爪先からはじまる熱と恋 R15版

只深

戦闘準備


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 千尋side

「参ったな。完全に銃の扱いがプロだ。俺たちよりうまい」
「どこがスクラップなんだ。ファクトリーはおかしいだろ」
「あそこは人を人とも思ってないからじゃない?蒼の魅力は人間じゃなきゃわからないよ。色んな意味でね」




 人を人とも思わない、か。
 蒼はファクトリーが産出したにしては人間臭すぎる。癖があるが、腕は一流だ。もう間違いない。
 ファクトリーなら遊びがないただの殺人兵器しか生み出せないはずだからな。

…だから、蒼は弾き出されたんだ。
 勝手な憶測だが、当たらずとも遠からずな気はしてる。
カメラアイなんかなくたって、蒼は本物だった。




 慧が壁にもたれながら熱のこもった視線で蒼を見つめている。
 ピアスをひとつもしてない。穴だらけの耳がやけに涼しそうだ。

「蒼にあの話したのか?」
「うん、全部話した」
「…どうだった?」

 反対側から昴が覗き込んでくる。
 昴は慧の親みたいなもんだしな。心配なんだろう。慧の顔を見ればわかるのにな。
蒼が慧を呼ぶ時の音も少し変わった。



「さっきみたいに怒ってたよ。あの子の事を最低、バカちん!って。激おこ最上位だってさ」

「予想外の反応だな。慰めるかと思った」

「嗜められたよ。自分を殺しただけだ、ピアスなんか二度とするな、自分を痛めつけるのはやめろって。…本当に嬉しかった」

 慧がほんのり微笑んで、蒼の元へ駆けていく。手袋を取って手の怪我を見てる。




「千尋…首のキスマーク気付いたか?」
「あんな顔されてちゃ言えないだろ」

「まぁな。…ドレスを買ってくる。弁当持ってきたんだろう?」



 昴にイタズラな微笑みを投げられて、しっしっ、と手で追いやる。

「気絶させてでも止めたいんだが」
「やってみるといい。無駄だと思うが」

 昴が手を挙げて射撃場から出ていく。
 蒼の指先に滲んだ血を慧が消毒して、絆創膏を貼ってる。
 時計を見ると、昼には早いが…夕食を食べてからパーティーに行かなければならない。そろそろ食事にしておくべきだろう。




 微笑みあう二人を見る。
 さっきまで、昴と二人で不幸のどん底にいた。昴の代わりに死んでもいいとまで思っていたのに。

 蒼はここに来てからかなり感情を見せるようになった。初日は能面みたいな顔をしてたのに。
 まるで、生き返っていくように。笑顔も、怒った顔も、困った顔もキラキラ輝いて見える。
 今も生命を燃やして、短いゴールに向かっていっているのに。

 どうして、こんな事させてるんだ。
 自分の手を握る。昨日切ったばかりの爪が手のひらに食い込む。
 希望的観測に蒼を巻き込むなんて愚の骨頂だ。
今日一日が終わる頃に、蒼を気絶させてから出かけるつもりだった。


 それでも、蒼の可能性に目が向いてしまう。
 傷つけたくないのに。
 あの子は大切な子なんだ。
 それなのに。

 ため息を落とし、ホルスターケースを取り出す。レッグホルスターにするしかない。どうせ見えても問題ない集まりだ。

 慧が拳銃をしまって、蒼が歩いてくる。



「なんとなく感覚が戻ってきたよー」
「そうか」

「それ何?」
「足につけるホルスター。ドレスなら必要になる」

「わぁ!かっこいいね」
「蒼、このあと毒についてある程度教えて、作戦を覚えて、参加者の名前や顔を覚えるんだが。本当にやるんだな?」



 にっ、と口角を上げて、蒼の瞳に炎が灯る。

「やる」

 強い色の瞳が俺の中の期待を燻らせる。
蒼につられて火が起こってしまいそうだ。




「その前に昼だな。お弁当があるぞ」
「チヒロのお弁当!!」

 抱きついてくる蒼を受け止めて、目を閉じる。まだ結論を出すのは早い。
 時間だけは、まだあるんだから。




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「毒っていうのは裏稼業では見分けがつかない事が多い。用途が限られている場所で、危険かそうじゃないかの判断をするしかないんだ。
 口に入れなければ毒にならない。硫酸とかああいうものとは全く別物だ」

 卵焼きを口に入れながら蒼が頷く。


「パーティーで主に使われるのは大体が致死性の高い毒。成分なんかあってないようなものだ。裏会社が作った毒成分が検出されないものすらある。逆に言えば不凍液なんかも結果毒に値する」

「冷却水はどれも口に入れたらマズいよね。あと漂白剤もでしょ?」
「そうだ。毒を毒たらしめるものは摂取した後の効果だが、それを摂取しないのが一番。
 たとえば飲み物に仕込まれた場合。
 パーティーで渡される飲み物は口にするな。
 リップをしっかり塗って、皮膚に染み込まないよう唇に触れるだけでも飲んでるフリが通じる。本当は触れないのが一番いいが、じっとみられてる場合は少量だけでも触れないとまずい。乱闘騒ぎにするつもりがなければ、な」

「ふむふむ、飲まなければいいってことね」

「…そう。要するに演技で回避する。
 その前に、毒かどうかは確認しなければならない。ウチの組織で使ってるのはこれだ」


 ガラスケースに入った細い紙の束。
致死性があれば色が出てくるという仕掛けのもの。

「これを使うのは昴の役割。皮膚に触れただけで死ぬような猛毒はすぐにわかる。バーテンに潜入するのは毒入りかそうでないかを見分けるためだ。俺はバーテンの仕草が下手くそだから無理だが」

「そうなの?」
「ちまちました作業が苦手なんだよ」

「おにぎりいつも可愛いのに?」
「そ、それはまた別だ」



 目とほっぺのついたおにぎりを眺めて蒼が微笑んでる。
 蒼がフォローしてるキャラ弁の人は、いつもそのおにぎりだったから。ハムをストローでくり抜いて、ごまをつけるだけだが蒼はああして嬉しそうにしてくれる。
 それを思えばなんてことない手間だ。


「チヒロの見た目なら似合いそうなのに。髪の毛オールバックとかにして、シャツ姿でしょ?絶対かっこいいと思う」
「…そうか」
 
 夜の髪型が決定したな。

 

「もうひとつ。よく使われるのは媚薬だ」
「媚薬って存在するの?」

「媚薬、催淫剤はつまるところ血液への作用になる。または脳内物質を強制的に排出させる薬剤。
 バイアグラやレビトラ、ヨヒンビンという一般に知られているものは催淫効果はない。
心拍数の変動、血圧の変化が起こった結果で性的欲求が生まれる可能性がある。
 交感神経a2の受容体遮断作用、セロトニンに対する拮抗作用があるものの直接的に性欲が増すわけじゃない。人間の錯覚作用やプラシーボ効果によるものがメインだ」

「女性の場合はエストロゲン、男性の場合はテストステロンを増やせばそうなるんじゃない?」

「そうだ。女性の受身の性衝動はエストロゲン、男性の発散したいという欲望はテストステロンによるものだ。
 感情にも作用している。寂しいというのはエストロゲンが原因らしいが。最近の裏稼業で流行ってるのはそれを脳指令で大量に発出されるものもある。独特な匂いがするからすぐにわかるが」

「ご飯食べながらする話じゃないよねぇ…」



 慧は微妙な顔になるが、この後の覚える作業の方が大変なんだ。
 時間は有効に使わないとな。

「媚薬を使われるのはどんな場合?」
「今回に限って言えば…俺たちに言うことを聞かせるために蒼に盛るとか、後で脅すために俺に盛るとかだろうな」

「ふぅん。死ぬようなものじゃないね。わかった。あとは気配察知の問題な気もするね。
 私が知ってるのは、飲み物に対する空気感。それはちゃんとわかるよ。随分前に思い出してるから。
 あのー、元カレがね…良く薬剤を盛ってたから懲りてるの」

「なんだって?」

 眉を顰めてしまうが、蒼はなんとも思っていない様子だ。
 昴からも聞いているが、元カレはどこまで酷いやつなんだよ…。



「別れ際が一番ひどかったかなあ。こう、私をヘロヘロにしてAV撮影したりとかしたかったみたい。大体先に察知して逃げてたから何にもなかったけど。今回はそれが役に立ちそう」

 蒼は唐揚げをつまんで微笑んでる。
 慧は横で頭を抱えてる。
 二人とも人を見る目がないな。



「毒は問題ないかなぁ、あとは人を覚えるの?」
「…流したくない話題だが仕方ない」

 棚のファイルに昨晩まとめた、主要な参加者と警察の人間の情報をまとめたファイルをどさどさと蒼が使ってるデスクに重ねる。


「参加者は百人前後だが、昴のように潜入してる奴がいる。警察の人間の方が厄介だ。変装してるからな」
「はぁーい。耳がわかればいいんだよね。変装はそこで見破るの。耳を弄れるところは決まってるから」
「…もうほとんどそう言うことを思い出してるのか?」

「うーん?必要なところだけ今は取り出してるけど、記録されているものが点でそれを繋ぐように思い出しているから…後からたくさん出てくるかも。あんまりいい思い出じゃなさそう。父と母は研究所の人だった気がするの」


 先に言われてしまった。慧に言われて調べた結果、確かに研究所の人員だった。
 接触はしてない。現時点の情報ではおそらく、もうできない。

「理由がわからないけど。処分予定だった人を連れ出して本人達も逃げてるなら、もう生きてないんじゃないかなとは思ってる。
 どう言う暮らしをしてたのか、本当に思い出せないって言うことは…何かあったんだとは思うけど。今はまだそこに触れたくないな…」

 しょんぼりと箸を置く蒼に慧が寄り添う。



「そうしなよ。思い出しすぎも良くないから」
「うん…慧は今日どうするの?」

「ボスにくっついて潜入か、スナイプする奴がいないか外を走り回る羽目になるかな」
「そっか、よし。ご飯食べてさっさと覚えるっ!」

 もりもりお弁当を食べ出す蒼。
 もう、お弁当を作るのも手慣れてきたな。
 俺の家のキッチンは蒼のための食料ばかりになった。…今日泊まりに来るのか?どうなんだろう。
 
「パーティーなんか早く終わらせてチヒロのお家に行きたいな。楽しみだなぁ」

 やはりそうなるのか…俺は怖い。蒼は俺たちに対して結論を出そうとしてる。しかも、その前に危ない思いをするんだ。
 …嫌な予感がするな。

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「sdjファイナンスの子会社専務の間裕樹、46歳」
「桜田co.の社長 桜島肇、62歳」
「スーパースーツの広報担当の島田遥香、32歳」

 蒼が水筒の水を飲みつつ、スラスラと答える。
 ひっかけ問題もハードルにすらならない。
 なんで桜田という名前の会社社長が桜島なんだ。意味わからん。



 一連の資料を読み終えて、暗記できたと言うのでシャッフルしてチェックしているが…すごいな。完璧だ。

「変装もわかるし蒼は優秀すぎだね」
「ふふふ。ホテルの経路もバッチリ」
「くっ…」

「ただいま。手伝ってくれるか」
「おかえりー昴!」
「おかえり、ボス」


 大量の荷物を抱えて昴が帰ってくる。
 俺は資料を片付け、蒼と慧が昴の荷物を分けてソファーに広げる。
 昴からの視線がうるさい。


「さて。結果は?チヒロ」
「はぁ…連れて行くしかない」
 
 昴と慧が苦笑いで頷き、蒼が両手を上げる。

「チヒロ!ホント!?やった!わーい!」
「うっ…」

 ぽそりとつぶやいた声に反応されて、蒼が抱きついてくる。
 コアラのように抱きつかれて、お尻を抱えて抱きしめた。



「いいか?絶対俺から離れるな。絶対何も飲み食いするなよ」
「うん!」
「あと、俺や昴に危害が及んでも…たとえば殴られても動かないでくれ」
「……」

 蒼がしょんぼりした顔で俯く。
 頭を押し付けて、呻いて。かわいいな。



「蒼?返事は?」
「…わかった」

 渋々頷いた蒼をぎゅうっと抱きしめる。
 俺が必ず守るからな。怪我一つさせずに帰るんだ。

 

「さて、俺は先に行く。蒼の事を頼む」
 昴の言葉に頷き、用意していたバーテンの服を渡す。

「死ぬなよ」
「お前もな」
 
 俺の体から蒼が離れて、昴の服をひっぱる。



「何だ?どうした?」
「ちょっとしゃがんで」
「???」
 昴をしゃがませて、ギュッと抱きしめる。

「昴、明日お話ししようね。ちゃんと無事に帰ってきてね」
「…あぁ」

 蒼が昴の唇にキスを落とす。
 …良いなあれは。どうせ慧も昨日しただろうし。俺だけしてないんだが。

 昴が頬を赤らめて事務所を出て行った。



「さて、じゃあお姫様の支度しよっか」
「支度?あっ。私お化粧道具ない…」

「あるぞ」
「えっ」 
「下着もちゃんとあるね。あー。黒か。」
「えっ!?」



 慧と二人で腰に手を当てて、蒼に告げる。

「覚悟は決まったか?」
「えぇ?!」

 目を白黒させる蒼。
 いつも驚かされてばかりなんだ、たまにはこう言うのも必要だな。
 

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