キジナキの巫女

ibis

5話

 ──空気が張り詰める。
 片や、武術を極め、尋常ならざる膂力を持つ武人。片や、全身を鎧兜に身を包み、黒い刀を持った侍。
 一触即発の空気に、美琴の視線を釘付けとなっていた。

「──しぃッッ!!」

 先に動いたのは、正輝だ。短く息を吐き──侍型のキジの前に現れる。
 ──箭疾歩せんしっぽ。離れた間合いから、予備動作なしで一気に飛び込んでいく歩法。熟練者は7~8メートルの距離を瞬きする間に詰めることができると言われている。
 正輝と侍型のキジの距離──およそ10メートル。
 その距離を瞬く間に潰した正輝。予備動作が全くないその動きは、瞬間移動したと言っても過言ではない。

 だが──侍型のキジは、その動きに対応した。
 足を大きく開いて体勢を低くした侍型のキジ。体を捻りながら正輝の拳を避け、捻りを利用して刀を振り抜く。
 ──フォン──
 咄嗟に上体を逸らす正輝。僅かに間に合わない。神官装束の裾がスパッと斬り裂かれた。

「チッ──」

 連続で回転しながら後ろへ飛び、侍型のキジと距離を取る正輝。だが、侍型のキジはそれを許さない。瞬く間に距離を詰め、逃げる正輝に黒刀を振り抜いた。
 ──ッンンンンッッッ!!!
 凄まじい衝撃波が吹き荒れる。
 横薙ぎに振り抜かれ、正輝の胴体を真っ二つにせんと迫る黒刀は──正輝の肘と膝によって白刃取りになっていた。

「舐めんなッ、クソが──ッッ!!」

 体を捻ってグンッと黒刀を引き寄せ──侍型のキジの体勢が崩れた。
 その瞬間に、正輝が地面を踏み込み、拳を振るう。
 だが──同じ瞬間、必然的に侍型のキジの刀も自由を取り戻す事になる。
 正輝の拳と、侍型のキジの刀が高速で振るわれ──僅かに、正輝の方が早い。
 神速の拳撃が侍型のキジの顔面に突き刺さり──音すらも置き去りにして、吹き飛ばされる。

 グッと足に力を込め、正輝が跳躍。
 飛び上がった勢いで回転を加え、血眼となって踵落としを放つ──と、地面に倒れる侍型のキジの前蹴りが、正輝の腹筋に叩き込まれた。
 蹴りの威力によって、体勢を崩しそうになる正輝──腹筋に刺さった足を掴み、雄叫びと共に空中で半回転。
 想像を絶する勢いで地面に叩き付けられる侍型のキジ。だが二撃目は食らわぬと、反対側の足で正輝の顔面を蹴り飛ばし、吹き飛ばす。
 強制的に距離を取る事となった正輝。それに対し体を跳ね起こす侍型のキジ。
 両者が向かい合った──次の瞬間、今度は侍型のキジの姿が消える。

「チッ──」

 鼻から流れ出る血を拭い取り、正輝が力任せに地面を踏み込む。衝撃で地面が割れ、土片が宙に浮かび上がった。
 そのまま乱暴に拳を振り抜き、土片を殴り壊し──土の欠片が、まるで散弾銃のように放たれる。
 正輝との距離を詰めていた侍型のキジ。その身体を土片の弾丸が貫く。
 全身を衝撃が襲った。思わず侍型のキジの足が止まる。
 その隙を、正輝は見逃さない。侍型のキジの腹部に、正輝の拳が突き刺さる。侍型のキジの鎧が砕け散った。
 ガッと、正輝の胸ぐらが掴まれる。勢いのままに正輝の体が引っ張られ、頭に重い衝撃。頭突きだ。兜を被った侍型のキジの頭突きを喰らったのだ。
 よろめき、ふらつきながら数歩後退あとずさる正輝。両手で刀を持ち直し、侍型のキジが正輝を真っ二つにせんと黒刀を振り抜く。
 ──ブシュッ! と、正輝の胸元から血が噴き出す。辛うじて致命傷は避けたが、それでも時間が経てば失血死するだろう。

「嘘……?!」
「ゔッ──はッはァッッ!!」

 噴き出す血が見えていないのか、それとも痛みを感じていないのか。
 真っ赤に染まる黒い侍の下顎に、正輝の右蹴り上げが突き刺さる。
 あまりの衝撃に、体が浮かび上がる侍型のキジ。正輝が振り上げたままの右足を振り下ろした。
 ズンッッ──と正輝の重々しい踏み込みが地面を割るのと同時、メキメキッという歪な異音と共に侍型のキジが地面に叩き付けられる。それも、立ったままの状態で。
 続けて正輝の拳が、鎧の壊れた侍型のキジの腹部に突き刺さる。
 正輝が雄叫びを上げ、力を込め直した──直後、侍型のキジの体を貫通し、キジの背中から正輝の拳が突き出した。
 呻くキジ。間髪入れずに正輝が拳を引き抜き、思い切りアッパーをぶちかました。
 途方もない威力の拳に、侍型のキジの体が吹き飛ばされ──ない。
 よく見ると、正輝が侍型のキジの足を踏み付けていた。正輝が足を振り下ろした時にキジの体が地面に引き寄せられたのは、正輝がキジの足を踏み付けていたからなのだろう。

「ハッ──ああああァああああアあああァあああッッッ!!!」

 重々しい打撃音と共に、辺りに衝撃波が響き渡る。
 左拳を振り上げ、侍型のキジの右肘をへし折る。力が入らなくなったのか、キジの右手から刀がこぼれ落ちた。
 侍型のキジが反撃に左拳を握る──だがその拳が放たれる直前に、正輝の拳が侍型のキジの顔面に突き刺さった。
 だが、やられてばかりでは終わらない。侍型のキジが握ったままだった左拳を放つが──直後、正輝が頭突きで拳を跳ね返す。
 そのまま侍型のキジの左手を掴み、握力で握り潰した。

「ふうッ──ああッッッ!!! まだ終わんねぇぞゴラァッッッ!!!」

 両手が使えなくなった侍型のキジ。せめて一矢報わんと、兜に包まれた頭を振り下ろした。
 対する正輝は、頭突きで返す。
 ──バギッという異音が響き、侍型のキジの兜にヒビが走った。
 ガシッと、正輝が侍型のキジの胸ぐらを掴み上げる。
 そのまま侍型のキジを勢いよく引き寄せ──さらに頭と頭がぶつかり合う。
 何度も頭突きがぶつかり合い──侍型のキジの兜が、バラバラと音を立てて崩れ落ちた。

「なんッだよオイお前から仕掛けて来た勝負だろうがよォッッッ?!! もうちょい根性みせろよなァッッッ!!!」

 ──ドウンッッ!! ドウンッッ!! ドウンッッ!!
 まるで大砲が放たれているかのような衝撃が、辺り一面に響き渡る。何度も何度も正輝と侍型のキジの頭がぶつかり合い──グッタリと、キジの体から力が抜けた。
 それに気づいていないのか、正輝は先ほどまでと一線を画す頭突きを放つ。
 ──ズッッンンンンッッッ!!!
 侍型のキジの体が、吹き飛ばされて地面に叩き付けられる。だが、正輝は足を踏みしめたまま。ならば、何故キジの体が吹き飛んでいったのか。
 ──理由は単純だ。正輝は侍型のキジの右足を踏みしめたまま、そして侍型のキジの体には右足が存在していない。
 あまりの頭突きの威力に、キジの足が耐え切れずに千切れた──その事実に気づき、美琴はゴクッと生唾を呑んだ。

「……チッ……なんだよ、もう終わりかよ」

 体がどんどん薄くなっていく侍型のキジ。戦いが終わった事を悟り、正輝は退屈そうにため息を吐いた。
 そして──消えゆく侍型のキジへ、歩みを進める。

「──戦う相手くらい選べよ」

 侍型のキジの頭部に歩み寄り──正輝は高々と足を振り上げる。
 そして──躊躇する事なく、まるで四股を踏むように足を叩き付けた。
 衝撃音が耳を貫く。砂埃が辺りを覆い尽くす。
 侍型のキジの頭部が砕け散った──直後、その場から侍型のキジの姿が消える。
 まるで不満そうに、まるで遊び足りないように、正輝はガッカリしたかのようなため息を吐いた。

「……これが……『退魔の四祓』をその身に宿す者の力……」

 もうもうと立ち込める砂煙を邪魔くさそうに払う正輝の姿を見て、ポツリと美琴は呟いた。

「……父さんが言っていた通り……彼なら、きっと──棄児無きじなきの怨念を……」

 拳から流れ落ちる血を拭い、心底鬱陶しそうな表情を見せる正輝。その姿は、先ほどまで死闘を繰り広げていた化物とは程遠い、年相応に嫌な事は嫌だと表情に出す少年のように見えた。
 だが、美琴と沙耶香が二人がかりでようやく倒せる侍型のキジを単独で払うほどの力──それが、正輝には宿っている。
 しかし、それならば疑念が残る。何故、正輝は最初から全力で戦わなかったのか。何故、正輝は沙耶香に対して反抗しなかったのだろうか。何故、正輝は──自身の力をついて、美琴たちに説明しなかったのか。
 いくら考えても答えには至らない。ため息を吐き、美琴は正輝に歩み寄った。

「お疲れ様、竹上君。どうだった? 初めての『祓いの儀』は」
「……雉鳴さん……」

 ふと気づいたように、ようやく自分以外の存在を認識したかのように、まるで自分以外の人物はこの場に存在していないと思っていたかのように、正輝は美琴に目を向け、眉を上げた。
 そして──正輝は視線を逸らし、乾いた笑みを漏らした。

「……すいません……こんなメチャクチャにしてしまって……」
「いえ、それより──」
「気持ち悪いですよね……怖い、ですよね……そりゃそうですよね、こんなメチャクチャにできるのなんて……しか、いないですから……」

 その嘲笑は、誰に向けたものなのか。
 どこを見ているかわからない虚な瞳のまま、正輝は続ける。

「ごめん、なさい……迷惑、かけませんから……今後は、雉鳴さんを巻き込まないように気を付けますから……もう、俺を見ないでください……」

 身を翻し、その場を立ち去っていく正輝。
 ──これは、相当面倒な過去がありそうだ。
 正輝の後ろ姿を見送る美琴は、呆れたようにため息を吐いた。

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