婚約破棄された公爵令嬢は、奴隷を花婿に仕立て上げます

赤頭巾ぐりこ

25.作戦会議


「昨夜はすみませんでした」

 朝食を取りながら、わたしはクォーツに頭を下げた。

「謝らないでほしい。何かあったんだろう?」
「ええ。《薔薇水晶の妖精眼》で未来を見ました。わたしが暗殺される夢です」

 瞬間、クォーツの顔に影が差した。
 サラダを食べていた、フォークの手が止まる。

「詳細を話してくれるかい」
「夢の舞台は結婚式場でした。クォーツとわたしの結婚式のさなか。わたしは薔薇の花をアメジストに手渡されます」

 わずかに、声がかすれた。

「その薔薇の花束を受け取った瞬間、わたしは倒れ込みます。薔薇の棘に毒が塗られていたのです」

 クォーツが、眉根を寄せた。

「アメジストが暗殺の主犯ということかい」
「いいえ、アメジストは明らかに狼狽していました。ジャスパーがアメジストを大罪人として衛兵に捕らえさせたのです」

 まっすぐに、薔薇水晶の瞳でわたしはクォーツを見据えた。

「主犯は、宰相ジャスパーかと」
「なるほど。アメジストに罪をなすりつけることで、邪魔な公爵令嬢と、いらなくなった“駒”の両方を処分することにした訳だ」

 ぐしゃり。
 朝食のサラダのレタスが、フォークに潰された。
 そのままクォーツの口元へと運ばれる。

「未来が分かっていれば、対策はできるんじゃないかな」
「具体的には?」
「例えば、宰相やアメジストを結婚式に呼ばない、とか。式自体をとりやめる、とか」
「それは不可能です」

 わたしはゆっくりと首を横に振った。
 赤く熟れたトマトをフォークで刺し、そのまま口へ運ぶ。

「《薔薇水晶の妖精眼》で見た未来は絶対です。予知夢で見た光景は避けられないこと。結婚式に呼ばなくとも、アメジストとジャスパーは何らかの理由で式場に現れることでしょう。結婚式を中止にしようとしても、何らかの事情でやらざるを得なくなるでしょう」
「それは厄介だな……けど、対策できない訳じゃない」

 にこ、とクォーツは口角を上げた。

「毒にやられたふりをして、薔薇の花を受け取った瞬間倒れればいいじゃないか」
「まあ、わたしに演技をしろということですか」
「婚約者の演技をしろなんて無茶振りをしてきたのは、どこの誰だったかな」
「……もう! それは言わない約束です」

 やっとわたしの口元に、小さな笑みがくすりと浮かんだ。
 昨夜からずっと、思いつめた顔をしていたから。

「相手の手の内は見えてるんだ。薔薇の毒にやられた振りをして倒れ込む。そうすれば、ジャスパーは暗殺が成功したと思い込み、アメジストを糾弾するだろうさ」
「そして、頃合いを見計らってネタ晴らし、ですか」
「ああ。そうなれば、宰相の奴も手の出しようがない」

 わたしは小さく眉根を寄せた。

「そんなに上手くいくでしょうか」
「上手くいくさ。この前の舞踏会だってうまくいったろ?」
「その帰りに事故に遭いましたが……」
「それでも、俺たちはしぶとく生き残った」

 クォーツの前向きさが、まぶしくて仕方なかった。
 わたしは曖昧に微笑むと、手元の朝食のサラダに視線を落とした。

「そうですね。やるしかありません」

 生き残るためには、という言葉を飲み込んで。
 わたしはそのまま朝食のサラダを平らげた。


  ◇◇◇


「ええと。正気なのか。予定通り結婚式を執り行いたいと?」

 わたしたちの提案を聞いて、父は信じられないというような顔をした。

「その通りです。わたしたちふたりで決めたことです」

 わたしは毅然と言い放つ。
 クォーツと目線を交わして、頷きあった。
 父は眉根を下げて、わたしを説得しようとする。

「しかし……だ。式のように大勢の前に立つ機会を設けるなど、暗殺の危険を高めるだけだ。私は、おまえに危険な目に遭ってほしくないのだよ、ローズ」
「いいえ。宰相派をのさばらせているからこそ、暗殺などとくだらないことを奴らが企むのです」

 まっすぐに、父を見据えた。

「お父様――公爵が健在であることを、大勢の前で示さねばなりません。それに結婚式ほどうってつけの場はありません」
「それは、そうだが」

 思い悩む様子の父に、クォーツが畳みかける。

「義父上。公爵家の求心力を取り戻さねば、この状況が長く続くことになりましょう。そもそも、王太子殿下からの婚約破棄も、義父上が病に臥せったことが事の始まり。私にとっては、それは幸運なことでしたが」
「ううむ……」

 父には、《薔薇水晶の妖精眼》で見た予知夢のことは話さないと決めた。
 余計な心配はかけたくなかったし、話せば結婚式に対し許可が出ないと踏んでのこと。それが吉と出たらしい。

「わかった。結婚式を許可しよう」

 やっとのことで、父は渋い顔で頷いた。

「ありがとうございます! お父様!」

 わたしが父を抱きしめれば、父の顔に笑みが浮かぶ。
 なんだかんだで、父は一人娘のわたしに甘いのだ。

「私からも礼を申し上げます。義父上」

 クォーツが一礼をする。
 父は深く頷いた。

「クォーツ殿。まずはその体を癒すことだ。体調が整い次第、式の準備を再開しよう」

 それが鶴の一声だった。
 当主の言葉で、わたしとクォーツの結婚式が再び動き出した。 

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