爪先からはじまる熱と恋 R15版

只深

心の一番柔らかい場所

第二十七話 心の1番柔らかい場所

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 蒼side

 重たい瞼を開くと、目の前に千尋の顔面がドアップで映る。

「ひゃっ!?」


 びっくりしたのもわずかな時間で、昨日のことをじわじわと思い出す。
 キスしすぎて唇がヒリヒリしてる。

 私、千尋に散々酷い事しちゃった…。
 首の下に千尋のムキムキの腕がある。ずっと抱っこしてくれてたの?



 じっと顔を見つめて、ため息が勝手に溢れた。
 千尋って、本当に綺麗な顔してる。

 猫目が閉じて、ほんのり釣り上がった眦から長いまつ毛がびっしり飾られてる。
 整った鼻筋、薄い唇がバランスよく配されていて…日本美人さんってこうですよ、とでも言うべき綺麗さ。
 昴も慧もそうだけど、どうしてこんなに綺麗な顔してるの?

 色気がすごい。ただ寝てるだけなのにのぼせそう…。

 音もなく瞼が開いて瞬く。
 優しい灰色の瞳が私を映して幼い笑顔が浮かんでくる。きれい。かわいい。




「蒼…目が覚めたのか?どこか痛いところは?」
 
 手のひらが頬を擦る。思わずそれに擦り寄って、口端が勝手に上がる。

「大丈夫。あの、ごめんね。無理やりして…」
「無理やりじゃないよ。俺が望んでした事だ。すごく嬉しい」
 言いながら、親指が唇を撫でる。

「腫れちゃったな」

 千尋が瞳を閉じて、唇が触れてくる。
 もたさられる熱が暖かくて、くすぐったくて、二人して笑ってしまう。




「体、動くのか?」
「うん。寝起きでこうなるには刺激が必要だね」
「ふはっ。そうだな。毎晩しないといけないな」
「毎晩かぁ…ねぇ、千尋はどこまで聞いたの?私の寿命のこと」

 ふと千尋が寂しげな表情に変わる。

「慧がコープシングから聞いて、それを俺と昴が聞いたんだ。ほとんど知ってるよ」
「そうなんだ…私、後何年生きられるの?」

 口を閉じた千尋が迷ってる。告げるべきか、そうしないほうがいいか。


 
 千尋は本当に優しい。昨日だって欲望のままに乱暴にしても良かったのに。
 ずっとずっと、最後まで優しかった。

「千尋、教えて欲しいの。先が短いならやるべき事を計画しないといけないでしょ?」
「延命できるって…言ってただろ」

「それもわからないよ。そもそも、若返りとかあっちの人が求める物が完成していないからまだ研究してるんだもの」



 瞑目した千尋が眉を顰める。
 もう一度開いた瞳には、悲しみが宿っていた。

「憶測でしかない。コープシングの独断だからな?三十前後まで、だそうだ」
「そっか。分かった」



 千尋の胸元に顔をくっつける。
 いい匂い…。いつもの香水の匂いじゃなくて、甘い匂いがする。
 バニラみたいな、ハチミツみたいな…千尋は匂いまで優しい。

 寿命を聞いても不思議とショックはない。後五年弱、その間に何ができるだろう。
 私は私の寿命を聞いても好きだと思ってくれたこの人たちに何かを残したい。
 ただ、それだけが頭の中を占める。



「延命するから、きっと大丈夫。…蒼、聞いてるか?」
「聞いてる。私が老い先短いなら三人も好きになったのが正当化できそうだなって思ってた」

「なんだそりゃ。長生きしたってそのままでいいだろ。蒼が好きでいてくれるならなんでもいい。長生き、してくれよ」

「ん、がんばる。ねぇ、警察の人は約束守ってくれるのかな」

「おそらくな。あの狸…警視総監があんな顔するの初めて見た。完全に蒼に言い負かされてたし」

「ふふ。あっ!!そう言えば千尋は感動して黙ってたでしょ。真面目に働いてきたからだろうけど、あそこで黙っちゃダメだよ」

「ごめん…今までしてきた苦労が報われたような気になってた。これから先を考えたらもっと欲張らないとな」

「うん。そうだね。千尋は名前の通り優しすぎる。心配。」
「そうか?名前の通り…?たくさん尋ねるって事位しか知らんが」


「千尋はもっと他にも意味があるよ」
「ほう…?」



「意味で千尋の漢字は底が深い、果てがないって言う意味だよ。物事を深く考えて追い求める、人としての深みがある、海のように深く広い心を持つ…って言う意味があるの。千尋にぴったりでしょう?三人とも本当にぴったりの名前だね」

「へぇ…なんか照れるな。蒼はなんでも知ってるな…。そういえば、蒼の意味は?」

「私の意味?」


 
 千尋がふわりと微笑む。

「そう。俺が大好きな蒼の名前の意味を知りたい」
「むむ、むぅ」



 昴や慧にはされなかった反撃を千尋にされるとは。しかも、なんか笑い方が変わった。
 ふにゃふにゃかわいい笑顔になってる。

「蒼は…生い茂る草木や果てない空を思わせる自然の蒼を表現していて、広大さ、壮大さ、自由でのびのびとした漢字かな」

「蒼もぴったりじゃないか。俺たちを自由にして、救ってくれた。蒼が好きって言ってくれると、羽が生えたような気持ちなんだ。蒼は天使だから俺にも羽をくれたんだな」

「えっ、そっ…そう…なの?」



 あれ。千尋がなんか攻撃力高くなってる。
 こんなこと言う人なの?もしかして元々こうで恋人とかにしかそう言うところ見せない人なの?
 甘い言葉が胸にとすとすと刺さってくる。
 流石弓の名士…。

「その名前、蒼を連れ出した人がつけてくれたんだろ?きっと、蒼の事を思ってつけたんだ。自由になってほしい、のびのびと暮らして幸せになってほしいって」

 胸に衝撃が走る。
 あの人たちが…。
そう、千尋が言うように私の名前の由来は父母から聞いたことがある。
 ファクトリーでは名前なんかなかったから。



「なぁ…ファクトリーから連れ出した後、優しくしなかったのは自分たちが枷になると思ったからじゃないか?蒼を繋ぎ止めたくなかったんだよ。連れ出した自分たちの命よりも、蒼が大切だったんだ。
 蒼が自由にできるように、敢えてそうしてたんじゃないのかな」

 

 千尋が、私の中の柔らかいところを包んでくる。優しくしないで、って思っていた場所を。
 問答無用で抱きしめられて、胸がいっぱいで息ができない。

「……」



「まだ生きてるんだよ。蒼。俺たちはもう名前をくれた親には会えないけど、蒼は間に合う。
 会いに行って、俺はお父さんとお母さんにお礼が言いたい。
 こんなに可愛くて、綺麗で、強くて、愛おしい人を連れ出してくれてありがとうって。
 蒼に出会えたのはご両親のおかげだろ?」


 目の奥から涙が溢れてくる。
 昨日あんなに泣いたのに。千尋の言葉が私の頑なな気持ちを溶かしてしまう。

 本当は、お父さんと手を繋ぎたかった。
 お母さんを抱きしめて、頬擦りして、甘えたかった。
 そう、してもいいのかな。
 連れ出してくれて、ありがとうって伝えてもいいのかな?


「一緒に会いに行こう。みんなでな。」
「うん…」

 チヒロに抱きしめられて、うれしくてうれしくて堪らなくなる。



 何かを残したかったのに、勝手に好きになった人たちは私に沢山のものをくれてばかりだ。

 これが本当の好きという気持ちなんだと確信して、私の心の中に最後のピースが…かちり、とはまる音がする。

 すごく、幸せで…私の中に生きていると言う実感が今まで以上に湧き上がってくる。



「千尋…好き。大好き。ありがとう」
「ふふ。もっと言ってくれ。俺が一番最後だったからな。」

 そういえばそうだった。
 千尋にはすごく我慢させてたもんね。



「愛、してるよ。千尋」
「……」

 愛してるなんて言っちゃった。顔が熱い。きっと真っ赤になってる。
 あれ?千尋が真面目な顔になった。
 体がくっついて…あっ。
 

「あ、あのう…」
「うん。俺体力あるからな」
「えっと、その、昨日散々したような」
「そうだな。蒼が我儘言っていいって言ってくれたからそうした」
「えぇーーっと、それならその、休んだほうが」
「やだ。次の順番はまただいぶ先だ」
「ひゃっ!」


 体の上に抱え上げられて、熱が触れる。
 慧が言っていた危険ってこれのことだったんだね…。


「ええと…あの…冗談だよね?」
「確かめてみるか?」
「……」

 そっと触れた手のひらが頭を抱えて、引き寄せられる。
 熱のこもった唇を受け止めて、瞳を閉じた。

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「あ、あの、その辺で許してあげてほしいんだけど」
 思わず声をかけると、荒んだ顔の慧と昴が振り向く。コワイ。



「俺たちが散々な目に遭っている間、こいつがどれだけ甘い時間を過ごしていたのかと思うと腹の虫が収まらないんだ」
「そうだねぇ。唇ぱんぱんでツヤツヤしやがってふざけんなよ…」
「グーでもパーでも甘んじて受けるぞ。俺は幸せだ」

 慧の言葉尻が危うい。昴はニコニコしてるのに目が怖い。
 正座してる千尋は対照的に満面の笑顔だ。
 何が起きてるの。



 あの後いつまでも帰ってこない私達に昴がカンカンになってGPSを辿って迎えにきて、真っ黒な洋服を着せられて事務所に帰ってきました。はい。

「私だってしたかったし。お薬のせいあったし、千尋のこといじめないでほしいな…」

 しょんぼりしながら言うと、昴と慧がため息をついて、ソファーに座ってくっついてくる。
 
「俺はまだしてない」
「俺だってしばらくしてないんだが」

 千尋はデスクに戻って、ルンルンでパソコンを立ち上げてる。

「順番的に次は俺だぞ」
「ちょっ、まだしてない俺に譲っても良くない?」

「だめだ」
「ボスのくせに!」

「ボスの言う事を聞いてくれるよな?」
「くっ!!!」



 なんか面白くなってきちゃった。
 ボロボロのスーツ姿の二人に囲まれて、思わず笑いをこぼしてしまう。

「そんなにしたいの?」

「そ、そうじゃない。やっと両思いになったんだからその…」
「あれ?そう言えば昴には好きって言われてないような」

 昴が俯き、慧がニヤリと笑う。


「仕方ない。先輩が譲ってあげるしかなさそうだなぁ」
「慧は優しいね」
「くっ…屈辱的だ」



 千尋が苦笑いで立ち上がる。

「そろそろご飯にしよう。蒼の車も届く頃だしドライブでも行こうか」


 私もすっくと立ち上がり、ドアを開ける。


「私のFDを迎えます」
「「はい…」」

 スタスタ階段を降りていくと、しょんぼりした二人と苦笑いの千尋がついてくる。



 FD!私のかわい子ちゃん!!!待っててね!

 

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