陽炎輝夜 ~真夏のかぐや姫~

月親

06.拙いラブレター

 日が落ちる頃ようやく俺は解放され、土産の茄子の漬物(よりによって……)を持たされて帰宅した。


「ただいま……」


 本来、独り暮らしの自宅に帰ってこの台詞ほど寒いものはないが、前に無言で帰ると某幽霊に非難されてしまったのだ。以来、渋々言うことにしている。
 幽霊に、「いきなり現れて驚かさないで下さい」なんて言われたのは、世界広しと言えど俺ぐらいだろう。


「あ、泉さん。おかえりなさい」


 幽霊に出迎えられるのも俺ぐらいだろう。


「ご飯もお風呂も用意出来てません」


 幽霊にボケられるのも(以下略)


「用意出来てるほうが怖いって」


 靴を脱ぎ、性懲りも無く大量投函されていたダイレクトメールを拾い上げて家に上がる。


「疲れた……風呂でも沸かすかな」


 郵便物はひとまずダイニングテーブルに、土産は椅子に置いてっと。


「郵便物、確かめないんですか?」
「俺がお湯張っている間に、『週刊 霊界通信』が紛れてないかだけ見ておいてくれ」


 裸足になり、至る所にガタが来ているバスルームに入る。
 センサーなんて一つも存在しないから、掃除からお湯張りまですべて俺の采配に掛かっている。


「まだ言ってるんですか。泉さんて意外に怖がりですね」


 相変わらず俺にくっついてきた美月が、脱衣所から呆れ顔をこちらに向ける。


「そもそも誰のせいだと思っているんだ。俺は石橋を叩いて、叩いたことによって壊れるんじゃないかと心配して渡れない男だぞ」
「でも向こう岸に女の子がいたら泳いででも行くと」
「イエス」


 備え付けの棚二段目から取り出したノズル式の洗剤をプシュプシュと浴槽にかけていく。


「泉さん、それケチって水混ぜてませんか?」


 次にスポンジで泡立てながら擦って、と。


「泉さん、洗剤はしばらくつけておくのが正しい使用法ですよ」


 そしてシャワーで洗い流す。


「これでよし!」
「全然、駄目駄目です」
「いいんだ、どうせ俺しか入らないし」


 浴槽に栓をして、まずは浅く水を張る。そしてお湯に切り替え、浴槽の蓋を蛇口ギリギリまで閉めて、大体十五分で満水だ。
 待つ間にダイレクトメールの処分でもするか。
 ダイニングに戻り、空いている方の椅子に腰掛け、まずはチラシから手に取る。


「聞いたことも無い地名のお食事処を宣伝されてもなあ」


 大学も実家も歩いて行ける距離にあるので、外食したとしてもっぱらアパートの隣の定食屋な俺だ。そんな俺に御足労願いたいと言うのなら、相当魅力的な話を持ちかけてもらわないとな。


「各種半額券、八枚つきですね」


 美月が方の椅子に腰掛ける。


「えっと、地図はどこにあったかな……」
「貧苦の標本ここに在り」
「ほっとけ」


 あるとすれば……ふむ。
 ひょいっと椅子に座ったままテーブルの下を覗き込む。
 確かそこのみかん箱に入れたような?


「お、あったあった。本当にあった」


 この『何でも箱』もいい加減どうにかした方がいいよなあ。
 『何でも箱』の主な成分は、無造作に積まれた雑誌類。そこから地図の図の字だけ見えていたのを引っ張り出し、該当のページを開く。
 俺を誘惑する罪なお食事処の所在は、さあ何処だ? ここが俺の家で……んで、ここが店。お、案外近場じゃないか。近々半額券を活用してくるとしよう。


「ところで泉さん、一昨日の夜に頼んだ約束、覚えてますか」
「「朝に新聞読みたいから広げておいて」って奴? ちゃんとそうしてあっただろ」
「何が悲しくて株価をチェックしないといけないんですか」
「じゃ、どの面がいいんだよ」
「おくやみ面でお願いします」
「何が悲しくておくやみをチェックするのだろうか、お前は」
「それは近所付き合いとかありますし、一応目を通した方がいいかと」
「何処のお宅の嫁だお前は」


 横で「でも、幽霊だと香典が出せませんね」とかのたまっている美月は放っといて、他の郵便に移ろう。
 こっちはプラスチック包装の封筒か。昨日すでに明日の収集に向けてもうまとめてたってのに、間の悪い。


「しかも中身は先週来たものと同じときたか」


 ここの会社の目から見た俺は、よほどお薦め商品が必要そうな人間らしい。そうされると逆に買ってやるものかという気になってくる。算段を誤ったな、俺は天邪鬼なんだ。
 その他諸々に目を通すも、有益そうなものは無し。全部ゴミ箱行き決定。


「ん? 何だこれ」


 大抵派手に全面印刷されている郵便物の中に、無地の封筒が一通。
 今時、不幸の手紙? まさかね。
 ……いや、有り得る。俺の過去、一日で十二通という輝かしい記録から考えれば充分有り得る。


「心なしか禍々しいオーラが見えるような……」


 差出人も書いてないし、いっそ封を切らずに捨ててしまおうか? でもどこかの心優しい誰かが、俺のために宝くじの当たり券を入れてくれている可能性も絶対無いとは言い切れないし。知らないうちに、昔、俺に世話になったと言う誰かがくれた謝礼金で無いとも、絶対言い切れないし。はたまた……(以下延々妄想)


「見るだけ見てみるか」


 封を切る。……というか糊付けすらされていないので、開けるのみ。
 中には花柄の便箋が一枚。期待はしてなかったが、やはり心躍るプレゼントではなかったようだ。
 いやいや待てよ、その内容が「口座に百万円振り込んでおきました」というものである可能性も……俺もいい加減しつこいな、この辺で止めておこう。
 どうせ、せいぜい行き付けの定食屋のおばちゃんお手製「新メニュー出来ました」のお知らせだろう。前回の便箋が幼児向けアニメキャラのものだったのに比べたら、今回の花柄は随分成長したなと褒めてあげたいところだ。
 しかし、アニメキャラといい花柄といい、どんな顔して買ってくるのやら……と、余計なお世話を焼きつつ、外装の適当さとは打って変わってきっちりとされた、三つ折の便箋を開く。




  泉さんが好きです。
             ――美月より




 ……理解不能。


「これは何だ?」
「見てわかりませんか?」
「わからないから聞いている」
「泉さんが言うところのつまる郵便物。ラブレターです」


 ……三秒経過。


「これがラブレターだって? 造語したシェークスピアに失礼だぞ」


 俺が思うにこれは、「屋上で待っています」と呼び出す手紙を書いて、皆でそいつをからかうアレの類の方が近い気がする。


「ラブが入っていれば、文章の拙さは関係ないです」
「そのラブも入っているように見えない」
「入ってますよ」
「これ、書いたの葵ちゃんで文章考えたのがお前だな?」
「よくおわかりで」
「百歩譲ってお前のラブが入っているとしよう。でも、俺を好きなはずの葵ちゃんがその橋渡しをしているということで、ラブ値にマイナスポイントだ」


 葵ちゃんのことだから、まったくの善意で美月の頼みを聞いたのだろうけれど。俺にしてみれば好きな相手に、「友達紹介しようか?」と言われたようなものだ。


「それは……人選ミスでしたね。今度は気をつけます」
「いっそ今度を無くしてくれていいから」
「うー、私的には居候させてもらっているお礼も兼ねて、泉さんに少しでもつまる郵便物をと思ったんですけど……」


 お礼……そうだったのか。俺の言った言葉をちゃんと覚えていて、美月なりに考えた結果だったわけだ。そして今、俺に駄目出し食らったものだから次はどうしようという顔をしている、と。そう思うと、なんだかちょっとだけ可愛いかも。


「ちと複雑だがその心意気は、まあ褒めて進ぜよう」
「やったあ。じゃ、頭撫で撫でして下さい」
「お前、透けてるから」
「がーん……そうでした。がっかりです」
「まあいいか、ほら」


 頭の上で撫でているように手を動かしてやると、信じられないものを見たというような顔で俺を見上げる美月と目が合った。


「泉さんのなけなしの心遣いを垣間見てしまいました」


 前言撤回。やっぱり美月は可愛くない奴だった。


「さーて、風呂風呂。そろそろいい時間なはずだ」


 美月に新聞のおくやみ面を開いてやってから、着替えとバスタオルを準備して脱衣所に入る。脱ぎ散らかした服を洗濯籠に放り込み、固形入浴剤を持ってバスルームへ。
 お湯を止めて浴槽の蓋を開け、入浴剤を投下。入浴剤が隅々まで行き渡るよう、手でかき混ぜる。


「檜の香りって言われてもなあ。檜ってどんな木だっけかな……」


 長年の経験が可能にした素晴らしいまでの湯加減を実感しながら、湯船に入る。
 日に日に曇りが酷くなっている窓が目に入った。そろそろ換気扇の掃除をしないと駄目か。
 曇っている上に磨硝子すりがらす越しでは定かでないが、窓からは月の光ぽいものが見えた。


(武田さんが、今日は三日月だとか言ってたっけ)


 タケを引き渡した時の立ち話を、ふと思い出す。
 俺は形のわからない三日月を見上げながら、どっぷりと首まで湯に浸かった。



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