本編完結:初恋は実らなかったけれど、熱心に花壇のお手入れをしていたら、もっと大きな恋が向こうからやって来ました!

高取和生

女子会トーク

 それは雨上がりの朝でした。


 私が六歳ぐらいだったと思います。
 その前日に、ステアとステアのお母様、つまり私の叔母のセラシア様が遊びに来て、お泊りしていました。


 父は大喜びで二人をもてなします。その日の朝食後もそうでした。


「いやあ、相変わらず二人は可愛いなあ」


 私には見せたことがないような、父の笑顔です。


「女のコは美しく可愛いのが一番! どんなに賢くても、ねぇ」


 叔母様は母をちらちら見ながら、含み笑いをします。
 その頃のセラシア叔母様は、まだまだ体型を維持していて、この日も黒いレースのドレスが、よくお似合いでした。


「本当にそうだな。ウチのフローナも、ステアくらいの顔立ちだったら、高位貴族への嫁入りも……」


「お兄様、人間向き不向きがあるのよ。ステアはこの前、第一王子様のお茶会にご招待されてね、大人気だったわぁ。殿下にもお声をかけていただいたし」


 叔母の真っ赤な唇が、横に広がっていました。


 母は私を誘い、部屋を出ました。
 父と叔母はいつまでも、高笑いを続けていました。


「少し、お外に遊びに行っても良いわよ」


 私は邸の庭から、遊び慣れた小径を目指します。


 木々の小枝は、雨の雫が残っていて、風が吹くとパラパラと落ちてきます。
 見上げた枝と枝の間に、レース編みのような模様が見えました。
 白い糸と糸が、魚とりの網のように広がっています。


 その糸に止まっている、小さな蝶々がいました。
 羽をぱたぱた動かしていますが、飛べないようです。
 羽が雨に濡れてしまったのでしょうか。


 私は、蝶を取ろうとしました。
 陽の当たる場所で羽を乾かしたら、飛べるかもしれません。


 そっと蝶々に手を伸ばしたその時でした。 
 白い網の上から、それがずいっと現れたのです。


 蜘蛛でした。
 真っ黒い背中に、女性の顔のような模様をつけた、大きな蜘蛛でした。


 それは私を嘲笑う、叔母の顔に似ていました。




いやああああああ!!




 私は叫び、白い網をブチブチ引っ張ります。
 白い網、すなわち蜘蛛の糸はなかなか切れません。
 蜘蛛は私に向かって、長い手足を伸ばします。
 そして口を開きます。


 蜘蛛の糸が私の顔に飛んできます。
 私の顔や頭には、べったりとした蜘蛛の糸が張り付きます。


 あ。


 蝶々がよろよろと、飛ぶのが一瞬見えました。
 良かった。蝶が飛べた。


 私は一目散に、邸に向かって走りました。




◇◇




「というようなことがありまして、蜘蛛は苦手なんです」


 私は語り終えました。
 今、生徒会室にいるのは、女子だけです。


 アルバスト先輩が害虫駆除のために、「蜘蛛取り」に行くと言って、男子役員は一緒に行きました。


「フローは? 行かない?」


 先輩に訊かれましたが、私はやんわりとお断りしました。
 私の答えにパリトワ様の目がキラーンと光り、なにゆえ蜘蛛がダメなのかを話すはめになったのです。


「あー覚えてるわ。アリッシー、じゃなくて殿下主催のお茶会。名目は同年齢の子女と交流をはかるっていう奴。私も呼ばれて行ってたから」


 パリトワ様が思いだしながら言います。


「王都周辺で伯爵以上、だったかしらね」


 ラリア様も出席していたのですね。


「ステアさん、グロリアス家のお嬢さんよね。可愛いといえば、可愛かったけど」


 コテンと首を傾げ、上目遣いになるラリア様を上回る可愛い女性って、いるのでしょうか。


「年齢相応の振る舞いとお作法が、ダメダメだったのよね、ステア嬢」


「そうそう。途中で飽きたみたいで、不貞腐れていたしね」


 パリトワ様とラリア様の会話を聞きながら、私は訊ねました。


「叔母の話では、ステアは殿下から声をかけてもらったとか言ってましたけど」


 パリトワ様は吹き出します。


「ああ、そうね。あの時、殿下もアルも参加してて、庭園でダンゴムシ捕まえて、どっちが大きいか競ってたの。だから『どっちが大きいと思う?』って令嬢たちに聞き回っていたわ」


 令嬢よりもダンゴムシに興味がある二人。
 なんとなく。
 想像できてしまいます。


「それよりも、私、フローのお父上様、ドロート子爵って、ちょっとどうかと。失礼で申し訳ないですけど」


 ヴィラさんが至って冷静に言います。
 失礼じゃないですよ、ヴィラさん。
 もっとどんどん言っちゃってください。


「ドロートの妖精姫、だったかしらね、グロリアス夫人。確かに若い頃は社交界の花だったと聞いてるわ」


「そうそう。グロリアス伯爵が一目ぼれして、当時の婚約者との婚約を一方的に破棄して夫人を手に入れたって有名な話ね、ラリア」
 
 あらら、叔母様、そんな修羅場をくぐっていらっしゃるのですね。
 獲物が巣にかかったら、逃さない系?


「魅了魔法でも使ったのかしら?」


 パリトワ様が片目をつむります。


「魅了とは少し違うかもしれないけど、一度獲得したイメージを、頭の中で更新できないタイプの人っているらしいの」


 ラリア様の指摘に、私はハッとします。
 現在の叔母様は、『妖精姫』とは程遠い、ふとましいお体になっていますが、父はよく叔母に対して「相変わらず華奢だな。ちゃんと食べているか?」などと、傍から見れば意味不明な発言をしています。


「なるほど。ではドロート子爵は、グロリアス夫人が昔と同じように見えていると」


 ヴィラさんがぽんと手を打ちます。


「だからと言って、実の娘を貶めていいとは言えないわ」


 きっぱりとラリア様が言います。
 あなたは女神です。
 一生ついていきます!


「それでは、可愛い後輩の為に、一肌脱ぎましょう、ラリア」
「分かったわ、パリトワ」
「私もお手伝いします」


 三人の先輩が何やら打ち合わせを始めます。


 こんな私のために。
 お忙しい先輩たちが。
 ドレスまで貸してくださって。


 うれし涙が零れそうになったのは、先輩たちには秘密です。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品