爪先からはじまる熱と恋 R15版

只深

going hot


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 蒼side


 朝は若干もたついたけど、マッサージで血行促進してもらってスッキリ起きて、チヒロのお家にお邪魔してる。
 いやこれは多分、チヒロのお家じゃない。

 ワンルームのアパート、畳が敷かれてほとんど何もない部屋。私が落ち着くレベルのお家。
 畳の上にチヒロと昴が正座で座ってる
な、何事?ちょっと怖い…。



「どうぞ」
「は、はい」

 チヒロに座布団を差し出されて、座る。
 慧も横に座った。
 
「まずは、昨日の話から。俺たちの事についてだ」


 チヒロと昴はビシッとしたスーツ。
 今日はチヒロのお家に行くからグレーのパーカーと黒いスキニーパンツで来たんだけど、慧もスーツを着てるから私だけ浮いてる。
 空気がピリピリしてるし。



「ここは俺のセーフハウスって言う、目眩し用の家。俺と昴はこう言う家をたくさん持ってる。朝からここに来てもらったのは、俺たちの本巣の話をするためだ。
 二人を騙したり、裏切るつもりはない。最後まで迷ったが、事態が進行してる。
 もう、どちらにしても話さなければならない段階になった」

 真剣な顔のままチヒロが話してる。
 昴は眉を顰めたまま目を瞑ってる。

「俺たちは、警察の人間だ。正確に言えば悪い組織に潜入する役割を持ってる。立場的に言えば昴が上司だが、現段階できちんと繋がってるのは俺だけだ」

「警察…」



 びっくりして慧を思わず見ると、苦笑いしてる。知ってたの?

「知ってたよ。俺はもう警告を受けた。おばあちゃんのふりしてる人に」
「おばあちゃん?あっ!?もしかして、白髪の、細身の…目が細くて鼻が小さくて耳が大きいひと?」
 
「あれ?蒼にも接触してたの?ボスがホテルに寄ったのはそれかな」
「昴、聞いてないぞ」

「盗聴器を仕掛けられた時のことだ。目眩しにホテルに寄った」

「なんだアレか。警察は公的組織だから手数が多いし、昴は放置されてるが蒼との距離が近いから探りを入れたんだろうな。
 慧もそうだが、昴も俺も親がいない。そういう奴は組織潜入に使える後腐れのない駒なんだ。
 使い捨てるつもりで潜入させたんだろうが、昴は組織内部で偉くなりすぎた。警察の繋がりがほとんどなくなってる。
 俺も警察ではもう上に上がるには難しい立場だ。
 連絡役ってのがついて、情報共有したりケガした場合とかは迎えに来てフォローするんだが、昴についたのがクソみたいな奴でな。
 昴は、蒼と出会った日にそれを待ちぼうけしてたんだ」


 
 あの日…そうだったんだ。だからあんなにしょんぼりしてたんだね。
 警察、潜入捜査、使い捨ての駒…でも、待って。

「昴は、シンジケートのボスになっちゃってるけど、大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない。本来潰すはずの組織を牛耳って利益を出してしまってるんだ。目の上のたんこぶどころの話じゃない」

「連絡役が繋がないから、俺はどうしていいか迷っていた。もう随分前から本巣はこっちだと思っている」
 
 あまりにもぽんぽん話されるから、混乱してる。何が起きてこうなったの?と言うか今後どうなるの?


 

「昴や俺の立場は警察内ではあまり良くない。俺の連絡役はきちんとした人だし助けてくれるけど、昴は完全に連絡を断たれてる。俺も、今朝引き上げ命令が来た。それから、打診もだ」

「打診?」

 慧が問いかけると、二人が頷く。

「昴が正規にボスとしてこの組織を動かし、警察の裏稼業をさせたいそうだ。
 形式上昴が警察のままになるのかどうかは不明だが、本人に連絡がないことを見ると…切るつもりで居るだろう。
 直前の目標としては、昴が統治するウチの組織よりもファクトリーの方が問題だと言う話しになった」



 なんだか、お腹の底からチリチリした感情が浮かび上がってくる。
 昨日、慧の話を聞いた時と同じもの。

「ボスはどうするの?」
「…今日の夜パーティーが開かれる。
 組織のボスとして招待を受けて、警察の上層部がやってきて会談という形だ」

「会談じゃないだろ。警察の仲間として守ってくれもしないくせに命令の形をとるんだ。
拒否すれば昴は始末される可能性が高い。だから、俺が行く。まだ警察と繋がっている俺の方がマシな結果になる」



 チヒロが決意に満ちた眼差しで伝えてくる。

「チヒロが行くの?俺も…」

「慧は駄目だ。パーティーに参加できるのは男女1組のみ。かなり限られた人数しか来ない。
 昴はバーテンダーで潜入、慧は蒼の護衛で留守番してくれ」

「この先は…どう、するの?」



 チヒロがわずかに躊躇い、口を開く。

「俺たちは駒として使われるのはもうやめだ。組織側の人間として警察と交渉する」

「……警察やめるの?ボスもチヒロも?」

「もう殆ど辞めてるのと同じだ。昴にはなんの後ろ盾もない。その上で利用してこようとしてるなら、そこに正義はない。
 俺たちは正義の名の下に働いてきた。
 日本の人のためにと言いながら人を殺し、自分も怪我をして命のやり取りをしてきた。
 俺たちの正義は変わらないが、大元の色が変わってしまった。それなら俺たちの色を貫くまでだ」

 

「…ごめんな、蒼」

 昴とチヒロが切なそうな表情になる。

「俺もチヒロも共倒れになる可能性がある。蒼の返事も聞けないかもしれない」

「パーティーっていつ?」
「今日の夜22時から。昴は20時から潜入、俺は時間通りに動く。」

 慧の腕時計を見る。朝8時半。まだ十時間以上ある。まだ、何もかも諦めるには早いでしょ。
 



「私も行く。男女ペアで入れるんでしょ」

 三人とも一斉に驚いてる。
 最近は自分でもビックリするほど感情に波がある。
 怒ったり、泣いたり、笑ったり。
 私ってこんな人だったかな。
 よくわからないけど、前よりもずっと生きてる感じがする。

「残って欲しいんだが」
「いや。今日の残り時間で教わるはずだったものを全部教えて。記憶が戻ればほとんどできるはず。私はファクトリーから出てきたんでしょ?」

「でも…」
「でももかかしもないの。実力行使しても抵抗するからね」

 シュルシュルと慧が撒き直した包帯を解く。
 裂傷だから治りにくいけど、ほとんどくっついてる。手袋をすれば問題ない。

 


「私、怒ってる」
 
 隣で慧がふ、と微笑む。
 もしかして、昨日と同じ顔してる?そうかも。

「な、なんで怒ってるんだ?」

「駒って何?私の大切な人を利用して、その生命の価値を勝手に決めて何様なの?
 昴もチヒロもどうしてされるがままなの?正義の色が変わらないなら、相手を殺してでも生き残ってそれを証明してよ」
「「……」」

「俺は蒼に賛成。朝復習したけど身を守る術はほとんどマスターしてるし、問題ない。あと、こうなったら止めても無駄だよ」

「ふんっ。交渉ごとはわかんないけど、わたしが二人を守るナイトになる。チヒロ、銃と毒教えて。あと、作戦あるでしょ?それも。パーティーとやらに参加する人も覚える必要があるし、秘密の暗号とかもあるでしょ?アイコンタクトとか。」 

「でも、そんな習ってすぐに実践なんて」

「やってみないとわからないよ。二人が危ないなら私を連れて行けるか試したほうがいいと思うの。人数はいた方がいい。足手纏いになるなら待ってる」
 
 二人の表情は変わらないけど、わたしも変えない。絶対譲らないからね。



「…やってみてダメなら、置いていく」
「うん。わかった」

「チヒロ…」
「どうせやる事なんかもうない。俺たちが共倒れなら知っていたほうがいいだろう。どっちにしてもな」
「そう…か」



 一人立ち上がり、腰に手を当てる。
「私の本気ってやつを見せてやるからねっ!」

 三人がへにょり、と眉を下げる。もう!ちょっと!しっかりして。

「ここはえいえいおー!でしょ!」
「またそれか」
「昴?今日はちゃんとしてね?」

 ベッドの上でえいえいおー!した時を思い出す。



 しょんぼりして待ってるなんて、してやらない。私は私の大切な人を守るの。
 
 精一杯の力で。



「打倒警察!えいえいおー!」
「「「おー…」」」

 力無い応答が小さな部屋に広がった。




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 薄い革の手袋をはめて、拳銃を握る。

「うーん」

 手の中にはベレッタM9がある。

「うーん」

 なんて言うか、違和感がある。なんか、重いような。しっくり来ない。
 あと、何かが足りない。
 唸りながら、あれが始まるのを待つ。
 映写機の音。あれはきっと今回使わなきゃならないと思う。何かを思い出す時にあの音がする。

 壁にもたれた三人を眺める。
 チヒロがジャケットを脱いで近寄ってくる。



「一回見せるか?」

 胸ポケットにタバコが見えた。

「チヒロ、それ」
 タバコをトントン、と叩く。

「えっ?吸うのか?」
「ううん。火をつけて。煙が欲しいの」
「煙?」

 微妙な顔をして、チヒロがタバコに火をつけて吐き出される白い煙。あ、懐かしい…この匂いだ。



 ふわふわ漂う煙、真っ黒な的。
 人形の的は銃的人型って言うの。
 殆ど穴が空いてない的は久しぶりに見る。

 白い煙の中で目を閉じる。
 イヤーマフを外して、手袋をきっちり締め直す。
 
「…蒼?」



 チヒロの灰色の瞳の中に、真っ黒な瞳孔が見える。あの人の影が重なる。大きくて、怖くて、いつもそばにいたあの人…先生が。
チヒロが吐き出した煙を胸いっぱいに吸う。
 カタカタ、パタパタと映写機の音が聞こえる。うん、これだ。



『本来ならM9を使うが、お前たちは消耗品だからな。M92だ。M9は軍用、92は民間用。プラスチックが使われてる』

 お酒で焼けた、先生の声がする。ああ、そうか。
 拳銃をなぞる。刻印も、造りもこっちの方が丁寧なんだな。だからしっくり来ないんだ。

『6条右回りなのは変わらん。発数がM9の方が一発多い。有効射程も初速も同じ』



 すでに外したセーフティーをなぞり、両手を掲げて二等辺三角形を作る。肘は少し曲げたまま。
 膝を曲げて、少し前傾して焦点をフロントサイトに合わせる。
 わたしは利き目が左だから頭を右に傾ける。

「going hot」



 呟き、トリガーを指の腹で引く。
 発射された弾がタバコの煙を引き裂き、的に吸い込まれていく。

 反動で上がる先端。手首から先を柔軟に動かして跳ね上がりを抑えてエイム。
 同時にトリガーリセットのポイントまで指を戻す、ウォールの位置まで素早くトリガーを引く、ウォールの位置から最後まで引き切る。繰り返し、繰り返し。

 5発打って、静止、5発打って静止、最後の5発を打ち切り、つぎのマガジンを…腰に手をやって、スカッと空振りする。
 あ、そうか。マガジン用意してなかった。

「わー。手が痺れた…」

 筋力が落ちてるのかも。ずっと撃ってなかったし。
 

「的確認お願いしまーす」
 手を挙げて空薬莢を拾う。
「「「……」」」

 あっ、しまった。癖でやってしまった。
 嫌な癖だなぁ。今まで覚えてなかったのに。
 手を下げて、チヒロに苦笑いを向ける。



「ごめん、癖で」
「やっぱり撃てたのか。しかも速射のやり方まで完璧だし。そうか…」

 「エイムが早すぎる。反動の戻し方まで完璧じゃないか」
「蒼、何発までやる気だったの?」

「記憶だと30まではやって、的確認して外してたらゲンコツもらって、それを数時間繰り返してたかな?その辺まではちょっと思い出せないかも」


 肩をコキコキ鳴らす。
 手も肩も痺れてるけど、もっと大きい銃を使って手首が外れる方が辛かったし、ゲンコツの方が痛かった。
 銃は問題ないかな。使える確信が持てた。



「殺しに行くんじゃないならマガジンの予備はいらないよね?」
「そうだな。そうなる予定だ。」
「ドレス着るから予備は持っていけないかなぁ。一つくらいは持てるかも」

 横で苦い顔をしてるチヒロにハンドガンを差し出す。代わりにM1911を差し出される。
 日本だとコルトガバメントっていうんだね。
 

「M92使ってたからM9はちょっと重かった」
「20gくらいしか差がないぞ」

「あはは。女の子にはわずかな差がブレに繋がるんだよねぇ。
ちゃんと当たったかな?」


 チヒロがブースの中にあるボタンを押す。頭の上にある画面にアップで的が映し出された。

「わー、バラけたねぇ」
「バラけたって言えないだろこれは」

 的に全弾当たってるけど、心臓あたりに穴が多数。調子が良ければ穴ひとつのはずなのにな。



「もう少しやろうか。痺れは?」
「ちょっとあるけど平気。」
「タバコもいるか?」
「ううん。もう思い出したから大丈夫」

 

 紙の箱から実弾の束を引き出し、マガジンに詰めていく。スライドを引いて、マガジンをセット。
 チヒロが離れて、三人が後ろで視線をわたしに纏わせる。
 検定の時みたい。わたしは落ちてばかりだったけど。

「going hot」

 小さく呟き、もう一度引き金を引いた。








 

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