婚約破棄された公爵令嬢は、奴隷を花婿に仕立て上げます

赤頭巾ぐりこ

27.剣術指南


 リハビリと称して、クォーツがよく屋敷の裏庭に出ていることには気づいていた。
 どんなリハビリをしているのだろうと、気にならないと言っては嘘になる。

 たまに立ち話をするようになった給仕のルチルに、わたしは相談してみることにした。

「ローズ様。ご自身の目で確かめてみてはいかがでしょう」

 ゆるりとルチルは笑っている。
 含みのある笑いだ。

「ルチル。あなた何か知っていますね」
「口止めされていますので。ですが、案内するなとは言われていません」

 ルチルは手元の懐中時計を見遣り、「頃合いですね」と呟いた。

「そろそろ東門から馬車がやってくるはずです。その馬車から降りた“先生”が裏庭へ到着し次第、クォーツ様の“リハビリ”が始まります」

 先生とは医者だろうか。
 問う隙を与えないままに、ルチルは身を翻した。

「もちろん、裏庭へ行かれますよね」

 わたしは頷くよりほかなかった。


  ◇◇◇


「クォーツ殿、角度が浅い!」
「はい、先生!」

 クォーツの手にした剣先は、まっすぐに目の前の男へと吸い込まれ――

 ――ガキン!

 瞬間、耳障りな金属音が裏庭へと響き渡る。
 男はフライパンでクォーツの斬撃を軽々と受け止めると、その流れのままにクォーツの剣を薙ぎ払った。

「……ッ!」
「踏み込みが浅いから防がれるのです! もう1回!」
「うおおお――ッ!!」

 ――ガキン!

 またもやクォーツの斬撃は易々とフライパンひとつで防がれる。
 耳をつんざくような金属音と、度重なる斬撃。
 裏庭はさながら見習い騎士の訓練場の様相を呈していた。

「あれが……リハビリですか?」
「そういった名目で、剣術の先生をお呼びしているのです」

 わたしは屋敷の窓から裏庭を見下ろしながら、小首を傾げた。

「なぜそんなことを?」
「ローズ様を守るためです」
「……わたしを?」

 わたしは大きく目を見開いた。
 眼下の裏庭では、剣とフライパンの攻防がいまだ続いている。

「宰相派からローズ様が狙われているのに、自分は何もできないのかと、クォーツ様はお悩みでした。それを公爵様に相談したところ、呼ばれたのがあの剣術の先生です」

 何度斬撃をいなされようと、クォーツは果敢に先生へと向かってゆく。

「なんでも、かつては辺境伯に仕えた国内でも指折りの騎士だったとか。英雄カルセドニーといえば、ローズ様にも通りがよいのではないでしょうか」
「カルセドニー。先の戦争で活躍された大英雄ですね。今は現役を辞して、趣味だった料理作りに専念されているとか。最近は王宮にも料理人として出入りしているというもっぱらの噂でしたが……」

 顎に手を遣り、わたしは考える仕草をした。

「わたしを守るために、ですか」

 そのまま、手は顎から頬へ。
 赤くなった両頬を両手で押さえる。

「……困りましたね」

 顔が、火を噴きそうなほどに熱い。
 横でルチルが「照れるローズ様、尊い……」と呟いた気がした。
 しばらくわたしは両頬を押さえながら、眼下の剣術指南を眺めていたけれど。

「今日のところは、見なかったことにします」

 恥ずかしさに耐えかねて、くるりと踵を返した。

「ローズ様、もう行かれるのですか?」
「ええ。クォーツもわたしには見られたくないでしょうから」
「そうでしょうか……?」
「もしもクォーツがまた怪我を重ねるようなことがあれば、わたしに報告してください」
「承知いたしました。ローズ様」

 深々とルチルが頭を下げ、わたしは裏庭を後にした。


  ◇◇◇


「お父様。クォーツ様に剣術の先生をお呼びしているようですね」
「なんだローズ。もう耳に入ってしまったのか。一応、口止めはしたんだがな」

 父は快活に笑った。
 顔の血色はよく、少し前まで不治の病に冒されていたとは思えない。

「なあに。できることはすべてやっておきたいというだけだよ」
「よく英雄カルセドニーほどの人材を呼べましたね。料理以外の仕事は受けないという噂でしたが」
「剣は握らない、という契約だ。剣術指南の様子は見たか? 調理器具を使って指導していたぞ。大した御仁だ」

 椅子で足を組みながら、父は笑う。
 
「ずいぶんと本腰を入れていらっしゃること。リハビリというにはあまりにも……」

 酷では、という言葉を飲み込む。
 クォーツに負担をかけすぎではないか、と遠回しに伝えた。
 いくらクォーツ自身の希望とはいえ、病み上がりである。

「……失敗するわけにはいかないのだよ、ローズ。おまえの結婚式は」
「公爵家の威信をかけたものだから、ですか」
「クォーツ殿にはローズを守れるだけの器量を持ってもらわねば困る」

 父の口振りに、わたしは眉根を寄せた。
 異国の貴人に向けるにしては、違和感を覚える言い回しだった。

「お父様……気付いておいでですよね」
「なんのことかな」
「クォーツ様のことです。気付かない方が都合がいいから、そういう振りをしていらっしゃるだけでしょう。公爵家の令嬢が婚約破棄をされ、いつまでも燻っているよりは、“異国の王族”と婚姻する方がよほど体裁が良い」
「……まあ、それは否定できないが」

 父は曖昧に笑った。

「いや、血は争えないものだなと思っただけだよ」

 父の目線は、わたしが幼い頃に亡くなった母の肖像画へと向けられる。

「おまえの母も、元はこの屋敷の見習い給仕だった」
「それは知っています」

 父はこちらへ向き直り、まっすぐにわたしを見つめる。

「――身分差ほど、恋愛が燃え上がる要素はない」

 あっけらかんと、父はそう言い切った。
 ああ、わたしはこの人と親子なんだ。
 父との血の繋がりを、こんなところで感じることになろうとは。
 父は見習い給仕を伴侶とし、わたしは奴隷を伴侶としようとしている。

「お父様と性癖が一致することを神に感謝します」

 とりあえず天の神様に感謝の祈りを捧げることにした。 

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