呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!

文野

どうあがいても伝わらない5

 天馬くんと前川さんが婚約………?
 うそだ。あんな秘書に天馬くんを取られるなんて、そんなのうそだ。
 萌は振り返り、天馬の方へと戻った。転びそうになって、ヒールを脱ぎ捨てて、天馬のもとに向かう。
 暗い顔つきの天馬は、再び現れた萌を見ると、驚いたのち、切なげに目を細めた。
 そんな天馬に萌は抱き着こうとした。
 抱き着いてキスすれば、天馬くんは絶対に受け入れてくれるはず。
 しかし、身構えた前川が天馬の前に立ちふさがる。
 萌は天馬の後ろに回り込み、天馬の背中に抱き着いた。
 捕まえた。もう絶対に離さない。
 ぎゅっと抱きしめる。
 天馬くん、もう絶対に離れないから。

「ちょっと、離れなさい」

 前川が背中に回り、萌を引っ張るも、萌は必死に天馬にしがみつく。
 天馬も何かがおかしいと思い始めたようだった。

「萌? いったい何があった?」

 萌には何も答えられない。
 萌を追いかけてきた高遠が叫ぶように言った。

「萌ちゃん、それじゃあ解決できないよ!」

 高遠くんが誤解させたからでしょ! 早く解決してよ!

「萌ちゃん、もうその人から離れたほうが良い」

 萌は天馬の背中から顔を出して高遠を見た。高遠は天馬を見据えて言った。

「萌ちゃんにとって桐生さんは害になるだけだよ」

 変なこと言わないで、ちゃんと言ってよ。私と高遠くんは何でもないって。
 前川が口を開く。

「あなた、彼氏の前で他の男性に抱き着くなんて、随分と大胆ね」

 萌との関係を否定するはずの高遠は、しかし、否定しなかった。
 それどころか、高遠は信じられないことを言った。

「そうだよ、萌ちゃんは婚約者の俺に嫉妬させたいの?」

 高遠くん、何を言い出すの………?
 茫然とする萌は、前川に引っ張られて天馬から引きはがされた。
 萌はハッとして、もう一度、天馬にしがみつく。それを前川はやはり引きはがそうとする。

「ちょっと、待って、前川さん。萌と話したい」

 天馬が振り返り萌と向き合う。
 萌は天馬のジャケットの裾を片手で掴んだまま、斜めにかけたバッグに手を入れた。手紙を取り出して天馬に渡す。
 読んで、天馬くん。私の気持ちが書いてあるから。

「俺への手紙?」

 萌がうなずくと、天馬は受け取って中を開いた。
 一行目で天馬はハッと萌を見た。

『天馬くんへ。天馬くんが今もずっと好きです』

 萌は天馬を見返した。私、天馬くんが好きだよ。じっと見つめてくる天馬の顔に喜びがにじむ。
 やっぱり、前川さんと婚約なんかしてない。
 高遠くんの嘘だったんだ。
 天馬の顔に萌は確信する。
 天馬は手紙に目を通していく。

『私が清掃員をしていることを黙っていたのは、私に天馬くんにだけ声をかけられない呪いがかかっているからです。天馬くんが熱中症になった日、私は天馬くんの命と引き換えに、天馬くんへの声を失ったのです。天馬くんが最後に自動車で送ってくれた日、一言も話せなかったのも、そのためです』

 天馬が戸惑った声を出した。
 
「俺に声をかけられない呪い………?」

 天馬は、萌を見た。やはり穏やかで優しい目を萌に向けてくる。

「萌は俺には話しかけることができないの?」

 萌はうなずいた。呪いはともかく、そこは信じてもらいたいし、状況からして信じてもらえるだろう。
 私、天馬くんと仲直りしたいの。
 喋ることはできなくても、私、天馬くんと一緒にいたいよ。
 前川が、口を挟んだ。

「そういえば、以前にも、魔女に呪いをかけられた、って言っていましたわ。魔女が、CEOの命を救ったのだと。そうだったわよね、山田さん」

 前川の問いかけに萌はうなずけなかった。
 前川が萌を頭がおかしい女だと思わせたいのだとわかったからだ。
 しかし、首を横に振れずにもいた。
 真実なのだ。
 魔女のキキが天馬くんを助けてくれたのは真実だから否定もできない。
 萌は悔しくてたまらなかったが、説明してもわかってもらえないだろう。
 前川は続ける。

「挙句の果てには、自分がCEOの命を助けてやったって社員にまで吹聴していました」

 それを聞いて萌は愕然とした。ひどい人。それをやったのはあなたでしょう?
 そんなに私を悪く思わせたいの?
 怒りに震えて項垂れて唇をかみしめる萌に対して、前川は平然と胸を張っている。
 萌えに後ろに立っていた高遠が口を開いた。

「最近、萌ちゃんにはちょっと不安定なところがあって、ときどき僕を試すようなことをするんです」

 何を言い出すの?
 萌は高遠を振り向いた。

「萌は高遠くんと婚約しているの?」

 違う、そんなの違う。
 口を開くも声が出ない。
 そんな萌の肩を高遠は抱いてきた。

「俺たちの仲は一目瞭然だと思いますけど」

 カップルコーデで、会場でもずっと一緒にいた。ピンク色のカチューシャにネクタイを外したところまで、二人は同じだ。
 天馬は高遠を見る。

「はっきり言ってほしい」
「俺と萌ちゃんは婚約しています」

 萌は高遠を見た。
 どうしてそんな嘘を言うの?
 萌は高遠から飛びのいて、バッグに手を入れた。文字で説明するしかない。
 メモ帳があったが、ペンが見当たらない。
 さっき、どこかに置いてきたんだ。
 どうして、こんなときに。

「じゃあ、萌はどうしてこんな手紙を俺に渡してきたんだ? 俺を好きだと書いている」
「萌ちゃんはあなたにひどいことをされて、混乱してるんだと思います。萌ちゃんはあなたに抑圧されているんです」
「抑圧?」
「萌ちゃんはあなたの前でだけ喋ることができないんです。その状況をどうお考えです」
「何が言いたい」
「萌ちゃんはあなたから精神的な抑圧を受けてきたんでしょう。それがストレスになって、あなたに対してだけ声が出なくなったんです」

 萌は高遠を愕然と眺めていた。
 あんまりだ。どうしてそんな嘘をつくの?
 高遠の言葉にショックを受けたらしい天馬は、茫然としていた。
 萌を見る。 

「そうなの、か……?」
 
 萌は全力で首を横に振った。
 違う!
 違うの!
 魔女のせいなの!
 パクパクと口を開けるも声が出ない。
 違う、違うのに!
 もがくように口を開けるも何も言えない。
 その姿に天馬は息を飲んでいる。

「俺のせい………? 萌は俺のせいで声が出なくなったのか………?」

 違うの!
 そうだけど、違うの!
 抑圧じゃない、呪いなの!
 萌は首を横に振り、そして、天馬に抱き着こうとした。しかし、前川が立ちはだかる。
 天馬くん、私、天馬くんが好きだよ!
 ずっとずっと好きだよ!
 高遠が天馬に言う。

「萌ちゃんの婚約者として言います。もう萌ちゃんとは関わらないでください。萌ちゃんは俺を愛してるんです。俺が萌ちゃんからもらった手紙です」

 高遠が天馬に一枚のメモを見せる。
 天馬の手元を覗き込んだ前川が声を出した。

「『好きです。愛しています』ですって……」

 前川はわざとらしく驚いたような声を出している。
 そのメモは、萌のメモ帳の一枚目にあらかじめ書いていたものだ。
「天馬くんへ」の部分が破り取られている。
 高遠には、会場で営業をかける間、メモ帳を預けたことがあった。その隙にメモを覗いて、そのページを破り取られたのだ。
 ああ…………!
 萌の筆跡であることは天馬にもわかったようで、天馬は顔色を変えていた。
 どうして………。
 どうして、こんなひどいことになるの………。
 前川はぼそりとつぶやく。

「もしかして、二股………?」

 違う、違うのに………!
 私が好きなのは天馬くんだけなのに………!
 萌は天馬に抱き着こうとした。前川を押しのけて、天馬に向けて手を伸ばした。
 しかし、天馬は後ずさった。
 それを見て、萌は凍り付いた。
 天馬は苦しそうな顔で言った。

「萌、ごめん……。俺、萌をそこまで傷つけてたんだね……………」

 天馬は萌に背を向けた。その背中が遠ざかっていく。
 最後に前川が振り返って萌を見た。
 前川は、萌を見て、ククッとあざ笑った。

 萌の目の前が真っ暗になった。

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