キジナキの巫女

ibis

1話

「──やっと着いた……」

 実家を出てから、電車に乗って約三時間。その後、バスに揺られて二時間少し。合計五時間ちょっと掛けて、少年は『雉鳴きじなき』の町に辿り着いた。
 少年の名前は、竹上たけがみ 正輝まさき。この春、高校二年生となる──のだが。

「いきなり『雉鳴』に行ってくれとか……親父の奴、何を考えてんだ……?」

 両手のスポーツバッグに背負ったリュックサック。重たい荷物に顔をしかめながら、少年は一週間前に父親から言われた事を思い出す。
 ──知り合いが大変な状況になっている。『雉鳴』に行って手伝いをしてきてくれ。
 我ながら、なんで父親の頼みを受け入れたのかわからない。とは言え、聞いた話だと何やらがあるのだとか。
 事情とは何かと聞いても、説明するよりも実際に見た方が早いの一点張り。
 実の父親が何度も何度も頭を下げる光景を思い出し、正輝は何とも言えない表情を浮かべた。

「高校も『雉鳴』の学校に編入になるみたいだし……つーか親父の奴、俺が編入試験落ちてたらどうするつもりだったんだよ……」

 バス停から歩きながら、正輝はため息を漏らした。
 ──『雉鳴』という町には、有名な神社が存在する。
 その神社の名は、『雉鳴神社』。どうやら聞いた話によると、子宝祈願・安産祈願のご利益があるのだとか。
 今の正輝は、『雉鳴神社』を目指して歩いている。
 というのも、父親が確保してくれた宿泊先が、大変な状況とやらになっている知り合い──『雉鳴神社』の神主の家なのだ。
 スマホの地図アプリを起動し、『雉鳴神社』までの道を表示する。

「ここから徒歩50分……途中にバス停は無し……はぁ、歩くか……」

 視界を埋め尽くす田んぼの光景を見ながら、正輝はため息混じりに歩き始めた。

─────────────────────

 ──大きな雉の石像が聳え立つ神社。
 『雉鳴神社』に辿り着いた正輝は、綺麗な神社を見て感心したように息を漏らした。

「でっか……思ってたよりちゃんとした神社だな……」

 汗が流れる額を拭い、正輝は『雉鳴神社』の敷地内に足を踏み入れた。
 ──何故だろうか。人の姿が全く見当たらない。
 今日は平日なので、一般の参拝客がいないのは理解できる。だが、神職らしき人も見当たらないのだ。
 しかし、『雉鳴神社』は隅から隅まで清掃されている。間違いなく人はいるはず。

「……なんか、変な感じだな」

 人の手が入っている場所なのに、人の姿は見えない。
 何とも歪な光景に、正輝は肩を竦めた。
 とりあえず、人を探さないと。
 神社にいる人に声を掛けたら、神主の所まで案内してくれるように頼んである──と、父親は言っていた。

「つっても、人がいないんじゃ──」

 そこまで言って、ふと拝殿の電気が点いている事に気がついた。
 両手のスポーツバッグを持ち直し、正輝は拝殿へと歩き始める。
 拝殿──それは、一般の参拝客が手を合わせたりする場所だ。
 拝殿が置かれている神社には、本殿と呼ばれる、その神社の御神体が祀られている建物──即ち、神社の中心となる建物が存在する。
 やっぱり、この神社は思っていたよりも大きいのかも──そんな事を思いながら、正輝は拝殿に近づいた。

「……? なんでこんなに人が──」

 拝殿の中には、大勢の神職がいた。おそらく、この神社に務める神職全員が揃っているのではないかと思うほどに大人数だ。
 神職たちは、その場に膝を付いて頭を下げている。まるで、何かに祈りを捧げるように。
 そして──たった一人、膝を付いていない少女がいた。

「─────」

 ──シャラン、と。
 少女の長い髪を纏める髪留めが、鈴の音を鳴らして揺れた。
 少女は踊っていた。否、より正確に表現するのであれば、舞っていた。
 お祓い棒を手に持ち、白い装束を翻す少女。その姿は、誰がどう見ても巫女と称するだろう。

「─────」
「あっ──」

 ふと、少女と目が合った。
 一瞬、奇妙なものを見たように目を細め──だがすぐに目を閉じ、舞いを続ける。
 年齢は正輝と同い年だろうか? 腰まで伸びた長い黒髪を揺らし、切れ長な瞳を閉じた少女は、どこか気が強いような印象を受ける。

「──おや? 今は立ち入り禁止の時間帯ですが」
「──ッ?!」

 背後から聞こえた声に、正輝は両手のスポーツバッグを手放して前に飛んだ。
 振り返りながらリュックサックを投げ置き、声の主に対して身構える。
 ──少女だ。髪を肩口で切り揃えており、拝殿の中で舞っている少女と変わらないくらいの年齢──もしかしたら、正輝と同じ年齢かも知れない。

「……ああ、なるほど。あなたが今日から『祓いの儀』に参加される方ですね? 思っていたよりも動けるようで何よりです」
「……『祓いの儀』? 何の話です?」
「──おっと、失礼しました。お話は聞いております、竹上 正輝さん。私は衛守えもり 沙耶香さやか、お嬢様の従者でございます」

 沙耶香と名乗った少女が、優雅なお辞儀を見せた。

「あ、え? え、えっと、竹上 正輝です……」
「存じております。竹上 斗真とうま様の話では、武芸を嗜んでいるとお聞きしておりますが……」
「ぶ、武芸? そ、それなりには……」
「であれば、今日から参加という形で間違いないですね? 時刻は22時から、本殿前に集合で。よろしいですか?」
「はい? えっと……参加、というのは?」

 正輝の言葉に、沙耶香は大きく目を見開いた。

「……もしや竹上 正輝様は、何も知らされていないのですか?」
「知らされてない……?」
「……はぁ……呆れました。まさか、何も知らない方が、この『雉鳴』の怨恨を──いえ、何もありません。旦那様から説明があるでしょうから、それをお待ち下さい。それでは」
「あ、ちょっと待ってください。その、ここの神主さんに会いたいんですけど──」
「お待ち下さい、と言いました。何も知らない貴方に話す事はありません。今はお嬢様の『鎮魂の舞』の最中です──は、大人しくしていて下さい。騒がれると、こちらも強制的に鎮圧するしかありませんので」

 まるで低俗な家畜を見るかのように、沙耶香は正輝を睨み付けた。
 それに対し、正輝は──ヘラッと笑った。

「『鎮魂の舞』って、今あそこでやってる舞ですよね? あそこに神主さんもいるんですか?」
「……はい。旦那様も『鎮魂の舞』に参列しています。もう少しすれば終わると思いますので、この場でお待ち下さい。くれぐれも、勝手に動き回らないで下さいね? と間違って排除してしまったら、こちらの目覚めが悪いので」
「よくわかんないですけど、わかりました。大人しくしてますから、そんなに睨まないでくださいよ」
「……本当に呆れました。たった一言ひとことも言い返さずに引き下がるなんて。こんな人が『雉鳴』の怨恨を背負うなんて、本当に……」

 心底失望したようにため息を吐き、沙耶香は言った。

「今、この時点を以て判断しました。貴方は、この『雉鳴』の怨念を背負うに相応しくない人物だと。私は、貴方を絶対に認めません。旦那様とお嬢様が何を言おうとも──それでは」

 ペコリと頭を下げ、沙耶香が踵を返して立ち去って行く。
 ……なんか、変な奴に絡まれたなぁ。
 これからの『雉鳴』での生活を想像し、正輝は深々とため息を吐いた。

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