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緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

ノベルバユーザー609746

第1話

 花屋の朝は早い。

 ベッドから降りた私は顔を洗い、動きやすい服にさっと着替えると、一階にあるキッチンへと向かう。

 ちなみに私の店は2階が住居部分になっていて、私が寝起きしている部屋も2階にある。
 部屋は他にもあり、両親が使っていた寝室の方が私の部屋より広いけれど、私はこぢんまりとしたこの狭い空間を気に入っている。
 自分好みの可愛い小物や、お気に入りのファブリックで彩られた部屋はまるで隠れ家みたいで、私だけのお気に入り空間に整えられているからとても居心地が良いのだ。

 キッチンに降りた私は簡単にサラダを作ると、パンを温めながらフライパンで目玉焼きとヴルストを焼き、紅茶を淹れて朝食の準備を完了する。

 こうして料理をしてると、お母さんが「アンネリーエは手際がとても良いいから、食堂で働いても即戦力になるわね」と言ってくれた事があったな、と懐かしく思う。

 普段はお店のことでいっぱいで思い出す暇もないけれど、こうして生活をしていると、ふと一人が寂しいと思う時がある。

 私の両親は魔物が多く出没するこの国に見切りをつけて、自然豊かな国へ移住して行った。私は一緒に行こうと言う両親の申し出を断って、一人この国に残ることにした。
 その理由は、お爺ちゃんが作った温室が大好きで、ここから離れたくなかったのと、大変だけど花屋の仕事がとても楽しいからだ。

「いただきます」

 ここには自分一人だけど、食事前の挨拶は忘れない。
 ほかほかのパンをちぎり、口の中に放り込むと、天然酵母の香りが広がって、噛めば噛むほど旨味が溢れてくる。ヴルストソーセージはぷりぷりで肉汁がたっぷりだし、目玉焼きの火加減はちょうど良く、自家製ドレッシングがかかったサラダはシャキシャキと歯ごたえがあって絶品だ。

 私は温室で花を育てるついでにクラテールハーブやレタスも育てているので、サラダはいつも新鮮なものが食べられる。手作りドレッシングとの相性も抜群で我ながらとても美味しいと思う。

 もし花屋じゃなければカフェを経営していたかもしれない程に、私は料理が好きだった。

「ごちそうさまでした」

 手早く食事を終えた私は、使った食器をさっと片付けて温室へと向かう。
 そして魔法で水を出して水やりを済ますと、花を収穫した後の区画の土作りを始める。

 土を耕して石灰や腐葉土を加えて寝かせ、肥料を混ぜて整える。一週間もすれば新しい花の種を植える事が出来るだろう。

「次はどの子を植えようかな」

 私は次にどの花を育てるか考える。温室のおかげで季節関係なく花を選ぶことが出来るので、候補が多すぎるのも嬉しい悩みだ。

「うーん、うーん。……よし! 次の子はアネモーネアネモネに決まり!」

 アネモーネは、はっと目が覚めるような、鮮やかな赤や青紫の花びらが人気の花だ。
 この花は種より球根から栽培する方が簡単で、水はけと日当たりのよい場所に植え、多肥にしないように管理すれば、何年も植えっぱなしで花が咲いてくれるという。

「あ、アネモーネの球根を注文しないと!」

 店で常に売っているような、主力の花の種は保管しているものの、球根の手持ちが無かったことに気付いた私は、商業ギルドにアネモーネの球根を注文する必要があることに気がついた。

「ついでにトゥルペチューリップヒュアツィントヒヤシンスの球根もお願いしてみよう」

 私は注文内容を頭の中にメモし、店の開店準備を始めることにする。

 昨日の夜に水揚げしておいたリシアンサストルコキキョウをバケツから出し、余分な葉を取り除き茎の下を切っていく。
 水揚げした効果か、リシアンサスの花は茎が十分に水を吸ってぴんとしている。これならお客さんも喜んでくれるだろう。

 その後も何種類かの花を処理し、店頭に並べられるよう準備を済ませると、次は昨日から店に並んでいる花の水を交換する作業に取り掛かる。
 元気がない花があればもう一度水揚げをし、傷んだ葉があれば取り除き、茎を切って花が水を吸いやすいようにする。

 一見華やかに見える花屋だが、葉の処理や花の手入れで手は荒れ放題になるし、水が入ったバケツは重いしで、身体が小さく力が強くない私にとってはかなりの重労働だ。
 私の場合は肌が強いのか、あまり手荒れはしないから助かっているけれど。

 花屋はただ綺麗なものを売っているだけの仕事ではないのに、結構勘違いしている人が多かったりする。

 それでも私がこの仕事を続けているのは花が好きだから、というのはもちろんのこと、私が育てた花や作った花束を見て喜んでくれる人の笑顔を見ると、とても嬉しいからだ。

 花の処理が終わり、綺麗に咲き誇る花を店頭に並べ、開店準備が完了する。

「さあ、今日も一日頑張ろう!」

 気合を入れた私は、ドアに掛けたプレートを「閉店」から「営業中」にひっくり返し、花屋「ブルーメ」の営業を始めたのだった。



 * * * * * *



 開店してから店を訪れるお客さんに対応している内に、お昼の時間をとっくに回っていることに気付く。

「あらら〜。もうこんな時間……」

 昼時だからか、丁度お客の方も途切れたこともあり、私は少し遅い昼食を取るために、外へ出掛けることにする。

 店の鍵を締め、ドアのプレートを「休憩中」に取り替える。

「あ、ついでにギルドへ行って球根を注文しなくちゃ」

 この世界で商いを営む場合、商業ギルドに登録することが推奨されている。
 ギルドに登録する時に結構な金額が必要になるので、登録は強制ではないけれど、登録すると経営相談や融資を受けられたり、開業する時に支援して貰うことが出来る。
 しかも世界中の国に支部があるので、ある国にしか無い商品が欲しい場合、その国の支部を通して用品を融通して貰えるのはすごく大きいと思う。

 私は商業ギルドに行く途中でお昼を済ませることにする。

「おじさん、こんにちは! アックスサンド一つくださいな」

「おう、アンちゃん休憩かい? ちょっと待ってな!」

 私は露天で売られている、アックスビークの肉と野菜をパンに挟んだ食べ物を注文した。
 ちなみにアックスビークとは鳥型の魔物の肉で、あっさりとした味で栄養価が高い。

「ほいよー。多めに挟んどいたぞ!」

「わぁ! すごく美味しそう! ありがとうね!」

 私はおじさんからサンド受け取ってお金を払うと、商業ギルでへ向かうべく歩き出した。
 私のお店から商業ギルドへは少し遠いので、食堂に入ってご飯を食べられる時間がなく、歩きながら食べられるサンドにしたのだ。

(美味しい〜〜! 臭みやクセがなくて柔らかい! 肉がジューシー!)

 人で賑わう通りを20分ほど歩くと、商業ギルドのバルリング西支部に到着する。
 この国は王宮を中心にして国が作られているので、王宮の反対側にはバルリング東支部があるらしい。行ったことはないけれど。

 商業ギルドに入り受付を済ませ、外交部に通された私は担当の人に欲しい球根の種類や個数を伝える。

「……なるほど。今回は球根を複数ですね。恐らく問題なく入荷するでしょう。もしマイグレックヒェンすずらんをご希望でしたらお時間を頂いていましたけどね」

「今マイグレックヒェンは手に入らないのですか?」

「ええ、どうやら東支部の方で大量に注文が入ったらしく、次回の入荷は来年になるでしょうね」

 確かにマイグレックヒェンは可愛い花だけど、球根を買い占めるほど人気なのかというと疑問に思う。

(ま、特別必要じゃないし、注文は来年でも良いか)

「入荷には二週間程かかりますのでご了承下さい。お届け先は店舗でよろしいですか?」

「はい、問題ありません。どうぞよろしくお願いいたします」

 私は担当の人に挨拶をすると、商業ギルドを出て店に戻る。

(そう言えば今日の晩御飯どうしようかな……)

 先程の会話をすっかり忘れ、のんきに晩御飯のことを考えていた私は、全く気付いていなかった。

 自分には関係がないと思っていたこの時の会話が、フラグだったということを。
 


* * * * * *


❀花の名前解説❀
アネモーネ→アネモネ
トゥルペ→チューリップ
ヒュアツィント→ヒヤシンス

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