アルヴェル・オンライン
5話
──『始まりの街』。
それは、ほとんどのプレイヤーであればゲーム開始5分も掛からずに辿り着く『アルヴェル・オンライン』における最初の街。
最初に訪れる街という事もあり、基本的に3レベルまでには『始まりの街』に辿り着くのが一般的だ。
「おおっ……すっげ、めっちゃ作り込まれてるな」
「本当ですね……あ、『アルヴェル・オンライン』をプレイしてる人が、こんなにたくさん……」
立ち並ぶ建物が視界を埋め尽くす光景に、少年は物珍しそうに辺りを見回した。
レベル6の“拳闘士”、プレイヤーネーム“アイビス”。
行き交うプレイヤーの多さに、少女は気圧されたように背筋を伸ばした。
レベル7の“地術師”、プレイヤーネーム“ラーク”。
二人の初心者プレイヤーは、開始早々イベントモンスターに襲われるという修羅場を乗り越えた事で、一般的な到達レベルを大幅に上回って『始まりの街』に辿り着いていた。
『無事に『始まりの街』に着けましたね。まずは宿屋に向かい、リスポーン地点を更新しましょう!』
「えっと……それじゃ、俺は行きますね。またどこかで」
ラークに頭を下げ、アイビスが踵を返す。
さて、まずは宿屋とやらに向かうべきだろうか。
武器の購入ができるのであれば、武器の購入をしておきたい。今のアイビスは武器を装備していない。何かしら武器を装備していたら、サラマンダーにもダメージを通せた可能性もある。加えて、今は『精霊の訪れ』のイベントが継続中。今後サラマンダーと再戦する事も考えられる。
『始まりの街』のマップを表示し、腕を組むアイビス。クイクイと、服の袖を引っ張られた。
「ん? ラークさん?」
「あ、あの……アイビスさん、ログアウトされるんですか?」
「ログアウトですか? いや、まだしないですけど……」
「その……で、でしたら、パーティーを組んでくれませんか……?」
予想外の申し出に、アイビスは思わずマップを消した。
アイビス自身、パーティーを組む事には賛成だ。ラークは魔法が使える。回復の魔法や、土を放ったり壁を出したりする魔法だ。
サラマンダーと戦った時、アイビスの打撃は全くダメージになっていなかった。対してラークの魔法は、かなりのダメージを与えていた。相性の問題なのかも知れないが、そんなラークとパーティーを組めるのならありがたい。
「わ、私、初心者で……同じ初心者のアイビスさんがパーティーを組んでくれたら、安心して『アルヴェル』をプレイできるかなーって……その……」
「いいですよ、パーティー組みましょうか。俺も一人じゃ不安ですし」
「い、いいんですか?! そ、それでは──」
『“ラーク”さんからパーティーに誘われました。承認しますか? はい・いいえ』
アイビスの目の前に、メッセージ画面が表示される。
プレイヤーをパーティーに誘うのって、どうやったらできるのだろうか──そんな事を考えながら、パーティー勧誘を承諾。
アイビスの視界の端に、ラークの体力ゲージが表示された。
「あ、ありがとうございますっ。とても心強いですっ」
「俺も初心者ですし、魔法が使えるラークさんがいてくれると助かります」
「そ、それでは……リスポーン地点の更新に行きましょうか?」
「宿屋に行ったら、更新できるんですよね?」
「は、はい。マップを見た感じ、道中に武器屋や防具屋があるみたいなので、そちらに寄ってから宿屋に向かいますか?」
「そうしましょうか、場所はわかります?」
アイビスの問い掛けに、ラークは顔を伏せた。
「どうしました?」
「そ、その……すいません。私、とても方向音痴でして……普通のゲームだったら迷う事はないんですけど、ここまで現実に近いと……『ビギナーズ・フォレスト』でも迷ってしまいましたし……」
なるほど。『始まりの街』に行くのに迷って『ビギナーズ・フォレスト』を徘徊していたから、初めて会った時のラークはレベル5になっていたのか。
どこか落ち込んだように見えるラークの姿に、アイビスは苦笑しながらマップを再表示する。
「……こっちですね。行きましょう」
「は、はい!」
マップを見ながら、ラークと共に『始まりの街』を歩き始める。
──最初に訪れる街なのに、かなりの数のプレイヤーがいる。装備も強そうで、初心者には見えない。なのに、何故『始まりの街』にいるだろうか?
もちろん、初心者らしいプレイヤーもちらほら見かける。だが、それよりも上級プレイヤーの方が多いように思えた。
「──『ビギナーズ・フォレスト』に精霊が出たって本当か?」
「らしいな。クソ、さすがに『ビギナーズ・フォレスト』にはポップしないと思ってたんだけどな……」
「どうする? 今日って二つ名個体が出る日だろ? 探しに行くか?」
「無理無理。さっき《神聖騎士団》が『ビギナーズ・フォレスト』に行ってたから、とっくに狩られてんだろ」
どうやら、イベントモンスターを討伐するために『始まりの街』に来ているようだ。
こんなにプレイヤーが集まるという事は、友人が言っていた通り金策に有効なのだろう。
そう言えば、精霊を倒した際のドロップアイテムが多いとも言っていた。
確かに、コボルトに比べると大量のドロップアイテムを入手できた。一般的なドロップ率がコボルト程度だとすると、金策に有効だというのも納得できる。
「えっと……武器屋はここですね。ちょっと見てもいいですか?」
「はい、もちろんです。私は防具屋を見てますね」
「わかりました」
ラークと離れ、アイビスは近くの建物に近づいた。
看板にデカデカと書かれた『武器屋』という文字。現実ではあり得ない店名だ。
店内に入り、中を見回す。アイビス以外に客らしきプレイヤーはいない。まあ、一番最初に訪れる街の武器屋だし、置かれている武器も弱いのだろう。
店の奥で座っているイカつい男性が、アイビスを見て声を掛けてくる。
「らっしゃい、武器の購入か?」
「あ、そうです。見てもいいですか?」
「おう。好きに見ていいぞ」
「ありがとうございます」
──ヴンッと、アイビスの前に武器の一覧が映し出される。
片手剣、短剣、大剣、刀、槍、棍棒、戦斧、片手斧、弓、杖、本……様々な武器が用意されている。
だが、拳の装備が見当たらない。
「あの、拳の武器って無いんですか?」
「拳の武器? あるにはあるが、この店じゃ売ってないぞ。『ヘルゼンの街』に行けば売ってるんじゃないか?」
予想外だ。まさか拳の武器が売っていないなんて。
『ヘルゼンの街』という場所に行けば、拳の装備が買えるようだが……マップで確認した感じ、また『ビギナーズ・フォレスト』に入って『始まりの街』とは反対方向に進まなければならない。
そこから『マーメイクの畔』を抜けると、『ヘルゼンの街』に着く事ができる。
しばらくは素手のままモンスターと戦うしかないのか……困ったように眉を寄せたアイビスに、店主の男は苦笑しながら続けた。
「まあ待てよ、別に買う必要はねぇんだ。作ればいいんだからな」
「作る……? 武器を?」
「おうよ。素材さえ持って来てくれりゃ、オレが作ってやるよ。なんか素材持ってるか?」
買い物のウィンドウが消え、武器生産の画面が表示される。
どうやら、生産可能な武器が表示されるシステムのようだ。
======================
サラマンドラ・ソード(武器種:片手剣)
消費ゼル 5500
消費アイテム
火蜥蜴の剛爪×4(残数4)
火蜥蜴の竜鱗×2(残数3)
装備効果
STR +35
火傷耐性
サラマンドラ・ダガー(武器種:短剣)
消費ゼル 5000
消費アイテム
火蜥蜴の剛爪×3(残数4)
火蜥蜴の竜鱗×1(残数3)
装備効果
STR +18
火傷耐性
サラマンドラ・ランス(武器種:槍)
消費ゼル 5400
消費アイテム
火蜥蜴の剛爪×4(残数4)
火蜥蜴の弾皮×3(残数5)
火蜥蜴の竜鱗×2(残数3)
装備効果
STR +30
火傷耐性
サラマンドラ・グローブ(武器種:拳)
消費ゼル 4800
消費アイテム
火蜥蜴の剛爪×3(残数4)
火蜥蜴の弾皮×2(残数5)
火蜥蜴の竜鱗×3(残数3)
装備効果
STR +17
火傷耐性
サラマンドラ・ハチェット(武器種:片手斧)
消費ゼル 5000
消費アイテム
火蜥蜴の剛爪×2(残数4)
火蜥蜴の弾皮×1(残数5)
火蜥蜴の竜鱗×2(残数3)
装備効果
STR +24
火傷耐性
======================
──あった。拳の装備が。
「こ、これ、作ってもらえるんですか?」
「おう、どれを作って欲しいんだ?」
「でしたら、『サラマンドラ・グローブ』を……」
「了解だ。んなら、金と素材を出しな」
「金……あれ、いくら持ってるんだ俺」
アイテム画面を表示し、サラマンダーからドロップしたアイテムをオブジェクト化させる。そのついでに、所持金の確認をした。
──3452ゼル。生産金額には足りない。
「なんだ、金足りねぇのか?」
「そう、ですね……」
「しょうがねぇな……素材の買い取りしてやるから、余ってる素材も出しな」
「え?」
「なんだ、余ってる素材もねぇのか?」
「い、いや、あります。出します」
持っていたサラマンダーの素材を全てオブジェクト化し、ついでに『コボルトの毛皮』も店主に差し出す。
カウンターの上に置かれたアイテムを見た店主は、一つの黒い物体を見て目を細めた。
「……こりゃ驚いた。『黒炎の心臓』じゃねぇか」
「『黒炎の心臓』……? ああ、レアドロップって表示されてたやつか」
「ボウズ、さすがに『黒炎の心臓』は持っとけ。防具屋に行けば装飾品を作ってくれるだろうからよ」
「わかりました」
「そんじゃ、『サラマンドラ・グローブ』を作るのに必要な素材を除いて……『火蜥蜴の剛爪』が1個に『火蜥蜴の弾皮』が3個。そんで『火蜥蜴の竜鱗』が1個に、『コボルトの毛皮』が1個だな。合計2100ゼルってとこか。買い取りでいいんだな?」
「お願いします」
店主の男は腰に付けていたハンマーを取り出すと、店の端に設置されていた鍛冶場に移動。
持っていた素材を鉄製の机の上に置くと、ハンマーを振り下ろした。
カァンッ! と甲高い金属音が響き──素材が光に包まれ、一ヶ所に固まっていく。
赤熱色の光が晴れた時──机の上には、赤色の手袋のような物が置かれていた。
「うっし、完成だ。ほらよ、『サラマンドラ・グローブ』だ」
「あ、ありがとうございます」
赤色の手袋を受け取り、店主の男に頭を下げる。
──さすがはゲーム。まさかハンマーを一回振るだけで武器が完成するなんて。っていうか、この人NPCだよな? 会話の柔軟性が普通の人間みたいだ。
そんな事を思いながら、装備画面を表示する。
右手の装備欄を選択し、『サラマンドラ・グローブ』を装備しようと──して、何かに気づいて眉を寄せた。
『サラマンドラ・グローブ ×2』
何故か、『サラマンドラ・グローブ』が二つある。作ってもらったのは一つだ。
……そう言えば、サラマンダーを倒した時にドロップしてたな。『サラマンドラ・ダガー』ってのも持ってるし。
まあいいか、と意識を切り替え、アイビスは両手に『サラマンドラ・グローブ』を装備した。
「……おお」
手のひらはサラマンダーの白い皮。指先にはサラマンダーの黒い爪。手の甲はサラマンダーの赤い鱗。あのサラマンダーは黒い鱗だったはずだが、加工したら色が変わるのだろうか。
「どうだ?」
「ありがとうございます。助かりました」
「おう、いいって事よ。他にはなんかあるのか?」
「いえ、他は特には……」
「んなら防具屋に行って『黒炎の心臓』を加工してもらいな。間違いなくボウズの力になるだろうからよ」
「わかりました。その、ありがとうございました」
「こっちも仕事なんだから気にすんな。いいからとっとと行きな」
そこでNPCとしての会話は終わりなのか、店主の男はカウンターに戻って腕を組んで動かなくなる。
こういう所でゲーム内の世界だって突き付けてくるんだなぁ。頭を下げて武器屋を後にし、今度は防具屋に足を踏み入れる。
武器屋と同じく、店内は綺麗に清掃されている。店内にはラーク以外の来客はいないようだ。
店員と話しているラークに近づき、背後から声をかける。
「ラークさん、何か買えましたか?」
「うひっ?! あ、アイビスさん?! 驚かせないでくださいよぅ!」
「す、すいません。まさかそこまで驚くとは思ってなくて……」
涙目になってその場に座り込むラーク。どうやら腰を抜かしてしまったようだ。
こんな臆病な子が、よく『アルヴェル・オンライン』をプレイしようと思ったなぁ……そんな事を思いながら、アイビスは店員らしき女性に視線を向けた。
「いらっしゃいませ! 防具屋にようこそ!」
「あ、えっと……これを加工してもらいたいんですけど」
店員らしき女性に、『黒炎の心臓』をオブジェクト化して差し出す。
──スッと、女性が目を細めた。
「これは……『黒炎の心臓』ですか……」
「そうです。武器屋の人から、防具屋なら装飾品に加工してくれると聞いて……」
「あの人が……はい、わかりました。加工していいんですね?」
そう言って、女性が真剣な面持ちでアイビスを見据えた──直後、生産画面が表示される。
======================
怒れる蜥蜴の黒き炎(装備部位:装飾品)
消費ゼル 2600
消費アイテム
黒炎の心臓×1(残数1)
装備効果
AGI +10
頭部装備に対する呪い付与
火傷耐性
特殊スキル【ヘル・ブレイズ】
======================
生産画面を確認し、アイビスは自身の所持金に視線を落とす。
残金──752ゼル。足りない。
しかし、特殊スキルというのが気になる。何より、ドロップアイテム1つで装備を作れる上、俊敏性がプラスされるのも大きい。何よりも、呪い付与とはなんだろうか。すごく気になる。
これは記念に持っていたかったが仕方ないか、と肩を落とし──アイビスは赤色の短剣をオブジェクト化させた。
サラマンダーを倒した時にドロップした、『サラマンドラ・ダガー』だ。先ほど『サラマンドラ・グローブ』を装備する時に、短剣を持っている事に気づいた。
「えっと……これ、買い取ってもらう事はできますか?」
「『サラマンドラ・ダガー』ですね。2000ゼルでの買い取りになりますが、よろしいですか?」
「はい、その2000円──じゃなくて、2000ゼルを生産費用にしてください。それと追加の600ゼルです」
「2600ゼル、確かに受け取りました。最後の確認ですが、『黒炎の心臓』から生産されるのは、呪われた装備です。生産してもいいんですね?」
「お願いします」
「……わかりました。それでは生産を始めますね」
そう言うと、女性はカウンターに置かれた『黒炎の心臓』に手を翳した。
──カッと、『黒炎の心臓』が白い光に包まれる。
純白の光は少しずつ濁るように色を変え──やがてドス黒い赤色へと変化。
禍々しく邪悪な光は徐々に輝きを失い始め──光が消えた時、そこには赤黒い炎が在った。
「生産終了です。こちらが『怒れる蜥蜴の黒き炎』になります」
「ありがとうございます」
赤黒い炎を回収し、装備画面を開く。そのまま『怒れる蜥蜴の黒き炎』を装備した。
======================
アイビス
“拳闘士” Lv6
右手:サラマンドラ・グローブ
STR +18
火傷耐性
左手:サラマンドラ・グローブ
STR +18
火傷耐性
頭部:呪い状態のため装備不可
胴体:旅人のローブ
VIT +1
脚部:旅人のズボン
VIT +1
履物:旅人のサンダル
AGI +1
装飾:怒れる蜥蜴の黒き炎
AGI +10
頭部装備に対する呪い付与
火傷耐性
特殊スキル【ヘル・ブレイズ】
:装備無し
:装備無し
======================
『装飾『怒れる蜥蜴の黒き炎』により、頭部装備に対する呪いが付与されました!』
『状態異常:呪い』
『状態異常:呪い状態になると、特定部位の装備不可や、特定の行動、特定のスキルの使用が制限されます。呪い状態を解除するには、教会でお祓いを受けなければなりません』
『装備効果により特殊スキル獲得! 【ヘル・ブレイズ】』
メッセージ画面に、何やら色々と表示された。
呪い状態──簡単に説明するならば、装備制限・行動制限・スキル制限といったところか。そして、呪い状態を解除するには教会という所でお祓いをしてもらわないといけない、と。
『怒れる蜥蜴の黒き炎』の呪いは、頭部装備に対する制限のみで、行動・スキル制限はなし。
メッセージを確認し終えたアイビスは、続いて新たに獲得した特殊スキルの画面を開いた。
======================
【ヘル・ブレイズ】火属性 任意発動スキル
獲得条件
『怒れる蜥蜴の黒き炎』を装備した状態にする。
効果
使用者の頭部及び両腕に『黒炎』を付属する。
頭部・両手から『黒炎』を放つ事ができる。
通常攻撃時・『黒炎』による攻撃時、稀に攻撃対象を『火傷状態』にする。
『黒炎』の威力は使用者のINT・怒りに依存する。
======================
──魔法系統のスキルだ。
魔法の威力は使用者の魔法攻撃力と怒りに依存。これからは、物理攻撃力や俊敏性だけでなく、魔法攻撃力も意識しなければ。怒りの方はよくわからないが。
これで残金は152ゼル。もう防具を買い替える事はできないだろう。
しかし──武器と装飾品、それに攻撃魔法も手に入った。これ以上は求め過ぎだろう。
「お待たせしました、ラークさん。買い物は大丈夫ですか?」
「わ、私は大丈夫です。アイビスさんは?」
「俺の方も終わりました。武器屋の方はいいんですか?」
「はい、防具を買い替えたらお金がなくなっちゃいまして……」
「あ、そうでしたか。そしたら、宿屋に向かいます?」
アイビスの提案に、ラークはこくんと頷いた。
──ラークの装備が、布製の防具から革製の防具に変わっている。首元には茶色のネックレスも付いていた。何か装飾品を買ったのだろうか。
まあ、宿屋に行きながら聞けばいいか。
店内の女性に頭を下げ、アイビスとラークは宿屋を後にした。
それは、ほとんどのプレイヤーであればゲーム開始5分も掛からずに辿り着く『アルヴェル・オンライン』における最初の街。
最初に訪れる街という事もあり、基本的に3レベルまでには『始まりの街』に辿り着くのが一般的だ。
「おおっ……すっげ、めっちゃ作り込まれてるな」
「本当ですね……あ、『アルヴェル・オンライン』をプレイしてる人が、こんなにたくさん……」
立ち並ぶ建物が視界を埋め尽くす光景に、少年は物珍しそうに辺りを見回した。
レベル6の“拳闘士”、プレイヤーネーム“アイビス”。
行き交うプレイヤーの多さに、少女は気圧されたように背筋を伸ばした。
レベル7の“地術師”、プレイヤーネーム“ラーク”。
二人の初心者プレイヤーは、開始早々イベントモンスターに襲われるという修羅場を乗り越えた事で、一般的な到達レベルを大幅に上回って『始まりの街』に辿り着いていた。
『無事に『始まりの街』に着けましたね。まずは宿屋に向かい、リスポーン地点を更新しましょう!』
「えっと……それじゃ、俺は行きますね。またどこかで」
ラークに頭を下げ、アイビスが踵を返す。
さて、まずは宿屋とやらに向かうべきだろうか。
武器の購入ができるのであれば、武器の購入をしておきたい。今のアイビスは武器を装備していない。何かしら武器を装備していたら、サラマンダーにもダメージを通せた可能性もある。加えて、今は『精霊の訪れ』のイベントが継続中。今後サラマンダーと再戦する事も考えられる。
『始まりの街』のマップを表示し、腕を組むアイビス。クイクイと、服の袖を引っ張られた。
「ん? ラークさん?」
「あ、あの……アイビスさん、ログアウトされるんですか?」
「ログアウトですか? いや、まだしないですけど……」
「その……で、でしたら、パーティーを組んでくれませんか……?」
予想外の申し出に、アイビスは思わずマップを消した。
アイビス自身、パーティーを組む事には賛成だ。ラークは魔法が使える。回復の魔法や、土を放ったり壁を出したりする魔法だ。
サラマンダーと戦った時、アイビスの打撃は全くダメージになっていなかった。対してラークの魔法は、かなりのダメージを与えていた。相性の問題なのかも知れないが、そんなラークとパーティーを組めるのならありがたい。
「わ、私、初心者で……同じ初心者のアイビスさんがパーティーを組んでくれたら、安心して『アルヴェル』をプレイできるかなーって……その……」
「いいですよ、パーティー組みましょうか。俺も一人じゃ不安ですし」
「い、いいんですか?! そ、それでは──」
『“ラーク”さんからパーティーに誘われました。承認しますか? はい・いいえ』
アイビスの目の前に、メッセージ画面が表示される。
プレイヤーをパーティーに誘うのって、どうやったらできるのだろうか──そんな事を考えながら、パーティー勧誘を承諾。
アイビスの視界の端に、ラークの体力ゲージが表示された。
「あ、ありがとうございますっ。とても心強いですっ」
「俺も初心者ですし、魔法が使えるラークさんがいてくれると助かります」
「そ、それでは……リスポーン地点の更新に行きましょうか?」
「宿屋に行ったら、更新できるんですよね?」
「は、はい。マップを見た感じ、道中に武器屋や防具屋があるみたいなので、そちらに寄ってから宿屋に向かいますか?」
「そうしましょうか、場所はわかります?」
アイビスの問い掛けに、ラークは顔を伏せた。
「どうしました?」
「そ、その……すいません。私、とても方向音痴でして……普通のゲームだったら迷う事はないんですけど、ここまで現実に近いと……『ビギナーズ・フォレスト』でも迷ってしまいましたし……」
なるほど。『始まりの街』に行くのに迷って『ビギナーズ・フォレスト』を徘徊していたから、初めて会った時のラークはレベル5になっていたのか。
どこか落ち込んだように見えるラークの姿に、アイビスは苦笑しながらマップを再表示する。
「……こっちですね。行きましょう」
「は、はい!」
マップを見ながら、ラークと共に『始まりの街』を歩き始める。
──最初に訪れる街なのに、かなりの数のプレイヤーがいる。装備も強そうで、初心者には見えない。なのに、何故『始まりの街』にいるだろうか?
もちろん、初心者らしいプレイヤーもちらほら見かける。だが、それよりも上級プレイヤーの方が多いように思えた。
「──『ビギナーズ・フォレスト』に精霊が出たって本当か?」
「らしいな。クソ、さすがに『ビギナーズ・フォレスト』にはポップしないと思ってたんだけどな……」
「どうする? 今日って二つ名個体が出る日だろ? 探しに行くか?」
「無理無理。さっき《神聖騎士団》が『ビギナーズ・フォレスト』に行ってたから、とっくに狩られてんだろ」
どうやら、イベントモンスターを討伐するために『始まりの街』に来ているようだ。
こんなにプレイヤーが集まるという事は、友人が言っていた通り金策に有効なのだろう。
そう言えば、精霊を倒した際のドロップアイテムが多いとも言っていた。
確かに、コボルトに比べると大量のドロップアイテムを入手できた。一般的なドロップ率がコボルト程度だとすると、金策に有効だというのも納得できる。
「えっと……武器屋はここですね。ちょっと見てもいいですか?」
「はい、もちろんです。私は防具屋を見てますね」
「わかりました」
ラークと離れ、アイビスは近くの建物に近づいた。
看板にデカデカと書かれた『武器屋』という文字。現実ではあり得ない店名だ。
店内に入り、中を見回す。アイビス以外に客らしきプレイヤーはいない。まあ、一番最初に訪れる街の武器屋だし、置かれている武器も弱いのだろう。
店の奥で座っているイカつい男性が、アイビスを見て声を掛けてくる。
「らっしゃい、武器の購入か?」
「あ、そうです。見てもいいですか?」
「おう。好きに見ていいぞ」
「ありがとうございます」
──ヴンッと、アイビスの前に武器の一覧が映し出される。
片手剣、短剣、大剣、刀、槍、棍棒、戦斧、片手斧、弓、杖、本……様々な武器が用意されている。
だが、拳の装備が見当たらない。
「あの、拳の武器って無いんですか?」
「拳の武器? あるにはあるが、この店じゃ売ってないぞ。『ヘルゼンの街』に行けば売ってるんじゃないか?」
予想外だ。まさか拳の武器が売っていないなんて。
『ヘルゼンの街』という場所に行けば、拳の装備が買えるようだが……マップで確認した感じ、また『ビギナーズ・フォレスト』に入って『始まりの街』とは反対方向に進まなければならない。
そこから『マーメイクの畔』を抜けると、『ヘルゼンの街』に着く事ができる。
しばらくは素手のままモンスターと戦うしかないのか……困ったように眉を寄せたアイビスに、店主の男は苦笑しながら続けた。
「まあ待てよ、別に買う必要はねぇんだ。作ればいいんだからな」
「作る……? 武器を?」
「おうよ。素材さえ持って来てくれりゃ、オレが作ってやるよ。なんか素材持ってるか?」
買い物のウィンドウが消え、武器生産の画面が表示される。
どうやら、生産可能な武器が表示されるシステムのようだ。
======================
サラマンドラ・ソード(武器種:片手剣)
消費ゼル 5500
消費アイテム
火蜥蜴の剛爪×4(残数4)
火蜥蜴の竜鱗×2(残数3)
装備効果
STR +35
火傷耐性
サラマンドラ・ダガー(武器種:短剣)
消費ゼル 5000
消費アイテム
火蜥蜴の剛爪×3(残数4)
火蜥蜴の竜鱗×1(残数3)
装備効果
STR +18
火傷耐性
サラマンドラ・ランス(武器種:槍)
消費ゼル 5400
消費アイテム
火蜥蜴の剛爪×4(残数4)
火蜥蜴の弾皮×3(残数5)
火蜥蜴の竜鱗×2(残数3)
装備効果
STR +30
火傷耐性
サラマンドラ・グローブ(武器種:拳)
消費ゼル 4800
消費アイテム
火蜥蜴の剛爪×3(残数4)
火蜥蜴の弾皮×2(残数5)
火蜥蜴の竜鱗×3(残数3)
装備効果
STR +17
火傷耐性
サラマンドラ・ハチェット(武器種:片手斧)
消費ゼル 5000
消費アイテム
火蜥蜴の剛爪×2(残数4)
火蜥蜴の弾皮×1(残数5)
火蜥蜴の竜鱗×2(残数3)
装備効果
STR +24
火傷耐性
======================
──あった。拳の装備が。
「こ、これ、作ってもらえるんですか?」
「おう、どれを作って欲しいんだ?」
「でしたら、『サラマンドラ・グローブ』を……」
「了解だ。んなら、金と素材を出しな」
「金……あれ、いくら持ってるんだ俺」
アイテム画面を表示し、サラマンダーからドロップしたアイテムをオブジェクト化させる。そのついでに、所持金の確認をした。
──3452ゼル。生産金額には足りない。
「なんだ、金足りねぇのか?」
「そう、ですね……」
「しょうがねぇな……素材の買い取りしてやるから、余ってる素材も出しな」
「え?」
「なんだ、余ってる素材もねぇのか?」
「い、いや、あります。出します」
持っていたサラマンダーの素材を全てオブジェクト化し、ついでに『コボルトの毛皮』も店主に差し出す。
カウンターの上に置かれたアイテムを見た店主は、一つの黒い物体を見て目を細めた。
「……こりゃ驚いた。『黒炎の心臓』じゃねぇか」
「『黒炎の心臓』……? ああ、レアドロップって表示されてたやつか」
「ボウズ、さすがに『黒炎の心臓』は持っとけ。防具屋に行けば装飾品を作ってくれるだろうからよ」
「わかりました」
「そんじゃ、『サラマンドラ・グローブ』を作るのに必要な素材を除いて……『火蜥蜴の剛爪』が1個に『火蜥蜴の弾皮』が3個。そんで『火蜥蜴の竜鱗』が1個に、『コボルトの毛皮』が1個だな。合計2100ゼルってとこか。買い取りでいいんだな?」
「お願いします」
店主の男は腰に付けていたハンマーを取り出すと、店の端に設置されていた鍛冶場に移動。
持っていた素材を鉄製の机の上に置くと、ハンマーを振り下ろした。
カァンッ! と甲高い金属音が響き──素材が光に包まれ、一ヶ所に固まっていく。
赤熱色の光が晴れた時──机の上には、赤色の手袋のような物が置かれていた。
「うっし、完成だ。ほらよ、『サラマンドラ・グローブ』だ」
「あ、ありがとうございます」
赤色の手袋を受け取り、店主の男に頭を下げる。
──さすがはゲーム。まさかハンマーを一回振るだけで武器が完成するなんて。っていうか、この人NPCだよな? 会話の柔軟性が普通の人間みたいだ。
そんな事を思いながら、装備画面を表示する。
右手の装備欄を選択し、『サラマンドラ・グローブ』を装備しようと──して、何かに気づいて眉を寄せた。
『サラマンドラ・グローブ ×2』
何故か、『サラマンドラ・グローブ』が二つある。作ってもらったのは一つだ。
……そう言えば、サラマンダーを倒した時にドロップしてたな。『サラマンドラ・ダガー』ってのも持ってるし。
まあいいか、と意識を切り替え、アイビスは両手に『サラマンドラ・グローブ』を装備した。
「……おお」
手のひらはサラマンダーの白い皮。指先にはサラマンダーの黒い爪。手の甲はサラマンダーの赤い鱗。あのサラマンダーは黒い鱗だったはずだが、加工したら色が変わるのだろうか。
「どうだ?」
「ありがとうございます。助かりました」
「おう、いいって事よ。他にはなんかあるのか?」
「いえ、他は特には……」
「んなら防具屋に行って『黒炎の心臓』を加工してもらいな。間違いなくボウズの力になるだろうからよ」
「わかりました。その、ありがとうございました」
「こっちも仕事なんだから気にすんな。いいからとっとと行きな」
そこでNPCとしての会話は終わりなのか、店主の男はカウンターに戻って腕を組んで動かなくなる。
こういう所でゲーム内の世界だって突き付けてくるんだなぁ。頭を下げて武器屋を後にし、今度は防具屋に足を踏み入れる。
武器屋と同じく、店内は綺麗に清掃されている。店内にはラーク以外の来客はいないようだ。
店員と話しているラークに近づき、背後から声をかける。
「ラークさん、何か買えましたか?」
「うひっ?! あ、アイビスさん?! 驚かせないでくださいよぅ!」
「す、すいません。まさかそこまで驚くとは思ってなくて……」
涙目になってその場に座り込むラーク。どうやら腰を抜かしてしまったようだ。
こんな臆病な子が、よく『アルヴェル・オンライン』をプレイしようと思ったなぁ……そんな事を思いながら、アイビスは店員らしき女性に視線を向けた。
「いらっしゃいませ! 防具屋にようこそ!」
「あ、えっと……これを加工してもらいたいんですけど」
店員らしき女性に、『黒炎の心臓』をオブジェクト化して差し出す。
──スッと、女性が目を細めた。
「これは……『黒炎の心臓』ですか……」
「そうです。武器屋の人から、防具屋なら装飾品に加工してくれると聞いて……」
「あの人が……はい、わかりました。加工していいんですね?」
そう言って、女性が真剣な面持ちでアイビスを見据えた──直後、生産画面が表示される。
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怒れる蜥蜴の黒き炎(装備部位:装飾品)
消費ゼル 2600
消費アイテム
黒炎の心臓×1(残数1)
装備効果
AGI +10
頭部装備に対する呪い付与
火傷耐性
特殊スキル【ヘル・ブレイズ】
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生産画面を確認し、アイビスは自身の所持金に視線を落とす。
残金──752ゼル。足りない。
しかし、特殊スキルというのが気になる。何より、ドロップアイテム1つで装備を作れる上、俊敏性がプラスされるのも大きい。何よりも、呪い付与とはなんだろうか。すごく気になる。
これは記念に持っていたかったが仕方ないか、と肩を落とし──アイビスは赤色の短剣をオブジェクト化させた。
サラマンダーを倒した時にドロップした、『サラマンドラ・ダガー』だ。先ほど『サラマンドラ・グローブ』を装備する時に、短剣を持っている事に気づいた。
「えっと……これ、買い取ってもらう事はできますか?」
「『サラマンドラ・ダガー』ですね。2000ゼルでの買い取りになりますが、よろしいですか?」
「はい、その2000円──じゃなくて、2000ゼルを生産費用にしてください。それと追加の600ゼルです」
「2600ゼル、確かに受け取りました。最後の確認ですが、『黒炎の心臓』から生産されるのは、呪われた装備です。生産してもいいんですね?」
「お願いします」
「……わかりました。それでは生産を始めますね」
そう言うと、女性はカウンターに置かれた『黒炎の心臓』に手を翳した。
──カッと、『黒炎の心臓』が白い光に包まれる。
純白の光は少しずつ濁るように色を変え──やがてドス黒い赤色へと変化。
禍々しく邪悪な光は徐々に輝きを失い始め──光が消えた時、そこには赤黒い炎が在った。
「生産終了です。こちらが『怒れる蜥蜴の黒き炎』になります」
「ありがとうございます」
赤黒い炎を回収し、装備画面を開く。そのまま『怒れる蜥蜴の黒き炎』を装備した。
======================
アイビス
“拳闘士” Lv6
右手:サラマンドラ・グローブ
STR +18
火傷耐性
左手:サラマンドラ・グローブ
STR +18
火傷耐性
頭部:呪い状態のため装備不可
胴体:旅人のローブ
VIT +1
脚部:旅人のズボン
VIT +1
履物:旅人のサンダル
AGI +1
装飾:怒れる蜥蜴の黒き炎
AGI +10
頭部装備に対する呪い付与
火傷耐性
特殊スキル【ヘル・ブレイズ】
:装備無し
:装備無し
======================
『装飾『怒れる蜥蜴の黒き炎』により、頭部装備に対する呪いが付与されました!』
『状態異常:呪い』
『状態異常:呪い状態になると、特定部位の装備不可や、特定の行動、特定のスキルの使用が制限されます。呪い状態を解除するには、教会でお祓いを受けなければなりません』
『装備効果により特殊スキル獲得! 【ヘル・ブレイズ】』
メッセージ画面に、何やら色々と表示された。
呪い状態──簡単に説明するならば、装備制限・行動制限・スキル制限といったところか。そして、呪い状態を解除するには教会という所でお祓いをしてもらわないといけない、と。
『怒れる蜥蜴の黒き炎』の呪いは、頭部装備に対する制限のみで、行動・スキル制限はなし。
メッセージを確認し終えたアイビスは、続いて新たに獲得した特殊スキルの画面を開いた。
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【ヘル・ブレイズ】火属性 任意発動スキル
獲得条件
『怒れる蜥蜴の黒き炎』を装備した状態にする。
効果
使用者の頭部及び両腕に『黒炎』を付属する。
頭部・両手から『黒炎』を放つ事ができる。
通常攻撃時・『黒炎』による攻撃時、稀に攻撃対象を『火傷状態』にする。
『黒炎』の威力は使用者のINT・怒りに依存する。
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──魔法系統のスキルだ。
魔法の威力は使用者の魔法攻撃力と怒りに依存。これからは、物理攻撃力や俊敏性だけでなく、魔法攻撃力も意識しなければ。怒りの方はよくわからないが。
これで残金は152ゼル。もう防具を買い替える事はできないだろう。
しかし──武器と装飾品、それに攻撃魔法も手に入った。これ以上は求め過ぎだろう。
「お待たせしました、ラークさん。買い物は大丈夫ですか?」
「わ、私は大丈夫です。アイビスさんは?」
「俺の方も終わりました。武器屋の方はいいんですか?」
「はい、防具を買い替えたらお金がなくなっちゃいまして……」
「あ、そうでしたか。そしたら、宿屋に向かいます?」
アイビスの提案に、ラークはこくんと頷いた。
──ラークの装備が、布製の防具から革製の防具に変わっている。首元には茶色のネックレスも付いていた。何か装飾品を買ったのだろうか。
まあ、宿屋に行きながら聞けばいいか。
店内の女性に頭を下げ、アイビスとラークは宿屋を後にした。
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