蒼子のおそうじ日記
第1話 汚部屋
子供部屋おばさんという言葉がある。あるいは、子供部屋おじさん。
いつまでも実家暮らしをしている大人の事をさす。もちろん、介護や家事をやっている者や事情がある者はのぞく。いつまでも子供感覚で親に家事をやってもらっている者の事をさす言葉だ。
元々メディアが作った言葉でもある。この言葉を広めて得する不動産などの業者があるだろう。単なる蔑称とはいえないのかも知れないが、橘蒼子の場合、もう少しこの言葉を噛み締めても良い状況だった。
蒼子は三十二歳になるが、ずっと実家の子供部屋で暮らしていた。仕事も非正規。給料も低いが、実家暮らしでは余裕で生活できる金額でもあり、本人は何の危機感もなかった。
ところが。
最近本社からやってきた上司に数々のパワハラや暴言にあい、すっかり病み、自主退職の追い込まれた。他の上司や同僚にも無視され続け、会社での居場所もなくなり、結局自分でやめざるおえなくなった。
転職活動もうまくいかず、すっかり蒼子は病んでいた。ハローワークに行っても田舎のそれは、ろくな求人もなく、その中でも書類も通らず、すっかり拗らせていた。
子供部屋も散らかっていく。服、書類、化粧品、小物類がぐちゃぐちゃに散らかっていくが、本人は「私って悲劇のヒロインモードのなっていたので、片付ける気力もおきない。友達も仕事や家事に忙しく、家に来る予定も無いので、どんどん子供部屋は悲惨な状況になっていった。
もちろん恋愛の方も長い間ご無沙汰で、部屋が散らかっていても、蒼子は全く困らない生活だった。メイクも面接以外ではする事がなくなり、ついにスキンケアもおざなりになった。髪の毛の手入れもサボり、プリンのような有様になっていた。
最近はAIのチャットアプリで、彼氏のような恋愛トークも楽しみ、余計にそんな気持ちもうせる。ときめき、ドキドキもスマートフォンで完結してしまい、リアルもどうでも良くなってきた。
面接やハローワーク通いの他は完全に引きこもり、ポテトチップスをクシャクシャ食べながら、AIのチャットアプリで心を満たす日々。
汚い部屋を見ながら、このままではいけないとは思う。英語や簿記のテキストを買い、目の前の焦燥感を癒したりもするが、何の解決にもならなかった。
汚い部屋にいると、やる気も元気も消える。エネルギーがそんな部屋に吸収されていくような感覚もしたが、身体が重くて、何のやる気もしない。
同居している母には、メンタルクリニックに行くように薦められたが、初診予約も三ヶ月待ちになり、気が折れた。そもそも抗うつ薬等についても調べると、辞めるのが相当難しい事もわかり、安易に手を出すものでは無いように感じた。
こうして時間だけがAIのチャットアプリに溶けていたが、ある日、母がセキセイインコを拾ってきた。
どこからの迷い鳥のようだったが、結局飼い主が見つからず、家で飼うことになった。我が家は二階建ての一軒屋だし、田舎にある。庭も広く、小鳥一匹ぐらい飼うのは問題なかった。
家に引きもり中で暇な蒼子がセキセイインコの世話係に決定した。父も母も再雇用ではたらいていて、昼間家にいて一番暇なのが蒼こだった。餌をやり、水もあげる。時々鳥籠から出し、広いリビングで遊ばせたりしていた。
青いセキセイインコだった。手乗りサイズで、可愛い声で鳴く。時々母の言葉なども真似していたが、蒼子にはさほど懐かない。
「ピー子、餌だよ」
小鳥用の雑穀が入った餌を器に入れ、鳥籠の中に置く。
リビングの窓から秋の日差しが注ぐ。日向ぼっこでもさせようと、鳥籠ごと窓辺に持っていく。
「ピー子、どう? 日向ぼっこでもする?」
『そんな事より部屋の掃除でもしたら?』
「は???」
ピー子が話した?
いや、今まで母の言葉は真似していたが、こんな人間みたいの話すか?
驚きだ。聞き間違いかとも思ったが、確実にピー子の声だった。
『蒼子、掃除しな!』
しかもちょっと怒ってる?
蒼子は、鳥籠からピー子を出し、本人(鳥?)に問い詰める。
「どういう事? ピー子、あんた喋れるの?」
『ええ。ワタシは、知能の高い鳥だからね!』
心なしかドヤ顔。ピー子の黒い目もどことなく自信満々だ。
「そっかぁ。まあ、動物が話したって別に普通よな」
元々ファンタジー小説などが好きな蒼子は、とりあえず納得する。しかし、なぜピー子は掃除しろって言ってるの?
『掃除なんていい大人は出来て当たり前よ! 転職も掃除してから頑張ったら? これは頭がいい鳥からのアドバイスよ』
そう言われても。
掃除はやろうとも思っても、どうも身体が重くて出来なかった。
それだけでなく、その他の全てが面倒というのが現状だったが。
『あなたは、どうなりたい? 幸せにりたいんじゃないの? 果たして幸せな人が汚い部屋に住んでいるかしら?』
耳が痛い。
確かに自分は幸せになりたかった。でも諦めていた。
「でもどうやったら? もう色々気が折れちゃって、疲れちゃう」
『子供の頃の夢を思い出してよ。こんな汚い部屋に住む蒼子をみたら、子供時代のあなたは失望よ』
もう何も言えない。子供の頃は、幸せな花嫁になるのが夢だった。それなのに、今の自分は?
リビングにあるテレビには、女優やモデルがキラキラと輝いていた。
あんな風になろうとは思わないけれど、今の状況は良くないものである事は、確かだった。やる気が消えていた心だが、少しだけ「元気」のようなものが蘇ってくる。ピー子から、生命力を貰っているのかもしれない。
「うん、掃除しような……」
『でも、いきなり全部やったら挫折する』
ピー子の言う事は、いちいち耳が痛い。確かに今までも汚部屋→掃除→汚部屋→掃除を繰り返し、何か根本的なものが直っていない気もした。限界まで先延ばしし、年末に掃除をまとめてやり、再び元に戻るという繰り返しだった。
『まず、ノートを買って目標を書きましょう』
「えー、そんなの効果ある?」
『何事も最初の動機が肝心よ。また同じ事を繰り返す?』
そう言われたら、反論もできない。ここはピー子の言う事を素直に信じても良い気もしてきた。
とりあえず着替え、顔も洗い、眉毛だけ描き、近所の文房具店に向かう。ノートといっても何が良いのか迷ったが、ピー子とそっくりなインコのデザインのノートを見つけてしまった。運命じみたものを感じた蒼子は、このノートを買う事にした。
A4サイズのリングノートだった。表紙のインコの絵を見ながら、一歩だけでも進みたい気分にもなる。
家に帰り、このノートをピー子に見せると、喜ばれた。
『さあ、ノートを手に入れたら目標を書くのよ!』
ピー子にせっつかれ、ノートの一ページ目にこう書いた。
・幸せになる。
・いい女になる。
・その為には、やっぱり汚い部屋はふさわしくは無い。
・シンプルで居心地の良い部屋。
・ナチュラル系?
「ピー子、どう?」
『グッドよ! 今日はここまでで良いでしょう』
ピー子はそう言い、鳥籠の止まり木の上でウトウト眠ってしまった。
新しいノートを改めて見ながら考える。もうAIのチャットアプリも必要ないかも知れない。蒼子はそれも削除した。
しかし変な鳥だ。人間のように話すなんて信じられないが、不思議な事もあるものだ。100パーセントそんな事は無いとは言い切れない。
それにピー子のお陰で、何だか少し前向きになってきた。
とりあえずピー子のアドバイスを素直に聞いてみても良いかもしれない。
「うん、ちょっと頑張ってみるか」
久々に蒼子の心に希望が戻ってきた。
いつまでも実家暮らしをしている大人の事をさす。もちろん、介護や家事をやっている者や事情がある者はのぞく。いつまでも子供感覚で親に家事をやってもらっている者の事をさす言葉だ。
元々メディアが作った言葉でもある。この言葉を広めて得する不動産などの業者があるだろう。単なる蔑称とはいえないのかも知れないが、橘蒼子の場合、もう少しこの言葉を噛み締めても良い状況だった。
蒼子は三十二歳になるが、ずっと実家の子供部屋で暮らしていた。仕事も非正規。給料も低いが、実家暮らしでは余裕で生活できる金額でもあり、本人は何の危機感もなかった。
ところが。
最近本社からやってきた上司に数々のパワハラや暴言にあい、すっかり病み、自主退職の追い込まれた。他の上司や同僚にも無視され続け、会社での居場所もなくなり、結局自分でやめざるおえなくなった。
転職活動もうまくいかず、すっかり蒼子は病んでいた。ハローワークに行っても田舎のそれは、ろくな求人もなく、その中でも書類も通らず、すっかり拗らせていた。
子供部屋も散らかっていく。服、書類、化粧品、小物類がぐちゃぐちゃに散らかっていくが、本人は「私って悲劇のヒロインモードのなっていたので、片付ける気力もおきない。友達も仕事や家事に忙しく、家に来る予定も無いので、どんどん子供部屋は悲惨な状況になっていった。
もちろん恋愛の方も長い間ご無沙汰で、部屋が散らかっていても、蒼子は全く困らない生活だった。メイクも面接以外ではする事がなくなり、ついにスキンケアもおざなりになった。髪の毛の手入れもサボり、プリンのような有様になっていた。
最近はAIのチャットアプリで、彼氏のような恋愛トークも楽しみ、余計にそんな気持ちもうせる。ときめき、ドキドキもスマートフォンで完結してしまい、リアルもどうでも良くなってきた。
面接やハローワーク通いの他は完全に引きこもり、ポテトチップスをクシャクシャ食べながら、AIのチャットアプリで心を満たす日々。
汚い部屋を見ながら、このままではいけないとは思う。英語や簿記のテキストを買い、目の前の焦燥感を癒したりもするが、何の解決にもならなかった。
汚い部屋にいると、やる気も元気も消える。エネルギーがそんな部屋に吸収されていくような感覚もしたが、身体が重くて、何のやる気もしない。
同居している母には、メンタルクリニックに行くように薦められたが、初診予約も三ヶ月待ちになり、気が折れた。そもそも抗うつ薬等についても調べると、辞めるのが相当難しい事もわかり、安易に手を出すものでは無いように感じた。
こうして時間だけがAIのチャットアプリに溶けていたが、ある日、母がセキセイインコを拾ってきた。
どこからの迷い鳥のようだったが、結局飼い主が見つからず、家で飼うことになった。我が家は二階建ての一軒屋だし、田舎にある。庭も広く、小鳥一匹ぐらい飼うのは問題なかった。
家に引きもり中で暇な蒼子がセキセイインコの世話係に決定した。父も母も再雇用ではたらいていて、昼間家にいて一番暇なのが蒼こだった。餌をやり、水もあげる。時々鳥籠から出し、広いリビングで遊ばせたりしていた。
青いセキセイインコだった。手乗りサイズで、可愛い声で鳴く。時々母の言葉なども真似していたが、蒼子にはさほど懐かない。
「ピー子、餌だよ」
小鳥用の雑穀が入った餌を器に入れ、鳥籠の中に置く。
リビングの窓から秋の日差しが注ぐ。日向ぼっこでもさせようと、鳥籠ごと窓辺に持っていく。
「ピー子、どう? 日向ぼっこでもする?」
『そんな事より部屋の掃除でもしたら?』
「は???」
ピー子が話した?
いや、今まで母の言葉は真似していたが、こんな人間みたいの話すか?
驚きだ。聞き間違いかとも思ったが、確実にピー子の声だった。
『蒼子、掃除しな!』
しかもちょっと怒ってる?
蒼子は、鳥籠からピー子を出し、本人(鳥?)に問い詰める。
「どういう事? ピー子、あんた喋れるの?」
『ええ。ワタシは、知能の高い鳥だからね!』
心なしかドヤ顔。ピー子の黒い目もどことなく自信満々だ。
「そっかぁ。まあ、動物が話したって別に普通よな」
元々ファンタジー小説などが好きな蒼子は、とりあえず納得する。しかし、なぜピー子は掃除しろって言ってるの?
『掃除なんていい大人は出来て当たり前よ! 転職も掃除してから頑張ったら? これは頭がいい鳥からのアドバイスよ』
そう言われても。
掃除はやろうとも思っても、どうも身体が重くて出来なかった。
それだけでなく、その他の全てが面倒というのが現状だったが。
『あなたは、どうなりたい? 幸せにりたいんじゃないの? 果たして幸せな人が汚い部屋に住んでいるかしら?』
耳が痛い。
確かに自分は幸せになりたかった。でも諦めていた。
「でもどうやったら? もう色々気が折れちゃって、疲れちゃう」
『子供の頃の夢を思い出してよ。こんな汚い部屋に住む蒼子をみたら、子供時代のあなたは失望よ』
もう何も言えない。子供の頃は、幸せな花嫁になるのが夢だった。それなのに、今の自分は?
リビングにあるテレビには、女優やモデルがキラキラと輝いていた。
あんな風になろうとは思わないけれど、今の状況は良くないものである事は、確かだった。やる気が消えていた心だが、少しだけ「元気」のようなものが蘇ってくる。ピー子から、生命力を貰っているのかもしれない。
「うん、掃除しような……」
『でも、いきなり全部やったら挫折する』
ピー子の言う事は、いちいち耳が痛い。確かに今までも汚部屋→掃除→汚部屋→掃除を繰り返し、何か根本的なものが直っていない気もした。限界まで先延ばしし、年末に掃除をまとめてやり、再び元に戻るという繰り返しだった。
『まず、ノートを買って目標を書きましょう』
「えー、そんなの効果ある?」
『何事も最初の動機が肝心よ。また同じ事を繰り返す?』
そう言われたら、反論もできない。ここはピー子の言う事を素直に信じても良い気もしてきた。
とりあえず着替え、顔も洗い、眉毛だけ描き、近所の文房具店に向かう。ノートといっても何が良いのか迷ったが、ピー子とそっくりなインコのデザインのノートを見つけてしまった。運命じみたものを感じた蒼子は、このノートを買う事にした。
A4サイズのリングノートだった。表紙のインコの絵を見ながら、一歩だけでも進みたい気分にもなる。
家に帰り、このノートをピー子に見せると、喜ばれた。
『さあ、ノートを手に入れたら目標を書くのよ!』
ピー子にせっつかれ、ノートの一ページ目にこう書いた。
・幸せになる。
・いい女になる。
・その為には、やっぱり汚い部屋はふさわしくは無い。
・シンプルで居心地の良い部屋。
・ナチュラル系?
「ピー子、どう?」
『グッドよ! 今日はここまでで良いでしょう』
ピー子はそう言い、鳥籠の止まり木の上でウトウト眠ってしまった。
新しいノートを改めて見ながら考える。もうAIのチャットアプリも必要ないかも知れない。蒼子はそれも削除した。
しかし変な鳥だ。人間のように話すなんて信じられないが、不思議な事もあるものだ。100パーセントそんな事は無いとは言い切れない。
それにピー子のお陰で、何だか少し前向きになってきた。
とりあえずピー子のアドバイスを素直に聞いてみても良いかもしれない。
「うん、ちょっと頑張ってみるか」
久々に蒼子の心に希望が戻ってきた。

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