キジナキの巫女
8話
──授業を終えて帰宅した正輝は、目の前の光景を見て襖を閉めたくなった。
襖を開けた先にいたのは──正座している沙耶香だった。それも、何やら真っ白い着物を見て、傍には短刀を置いている。
「えっ、と……その、さ。何をしてるんだ……?」
恐る恐る、正輝は質問を投げ掛けた。昼休みに殴り合ったのに、なんでコイツは俺の部屋にいるのだろうか?
「竹上 正輝さん」
「は、はい?」
「これまでの数々の無礼、お詫び申し上げます。あなた様の境遇、気持ち……私は何も知らず、竹上さんに酷い言葉を浴びせてしまいました」
その場に手を付き、深々と頭を下げる沙耶香。コイツは急にどうしたのだろうか。
「この無礼は、謝罪程度で償えるとは到底思っていません。必要があるのであれば──今ここで、腑を引き裂いて詫びるつもりです」
何やら覚悟の決まった瞳で、沙耶香は正輝を真っ直ぐに見据えている。
「えっと……悪いけど、何言ってるのかわからん。何がどうしてそうなった?」
「先ほども言ったとおりです。あなた様の境遇、気持ち……私は何も知らず、竹上さんに酷い言葉を浴びせてしまった無礼── 謝罪程度で償えるとは到底思っていません。必要があるのであれば、今ここで、腑を引き裂いてあなた様に差し出す覚悟です」
──コイツは何を言っているのだろうか?
無礼とか、謝罪とか、腑がどうのこうのとか……化物と人間では、わかり合う事はできないと伝えたはずなのに。
化物が人間の謝罪を受け入れるなんて──種族が違う者たちで、謝罪や贖罪が通用すると?
「……その、さ。昼休みにも言ったけど……俺とお前がわかり合えるなんて、思ってないって。利害の一致って事で、お互いに協力できるなら、それでいいじゃねぇか」
「……つまり、竹上さんは、私の謝罪を受け入れない、と?」
「受け入れるとか受け入れないとかじゃなくて…… 化物と人間じゃ、わかり合えないって事だ」
正輝の言葉を聞き、沙耶香は短く息を吐いた。
そして──傍らに置いていた短刀を掴み、両手で握って切っ先を己の腹部へ向ける。
「わかりました──竹上さんが謝罪を受け入れないのであれば、ここで腑を引き裂きます」
「何をわかったんだ?! 何もわかってねぇよ?!」
「私の謝罪を受け入れないという事は、私の謝罪が成立しないという事……謝罪とは、私の謝意を受けて入れられてこそ成立します。故に──あなたに酷い言葉を浴びせた私には、相応の報いが必要です」
「ちょっ──」
沙耶香が迷いなく短刀を己の腹部へ突き刺す──寸前、その手が止まった。
理由は単純──正輝の手が、沙耶香の手を静止しているから。
──ビクともしない。全力で力を込めても、正輝の手はピクリとも動かない。
「……手を、離してください」
「離さねぇよ?! とりあえずその刃物を置けって!」
「置けません。竹上さんが私の謝罪を受け入れないのであれば」
「わかったわかった! 受け入れるから! 衛守の謝罪は充分伝わったから! とりあえずそれ置けよ!」
正輝が声を荒らげるが、沙耶香は全く力を抜かない。少しでも正輝が油断すれば、その隙を狙って切腹する気だ。
故に──正輝は、沙耶香の手を握る力を強めた。
「い、づッ……!」
「痛いんだろ?! もうやめろって! このままだと、骨が折れるぞ?!」
──ギリギリと、沙耶香の手から嫌な音が聞こえ始める。
沙耶香の顔が苦悶に歪むが──それでも、短刀を手放さない。
「──オイ、放せって言ってんだろ。折るぞ?」
「構い、ません……! それで、竹上さんの溜飲が少しでも下がるのなら……!」
──ミシミシと、骨が軋むような音が聞こえ始める。
もう少しで、沙耶香の手の骨は握力によって砕かれる──なのに、沙耶香は短刀から手を放さない。
「お前っ……!」
「いッ──」
「放せって言ってんだろうが! 折れるぞ?! とっとと放せッ!」
「嫌、です……! 必ず、ケジメを付けますッ……!」
──このままだと、沙耶香の手を折ってしまう。
思わず正輝は少しだけ力を緩め──その隙に、沙耶香が力を込め直した。
ズルッと、沙耶香の手を握る正輝の手が滑り──短刀の切っ先が、沙耶香の胸元へと迫る。
「チッ──!」
沙耶香は目を閉じた。まるで、このまま己の手で短刀に刺される事を望んでいるかのように。
だが──それよりも早く、何かが沙耶香の胸元と短刀の間に入り込んだ。
ズブッ──ブシュッッ!!
沙耶香の体に短刀は刺さっていない。なのに、短刀を握る手には、何かを刺したような感触がある。
薄らと目を開き──目の前の光景に、沙耶香は目を見開いた。
「たッ──竹上さん?!」
沙耶香の胸元と短刀の間──そこには、正輝の手が割り込んでいた。
短刀は正輝の手のひらを貫通し──切っ先が沙耶香の胸元の寸前で、止まっている。
「いっ、てぇな……! いいからッ──手ぇ、放せって……!」
「いッ──」
短刀で貫かれた手の指を折り畳み、沙耶香の手を握り込み──少しだけ空いた隙間に、正輝は反対側の手を差し込んだ。
スルリと沙耶香の手から短刀を奪い取り──はぁ、と正輝はため息を吐いた。
「……少しは落ち着いたか?」
正輝が沙耶香から距離を取り──ポタポタと、正輝の手のひらから垂れ落ちる血が、畳を真っ赤に染めていく。
だが──正輝の顔には一切痛みなんて感情はなく、沙耶香を心配するように瞳を細めていた。
「ったく……何をそこまで必死になってるのか知らねぇけど──お前が自殺しても、別に俺は喜ばねぇよ。別にお前を傷つけたからって、俺の溜飲が下がるわけでもないし。別に俺は怒ってもイラついてもいねぇし」
「……………」
「そもそもの話、な。俺とお前じゃ、見てる景色が違う。お前が何に必死こいて自殺しようとしているのか知らねぇけど、別に俺はお前が死のうが死ななかろうが、別に興味もねぇ」
正輝の言葉に、沙耶香は目を見開いた。
「これはッ、私のケジメですッ!」
「だけど、目の前で人が死ぬとか──夢見が悪すぎるだろ。だから死なせない」
「ならばッ──」
沙耶香が口を大きく開き──自分の舌を噛み切らんと、顎門を勢いよく閉じた。
だが──ゴリッとした感触によって止められる。
「……死なせないって、言っただろ」
──正輝の右手が、沙耶香の口に入り込んでいる。先ほどの感触は、正輝の指を噛んだからだろう。
「ん、ぐッ──!」
沙耶香がブンッと腕を振るい──白い着物の両袖から、刃物が現れる。
その2本の切っ先を自身の首元に向け、勢いよく突き出し──
「んあ──ぁぐッッ!!」
右手の刃物は、正輝の左手によって握り止められる。左手の刃物は、正輝が刃物の鍔部分に噛み付く事で受け止められた。
「んッ──ぁあ"ッッ!!」
──バギンッと、正輝の噛み付く刃物が、ヒルト部分から噛み砕かれた。
ペッと口に入った金属片を吐き出し、自由になった口で、沙耶香の右手で持っている刃物に食らい付き──ベギンッと音を立て、ヒルトから先がへし折れる。
「……これで全部か? 何度も言わせんな──死なせないって」
「んぐっ……!」
「諦めろ。俺の前じゃ、絶対に死なせない」
──ボタボタボタッと、先ほど短刀で貫かれた正輝の左手から鮮血が零れ落ちる。
沙耶香が何度も咬合力を込め直すが──正輝の手指は、少しも噛み切れない。
「んっ──ん、ぇ……」
沙耶香の口から、力が抜ける。
もう自害とか何とか言わないだろう──そう思い、正輝は沙耶香の口から指を引き抜いた。
「げほっ、げほッ! ……竹上さん、喉まで指を突っ込み過ぎです……」
「わ、悪い。必死だったから、つい……」
「……げほっ……それで、私の謝罪を受け入れる気になったんですか……?」
「それはさっきも言っただろ。化物と人間がわかり合えるはずがないって。だけど、まあ……お前の謝意は、充分に伝わった。だから、その……許すよ、衛守。お前が俺に色々言った事」
ため息を吐きながら、正輝は苦笑を浮かべた。
そんな正輝を見て、沙耶香はようやく肩から力を抜き──垂れ落ちる鮮血を見て我に返る。
「たっ、竹上さん! 血が!」
「ん? ああ……これか」
「も、申し訳ありません! すぐに手当を──」
「問題ないから心配すんな」
正輝が右手で左手首を握り締めた──直後、左手からの出血が止まった。
「うし、とりあえずこれで大丈夫だろ。何時間か経てば──」
「大丈夫ではありません! ちゃんと傷口の手当をしないと!」
言いながら、沙耶香は着ていた真っ白い着物の帯を解いた。
そのまま着物の上を脱ぎ──テキパキと折り畳み、正輝に近づいてくる。
「左手を見せてください。簡単ではありますが、応急処置をします」
「おまっ──なんで脱ぐんだよッ?!」
「包帯が無いからです! 勿体無いですが、死装束を包帯代わりにします! 手当をしますから早く!」
「大丈夫だってば! つーか寄るな!」
上半身が下着姿となった沙耶香が、真面目な顔で詰め寄ってくる。
沙耶香は正輝の怪我を治したいようだが──既に止血しているし、わざわざ着物を使ってまで手当をする必要はないから、救急箱か何かを待って来てくれた方がありがたい。というか、俺が怪我したのはお前のせいだろうが。
それより──上半身がブラジャーのみの女の子に迫られる方が、心臓に悪い。
「何故ですか?! 竹上さんは、私のせいで怪我をしたんです! であれば、私自ら処置をするのは当然ではないですか?!」
「なんで怒ってんの?!」
極力沙耶香を見ないように、正輝は室内を逃げ回る。
──ガッと、何かが足に引っかかった。正輝の通学鞄だ。
普通ならば両手を付いて受け身を取れるが──今は右手で左手首を掴んでおり、左手が血塗れの今、正輝は情けなく畳を転がった。
「──さあ、観念してください。今日も『祓いの儀』があるのですから、少しでも処置しておかないと!」
倒れる正輝の上に、沙耶香がのし掛かる。
観念したのか、正輝さん顔を逸らして左手を沙耶香に差し出し──
「──竹上君? さっきから大声が聞こえているけど、どうし──」
──ガラッと、襖が開けられた。
襖の向こうから現れたのは──美琴だ。
『祓いの儀』の準備をしていたのだろう。神官装束に身を包む美琴は、部屋の中を見て──固まった。
まあ、それも無理はない。沙耶香は上裸(下着姿)で正輝にマウントポジションを取っており、正輝は顔を背けて左手を沙耶香に伸ばしている。
誰がどう見ても、いかがわしい光景にしか見えないだろう。
「え、えっと……」
「──誤解だ」
「ご、ごめんなさい……? ま、まさか、竹上君と沙耶香が、そこまで仲良くなっているなんて……」
「誤解なんだ」
「そ、その……『祓いの儀』には、遅れないようにね……?」
「誤解だって!」
その後、正輝と沙耶香の説明で、なんとか美琴の誤解は解けたが──刃物を使って自害をしようとした沙耶香は、美琴に激しく怒られていた。
襖を開けた先にいたのは──正座している沙耶香だった。それも、何やら真っ白い着物を見て、傍には短刀を置いている。
「えっ、と……その、さ。何をしてるんだ……?」
恐る恐る、正輝は質問を投げ掛けた。昼休みに殴り合ったのに、なんでコイツは俺の部屋にいるのだろうか?
「竹上 正輝さん」
「は、はい?」
「これまでの数々の無礼、お詫び申し上げます。あなた様の境遇、気持ち……私は何も知らず、竹上さんに酷い言葉を浴びせてしまいました」
その場に手を付き、深々と頭を下げる沙耶香。コイツは急にどうしたのだろうか。
「この無礼は、謝罪程度で償えるとは到底思っていません。必要があるのであれば──今ここで、腑を引き裂いて詫びるつもりです」
何やら覚悟の決まった瞳で、沙耶香は正輝を真っ直ぐに見据えている。
「えっと……悪いけど、何言ってるのかわからん。何がどうしてそうなった?」
「先ほども言ったとおりです。あなた様の境遇、気持ち……私は何も知らず、竹上さんに酷い言葉を浴びせてしまった無礼── 謝罪程度で償えるとは到底思っていません。必要があるのであれば、今ここで、腑を引き裂いてあなた様に差し出す覚悟です」
──コイツは何を言っているのだろうか?
無礼とか、謝罪とか、腑がどうのこうのとか……化物と人間では、わかり合う事はできないと伝えたはずなのに。
化物が人間の謝罪を受け入れるなんて──種族が違う者たちで、謝罪や贖罪が通用すると?
「……その、さ。昼休みにも言ったけど……俺とお前がわかり合えるなんて、思ってないって。利害の一致って事で、お互いに協力できるなら、それでいいじゃねぇか」
「……つまり、竹上さんは、私の謝罪を受け入れない、と?」
「受け入れるとか受け入れないとかじゃなくて…… 化物と人間じゃ、わかり合えないって事だ」
正輝の言葉を聞き、沙耶香は短く息を吐いた。
そして──傍らに置いていた短刀を掴み、両手で握って切っ先を己の腹部へ向ける。
「わかりました──竹上さんが謝罪を受け入れないのであれば、ここで腑を引き裂きます」
「何をわかったんだ?! 何もわかってねぇよ?!」
「私の謝罪を受け入れないという事は、私の謝罪が成立しないという事……謝罪とは、私の謝意を受けて入れられてこそ成立します。故に──あなたに酷い言葉を浴びせた私には、相応の報いが必要です」
「ちょっ──」
沙耶香が迷いなく短刀を己の腹部へ突き刺す──寸前、その手が止まった。
理由は単純──正輝の手が、沙耶香の手を静止しているから。
──ビクともしない。全力で力を込めても、正輝の手はピクリとも動かない。
「……手を、離してください」
「離さねぇよ?! とりあえずその刃物を置けって!」
「置けません。竹上さんが私の謝罪を受け入れないのであれば」
「わかったわかった! 受け入れるから! 衛守の謝罪は充分伝わったから! とりあえずそれ置けよ!」
正輝が声を荒らげるが、沙耶香は全く力を抜かない。少しでも正輝が油断すれば、その隙を狙って切腹する気だ。
故に──正輝は、沙耶香の手を握る力を強めた。
「い、づッ……!」
「痛いんだろ?! もうやめろって! このままだと、骨が折れるぞ?!」
──ギリギリと、沙耶香の手から嫌な音が聞こえ始める。
沙耶香の顔が苦悶に歪むが──それでも、短刀を手放さない。
「──オイ、放せって言ってんだろ。折るぞ?」
「構い、ません……! それで、竹上さんの溜飲が少しでも下がるのなら……!」
──ミシミシと、骨が軋むような音が聞こえ始める。
もう少しで、沙耶香の手の骨は握力によって砕かれる──なのに、沙耶香は短刀から手を放さない。
「お前っ……!」
「いッ──」
「放せって言ってんだろうが! 折れるぞ?! とっとと放せッ!」
「嫌、です……! 必ず、ケジメを付けますッ……!」
──このままだと、沙耶香の手を折ってしまう。
思わず正輝は少しだけ力を緩め──その隙に、沙耶香が力を込め直した。
ズルッと、沙耶香の手を握る正輝の手が滑り──短刀の切っ先が、沙耶香の胸元へと迫る。
「チッ──!」
沙耶香は目を閉じた。まるで、このまま己の手で短刀に刺される事を望んでいるかのように。
だが──それよりも早く、何かが沙耶香の胸元と短刀の間に入り込んだ。
ズブッ──ブシュッッ!!
沙耶香の体に短刀は刺さっていない。なのに、短刀を握る手には、何かを刺したような感触がある。
薄らと目を開き──目の前の光景に、沙耶香は目を見開いた。
「たッ──竹上さん?!」
沙耶香の胸元と短刀の間──そこには、正輝の手が割り込んでいた。
短刀は正輝の手のひらを貫通し──切っ先が沙耶香の胸元の寸前で、止まっている。
「いっ、てぇな……! いいからッ──手ぇ、放せって……!」
「いッ──」
短刀で貫かれた手の指を折り畳み、沙耶香の手を握り込み──少しだけ空いた隙間に、正輝は反対側の手を差し込んだ。
スルリと沙耶香の手から短刀を奪い取り──はぁ、と正輝はため息を吐いた。
「……少しは落ち着いたか?」
正輝が沙耶香から距離を取り──ポタポタと、正輝の手のひらから垂れ落ちる血が、畳を真っ赤に染めていく。
だが──正輝の顔には一切痛みなんて感情はなく、沙耶香を心配するように瞳を細めていた。
「ったく……何をそこまで必死になってるのか知らねぇけど──お前が自殺しても、別に俺は喜ばねぇよ。別にお前を傷つけたからって、俺の溜飲が下がるわけでもないし。別に俺は怒ってもイラついてもいねぇし」
「……………」
「そもそもの話、な。俺とお前じゃ、見てる景色が違う。お前が何に必死こいて自殺しようとしているのか知らねぇけど、別に俺はお前が死のうが死ななかろうが、別に興味もねぇ」
正輝の言葉に、沙耶香は目を見開いた。
「これはッ、私のケジメですッ!」
「だけど、目の前で人が死ぬとか──夢見が悪すぎるだろ。だから死なせない」
「ならばッ──」
沙耶香が口を大きく開き──自分の舌を噛み切らんと、顎門を勢いよく閉じた。
だが──ゴリッとした感触によって止められる。
「……死なせないって、言っただろ」
──正輝の右手が、沙耶香の口に入り込んでいる。先ほどの感触は、正輝の指を噛んだからだろう。
「ん、ぐッ──!」
沙耶香がブンッと腕を振るい──白い着物の両袖から、刃物が現れる。
その2本の切っ先を自身の首元に向け、勢いよく突き出し──
「んあ──ぁぐッッ!!」
右手の刃物は、正輝の左手によって握り止められる。左手の刃物は、正輝が刃物の鍔部分に噛み付く事で受け止められた。
「んッ──ぁあ"ッッ!!」
──バギンッと、正輝の噛み付く刃物が、ヒルト部分から噛み砕かれた。
ペッと口に入った金属片を吐き出し、自由になった口で、沙耶香の右手で持っている刃物に食らい付き──ベギンッと音を立て、ヒルトから先がへし折れる。
「……これで全部か? 何度も言わせんな──死なせないって」
「んぐっ……!」
「諦めろ。俺の前じゃ、絶対に死なせない」
──ボタボタボタッと、先ほど短刀で貫かれた正輝の左手から鮮血が零れ落ちる。
沙耶香が何度も咬合力を込め直すが──正輝の手指は、少しも噛み切れない。
「んっ──ん、ぇ……」
沙耶香の口から、力が抜ける。
もう自害とか何とか言わないだろう──そう思い、正輝は沙耶香の口から指を引き抜いた。
「げほっ、げほッ! ……竹上さん、喉まで指を突っ込み過ぎです……」
「わ、悪い。必死だったから、つい……」
「……げほっ……それで、私の謝罪を受け入れる気になったんですか……?」
「それはさっきも言っただろ。化物と人間がわかり合えるはずがないって。だけど、まあ……お前の謝意は、充分に伝わった。だから、その……許すよ、衛守。お前が俺に色々言った事」
ため息を吐きながら、正輝は苦笑を浮かべた。
そんな正輝を見て、沙耶香はようやく肩から力を抜き──垂れ落ちる鮮血を見て我に返る。
「たっ、竹上さん! 血が!」
「ん? ああ……これか」
「も、申し訳ありません! すぐに手当を──」
「問題ないから心配すんな」
正輝が右手で左手首を握り締めた──直後、左手からの出血が止まった。
「うし、とりあえずこれで大丈夫だろ。何時間か経てば──」
「大丈夫ではありません! ちゃんと傷口の手当をしないと!」
言いながら、沙耶香は着ていた真っ白い着物の帯を解いた。
そのまま着物の上を脱ぎ──テキパキと折り畳み、正輝に近づいてくる。
「左手を見せてください。簡単ではありますが、応急処置をします」
「おまっ──なんで脱ぐんだよッ?!」
「包帯が無いからです! 勿体無いですが、死装束を包帯代わりにします! 手当をしますから早く!」
「大丈夫だってば! つーか寄るな!」
上半身が下着姿となった沙耶香が、真面目な顔で詰め寄ってくる。
沙耶香は正輝の怪我を治したいようだが──既に止血しているし、わざわざ着物を使ってまで手当をする必要はないから、救急箱か何かを待って来てくれた方がありがたい。というか、俺が怪我したのはお前のせいだろうが。
それより──上半身がブラジャーのみの女の子に迫られる方が、心臓に悪い。
「何故ですか?! 竹上さんは、私のせいで怪我をしたんです! であれば、私自ら処置をするのは当然ではないですか?!」
「なんで怒ってんの?!」
極力沙耶香を見ないように、正輝は室内を逃げ回る。
──ガッと、何かが足に引っかかった。正輝の通学鞄だ。
普通ならば両手を付いて受け身を取れるが──今は右手で左手首を掴んでおり、左手が血塗れの今、正輝は情けなく畳を転がった。
「──さあ、観念してください。今日も『祓いの儀』があるのですから、少しでも処置しておかないと!」
倒れる正輝の上に、沙耶香がのし掛かる。
観念したのか、正輝さん顔を逸らして左手を沙耶香に差し出し──
「──竹上君? さっきから大声が聞こえているけど、どうし──」
──ガラッと、襖が開けられた。
襖の向こうから現れたのは──美琴だ。
『祓いの儀』の準備をしていたのだろう。神官装束に身を包む美琴は、部屋の中を見て──固まった。
まあ、それも無理はない。沙耶香は上裸(下着姿)で正輝にマウントポジションを取っており、正輝は顔を背けて左手を沙耶香に伸ばしている。
誰がどう見ても、いかがわしい光景にしか見えないだろう。
「え、えっと……」
「──誤解だ」
「ご、ごめんなさい……? ま、まさか、竹上君と沙耶香が、そこまで仲良くなっているなんて……」
「誤解なんだ」
「そ、その……『祓いの儀』には、遅れないようにね……?」
「誤解だって!」
その後、正輝と沙耶香の説明で、なんとか美琴の誤解は解けたが──刃物を使って自害をしようとした沙耶香は、美琴に激しく怒られていた。
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