キジナキの巫女

ibis

6話

 ──チャイムが鳴る。生徒たちが席に座っていく。
 遅れて教室に入る教師が、何やら朝の連絡事項を伝えていくのが聞こえる。だが、詳細な内容まではわからない。
 教室の外で深呼吸を繰り返す少年は、何度目になるかわからないため息を吐いた。

「─────」

 ふと、教室内から自分を呼ぶような声が聞こえた。
 意を決し、少年は目の前の引き戸を開けた。
 ──教室内の視線が、一身に注がれる。
 口内を噛んで平常心を保ち、少年は教師の隣に並び立った。

「んで……さっき言った通り、今日から転入生が増える。雉鳴の外から来たばっかりで、この辺の地理とかも何も知らない奴だからな。お前ら助けてやれよ? ……竹上、自己紹介を」
「は、はい!」

 緊張した面持ちで、黒板に自身の名前を書き綴る少年。
 竹上たけがみ 正輝まさき──自身でそう黒板に書いた後、少年は振り返って教室内の生徒たちを見据えた。

「た、竹上 正輝です。家族の都合で、雉鳴に引っ越して来る事になりまして……何もわからないので、色々と教えてくれると嬉しいです」

 教室内には、見知った顔があるのに気づく。
 薄い微笑みを浮かべながら見つめてくる美琴と、こちらを刺すような目を向けてくる沙耶香だ。
 それらの視線を振り払うように、正輝は頭を下げた。

「これから、よろしくお願いします」

──────────────────────

 ──『雉鳴高校』二年一組の教室。
 昼休みとなった教室内は、一人の少年を中心にワイワイと騒ぎが巻き起こっていた。

「──なー?! ホントに都市から来たのかよ?!」
「歩いたらコンビニがすぐにあるって本当?! こっちじゃ何分も歩かないといけないから、スッゴく憧れるんですけど!」
「都市にはカラオケがそこら中にあるって噂は本当なの?! やっぱりそんなに発展してるの?!」
「ねえねえ。進学したら都心に行きたいんだけどさ、あっちの大学ってどうなの? 頑張って資料を見て調べたんだけど、なかなか良い情報がなくてさー」

 あらゆる方向から質問責めされている正輝は、どこか魂が抜けたような表情を見せていた。
 ──昼休みが始まってから、かれこれ40分。昼休みが1時間である中、まだ正輝はお昼ご飯を食べられずにいた。

「え、えっと……確かに俺は都市の方から来たけど……なんて言うか、そこまで外に出たりする事はなかったから……コンビニとかカラオケがどこにあるとか知らないし……大学なんて全く知らな──」
「はー?! なんだよ引き篭もりかー?!」
「でも、さすがにコンビニがどこにあるとかは知ってるでしょ! そういえば、都市にはスーパーがないって本当?! ショッピングモールばっかりなの?!」
「シティボーイは大学なんて気にしないのかー。やっぱ大学なんて考える必要がないくらい数があるんだねー」

 次から次へと浴びせられる質問。できるだけ返答しているつもりだが、それでも追いつかない。
 今日は、お昼ご飯を食べる事はできそうにないか──諦めかけたその時、正輝の机にドンッと手が振り下ろされた。

「──竹上さん。ちょっといいですか」

 ギロッと、黒い瞳が正輝を捉える。おっとりとした目付きだが、今はまるで親の仇を見たかのような釣り上がった目付き。沙耶香だ。
 突然の衝撃音に、正輝の周りにいたクラスメイトが凍り付く。正輝自身も、座ったままポカンと口を開けて沙耶香を見上げていた。

「──もう沙耶香。そんな風に声を掛けたら、竹上君が怖がってしまうわ」

 ポンと、沙耶香の肩に細い手が置かれた。美琴だ。
 微笑を浮かべる美琴の言葉に、沙耶香はスッと体を引いた。

「竹上君、少し時間をもらってもいいかしら?」
「え、えっと……」
「……? あ、お昼がまだなのね。なら、お昼ご飯も持って来て」
「わ、わかった」

 クルリと身を返す美琴と、その後ろを付いていく沙耶香。
 とりあえず言う通りにするか──弁当箱を持ち、正輝はクラスメイトを置いて教室を出た。

「……あの、どこに行くんですか?」
「屋上よ。周りに人がいない方が話しやすいから。というか……いつまで敬語で話すつもりなの?」
「あ……ご、ごめん」
「何オドオドしてるんですか。シャキッとしてください。情けない人ですね」
「うっ……」

 沙耶香の厳しい言葉に、正輝は肩を縮こませる。
 ──沙耶香は、正輝の事を嫌っている様子だ。初めて会った時は、普通に接してくれたが……正輝がキジの事を全く知らないと言ってから、態度が急変した。
 正直、なんで大して話した事もない奴に、ここまで冷たくされなきゃいけないんだ──とも思うが、反論すると色々と面倒だと思い、正輝は口を閉じる。

「……なんですか、反論もできないんですか? 本当に情けない人ですね」
「沙耶香、言い過ぎよ」
「お嬢様、何故竹上さんを庇うんですか」
「それは……彼は、私たちに必要な存在だからよ」
「それについては、何度も何度も聞きました。竹上さんには、とてつもない力があるみたいですね。ですが、私は信じられません。こんな軟弱そうな男に、侍型を祓うような力があるなんて」

 言い争う二人の後を付いて行きながら階段を上ると、屋上に着いた。
 青空が広がるフェンスに囲まれた空間──振り向く沙耶香が、正輝を真っ直ぐに指差した。

「竹上 正輝さん」
「は、はい?」
「私は、あなたの事が嫌いです。『雉鳴』の怨念も知らず、キジの産まれた理由も知らず、そして自分の力についても何も知らない──そんなあなたに、『雉鳴』の怨恨を祓ってもらう事なんて、私が許せません」

 こちらを指差しながら、沙耶香は続ける。

「何故、あなたはこの地に来たんですか? 何故、あなたは『祓いの儀』に参加したんですか? ──何故、あなたは拳でキジを祓えるんですか? ……私の問いに、全て答える事はできますか」

 静かな声だが、沙耶香の表情には怒りが滲んでいる。
 ──はぁ……と、心底面倒臭そうに、正輝はため息を吐いた。

「……理由、か」
「はい、答えてください」
「『雉鳴』に来たのは、編入手続きをして行かざるを得なかったから。『祓いの儀』に参加したのは、親父が知り合いの手伝いをしてくれって言ったから。俺がキジを祓う事ができるのは……俺が一番、よくわかってない。これで満足か?」

 ──正輝の目が、細く冷たく鋭くなる。
 ゾクッと、美琴の背筋に悪寒が走った。
 その目は見た事がある──象型のキジと戦い、尋常ならざる膂力を発揮した時に見た、人殺しのような目だ。

「……なら、あなたは何も知らないんですよね」
「ああ、そうだな」
「何も知らない部外者に、『雉鳴』の怨恨を背負わせるつもりはありません」
「そうか」
「故に──竹上 正輝。今すぐにこの地を去りなさい。そして、平和な日常に帰りなさい。それが嫌ならば……私が、実家に帰りたくしてあげましょう」

 拳を握る沙耶香が、大股で正輝に歩み寄る。
 一触即発の空気に、美琴は慌てて沙耶香の前に立ち塞がった。

「お、落ち着きなさい沙耶香!」
「お嬢様、どいてください。私は、至極冷静です」
「拳を握って今にも殴り掛かりそうなのに、どこか冷静なの?! いいから止まりなさい!」
「いいえ、止まりません──竹上さんが、『雉鳴』を去るまで」

 ──単純な腕力であれば、沙耶香よりも美琴の方が強い。
 だが──技術については、沙耶香の方が美琴よりも遥かに上だ。
 一通ひととおりの武術や格闘技を身に付けている沙耶香。その実力は前『退魔の四祓』の使い手、雉鳴 善人をも遥かに上回る。
 今の美琴でも、『短剣』の扱いでは善人に遠く及ばない──だが、『短剣』を持った善人を、沙耶香は素手で打ち負かした。
 おそらく、この世界に存在する人類の内──衛守 沙耶香に勝てる者は、十人といないだろう。
 しかし──

「……どけ、雉鳴」
「た、竹上君!」
「いいから、どけって。衛守は俺と戦いたいんだろ? 俺としても、そっちの方が簡単でわかりやすい」

 ──相手は、武神たけがみ 魔裂まさきだ。『退魔の四祓』の力をその身に宿す、最強の存在だ。
 コキッと首の骨を鳴らす正輝。美琴の肩を掴み、無理やり退かせた。

「お前になんでそこまで恨まれてるのか、俺にはさっぱり心当たりがないけど……お前には、何かあんだろ? なら、好きにしろよ。その変わり、俺も好きにさせてもらうからな?」

 クハッと挑発的に笑う正輝。
 ──ブヂッと、沙耶香の中で何かが切れた。

「お前──ッッ!!」

 ──ズンッと、正輝の鳩尾に拳が突き刺さる。
 そのまま反対の拳を振り抜き、正輝の右顎を殴り飛ばした。
 間髪入れず、正輝の頭を抱え込み、体勢が低くなったところで正輝の顔面に沙耶香の膝が突き刺さる。
 ──人間の急所を狙った攻撃。間違いなく、普通の人間ならば悶絶するような連撃。ともすれば、死ぬ者もいるであろう襲撃。
 だが──

「……ハッ。なんだ、オイ。この程度なのか?」
「──っ?!」

 バッと、慌てて沙耶香が距離を取る。
 殴られた顎先を撫で、正輝は邪悪でバカにしたような笑みを浮かべた。

「オイ、雉鳴。止めんなよ」
「た、竹上君……」
「お嬢様、下がっていてください」
「沙耶香! 二人とも、落ち着いて!」

 美琴の言葉など聞こえていないかのように、両者は拳を握って歩み寄った。

「来いよ、衛守」
「上等です……!」

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