キジナキの巫女
2話
──正輝が『雉鳴神社』に着いてから、10分ほど経過した。
途中までは『鎮魂の舞』とやらを見ていたのだが、さすがに何分も似たような踊りを見続けていると飽きてくる。スマホのゲームアプリを触っていた正輝は、退屈そうにアクビを漏らした。
「──ん……」
拝殿の中から、話し声が聞こえ始める。
視線を向けると、『鎮魂の舞』とやらが終わったのか、神職たちが拝殿を後にしている姿が見えた。
さて、この中から神主さんを探さないと──
「──おや? キミは……」
「あ、勝手に入ってすいません。俺──」
「もしかして、竹上 正輝君かな?」
「そ、そうです。竹上 正輝です」
「よく来てくれたね! ごめんね、ちょっと事情があって神社から離れられなくてね! ボクは雉鳴 善人って言うんだ、この『雉鳴神社』の神主だよ! これからよろしくね!」
「よ、よろしくお願いします……えっと……」
「善人でいいよ、正輝君!」
「は、はい。よろしくお願いします、善人さん」
白い装束に身を包んだ男性が、柔らかな笑みを浮かべて手を差し出してきた。
この人が『雉鳴神社』の神主──雉鳴 善人。
先ほど出会った沙耶香とは違い、随分と人当たりの良い人だな──そんな事を思いながら、正輝は善人の手を握り返した。
「キミの父親──斗真に聞いてると思うけど、今日から正輝君にはボクの家で生活してもらう事になる。それと……ボクたちの手伝いをお願いしたいんだ」
「はい、お世話になります。あの……それで、手伝いというのは?」
「おや、斗真から何も聞いてないのかな?」
「実際に見た方が早いって言われて、説明は何もされてないんですよ」
ふむ、と善人が眉を寄せた。
だがその様子は、先ほどの沙耶香とは異なる反応だ。まるで、何も知らない人に任せる事になるなんて──と、申し訳なさそうな感じに見える。
「うん……それじゃあ、とりあえず家に行こうか。手伝いの内容は家に着いてから説明するよ」
「わかりました。これからよろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
地面に置いたままだった二つのスポーツバッグを持ち上げ、家に向かう善人の後を追った。
─────────────────────
──『雉鳴神社』から歩いて5分。
目の前に建つ木製の平屋を見て、正輝は固まってしまった。
……六十坪くらいあるのではないのだろうか。マンション暮らしだった正輝には、かなりインパクトのある光景だった。
それから家の中へと招かれ、正輝が使っていい一人部屋に案内された。十畳の和室だ。
とりあえず荷物を置いた正輝は、善人と共に居間に座っていた。
「さて……それじゃあ早速だけど、手伝いについて説明しようかな」
「はい」
手伝いと言うからには、神社の清掃だったりアルバイトだろうか? だけど、それだったらわざわざ『雉鳴』の学校に編入させる意味がわからない。編入させるという事は間違いなく長期間、自分は『雉鳴』で生活する事になる。
一体、どんな事を言われるのだろうか──頭の中で手伝いの内容を想像する正輝。
だが──善人が口にしたのは、正輝の想像を遥かに上回る事だった。
「──『雉鳴』に根付く怨念を、一緒に祓って欲しいんだ」
──自分は今、何を言われたのだろうか?
思わずポカンと口を開けてしまう正輝。そんな正輝を見て、善人は真面目な顔で続けた。
「この土地には、とある深い怨念が根付いているんだ。わかりやすく言うなら……幽霊だね」
「ゆ、幽霊?」
「うん。この土地は昔、色々とあってね。細かな説明は省かせてもらうよ。昔の怨念なんて、今のボクたちには関係のない話だからね。それでキミには、美琴たちと一緒にキジを祓ってもらいたいんだ」
「キジ……? キジって、鳥の雉ですか? 雉を追い払うんです?」
「ああいや違う違う。幽霊の事を、『雉鳴』の人はキジって呼ぶんだ」
深い怨恨? 幽霊? 祓う? キジ?
意味がわからない。理解ができない。一体自分は何の話をされている?
「昼間はボクたち神職が祈りを捧げて、美琴が『鎮魂の舞』を舞う事で抑えられるんだけど……夜はそうもいかない。夜はキジが活発化するんだ。だけど、普通の人間ではキジを認識する事ができない──キジの姿が見えないんだ」
「え、えっと……」
「キジを祓う事ができるのは、『退魔の四祓』を使う者と、『武神』の血を引く者──だから、キミの力を貸して欲しい」
「ちょ、ちょっと待ってください! ど、どういう事ですか? 俺が幽霊を祓う? 竹上の血? 何の話なんですか?!」
困惑する正輝。それも無理はないだろう。神社の手伝いやアルバイトをするかと思っていたら、幽霊を祓ってくれと言われたのだ。しかも、竹上の血を引いてないと祓えないとか。
意味不明過ぎる。何だか頭痛がしてきた。
「……もちろん、今の話を聞いて全てを信じてくれとは言わない。だけど、ボクは嘘は言っていないよ。正輝君も、キジを見たら納得せざるを得ないだろうさ」
「……………」
「無理に手伝ってくれ、とは言わないよ。キジを祓うのは、文字通り命懸けになるからね」
──本当に意味がわからない。だが、善人が嘘を吐いているようには見えない。
一瞬、正輝は悩むように息を呑み──はぁ、と深いため息を吐いた。
「……わかりました。幽霊を祓うとか、やっぱりよくわかんないですけど……手伝いのために『雉鳴』に来ましたから、手伝います」
「いいのかい?」
「はい。もう『雉鳴』の学校に編入してしまいましたし、この家に住まわせてもらうんですから。住まわせてもらう以上は、できる限り手伝いますよ」
半ば諦めたように、正輝が苦笑を見せた。正確に表現するのならば、理解する事を諦めたのだろう。
力無く笑う正輝に、善人は立ち上がって手を握ってきた。
「ありがとう! 本当に助かるよ! 『武神』のキミに手伝ってもらえるなら百人力だ!」
「えっと……祓うって、具体的にはどうするんです?」
「それはね──」
「父さん、着替え終わったから学校に行って来るわ」
ガラッと、正輝の背後にある襖が開かれる。
振り返ると──そこには、制服姿の少女が立っていた。
というか、この少女は──
「さっき、拝殿で舞ってた……」
「……あら? あなた、さっき『鎮魂の舞』を見てた人よね? なんでここにいるの?」
「美琴、この人が竹上 正輝君だよ。今日から一緒に暮らすから、仲良くしてね」
「あー……前に言ってた人ね」
美琴と呼ばれた少女が、切れ長の瞳を細めて微笑を浮かべた。
「雉鳴 美琴よ。これからよろしく」
「竹上 正輝です。その……よろしくお願いします」
「敬語じゃなくていいわよ、同い年なんだし。それで、今日から『祓いの儀』に参加するんでしょ? あなた、戦えるの?」
「……へ? た、戦う?」
「あら? 『祓いの儀』のやり方は聞いてないの?」
「今から説明する所だったんだよ。今日の『祓いの儀』までには説明を終わらせておくから、美琴は学校に行っておいで」
「……わかったわ。行ってきます」
持っていた学生鞄らしき物を持ち直し、美琴が居間を後にする。
「……正輝君。先に聞いておきたい事がある」
「はい?」
「君は……人を殴れるかい?」
意図のわからぬ質問に、正輝は困惑しながらも返答を返す。
「小さい頃から古武術をしてたので、多少は」
「そうかい……美琴の言葉で気づいたかも知れないけど、キジを祓う方法は単純なんだ。幽霊を祓う力を持つ武器──『退魔の四祓』を使って、キジを攻撃する。それだけだ」
「『退魔の四祓』……」
「だけど、『武神』の血を引く者は例外だ。正輝君、キミの拳にはキジを祓う力があるのさ」
「……はい?」
キジという幽霊を祓うには、『退魔の四祓』を使う必要がある。だけど、正輝は『退魔の四祓』を使う必要がない?
言っている事が矛盾している。この人は一体何を言っているのだろうか?
「キミの体には、『退魔の四祓』と同じ力が宿っているのさ。もちろん、キミの父親である斗真にもね」
「えっ、え? ど、どういう事です? 竹上の血って……そんな事、親父に聞いた事ないですよ?」
「キミが知らないのも無理はないさ。キジを祓うという事は、『雉鳴』に住む者しか知らない──いや、知ってはいけない機密事項なんだよ。斗真が正輝君に伝えられなかったのも、今は『雉鳴』にいないから、という事さ」
「……その……なんで俺には、キジを祓う力があるんですか?」
正輝の問いに、善人は表情を一変させた。
──先ほどまでの、暖かな感情を一切感じられないほどの無表情。だが、その表情はどこか怒りを含んでいるようにも見える。
思わず生唾を飲み込む正輝。そんな正輝に気づいたのか、善人は苦笑を見せた。
「ごめんね、正輝君には教えられないんだ。これは……ボクたちの問題だから、ね」
「そ、そうですか……」
「説明の続きになるけど、正輝君にはキジを祓ってもらいたい。『祓いの儀』の方法は、正輝君が培ってきた古武術をキジにぶつける事。正輝君の体にはキジを祓う力があるから、『退魔の四祓』を使う必要はない。キジは大体午後の10時から午前0の間に出現するから、正輝君には夜にキジと戦ってもらう事になる──要約すると、こんな感じだね。何か質問はあるかな?」
「質問、ですか……その、『退魔の四祓』って何ですか?」
業務用語が多すぎて、何が何だかわからない。
とりあえず正輝は、お祓いに関係する『退魔の四祓』について問いかけた。
「ごめんね、あまり詳しくは説明できないんだけど……キジに触れ、祓う事ができる四つの武具の事だよ。短剣、刀、盾、弓。特殊な力を持つ、四つの武具の事を『退魔の四祓』と呼んでるのさ」
「って事は……『祓いの儀』には、『退魔の四祓』を使う人と俺が参加するって事ですかね?」
「あ、ごめんね。そう言えば、その説明をしてなかったね。『祓いの儀』に参加するのは、『退魔の四祓』を持つ二人と正輝君だよ」
はて? と、正輝は首を傾げた。
『退魔の四祓』は四つ。だが、『祓いの儀』に参加するのは二人。では、残り二人は?
「どういう事ですか? 『退魔の四祓』が四つあるなら、『祓いの儀』に参加するのは──」
「『退魔の四祓』は、二つしかないんだ。弓はキジに奪われて……盾の行方は、話す事ができない」
「話す事ができないのは、善人さんたちの問題だからですか?」
「……ごめんね」
正輝の問い掛けに対し、善人は謝罪で肯定した。
──ああ、もうやめてくれよ。
一週間前、親父が自分に頭を下げる光景で散々だってのに……アンタまで頭を下げるのかよ。
「その『退魔の四祓』を持ってるのって?」
「短剣を持つ美琴──さっきの子と、刀を持っている衛守 沙耶香って子さ」
「衛守 沙耶香──え? 衛守 沙耶香って……」
ふと、善人に会う前の光景が蘇ってくる。
──そうだ。肩口で黒髪を切り揃えた少女だ。間違いなく衛守 沙耶香と名乗っていた。
「おや? もう会っていたのかな?」
「そう、ですね……『鎮魂の舞』の最中に、少し」
「ああ、そうだったんだね。他に何か質問はあるかな?」
「……いえ、特には」
聞きたい事は、全て善人たちの問題だからと言われて聞けない。
これ以上、何も聞く事がない──否、聞いても答えが返ってこないと理解し、正輝は首を横に振った。
「なら、正輝君は午後10時まで休憩だね。慣れない場所で休むに休めないと思うけど……今日から『祓いの儀』に参加してもらうから、できるだけ体を休めてね」
「わかりました」
途中までは『鎮魂の舞』とやらを見ていたのだが、さすがに何分も似たような踊りを見続けていると飽きてくる。スマホのゲームアプリを触っていた正輝は、退屈そうにアクビを漏らした。
「──ん……」
拝殿の中から、話し声が聞こえ始める。
視線を向けると、『鎮魂の舞』とやらが終わったのか、神職たちが拝殿を後にしている姿が見えた。
さて、この中から神主さんを探さないと──
「──おや? キミは……」
「あ、勝手に入ってすいません。俺──」
「もしかして、竹上 正輝君かな?」
「そ、そうです。竹上 正輝です」
「よく来てくれたね! ごめんね、ちょっと事情があって神社から離れられなくてね! ボクは雉鳴 善人って言うんだ、この『雉鳴神社』の神主だよ! これからよろしくね!」
「よ、よろしくお願いします……えっと……」
「善人でいいよ、正輝君!」
「は、はい。よろしくお願いします、善人さん」
白い装束に身を包んだ男性が、柔らかな笑みを浮かべて手を差し出してきた。
この人が『雉鳴神社』の神主──雉鳴 善人。
先ほど出会った沙耶香とは違い、随分と人当たりの良い人だな──そんな事を思いながら、正輝は善人の手を握り返した。
「キミの父親──斗真に聞いてると思うけど、今日から正輝君にはボクの家で生活してもらう事になる。それと……ボクたちの手伝いをお願いしたいんだ」
「はい、お世話になります。あの……それで、手伝いというのは?」
「おや、斗真から何も聞いてないのかな?」
「実際に見た方が早いって言われて、説明は何もされてないんですよ」
ふむ、と善人が眉を寄せた。
だがその様子は、先ほどの沙耶香とは異なる反応だ。まるで、何も知らない人に任せる事になるなんて──と、申し訳なさそうな感じに見える。
「うん……それじゃあ、とりあえず家に行こうか。手伝いの内容は家に着いてから説明するよ」
「わかりました。これからよろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
地面に置いたままだった二つのスポーツバッグを持ち上げ、家に向かう善人の後を追った。
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──『雉鳴神社』から歩いて5分。
目の前に建つ木製の平屋を見て、正輝は固まってしまった。
……六十坪くらいあるのではないのだろうか。マンション暮らしだった正輝には、かなりインパクトのある光景だった。
それから家の中へと招かれ、正輝が使っていい一人部屋に案内された。十畳の和室だ。
とりあえず荷物を置いた正輝は、善人と共に居間に座っていた。
「さて……それじゃあ早速だけど、手伝いについて説明しようかな」
「はい」
手伝いと言うからには、神社の清掃だったりアルバイトだろうか? だけど、それだったらわざわざ『雉鳴』の学校に編入させる意味がわからない。編入させるという事は間違いなく長期間、自分は『雉鳴』で生活する事になる。
一体、どんな事を言われるのだろうか──頭の中で手伝いの内容を想像する正輝。
だが──善人が口にしたのは、正輝の想像を遥かに上回る事だった。
「──『雉鳴』に根付く怨念を、一緒に祓って欲しいんだ」
──自分は今、何を言われたのだろうか?
思わずポカンと口を開けてしまう正輝。そんな正輝を見て、善人は真面目な顔で続けた。
「この土地には、とある深い怨念が根付いているんだ。わかりやすく言うなら……幽霊だね」
「ゆ、幽霊?」
「うん。この土地は昔、色々とあってね。細かな説明は省かせてもらうよ。昔の怨念なんて、今のボクたちには関係のない話だからね。それでキミには、美琴たちと一緒にキジを祓ってもらいたいんだ」
「キジ……? キジって、鳥の雉ですか? 雉を追い払うんです?」
「ああいや違う違う。幽霊の事を、『雉鳴』の人はキジって呼ぶんだ」
深い怨恨? 幽霊? 祓う? キジ?
意味がわからない。理解ができない。一体自分は何の話をされている?
「昼間はボクたち神職が祈りを捧げて、美琴が『鎮魂の舞』を舞う事で抑えられるんだけど……夜はそうもいかない。夜はキジが活発化するんだ。だけど、普通の人間ではキジを認識する事ができない──キジの姿が見えないんだ」
「え、えっと……」
「キジを祓う事ができるのは、『退魔の四祓』を使う者と、『武神』の血を引く者──だから、キミの力を貸して欲しい」
「ちょ、ちょっと待ってください! ど、どういう事ですか? 俺が幽霊を祓う? 竹上の血? 何の話なんですか?!」
困惑する正輝。それも無理はないだろう。神社の手伝いやアルバイトをするかと思っていたら、幽霊を祓ってくれと言われたのだ。しかも、竹上の血を引いてないと祓えないとか。
意味不明過ぎる。何だか頭痛がしてきた。
「……もちろん、今の話を聞いて全てを信じてくれとは言わない。だけど、ボクは嘘は言っていないよ。正輝君も、キジを見たら納得せざるを得ないだろうさ」
「……………」
「無理に手伝ってくれ、とは言わないよ。キジを祓うのは、文字通り命懸けになるからね」
──本当に意味がわからない。だが、善人が嘘を吐いているようには見えない。
一瞬、正輝は悩むように息を呑み──はぁ、と深いため息を吐いた。
「……わかりました。幽霊を祓うとか、やっぱりよくわかんないですけど……手伝いのために『雉鳴』に来ましたから、手伝います」
「いいのかい?」
「はい。もう『雉鳴』の学校に編入してしまいましたし、この家に住まわせてもらうんですから。住まわせてもらう以上は、できる限り手伝いますよ」
半ば諦めたように、正輝が苦笑を見せた。正確に表現するのならば、理解する事を諦めたのだろう。
力無く笑う正輝に、善人は立ち上がって手を握ってきた。
「ありがとう! 本当に助かるよ! 『武神』のキミに手伝ってもらえるなら百人力だ!」
「えっと……祓うって、具体的にはどうするんです?」
「それはね──」
「父さん、着替え終わったから学校に行って来るわ」
ガラッと、正輝の背後にある襖が開かれる。
振り返ると──そこには、制服姿の少女が立っていた。
というか、この少女は──
「さっき、拝殿で舞ってた……」
「……あら? あなた、さっき『鎮魂の舞』を見てた人よね? なんでここにいるの?」
「美琴、この人が竹上 正輝君だよ。今日から一緒に暮らすから、仲良くしてね」
「あー……前に言ってた人ね」
美琴と呼ばれた少女が、切れ長の瞳を細めて微笑を浮かべた。
「雉鳴 美琴よ。これからよろしく」
「竹上 正輝です。その……よろしくお願いします」
「敬語じゃなくていいわよ、同い年なんだし。それで、今日から『祓いの儀』に参加するんでしょ? あなた、戦えるの?」
「……へ? た、戦う?」
「あら? 『祓いの儀』のやり方は聞いてないの?」
「今から説明する所だったんだよ。今日の『祓いの儀』までには説明を終わらせておくから、美琴は学校に行っておいで」
「……わかったわ。行ってきます」
持っていた学生鞄らしき物を持ち直し、美琴が居間を後にする。
「……正輝君。先に聞いておきたい事がある」
「はい?」
「君は……人を殴れるかい?」
意図のわからぬ質問に、正輝は困惑しながらも返答を返す。
「小さい頃から古武術をしてたので、多少は」
「そうかい……美琴の言葉で気づいたかも知れないけど、キジを祓う方法は単純なんだ。幽霊を祓う力を持つ武器──『退魔の四祓』を使って、キジを攻撃する。それだけだ」
「『退魔の四祓』……」
「だけど、『武神』の血を引く者は例外だ。正輝君、キミの拳にはキジを祓う力があるのさ」
「……はい?」
キジという幽霊を祓うには、『退魔の四祓』を使う必要がある。だけど、正輝は『退魔の四祓』を使う必要がない?
言っている事が矛盾している。この人は一体何を言っているのだろうか?
「キミの体には、『退魔の四祓』と同じ力が宿っているのさ。もちろん、キミの父親である斗真にもね」
「えっ、え? ど、どういう事です? 竹上の血って……そんな事、親父に聞いた事ないですよ?」
「キミが知らないのも無理はないさ。キジを祓うという事は、『雉鳴』に住む者しか知らない──いや、知ってはいけない機密事項なんだよ。斗真が正輝君に伝えられなかったのも、今は『雉鳴』にいないから、という事さ」
「……その……なんで俺には、キジを祓う力があるんですか?」
正輝の問いに、善人は表情を一変させた。
──先ほどまでの、暖かな感情を一切感じられないほどの無表情。だが、その表情はどこか怒りを含んでいるようにも見える。
思わず生唾を飲み込む正輝。そんな正輝に気づいたのか、善人は苦笑を見せた。
「ごめんね、正輝君には教えられないんだ。これは……ボクたちの問題だから、ね」
「そ、そうですか……」
「説明の続きになるけど、正輝君にはキジを祓ってもらいたい。『祓いの儀』の方法は、正輝君が培ってきた古武術をキジにぶつける事。正輝君の体にはキジを祓う力があるから、『退魔の四祓』を使う必要はない。キジは大体午後の10時から午前0の間に出現するから、正輝君には夜にキジと戦ってもらう事になる──要約すると、こんな感じだね。何か質問はあるかな?」
「質問、ですか……その、『退魔の四祓』って何ですか?」
業務用語が多すぎて、何が何だかわからない。
とりあえず正輝は、お祓いに関係する『退魔の四祓』について問いかけた。
「ごめんね、あまり詳しくは説明できないんだけど……キジに触れ、祓う事ができる四つの武具の事だよ。短剣、刀、盾、弓。特殊な力を持つ、四つの武具の事を『退魔の四祓』と呼んでるのさ」
「って事は……『祓いの儀』には、『退魔の四祓』を使う人と俺が参加するって事ですかね?」
「あ、ごめんね。そう言えば、その説明をしてなかったね。『祓いの儀』に参加するのは、『退魔の四祓』を持つ二人と正輝君だよ」
はて? と、正輝は首を傾げた。
『退魔の四祓』は四つ。だが、『祓いの儀』に参加するのは二人。では、残り二人は?
「どういう事ですか? 『退魔の四祓』が四つあるなら、『祓いの儀』に参加するのは──」
「『退魔の四祓』は、二つしかないんだ。弓はキジに奪われて……盾の行方は、話す事ができない」
「話す事ができないのは、善人さんたちの問題だからですか?」
「……ごめんね」
正輝の問い掛けに対し、善人は謝罪で肯定した。
──ああ、もうやめてくれよ。
一週間前、親父が自分に頭を下げる光景で散々だってのに……アンタまで頭を下げるのかよ。
「その『退魔の四祓』を持ってるのって?」
「短剣を持つ美琴──さっきの子と、刀を持っている衛守 沙耶香って子さ」
「衛守 沙耶香──え? 衛守 沙耶香って……」
ふと、善人に会う前の光景が蘇ってくる。
──そうだ。肩口で黒髪を切り揃えた少女だ。間違いなく衛守 沙耶香と名乗っていた。
「おや? もう会っていたのかな?」
「そう、ですね……『鎮魂の舞』の最中に、少し」
「ああ、そうだったんだね。他に何か質問はあるかな?」
「……いえ、特には」
聞きたい事は、全て善人たちの問題だからと言われて聞けない。
これ以上、何も聞く事がない──否、聞いても答えが返ってこないと理解し、正輝は首を横に振った。
「なら、正輝君は午後10時まで休憩だね。慣れない場所で休むに休めないと思うけど……今日から『祓いの儀』に参加してもらうから、できるだけ体を休めてね」
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