爪先からはじまる熱と恋 R15版

只深

サイドターン



「ま、まさか!!BRZ!?スバルですよね?間違いない!!きゃあぁ!」
「こっちこそまさかなんだが…知ってるのか」

「チヒロ知ってる?」
「知ってるわけないだろ。これは会社の付き合いで買った車だ。珍しい車のはずだから見てわかるのは相当だぞ」



 ビルの地下、駐車場に停められた複数台の車。スポーツカーが1台しかないが乗っていくか?と言われたからノコノコ来てみました!
そしたら、まさかのスバルBRZ!珍しい!!!というか実車は初めてみた。綺麗な流線型…スバルらしいブルーがとっても綺麗。

「トヨタ86の兄弟車ですよー。スバルが珍しく四駆じゃなくて、FRで、しかも水平対向エンジン!スバルのオタクメカニズムです!なんて稀有なお車を…!!しかもマニュアル車ですよ!?わああぁ……すごい…かっこいい…」



「完全に車オタクだな」
「メーカーの人より詳しいんじゃないの?」
「名前を呼ばれているようで落ち着かないんだが」

「昴さんがスバルに乗るのは良いですね!素晴らしいです!!」
「複雑なコメントだな…若干親父ギャグを感じる」
「この子が生産終了したのは残念でしたが、まさかお持ちの方がいるなんて。うぅ…」

 思わず涙が浮かんできてしまう。



「そこまでか」
 昴さんが呆れてる。でも止められぬのです。

「と、とりあえず買い物に行こ。閉まっちゃうから」
「はいっ!!」
 

━━━━━━

 
「うえぇ…」

「変な声出さないの。どれにするー?」
「あの、ここで選ばないとダメでしょうか」

「他が閉まってる時間だからね。一般的に人気があるのはこれでしょ?」
「六桁のしかないんですか」
「そりゃそうだよ。エルメスだもん」
「うえぇ……!」



 お財布を買う、と言ってやってきたのはエルメス。こんな高級品を使うなんてとてもじゃないけど無理。
 このお値段帯という事すら知らなかった私が持っていいはずがない。縫製も綺麗だし、型もしっかりしてるしそう言う価値がある物だと分かっていても私が使うとなるとどうにも納得できない。



「ケリーは開け閉めがしにくいな」
「バッグと同じ仕様なのか?財布はあまり使わないだろうから別にいいだろ」

 昴さんとチヒロがお財布を空け閉めしてるけど、そういう問題では無いんですが。
 

「いらっしゃいませ。プレゼントをお探しでしょうか」
 スーツにスカーフを首に巻いた店員さんがやってくる。お綺麗な方だ…指先まで綺麗に整ってる。



「そうなんだ。値段を気にしてるから見繕ってくれるかな」
 ケイが何かのカードを渡してるけど、なんだろう。



「大変失礼致しました、こちらへどうぞ」

 店員さんが頭を下げ、奥の部屋へ誘う。当たり前のように昴さんもケイもついて行くのはどうして???

「ほら、行くぞ」
 チヒロが私の手を握って引っ張っていくけど、な、何?どこ行くの?


「こういう店は顧客用の部屋があるんだ。お菓子もあるぞ」
「え?え??お部屋??お菓子???」
「ちょっとー抜けがけしないでくれる?」

 ケイが反対側の手を握る。2人に手を握られて、笑顔を向けられるけど、何が何だかわからない。

「何が起きてますか?どこに連れて行かれるんですか?」
「商談用の部屋。」
「エルメスルームってやつだよ」

 えっ!?なにそれ??



━━━━━━

「ありがとうございました」
「はいはーい」

 店員さんが沢山お見送りしてくれて、ケイが手を振ってる。



「???」
「ほら、帰るぞ」
「え???」
「車を運転してもいいがどうする?」
「はっ、それはぜひお願いします」
「ぷっ……そこまで好きなの?」

 三人に代わる代わる背中を押されて、運転席に押し込まれる。
わぁ、サイドシルが低いから乗りやすい。そうではなく!!!


「あ、あの、まさか買いました?」
「買ったよ。ほら」

 ケイが持ち上げたのは小さめのオレンジ色の紙袋。一つ可愛いな、と言ったら次々に出されるお財布たちが一斉に引っ込んで、お菓子を食べていたら帰るよ、と言われて。



「い、いつ買ったんですか???」
「さっき一緒にいたでしょ。まさか記憶喪失?」
「癖になっているのか?」

 チヒロとケイが後ろに乗って、昴さんが助手席に座ってくる。


「は、いや、え?お会計しました?いつしたのか記憶にないんですけど」
「お会計ないよ。後で引き落とされるから」


 
 あー。なーるほど。わかった。高額な取引をしてる人はそう言う待遇と言うのを聞いたことがある。わー。

「聞かなかったことにします!わー!インパネかっこいいなぁ!!!シフトノブ渋ぅい!」

「どうせ使うの自分なのに現実逃避しても無駄だぞ」
「中身勝手に入れ替えちゃお」

 後ろから笑いながら喋るのやめてくださいっ!もう、どうぞ!どんどん勝手にお願いします!考えたくない。



「とりあえず一旦会社に車を置きに行こう」
「はい」

 私は何も知らないですからね。お財布はしまいっぱなしにしておきます。
 正直どんなのだったか覚えてない。



「あ、これこれ……なるほど、ボスが怪我した時のか」
「随分前のメモだな」

 エンジンをつけて椅子の位置を調節していると、後ろの二人が昴さんのメモを開いて見ているようだった。



「見るなよ」
「見ないと分からないだろ」
「ふーん、なるほどね。蒼はメモが好きなのか、ボスのメモだから好きなのか…」

「レカロシート座り心地いいなぁ!」


 メモについては私自身が分かっていないから、答えられないです。
 バックにギアを入れて、駐車場から外に出る。
 わぁ!運転しやすい。アクセルとブレーキペダルがちょっと近い。気をつければ大丈夫かな。
 久しぶりの運転だけど、憧れの車に乗れたので気持ちがふわふわしてる。あぁー!幸せ。



「ナビつけていなかったな」
「道は覚えてますよ、会社周辺の地図を今日見ましたから」
「まさか全部か?範囲10kmはあったはずだが」

「昴、マッピングは終ってる。蒼一人でな」
「あの枚数をか?」
「あぁ。文句なしの出来だよ」
「…そうか」
「マジかぁ…」



 静かになった御三方を乗せて、会社に向かう。
 駐車場の入口だけよく分からないから後で教えてもらわなきゃ。
 ハンドルを切りながら、ふとサイドミラーに写った後ろの車が気になった。
 黒塗りのベンツかな?一瞬ではちょっと分からないけどセダン。
 夜なのに運転手がサングラスしてた…あれはおかしいよね?


 
「蒼、会社に戻るのは中止だ。車を止めるな」
「二台?いや、三台か」
「蒼が運転してる時に限って…」

 三人ともピリピリしだした。もしかして追いかけっこ始まっちゃいますか?
 黒い車三台は付かず離れずの距離を保ったままずっと着いてくる。こんなやり方素人でもわかっちゃうと思うんだけど…いいの?



「しばらく様子見する。そのまま走っていてくれ」
「かしこまりました!同じ経路にしますか?毎回変えますか?」
「同じだと待ち伏せされる。出来る限り変えよう」
「はい」

 頭の中で今日見たマップたちを思い出す。
 カシャカシャ、とまるでオールドフィルムが回るような音が耳に聞こえてくる。



「半径10km以内ですと完全別ルートは四十通りしかありません。40パーセント被せると百通りを超えます。
 残存燃料から現在時速で燃費が18km/1リッターとして4時間程度の運転が可能です」
「蒼…」

「どうされますか?」
「百の方で行こう」

「かしこまりました」



 強くアクセルを踏み込み、交差点を曲がる。
 黄色ギリギリだったため後ろに着いていた最後尾の一台が取り残された。 

「あまり無理するなよ」
「はい」
 

 ちょっと緊張しちゃう。さすがに初めて乗った車だし、希少な車だから。計算しながら組み立てて、いろんな道を通ってみる。

 チヒロが小さなパソコンを開く。
 ナンバー調べるのかな?チヒロならハッキングとか出来そう。
 運転が楽しくて鼻歌が出そうになるけどそんな雰囲気じゃないし、我慢がまん。
 ケイが手鏡を出して後ろを注意深く見守ってる。なるほど、そうやって見るんだね…。



「見た感じ武器は無いね」
「三台もいたのにか…おかしいな。チヒロ、顔は?」
「サングラスしてるから正直わからんな。ただ、人殺しはしてる人相だ」
 わー、どうしましょう。微塵も湧いてこない恐怖。わたしの感覚は本当にズレてると思う。普通怖がるところだぞ?って言ってたチヒロの気持ちがわかる。

 右に左にハンドルを切って、30分ぐらいたったかな。
「私だ。尾行されている。現在地は…」

 昴さんがどこかにお電話してる。
 あ、なるほど。組員さんが車で出てきてお手伝いしてくれるみたい。



「ナンバー照合不可。偽造だな」
「サロンを荒した組織?残党がまだ居たはずだけど武器も持たずに来る訳ないよね」
「目的を吐かせる必要があるな。尋問できる人数が捕まえられるといいが」

 尋問…この場合拷問するとかなのかな?
 お仕事としては大変そう。



「運転慣れてきました。スピード上げてもいいですか?恐らく振り切れます」
「大丈夫なのか?」

「ちょっと乱暴しますが…この子に傷をつけたくないので気をつけます」
「頼む」


 昴さんの言葉に頷き、スピードをあげる。
 加速によって生まれる重力にワクワクしてくる。耳の中に独特な音楽が流れ始める。アップテンポのビートに気持ちが弾んでくる。

「赤信号!」
「分かってますよー。掴まっててください」


 目の前の赤信号を見て、左右を確認。都合よく車が居ない。反対車線は中央分離帯があるからすぐには追いかけられない。大丈夫。
 赤になった瞬間なら誰も巻き込まない筈。
 
 確か、ええと。速度は十分。ハンドルを反対車線側に切って、横に重力が加わる。おぉ、こんな素直に反応するのか…。



「んしょっと」

 同時にクラッチを切ってサイドブレーキを引く。派手な音を立てて後輪が滑り、車体の回転が始まる。
 んん?ハンドルを切りすぎたみたい。若干お尻が暴れるのでカウンターを強く当てる。
 180度回った時点でサイドブレーキを戻してアクセルを踏み抜く。
 反対車線に真っ直ぐ向きをなおし、尾行していた車とすれ違う。



「あはは!上手くできましたっ」 
「「「…………」」」 

 私才能あると思う!初めてだけど、上手に出来た。やっぱりあのアニメの描写は素晴らしかったな。さすが監修してる方がプロなだけあって完璧だ。ルンルンしてしまう。
 三人とも沈黙してしまったけど、誰も怪我してないよね?ちらっと確認すると三人とも苦い顔になってしまっている。やりすぎたかな。


「このまま会社の駐車場に入れましょう。裏道を通るので入口を教えてください。ファミレスの左横に出ます」

「…ファミレスを過ぎて右折、その後すぐ左折だよ」
「ガレージのシャッターを開けておけ。今すぐ!」

 ケイが呆然としながら伝えてくる。
 昴さんは駐車場の人にお電話してるみたい。
 チヒロさんの携帯から音が鳴る。
 メッセージかな?私のスマホと同じ音だ。


「一台捕まえたそうだ」
「二人で尋問して来い」
「「了解」」

 ほほぉ、かっこいいですね。私も次から了解って言います。


 車幅ギリギリのビルの間を抜ける。
 わー、ごめんなさい。歩いている人達が避けてくれる。ファミレスをそのまま過ぎて右折、左折。ガレージ発見!シャッターを慌てて開けているおじさんと目が合い、思わず微笑む。
 速度を落としてそのまま突っ込み、窓を開ける。

「閉めてください」
「はっ!?はい!」

 組員さんが慌ててシャッターを下ろす。

「地下に下ろします!」
「ありがとうございます」

くるくると回りながら車の向きが百八十度向きを変えて地下に潜っていく。
 ちらっと見えた車道にはさっきの車はなかったから大丈夫そう。撒けたみたい。


 
「はー、緊張しましたねぇ」
 昴さんが微妙な顔で私を見てる。

「本当か……?」
「なんですか?そんな顔して。はじめてやりましたがサイドターンは上手く出来ましたよ」

「いや、まぁ、そうだな。よくやった」
「えへへ」

 ちょっとだけ役に立てたかな?上手く行って良かった。ホッ、とため息を落とした。
 

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