爪先からはじまる熱と恋 R15版

只深

陥落


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ケイside


 コープシングが言い澱みながら、電子カルテに目を落とす。
 

「蒼はいじられすぎてる。
 今生きて動いてるのがアタシには信じられない。本人の強い意思なのか、ファクトリーを出る時に何をされたか知らんが死んでいてもおかしくないんだよ。
 スクラップ、と言われていたんだ。意味はわかるだろう?あの子は失敗作として死を待つのみだったんだろうな…。
 ファクトリーでのスクラップは、普通人体実験に使われる。カメラアイはおそらくそこで発現したんだ。
 いろんな実験で脳をいじられ、体をいじられて、あの子は生命維持が下手くそになっちまった。記憶なんかないほうがいい」

 目を瞑り、深呼吸を繰り返す。
 落ち着け…落ち着け。事態をきちんと把握しなければならない。俺の感情なんかに足を取られている場合じゃない。



「……ふーっ。それで、あとどのくらい保つ?」

「生命の維持が壊れ始める兆候は、まず血管から。次に来るのは足だ。苦しみも痛みもなく、突然歩けなくなる。
 最終的には排出や呼吸もな。完全介護が必要だ。そう言う施設に入るか、家庭で面倒を見るかによるが…」

「エクモも駄目か」 

「対外式膜型人工肺は回復を待つためのもの。
 一度そうなればあの子は回復しない。おそらく、保って数年だ」

「蒼のファクトリーが出した兵器の平均寿命は判明してないのか?」

「あそこから出た兵器が見つからないんだよ。普通あんないじり方しない。DNAレベルで傷がついてるから後から何にもできない。セカンドが見つけてるのは死体ばかりで、生存時のデータは見られてない。
 とんでもない欠陥を作り出すファクトリーだ。もしくは、正しく人体実験の研究所なのかもな」

「普通のファクトリー出なら最低でも六十年くらいは生きるだろ?長寿の人もいるはずだ。どうやっても無理なのか?」



 縋り付くように伝えると、コープシングが絶望のかおに変わる。

「もう…アンタ手遅れじゃないか。自分が今どんな顔してるかわかってんのか?」

 ぐうの音も出ない。
自分の顔がどんなものか分かってはいる。
理解はできてないけど。

「老後と呼べる年数は無理だ。今から気をつけてもなんの意味もない。
 何もできないから、せめてやりたい事をやらせてあげた方がいいんじゃないか?幸せにしてやりなよ」



 目の奥が、痛い。
 心臓の鼓動が早くなるのを抑えられない。
 長くないって、なんだよ。

「年数は…ハッキリしないのか」
「経過を見てないからな。朝起き上がれなくなったのがいつからかの記憶がない。そして、スクラップがなぜ世の中にいるのかもわからない。
死んでもいいような事されてるんだぞ」 

「個人的見解は?」
「憶測でしかないが。30を迎えられるかどうかだ」
「…あと五年も…ないってことか」

「身体強化をファクトリーから出す時に施してあるんだろうと思うよ。これも推測だが。ソレのおかげで今は普通に暮らせてる。現状で行けば完全介護は最後の一年だ。一気に来て、そのまま衰えて……」

 手を挙げて、その先を遮る。
 無理だ。耐えきれない。



「あんたもヤキが回ったな。残虐非道なサードがこのザマとは」 

 俺も、そう思ってたところだ。
 人を殺めて苦しめて。散々非道なことをやってきたのに。
 コープシングが虚空を見つめる。
 
「でもさ、なんかいいな。あの子目が綺麗だ。頭がいいって言うより賢いし、本当に悪意がない。子供作るなら早めにしてやれよ。リミットは2、3年だ」

「子供の話なんか…するな」

 

 コープシングが眉を下げる。

「あんたまだ引きずってんの?あのメンヘラクソ女」
「悪いかよ」
「その上であの子にお熱?」
「うるさい」

 はぁー。と大きなため息を落とされる。
 ため息で言葉の代わりにするのやめろ。



「まずはそれ話してからじゃないの?アタシはボスよりあんたとくっついて欲しいんだけど。あの子はあんたの救いになり得る」

 救い、か。
 俺の内情を知ってるのはボスと、チヒロとコイツだけだ。蒼に話すべきかどうかは、正直まだわからない。簡単に背負わせられるものじゃない。

 でも、蒼にタイムリミットがあることがわかった以上はのんびりしてられないな。
救いを求めてるんじゃない。そういうのじゃ、ないと思う。俺が救われなくたっていいんだ。



「お、帰ってくるぞ。その顔なんとかしろ」
「本当にうるさい」

 舌打ちを落として、防犯カメラに映る蒼を見つめる。
 どこまで俺たちをかき回すんだあの子は。
 本当に、困った。

━━━━━━



「今日の昼は何食べたいー?」

 ニコニコしながらエンジンをかける。
 週明けには蒼の車が来るから、みんなでドライブでも行くかな。それにしてもあの土間さんが自分の愛車を譲るまでになるとは。蒼に会ったらみんな絆されてしまう気がしてならない。

「ケイのおすすめラーメンがいいです!」
「えっ、ラーメンでいいの?なんかこう、ゴージャスなやつとか…食べたことないもの食べに行かない?フカヒレとかお肉とか」

 今のうちに、なんでも食べさせたい。
 美味しいもの。

「フカヒレラーメン!?」
「ラーメンから離れないのかぁ」

 二人してくすくすと笑う。



「ねぇ、ケイ。私は人造人間なんですかね?」
「んぁー。正しくいえばちょっと違うかもしれないけど、そうかもね」
「そうすると前の携帯に入っていた友人は偽物かな。父と、母も。」

 そうだ。擬似父母をしていたあの人たち。 まだ行方を掴んでいないけど、もしかしてあの人たちファクトリーの研究員なんじゃ?

「偽物かどうかはわかんないけど。携帯に連絡先あったの?」
「家を出てから全く連絡していませんし通じるのかもわかりませんが」
「うーん。調べてみよっかぁ」

 もう、調べてはいる。掴んではいないけど。
 チヒロにメッセージを打つ。緊急のマークをつけて。蒼の命に関わることだ。文字が少なくてもチヒロならわかってくれる。


「画面を見なくてもメッセージできるんですか?」
「できるよー。手先は器用だからさ。とりあえずフカヒレラーメンのお店にいこっか」

「はいっ!フカヒレがどんな物か知らないので楽しみです」
「食べたことないの?」
「ないですよ!多分。」

 ルンルン気分になってる蒼。
 信号待ちで止まり、注意深く観察する。
 本来ならあの話にショックを受けているはずだけど。じっと見つめてると、蒼が溢れるような笑みを浮かべて来る。…かわいい。

 


「あらっ?見とれましたか?」
「ど、どこでそう言うの覚えたの」
「昴がよく言うんです」

 ん?呼び捨て?

「ボスのこと呼び捨てになったの?そう言えば今朝タメ語で喋ってたな…」
「成り行きですねぇ。」

「チヒロにも言われてるでしょ、俺たちにもタメ語にしてよ。最初の日はしてたでしょ?」
「あの時は…うーん。みんなに敬語だから揃えた方がいいかなって…。小娘にカジュアルにされて嫌じゃないんですか?」



 蒼がお財布を取り出して、メモを触ってる。
 あー、その仕草はちょっと胸にクるものがあるんだけど。

「嫌じゃないよ。あのさ、蒼はボスのことどう思ってるの?」

 キョトンとした顔になる蒼。
 信号が青になり、アクセルを踏む。


「それが難しいの。特別な人ではあるし、男性としてどうかと言われたらおそらくそう言う対象なのだとは思う。私はそこがちゃんとわからなくて…わかりたくないのもある」
「…なるほど?」

 うーんうーん、と呟きながらぶつぶつ言い出す蒼は真剣そのものだ。
 タメ語にナチュラルにしたのはすごく衝撃的。この子は攻撃力が高いんだ。色んな意味で。



「たとえばチヒロとか俺にボスがしてるような事されたらどうする?」
「ん?二人に?キスとかそう言う?」
「そうだね」

「うーん?した事が無いからわからないなぁ…こういう物ってする前にわかるの?」

 流石にそれは…嘘でしょ?鈍いって思ってはいたし、分かってはいたけど。
 好きならそう言うところで区別がつくのに。どう言えばいいんだ?



「逆にしないとわからないって事?」
「…あの、正直なこと言ってもいいかな」

 もじもじしながらメモをお財布にしまいなおす。俺が買ってあげた財布に入っているのは、俺とチヒロが勝手に突っ込んだ札とメモ、免許証とポイントカードだけ。
 彼女の持ち物は、少ない。
 すぐにでもいなくなってしまいそうな感じがする。だからボスはやたらものを買うんだと思う。俺も、チヒロも。全員手遅れな気がしてならない。追加の情報を早く二人に吐き出したい。
 一人で抱えきれなくてキツい。



「正直なことか。なんだろう?教えてよ」
「私、そう言う行為に対しての倫理観のようなものが存在していない気がするの」
「倫理観?どう言う事?」

 ハンドルを切りながら頭の中にはてなマークが浮かんでくる。

「恋人とか好きな人ができたら普通、他の人としたくないでしょ?だからそう聞いたんだよね」
「ま、まぁそうだね。」

「そもそも、好きってどう言う段階から?好きって何が証拠になる?
 大切だな、とか特別だな、とかそう言う事が好きなら、私はケイも、チヒロも、昴も全員そうなんだけど。かっこいいな、とかドキドキしたりとか、そう言うものがずっとある」

「……」

「記憶にある恋人だった人は、やる事はやってたけど、気持ち良くも無かったし満たされることはなかった。怪我してばかりだったし。
 それでも別に昴との行為自体に嫌だなとか思ったことはないし、さっきの質問に本気で答えるなら、本当にわからない。
 やってみないことには判断ができないけど、今の段階でされても嫌だと思うことは無い気がしてる」

「………」




 うん、キャパシティーをオーバーした。
 頭の中が凍りついてる。

「こう言うの、遊び人って言うんでしょ?英語で言うならびっ…」
「ちょ、ちょっと待って…それはやめて。」

 路肩に車を停める。
 ハザードをつけて、フットブレーキを下す。運転なんかしてられるかっ!

「俺がキスしても嫌じゃ無いの?」
「うん」
「チヒロも?」 
「うん」


 
 思わず頭を抑えて、唸る。
 多分、これは言葉通りに考えてはいけないレベルの会話だ。
 さっき言ってたコープシングの脳みそいじられすぎ発言、過去にされてきたであろう教育、記憶にあるたった5年間の生活の上での倫理観と考えるべき。

 それでも身の振る舞い方は、誰彼構わずしてきたわけじゃ無い。
 自分から求めているとしても、今のところボスだけのはずだ。
 相手を決めずに自分の欲望を発散させている人とは違うとは思う。いや、確認は必要か。



「そう言うのとは違うと思うよ。危険な思考だとは思うけどさ。例えばだけど、今日会った東条とは?キスされたらどうする?」

「殴る」
「はい?」

「殴る。今日教えてくれるんでしょ?ケイが」
「や、はい、うん、待って。」



 両手で顔面を押さえて、ハンドルにゴン、とぶつける。

「すごい音したけど、大丈夫?」
「気にしないで……」

 真っ暗闇の中で、ケケケと悪魔が笑っている気がする。



「駐車場のおじさんは?」
「殴る。いい人だからしないよ」
「ううっ。ど、土間さんは?」
「殴らないけど怒る」
「くっ…他の男は?そこにいるイケメンとか!」 

「殴る。私みたいな平凡な人にキスしたい人なんてそんなにいないと思うけどなぁ」



 殴ると言う言葉をちゃんと理解してるのか?なんでこんな漫才みたいなやり取りしてるんだ。
 蒼にキスしたいと思ってるのは今のところ三人ほどいます!あと普通の子ではないから!
 ハンドルの下から蒼が覗き込んでくる。
 ぺろん、とおでこを出して、無邪気な顔だ。



「私なんか変なこと言った?大丈夫?」
「ちょっと待って…マジで」

 顔を上げて、まっすぐに蒼に向き直る。

「つまりボスと、チヒロと、俺にはされてもいいけど他の人は嫌なんだよね?」
「あっ、そうなるね。他の人はできればしたく無いなぁ」
「それ、どう言う意味なの?ボスだけ特別とかじゃなくて?メモずっと持ってるでしょ?」



 カバンの中から財布を取り出して、両手でぎゅっと握りしめてる。



「このメモは、心が形になったものだと思う。これは目に見えるし、確かなものとしてそれを触る事ができる。
 もし…ケイと、チヒロがくれたらそれも一緒に大切にする」 

 ほんのり頬を染めて、微笑んでる。
 天使に見えるけど、中身に悪魔がいる気がする。頭が痛い。



「と、とりあえず、その、他の人としないならいいとおもう。ごめん、ちょっと頭の中整理する。待っててね」

 言ったはいいけど、整理し切れるのだろうか。頭の中をぐるぐるさせながら唸る。

 誰でもいいわけじゃないけど、対象が三人いる時点で若干ズレてる気はする。お互い向き合っているのは…希望的観測を含めてそうだと思う。
 それなら危険性は今のところない、とは思う…他の人に手出しされたら、殴るって言ってるし。

 逆に言えば、ボスは手を出しやすい環境だし、本人に許されてるからそう言うことしてると。俺も手出ししていいのか?いや、でもどうなんだそれは。



「ねーえ、そう言うところがいいなって思うの」
 
「へ?」

 ニコニコ微笑みながら、蒼がボスのメモを複数取り出す。そんなにあるのか。

「このメモもそう。これは私に対しての気遣いでしょう?目を覚ました私が心配しないように昴が書いてくれたから、大切なの。
 チヒロも、わたしが怪我したのを自分のせいだって謝ってくれた。わたしが勝手に集中しちゃっただけなのに。お弁当も、お菓子も忙しいのに私のために作ってくれてるし。
 昴は、私が言葉に出来ないことを勘違いしていたけどちゃんと謝ってくれた。私のパジャマを変えて、シーツを変えて、怪我もちゃんと手当てしてくれたし。毎日お姫様みたいにお肌のケアをしたりして大切にしてくれる。
 ケイもそう。わたしのお弁当の好みがわからなくて山盛りで買ってきて、ナポリタンが好きなの覚えててくれて、昨日も買って来てくれた。
 今もそう。ケイはわたしが変なこと言ってるのにちゃんと受け止めて、考えてくれる。
 元彼氏はわたしのこと変だって言うし、最後まで話を聞いてくれなかった。
 だから三人は特別なの。私にくれる優しい心が好き。」

「蒼…」

「私のことをちゃんとみて、向き合って、大切にしてくれる。みんなの立場からしてわたしを殺した方が楽なのに。
 私が生きてることで、組織やみんなの危険が増しただけなのに。
 こうしてわたしを生かそうとしてくれる。
 わたしは…何にも持ってないのに。
 だから、私があげれる物ならなんでもあげる。何でもやらせて欲しい。それしかできないでしょう?」


 
 蒼の瞳を見つめる。
 曇り一つない。眼振もなく、瞳孔の異常な収縮もない。
 穏やかな色。

 本気で言ってる。本当にそう思ってる。
 一拍遅れて、心臓が直接殴られたような感覚に陥る。なに、これ。胸が痛い。

 自分の胸を掴んで、体で抱え込む。あまりの衝撃に声が漏れる。
 なんだこれ?なんだこれ??



「ケイ?どしたの?痛いの?」
「……」
 
 何を言っていいかわからない。
 蒼の中に悪魔なんかいない。真っ白な心の天使じゃないか。
 こんな子が本当に存在するのか?幻じゃないよな?

 頬に思わず手を伸ばす。
 つるつる、もちもちした肌。
 暖かい。生きてる。

 

 くすぐったそうにして、微笑む彼女がただひたすら綺麗で、手が震えてくる。
 体が勝手に動いて、唇が重なる。

 柔らかい感触にハッとして体を引くと、蒼の目が見開かれて、後に緩やかに口角が上がり、目が細くなる。…笑ってる。



「…やっぱり、嫌じゃなかった」

 今度こそ俺は完全に思考を停止した。
 

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