受験生は視線そらさない

清水レモン

日曜日の午前10時半

授業が終わって、休憩タイム。
僕はトイレに行く。
教室を出るとき、扉のノブをつかむ。
ひんやりしている。
ガチャリ大きな音が手のひらと指先に伝わり、僕の耳にも届いてくる。

『だよな? やっぱりこれ開けるとき、こういう音するよな』

僕は教室を出た。
バタンと空気を圧縮させたような音が背中越しに伝わってくる。

『閉まるときも、けっこう音うるさいし』

僕は廊下の奥へ向かう。
窓の向こうは陽射しが眩しくて、イチョウの黄葉がゆらめいていた。
ガラスは、かなり分厚い感じがする。
はめこみ式で、すきまがない。
当然、風もはいってこない。
ときどき階段のほうからビュォゥて空気が流れていく音が聞こえる。
ピタッと、はめこまれたガラス窓。
あたかも密室のような空間でありながら、流れる気配は感じ取れた。
トイレも広い、おまけに静かだ。
自分の・・・いや、そういう説明はいらないか。
とにかく発する音、歩く音、靴、呼吸、ひねった蛇口、ありとあらゆる音が強調されて感じられる。



トイレから出たら、ひとりの女の子がそこにいた。
思わず「やあ」と声をかける。
『なんだよ、やあ、って』と思ったが、思わずそう声を出してしまったのだからしかたない。

「うん」
唇をとじたまま彼女は返事をする。

いや、それ返事なのか。

僕は彼女の前を通り過ぎーーーーようとしたが、

「あのね、ちょっとね」
さえぎられた。

「っとっとっと!」
思わず僕はジャンプしそうな勢いで止まった。

「なぜ跳んだし?」と彼女が言う。

「いや、いきなり止まるためには重力を空に向けないとだな?」

「それで跳ねたのかい」

「そんなところ」

どうでもいいが僕の体すぐそこ目の前に、エア膝蹴りしたような脚がある。
これは、いったい。
それは、どういう。
なにか目的がある?
どんな意図でこう?
僕は彼女と目が合ったままだが、スカートからのぞく膝上は視界にある。

「ふーん」
と声は元気そうだが表情は読み取れないくらいに無機質な雰囲気。
僕は異性が好きで、女の子の脚が好きなのだが、どうしてもその、視線をずらせない。
いや。
目と目が合って、なにか強力な引力にからめとられてしまって。
視線をそらせなくなってしまった。
「ふーん」
と彼女の返事なのか挨拶なのか呼吸なのか、わからない声。
僕の視界にはチラリすみっこに彼女のふともも。
で、膝蹴りの構えですか。

「あのさ」と僕は問いかける。

「ゆうべ、なにか見た」と彼女が質問。
きたか。

「うん?」と僕は応える。

「なに見たの」

「星」

「星?」

僕は天井を指差した。
天空の星、秋の星座。夜空に浮かぶ月だとか。
くわしい説明はしなかったけれど、伝わると思った。
伝わらなくても構わないけど。

「じゃなくて。そうじゃなくて」

始まったか、と僕は思う。
どういうわけか知らないが、この女の子はときどきこうやって僕に質問してくる。
おそらくは、

『なんのテレビ番組を見たの』

『好きな芸能人は、いる?』

という前にも訊かれた質問とダブる内容だ。
僕は面倒くさくなったが、彼女の無表情に合わせて無機質に返事を心がける。

「テレビなら見てないよ」

「そっか」

「うん」

「そう」

なにか不服そうだな、と感じた。
どういう答なら満足してもらえるのか見当もつかない。
いままでは、こういうやりとりのあと『それじゃ』と声に出さずに通過してきたけれど。

『なんなの、これ。それ、その脚』

僕は彼女の目を、じっと見たまま思う。念じるように強く思った。
『質疑応答は終了したけど、まだなにか用がおありですか?』
と気持ちを込めて、じっと見つめ返した。

なんの変化もない。

僕はあきらめて、かといって後ろに退く気にもなれなくて、その。
視線をそらした。
彼女の目から、彼女の膝蹴りポーズの脚へ。
『さっきから静止してるけど、ぜんぜんよろついたりしないな?』
と不自然さに気づいたそのとき。

「あの、ひょっとしてなんだけど」
いつもとはちがう反応に変わった。
ーーーーーと言っても、数少ないデータでしかないけれど。

ひょっとして?
なんだろう。なにか新しい質問だろうか。
と思ったのと、ほぼ同時に。

「ふとももが好きなんですか」

「え!」

予想もしなかった問いかけに、僕は答を見つけられない。
うんとも言えず、否定もできずにいるうちに秒速で時が過ぎるのを感じ取る。
チクタクチク、タク、と僕の顔が熱くなっていくのを感じた。
まずい。
なんでだ、なぜだ。
僕は赤面していくのを実感してしまう。
そう意識したとたんに、どんどん頬が熱くなっていくみたいだ。

「図星ね」

静かにつぶやく彼女。

「いや、なにが図星」

「っとっとっと」
彼女がよろめいた。

よろめいたはずみで、向こうに倒れそうになったと見えたので、僕は彼女を支える。
自然と僕の手は、スカートからむきだしの脚を触ってしまった。

「とととっ」
彼女のよろめきが止まらない。
思わず僕は彼女の脚をーーーーあれ、あれれ、ずいぶんとやわらかいんだな。
抱え込んで持ちあげたみたいになってしまい、僕の手のひらは彼女のふとももに沈み込んでしまった。

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