくるね」
「うん、お姉ちゃん、行ってらっしゃい」
 綸子は私よりもう15分遅く登校する。家事の中でも一番面倒な料理をかなりの割合でしてもらっているからとってもありがたい。
 大会が終わったら、一緒にどこか出かけて食事なりデザートなり、おごってあげよう。
 そう思いながら、アパートの階段を降りていく。
 そして、おそらく先に待っているだろう慎吾のいる待ち合わせ場所へ急いだ。
 いつもの商店街の入り口で私たちは合流する。
「おはよう、更紗」「おはよう、慎吾」
 挨拶を交わして歩き出す。挨拶する彼の顔が、赤く染まっているように感じたのは間違いじゃない。
「…なんだか、照れるね」
 そう言う慎吾に私は、「昨日の今日だからかな。私もちょっと照れくさいわ」と言いつつも、好きになった相手と触れあいたい気持ちが勝って右手が彼の左手に伸びる。
 すると、彼の左手も伸びてきて、普通に手をつなぐことになる。
「あ…」
 二人とも顔を耳まで赤くしながら微笑む。普通の繋ぎ方だけど、それだけで心が通じているような気がして嬉しい。
「大丈夫?疲れてない?」
 私が聞くと、「う~ん、微妙に残っているかな。更紗こそ大丈夫?」と逆に聞いてくる。その心遣いが嬉しくて、「うん、私も少し残っているけど、大丈夫だよ」と元気に答えた。慎吾も「そう聞くと、僕も元気になるよ」と返してくれて、お互いが元気になる。
 そして、いつものスクランブル交差点に差し掛かると、
「お熱いお二人さん、早速手をつないでバカップルを謳歌してるなぁ」
と、矢野くんが声をかけてきた。
「バカップルとは、ご挨拶だな、幸弘」
 慎吾が矢野くんに言うと、「だってそうじゃん。一昨日までは手もつないでなかったのに、今日になったら登校中からそんな手をつないでイチャイチャしてるんだから、バカップル言われても仕方ないと思うぞ」と返ってくる。
「ま、まぁ…そうかも」
と私は「あはは」と苦笑いするけど、つないだ手を離そうとは思わなかった。それは慎吾も同じなようで、
「まぁ、二人で幸せになるための第一歩ってところだから、大目に見てくれよ、幸弘」
と言う。矢野くんもその辺は弁えているのかな、
「了解した」
と言ってあっさりいつもの冷静な姿になる。この冷静な姿、女の子にもてると思うなぁ。背も高いし、顔も格好いいから、引く手あまただと思うんだけど…。やっぱりちょっと女の子が引いちゃう言動をわざとしているからか、矢野くんに話しかける女子って、私か夢衣ちゃん、和子さんくらいしかいないんだよね。矢野くんの狙い通りなんだろうね。
 そして、背後から「おはようございます」という女子生徒の丁寧な挨拶が聞こえた。この挨拶は、夢衣ちゃん以外にあり得ない。
「おはよう、夢衣ちゃん」
 私は彼女に挨拶をすると、夢衣ちゃんは「おめでとうございます。東条くん、更紗さん。喧嘩せず過ごして下さいね」と夢衣ちゃんも祝ってくれた…けど、
「早速手をつないでお熱いですね」
 …どうして、矢野くんと同じ反応なんだろうなぁ…。
「夢衣ちゃん、その反応矢野くんと同じだよ」
 すると夢衣ちゃんはちょっと顔を赤らめて、
「え?そうだったん…ですか?」
と言うから、
「もっとも、矢野くんは私たちを見て、バカップルって言っていたけどねぇ~」
と私は言って矢野くんにジト目を向ける。でも、矢野くんは涼しい顔だった。
「まぁ、そう感じたんだから、仕方ないよな。でも、俺も夢衣も、いつになったらそんな風になるのか気はもんでいたんだけど」
「わかった、わかったよ、幸弘。信号、青になったよ、行こうよ更紗」
 照れくさそうに慎吾が矢野くんから逃げようとして、私の手を引いてスクランブル交差点を早歩きで渡ろうとする。私は「慎吾、ちょっと待って、速いよ」と言いながら置いて行かれないように身体を寄せる。
「さ、更紗…近いよ」
 慎吾は身体を寄せた私に顔を赤くしながら言うけど、
「そんなの、私を置いて先に行こうとする方が悪いんでしょ?」
って反論すると、慎吾は何も言えずに固まってしまったみたい。
「お~お、慎吾、ガチガチになっちゃってと言うか、大原さん、一昨日よりも行動が大胆だよな」
と、矢野くん。その隣で夢衣ちゃんも頷いて、
「更紗さんって、こんなにスキンシップを大胆にするんですね」
と言うものだから、私も焦ってしまった。
「もう、二人してそんなこと言わないでよ。慎吾、二人置いて行っちゃおう!」
 逆に私が駆け出すものだから、慎吾は「おいおい、更紗!」と言いながらもついてくる。
「あ、逃げた」「逃げましたね」
 二人の声を背に受けながら、私たちは手をつないだまま、小走りに校門をくぐる。
 時間が時間だからまだ人影もまばらだからそんなに目立たないけど、2年生の数人は、私と慎吾が手をつないで登校してきたことに気づくと目を丸くしていた。
 特に男子生徒は悔しそうな顔をしている感じな人もいれば、悲しそうな顔をしている人もいたな。
 生徒玄関で上履きに履き替え、教室へ。もちろん、そこには昨日ライナーで私と慎吾が正式に付き合うことを報告した二人の姿がある。
 紗友梨さんと和子さんだ。二人は私たちの姿を認めると、私たちのそばにやってきて、
「更紗さん、東条くん、おはよう。早速お熱いシーンが見られたわ」
と、紗友梨さんが言うと、和子さんは和子さんで、
「動画撮っておけば良かった~結構いいシーンだったのに!」
とからかうように言う。
「あ~ここから確かに見えると言えば見えるか。大木さん、中山さん、まさか教室から見えないかな~って思ってた?」
 慎吾が二人に尋ねると、「う~ん、ワンチャン見えると面白いなって思ってた」なんて和子さんが言うものだから、
「…前から言おうと思っていたけど、中山さんって、僕たちのことからかいすぎじゃない?」
って慎吾は言う。私もそれに同意するように頷いて、「まぁでも、そのことを他人に言いふらさないからまだいいけど…」と伝える。
 「うん、だって、それで二人が嫌な気分になるのは、私だって本意じゃないから。二人をからかうのは、この四人と矢野くん、夢衣ちゃんがいるときだけって決めてる」
と和子さんが言うと、タイミング良くその二人、矢野くんと夢衣ちゃんが教室に入ってきた。
「おはようございます。紗友梨さん、和子さん」「おはよ」
「おはよう、矢野くん、夢衣ちゃん」「おはよう!」
「矢野くんのことだから、早速二人のこといじってたんじゃない?」
 和子さんが聞くと、矢野くんは鷹揚に頷いた。
「何気に夢衣もちょっといじってたよ。珍しくな」
 矢野くんが言うと、夢衣ちゃんはちょっと赤くなってしまった。
「もう、みんな私たちをいじりすぎ!」
って私が小さく叫ぶと、みんなが笑う。慎吾も私も笑えてしまって、一緒に笑った。
 こんな瞬間が本当に楽しいと思えるのは、この学校に転校してきて良かったな自覚するからこそだし、友達にも恵まれているなぁって思うから。もう転校しなくて良いとお父さんが言ってくれたから、友達も積極的に作ろうと思うようになった。だから、本当に楽しく過ごせている今を大事にしたいと思う。
 そして授業が始まる。普段通りに授業を受けるわけだけど、でも、隣にいる慎吾が熱心に前を向いているところを見ると、その真剣な表情が格好良く思えて好きな感情が溢れてくる。
 そんな事、授業中おくびにも出せないけど、その溢れてくる感情に対して私自身が驚いている。こんなに人を、男性を好きになれたことに対して、私は人を好きになると積極的に触れあいたいし、話をしたいと思うことが、発見だった。
 でも、授業中は、弁えないとね。

 そして、放課後。私たちは、部活へと急ぐ。昨日、2つは勝てたけど、最初の試合のあのふがいなさを思い出して、練習を重ねないといけないと思ったから。
「気合い入っているな、更紗」
 慎吾が言うものだから、私はつい、
「うん、やっぱり一つでも多く勝ちたいから。昨日のあんなふがいない試合はもうしたくないから。だから、頑張りたいの」
と強く言ってしまう。でも、そんな私に慎吾は、
「分かるよ、更紗。自分の力不足は、練習で鍛えなくちゃいけないからね。一つでも多く勝ちたいのは、僕も一緒。今日からは当面男女合同練習だし、シングルを多めに練習してみようか?」
 慎吾からの提案に、私は「いいのかな?」って思ってしまう。中学校からバドミントンをしてきた彼の方が、高校から始めた私より実力が高いのは当たり前で、確かに彼と実践練習をするのは私は練習になるのだけど、慎吾の練習になるのか分からない。
「本当に、いいの?野山くんや芹沢くんと練習する方が、慎吾にとって練習になると思うのだけど…」
 私は、そんな本音を吐露すると、慎吾は笑う。
「ああ、尋路や芹沢とは、別に今日じゃなくてもまだ2週間あるからみっちり練習できる。ただ、更紗にとっては、五十嵐さんもなんだけど、強打のスピードに慣れるように僕や尋路、芹沢といった男子と練習する時間があるといいかな、と思ったから、勿論、一緒に練習して同じ時を共有したいというのが一番なんだけど…」
 …ちょっと!顔を赤くしながらそんな恥ずかしい台詞言わないでよ!
「慎吾も、前から思っていたけど、そんな歯の浮くような台詞を結構言うの、嬉しいんだけど恥ずかしい感じ…それに、言ってる本人が赤くしてどうするのよ」
 私が文句を言うと、
「…うん、なかなかポーカーフェイスで言えなくてどうしても赤くなってしまうなぁ」
と、ちょっとズレたことを言うから、思わず笑ってしまった。
「もう、でも、そんな事言うのは、私だけにしてよね」
 そんな事を言ってしまうのは、彼に対する独占欲が出てきたからかな。すると慎吾は、
「当たり前じゃないか。更紗以外の誰に言うと思う?」
と返してくる。その表情はちょっと困惑気味。
「…そうだよね。私にしか言わないよね。ごめん、慎吾のさっきの台詞、慎吾の口から他の子に言われたらと想像したら、嫌な気持ちになってた…」
「もしかしなくても、勝手に想像して、勝手にヤキモチ焼いた?」
 本当のことを言われたら、素直になるしかなくて、
「うん、そうなの。だから、ごめんね」
「分かったよ、更紗。大丈夫。更紗以外には本当にあんなこと言わないからさ。さ、部活やろうよ」
 気づけば、体育館に足を踏み入れていた。
 私は、勝手に感じていた嫌な気持ちを吹き飛ばすために、
「よし、ここからクラブハウスまで競走~よーい、ドン!」
と慎吾を置いて走り出す。「お!待って!」と慎吾は一瞬遅くスタートするけど、その差がそのままクラブハウスというゴールまでの差になった。
 ちょっと息を弾ませた私たちは、部活のあとに珈琲牛乳を私におごってもらうという話をして、それぞれのクラブハウスに入って着替える。そして、約2時間の部活の時間の始まりだ。
 約束通り、慎吾と私は最後の20分実戦形式の練習をして汗を流す。やっぱり、ミスが少なくなった慎吾には、勝てるかも、という気にすらさせないくらい上手くて勝てない。体勢を崩されて、苦し紛れに置きに行ったシャトルはことごとくプッシュだったり、意表を突いたヘアピンで私のコートに落としてくる。私も、コントロールできる時はいいところに落として慎吾のミスを誘うけれども、やっぱり、3年間の差というのは大きかった。
 初めてのデートの時よりもミスが減った慎吾は、男子の中では2番手の芹沢くんともかなりいい勝負をしていたし、伸びているんだと思う。
 私も伸びてると思うのだけど、成果という形で出ていないように思えてしまって、もどかしさを抱えていた。
 でも、そんな私に慎吾は、
「大丈夫。速い球に目が慣れてきているから、少しずつ返せるようになっているよ。明日五十嵐さんとやってみなよ。きっと気づきがあるから」
とアドバイスしてくれた。…本当かなぁ?

 そして翌日、マラソン大会があった後は、かなりみんな気怠そうだった。私は、女子が約600人いる中で、87位だった。まあまあいい感じかな?とはいえ、交通量の少ない一般道路がコースで、7km走ったのはさすがに疲れたな。外周走っている方がまだましだったかも。
「慎吾は何位だったの?」
マラソン大会の後は昼食を食べてロングホームだったから、一緒に昼食を食べる。今日は珍しく、お互い購買のパンだ。お互いに教室で机を合わせてもぐもぐしながら慎吾に聞いてみた。すると、
「僕は、353位。基本、長距離走は苦手なんだよ。ペースのつかみ方が分からないし、他の運動部の連中にはどうあがいても勝てないから、ちょっと諦めも入ってるんだ。…だから、全力でば~っとやって、すぐ終わる短距離の方が好き」
と言う返事。だから私は、
「そうなんだね。体育の時はマイペースでリズムいいから、得意そうなイメージあったんだけど」
と本当に思ったことを言うと、
「いや、あれは何度もやってペースが分かったからだと思うよ」
と言うことだった。なるほどね…。
「そっか、慎吾くんの意外な一面を見たなぁ。他の運動部の人に勝てないから諦めてるっていうの、達観しているようで、やる気がない言い訳よね?」
 私がそう言うと、慎吾はバツの悪い顔をする。
「…その通りだね。それについて反論のしようがないよ。上位に行くことを諦めているのは事実だし、それを言い訳にしてる、うん、認めざるを得ないよ。でも、苦手なのも事実だし、体育だけで克服できないし…だったら、どうするといい?」
 僻むこともなく、素直に真情を吐露してくれる慎吾は、やっぱり潔くて格好いいな、と思ってしまう。だから、私は、
「じゃあさ、週1でいいから一緒に走ろうよ。朝か夕方に。1時間くらい一緒に走れば、ペースのつかみ方も分かるんじゃない?」
と、提案してみる。すると、慎吾の目は一瞬点になったけど、すぐに輝いて、
「ああ、お願いできる?」
と応えてくれた。じゃあ、早速今週末から始めよう、と言ったら、慎吾も頷いてくれた。
 元々一緒に過ごす時間が長いけど、さらにそんな時間が増えるのは素直に嬉しい。午前の疲れも一気に吹き飛んだよ。
 それからLHも終えた私たちは部活へ行き、五十嵐さんとやってみると、確かにそうだった。ほんの少しの差だけど、角度と速さが男子のそれらより緩いと感じる。まだまだコントロールや組み立てで彼女に勝てる訳ではないのだけど、少なくとも落ち着いて捌くことができるようになっていた。
「さすが慎吾、あなたの的確な言葉に、自分がきちんと上手くなっているという実感が持てたよ。最近、伸び悩んでいるように感じていて、自信失いかけていたんだ。ありがとう」
 帰り道で私がそうお礼を言うと、
「うん、何となく感じていたよ。月曜日、僕とゲームしたあとの表情がなんだか少し暗くて、『あ、これはあまり自信ないんだろうな』って思った。だから、ああ言ってみたんだ。ちょっとしたことで自信が持てれば良いと思って」
 そうやって、きちんと私を見ていてくれることが、何より嬉しくて、
「ありがとう。そうやって私をしっかり見てくれて。慎吾がパートナーで本当に良かったよ。ありがとう」
と更にお礼を言うと、彼は顔を赤くして、
「うん、僕も更紗がパートナーで良かったよ。さっきみたいに、僕の弱い心を指摘してくれるし、指摘するだけじゃなくて、それに対してアイディアを出してくれる。それがとっても、嬉しいからね」
 そして、笑う。
 彼がそばにいて、アドバイスをしてくれる、自信をつける言葉をかけてくれることがとってもありがたくて。もちろん、そんな日ばかりじゃないけど、充実して部活ができるのは8割、慎吾のおかげだなぁと思っていた。

 でも、そんないい日ばかりじゃないことを大会直前になって思い知らされるとは、このときは全然思ってもいなかった――


 けだるかったマラソン大会が終わった。唯一良かったのは、中田から「正式に付き合うことになったって優姫から聞いたぞ、おめでとう。いつまでも仲良くな」と言われたことかな。本当に彼は、人が変わって爽やかに映る。元々イケメンなので、悪名高い頃より更にもてることだろうけど、三津屋さんが隣にいる限り、大丈夫だろう。
 マラソン大会のあとの昼食時に僕の弱いところを更紗に指摘された。僕の心の痛いところを突かれたのだけれども、他の人に指摘されたらおそらく、受け入れるのは簡単じゃなかったと思う。でも、彼女の言葉だから。大好きな人の言葉だから、素直に受け入れられた。
 だから、更紗の方から週末のマラソンに誘われたときは、自分を変えるチャンスだと思えたから、僕自身もうひと頑張りするつもりで誘いを受けた。でも、この時期というのもあるのだけれども、疲れがなかなか抜けてくれないくせに、毎日のように勉強と部活に追われる。
 大会前だから活の方に一生懸命で、勉強の方は軽い予習と宿題だけで早めに寝てしまう日々。
 だから、幸弘や夢衣といったいつもの仲間とのライナーも数が減っているし、更紗とのライナー通話だって、ほんの5分程度で終わってしまう。
 今日もそうだ。金曜日という休みの前の日だというのに、身体は結構言うことを聞いてくれなくて、
「更紗、だいぶ疲れ溜まっているんじゃない?明日明後日は夕食当番でしょ?」
とライナーの通話で更紗と話しているのだけど、今度は胸元もしっかり覆われた黄色のパジャマ姿の更紗が、
『うん…でも、そんな事言っていられないし、もうあと1週間だから、がんばれるよ』
「本当に?…僕もかなり疲れてるから、更紗もかなり厳しいと思うんだ。辛かったら言ってよ。ちょっとでも助けになりたいから」
『ありがとう、慎吾。でも、大丈夫だよ』
 そこでお互いに無言になってあくびをする。ほぼ同時だったから、二人で笑ってしまう。
「ははは…もう寝ようか?明日は走るんでしょ?部活は午前中だから、午後はいったん別れて夕方というか、少し前に一緒に走りに行くんだよね?」
『ええ、そうしましょう。15時半に、いつもの所かな?』
「うん、了解。取りあえず、明日の朝、もう一回話そうか?」
『ええ、分かったわ。ずいぶん慎吾も眠そうだし、今日はもう寝ちゃう?』
 更紗の提案に僕は頷いて、
「そうしようかな…もうちょっと話したい気分だけど、それ以上に眠気がマックスだよ…それじゃ、お休み、更紗。好きだよ」
 僕は、最後に彼女への好意を言葉にする。すると、更紗も照れながら、
『もう、照れちゃうじゃない…でも、私も好きだよ、慎吾。また明日ね。お休み』
といって、通話は切れる。お互いに好意を言葉にするやりとりが日常になってきて、僕たちの仲は深まっていくばかりだと思っている。
 とは言え、この疲れが溜まっていく状態はどこかで何とかしたいから、今できることを考える。根本的な解決にはならないけど、エナドリで一時的な疲れを吹き飛ばそうかな?と考えているうちに、僕は意識を手放してしまった。

 そして、翌日部活を普通に終えて、一緒に帰る。今日の練習では、更紗とのシングルでとうとう1ゲーム取られてしまった。自信がついてきた彼女の動きは目に見えて良くなっている。元々の運動神経の良さで、僕は追い詰められる場面はそこそこあったのだけど、最近の疲れのせいもあるのか、僕の方がミスを連発してしまった。結果は結果だ。受け止めるしかない。だから、僕は帰り道で手を繋いで歩きながら、彼女にその時のことについて話す。
「今日は、やられちゃったなぁ…ホント、上手くなったよ」
「え?でも、今日はどちらかと言えば慎吾のミスが多かったからだと思うんだけど?」
「確かにミスは多かったけど、言い訳に過ぎないからね。ミスをしなかった方が勝つ、それは当たり前のことだと思うよ」
 そう言うと、更紗は嬉しそうな顔をする。
「確かにそうね。そう言ってくれる慎吾くんは本当に潔いなぁと思う。でも、ここ最近はミスが減っていたのに、今日のミスの多さは心配するレベルだよ?」
「あ、やっぱりそう思われちゃうか…確かに今日のミスの多さはないわ~と自分でも思うよ。疲れかなぁ…」
「そうかも。そしたら、今日のマラソンは辞めちゃう?」
 更紗は神妙な面持ちで僕にそう提案するけど、
「いや、決めたからにはやりたい。頑張るよ。走る前にエナドリでも飲んでみようかと思ってる」
「え~?あの身体に良くなさそうな飲み物?」
 更紗は怪訝そうな顔をする。
「うん、Blue Hipoあたりをドラッグストアで仕入れておこうと思ってね、それを飲んでいくよ。今の口ぶりだと更紗は飲んだことなさそうだから、飲んでみる?」
 更紗は「う~ん」とちょっと逡巡してから、
「今回は辞めておくね。でも、頼みたくなる気持ち分からなくはないから、そのうち飲みたいって言うかもね…」
「了解。じゃ、15時半にいつものところでね」「うん、一旦、バイバイ」
 そして、いつもの場所でいったん別れて帰宅する。お昼ご飯を食べてから自転車でドラッグストアへ行き、エナドリを5本ほど購入して、もう一度家に戻る。
 そして、買ってきたエナドリを1本開けて、一気に飲み干した。飲んだ瞬間から、少しばかり元気が出た気がする。しばらくソファでスマホをぽちぽち音ゲーをしていたら、時間も15時を回り、結構いい時間になっていた。
「よっし、行こう!」
 僕は、部活のTシャツから着替えて、またジャージを着、「更紗とジョギング行ってくる」と母さんに言って家を出ようとする。でも、姉さんが話しかけてきた。
「最近、更紗ちゃんとラブラブいい感じだよね。順調そうで何よりよ」
「ありがとう、伊緒姉」
「今から二人でジョギングって、これもデートなんだからね、ちゃんとしなさいよ」
「分かってるって。ちゃんとするさ」
 そう言いながら、僕は玄関を出た。そして、待ち合わせ場所に急ぐ。
 いつもの場所で、更紗は先に待っていた。
「ゴメン、待たせた?」と僕が聞くと、「大丈夫、私も今来たところだし」と、僕と同じように下のシャツを変えた更紗は答える。
「じゃあ、僕は初めて走るんだけど、河川敷の方を走ってみない?」
と提案すると、更紗は頷いて、「いいと思うよ。サイクリングコースを走ってみよう」と言って、この街で一番大きな河へ向かう。そこは、堤防にサイクリングコースが設けられていて、天気の良い日はサイクリングはもとより、ジョギングにもよく使われている。
 僕たちは疲れすぎないように比較的ゆっくりしたペースを維持して走る。
「これくらいなら、十分ペースを守れるでしょ?」
 更紗が僕に聞くから、僕は「そうだね。これくらいなら余裕」と答える。
「それなら、もうちょっとペースを上げようか」
と、更紗はちょっとペースを上げる。若干上がるけど、それが地味に辛い。
 でも、更紗は涼しい顔をしてペースを維持していて、これが慣れなのかなぁと思う。
「更紗ってさ、こんな風に、ジョギングを、していたの?」
 僕がちょっと喘ぎ気味に聞くと更紗は、
「そうね。尤も、ここに来てからは初めてだけど、前は週1から2で走ってたな」
「道理で、長距離が、得意なわけだ」
「ええ。バドミントンもスタミナいるでしょ?だから、基礎体力つけるために走っていたんだ。慎吾も最初は走っていたんじゃない?」
「確かに、中1,2年の頃は、走ってた記憶ある…でも、今は、あまり…だね」
「そうなんだ。やっぱり走って基礎体力つけた方がいいと思うわ」
「そうかも、しれない。最近の疲れは、基礎体力が、ないからかも、しれない。もうちょっと、鍛えないとね」
「うん、一緒に体力をつけていこうよ」
 そうだね。そうしていかないと、3年生としての最後の大会も悔いを残しそうだし、しっかりしないと。
「うん、頑張ろう!」
「おー!」
 そんなやりとりをして小1時間ジョギングをした僕たちは、ジョギングを終えて上気した頬を冷ますようにゆっくり歩いて帰っているつもりだったのだけど、お互いに手を繋いでいて顔が赤いままだったというのを、たまたま大木さんに目撃されていたらしく、週明けの朝にそのことを彼女から聞いて、その時よりも二人で顔を真っ赤にしてしまった。

 そして、大会まであと二日に迫った水曜日。僕と更紗さんは部室へ向かい、着替えをする。クラブハウスの前の通路は凸凹で、お世辞にも歩きやすいとは言えない。特に最近は、出入りが激しいのか通路のブロックが浮いてきているところが出てきていた。
 僕の方がたいてい早く着替えが終わるから、外に出て更紗を待つ。ちょっと待つと彼女も出てきて、
「ゴメン慎吾、ちょっと遅れたね」「大丈夫、問題ないよ」と会話しているところに、芹沢が体育館から顔を出す。
「あ、西塔先生と南東先生から話があるから急いできてくれよ~」
と言われたものだから、
「あ、芹沢すまん!今行くよ」
 と言って僕たちはダッシュで体育館に入ろうとしたけど――
「きゃっ!」
 更紗がゆるゆるになっていた歩道のブロックに足を引っかけたみたい。僕が後ろを振り向くと、彼女が今にも倒れそうになっている。
(間に合え!)
 僕は考えるよりも身体が動いていた。彼女の下に潜り込むように身体を滑り込ませる。尻とふくらはぎがズリズリとブロックに引っかかれている嫌な感触と痛みに意識を持って行かれそうになる。さらに、右の足首がうまく滑ってくれずに悲鳴を上げる。足首が変な方向に曲がろうとする。そして、グキッ!と身体の中で音がした。でも、僕の目は更紗の体躯を守ることに集中する。
 トスン
 そして、何とか彼女の顔が地面に打ち付けられる前に受け止めることに成功した。
(よし!)
「大丈夫?怪我はない?」
 まずは更紗の無事を確認する。
「ええ、大丈夫、ありがとう」
 良かったと胸をなで下ろす。と思ったのも束の間、僕の胸元に、柔らかいものが当たっている感覚を自覚する。そして、息を吸うと更紗から良い香りがしてきた。
「おお~東条、ナイス!」
 芹沢の声に我に返る。同時に、
「慎吾、もう大丈夫だから」「あ、ああ…ゴメン」
 と更紗の声。僕は更紗の身体から腕を放した。
 …改めて感じる、めっちゃ柔らかい、胸の感触と、良い匂い…更紗から告白してくれた日に抱き合ったときの感覚を思い出して、これはやばい…と心臓が早鐘を打つ。脳が、本当に溶けそう。顔は火照っているように赤くなっていることだろう。
 惚けた顔で僕は立ち上がろう――として体重を右足にかけたその瞬間、右足に激痛が走る。そういえば、ひねっていたな…上手く立てない。そんな僕の姿に更紗がハッとして声をかけてきた。
「慎吾、立てないの?保健室行こう!連れて行くわ!」
 そう。その時も確かに痛いとは思ったけど、アドレナリン出てキャッチした瞬間痛みを忘れていた。更紗に言われてようやく、その痛みを本格的に自覚する。
「…地味に痛すぎだな、コレ。うん、保健室行くよ。芹沢、すまんが先生たちに保健室に行ってくることを伝えてくれない?」
 僕は苦笑いして、もう一度立とうとしたけど、やっぱりうまく立てない。そして、「了解」という芹沢の返事と同時に、
「ほら慎吾、私の肩につかまって。ごめんね、私のせいで」
と更紗が申し訳なさそうな顔をして僕に肩を貸してくれる。
 僕はそれで何とか立ち上がるけど、更紗一人で僕の体重を支えるのは、いささかきつかったようだ。二人して少しよろける。
「おっと…」
 僕は反対側の足を踏ん張って体重を無理矢理移動して、バランスをとった。
 その時、ちょうど芹沢から報告を受けた南東先生と西塔先生が、僕たちの様子を見に来てくれた。
「東条、大丈夫か?」と南東先生も肩を貸してくれる。僕は、二人に肩を貸してもらいながら保健室へ向かった。
 保健室は、養護教諭である大木先生――実は、クラスメイトの大木さんのお母さんだ――がその部屋の主。物腰柔らかい言動と、40代とは思えない童顔な上、男女分け隔てなく接してくれるから生徒からとても人気がある。
「失礼します」「失礼しま~す」
 僕と更紗が扉を開けて中に入ると、大木先生は「あら、どうしたの?」と問いかけてくる。
「実は私が転んだ時に、慎吾がかばってくれて、足をひねったみたいなんです」
 ちょっと泣きそうな感じで更紗が言う。
「おそらく捻挫だと思うけど、どうでしょうか、大木先生」
と南東先生が心配そうに聞く。
「あらあら。分かりました。ちょっと見せてね」
 と言われ僕は大木先生に怪我の具合を見せる。
「あ~右の足首は確かに捻挫だと思うわ。少し腫れてきているわね。でも、ここでは腱が切れているかどうか分からないから、整形外科で見てもらって。あと、左のふくらはぎと太ももの裏に擦り傷もあるわね。軽く水で洗いましょうか」
「はい、分かりました」
 僕は更紗に、「もう大丈夫だよ、部活に行ってきたら?」と声をかけたけど、やっぱり彼女は首を横に振って、
「やっぱり、最後まで見届けたい。手伝えることあったら言って欲しい」
と言う。そうじゃないかとは思っていたけど、僕の負けだ。おそらく彼女は何かしら手伝いをしないと気が済まないだろう。だから僕は、彼女に傷口の水洗いをお願いした。
「おぉ、しみる…」
 更紗に保健室の中にあるシャワー室で、傷口を洗い流してもらう。思いの外痛くて涙が出そうだったけど、何とか我慢する。
「痛いよね、ごめんね…」
と更紗は言うけど、僕は
「もうそれを言うのはなしにしよう。僕は更紗を助けられたことが良かったって思ってる。名誉の負傷だよ」と告げる。
「うん、でも…もしかしたら、これで慎吾が試合に出られなくなるかもしれない。そうなったら、私のせいだ…」


 そう言う私に、慎吾は優しく、
「更紗のせいじゃないよ。上手く自分の身体をコントロールできなかった自分が未熟なだけ。気に病まないでと言っても、きっと更紗は気にしてしまうだろうけど、本当に気にしないでほしい。僕は本気で、更紗に怪我をさせないで良かったと思っているから」
と言うのだけど、本当にそう思っているの?私は…私なら、少しくらいは恨み言を言ってしまいそうなのに、慎吾はどうしてそんな聖人君子みたいな事を言えるの?
「ねぇ、でも、本当に私のことを少しも悪いって思ってないの?あんな変なところで転んでしまって、自分が怪我してまで私を助けてくれて…自分が損してるのに、本当にいいの?」
 思わず、本音を言ってしまう。すると、慎吾は一瞬、目がつり上がる、中田くんに怒ったようなガチギレの表情を浮かべたけど、すぐに少し悲しそうな顔をした。
「…更紗、僕のことを信じてくれてないんだね…」
 私は、何か間違えたことを言ってしまったのだろうか?困惑してしまう。
「信じてるけど…」
「なら、そんな『私のことを少しも悪いって思ってないの?』なんて言わないでよ。そんな事思ってないのに。もしかしたら、自分と更紗が逆になっていたかもしれないのに。まさか更紗に、そんな事言われるなんて思っていなかったから頭に血が上っちゃった…。
 ごめん、ちょっと頭冷やしたいから、ここから出て行ってくれないかな…僕はまだ、治療してもらわないといけないから、更紗の方から距離をとってくれないと、ちょっと今、更紗にもっとひどいことを言ってしまいそうだ」

 慎吾に初めて、拒絶されてしまった。

 それまでは、私の言うことを全て受け入れて、それから肯定も否定もしっかり考えて答えてくれていたのに。今の私の発言は、彼を傷つけるナイフのような言葉だったんだ…。
 私は、そのことに気づくととても申し訳なくて、でも、「ごめん」と言っても受け入れてくれない雰囲気だったから、何も言えず、保健室から出て行くしかなかった…。
 その時の私は、とても惨めだったのだろう。肩を落とし、とぼとぼと歩いていた記憶しかなくて。南東先生が私に何か言っていたみたいだけど、何も聞こえなかった。もう、部活も何もかもするのが嫌になって、そのまま私はクラブハウスに戻って着替えもせず、勿論部活に顔を出すこともせず、全ての荷物を持って学校を出た。
 家に帰っても気分は沈んだままだった。
 珍しく早く帰ってきた私に綸子は驚いていたけど、私の表情を見たとたん、何かを察したのだろう。余計なことは何も言わずに「今日の晩ご飯は、きつねうどんにするね」とだけ伝えてくれた。
 私は自分の部屋に入って荷物を放り投げ、綸子との寝室へ行って自分のベッドに倒れ込んだ。どうやら少し眠ってたみたいで、目を覚ますともう部屋はかなり暗くなっていて、スマホの通知LEDが光っていた。見ると、則子から。
『更紗、どこにいるの?家?』
と言うメッセージとともに、焦っている表情をしたキャラのスタンプが送られていた。時間は、15分ほど前。時間的にはまだ部活中だけど、私は慌てて返信する。
「ごめん…家にいるよ」
 すると程なく、則子から返信が来た。
『東条くんを保健室に連れて行った後、私たちに何も言わずに帰ってしまうなんて、どうしたの?』
と入っていたから、
「ごめんね。慎吾を傷つけちゃって、距離をとりたいって言われて、ショックで…もしかしたら、大会も辞退するかも」
と返した。
『え?何で?今日の東条くんと喧嘩でもしたの?』
と素早く返ってきたから、「そんなところよ。自分が嫌になっちゃった」と返す。
『う~ん…事情を知らないから何も言えないんだけど、更紗はわざと転んだわけじゃないし、東条くんもあなたを助けたくて怪我をしたわけでしょ?悪いと思うのは仕方ないけど、そこまで思い込んじゃうのは違うんじゃないかな?』
 うん、頭では則子の言うことはわかっている。でも、慎吾に拒絶されてしまったという思いが、理性の上を行く。
「でもね、慎吾に拒絶された今、慎吾のそばにいる資格ないし、私の不注意で怪我させてしまったから試合も出ちゃいけないって思ってる」
 そう返すと、則子のライナーから、怒りのスタンプが届いて、さらに長文が届く。
『なんでそこで試合に出ないって選択になるの!?あなたが初めて東条くんと喧嘩した、それは分かる。傷つけた、それも人だからよくあること。だからといって、試合に出ないという選択をするのは、それとこれとは別問題よ!間違ってる!今日、正式に団体メンバーの発表があって、あなたはここに来て1ヶ月しか経っていないのに、見事にレギュラー勝ち取ったのよ!だからとにかく、明日は部活に来て!』
 …則子から初めて怒られた。私はすっかりしょげてしまう。明日の部活、どんな顔をして出れば良いのだろう…?則子からそれ以上メッセージが来そうになかったから、私は今、とにかく誰かに話を聞いて欲しくて。
 そして、誰かにすがりたくて、頭に浮かんだのは、夢衣ちゃんだった。そして、夢衣ちゃんにメッセージを送る。
「ごめんね、今、いい?」
『はい、いいですよ』
 いつもの調子で返事が来る。とてもありがたかった。そして、則子には言えなかった心の声を、メッセージにする。
「慎吾を傷つけちゃった。そして、拒絶されちゃった…どうすればいいかわかんない…せっかく彼氏彼女の関係になれたのに、こんなに早く終わっちゃうなのは嫌だよ…」
 本当に、藁をも掴む思いだった。すると、夢衣ちゃんからメッセージが届く。
『通話しませんか?30分なら、大丈夫ですよ』
 ありがたい申し出だった。私はすぐ、夢衣ちゃんに通話をつなぐ。
「ごめんね…」
『更紗さん、ひどい顔してますね…そんな辛そうな顔、初めて見ます』
「…そうかも」
 私は力なく笑う。夢衣ちゃんはそんな私に、話を促してきた。
『どうしてそんな事になってしまったのか、教えてもらえませんか?』
 私は今日あった出来事を、包み隠さず話した。夢衣ちゃんは何も言わず、私が話し終わるまでじっと、時折相槌を打ちながら聞いてくれた。
 私は、話しているうちに自分が慎吾に言ってしまったことがどれだけ彼にとって失礼なことだったのか自覚して、顔を下に向けてしまう。せっかく応援してくれている夢衣ちゃんに心配をかけてしまったし、迷惑をかけてしまったし…自分が情けなかった。
 慎吾と別れたくない!こんなに男性を好きになったのは初めてなのに、まだ両想いになって10日しか経っていないのに、もう別れることになるなんて、本当にイヤだ!
 でも、夢衣ちゃんの言葉に私は驚く。
『大丈夫です。東条くんと更紗さんは別れることはないですよ』
「…どうしてそんな事が分かるの?」
『…私が、東条くんのことを好きになった理由、今まで話したことなかったですね。聞いて下さい』
 本題を言う前に、夢衣ちゃんは昔語りを始めた。
『私が東条くんを好きだと自覚したのは、小学校5年生の夏です。運動会で、全員リレーという競技がありました。小学部はコース分けされていませんから、運動の得意な子から苦手な子まで千差万別でした。
 全員リレーで、私は5番目に走ることになりました。みんなで練習しましたが、よりによって本番の時、私はバトンを落としてしまったんです。そして、拾えたと思ったら、今度は転んでしまい、膝をすりむいてしまいました。
 そんな状態で、ただでさえ遅い私の走りはさらに遅くなって、ついには1周差をつけられてしまったんです。
 結果は勿論最下位でした。私のせいで、クラスが最下位になってしまったことに、私は思わず泣いてしまいました。だって、何人かの男子生徒から、『三上のせいでビリになった』と責められましたから』
 夢衣ちゃんの表情は、その頃を思い出したのか、可愛い顔の眉間にしわが入って、顔をゆがめる。でも、夢衣ちゃんは声を振り絞るように続けた。
『でも、東条くんは私を守ってくれました。クラスは違っていたのに、私のところに駆け寄ってくれて、体操座りのまま顔を上げられず泣いていた私の肩をポンポンって叩きながらこう言ったんです。
 『夢衣のせいじゃない。だって、誰もが失敗するかもしれなかったんだよ。失敗したのがたまたま夢衣だったというだけなんだ。だから、夢衣を責めるのは間違ってると思う。むしろ、よく頑張ったね。転んで膝をすりむいたのに、一生懸命走っていたよね』って。
 その時、私の心は救われましたし、周りで私を責めていた男子生徒達も、東条くんの言葉にハッとして、口をつぐんでしまいました。表だった謝罪の言葉はありませんでしたが、悪かったと自覚したんじゃないかなと思います』
 慎吾のその言葉、さっきも聞いた…その頃から、変わってないんだ。
『東条くんは、自分のコントロール外で起こったことに関しては、基本的に受け入れて、考えて、行動できる人なんです。そして、その時に最善と思うことをしてくれる。それが彼なりの優しさだし、すごいところだな、と私は思っています。だから、私は、その時に『あぁ、私は東条くんのことが好きなんだ』と自覚しました』
「…」
 私は黙って夢衣ちゃんの話の続きを聞く。
『この前の中田くんの一件では珍しく激高したみたいですけど、それは何となく分かります。たぶん、私も同じ立場なら怒ったと思います。好きな人を傷つけられて、平気な人はいません。でも、更紗さんが転んだことは、自分のコントロール外のことですから、東条くんは自分が怪我をしたことも簡単に受け入れられたんだと思いますよ』
「うん、でもね、そうやって簡単に受け入れられることが、すごいというか…大会直前に怪我をしたから、たぶん今度の大会は出られないと思うの。これまで一緒に、一つでも多く勝つためにたくさん練習してきたのに。なのに、私に恨み言の一つも言わないのって、私はおかしいと思っちゃったの」
 それが、慎吾の怒りを買ってしまったのだけど、と付け加えると、
『そうですね。そう言いたくなるのもわかりますけど、東条くんは更紗さんのことが本当に好きですから、怪我をして欲しくなかったんですよ。その気持ちで動いて怪我をしたことは、絶対に後悔してないでしょう?』
「確かに…」
 私は、慎吾に言われたことを思い出す。
『東条くんは、そういう人なんです。自分のことよりも、他人のこと、好きな人を優先してしまう。その結果、自分が不利益を被っても気にしない。本当に、信じられないくらい純粋で、一途な人ですよ』
 そう言われてしまって私は、情けない自分をもう一度感じて大きくため息をつく。
「どうすれば、仲直りできるかな?」
 夢衣ちゃんに聞くと、
『誠心誠意、謝れば大丈夫ですよ。東条くんは惚れた相手にめっぽう弱いですから』
 夢衣ちゃんは珍しく歯を見せて笑う。そんな表情を見せるのは初めてだった。
「ありがとう。これから話してみるね」
『大丈夫ですよ、上手くいくことを祈っていますね』
 そして、通話が切れた。夢衣ちゃんに後押しされて、勇気が出る。私は、慎吾にライナーを送る。
「ごめんなさい、ちょっとお話ししたいけど、今、いい?無理なら、都合のいいときに通話してきて欲しいんだ…よろしくお願いします」
 上手くいきますように、念を込めて送信ボタンを押した。


「あ~、更紗、傷ついたよな、明らかに…」
 僕は保健室で自己嫌悪に陥っていた。
 いくら、信じてくれなかったのが悔しかったとはいえ、「距離を置きたい」「もっとひどいことを言ってしまう」なんて言ってしまったら、そりゃ傷つくだろう。実際、保健室から出て行く更紗の足取りはどこか覚束なくて、明らかにショックを受けている感じだった。
 確かに、更紗に対して厳しいことを初めて言ったと思う。でも、本当に、「信じてもらえないことが本当に悔しいし、この1ヶ月、二人で過ごしてきたことはなんだったんだろう」と言いそうになった。それが更に、更紗の心の傷をえぐるだろうことも、分かっていたから、その言葉を言う前に出て行ってもらえたのは良かったけど…。
「はぁ…」
 言い過ぎた。と、大木先生と南東先生が、僕を心配そうに見つめる。そして、南東先生は、職員室の春日先生に電話をしていた。
「もしかして、初喧嘩?」
 大木先生は太ももの擦り傷の治療をしながら聞いてくるから、僕は頷いた。
「そっか。でも、そういう経験も必要よ。お互いべたべたするだけじゃなくて、厳しいことを言い合って、お互い理解していかなくちゃ」
 その一方で、南東先生は、
「春日先生も部活でいないから、今から職員室に戻って東条の家に電話するよ。そして、一度整形外科へ行ってこい。あと、今の状態じゃ明後日の試合は無理だと思うから、オーダー入れ替えも考える。今回は残念だが、また来年があるからな」
と言って、僕の家に電話をしに職員室へ戻った。
「…僕は間違えてましたか、大木先生?」
 僕は思わず聞いてしまう。カウンセラーも兼ねているから、こういう話は気兼ねなくしやすい。職務上知ったことは、家でも守秘義務があることを知っているから、こういった話しが大木さん――紗友梨さんの方に伝わることはない。
「そうね…保健室から出て行く大原さんを見て、呼び止めてあげることくらいしてあげても良かったと思う。傍目から見ても落ち込んでいたから、東条くんの方から止めてあげると、出て行かずに済んだかもしれないし、出て行ったとしても、まだ心は軽かったかもしれないわね」
「そう、ですか」
「でも、あなたは大原さんと一緒にいたいでしょ?」
 少しばかり冷静になって考える。更紗のことを思うと大木先生の言うとおりだ。そして今になって、更紗ともっと話をすれば良かったと思っている。でも、自分から距離を取りたいと言ってしまったから、どうすればいいのだろう…?
「はい、今になってみれば、話をもっとした方が良かったと思います。でも、今は距離を取ろうと言ってしまったので、どうしたものかと…」
「仲直りは早くするにこしたことないかもね。はい、擦り傷は一通り治療が終わったから、あとは南東先生の帰りを待って、今日はもうすぐにでも整形外科へ行きなさいね」
「ありがとうございます」
 そして、大木先生は言葉を付け加える。
「今歩いて移動するのは辛いと思うから、ここにある車いすを使いなさい。玄関に置いておけばいいから」
「はい、すみません」
 そして、さらに一言。
「あなたたちは、見ていてとても好感の持てる二人だから、応援しているわ。…紗友梨の母としてもね」
 そこで、南東先生が戻ってきて、今から母さんが車に乗って迎えに来てくれること、そのまま整形外科に行くようにお願いしたことを伝えてくれた。
「すみません、ありがとうございました。今日は荷物を持って、そのまま帰ります」
「分かった。東条、気をつけるんだよ」
 そして、僕はクラブハウスに荷物を取りに行って、体育館には入れなかったから、芹沢を呼んでそのまま帰ることを告げた。
「東条、気を落とすなよ」
と芹沢は言ったけど、
「気を落とすことはないけど、試合に出られなくなってしまって、団体メンバーに迷惑をかけてしまったから申し訳ないよ。ただ、更紗の柔肌に傷を入れなかったことが誇らしいから、僕は満足だよ」
「…東条らしいな。試合のことは心配するな。個人戦は残念だが、団体はお前の男気に敬意を表して一つでも多く勝ちにいくからな」
 僕たちはフッと笑って、別れた。
 そして、母さんが玄関の前に車を着けてくれたので、さして苦労なく車に乗って帰ることができた。
「母さん、ゴメン」
「どうしたの?更紗ちゃんはなんで一緒じゃないの?」
 母さんの質問に、僕は上手く答えられなくて、沈黙で答えてしまう。
「喧嘩でもしたの?」
「…まあ、そんなところ…自分でも反省してる」
「じゃあ、早く謝って仲直りしなさい」
 母さんは、大木先生と同じ事を言うけど、
「…距離を置こうと言っちゃったから、暫く様子見かな…?」
 僕がそう言うと、母さんは思いの外強い口調で僕に言う。
「ダメ!そんなときこそ、早く謝らないと!暫く様子を見ているって言っているうちに、取り返しのつかないことになるわよ。あんないい子、慎ちゃんには勿体ないかもしれないけど、好きなんでしょ?だったら、絶対に離しちゃダメ!」
 母さんの珍しく強い口調に僕は少しビビるけど。
「…経験のあるような物言いだね…そんなことあったの?」
と尋ねる。母さんは、首を縦に振って頷いて、
「私の高校時代は、慎ちゃんのようにスマホがあったわけじゃないから、すぐに連絡を取って…ということができなかった。だから、明日は謝ろう、明後日は謝ろうって思っているのに、全然会えなくて…次にようやく会えたと思った時には、別れ話を切り出されて、それで終わり、なんてこともあったから。そんな辛い気持ちを慎ちゃんには抱えてほしくないのよ」
「…そうなんだ…分かった。でも、今はそんな余裕ないから、家に帰ってから連絡するよ。珍しく言い争いになって更紗を傷つけちゃったから、きっと彼女、落ち込んでる…」
と話していると、商店街の手前で見慣れたショートヘアがとぼとぼと歩いているのを見つけてしまった。
「更紗…」
「あえて停めないわ。今はそれぞれお互い頭を冷やす時間にしなさい」
 いつもなら、制服にきちんと着替えて帰るのに今日は部活着のままだったから、着替える気力すらなく、部活も休んだのだろうと容易に想像できた。本当に足取りが重いし、頭も下がったまま。暗い雰囲気で帰っていた。…僕のせいだ。心配だ…。でも、今は病院に行くことを優先しないといけないというか、母さんは車を停める気がなくあっという間に更紗が小さくなる。車はもう少し先の整形外科の駐車場に入って、建物から一番近いスペースに母さんは停めてくれた。
 僕は母さんに肩を抱えられながら整形外科に入り、治療を受けた。
 レントゲンを撮ったけど、骨に異常はなかったし、腱も切れてなさそうだから、単にねんざだねと言われたことは、不幸中の幸いだった。
 もちろん、明後日明明後日の大会に出ることはできないのだけど、痛みと腫れが引いたらもう大丈夫みたい。大体5日くらいは松葉杖が必要だけど、早めに復帰できるといいなぁと思いながら、母さんの車に乗り一路家に帰った。
 家に帰って更紗に連絡を取ろうと思ったけど、なかなかその勇気が湧かない。こうなる前は、いつでも気軽にお互い気になったら連絡を取るようになっていったのに、どうしてこうなってしまったんだろう…。
 更紗の言葉に腹が立ってしまったわけだけど、冷静になって考えれば、更紗がそう言うのも当たり前だったのかもしれない。でも、自分で能動的に動いたことで怪我をした、不利益を被ったことを、他人のせいにすることなんかできない、というのは僕の偏った考えなのかもしれない。かばう原因になった、転んだ更紗を責めたくなる気持ちというのも、ややもしたら持つ人はいるのかもしれないが、そんな考え方は僕にはできない。
 ただ、「距離をとろう」と僕の方から言った手前、僕から連絡していいのか、そのことで僕は悩んでしまう。感情では、早く仲直りをしたい。でも理屈では、今はまだ連絡できない。どっちが正解なのか、今の僕には分からなくて悶々と時を過ごしてしまった。
 何もする気が起きずに無為な時間を過ごし、晩ご飯を食べて自室のベッドに横たわる。誰にも相談しようという気にならず、音ゲーやっても勿論全然楽しくないし、1曲やっただけでアプリを落としてスマホも手から放す。
「…幸弘に相談しようか…」
 ようやく、幸弘に話をする決意をしてスマホをもう一度手に取ると、その瞬間ぴこん!とライナーの通知音とともに画面に通知が映る。
 そこには、『更紗』という文字とともに、『ごめんなさい、ちょっとお話ししたいけど、今、いい?…』と文章の一部が表示されていた。
 渡りに船とはこのこと。彼女から連絡が来たことで、感情が理屈に勝つ。
 ライナーを開いて、全文を読む。
『ごめんなさい、ちょっとお話ししたいけど、今、いい?無理なら、都合のいいときに通話してきて欲しいんだ…よろしくお願いします』
 いつもと様子の違う、しおらしい文章。やっぱり、だいぶ堪えていることが分かって僕も反省する。僕はすぐ、画面右上の通話ボタンから、ビデオ通話を押して更紗を呼び出す。
 出てきた更紗は、部活着のままで表情も暗い。帰り道で見たそのままで、見ていて痛々しかった。
『…こんなに早くかけてきてくれると思わなかったよ、慎吾。ごめんなさい…あんなこと言ってしまって。慎吾は本当に純粋な思いで私と接してくれているのに…』
 僕は、一生懸命謝ってくれる更紗を見て、もう気持ちは許してしまっていた。いや、そこまで更紗を追い込んでしまった自分を許せない気持ちが勝っていた。
「謝るのは、僕の方さ…更紗が言いたくなる気持ちも、ついさっき気がついた。でも、そのことに気づかず、更紗に距離をとろうなんて言ってしまって、さらにひどいことを言ってしまうかもしれないなんて言って更紗を追い込んでしまった自分が許せないよ…」
『私も、自分が許せないよ。自分の気持ちをぶつけて、慎吾を傷つけてしまった。本当に申し訳なかったと思う。すぐに許して欲しいなんて言えないけど、今の正直な気持ちを言っていい?』
 更紗が僕に今の気持ちを素直にぶつけてくれることが、本当にありがたくて。
「うん、いいよ。お願いします」
 つい丁寧な言葉で返すと、
『慎吾とこうして付き合うようになってまだ10日くらいしか経っていないのに、こんなことで別れたくない!まだまだ一緒にいたい、部活したい、勉強したい。それだけ、私は慎吾のことが好きなの。もう一回、チャンスを下さい。身勝手だと思うけど、あなたのことがそれだけ、私にとってかけがえのない存在になってるから』
と、更紗の今の溢れる感情が僕の耳朶を打った。僕が、更紗にとってかけがえのない存在になっていることを認識させてくれて、正直舞い上がってしまい、僕は、即答する。
「勿論、良いに決まってる。僕だって、更紗と別れることなんて考えていないよ。距離をとろうというのは、お互いに冷静になろうよって意味もあったんだけど、それを勘違いさせたのは本当に僕が悪い。チャンス?いやいや、僕の方こそ、本当に申し訳なかったよ。更紗に辛い思いをさせてしまって…許してくれる?」
 僕の方からも謝罪の言葉を述べると、更紗は
『勿論、私の方こそ良いに決まっているわ。私が辛い気持ちになった原因は、自分にあったし、因果応報よ。今日の出来事は、身にも心にも沁みたよ。…そう言えば、足の怪我は大丈夫なの?お医者さん行ってきた?』
 そう言って、僕の足を心配してくれた。だから、整形外科の先生に言われたことを伝える。
「うん、ただの捻挫で済んでいたよ。5日くらい松葉杖がいるけど、杖なしで歩けるようになれば問題なくなると思う」
『それなら、まだ良かった。でも、試合は棄権することになっちゃうよね?』
「うん、それも仕方ない。まだ来年があるし。今回のことも一つ糧にしていくよ」
『…ごめんなさい』
 更紗はまだ謝るものだから、
「はい、この件で謝るのはもう終わりにしよう。お互いにずっと謝ることになっちゃうから。もう、仲直り。いいよね?僕も、今回のこの一件は、しっかり反省するよ」
 更紗の表情は、さっきと打って変わって明るくなる。その目には、涙が光っていた。
『ありがとう、慎吾。勇気を出して良かった。夢衣ちゃんのおかげだよ』
 そっか、更紗も夢衣に相談していたんだな。
「うん、更紗から連絡してくれて良かった。実は、僕からも連絡したかったけど、『距離をとろう』と言ってしまった手前、連絡しづらくてね…」
『そうだったんだ…でも、早めに解決できて良かった。これで別れてしまったら、私は絶対に後悔していたと思うから』
「それは、僕も思った。こんな形で別れて気分いい訳ないから、すぐ仲直りできて良かった」
 僕も、表情をようやく柔らかくして言うことができた。
『改めて、これからもよろしくね、慎吾。明日って、一緒に行けそう?』
 やっと、いつもの調子に戻った更紗から、明日の登校について聞かれる。実は、松葉杖が慣れないから、2,3日は送り迎えをお願いしていた。部活も休もうかと思っていたけど、ふっと、ある考えが頭をよぎった。…明日、西塔先生に相談してみよう。
「ごめん、試合が終わるまでは松葉杖で行くから、送り迎えをお願いしちゃった」
『…それもそうね。分かった』
「なんなら、行きも帰りも一緒に乗っていく?朝は大丈夫だと思うけど、部活はマネージャーと一緒にお仕事で参加するから一緒に帰られるよ。どう?」
 すると、更紗はう~ん、と少し考えてから、
『行きも帰りもっていうのはなんだか申し訳ないなぁって思うから、どっちかはお願いしようかなと思う…そう言えば、どなたが送ってくれるの?』
 どっちもというのは厚かましいと思っているのだろう。そういう奥ゆかしいところもあるのが、更紗の魅力。
「母さんが送り迎えしてくれるよ。母さん、更紗のことすごく気に入っているから、行きも帰りも一緒だと嬉しいと思うよ。勿論、無理にとは言わないけど、特に帰りはね、暗くなるの早くなってきたから色々と心配でさ」
『…じゃあ、帰りをお願いできるかな?行きはあの交差点まで行けば夢衣ちゃんや矢野くんと一緒になるし、そう滅多なことないと思うから』
 更紗らしい返事だった。だから僕は、
「分かった、じゃあ母さんにお願いしておくよ。朝は、校門で待ってるから。ただし、いつものスクランブル交差点までに何かあったら、すぐにライナー送って。すぐに駆けつけるから」
『うん、ありがとう。よろしくね』
 二人で一息つくと、同時にふ~っとため息が漏れて笑ってしまう。
『ホッとした。メッセージ送ってすぐに既読ついたと思ったら着信が来て、すごく緊張したのだけど。でも、しっかり話ができて、仲直りできて、本当に安心できた』
「僕もだよ。馬鹿みたいなことを言ってしまったから、どうしようかと思ってた。更紗から電話下さいってメッセージ入ったから、これはすぐに電話して仲直りしないと!って思ったんだ」
『本当に、夢衣ちゃんには感謝だよ…あ…』
 急に、更紗は黙って突然顔を赤らめる。「どうしたの?」って聞いたら、
『安心したら、お腹すいてきてお腹鳴ったの。聞こえた?』
 そんなの、全然聞こえなかったから、
「いや、聞こえなかったよ。晩ご飯、まだだったんだね」
と、僕は少し真顔で答えた。
『うん。綸子、今日はきつねうどんだよって言ってくれていたから、今から食べに行くね』
 そう言って話が終わりそうになるけど、あと一言だけ僕は言いたくて。
「ねぇ更紗、夢衣にお礼しようよ。おかげでお互いに謝ることができて、元に戻れたんだから」
 すると更紗は、明るい笑顔を浮かべて、
『そうだね!そうしようよ。どんなお願いでも聞いてあげよう!それじゃ、また明日から、よろしくお願いします!また明日ね!』
「こちらこそ、よろしくお願いします!うん、また明日!」
 そして、通話が終わった。本当に、ホッとした。体中から力が抜け、意識が遠ざかる。
 気づいたら1時間ほどうたた寝をしてしまっていた。その間に、夢衣からライナーが届いていた。
『更紗さんと仲直りできたようで、良かったです。東条くんにしては珍しいですね』
 なんていうものだから、ちょっと焦った顔をしているキャラのスタンプと一緒に
「うん、自分も怪我のないようにかばえたら、こんな事にならなかったんだよなぁ…。自分が怪我してしまって、僕自身少し焦った気持ちがあったのかもしれない。でも、今回のことは、しっかり自分の中で反省して、いつまでも仲良くいられるようにするよ。
 夢衣も、更紗に助け船を出してくれて、本当にありがとう。夢衣のおかげで、また仲良しに戻ることができた」
『いいえ。大好きなお二人が仲良く毎日を送れるように応援したいですから』
 本当に、ありがたい幼馴染み。僕はきっと、夢衣と幸弘には一生頭が上がらないだろう。とはいえ、いつも助けられてばかりでは僕自身不本意だ。だから、ちょっと聞いてみる。
「本当に助かってる。夢衣は何か欲しいものとか、して欲しいことはある?更紗とさっきお礼したいねって話してたんだおか」
『私は別に、お礼は良いですよ』
「いや、これは僕と更紗の気持ちの問題だから、ぜひ受けてくれるとありがたい。どうだろう?」
 そこまで強めに言うと、しばらく返事が滞る。
 2~3分ほど沈黙していたライナーが驚くべき文面を表示して通知音が鳴った。
『矢野くんもあわせて、4人で遊園地に行きたいです。冬休みに入ってから行きませんか?』
 マジか…と言うことは、夢衣も幸弘に対して好意を持つようになっているのは間違いない。
「幸弘のこと、好きになった?」
 僕はストレートに聞いてみると、「恥ずかしい」とつぶやくキャラのスタンプとともに、
『はい…ここ最近の、矢野くんとのやりとりの中で、私を気遣ってくれる言葉に思いやりが込められていますし、大切に思ってくれていると感じています。何より、自覚したのは、東条くんのお母さんに、『二人はいつになったらくっつくのかな?』と言われたときです』
 ああ、母さんも二人の思いは見抜いていたんだな。やっぱり、敵わない。これが、年の功と言うべきものなのだろうな。
「そっか、うん、幸弘もきっと、夢衣のこと好きだから。大丈夫。冬休み、遊園地へ行こう。4人で楽しい思い出作ろうな」
 僕がそう返すと、夢衣は『はい!』と元気よく返事するスタンプを送ってきた。


 良かった、本当に、良かった。仲直りできて。私は、うれしさをかみしめながら、ダイニングへ向かう。そこには、スマホ片手に宿題をしている妹の姿。
「ながら勉強は、効率悪いよ、綸子」
 そう言って笑いかけると、綸子はちょっと驚いた顔をして、
「元気になったんだね、お姉ちゃん」
と言う。私は「ええ。心配した?」と聞くと、「もちろん。あんな暗いお姉ちゃんは久しぶりに見たかな」と返してくる。たぶん、あの時以来なのだと思う。
「ゴメンね、綸子。心配かけて。もう大丈夫だからね」
「東条さんと、何かあったんだよね?」
 そういう所は勘のいい綸子。私は頷いて、「初めて、喧嘩みたいなことをしちゃった。でも、仲直りできたから」と言うと、「それじゃ、良かったね!」と笑顔で言ってくれる。
「それでね、安心したらお腹すいちゃった」
と言うと綸子は、
「もう、しょうがないなぁ、お姉ちゃんは。でもゴメン、宿題終わらないの。ゆでるだけだから、お姉ちゃん自分でやってくれない?出汁も温めるだけですむから」
「分かったわ。綸子も忙しかったり、疲れてる時は、こうやって手を抜いてくれていいからね」
「うん、今日は宿題が半端ないから、手を抜かせてもらったよ。明日のお昼はパンか学食にしてね」
「ええ。パンにする。実は、慎吾が足を捻挫しちゃったから歩くのしんどいと思うの。だからパンを買って一緒に食べるつもりよ」
「…大会前なのに、大変だね」
「私のせいなんだけどね。それが原因で喧嘩したんだよね」
 綸子は眉をひそめる。でも、「もう終わった話なんだよね?」と聞くから、「そうね。もう終わった話だよ」と言うと、「分かった。じゃ、それ以上はもう聞かないよ。宿題に戻るね」と宿題に取りかかる。
 私は「ありがと、綸子」と言って、うどんを茹でて、出汁(もう、中には刻んだ薄揚げとわかめ、ネギが入っている)をかけ、食べる。出汁の味がいい感じで美味しい。心の中で綸子に感謝して、食べ終わったあとは自分で器を洗って、自室へ戻る。夢衣ちゃんや紗友梨さん、和子さんとライナーで今日の報告をしたことは、言うまでもない。

 翌朝、私は一人で登校する。…よくよく考えたら、一人で登校するのは転校2日目以来かもしれない。だって、ずっと慎吾と一緒に登校していたから。2日目も、途中で絡まれている時に、慎吾が追い払ってくれてから一緒に登校しているので、家から学校まで一人というのは本当に転校初日以来だ。
 私は、一抹の寂しさを感じながら登校する。でも、途中で男子生徒に絡まれることなくスクランブル交差点に差し掛かると、「おはよ、大原さん」「おはようございます、更紗さん」と矢野くんと夢衣ちゃんが声をかけてくれた。
「慎吾から少しだけことの顛末は聞いたよ。仲直りできて良かったな」
 矢野くんの言葉に、私は笑顔になる。
「東条くんは、校門の前で待っているんですね」
 夢衣ちゃんも、笑顔でそう聞いてくる。私は、「うん、そのはずよ」と言って、校門へと急ぐ。
 すると、校門にもたれかかる慎吾を見つける。右手に持っている松葉杖が痛々しい。でも、慎吾も私を見つけると、左手を振って「おはよう、更紗」と声をかけてくれる。
 私はつい嬉しくなって、慎吾に抱きつく。慎吾の胸に顔を埋めて、「慎吾、おはよう。昨日は本当に、ゴメンね」と言うと、「更紗、僕こそゴメンな」と言って、私の肩に左手を回してくれた。
「…朝から何をイチャイチャしてるんだよ…」と矢野くんが言うけど、今の私たちには思いが通じていることを確認できたことが嬉しくて、恥ずかしさがどこかに行ってしまっていた。
 そのあと、教室へ入ると、慎吾が驚くべき提案をしてきた。
「明日の大会だけど、更紗のバックアップしたいから、一緒に市営体育館に行こうかと思ってるんだ。一応、芹沢はじめ、男子連中の許可はもらったから、あとは更紗はじめ女子部員と、顧問の二人の先生が許可してくれればいいんだけど」
「そんなこと、してもらっちゃっていいんだ…私はそれをしてくれると嬉しいかな。やっぱり、好きな人、応援してくれる人は側にいるのって、大きいと思うのよね。でも、確かに先生方がOK出してくれるかなぁ?」
 二人で少し難しい顔をするけど、「でも、これもチャレンジだよね」と納得して、昼休みに言いに行こうということになった。
 昼休み。まずは私が購買にパンを買いに行く。慎吾のリクエストは焼きそばパンとチョココロネ。…偏ってるなぁと思いつつ、私も野菜サンドとチョコドーナツ。
「ありがとう、更紗」と教室に戻ってきた私にお礼を言ってくれて、二人で食べる。そして食べ終わるとすぐに、私たちは職員室へ。
「西塔先生、南東先生話があるのですが、今よろしいですか?」
 慎吾が二人の先生を呼んで、話をする。要は、マネージャー代わりに使ってほしいということだ。二人とも最初は「う~ん」といった感じだったけど、慎吾が私だけじゃなくて他の女子も公平に扱うことを条件として帯同が認められた。
「周りはほとんど女子だから、変な目で見られるかと思うけど、それは承知の上でなんだな?」という南東先生の話に対しても、臆することなく「大丈夫です」と言い切った慎吾はとっても格好良かった。

 そして、いよいよ大会当日。市営体育館は各校の女子バドミントン部の生徒でいっぱいだった。その中で男子は慎吾だけかと思ったけど、何人か荷物持ちとしてなのだろう、帯同している男子生徒がいたから、慎吾も――尤も、松葉杖をしていたけど――そんなに奇異の目で見られることはなかった。近くに北森高校の生徒もいて、清花さんと私と慎吾の3人で少し話できたことも、良かったと思う。
 市営体育館は2階にギャラリーがあるから、まずはそこの一角を確保する。各コートを横から見る形になる東側を陣取り、その一番前には三脚でビデオカメラを固定する。そこから撮影するのが、基本的に慎吾の役割だ。あとは、戻ってきた私たちにアドバイスや注意をしてもらう。
「じゃ、行ってくるね」
と、私たちは初戦に向かう。慎吾がこの前言っていた情報だと北森高校ほど強くないってことだった。
「とは言ったけど、何気に緊張しているなぁ…」
 私はこの試合、第1シングルスに入ったけど、初戦の緊張のせいか動きが良くないと感じていた。何とか修正しないとと思っているうちに1ゲーム目を取られて絶体絶命になる。でも、慎吾が応援してくれたり、西塔先生が1ゲーム目が終わった後で「側にいるんだから、下手な姿見せられないって思ってるのかな?大丈夫。普段通りやれば大丈夫だから。ミスのないように、リラックスよ」と言ったりしてくれたから、何とか持ちこたえて2ゲーム目をとるとファイナルゲームも連取して、何とか勝つことができた。
 練習試合の時だったら、きっとズルズルいって負けてしまっていたことだろう。でも、慎吾が応援してくれる、側にいる、そう思うと勇気がもてた。
 他の試合も慎吾の応援があって第1,2ダブルス両方ともストレートで勝って、初戦を突破。ギャラリーに戻ると、慎吾が拍手で迎えてくれた。
「みんな、すごいよ。よく頑張ってるから、次も頑張ろう!」
と励ましてくれるから、私たちみんな「はい!」と返事して盛り上がった。
 2回戦は、私たちとだいたい似たような実力校だった。北森高校と同じくらいの実力だから、少しばかり、気合いが入る。今回も、第1シングルスは私だ。
 ギャラリーで慎吾は私に、「ちょっと身体の動きが硬いから、肩の力を抜いてシャトルを追いかけよう」とアドバイスをしてくれたから、その言葉に集中力を高めて試合に臨む。
 慎吾のアドバイスのおかげで、少し難しい球も落ち着いて処理することができた。できる限りラリーを引っ張っていくことで、相手のミスを誘うことになる。「ミスをしなかった方が勝つ、それは当たり前のことだと思うよ」と以前慎吾は言っていた。全くその通りだ。ミスをせずにラリーを続け、相手のミスを待つことも必要なことなんだ。
 強打で相手のコートにシャトルをたたきつけても1点、相手のミスでもらうのも1点。その1点の積み重ねが、勝敗に直結する。それを練習で学んだから、丁寧に打っていく。うん、とってもいい感じで勝負できている。
 1ゲーム目は21-13、2ゲーム目も21-15でストレート勝ち。これで、次のダブルスに勢いをつけられると良いな。そう思いながら、慎吾が見ているであろうギャラリーに視線を移すと、慎吾と目が合う。彼は、「グッジョブ!」と口を開きながら、右手親指をサムアップしてくれた。私はつい嬉しくて、彼に手を振る。
「こら、浮かれすぎないの」
と、西塔先生から注意されてしまったけど、やっぱり勝って、彼に褒められるのは嬉しいことだった。
 ダブルスもきっちり2つ勝ちきってくれて、3回戦に進出!これでベスト16だ。
「みんな、調子よさそうだね!きっちり勝ちきって3回戦進出は大きいと思うよ!次は第1シードの仁済女子か…やれるだけやってみよう、挑戦者だからね!」
「ええ、そうね!」
 則子が慎吾の言葉に力強く返事する。第1シードと言うことは、県で一番強い学校だということ。だから、私たちが勝てるかというと、その確率はほぼ0だと思う。でも、だから諦めるわけじゃなくて、しっかりと今の2回戦のような試合を行っていけば良いんだ。
 ――と思っていたんだけど、流石に第1シードはそんなことを思わせてくれるほど甘い相手ではなく、今回の第1シングルには則子が出たにもかかわらず、彼女ですら10点取れずにストレート負けしてしまう。それに動揺したのか、ダブルス2つもあっさり取られしまって、臨魁学園の女子団体戦はここで終わってしまった。
 流石に手も足も出ない相手だったから、悔しいけれども脱帽しかなかった。涙も出ない。もっと練習して、次の機会があれば、もう少しまともに戦えるようになりたいと思った。
 3試合したので、時間は13時を回っていた。私たちはお昼ご飯を食べて、ミーティングをする。
「最初の2試合は悪くなかった。声も出ていたし、失敗してもフォローできていた。でも、3試合目はまぁ、仁済女子だから仕方ないね。でも、よく食らいついていたと思うわ」
 西塔先生の言葉に次の機会は頑張るというと、先生も嬉しそうだった。
「さ、今日はもう帰って休みなさい。明日は個人戦。うまくいけばベスト16には入れそうな子もいるし、組み合わせ的に厳しい子もいるけど、勝てる相手にはしっかり勝ちきること。最後まで諦めず、楽しみながらプレーすること、いいね?」
「はい!」
 西塔先生の今日の最後の言葉に、みんな――勿論慎吾も――大きな声で挨拶する。
「あと、東条くん、いてくれて助かった。あの場所からのビデオ撮影手伝ってくれたり、ちょっとしたアドバイスも良かったわ。明日もよろしくね。…大原さんの試合優先で見に行って良いからね」
「ありがとうございます」
 西塔先生のお礼に、慎吾もお礼で答える。そして、
「気をつけ!ありがとうございました!」
 則子の挨拶に、私たちも「ありがとうございました!」と挨拶して、今日の所は解散となった。
「本当に東条くんいてくれて良かったよ。何気に信頼できる男子の荷物番がいてくれるのって、安心できるんだよね。」
 とは則子の弁。あとで聞いた話だけど、男子の方では数年に1回盗難事件があるらしくて、女子も1回だけだけど盗難事件があったとのこと。あと、女子の方は不審者がたまに入ってくることがあるらしくて、そこに男子がいてくれるのは、何よりありがたいとのことだった。
 どんな男の子でも良いかというとそういうわけではなくて、やはり、慎吾みたいにみんなから信頼されている男子、それも彼女に一途な子がいいとのこと。…彼女がいれば変なことをすることはないという訳なんだね。
 今日の帰りは、慎吾のお母さんに迎えに来てもらう。慎吾の足は少しずつ痛みが引いているみたいで、もうあと2,3日くらいで松葉杖は必要なくなるんじゃないかなって慎吾自身は言っていたから、無理せず治してほしい。
「今日はありがと、慎吾。おかげで、頑張れた」
 私が礼を言うと慎吾は、
「いや、まだだ。明日の個人戦が終わるまでは、お礼はいらないよ。明日は1試合目はいけると思うから、2試合目が本当の勝負かな。応援してるよ」
と、元気づけてくれるから、
「うん、頑張る!」
と、右腕に力こぶを作るポーズをする。慎吾は笑って、
「そんな元気があるならきっと大丈夫だよ。それにしても、男子は2回戦で負けたのは残念だったな」
と言う。男子は早々に負けてしまったのを、慎吾のライナーに入ってきた野山くんからのメッセージで知った。
「そうね。勝てない相手じゃなかったってライナー入っていたよね。悔しいよね」
「うん、こういうところが、今後の課題なんだろうね」
 そうしているうちに、慎吾のお母さんの車が私たちの視界に入ってきた。
 私たちの前に車が止まると、慎吾、私の順で車の後部座席に乗り込む。そして、すぐ発車した。
「お疲れ、更紗ちゃん。うちの愚息は役に立ったかな?」
「母さん、何言ってるんだよ?」
「あ、あはは…」
 慎吾とお母さんとのやりとりに、私は最初、苦笑いで答えるしかできなかったけど、ちゃんと、
「もちろんお役に立っていただけました。荷物番としても、ビデオ係としても、アドバイザーとしても、私だけじゃなくてメンバー全員に気を配ってくれました」
 すると、お母さんは満足そうな笑みを浮かべて、
「それなら良かったわ。疲れたでしょ?うちで一服するといいんじゃないかな。まだ14時だし、妹さんもまだ学校でしょ?」
 そういえば今日は金曜日だから、確かに綸子が帰ってくるまでは時間はある。「ゆっくり身体を休ませなさい」という西塔先生の言葉もあったし、取りあえず慎吾の家で暫く過ごさせてもらうのも悪くないと思ったから、
「すみません。お言葉に甘えさせていただいても良いですか?」
 すると、慎吾の目が輝いたように見えた。
「更紗、良いの?多分、母さんの話し相手になるだけだよ?」
「ええ、それも良いかなって思う。だって、慎吾と一緒に過ごせるし、もしかしたら、慎吾の昔話も聞かせてもらえるかなって」
「おいおい…それはマジ勘弁…」
 げんなりした表情を見せる慎吾に思わず笑ってしまうけど、
「まぁ、家に着いたらまずは炭酸とポテチで一服しなさい。好きなんでしょ?」
 少し前のことなんだけど、お母さんは私たちの好きなおやつをきちんと把握してくれていた。
「ありがとうございます」
 そして、慎吾の家に上がらせてもらうと、リビングへ。
 それから2時間ほど、慎吾とビデオを見ながら――実は、先生が回収を忘れていたのだけど、ちょうど良いから2人で反省会でもしたら?と言われて――このポイントで流れが変わったとか、このステップが余計だった、ここはいい反応だったから、もっと磨きたいよねなどと、話をして、本当にバドミントン漬けの1日だった。


 2日目の個人戦は、臨魁学園の女バド部員は全部で10人。全員出ることになっていて、それぞれ出る時間帯もまちまちで、いつ呼ばれるか分からない。今日はメインコートの10面だけではなくサブアリーナの6面も使っている。それだけ大々的にやって1日では終わらず、ベスト16以上は翌日日曜日の試合まで残ることになる。ちなみに今日明日はシングルスの試合で、明日の午後からはダブルスが月曜日まで行われる予定となっている。
 今回、残念ながら僕は怪我で出場できなかったけど、男子は尋路や芹沢、女子は五十嵐さんのレベルがベスト16を狙う。更紗は厳しく、64までは行けると思うけど、32まで行けたらすごい。…僕にしても良くて32あたりだから、本当に高校から始めたのにその伸びしろには頭の下がる思いだ。
「おはよう、慎吾。今日もよろしく」
 市営体育館の前で、更紗が僕を見つけて駆け寄ってくれる。
「こちらこそ、よろしく」
 そして、8時半に臨魁学園のメンバーが揃ったら、体育館に入る。そして、アナウンスを待つ。
 全県下、400人ほどの選手が集まっていて、組み合わせ的に今日は360試合くらいする算段だ。9時ちょうど、試合が始まり16試合分の対戦が始まる。その中に、臨魁の生徒はいなかったけど、2廻り目でコールが入る。
 先陣を切るのは五十嵐さん。よりによって、第1シードのいる山に入り、順当に行けば3試合目あたりで第1シードと当たってしまう。…運が悪い。
「まぁ、絶対にそこまでは勝ち進むから、見ていてよね!」
と強気に挑む五十嵐さん。第1試合はまだ始めて半年の1年生だったようで、そこまで力を入れずとも余裕で勝っていた。
「逆にウォームアップにならないから、次がちょっと不安」
とは言っていたけど、身体の動き自体は悪くなさそうだった。
 そして、5廻り目、臨魁の5番目に更紗が呼ばれる。呼ばれた更紗は「行ってくる!」と言ってラケットと水筒、タオルを持って駆けだした。場所は、幸いなことに今いるギャラリーの真下だったから、僕は上から観戦すれば良い。
「頑張って!ここから見てるよ!」
 僕はそう更紗を励まして送り出す。更紗の初戦の相手は、団体戦の1回戦でも当たった子だった。そんな偶然、滅多にない。
 昨日は緊張で1ゲーム取られていたけど、普段通りの更紗なら、多分負けないと思う。
 僕は、ビデオを回して更紗の試合を見守った。
 うん、予想通り優勢に試合を進めている。昨日の初戦よりきちんと身体も動いているし、ミスも少ない。この分なら心配はないな。
 案の定、ストレートで相手を下してギャラリーに戻ってくる。その顔は満足そうだった。
「良かったよ、更紗。昨日の反省点が生かされてたと思う」
 僕がそう声をかけると、更紗はより明るい笑みを浮かべる。
「うん、自分でもよく動けていたと思う。ステップに気をつけたら動きやすかった。ありがと、慎吾」
 僕の右隣に座ると、右手を差し出してくるから、僕は左手を出して軽くハイタッチ。
「仲良きことは、美しきかな、うんうん、やっぱり二人はそういう風にいてほしいものだわ」
 五十嵐さんがそう言って茶化すけど、その程度であれば僕はもう照れることはなく自然体でいられるようになった。
「ああ、一昨昨日の件で反省したから、仲良くいたいと思ってるよ。五十嵐さんや夢衣をはじめとしてホント周りにも迷惑かけたしね」
 僕がそう言うと、五十嵐さんは真顔になって、
「あの日は本当に何が起きたって感じだったわ。更紗は東条くんを保健室に連れて行ってから帰ってこないし、クラブハウス見に行ったら更紗の荷物は全部なくなっていて焦ったし」
「ゴメンってば…」
 更紗は五十嵐さんに平謝り。五十嵐さんは「もう終わったことだから良いんだけどね」とあっさりしたものだけど、更紗はやっぱり思うところがあるのだろう。
「結果で恩返ししないとね」
と自分に発破をかけていた。
 しかし、2回戦の相手は団体戦第4シード校のメンバーだったようで、更紗は相手に翻弄される。
 良いプレーも時折あって相手を苦しめたけど、そこまで。17-21、18-21で残念ながらストレート負けを喫して更紗の秋季大会は幕を閉じる。
「あ~悔しい!あと一息だった!」
 更紗は敗者審判が終わったあとギャラリーに戻ってきて、悔しい気持ちを口に出す。僕は、「そうだね、もう一息だった。でも、相手も上手だったよ。まだ余力残していた感じもあったし、もう少し、更紗はクリアやスマッシュの打点を調整する必要があるかも」
 そう、若干肘が下がっている気がするので、そうアドバイスすると「来週の練習からもっと意識してみる」と返ってきた。
 そして、15時を回る頃にはベスト32の出そろう4回戦まで試合が終わり、残念ながらここで臨魁の女バドは全滅。翌日の試合に進めることはできなかった。
「男子は、尋路がベスト32に残って、今日最後の試合に勝つと、明日行けるようだよ」
と、僕がライナーで男子の様子を聞くと、みんな盛り上がって「今から応援行こうよ」と五十嵐さんが言い出す。西塔先生も特に異論はなかったので、用事がある生徒以外は、できる限り学園に戻って尋路の試合を見ることになった。

 学園に戻ると、ライナーで尋路たちのいる場所を聞いて第1体育館に移動する。タイミング良く、ちょうど尋路の試合が始まるところで、人気がだいぶん減ったギャラリーへ上って、固唾をのんで見守る。
「尋路、頑張ってよ!」
 五十嵐さんが発破をかける。他のメンバーも口々に「ファイト!」「頑張れ!」と声をかけて、そのあたりが盛り上がる。
 尋路は五十嵐さんの声に右手を挙げて応え、試合が始まる。
 やっぱり、男子の試合は女子の試合より迫力がある。体格もそうだし、スピードも違うからここ2日間ずっと女子の試合を見ていると男子のスピードに慣れるまで少し時間がかかった。
 しかし、尋路は善戦するものの実は前の2試合がファイナルゲームまでもつれ込んでいて、疲労が限界に近くなっていたのもあって、徐々に運動量が落ち始めて、結局ストレートで敗れてしまった。
 負けが確定した瞬間、臨魁の生徒からは「あぁ…」とため息が漏れた。尋路も悔しかったのか、口を真一文字に結んでいた。
 最後のミーティングでは、南東先生から「明日のダブルス、男女2組ずつしか出ないが全力でやってほしい。東条は休みで良い。2日間ご苦労だった」と言われ、今回の試合ではお役御免に。更紗は西塔先生から、「後学と線審のために日曜日も来てくれると良いのだけど」と頼まれて快諾していた。
 今日は土曜日で綸子ちゃんはお休みなのと、思いの外遅くなったこともあり、更紗を自宅に送り届ける。
「良い経験になったわ。明日もダブルスの試合をしっかり見てくるね。明日はお父さん休みだから、お父さんに送り迎えしてもらう。慎吾はゆっくり休んでね」
と車からの降り際に言われ、僕は「分かった」と返事する。
「でも、明日の夜はちょっとでもライナーしようね」
と更紗が提案してくれたから、「楽しみにしてる」と返事して、別れた。

 そして、日曜日の夜。僕はゆっくり静養できたのもあり、右の足首の痛みもかなりなくなった。明日からは松葉杖が不要になるかもしれないと思いつつ、更紗にライナー通話をする。画面越しの更紗の今日のパジャマはピンクだった。
「お疲れ様。どうだった?」
 すると、すぐに返事があった。
『うん、勉強になったよ。線審も自信を持ってできたし、この3日間でまた成長できたと思う』
「それなら良かった。でも、だいぶ疲れたんじゃない?身体は大丈夫?」
『うん、まぁ大丈夫かな。でも、疲れているのは確かだから今日は早めに寝ようと思う。慎吾は今日、ゆっくり休めた?』
「うん、だいぶ休めた。おかげで右足首の痛みもだいぶ減ったよ。明日から杖なしでいけるかも」
『良かったじゃない!でも、無理しないようにね。少しでも痛かったら、杖を使ってね』
 確かに、更紗の言うとおりだ。痛みが残っているようなら、杖を使った方が良い。
「ありがとう、更紗。そうやって気遣ってくれるの、本当にありがたいし、そんな更紗が好きだよ」
 すると、『好き』と言っているキャラのスタンプが送られてきて、
『私も、だよ。今回慎吾はすごく頼りがいがあって格好良かったんだから』
 …めちゃ照れるんですが…
「ありがとう。さぁ、大会は終わったから明日から期末試験モードだね」
『そうね。いつから試験期間だったっけ?』
「え~っと…今日は19日で…期末は30日から始まるから、23日だけど、この日は祝日だね」
『あ、そうか。23日から部活はない訳ね?』
「そうだね。24日からは放課後残って勉強するよね、幸弘と夢衣も合わせて4人で」
『ええ、これも楽しみ。そうそう、夢衣と矢野くんと4人で遊園地って、いつ行こうか?』
 なんて会話が楽しい。でも疲れている僕たちは少しずつ眠気が来る。
「2学期が終わってから行こうかなって考えているんだけど、まぁ、夢衣も幸弘もお互いに告白を狙って、25日ってどうかな?」
『クリスマスね、それも面白いかも…ふわぁ』
 更紗が可愛いあくびをする。
「もう眠いよね?寝ようか。また今度相談しよう」
『うん、そうしよう。あ、でも、これだけ確認させて。23日の祝日、お昼ご飯食べに来てよ。この前言っていた私の趣味教えちゃうから』
 ありがたい提案をしてくれた。大会が終わってからって約束だったから、確かに時期的に良いと思う。
「あ、ありがとう。楽しみにしているよ」
『うん、それじゃ、また明日ね。お休みなさい、慎吾。良い夢見ようね』
「うん、お休み更紗。いつも、夢で会えたらなって思ってるよ」
『もう…またそんなこと言う。…私も一緒だけどね。ええお休み』
 お互いにのろけて、通話を切る。
 ホント、この3週間はきつかったけど、僕も更紗も一回り成長できた気がする。特に、喧嘩をして、仲直りしたことは、これからの糧になる。
 でも、できる限りあんな思いはしたくないし、何より、更紗を傷つけたくないと誓って、僕は床に就いた。

コメント

  • 鳥原波

    ありがとうございます!
    理性と感情の表現が難しかったですが、そのあたりが共感していただけたようで良かったです!
    次章は甘々で行きますよ~

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  • ノベルバユーザー617419

    ケンカしてる時のヒロイン視点ハラハラしながら読んだよ!
    主人公の言った言葉の責任と葛藤も共感がイッパイ、そこから仲直りの過程もグッときました☆良かったです

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  • ノベルバユーザー617419

    ケンカしてる時のヒロイン視点ハラハラしながら読んだよ!
    主人公の言った言葉の責任と葛藤も共感がイッパイ、そこから仲直りの過程もグッときました☆良かったです

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