アルヴェル・オンライン

ibis

2話

『ようこそ、『アルヴェル・オンライン』へ!』

 目の前に浮かび上がった文字に、輝樹はうおっと声を漏らした。

『まずは、あなたの分身となるアバターの作成をしましょう!』

 メッセージが表示されるのと同時、新たな画面が目の前に現れる。
 アバター──説明があった通り、プレイヤーの分身だ。
 髪やら目やら鼻やら口やら耳やら……選択する項目が多過ぎて頭が痛くなってきた。
 なんだか面倒臭くなってしまった輝樹は、黒髪黒目の初期設定のアバターのままキャラクター作成を終わらせる。

『続いては、初期職業を選択して下さい!』

 初期職業──剣士やら騎士やら魔術師やら、さらには鍛治師や錬金術師まである。これまたスゴい量の選択肢だ。
 とりあえずスクロールして職業に目を通し──ふと、一つの項目で手が止まった。
 拳闘士。おそらく、リアルの輝樹に一番合っている職業だ。
 その項目を目にした瞬間、迷いなく拳闘士の項目をタップする。

『それでは最後に、あなたのお名前を教えて下さい!』

 表示された空白に、輝樹は素早くプレイヤーネームを打ち込む。
 プレイヤーネーム、アイビス──スマホゲームでも使っている名前だ。

『これから、アルヴェルでの生活が始まります! 『アルヴェル・オンライン』をお楽しみ下さい!』

 カッと、眼前が真っ白な光に染まる。
 次に輝樹が目を開いた時──そこは、深い森の中だった。

「──おお……」

 自分の体に視線を落とす。現実と勘違いしてしまうほど、リアルな手足だ。
 試しにその場で軽くジャンプ。タイムラグなく動かせる。
 続けて、視界にメッセージウィンドウが表示される。

『アイテムの収納や出現、マップの表示等は、プレイヤーが頭に思い浮かべる事で機能します。試しに、マップを表示してみましょう』

 思い浮かべる?
 指示された通りに、マップを表示すると思ってみる。
 ──ピコンッと音を立て、マップが現れた。

『現在地が表示されましたね。ここから一番近い町は『始まりの街』です。まずはそこに向かいましょう』

 現在地、『ビギナーズ・フォレスト』。ここから真っ直ぐ進んだ先に、『始まりの街』という場所がある。その名の通り、『アルヴェル・オンライン』を始めて一番最初に訪れる街なのだろう。

『また、道中にはモンスターが出現します。装備画面を表示しましょう。要領はマップの表示と同じです』

 マップを閉じ、装備画面を表示する。

======================

アイビス
“拳闘士” Lv 1
右手:装備無し
左手:装備無し
頭部:装備無し
胴体:旅人のローブ
    VIT +1
脚部:旅人のズボン
    VIT +1
履物:旅人のサンダル
    AGI +1
装飾:装備無し
  :装備無し
  :装備無し

======================

 続けて、右手の装備に意識を向けた。
 表示内容が変わる画面。だが、武器らしきアイテムは見当たらない。

『今回“アイビス”さんが選択された初期職業は“拳闘士”ですので、現時点で装備できる武器はありません。画面を閉じて『始まりの街』に向かいましょう!』

 ……なんだよ、それ。
 ガックリと肩を落とし、輝樹はマップを再表示。
 『始まりの街』がある方向へと歩き始め──ふと、歩みを止めた。
 ……あれ? 今、近くの茂みが揺れたような──

「──ガルァァアアアアアアアアアアアッッ!!」
「うおおおおおおッ?!」

 茂みから飛び出して来た化物が、輝樹を睨んで雄叫びを上げた。
 灰色の体毛に、手に持った錆びた片手剣。狼のように見えるが、普通の狼は二本足で歩いたりしない。どう見たってモンスターだ。
 灰色の狼の頭上に表示された名前と緑色のゲージ。
 ──コボルト。それが、このモンスターの名前。
 コボルトは持っていた片手剣をブンブンと振り回すと、輝樹に向かって突っ込んでくる。

「チッ──!」
「ガルルァアアアッッ!!」

 振り下ろされる片手剣。横に飛んで剣撃を避け、ガラ空きの顔面に拳を叩き込む。コボルトの頭上にある緑色のゲージが削れた。あの緑色のゲージは体力なのだろう。
 勢いよく仰向けに倒れ込むコボルト。素早く距離を詰めた輝樹は、思い切りコボルトの顔面を踏み付けた。
 コボルトの体力ゲージが消滅し──コボルトの体が、ポリゴンとなって消えた。

「……ふぅ……」
『レベルアップ! Lv1→Lv2』
「うおっ……びっくりした。レベルが上がった──」
「ガルルルルルァッッ!!」
「ガオッ、ガォオオオアアアアアアアッッ!!」

 背後から響く咆哮。反射的に振り向いて身構える。
 ──コボルトだ。今度は二匹。

「……ハッ。来いよ、ぶん殴ってやる」

 吼えるコボルトが駆け出す。対する輝樹は、構えたまま動かない。
 二匹のコボルトが、輝樹に片手剣を振り下ろし──迫る片手剣を、横から殴って軌道を逸らした。
 軌道が逸れた片手剣は、もう片方のコボルトの片手剣に激突し──無防備なコボルトを殴り倒す。

『スキル獲得! 【受け流し:拳 Lv1】』

 倒れたコボルトの手から、錆び付いた片手剣を奪い取る。そして、胴体を斬り裂いた。
 体力ゲージがゼロになったコボルトが、ポリゴンとなって姿を消し──残るコボルトの腹部に、貫手を突き刺す。

『スキル獲得! 【貫手 Lv1】』
「ぉあああああああッッ!!」

 突き刺した手に力を込め、片腕でコボルトを持ち上げ──頭から地面に叩き付けた。
 ポリゴンとなって消えるコボルト──増援が来ない事を確認し、輝樹は息を吐いた。

「こんな事もできるのか……さすがゲームの世界だな」
『レベルアップ! Lv2→Lv3』
『ステータスポイント獲得!』
『スキル獲得! 【衝撃波:拳 Lv1】』

 ……なんか、戦っている時にも色々とウィンドウが表示されていたな。
 とりあえずスキルとやらを確認するため、輝樹はスキル画面を開いた。

======================

【受け流し:拳 Lv1】打属性 常時発動スキル
 獲得条件
 相手の攻撃を1回受け流す。
 効果
 受け流し時におけるノックバックの軽減。

【貫手 Lv1】貫属性 常時発動スキル
 獲得条件
 貫手を使用する。
 効果
 貫手で攻撃した際のダメージアップ。

【衝撃波:拳 Lv1】打属性 任意発動スキル
 獲得条件
 拳闘士をLv3にする。
 効果
 攻撃時に衝撃波を発生させる。

======================

「【受け流し】に【貫手】……それに【衝撃波】か」

 スキル画面を閉じ、今度はステータス画面を表示する。
 まさかと思ってやってみたが、本当にステータス画面が存在するとは……さすがは『アルヴェル・オンライン』。

======================

残りステータスポイント 1

STR 0
INT 0
VIT 0
MND 0
AGI 0
LUK 0

======================

『ステータスポイントを獲得しましたね。ステータスポイントとは、レベルアップで獲得するステータスとは別に、プレイヤー自身が振り分けられるポイントの事です。上から順番に、物理攻撃力、魔法攻撃力、物理耐久力、魔法耐久力、俊敏性、幸運・会心率となっています。なお、ステータスポイントはレベルが2上がるごとに1ポイント獲得できます。好みのステータスにポイントを割り振り、自分だけのキャラクターを育てましょう!』

 なるほど。レベルアップでステータスが上昇するが、それとは別に自身を強化できるのがステータスポイントか。
 とりあえず敏捷性にステータスポイントを割り振り、画面を閉じる。

「……うん。俺の古武術も、多少は通用しそうだな」

 手のひらを開閉する輝樹は、ふと何かを見つけたようにしゃがみ込んだ。
 ……なんだ、これ。毛皮か?
 灰色の毛皮を手に取り──メッセージウィンドウが現れる。

『コボルトの毛皮』

 モンスターのドロップアイテムか。一個しか落ちていない所を見るに、確定でドロップするわけではないようだ。
 『コボルトの毛皮』が輝樹の手から消え──輝樹はアイテム画面を表示する。
 アイテム一覧に『コボルトの毛皮』がある事を確認し、どうやら上手くアイテムを収納できたようだ、と輝樹はアイテム画面を閉じた。

「さて……とりあえず、『始まりの街』って所に行くんだったか」

 マップで『始まりの街』の方向を確認し、輝樹はアクビをしながら歩き始める。
 ……一番近くの街は『始まりの街』。その先にあるのは『ステップ草原』。『ステップ草原』を抜けると『フォール大峡谷』がある。

「峡谷まであるのか。おっ、海とかもある。マジかよ、すげぇな」

 この『ビギナーズ・フォレスト』ですら、本物の木のようなグラフィックなのに、海まであるとは。
 正直、『アルヴェル・オンライン』を舐めていた。予想以上のクオリティーだ。

「確かに、『アルヴェル』にハマる理由もわかるな」

 そこまで言って、ふと輝樹は歩みを止めた。
 ──声が聞こえる。多分女性だ。声というよりは、悲鳴のように感じる。
 首を傾げ、声の聞こえる方向へ視線を向ける輝樹。
 直後──木々の間から、茶髪に茶瞳の少女が飛び出して来た。
 情けなく涙やら鼻水やらを垂れ流す少女は、輝樹を見つけると一直線に駆け寄って来る。

「た、助けてくださいぃ! あのっ、なんだか強そうなモンスターに襲われてっ!」
「お、落ち着いてください。モンスターですか?」

 ──バキバキバキッ……
 少女が輝樹の背後に隠れた──それと同時に、異音が聞こえ始める。
 木が折れる音、と言えば良いのだろうか。しかし、新規プレイヤーが最初に配置される『ビギナーズ・フォレスト』に、木を折るようなモンスターなんて──

「……い、や……待て待て待て……」

 のっそりとした動きで、ソイツは姿を現した。
 三メートル近くあるトカゲのような体躯。全身を覆う赤黒い鱗。臀部から生える太い尻尾。指先から伸びる剛爪。爬虫類特有の縦割れした瞳。顎門から漏れ出す黒い炎。
 ソイツは輝樹と少女を見つけると、後ろ足で立ち上がり、黒炎を撒き散らしながら咆哮を上げた。

「ギャシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」
「ひっ……!」

 恐怖で固まってしまう少女。無理もない、輝樹だって驚愕で動けないのだから。
 ズシンッと、重々しい衝撃と共に前足を地面に付けるソイツ。体力ゲージの横に表示される名前を見て、輝樹はハッとした。
 ──炎の精霊 黒炎のサラマンダー。
 教室内で友人が言っていたイベント── 精霊というモンスターがマップにランダムポップし、それを討伐するイベント。そのイベント名は、『精霊の訪れ』。

「イベントモンスター……!」
「ジェァアアアアアアアアアッッッ!!!」

 サラマンダーの顎門に黒炎が装填され──マズいと直感で感じ取った輝樹は、背後の少女を抱き上げて思い切りその場を飛び退いた。
 ──肌を焼く熱気。黒く燃える炎。
 先ほどまで輝樹たちがいた所を、黒炎が焼き払った。
 『ビギナーズ・フォレスト』の木々を炎上させながら、黒炎はどんどん燃え広がっていく。

「あ、ぅ……ひっ……」
「ちょっと! しっかりしてください!」
「で、でもっ……」
「落ち着いてください! これはゲームですから! コイツはプログラムでこっちは死ぬ事ないゲームです! そんなに怯える必要はないですよ!」

 輝樹に抱えられてガタガタと震える少女。その装備は輝樹と変わらない。という事は、輝樹と同じく『アルヴェル・オンライン』を始めたばかりの新規プレイヤー。
 輝樹たちを逃がすつもりはないのか、サラマンダーはさらに黒炎を吐き散らした。
 ──攻撃じゃない? 輝樹たちを狙って黒炎を吐いていない?
 サラマンダーの行動の意味がわからず、少女を抱えた状態で身構える輝樹。
 ──サラマンダーの意図に気づいた時には、もう遅かった。

「……ハッ、なるほどな。炎で俺たちを取り囲んだってわけかよ、クソが」

 輝樹たちとサラマンダーをぐるりと囲むように、黒炎が壁となっていた。
 これでもう逃げられない。サラマンダーと戦うしかない。
 冷や汗を流す輝樹。脳裏によぎったのは、再び友人の言葉だった。
 ──初心者でも勝てるような強さに調整してある。
 友人の言葉を信じるのであれば、勝てなくはない相手。間違いなく勝率は低いだろうが、それでもゼロではない。

「……えっと……ラークさん、でいいんですかね?」
「は、はいっ?!」

 少女の頭上に表示されていたプレイヤーネーム──ラーク。
 突然名前を呼ばれたラークは、困惑した様子で返事を返してくる。

「協力してください。アイツを倒しましょう」
「えっ──うえぇ?! むむむ、無理ですよぅ! あんな化物、勝てるわけないです!」
「無理じゃないです。さっきも言いましたけど、これはゲームですから。勝てない相手は用意されていません」

 輝樹の言葉でようやく落ち着きを取り戻したのか、ラークの口から泣き言が消えた。
 ラークを優しく地面に下ろし、拳を握って身構える。

「俺、初心者なんで間違いなくコイツに苦戦します。ですから、力を貸してください。一緒にコイツを倒しましょう」
「ガォオオオオオァアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 雄叫びを上げるサラマンダー。ひっ、とラークが悲鳴を漏らす。
 だが──震える足で立ち上がり、木製の杖を装備して輝樹の横に並び立った。

「……わ、わかりましたっ……私でよければ、頑張りますっ」
「ありがとうございます」

 VS炎の精霊 黒炎のサラマンダー。
 輝樹にとって、初めてのイベントモンスターとの戦闘が──今、始まった。

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