陽炎輝夜 ~真夏のかぐや姫~

月親

08.ミヅキ

 小学校に上がったばかりの頃、俺は青色のセキセイインコ『ミヅキ』を飼っていた。公園で拾って、それから丁度一年後にミヅキは死んでしまった。
 別れがわかっていて拾ってきたのは自分なのに、そのとき俺はどうしてとミヅキを責めた。そして俺は初めて人前で泣いた。悲しくて悲しくて、涙を止めようという考えも思いつかなかった。
 悲しかったのはミヅキと一緒にいて幸せだったから。幸せだったのはミヅキが好きだったから。好きなあいつと一緒にいたあの頃の俺は、きっと人生で一番幸福だった。


「犬も、お前も、ミヅキの代わりだ」


 伸ばしていた手を戻し、その手でくしゃりと前髪を掻き上げる。


「ミヅキ? そのミヅキさんも泉さんに拾われた動物さんですか。昔から何でも拾っちゃう人だったんですねー」
「代わりがたくさんいる。だから、目に入ったなら保護する。けど、それを何度繰り返したところで、俺の償いには全然足りない」
「償い……なんですか?」
「ミヅキを拾ったのは、不純な動機だったから」


 俺は立て付けの悪いベランダの引き戸をなるべくきっちりと閉め、久しく使っていなかった厚手のカーテンを引いた。そうしたところで雨音を遮られるはずもないけれど。


「あの頃の俺は家の都合で引っ越したばかり、んで両親は病院の開業でてんてこまい。それがあいつの運の尽き、俺はミヅキを過剰に構ってた」


 何処へ行くにも肩に乗せて、成鳥なのに毎回俺の手で餌を食べさせて。


「おかげでミヅキは俺にとても懐いてくれた。そんなミヅキが可愛くて、俺はあいつが大好きだった」


 俺はそれを、俺がミヅキを大事にしているから応えてくれているのだと思っていた。


「でも、死んでしまったときに気付いたんだ。俺が教えなかったから、あいつは鳥なのに一度だって飛ぶことが出来なかった。俺は――自分の幸せの為にミヅキを犠牲にしたんだ」


 あいつが空を見上げたとき、いつだって俺が立っていた。空を遮るように。


「犬にしろ、お前にしろ、拾ったのはただの自己満足だ。助けを求めているように見えたから助けた。けど、俺は救ったのか、それとももっと良い飼い主と出会う機会を奪ったのか、わからない」


 心の中でさえ、これほど流暢ではなかったはずの本音が俺の口から出たことに、俺自身が驚いた。
 思わず美月から目を反らす。
 何故俺は美月にこんなことを話しているのか。口が滑った? ああそうか、それなら得意の誤魔化しをしたらいい。


「お前もあのまま公園で行き場所を探していたなら、本当はもう見つかっていたのかもしれない」


 誤魔化せばいいって言っただろう? どうしてここでそれなんだ、俺は。


「そうかもしれません。でも……」


 答が返ってくる分、動物より美月の方が聞くのが怖いはずなのに。
 まるで俺が美月に、わざと嫌いな自分を晒したいみたいだ。
 まるで――


「でもそれは結局『もしも』でしかないから。だったら私は満足しているこの『結果』でいいです」


 まるでそんな自分を美月が真っ直ぐ見てくれるのを、俺が望んでいるかのようだ。


「美月」


 視線が重なる。
 真っ直ぐに俺を見る美月を、俺が真っ直ぐに見ているのだろうか。


「はい、なんでしょう?」
「例えるならお前は鳥かな」
「はい?」


 俺のいきなりな話の跳び具合に、美月が素っ頓狂な声を上げる。


「いや、深い意味はない。ほら、掃除の邪魔邪魔」


 シッシッと手をヒラヒラさせる俺に、美月が抗議の目をしつつもそれに従う。


「あ、そうだ泉さん」


 数歩歩いたところで美月が、その場でくるりと回転して振り返る。


「ミヅキさんは何の動物さんですか?」
「? 青色のセキセイインコだ」
「そうですかー」
「何だよ」
「いいえ、私も深い意味はないです」
「なんだそりゃ」


 相変わらず掴み所のない奴だな。
 そして俺は相変わらず根っこが暗い奴だ。口外しない奴にしか愚痴れないなんて。
 さっき美月につい言ってしまったときのように、遠ざかって行く美月の背中にミヅキの姿が重なる。そいつはやっぱり鳥なので、犬のように何か芸をするわけでもなく、ましてや猫のようにあからさまに擦り寄ってくることもなかった。悪ければ俺の肩の上で、起きているのか寝てるのかさっぱり動かない日もあった。


(けど俺は、あいつを見てると自然に笑っていた)


 そんなところが、似ていると思う。美月はあいつと違ってしゃべる分、子憎たらしく感じることもあるが。
 何でも箱の整理を再開するため、よっこいしょとその前に腰を下ろす。


「『もしも』より『結果』……か」


 そして俺は、ようやく見当たった必要なもの――小学生時代の名札の裏に入れていた青い羽に、思わず笑みを零した。



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