アルヴェル・オンライン
10話
『リスポーン地点が『雉鳴きの村』の『雉鳴きの祭壇』に更新されました!』
──『雉鳴きの村』の最奥にある、木々に囲まれた石造りの祭壇。祭壇のある広場を囲むように水が張っており、どこか神秘的な場所のようにも見える。
ここに、NPCが言っていた邪神がいるのか──アイビスとラークは警戒心を深めた。
「……誰もいませんね」
「そ、そうですね……あの子が言っていた通りなら、お姉ちゃんと邪神というのがいるはずですけど……」
『雉鳴きの祭壇』にはアイビスとラークの姿しかない。他のプレイヤーやNPCの姿はなく、女の子の言っていた姉や邪神も見当たらなかった。
……いや。一ヶ所だけこの場に似合わぬ物体が存在している。
「ラークさん。あれ見えます?」
「は、はい。エクスクラメーションマークですね」
「エクス……なんですか?」
「あ、すいません。ビックリマークのことです」
祭壇のある円形の広場──その中心に、『!』というマークが浮かんでいる。
泣いていた女の子の頭上にもあったマーク──VRRPGに慣れていないアイビスでもわかる。あそこに行けば、クエストが進行すると。
アイビスとラークは顔を合わせ──互いに頷き合い、祭壇のある広場へと近づいた。
「ラークさん、武器の用意を」
「は、はい!」
アイビスが『サラマンドラ・グローブ』を両手に装備し、ラークが緋色の長杖をオブジェクト化して握り込む。
慎重な足取りで、広場の中心にあるエクスクラメーションマークに近づき──フッと、マークが消えた。
それと同時、祭壇に先ほどまでいなかった少女が現れる。体には最低限のボロい布切れしか巻いておらず、泣いていた女の子と瓜二つの外見。間違いない、あの人が姉だ。
少女は祭壇の上で仰向けになっており、ぐったりとしたまま動かない。意識があるのかないのかも不明だ。
「あっ──アイビスさん! あの人!」
「さっきの子のお姉さんでしょうね。とりあえず近づいてみま──」
『──去ね。贄にも為れぬ猿共が、誰の許可を得てこの地に足を踏み入れておる』
──声が響いた。
素早く身構え、辺りを見回す。NPCやモンスターの姿はない。しかし、間違いなく声は聞こえた。ラークにも聞こえていたのか、不思議そうに広場内をキョロキョロと見回している。
ヒラリ、とアイビスの目の前に、何かが落ちて来た。
これは……大きな鳥の羽? 鳥の羽は、アイビスの顔よりも大きい。しかし、なんで鳥の羽なんかが落ちて──
「ッ──!」
『ようやっと気付いたか、贄にも為れぬ猿共。ちと遅いな?』
慌ててアイビスが上空を見上げ──そこに、怪鳥がいた。
全身を覆う薄緑色の羽毛に、湾曲した嘴。瞳は極彩色に輝いており、鳥脚から伸びる鉤爪はサラマンダーの剛爪よりも長く鋭い。
どこか神々しくも見える怪鳥は、だがその優雅さとは裏腹に途轍もない威圧感を放っている。
その理由は──怪鳥の体躯だろう。
ゴブリン・ロードに比べれば小さいが──その場に存在するだけで物理的に空気を圧迫する怪鳥に、アイビスはゴクリと生唾を飲み込んだ。
『まあ良い──して、何をしに来た、贄にも為れぬ猿共よ』
怪鳥がアイビスたちの前に降り立ち、脳内に直接響くような不思議な声で問い掛ける。
──フェザント・インバイブ・サクリファイス。それが、この怪鳥の名前。
英語は苦手なので意味はわからないが──どう見ても、今のアイビスたちでは敵わない相手なのは本能で理解できる。
「……あの人、どうする気ですか……」
ラークの震える声が隣から聞こえた。アイビスはフェザントの放つ覇気に威圧されて声すら出ないのに。
ククッと、フェザントが喉の奥から嗤い声を漏らした。
『なんだ、何か言ったか? 声が小さくてよく聞こえんな? ──もう一度申してみよ、メス猿』
──ゾクッと背筋に悪寒が走る。
肌が殺気を感じてヒリ付く。拳を握る手が震える。足に上手く力が入らない。頭が恐怖と絶望に支配される。喉が凍り付いたように呼吸がしにくい。内臓がキリキリと痛む。筋肉が緊張で固くなる。今すぐにでも逃げ出したい。
ここはVRの世界で現実とは関係ない──頭ではわかっているのに、圧倒的な強者が放つ殺気に、『死』を幻視してしまう。
「……あの、人を──あの女の人をっ、どうするつもりですかっ?!」
声を張り上げ、正面からフェザントを睨み返すラーク。サラマンダーやゴブリン・ロードと遭遇した時とは別人のような大声に、恐怖に固まっていたアイビスの体に自由が戻る。
『……ほう? どうする、とは?』
「と、とぼけないでくださいっ!」
『吠えるなメス猿。そう声を出さずとも聞こえておる。あの小娘をどうするのか、だったか? あれは愚かな猿共が余に捧げた贄だ。棄児の無き繁栄を願い、供物として選ばれた生娘だ。どうしようとも、余の自由であろう?』
「ですから! どうするんですかっ?!」
『喰らうに決まっておろう? なんだ、猿共は贄や供物を愛でたり育てる風習でもあるのか?』
極彩色の瞳を細め、フェザントがバカにしたようにラークを見下ろした。
「喰う、って……!」
『驚くような事でもなかろう? 貴様ら猿共も、生き物を喰っておるではないか。何もおかしな事ではなかろう。それともなんだ? ──貴様が代わりに贄となるか、メス猿?』
「っ……」
『まあ良い。余は寛大であるからな、メス猿の戯言は聞き流してやろう。それで……先ほどからメス猿ばかり発言しているが、貴様はいつまで黙っている気だ? ──なあ、オス猿?』
フェザントの視線が、アイビスに向けられる。
ふと何かに気づいたのか、フェザントが極彩色の瞳を僅かに見開いた。
『貴様……その外套は、小鬼の王の……かつては余と鎬を削った奴が、貴様のようなオス猿を生涯の好敵手として認めるとは……奴も堕ちたな』
小鬼の王……ゴブリン・ロードの事だろうか? フェザントはゴブリン・ロードの事を知っているのか?
『そこのメス猿の勇気に免じて、余の地に土足で踏み入った事は不問としてやろう──これ以上の不敬は許さぬぞ? 疾く消えよ』
薄緑色の羽を折り畳み、フェザントが極彩色の瞳を閉じた。今の言葉通り、これ以上話す気はない、とっとと帰れという態度だ。
……このまま引き下がるのか?
言われっぱなしでいいのか? 臆病なラークが震えながらでも話していたのに、自分は何も言わずに終わるのか?
──冗談だろ。
己を奮い立たせるように笑い、アイビスは拳を持ち上げた。
『……聞こえなかったか、オス猿──疾く消えよと言った、次はないぞ』
「ペラペラと話が長いんだよトリもどき、いいからとっとと掛かって来いよ」
何にせよ、フェザントはあの少女を生贄として食う気だ。しかし、話し合いで解決する気配なんてない。
ならば、どうするか?
決まっている──フェザントを倒して少女を取り返す。
【ヘル・ブレイズ】を発動し──アイビスの頭部と両腕が、黒い炎に包まれた。
赤く変色した瞳をギラギラと輝かせ、戦闘体勢に入ったアイビスを見てラークも身構える。
『虚勢を張れたとは驚きだ──その不敬、死を以て償え』
フェザントが薄緑色の羽を勢いよく開いた──直後、巨大な羽が弾丸となって放たれる。
素早くラークの前に立ち、アイビスは『黒炎』をぶっ放した。
迫る羽の弾丸に『黒炎』が燃え移り──周りの羽をも巻き込んで大爆発。
予想以上の威力に、『黒炎』を放ったアイビスは困惑している様子だ。先ほどまでは薄い笑いを浮かべていたフェザントも、『黒炎』の威力を見て警戒心を深める。
『なるほど、仮にも小鬼の王が認めただけの事はある。贄を喰らう前の運動には丁度良さそうだ』
──ビュオッ! と風が吹き荒れる。風の発生源は、フェザントの体だ。
一枚一枚の羽から緑色の風が吹き出しており、まるでフェザントを守る膜のようにして取り囲んでいる。
さすがはVR、風まで視認できるのか。
『余の名はフェザント、棄児無き村の繁栄を願い降臨した授けの神──小鬼の王に認められし者よ、臆病ながらも勇気ある者よ、死力を尽くすがいい。精々、余を失望させてくれるなよ?』
──『雉鳴きの村』の最奥にある、木々に囲まれた石造りの祭壇。祭壇のある広場を囲むように水が張っており、どこか神秘的な場所のようにも見える。
ここに、NPCが言っていた邪神がいるのか──アイビスとラークは警戒心を深めた。
「……誰もいませんね」
「そ、そうですね……あの子が言っていた通りなら、お姉ちゃんと邪神というのがいるはずですけど……」
『雉鳴きの祭壇』にはアイビスとラークの姿しかない。他のプレイヤーやNPCの姿はなく、女の子の言っていた姉や邪神も見当たらなかった。
……いや。一ヶ所だけこの場に似合わぬ物体が存在している。
「ラークさん。あれ見えます?」
「は、はい。エクスクラメーションマークですね」
「エクス……なんですか?」
「あ、すいません。ビックリマークのことです」
祭壇のある円形の広場──その中心に、『!』というマークが浮かんでいる。
泣いていた女の子の頭上にもあったマーク──VRRPGに慣れていないアイビスでもわかる。あそこに行けば、クエストが進行すると。
アイビスとラークは顔を合わせ──互いに頷き合い、祭壇のある広場へと近づいた。
「ラークさん、武器の用意を」
「は、はい!」
アイビスが『サラマンドラ・グローブ』を両手に装備し、ラークが緋色の長杖をオブジェクト化して握り込む。
慎重な足取りで、広場の中心にあるエクスクラメーションマークに近づき──フッと、マークが消えた。
それと同時、祭壇に先ほどまでいなかった少女が現れる。体には最低限のボロい布切れしか巻いておらず、泣いていた女の子と瓜二つの外見。間違いない、あの人が姉だ。
少女は祭壇の上で仰向けになっており、ぐったりとしたまま動かない。意識があるのかないのかも不明だ。
「あっ──アイビスさん! あの人!」
「さっきの子のお姉さんでしょうね。とりあえず近づいてみま──」
『──去ね。贄にも為れぬ猿共が、誰の許可を得てこの地に足を踏み入れておる』
──声が響いた。
素早く身構え、辺りを見回す。NPCやモンスターの姿はない。しかし、間違いなく声は聞こえた。ラークにも聞こえていたのか、不思議そうに広場内をキョロキョロと見回している。
ヒラリ、とアイビスの目の前に、何かが落ちて来た。
これは……大きな鳥の羽? 鳥の羽は、アイビスの顔よりも大きい。しかし、なんで鳥の羽なんかが落ちて──
「ッ──!」
『ようやっと気付いたか、贄にも為れぬ猿共。ちと遅いな?』
慌ててアイビスが上空を見上げ──そこに、怪鳥がいた。
全身を覆う薄緑色の羽毛に、湾曲した嘴。瞳は極彩色に輝いており、鳥脚から伸びる鉤爪はサラマンダーの剛爪よりも長く鋭い。
どこか神々しくも見える怪鳥は、だがその優雅さとは裏腹に途轍もない威圧感を放っている。
その理由は──怪鳥の体躯だろう。
ゴブリン・ロードに比べれば小さいが──その場に存在するだけで物理的に空気を圧迫する怪鳥に、アイビスはゴクリと生唾を飲み込んだ。
『まあ良い──して、何をしに来た、贄にも為れぬ猿共よ』
怪鳥がアイビスたちの前に降り立ち、脳内に直接響くような不思議な声で問い掛ける。
──フェザント・インバイブ・サクリファイス。それが、この怪鳥の名前。
英語は苦手なので意味はわからないが──どう見ても、今のアイビスたちでは敵わない相手なのは本能で理解できる。
「……あの人、どうする気ですか……」
ラークの震える声が隣から聞こえた。アイビスはフェザントの放つ覇気に威圧されて声すら出ないのに。
ククッと、フェザントが喉の奥から嗤い声を漏らした。
『なんだ、何か言ったか? 声が小さくてよく聞こえんな? ──もう一度申してみよ、メス猿』
──ゾクッと背筋に悪寒が走る。
肌が殺気を感じてヒリ付く。拳を握る手が震える。足に上手く力が入らない。頭が恐怖と絶望に支配される。喉が凍り付いたように呼吸がしにくい。内臓がキリキリと痛む。筋肉が緊張で固くなる。今すぐにでも逃げ出したい。
ここはVRの世界で現実とは関係ない──頭ではわかっているのに、圧倒的な強者が放つ殺気に、『死』を幻視してしまう。
「……あの、人を──あの女の人をっ、どうするつもりですかっ?!」
声を張り上げ、正面からフェザントを睨み返すラーク。サラマンダーやゴブリン・ロードと遭遇した時とは別人のような大声に、恐怖に固まっていたアイビスの体に自由が戻る。
『……ほう? どうする、とは?』
「と、とぼけないでくださいっ!」
『吠えるなメス猿。そう声を出さずとも聞こえておる。あの小娘をどうするのか、だったか? あれは愚かな猿共が余に捧げた贄だ。棄児の無き繁栄を願い、供物として選ばれた生娘だ。どうしようとも、余の自由であろう?』
「ですから! どうするんですかっ?!」
『喰らうに決まっておろう? なんだ、猿共は贄や供物を愛でたり育てる風習でもあるのか?』
極彩色の瞳を細め、フェザントがバカにしたようにラークを見下ろした。
「喰う、って……!」
『驚くような事でもなかろう? 貴様ら猿共も、生き物を喰っておるではないか。何もおかしな事ではなかろう。それともなんだ? ──貴様が代わりに贄となるか、メス猿?』
「っ……」
『まあ良い。余は寛大であるからな、メス猿の戯言は聞き流してやろう。それで……先ほどからメス猿ばかり発言しているが、貴様はいつまで黙っている気だ? ──なあ、オス猿?』
フェザントの視線が、アイビスに向けられる。
ふと何かに気づいたのか、フェザントが極彩色の瞳を僅かに見開いた。
『貴様……その外套は、小鬼の王の……かつては余と鎬を削った奴が、貴様のようなオス猿を生涯の好敵手として認めるとは……奴も堕ちたな』
小鬼の王……ゴブリン・ロードの事だろうか? フェザントはゴブリン・ロードの事を知っているのか?
『そこのメス猿の勇気に免じて、余の地に土足で踏み入った事は不問としてやろう──これ以上の不敬は許さぬぞ? 疾く消えよ』
薄緑色の羽を折り畳み、フェザントが極彩色の瞳を閉じた。今の言葉通り、これ以上話す気はない、とっとと帰れという態度だ。
……このまま引き下がるのか?
言われっぱなしでいいのか? 臆病なラークが震えながらでも話していたのに、自分は何も言わずに終わるのか?
──冗談だろ。
己を奮い立たせるように笑い、アイビスは拳を持ち上げた。
『……聞こえなかったか、オス猿──疾く消えよと言った、次はないぞ』
「ペラペラと話が長いんだよトリもどき、いいからとっとと掛かって来いよ」
何にせよ、フェザントはあの少女を生贄として食う気だ。しかし、話し合いで解決する気配なんてない。
ならば、どうするか?
決まっている──フェザントを倒して少女を取り返す。
【ヘル・ブレイズ】を発動し──アイビスの頭部と両腕が、黒い炎に包まれた。
赤く変色した瞳をギラギラと輝かせ、戦闘体勢に入ったアイビスを見てラークも身構える。
『虚勢を張れたとは驚きだ──その不敬、死を以て償え』
フェザントが薄緑色の羽を勢いよく開いた──直後、巨大な羽が弾丸となって放たれる。
素早くラークの前に立ち、アイビスは『黒炎』をぶっ放した。
迫る羽の弾丸に『黒炎』が燃え移り──周りの羽をも巻き込んで大爆発。
予想以上の威力に、『黒炎』を放ったアイビスは困惑している様子だ。先ほどまでは薄い笑いを浮かべていたフェザントも、『黒炎』の威力を見て警戒心を深める。
『なるほど、仮にも小鬼の王が認めただけの事はある。贄を喰らう前の運動には丁度良さそうだ』
──ビュオッ! と風が吹き荒れる。風の発生源は、フェザントの体だ。
一枚一枚の羽から緑色の風が吹き出しており、まるでフェザントを守る膜のようにして取り囲んでいる。
さすがはVR、風まで視認できるのか。
『余の名はフェザント、棄児無き村の繁栄を願い降臨した授けの神──小鬼の王に認められし者よ、臆病ながらも勇気ある者よ、死力を尽くすがいい。精々、余を失望させてくれるなよ?』
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