閉じる

緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

ノベルバユーザー609746

第2話

 お店をしていると、お客さんから色んな情報を聞くことが出来る。

 中には情報通の人もいて、その話題は王家に関することから近所の猫に関するものまで幅広く、どうやって情報を集めているのか不思議なぐらいだ。

「そう言えば北の国のプラトーノフで、瘴気溜まりが見つかったんだってよ」

「まあ! 怖いわね。その国は大丈夫なのかしら」

 私はお店に来てくれたお客さん同士の会話に耳を傾ける。けれど手はちゃんと動かすのを忘れない。

 ──この世界には時々瘴気溜まりが発生する。
 瘴気溜まりが発生すると、木々は枯れ大人しかった魔物は凶暴になり、更に強い魔物が生み出されてしまうので、早々に浄化しなければならない。

「この国もいつ瘴気溜まりが出来るかわからねぇけど、王国騎士団がいるからな。魔物なんて簡単に討伐してくれるよ」

「最近新しい騎士団長が就任したんですって? すごく強いって本当なのかしら?」

「まだ若いらしいけど、腕は確かだって話だぜ? この前もSランクの魔物を討伐したってよ」

 常に魔物の脅威に脅かされているこの国は、騎士団や衛兵団、傭兵に冒険者の人たちに守られていると言っても過言ではないのだ。
 だから強さが求められる騎士団の団長なら、冒険者でいうところのSSSランク相当になるのではないだろうか。

(SSSランクなんて、世界中に5人いるかいないかよね。ここの騎士団長ってそんなに強いんだ)

 そんなに強い人がこの国を守ってくれるとは、なんて心強いのだろう。

 私が騎士団の人達に感謝するように、この国の人達も同じようにこの国を守る職業の人を尊敬している。

(でも騎士団員といっても、色んな人がいるんだよなぁ……)

 私は時々この店を訪れる騎士団員さんを思い出す。
 その人は18歳の私より幾つか年上で、お店に来たらいつも花束を注文してくれる。

 騎士団員といえば厳つい人のイメージだけど、その人は何というか……すごくチャラい。いつもニコニコ笑顔で人懐っこいと言えば聞こえは良いけれど。

 お客さんの話で思い出したからか、噂をすれば影がさしてしまったのか、閉店間際のこの店に、例のチャラい騎士団員さんが現れた。

「久しぶり~。アンちゃん相変わらず可愛いね」

「……いらっしゃいませ。今日はどのような花束を?」

「ええー! アンちゃん冷たい! しばらく来なかったから拗ねてるの? 可愛いなぁ」

 この騎士団員さんの名前はヴェルナーさんと言って、お店に来たらいつもこうして私をからかってくるのだ。

「しばらく魔物の討伐で遠征しててさ。ようやく帰って来れたんだよ」

 ヴェルナーさんの言葉に、そう言えばお客さんがそんな噂をしていたな、と思い出す。

「それはお疲れさまでした。国を守っていただき有難うございます?」

「アンちゃん他人行儀過ぎない? それになんで疑問形なのさ!」

 ヴェルナーさんが悲しそうな顔をするけれど、この人はいつもこんな調子なので相手にしない。

「……で、今日はどの花にしますか? 女性の雰囲気はどんな感じで?」

「ああ、えっと、今日は可憐な感じで作って貰おうかな」

「わかりました。では少々お待ち下さい」

 私は店内を見渡して、どんな花を組み合わせようか考える。

(可憐なイメージと言えばやっぱりピンク色だよね。でもぼんやりした印象にならないように濃い目のピンクを少し入れて……)

 ある程度イメージが固まったら、小さめのバケツに選んだ花を入れていく。そしてバケツの中の花を見せて花束の雰囲気を確認してもらう。

「こんな感じで如何でしょう?」

「おお! 良いねぇ! さすがアンちゃん!」

 ヴェルナーさんも気に入ってくれたようなので、早速花束を作る作業に取り掛かる。
 私が花束を作っている間にもヴェルナーさんのお喋りは止まらず、今回の遠征が辛かったこと、倒した魔物のこととか聞いてもいないのに話し続けた。
 おかげで私は騎士団の事情に詳しくなってしまったような気がする。

「……お待たせしました。こちらでよろしいでしょうか?」

 私は完成した花束をヴェルナーさんに見て貰う。

 今回の花束はピンク系のグラデーションをベースに、ピュアな印象の白系と淡いグリーン系の花を加えた。控えめにあしらった葉物のグリーンが、一層の可愛らしさを演出している……と思う。

「おお! 華やかで可憐な中にも上品さが垣間見えて、すごく素敵だね! これならあの人も喜んでくれるよ!」

 ヴェルナーさんがとても良い笑顔で花束を受け取ってくれた。すごく喜んでくれて私もすごく嬉しい。

 自分が作った花束をこうして喜んでくれる人がいるから、この仕事がたまらなく好きなのだと実感する。

「この店の花ってすごく持ちが良いからいつも好評なんだよ。今度俺の同僚にこの店教えてもいいかな?」

 ヴェルナーさんが「本当は内緒にしたいけどね」とウインク付きで言うけれど、私としてはお客さんが増えるのに越したことはない。

「有難うございます。もしよろしければ是非」

 私の言葉にヴェルナーさんはニッコリ微笑むと「わかった。じゃあ紹介しておくね」と言ってお店を去って行った。

 ヴェルナーさんは騎士団の人にこのお店を紹介してくれると言ったけれど、騎士団は王宮に詰所があるので、ここまで来るのに距離があるんじゃないかな、と思う。

(……まあ、私が心配しても仕方ないか)

 花束を作った後の片付けをしていると、丁度閉店の時間となった。

 私はいつものように店を片付けると、戸締まりをして温室へと向かう。

 相変わらず花が美しく咲く花畑は、仕事を終わらせた私の癒やしの場所となっている。
 仕事でも花を扱っているけれど、それとこれとは違うのだ。

 私は花畑のチェックをすると、鉢が置いてある場所へと移動する。

 そして蕾を付け始めたマイグレックヒェンの様子を見ようとして「あれ?」と思う。

「マイグレックヒェンって、こんな色だったっけ……?」

 私の記憶ではマイグレックヒェンは紫色の花だったけれど、今ここにあるマイグレックヒェンの蕾は黄色っぽい緑色をしていたのだ。

 もしかして実際に花が咲いたら紫色になるのかもしれないけれど、私の経験上、蕾がこの色なら花は緑に近い白になるのではないだろうか。

「白い花のマイグレックヒェンか……。それはそれで可愛いよね」

 育てる環境や土の性質によって色が変わる植物なんて色々あるし、そんなに問題でもないか、と思った私は気にしないことにした。

「緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く