アルヴェル・オンライン

ibis

7話

 ──『特殊モンスター出現! 『ステップ草原』でゴブリンを連続で30体倒した事により、ゴブリン・ロードが出現しました! 挑戦しますか?(この戦闘で獲得した経験値は、ゴブリン・ロード討伐後に配布されます)』
『特殊モンスターとは、特定の条件を満たす事で出現するモンスターの事です。その場所に棲息するモンスターよりも強いモンスターが出現しますので、挑戦する際は入念に準備して挑みましょう!』

 とりあえずレベル上げをしてから『雉鳴きの村』に行こうという話になり、ゴブリンを倒していたアイビスとラーク。アイビスのレベルが8、ラークのレベルが9になったところで、そのメッセージが表示された。
 何の事かよくわからないまま、まあサラマンダーを倒して装備を新しくした自分たちならばどうにかなるだろうと判断し、アイビスたちはメッセージを承認し──ソイツは現れた。
 六メートルほどの身長に、小太りした体格。両手に一本ずつ大剣を持っており、漆黒のマントを揺らしている。
 ゴブリン・ロード──ソイツの頭上に表示された名前を見て、アイビスとラークは戦闘を開始した。
 そして──戦闘開始から、約5分。
 アイビスたちは、ゴブリン・ロードに一発も攻撃できていなかった。

「なんっだよコイツ……! 取り巻きが鬱陶し過ぎんだろッ……!」
「ギョァッ、ギョアアアアアアアッッ!!」
「ギャギャギャギャァアアアアアアアアアッッ!!」

 攻撃できていない原因は、ゴブリン・ロードが召喚したモンスターの群れだ。
 ホブゴブリン──ゴブリンの上位個体。
 その数──ゴブリン・ロードが呼び寄せるため、実質無限。
 殴っても殴っても減らないホブゴブリンの群れに、アイビスは気づいた。
 ──これあれだ、ゲーム序盤に出てくる場違いな強敵だ。初心者プレイヤーに対する初見殺しだ。レベル上げをしている初心者を襲う理不尽だ。しかも、ホブゴブリンを倒して獲得した経験値は、ゴブリン・ロードを倒さないと手に入れる事ができない。レベリング対策なのだろう。

「チッ──【衝撃波】ッッ!!」

 近寄るホブゴブリンを、【衝撃波】で吹き飛ばす。だが、ホブゴブリンのHPは半分も減らない。
 正直、このままじゃ勝てない。というか負ける。今はゴブリン・ロードが戦闘に参加せず、ホブゴブリンを召喚しているだけのため、何とか迎撃できているが……もしもゴブリン・ロードが戦闘に参加すれば、戦況は一気にひっくり返るだろう。
 故に、先ほどから何度も逃げようとしているのだが、ホブゴブリンがそうはさせるかと追いかけて来る。
 アイビス一人ならば走って逃げ切る事ができなくもないが、ラークの俊敏性では無理だ。簡単に追いつかれてしまう。

「ああクソッ──ラークさん!」
「は、はいっ! 【アースド・バレット】っ!」

 ラークが魔法のスキルを使用し──四つの土で作られた弾丸が、四体のホブゴブリンを襲った。
 ──ラークの魔法でも、全然ダメージになっていない。アイビスの【衝撃波】の方がダメージが入っているように感じる。『サラマンドラ・グローブ』で物理攻撃力が強化されているからだろう。
 ラークの魔法がもう少し威力があれば……魔法──

「っ──【ヘル・ブレイズ】ッッ!!」

 そうだ、すっかり忘れていた。アイビスには新しく習得したスキル、【ヘル・ブレイズ】があった。
 アイビスがスキル名を叫んだ──直後、フシュゥゥゥゥ……と、アイビスの口から黒い炎が漏れ出した。
 黒い炎は徐々に火力を上げ──アイビスの顔面が、黒い炎で覆い尽くされる。
 ボウッ! と両手からも黒い炎が現れ、肘付近まで一気に燃え上がった。
 異形の怪物となったアイビスが、煌々と輝く赤色の瞳を見開いて拳を構える。
 ──頭と両手が燃えているのに、全く熱くない。『怒れる蜥蜴の黒き炎』の呪いで頭部に防具を装備できなくなるのは、【ヘル・ブレイズ】を発動すると頭部が『黒炎』で覆い隠されるからなのか。

「うっ──うえぇ?! あ、アイビスさん?! 大丈夫ですか?!」
「大丈夫です! それよりっ、俺ができるだけ時間を稼ぐんでラークさんは『雉鳴きの村』に向かってください! さすがにこれは勝てないです! 俺もタイミングを見て離脱します!」
「さ、さすがに置いて行けませんよぅ!」
「いいから! 行ってください!」

 アイビスがグッと右手に力を込め──【ヘル・ブレイズ】の効果を思い出す。
 使用者の頭部及び両腕に『黒炎』を付属する。
 頭部・両手から『黒炎』を放つ事ができる。
 通常攻撃時・『黒炎』による攻撃時、稀に攻撃対象を『火傷状態』にする。
 『黒炎』の威力は使用者の・怒りに依存する。
 そう。今のアイビスは、『黒炎』を放つ事ができる──はず。
 力を込めた右手を前に突き出し──アイビスの手から、『黒炎』が放たれた。

「ギャォ──?!」
「グギャッ?!」

 合計5匹のホブゴブリンが『黒炎』の波に呑み込まれ──だが大したダメージではないのか、炎を突っ切ってアイビスに向かってくる。
 アイビスもホブゴブリンに向かって駆け出し──ホブゴブリンが片手剣を振り上げた瞬間、腹部に【貫手】を突き刺した。
 そのまま【衝撃波】を使い──体内から直接衝撃を撃ち込まれたホブゴブリンが、ポリゴンとなって消える。
 ──サラマンダーにも通用した、体内へ【衝撃波】を直接撃ち込む戦術。どうやらホブゴブリンにも有効なようだ。
 その場で反転し、背後にいたホブゴブリンの顔面に裏拳を叩き込む。
 ──ボウッ! とホブゴブリンに『火傷状態』が付与された。

「一匹一匹ならッ、捌けるけど──!」
「ギャシャァッッ!!」
「ギャォアアアアッッ!!」
「数多すぎだろクソがッ!」

 ホブゴブリンの顔面に拳を放ち、怯んだ隙に鳩尾を掌底で打ち抜く。
 痛みに悶えるホブゴブリンの頭を掴み、顔面に膝蹴りを叩き込んだ。
 ひっくり返るホブゴブリン。その顔面を踏み付けようと、アイビスは足を振り上げ──ゴンンッッ!! と後頭部に衝撃が走った。棍棒でぶん殴られたのだ。

「いっ──てぇなオイいきなりドツいてんじゃねぇよゴラァッッ!!」
「ギャフッ──ギ、ァ……ッ!」

 地面を踏み付けて踏ん張り、背後にいたホブゴブリンの顔面をぶん殴る。そのまま首元を掴み、力任せに締め上げた。
 苦しそうに悶えるホブゴブリンが、棍棒を握る手に力を込め──ボウンッッ!! と、ホブゴブリンの体が黒い炎で燃え上がった。
 HPを無理矢理ゼロへと押し込み──地面に倒れたままのホブゴブリンの顔面を蹴り飛ばす。
 二匹のホブゴブリンがポリゴンとなって霧散し──自身の残りHPを確認。
 ──まだHPは半分以上残っている。とは言え、このまま戦えばいずれHPが尽きてしまう。だが、せめて偉そうにしているゴブリン・ロードに一発喰らわせないと気が済まない。
 アイビスのイライラに呼応しているのか、『黒炎』の火力が上がっていく。

「ギャァァァァァ……!」
「ギャルルルルルァァ……!」

 アイビスの『黒炎』を警戒しているのか、ホブゴブリンの群れが動きを止める。先ほどまでは『黒炎』を喰らっても平気だったのに、急にどうしたのだろうか。
 ちら、と背後を確認。ラークはまだこの場に残っている。魔法を使う機会を伺っているのか、杖を持って身構えていた。しかし、ラークの攻撃ではホブゴブリンにダメージは通らない。ここに残ったって無駄死にしてしまう。
 先にラークを狙う事にしたのか、ホブゴブリンがアイビスから距離を取り始めた。

「チッ──ラークさん!」
「あ、【アースド・バレット】っ!」

 土の弾丸が近寄ってくるホブゴブリンを襲うが──威力が足りない。
 この女は大した攻撃ができない──そう判断したのか、ホブゴブリンが一斉に駆け出した。
 その前に、アイビスがラークの前に立ち塞がる。手から『黒炎』を放ち、ホブゴブリンの進路を阻んだ。

「あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして! とりあえず先に『雉鳴きの村』に行ってください! ラークさんの攻撃じゃ、コイツらビクともしないんで! このままじゃ無駄死ですよ!」
「で、でもっ──」
「いいからッ──先に行けっつってんだろうがッ!」
「っ……わ、わかりました。先に行きますっ、お気をつけて!」
「ああ! 『雉鳴きの村』は真っ直ぐ行けば着くッ! そっちも気をつけろよッ!」

 走り去っていくラークを背後に、アイビスは両拳を打ち合わせて気合を入れ直す。ボウッ! と『黒炎』がアイビスの気合を表すように燃え上がった。
 ──ふと、アイビスは気づいた。『黒炎』の与ダメージが上昇している事に。『黒炎』を喰らったホブゴブリンの体力が、4分の3ほどに減っていた。それに、先ほどまでは『黒炎』を喰らっても怯まずに突っ込んできていたのに、今は怯んで足を止めている。
 一体何が──そういえば、『黒炎』の威力は使用者のINT・怒りに依存すると記載されていた。
 怒り……さっきホブゴブリンから後頭部を殴られた時にイラッとはしたが、まさかそれで?
 よくわからないが──この状態なら、ホブゴブリンに通用する。

「……何ボケッとしてんだ? 来いよ、焼き尽くしてやる」

 言葉は理解できなくても、挑発されている事はわかるのか、ホブゴブリンの群れが雄叫びを上げてアイビスに突っ込んだ。
 棍棒を拳で弾き、隙だらけの顔面を殴り付ける。拳がホブゴブリンに触れた瞬間、『黒炎』を放った。
 瞬く間に『黒炎』に呑み込まれるホブゴブリン。まだHPは残っている。すかさず反対の拳でぶん殴り、再び『黒炎』をぶっぱなした。
 グルンッとその場で回転し、近づいてきたホブゴブリンに後ろ回し蹴り。
 吹き飛ばされるホブゴブリンから視線を逸らし、棍棒を振りかぶる個体を【衝撃波】で吹っ飛ばす。
 たった一人でも一歩も退かず、着実にホブゴブリンを削るアイビスの姿に──ゴブリン・ロードは咆哮を上げた。

「ァァ──ギルオァアアアアアアアァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
「ッ──!」

 ──ビリビリと体が震える。咆哮だけで、ホブゴブリンとは一線を画す実力を持っているとわかる。
 ゴブリン・ロードの咆哮を聞いた瞬間、アイビスを殺さんと迫っていたホブゴブリンの群れが動きを止め──アイビスから距離を取った。
 そして──ズシンッと、ゴブリン・ロードがアイビスに歩み寄った。
 ──部下に任せるのはもう止めだ。ロード自ら殺してやる。
 ギラギラと黄色の瞳を輝かせるゴブリン・ロードに、アイビスは『黒炎』の下で邪悪に笑った。

「いいぜ、ようやくボスのお出ましか。テメェだけは一発ぶん殴ってやらないと気が済まないって思ってたんだ──掛かって来いや、ボスゴブリン」

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