婚約破棄された公爵令嬢は、奴隷を花婿に仕立て上げます

赤頭巾ぐりこ

11.幕間~とある給仕の述懐~


 私の名前はルチル。
 公爵家にお仕えする給仕でございます。

 公爵家令嬢……ローズ様の印象、でございますか。
 僭越ながら、率直な印象を述べさせていただければ「陶器人形のように美しく完璧なお方」でしょうか。
 透き通るような白い肌に、薔薇水晶を思わせる薄紅色の瞳。
 淡い桃色の髪が風に揺れるたびに、何とも馨しい香りが辺りに漂います。

 同じ人間とは思えないほどに、美しいお方。

 所作のひとつひとつが優雅で洗練されていて。
 貴族とはかくあるべし、を体現されたお人です。

 いいえ、いいえ。
 私にとっては、雲上人のようなお方ですから。
 そのような個人的なお話をしたことはありません。

 きっと、王太子殿下の婚約者として、幼き頃より厳しい教育を受けて来られたのでしょうね。
 あの完璧なまでの立ち居振る舞いはそう簡単に身に付けられるものではありません。
 本当に素晴らしいお方です。

 ……婚約破棄。
 ええ、もちろん聞き及んでおります。
 不敬を承知で申し上げさせていただければ、王太子殿下に見る目がないのでしょう。
 ローズ様以上に、王太子殿下の婚約者として素晴らしいお方がいらっしゃるはずもございません。

 噂を聞けば、王太子殿下は宰相閣下の傀儡となり下がり、異国の王女とやらに、うつつを抜かしておられるとか。
 まったく、嘆かわしいことです。
 この国の未来が心配にもなると、下々の間でもっぱらの噂でございますから。

 ああ、でも。
 婚約破棄の件で、良かったと思うこともあります。
 今まで「陶器人形のよう」だったローズ様が、年頃の娘のように、普通に笑うようになったのです。
 あのお方も、人間だったのだな、などと当たり前のことに気付かされました。

 奴隷市場に行くなどとおっしゃられたときは、さすがに気が触れてしまったのかと、心配もいたしましたが……。

 今まで「完璧」を演じられていたのでしょうね。
 下々の者に隙を見せる方ではありませんでしたから。
 これも、クォーツ様のお陰でございましょう。

 ……ああ、そうですね。
 ここだけの話、でございますよ。

 ローズ様に、新しい婚約者ができたのでございます。
 クォーツ様という……ええと、確か「異国の王族」という……ことになってる……。
 いいえ、いいえ。今のは聞かなかったことにしてくださいませ。

 眼帯をされていて厳めしい見た目ですが、話してみると実に親しみやすいお方ですよ、クォーツ様は。
 お優しく、下々への配慮を忘れず、そして紳士でいらっしゃる。
 屋敷の給仕たちの間でも人気なのでございます。

 もちろん、ローズ様の手前、好意を前面に出す輩はおりませんが。

 あなたに頼んで持ってきてもらってたこの紅茶の茶葉も、クォーツ様たっての希望でお取り寄せしているものでございます。
 夜な夜なローズ様に紅茶を淹れて、ふたりきり逢瀬を楽しんでいらっしゃるとか。
 ふふ、何とも愛らしいではございませんか。
 私としては、ご協力しないわけには参りません。

 王太子殿下の婚約者として今までひたむきに生きてこられたお方が、その目標を失ってしまったのです。
 紅茶ひとつでローズ様が笑顔になってくださるなら、お安いものでございます。

 日に日に人間らしく笑うようになるローズ様を見ていると、クォーツ様に感謝せずにはいられません。
 私が紅茶を淹れても、ローズ様は笑顔にはなってくださいませんから。
 ……それでも、もどかしく思うことがないとは言いませんが。

 ふふ。あなたも気になりますか。
 それがですねえ、クォーツ様はローズ様にまったく手を出さないのでございます。
 名目上は婚約者だというのに、接吻のひとつすらまだとか。

 どうやら、クォーツ様は自分のことを「繋ぎ」だと思っていらっしゃるご様子。
 いつでも身を引けるように、一線を引いてお付き合いされているのです。
 まあ、なんといじらしいことしょう。

 私から見れば、完全にローズ様はクォーツ様にお熱でございますよ。
 長くお仕えしておりますから、見ていれば分かります。

 陶器人形のようにいつも優しい微笑を浮かべていたローズ様が、あのように怒ったり焦ったり大笑いしたり、コロコロと表情を変えて……完全に恋する乙女になっておられますから。
 私としては、ふたりの背中をドーン、と押して早くゴールインしてほしい、などと思わずにはいられず。

 ええ、分かりますか。
 娯楽が少ない屋敷でございますから。
 色恋沙汰は私たち給仕の格好の餌食なのでございます。
 それが、仕えるべき人たちのものなら猶更。

 私の目測では、あと半年もしないうちにふたりはゴールインするものだと思っておりますが。
 さてはて、どうなることやら……ふふふ。

 ……公爵閣下の体調?
 いきなり、どうして私にそんなことをお聞きになるのです。
 それを私の口から口外するわけには……。

 そういえば、いつも紅茶の茶葉を届けに来てくれる業者と顔ぶれが違いますね。
 なにかあったのですか。

 あなたのお名前をお聞きしていませんでしたし。
 ぜひお教えいただいて……。

 ああっ、ちょっと待ってください。
 いきなり帰るって。そんな……。

 ………………。

 宰相派の、ああ、もう……。そういうこと。
 業者のふりをして情報収集とは、なりふり構わず、ですか。
 
 困ったことになって参りましたね……。

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