蒼子のおそうじ日記

地野千塩

第9話 罪悪感を捨てる

 掃除の習慣化もつき、部屋も綺麗になってきた。今日は休日なので普段が手入れが疎かにしがちな机周りの掃除もする事にした。

 部屋だけでなくノートパソコンのデータなども不必要なものを消していったが。

「うわ、なにこれ……」

 パソコンのメモ帳には、昔の日記のようにものも出てきた。

 残業続きで手取りも少ないのに「頑張っている自分」に酔っている日記が綴られていて、恥ずかしくて顔が真っ赤になる。まるでこうする事で悲劇なヒロインになり、白馬の王子様を待っているだけではないか。日記には「幸せ」という文字は一つも出てこない。おそらく「誰かに幸せにして貰おう」と考えていたのだろう、不幸を愛しながら。

 これだとまるで自ら不幸を求めているようだ。自爆行為というか自傷行為。この日記はどこにも公開されていなかったが、もし誰かに見せていたらと思うとゾッとしてきた。誰かに罪悪感を植え付ける事で、エネルギーを吸い取る行為だったのかもしれない。

「罪悪感持たせるなんて嫌な女がする事だったかも」
『そうよ、蒼子。不幸なんてアピールしているから、不幸を呼び寄せるの。人間は幸せな人が好きよ。罪悪感なんて植え付けたらダメ』

 いつのまにかピー子がやってきて肩に止まっていた。まるで蒼子の今の気持ちを見透かす言葉だったが、深く頷く。

 その後、冴子ともテレビ通話で話したが「日本人は全体的におかしい」とも指摘された。

「大変な仕事を修業のようにやって手取り額が低い事を自慢、寝れない自慢とかしてる日本人多いけど、それって自虐? 何か生産性ある? 自分可哀想アピールする日本人多いよね。自己憐憫というか」

 冴子の言葉は耳が痛かったが、日本が不況に陥っている理由もわかる気がした。

「仕事なんて神聖な行為でも修行でもないの。海外では聖書の教えも根付いているから、仕事=罰。だから自動化や効率化も求められる。日本はどうよ? わざわざ不幸になって可哀想アピールするために重労働してるって馬鹿ですか? AIが全部やってくれるんだったら、別に仕事なんて無くなってもいいの」
「それはそうだけど……。でもお金は?」
「自給自足っていう逃げ道もある。実はこっちで自給自足生活を少しずつやってたりしてる。どう、興味ない?」

 明るく語る冴子を見ていたら気が抜けてきた。今までは仕事が消える事に恐怖を持っていたは、肩の荷が降りる。確かに大昔は自給自足生活で何の問題もなかった。昔できていた事が今できない理由もない。

「私、やっぱり冴子のところに行ってみたいかも。まずは旅行感覚で来ていい?」
「大歓迎よ!」

 ちょうど配信センターのバイトも契約期間が終わる。夜勤も続けていたのでそこそこお金も溜まっていた。無駄なプチプチコスメや服なども買っていないので、勝手にお金が溜まっている状況だったが。

 こうして蒼子はタイに行く事に決めたわけだが、両親は大反対してきた。

「まず二週間、旅行感覚で行くだけど?」

 そう言うが納得してくれなかった。特に母は「これだけ手塩にかけた一人娘は海外に行くなんて!」と泣いて騒ぎ、蒼子に罪悪感を植え付けてきた。

「蒼子がいなくなったらお母さん、どうすればいいのよ」

 そう泣かれてしまい、父からはお見合いの話も持ってきた。

「実は孫の顔も見たかったんだ」と告白。

 まさかこんなに両親に反対されるとは思わなかった。二人とも配送センターのバイトをしながらお見合いしろと言ってきた。

 確かにこの歳でも結婚せず、子供もいない。挙句バイトで海外に行こうとしている蒼子に両親が反対してくる気持ちはわかり、罪悪感を刺激されてしまった。

 同時に自分も似たような事をしていた。ブラックな仕事をしなはら反抗もせず「自分は不幸」だと罪悪感を与えるような日記も書いていた。

「あ、元彼からのメールもまだ消してなかったな……」

 パソコンの中にあるデータは案外消せない想いも詰まっていた。子供の頃の写真のデータも出てきて、余計に罪悪感が刺激されるが……。

『ねえ、そのメールとかデータとか本当に必要? 蒼子が幸せになる為に必要?』

 悩める蒼子にピー子が飛んできた。ディスクも上に降り立ち、蒼子を見上げていた。

『蒼子は幸せになりたいんでしょ? 誰かに幸せにして貰う為に罪悪感を利用するの? 子供よ、不機嫌な子供とやってる事同じね?』

 耳が痛い言葉だったが、蒼子が今まで幸せになれなかった理由がよくわかる。逆に言えばここを乗り越えれば、希望が見える。

「う、うん……」

 両親の顔は浮かぶが。いくら血が繋がっているといっても他人。もう蒼子は大人。彼らに従う義務もない。

 罪悪感で心は痛かったが、パソコンにある要らないデータを全てゴミ箱に入れる事に成功した。

 こんな事でも勇気が必要だった。心の中にある罪悪感を捨てる行為だったから。

 罪悪感を捨てれば、もう二度と「可哀想な悲劇のヒロイン」になり、他人に幸せにして貰う事も叶わない。

 それでも。

 自分の足で立ちたい。そう思ってしまった。

・幸せになりたい、いや、なる!

 ノートにそう書き、蒼子は決意した。思えば自分でそう決める事は初めてだったのかもしれない。

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