爪先からはじまる熱と恋 R15版

只深

監禁

第三話 監禁
ギシギシと音を立てて軋むからだと、重たい瞼。
 完全に体が悲鳴を上げて居る。使ってなかった筋肉を目一杯使って彼が言った通り、「歩けない状態」になってる。

 
 別段逃げようとかそんなふうには思っていなかったけど、頭の中は相変わらず整理しきれないまま現実を受け止め続けざるを得ない状態でしかない。瞼が重たいまま薄く開いて、わずかに瞬く。外から漏れる明かりは明らかに上り切った朝の光…ずいぶん長く寝てしまったようだ。


 
頭の下はひんやり冷えてる。片手で冷却枕を触るとまだ凍ってる…ということは朝起きてから変えてくれて居たんだろう。
 
 おかげで冷えた後頭部は火花が散るほど打ちつけたのに痛みがなくなってる。
 シーツもサラサラ、スベスベで皺ひとつない。上掛けのカバーも変わってるし、しわくちゃになってしまっ私が着ていたワイたシャツもまた新しくなっていた。


 
 昨晩の様子からして私が眠った後に全部変えてくれたんだと思う。
 枕のカバーまでしっかり新しくなっていて、柔軟剤の爽やかなシャボンの香りに包まれている。
 問題があるとすれば下着がなくなってることだけど、多分新品の予備がなかったんだろうと思う。

 まるでお姫様のような待遇。私自身はこんなふうに男性にされたことがないから驚愕でしかない。彼はそういう人なんだと…思い知らされる。

 

 枕を寄せて寝ていたのか、私の使っていた枕の横にくっついた枕からは…彼の匂いがしてる。いい匂い。
 香水もつけて居るだろうけど…胸元からも同じ香りがしていた。思わずその匂いに顔を埋めて唸る。
 
 昨日は、乱暴だけど痛くはなかった。私にとって行為自体がが痛くなかったことが初めてだった…。訳も分からず終わってしまったけど今までとは確実に違う。心の中が何かで満たされていて、布団の上でゴロゴロするたびにたぷん、と目一杯満たされた何かが胸の中で音を立てる。

 
 
 枕を抱えてゴロゴロして居ると、サイドボードにメモがある。
 ハッ!メモ!

 思わずそれを手に取って、二つにおられた紙を見つめる。
 前回もらったメモとは違う、青いインクの…万年筆の文字かな。
《昼に人を寄越す。それまで休んでいるように》


 
 相変わらず簡素だけど、気遣いが感じられる。筆圧の強弱を指先に感じて何度もそれをなぞる。
 メモの横にはペットボトルのお水と、時計。
 彼の人となりをきちんと理解できた気がした。こういう、人なんだ。



 
 …あっ。現在午前10時…本来ならお店の開店時間だ。
 メモを持ったまま頭を抱える。さーっと血の気が引いていく。
 今日の予約もいっぱいだったのに、誰一人としてお客様にご連絡していない…どうしよう…不誠実なことしてしまった。
 玄関のチャイムを鳴らして、待ちぼうけているとお客様の顔が思い浮かんで、布団の中に蹲る。


 
「もしもーし、起きてるー?」

 突然の声に驚いて、布団の中に篭ってそっと外を伺う。
 誰か来たの?!

「……えっ、まさか布団の中にいる?」
 
 そろっと端っこから覗くと、長髪の優しげイケメン…昨日の人だ。その人がドアをうっすら開いて顔を覗かせてる。
 今日もスーツ…長い髪がサラサラ肩から滑り落ちてキラキラしてる。
 ここの人たちは顔審査でもあるの?

 

「あっ、生きてる?って…ぶはっ!何そのカッコ!!ウケる!!!」
彼の仲間……?
布団に潜り込んだ私を指さして笑ってる。

「ちょ、ねぇ、マジか。ぷふっ…あのさ、服買ってきたから着替えない?」
 
笑いすぎて涙が出たのか、目尻を擦りながら紙袋がずい、と近づいた。
彼が動くたびに鎖を引きずるような重い音が響く。耳にぶら下がった大量のピアスは重くないんだろうか?


 
「起きてるでしょ?下着、履いてないって聞いたけど、着替えた方がいいよ。俺も一応男だし」
 
……下着は欲しい!
そろそろと紙袋を掴むために手を伸ばすと、手首をふんわりと掴まれる。
優しく握ってるのに外れない。彼もまた、手のひらが豆だらけだ。

 

「ほーら、布団から出て」
「いや、です」
「布団に籠城?防御力高いと思ってるのかなもしかして」
「思ってません」
「ほら、出ておいで。ご飯も買ってきたからさ、一緒に食べよう」

 
掴まれた手首が引っ張られる。うわ、力が強い!
引っ張られるまま、胸元に引き寄せられる。
 
……柑橘系のスッキリした香り。彼とは違う、匂いが体を包み込む。この人も背が高い。ほっそりしてるけど体の筋肉はきちんとついてる、ボクサータイプの体型。
 くっつくと体温が高いのは体に十分な筋肉を備えて居る証拠だ。

 
「あらー、いい格好してるね。色っぽいな」

 
抱き寄せられたまま、間近ににこにこした笑顔が私の目にうつる。今日は得体の知れない圧力を感じない。
「は、はなして下さい」

紙袋をベッドに置いて、ぺろんとワイシャツの襟元を捲られる。
「ほぉ、お手つきになったかぁ。なるほど」
「見ないでください」
 
顔を逸らして呟く。
体に力が入らなくて、抵抗しようがなかった。

 

「ふ…早く着替えてね。俺が我慢出来るうちにね」
 
頭をぽん、と押えて部屋を出ていく。
野獣だらけなんだろうか、ここは。

━━━━━━

トントン。ドアがノックされる。
「あ、はい」
「終わったー?ご飯食べよう…」

 
 紙袋に入っていた黒いワンピースに着替えて、ちゃんとした下着も入ってたから、それも履いて。髪の毛を解かしたいけど髪の毛が落ちるから撫で付けてなんとか体裁は整ったとは思う。
 ほっとした。安心感が凄くある。下着は大事だと身に沁みて思う。

 ワンピースはコットンでできたパフスリーブのミモレ丈で、胸元から膝下までボタンが並んでる。
こんな可愛いの、誰がお店で買ってきたのかな。サイズがぴったりなのはあんまり考えたくない。
 ところで、いつまで見てるんだろう?


 
「あの」
「あ、いや…ごめん、似合うね。かわいくてびっくりしちゃった」

 耳のピアスをいじりながら、ほんのり頬を染めて笑う。素直に可愛いって言われると、なんだか照れる。彼みたいな人に言われるのは悪い気はしないけど…あれだね、イタリアの人が女性は全部褒めるというし。そういう感じなのかな?
 彼は、笑顔になると幼い印象に見えた。

 
「ありがとうございます?なんて呼べばいいですか」
「なんで疑問系なの。おれは庭見 慧。ケイでいいよ」
「ケイ…さん、お洋服ありがとうございます」
 
 お礼を伝えると吊り目が少し下がってさっきとは違うとろんとした笑顔になる。よく、笑う人だ。

 
「ケイでいいって。服はボスが買ってきたんだ。今日の夜また買ってくるって言ってたよ」
「そう、ですか」
 
 そう言えばメモに誰かが来ると書いてあった。ポケットに入れたメモを握りしめる。ちゃんと気にかけてくれて居る事に少しだけ暖かい気持ちになった。

 

 
「ご飯食べれる?あ、もしかして立てない感じ?」

頬に熱が集まる。
「はい。すみません」
「いや、聞いてはいたんだけど歩けないとは思ってなくて。そんじゃお連れしますよ、お姫様」

スタスタと近づいて、昨日の晩と同じく横抱きで抱えられる。
 
「わっ、お、重いから…あの」
「重くなんかないよ、大人しくしてて下さいな」

 間近になった顔に、ドキマギしてしまう。
昨日見た三人とも、種類が違うけれど整った顔だった。
ケイは優しげでワイルドな印象。笑うと幼い。圧力がないのは敵対心がなくなったから?うーん。


 

「あーあ、ボスだけ羨ましいなぁ。こんな可愛い子連れ込んでさぁ」
 
 ニカッとわらって、ウィンクが飛んでくる。
何も言えず、顔を覆うと、彼が鼻歌を歌いながら私を運び出した。
 彼は、ボスなのか…複雑な心境になって昨日から何度目かのため息を落とした。

━━━━━━


「すごい量……」
 
 リビングのテーブルの上に山と積まれたお弁当の数々。こんなに食べれるの?
 
「何が好きかわかんないから、いっぱい買ってきちゃった。ちゃんと長年付き合いがあるお弁当屋さんだから安全だよ。
 好きなの食べて。あとは組に持ってくから」

 
 組…か。やっぱりヤのつくお仕事?拳銃持ってたし。さっき抱き上げられた時、脇に硬い感触があった。多分、この人も持ってる。
 じっと見つめていると、ケイが苦笑いになる。

 
「色々食べながら説明するよ、その辺も任せられたから」
 私は頷き、お弁当の山の中からナポリタンを見つけて手を伸ばした。

━━━━━━

「正確に言えばシンジケートってやつだね。デカい企業の顔した悪いことする団体って感じ。ボスはそこの組織のアタマだよ。
昨日居たもう一人のグレーの猫目がその次。チヒロって名前。俺がその下。他は烏合の衆だな。
 幹部は居るけどうちは自由主義だから。ボスの力によって支配されてる。元々の小さい組織から始まったばかりの犯罪組織ベンチャー?そんな感じかな。」

「シンジケート」 

 思わず頭を抱えてしまう。シンジケートって要するに企業みたいに管理されてる犯罪組織って事?マフィア的なものだった気がする。
 
ヤクザとは規模が違う、大きな組織の事を刺す言葉だったはず。あの服装にも納得した。
 私が着てる服もバナナリパブリック……下着はビクトリアシークレット。一着数万円するものだったはず。
 ベンチャー企業の言葉がここまで微妙になるのを見た事がない。ベンチャー犯罪組織ってパワーワードすぎませんか。


 
「そういや、キミ名前なんて言うの?いくつ?」
「緑川蒼です。蒼穹の蒼で、あおい。二十五歳です」
「げっ、若い。その歳で店持ってたの凄いね?」
 
 持ってたって過去形言わないで欲しい。余計に頭が痛くなる。

 
「ネイリストになったのが20だから、独立するのはみんな若いうちですよ。
私が若いかは分からないけど、歳とったら難しい仕事なので」
「ほーん、なるほどね。お店はちょっと…今後どうなるかはわかんないな。ごめん」

 バツが悪そうな顔でお茶を口にしてる。
昨日の様子もそうだったけど、人好きのする感触。
 
 でも、シンジケートのナンバースリーと考えると…多分怖い人なんだろうと思う。
意図してそう感じさせないのかもしれない。
いじめっ子の先輩がそう思わせなかったように。そして更に自分の仕事に思い至る。予約のお客様へ連絡したい。

 

「そういえば今日の予約のお客様に仕事ができないって連絡してないんです。どうにかなりませんか?」
 
「あぁ、そこは手を回してある。チヒロがやってたから、お客さんには害は及ばないし、予約ダメになった人の差配もしてある。蒼の苦労を水の泡にして…ごめんね」

 それは確かにそうとしか言えないけど。私のこれまでの生活が、努力が全て水の泡と消えた。でも、連絡してくれたなら待ちぼうけした人がいない事になる。ほっと胸を撫で下ろした。
 それにしても、私は何故か腹が立たない。
昨日からよく分からない感情に支配されて、モヤモヤしてる。
 生活全てをパァにされて居るのに、どうしてだろうか。
 

「昨日の人達は?」
「うちは規模がでかいからさ。下っ端がヘマして、逆恨みしていた組織の奴らだった。ボスはかなり気をつけてたんだけど、見つかっちゃったんだ」
「どう、なったんですか?」
 
目の前で人が撃たれたのを見たけれど。まだ、実感はなかった。
 現実感のないまま朝を迎えて居る。
ケイがじ、と真っ黒な瞳で見つめてきた。
 
「アイツらがどうなったかは、気にしなくていい。…しない方がいいよ。
 それよりさ、蒼って昨日チヒロが言ってたけどキミ本当に一般人なんだよね?あまりにも肝が座りすぎてる。俺は…そこまでじゃなくても、この態度だと心配にはなってくるかな」


 
手の中にお茶の入ったグラスを握り込む。グラスの中に、私の茶色い瞳が映り込んでいた。私にもよくわからないけど元々こういう性格だったんだとは思う。感情の起伏が鈍くて自分が何を考えて居るのかよく分からない。それはきっと、過去の記憶がないからだとは思ってる。

「私、二十歳から前の記憶が無いんです。どうやって暮らしてきたか、どうやって生きてきたか、何も覚えてなくて。
 ただ、両親とはあまり仲が良くないです。
チェーン店に勤めて、都内に転勤になって、独立して、そこから会ってないので。友人も、携帯のデータではあったはずだけど、誰も連絡してこないところを見ると、私は地元で親しい人はいなかったんだと思うし。
 自分自身、感情の起伏が未だによく分かりません。反応が薄いってよく言われる事が多いです。自分ではそれなりに感じてるはずだけど、怒ったりするのが苦手です」

 なるほどね、と呟き、漆黒の瞳が私を見つめたまま瞬く。
綺麗だな、ボスもチヒロさんもケイも、犯罪組織の人なのに。どうしてこんなにも澄んだ瞳なんだろう。
 ケイがサラサラストレートの長い髪をかきあげ、椅子に背を預ける。


 
「世の中、ままならないね。チヒロが調べてるからそこも分かるかもしれない」
 
 チヒロさんはそっち系の役割なのかな。三人の中では1番重たい筋肉を纏っていたけど。私自身の事が何か分かったら、と考えるとじわじわと胸が不安な気持ちに染まっていく。
 抱えているものなんか何も無いけど、過去を知るのはいつも怖くて、寂しい気持ちになる。

 知りたいけど、知りたくない。何故かは、本当に分からないけれど。


 
「知りたくなったら教えるよ。あんまり深く考えなくていいんじゃない?それより、これから先のことだけど」
 
薄暗い顔になった私を見て、ケイがほんのり笑う。
怖い人のはずだけど何故か優しい人だな、と思う。私の事をよく見て、判断してくれる。適当な対応をしないのはきっと悪人ではないと思う。

「蒼にはしばらくボスの家で暮らしてもらうよ。昨日の奴らの巣を消す事になってるから、それが終わらないと何されるか分かんないし。
 それが終わっても、ボスの女って事で裏の世界に顔が知れ渡ってるから元の生活には戻れない。緊急だったからそれなりの人数でお店に入ってしまったからね。
 いきなり叩き込まれて苦労すると思うけど、それ見てたら大丈夫なんじゃないかな、とは思うよ」

 それ、と指を刺されたのは首から胸元に広がるキスマーク。
完全に忘れてた。昨日、ボスに散々付けられたんだった。
 

「ボスは家に女の人連れ込まないし、仕事や遊びで引っ掛けてもキスマークなんか残さないよ。自分の痕跡を残さないんだ。
 蒼のサロンに通ってたの、専属の運転手しか知らなかった。あいつも消されたけどさ。」

「消さ…れた」
「情報源が運転手の可能性がある。対処しないと今後も危うくなるんだ…怖くなった?」

 怖い、のだろうか。
消されたと言われてもあまり感情が動かない。知らない人だし、もしかしてスパイだったかもしれない。
 人の命だとは思うけれど、記憶がある頃から私はなかなか冷たい人だとは思う。
大切な人以外、案外どうでも良かった。

「よく…分かりません」
「怖い感情も薄いのかもね。昨日の淡々とした感じの原因がわかってスッキリしたよ。君は組織の人間じゃない。一般社会にいる、かわい子ちゃんだ」
「かわい子ちゃん…って、おじさんぽい」
 
 褒められてるのかなんだかわからないけど、ちょっと面白くなってしまった。


 
「えっ、ちょっと…酷いよ。俺まだ三十一なんだけど?お兄さんにしておいて」
「六歳上ならおじさんでもいい気がしますけど」
「タメ語でいいよ、丁寧なの俺苦手だから。おじさんはやめて。マジでやめて。」

 お互い変なこと言ってる自覚があるから、我慢できなくなって笑ってしまう。ひとしきり笑ったあと、ケイが真面目な顔で手を伸ばしてくる。
 頬を包まれ、じわりと体温が伝わってきた。

「……?」
 
どうしたんだろう?すりすり撫でる手のひらが大きくて、思わず心臓がドキドキし始めてしまう。


 
「よく、わかった。今日来てよかったよ。また来るから、なんか必要ならこれでメッセージしてくれる?必要がなくてもしていいからね」
 
 ことん、とスマートフォンがテーブルに置かれる。
私が使っていたのとおなじ機種だ。手に取ってしげしげと眺める。
 雲をかたどった可愛いシリコンカバーがついて、綺麗に保護シートが貼ってある。本当にこういうのどこで買ってくるの?私の歳だとちょっと可愛すぎる気もするけど…。

 

「一応伝えておくけど…常に同期されてて何してるか筒抜けだから、警察は勘弁してほしいな。緊急時は俺か、チヒロに電話すればいい。ボスはあんまスマホ見てない筈だし」

手の中のスマートフォンを開く。…なんで顔認証登録してあるの?怖い。連絡先は、ボス、チヒロさん、ケイの3人だけが登録されていた。
アプリは見たことの無いメッセージアプリだけど、どこのだろう?これも同じ連絡先が登録されていた。
インターネットブラウザと、電話マーク、何故かsnsが一式用意されて居る。

「インターネットも一応寄規制がかけてあるよ。あとは、外に出られなくて暇でしょ?snsで位置情報さえ付けなければ遊んでていいから。俺のとチヒロのフォローしてあるよ。ボスは無いけど」
「ありがとう、いろいろしてくれて。ご飯も、嬉しかった」
 
 チヒロさんもSNSしてるのは意外な気がする。まだきちんと話してないから判断するには早いけど。何をアップしてるのかあとで見てみよう。ご飯をたくさん買ってきてくれて今朝感じていたものと同じような暖かさをもらえた。
 もこもこカバーを撫でて思わず微笑む。もしかしたらこれ、ケイの趣味だったりする?すごく可愛い。

 

耳のピアスをシャラシャラといじる音がする。ケイの癖なのかな?照れてる時にするみたい。
 
「本当は、お礼言われるような立場じゃないけど。うん、そういうとこいいよね蒼って」
照れながら、ほんのり笑う。

やっぱり、ケイって優しいひとだ。
ひとりで勝手に納得して、スマートフォンを握りしめた。

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