アルヴェル・オンライン

ibis

8話

「──死ッねやテメェッッ!!」

 思い切り跳躍し、ゴブリン・ロードに向かって拳を振り抜く。
 ──ギュオッ! と凄まじい速さで、ゴブリン・ロードが身を屈めた。
 図体に似合わぬ身のこなし。それだけで、ゴブリン・ロードがどれだけ強いのかが伝わってくる。
 ブオンッッ!! と重々しい風を斬る音と共に、ゴブリン・ロードが大剣を振り上げた。
 空中で腕を振って体勢を変え、迫る大剣を横から殴り付ける。これだけの強さのモンスターだ、絶対に【受け流し】は成功しない。拳が剣身に当たった瞬間、【衝撃波】を発動。大剣の軌道がブレ、アイビスの真横を走り抜けた。それと同時、アイビスのHPが削られる。
 だが、多少のHPは気にしてられない。体勢を整えて地面に着地し、両手から『黒炎』を放った。

「ギャァッ──アアアアアアアアッッ!!」
「チッ──!」

 大剣を一振りするだけで、『黒炎』が振り払われる。ゴブリン・ロードのHPは全く減っていない。
 やはり、ダメージを与えるなら体内だ。【貫手】からの【衝撃波】で、一気に削るしかない。

「一発殴らねぇと気が済まねぇし、どうせやるんなら本気の一発喰らわせないとなぁ?!」

 ボウッ! と『黒炎』が激しく燃え上がる。対するゴブリン・ロードも、咆哮を上げて大剣を肩に担ぎ上げた。
 ──空気が張り詰める。プレイヤーレベルは低いが武術を極めた武人と、最弱と呼ばれるモンスターを治める王の個体。
 アイビスが拳を固く握り込む。ゴブリン・ロードが大剣を握り締める。一触即発の空気に、ホブゴブリンの群れは黙って戦いを見つめていた。

「──ッしぃッッ!!」
「ギルルルルァアアアアアアアアアッッッ!!!」

 両者は、同じタイミングで行動を起こした。
 身を低くして獣のように疾走するアイビス。大きく一歩を踏み出して担いでいた大剣を振り下ろすゴブリン・ロード。
 大剣が迫る。喰らえば即死。受け流したとしてもHPが削られる。右足に力を込め、横に飛ぶ。大剣が真横に振り下ろされた。スピードを落とさず、アイビスがゴブリン・ロードに肉薄する。
 ──背後から迫る轟音と殺気。再び横に飛ぶ。直後、ノコギリのように引かれた大剣が走り抜けた。
 それと同時、アイビスは飛んでいた。ゴブリン・ロードが行動を起こすよりも早く、大剣を持った左手に着地。
 そして──

「──【貫手】ぇッッ!!」

 ゴブリン・ロードの左手首に、【貫手】を突き刺した。手応えあり。【貫手】が刺さるのと同時、【衝撃波】と『黒炎』を同時発動。左手首の中に衝撃と炎が撃ち込まれた。
 さすがのゴブリン・ロードもこれには──動じなかった。
 痛みで思わず大剣を手放してしまうが──そんな事は関係ないと、自分の左手ごと地面に振り下ろす。
 ギリギリで突き刺した手を引き抜き、ゴブリン・ロードの左手首から距離を取るアイビス。直後、ゴブリン・ロードの左手が地面に叩き付けられ、衝撃でアイビスは吹き飛ばされた。

「う、ぐッ──?!」

 HPが一気に持って行かれる。残りHPは4分の1程度。体力ゲージが緑色からオレンジ色に変わった。
 だが、ゴブリン・ロードも無傷では済んでいない。【衝撃波】と『黒炎』を撃ち込まれた左手は、大剣を握る事ができないほどにダメージを負っているようだ。
 ──クソ、割に合わねぇ。こっちはHP半分持って行かれたのに、相手は左手だけかよ。
 そんな事を考えながら、再びゴブリン・ロードに肉薄。今度は先ほどと違い、最初から全力疾走。
 駆けるアイビスに、ゴブリン・ロードは右手の大剣を横薙ぎに振り抜いた。
 あと数歩で、ゴブリン・ロードに届く。だが、大剣がアイビスを斬り殺す方が早い。
 ──今。
 屈むくらいじゃ大剣を避けられない。故に、ヘッドスライディング。
 ゴブリン・ロードの股下を滑り抜け、すぐに体を起こして両手から『黒炎』を放つ。

「ギルッ──!」

 全身を襲う黒い灼熱。だが、ゴブリン・ロードには大したダメージではない。大剣を振るって『黒炎』を掻き消す。
 ──アイビスの姿がない。当然だ。今の『黒炎』は目眩しが目的だったのだから。

「──【貫手】ァッッッ!!!」
「ギッ──?!」

 ゴブリン・ロードの左手に飛び付いたアイビスが、右手で渾身の【貫手】を突き刺す。同時に【衝撃波】と『黒炎』を発動。
 この手段を見るのは二度目だ。先ほどよりも早く、ゴブリン・ロードは左手を地面に叩き付けようとした。
 だが──二度目なのは、アイビスも同じだ。
 グルンッ! と体を回転させ、さらに【貫手】をゴブリン・ロードの左腕に突き刺す。【衝撃波】と『黒炎』を発動させるのを忘れない。
 さらに回転。さらにさらに回転。さらにさらにさらに回転。回転する度に【貫手】を使用し、【衝撃波】と『黒炎』を叩き込む。
 まるで、登山者が杭を打ち込みながら岩壁を登るように、回転しながら【貫手】を使用し、アイビスはゴブリン・ロードの左腕を駆け上がった。
 ──ズウッンンンッッ!! という重々しいと共に、ゴブリン・ロードの左手が地面に叩き付けられる。だが、すでにアイビスはゴブリン・ロードの左肩にいる。

「ギルッ──ギルルルルルルアアアァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 痛みに絶叫を上げるゴブリン・ロード。ダラン、と左腕から力が抜けた。
 肩に乗る敵を握り潰さんと、大剣を離した右手がアイビスに迫る。
 ──今だ。ゴブリン狩りでレベルアップし、新たに習得したスキルを使うのなら、今しかない。

「はぁ──【縮地】ッッ!!」

 アイビスの姿が消えた。次の瞬間には、ゴブリン・ロードの眼前に現れる。
 瞬間移動したアイビスに、ゴブリン・ロードは驚愕に黄色の目を見開いた。
 空中で腰を捻り、無防備な右目に【貫手】を突き刺した。間髪入れず、【衝撃波】と『黒炎』で眼球内を破壊する。

「──ッッッ?!!」

 ゴブリン・ロードが激しく顔を振り、アイビスが空中に投げ出される。だが追撃をする余裕はないのか、ゴブリン・ロードは右目を押さえて呻き声を漏らした。

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【縮地 Lv1】任意発動スキル
 獲得条件
 拳闘士をLv8にする。
 効果
 半径1メートル以内の場所へ瞬間移動する。
 使用後は10秒のクールタイムが必要。

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 ──【縮地】。それが、アイビスが新たに習得したスキル。半径1メートル以内ではあるが、瞬間移動を可能にするスキルだ。
 何故アイビスは、ホブゴブリンを倒している時にこのスキルを使わなかったのか。その理由は、『アルヴェル・オンライン』のモンスターは学習するからだ。
 何度も何度も【縮地】を使用すれば、モンスターのAIがそれを学習し、【縮地】に対応を始めてしまう。ゴブリン狩りをしてレベル上げをしていた時も、【縮地】を使う動きを見ていたゴブリンたちは学習して行動パターンを変えていた。
 モンスターが学習するという事は、サラマンダーで理解している。『黒炎』の通用しないラークの土の壁を、二回目では素早く破壊していた。ゴブリン・ロードも、左手に飛び付くアイビスを素早く地面に叩き付けようとしていた。
 故に──確実に大ダメージを与えられる今、使用した。だが、二度目は通用しないだろう。地面に着地し、アイビスは素早く身構えた。

「ギルルルルッ……! ルルッ、ルガァァァァ……ッ!」
「これでやっとHP半分近くかよ……どんなHPしてんだテメェ……!」

 右目を潰され、左腕が使い物にならなくなったゴブリン・ロード。その残りHPは、3分の2程度。まだ半分も削れていない。これだけダメージを与えたのに、タフな奴だ。
 どう考えても先にHPが尽きるのはアイビスなのに、それでも退こうとしない。否、こんな状況でも勝つ事を諦めていないのだろう。
 残る黄色の左目を細め、ゴブリン・ロードは動く右手で落ちていた大剣を拾い上げた。

「ギルッ、ギギギッ、ギギギギギギギギギッッ!!」

 ──ゴブリン・ロードにとって、この戦いは楽しかった。
 低レベルのモンスターしかいないステージに、突如として現れる理不尽な存在。それが自分だ。
 戦う相手は弱者。本気を出すどころか、自分が戦う必要すらなかった。
 弱者が強者に成る頃には、この『ステップ草原』に訪れる事はない。プレイヤーにとって『ステップ草原』は、ザコモンスターばかりで経験値も稼げず、このゴブリン・ロード出現イベントも大したドロップアイテムが手に入らないからだ。それに、ゴブリン・ロードを倒せるレベルになっていれば、ゴブリン・ロードから得られる経験値も微々たるもの。
 だから、自分は強者と戦う事はなかった。
 故に──久方振りの血湧き肉躍る戦いに、ゴブリン・ロードは笑っていた。
 その笑いは、決して無様に足掻くアイビスをバカにした嗤いではない。
 アイビスを一人の敵として認め、生涯の好敵手に出会えた──そんな喜びを感じる笑いだった。

「何気色悪い声出してんだ……! ぶっ殺すぞテメェ……ッ!」

 ゴブリン・ロードが笑っている。表情までは読み取れないが、笑っている事はわかる。なんだコイツ、バカにしてんのか?
 【縮地】のクールタイムは終わった。いつでも攻撃を仕掛けられる。だが、こちらから動くのは危険だ。相手の動きに合わせて、カウンターを入れてやる。
 ゴブリン・ロードの動きを警戒して身構えるアイビス。そんなアイビスとは対照的に、ゴブリン・ロードは大剣を背中の鞘に収めた。

「ギルッ──ギギ、ギルァオッ」

 ゴブリン・ロードが何かを言った──直後、周りにいたホブゴブリンが一切に動き始める。
 ここに来てホブゴブリンとゴブリン・ロードを同時に相手しなきゃいけないのか?! ってかホブゴブリンの事すっかり忘れてた! アイビスの表情に焦燥が浮かんだ。
 だが、ホブゴブリンはアイビスを襲う事なく──『ステップ草原』から姿を消していく。

「……は?」
「ギルォッ、ギギァル」

 ──このまま戦えば自分が勝つ事を、ゴブリン・ロードはわかっていた。
 故に、ゴブリン・ロードは再戦を望んだ。万全の状態での再戦を。
 お前が強くなった時、再び相見あいまみえよう。こちらも、部下に任せっきりにしてなまり切った体を磨き直しておく。
 そして──次こそ、決着を。
 ゴブリン・ロードがアイビスに対して背を向け──その姿が、薄くなって消えた。
 ポツン、と一人草原に残されるアイビス。目の前に表示されたメッセージを見て我に返った。

『特殊モンスター討伐失敗! 獲得経験値0』

 ……なんだ、これ。どういう事だ?
 全く意味がわからない。ゴブリン・ロードを討伐してないのに、自分はまだHPが残っているのに、戦いが終わった?
 【ヘル・ブレイズ】を解除して首を傾げるアイビス。ピコンピコンと主張する視界内のお知らせアイコンに気づき、装備画面を開いた。
 そこに、見慣れぬ装備がある事に気づく。

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再戦の証(小鬼王) (装備部位:装飾品)
 装備効果
  VIT +15
  MND +15
  “アイビス”のみ装備可能
  弱体耐性
  特殊スキル【小鬼殺し】

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 ……再戦の証? なんだ、これ?
 こんな装備、ゴブリン狩りをしていた時に入手した覚えはない。ホブゴブリンからもドロップした覚えがない。
 そう言えば、ゴブリン・ロードが何かを話している時に視界内のお知らせアイコンが主張をしていた。まさか、ゴブリン・ロードがアイビスにくれたのだろうか? ドロップとは別の方法で?
 装備画面から『再戦の証(小鬼王)』を装備し、ステータスを確認する。

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アイビス
“拳闘士” Lv8
右手:サラマンドラ・グローブ
    STR +18
    火傷耐性
左手:サラマンドラ・グローブ
    STR +18
    火傷耐性
頭部:呪い状態のため装備不可
胴体:旅人のローブ
    VIT +1
脚部:旅人のズボン
    VIT +1
履物:旅人のサンダル
    AGI +1
装飾:怒れる蜥蜴の黒き炎
    AGI +10
    頭部装備に対する呪い付与
    火傷耐性
    特殊スキル【ヘル・ブレイズ】
  :再戦の証(小鬼王)
    VIT +15
    MND +15
    “アイビス”のみ装備可能
    弱体耐性
    特殊スキル【小鬼殺し】
  :装備無し

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『装備効果により特殊スキル獲得! 【小鬼殺し】』

 今度はスキル画面を開き、新たに獲得した【小鬼殺し】というスキルを確認する。

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【小鬼殺し】常時発動スキル
 獲得条件
 『再戦の証(小鬼王)』を装備した状態にする。
 効果
 ゴブリン系統のモンスターとの戦闘時、全ステータス上昇・獲得経験値上昇。

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 ──アイビスの背中に、ゴブリン・ロードが身に付けていたような漆黒のマントが装備されている。これが『再戦の証(小鬼王)』なのだろう。
 がプラス15。さらに弱体耐性に【小鬼殺し】という特殊スキル。
 風に揺らめく漆黒のマントを見て、アイビスはため息を吐いた。

「……とりあえず、『雉鳴きの村』に行くか。ラークさんになんて説明すればいいんだ、これ……」

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