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巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。

ノベルバユーザー609746

第6話 悪魔

 王都から戻り、相変わらず忙しい一日を終えた私は、くたくたになりながら自分の部屋に帰って来た。

(久しぶりの子供パワー……。流石に疲れた……)

 今日は読書をやめて、早々に寝てしまおうとベッドに入ろうとした時、部屋の窓を「コンコン」と叩く音がして、思わず動きが止まる。

(……ん? 風の音……?)

 気のせいかと思ったら、もう一度「コンコン」と音がした。
 もしかしたら気のせいじゃなくて誰かが私を呼んでいるのかもしれない。

(え……? こんな時間に誰だろう……? もしかしてアンネさんが忘れ物をしたとか……?)

 私は恐る恐る近づいて窓を開ける。
 窓を開けた向こうは漆黒の闇が広がっていてかなり怖い。

(うわ〜暗いよ〜。やっぱり不用心だったかな……)

「……えっと、誰ですか……? 何か用ですか……?」

 取り敢えず外に向かって声を掛けてみる。

 やはり返事は無かったので、私は気のせいだったかと判断し、窓を締めた。そしてもう寝ようと再びベッドに入ろうとすると、後ろから耳障りの良い甘い声が私の耳に届いた。

「こんばんは」

「ひ、ひえっ!?」

 突然聞こえた声に驚いて咄嗟に振り向くと、私しかいなかった部屋の中にいつの間にか赤い瞳と黒い髪をした、黒い服に身を包んだ男の人が立っていた。

(ご、強盗……!? って、か、髪の色が黒い……!?)

 この世界で髪の色が黒い人間は非常に珍しく、現在知られているのは帝国の基礎を築いたと言われている始祖と現在の皇太子だけだ。
 でも部屋に現れたこの人物が帝国の皇太子だとは思えない。こんな寂れた神殿に超大国の皇太子が来るわけないし。
 それにアルムストレイム教では黒い色は「忌むべき色」として、嫌忌されている。

 ──ならば、この人物はアルムストレイム教に於いて、神に背く忌むべき存在であり、人々の信仰を邪魔する悪しき者──!

「──悪魔!?」

 私が悪魔だと思ったのは黒髪や黒尽くめの服装だけじゃなく、その人物が恐ろしく綺麗な顔をしていたからだ。
 悪魔は言葉巧みに人を誘惑するらしいけれど、きっと見た目が綺麗だから惑わされるのだ。じゃなきゃ悪と知っていて魅了されるわけがない。
 だから忌むべき黒髪で綺麗な顔となったら悪魔しかいないのだ。

「……え……悪魔……?」

「だって突然部屋に現れたし、黒尽くめだし……! それにそんな綺麗な顔をしている人間がいる訳ないじゃない! 貴方悪魔でしょ!」

(とぼけたって無駄なんだから! 悪魔は嘘つきだって聞いた事があるし! 私は騙されないぞ!)

 悪魔は私の言葉にキョトンとすると、嬉しげにふわりと微笑んだ。

「ふふっ、そう正面切って言われると恥ずかしいですね。お褒めいただき恐縮なのですが、今は諸事情により仮の姿を取らせていただいています」

(褒めたつもりなんて全くないけど喜んでる! それに仮の姿って……この人間の姿がって事だよね……? やっぱりこの人悪魔なんだ!)

「悪魔がどうしてここにいるの……!? 悪魔が欲しがるような物なんてここには無いから! 早く帰って!」

 司祭様だったらこの悪魔を追い祓えるんだろうけれど、見様見真似の巫女見習いの私じゃとても悪魔なんて祓えない。
 ここは少し神殿から離れているとは言え、悪しき者が近付かないように結界が張ってあるはずなのだ。そんな悪魔にとって負担が大きい場所で、どこから見ても人間にしか見えないぐらい上手く擬態しているなんて、これはかなり高位の悪魔かもしれない。

(この悪魔の目的は一体……まさか、子供達を狙って……!?)

 悪魔は綺麗で穢れていない魂を集めているという。なら、うちの子供達を拐いに来たのかもしれない。

「いや、別に欲しい物がある訳じゃなくて──」

 悪魔が何かを言おうとして口を閉ざす。どうしたんだろうと思ったら、部屋の扉をとんとん叩く音が聞こえてきた。

「サラちゃん」

 ドアの外から聞こえた来たのはエイミーの声だった。もう寝たと思っていたのに、目が覚めちゃったのかもしれない。

 私が静止する前にエイミーがドアを開けて中に入って来てしまう。エイミーは悪魔を見て、眠そうだった目を見開き驚いた顔をしている。

(どうしよう……! エイミーが悪魔の姿を見てしまった!!)

 私は慌ててエイミー近づき、この状況を何と言って誤魔化すべきかと考えていると、エイミーが綺麗な絵本を抱きかかえているのに気が付いた。それは新品のようで、よれや破れなどは全く無い。

(孤児院にある本はどれもボロボロだった筈なのに……)

「エイミー、この絵本はどうしたの?」

「えっとね、まくらのところに置いてあったの。サラちゃんがくれたんじゃないの? そこのきれいなお兄さんがくれたの?」

 エイミーの言葉に我に返る。つい本に気を取られ、悪魔の事を一瞬忘れてしまっていた。

「え、えっとね、この人は……」

 小さい子供に悪魔が一緒の部屋にいると言える訳がなく、どうしたものかと思っていると、悪魔がエイミーに向かって優しく話しかけた。

「そうですよ。いつも良い子にしている君達にご褒美のプレゼントを持ってきたのです」

「本当? うれしい! じゃあ、この服も?」

「ええ。服の着心地はどうですか? 小さくないですか?」

「どれもぴったりだよ! すてきな服をありがとう! みんな喜んでるよ!」

 結構人見知りなエイミーが、初対面のはずの悪魔と楽しそうに会話をしているなんて……これが悪魔の魅力というやつなの……!? 悪魔恐るべし!!

 でもこれで子供達の服を贈ってくれたのが誰なのか判明した。まさか悪魔が子供達にプレゼントしてくれるとは……!

「エイミーは絵本のことを教えに来てくれたんだよね? ありがとうね。でももう遅いから、お礼を言ったらベッドに戻ろうね」

「うん、きれいなお兄さんありがとう! 絵本大切にするね、おやすみなさい!」

 そう言ってエイミーは嬉しそうな顔をしてベッドに戻っていった。あんなに嬉しそうな顔をしたエイミーを見るのはいつぶりだろう……。
 いつもニコニコしているエイミーだったけど、本当はずっと我慢してくれていたのかもしれない。

(こんな小さな子に気を使わせるなんて……本当、私ってダメだなぁ)

 きっとエイミーだけじゃなくて、他の子供達も私を気遣って我儘を言わないのかもしれない。なんて健気な子供達なんだろう……。

「……子供達に服を贈ってくれて有難う……しかも絵本まで。貴方はどうしてこんな事をしてくれるの? 何が望みなの?」

 さっきまで散々悪魔だと言っていた私が突然態度を変えたからか、悪魔が面白いモノを見つけたような顔をする。

「……へえ。僕の事を悪魔だと言う巫女が、お礼なんて言っていいのですか?」

「神に仕える巫女としてはダメかもしれないけれど、人として受けた恩にお礼を言うのは当たり前でしょう? それに……あんな嬉しそうなエイミーの顔、しばらく見ていなかったから……」

 孤児院に帰ってきた時の、新しい服を着て喜んでいた子供達の笑顔を思い出す。屈託なく笑う姿を見たのは何時ぶりだろう……。情けないけれど、私では子供達にあんな笑顔をさせるなんて出来なかっただろう。

「それは殊勝な心がけですね。こうして改めて貴女と子供達を見ると、お互いを思いやっているのがよく分かります。子供達が優しくて良い子達なのはきっと、貴女が慈しみながら育てているからなのでしょうね」

 悪魔らしからぬ言葉に、それが悪魔が使う魅了のひとつなのだと分かっているはずなのに、思わず胸が高鳴ってしまう。でも動揺したのがバレるのは嫌だったので、話題転換も兼ねて気になる事を聞く事にした。

「改めてって、私と何処かで会った事があるの?」

 勿論私に悪魔と会った記憶はない。こんな綺麗な人(悪魔だけど)を見て忘れるはずないもの。

「…………ああ、貴女は知らないでしょうね。詳しくは言えませんが、僕たちが会ったのは二日前の、花が沢山咲いている場所の近くですよ」

(二日前……花が沢山……もしかして、あの神殿跡の……?)

 悪魔が言った言葉に該当する場所が思い当たった私はエリーさんの言葉を思い出す。

『もしかしてこの神殿がその悪魔を崇拝していた場所の可能性が……』

「──!!」

 あの神殿跡の祭壇に悪魔の姿や気配はなかったけれど、あの時、彼は気配を殺して私達を見ていたのかもしれない。

「どうやら思い出していただけたようですね」

 悪魔は私が思い出したことを悟ると、嬉しそうに微笑んだ。

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