呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!

文野

どうあがいても伝わらない4

 会場に入ると式典は始まっていた。照明は落ちており、正面がライトアップされている。
 スクリーンが降りていた。
 え、この声。
 会場では萌の声が響いていた。
 会社案内ビデオだ。ショートビデオに編集し直したものを流しているのだ。
 萌に当時のことがよみがえってきた。
 オーディションに合格できたことが嬉しかった。
 ナレーションには緊張したが、精一杯にやった。
 萌は嬉しくて天馬に報告した。天馬も嬉しそうに萌の話を聞いてくれた。
 オーディション合格は、天馬に仕組まれたことだとわかったときには傷ついたが、今となっては些細なことだったと感じる。
 あの頃に戻りたい。
 萌は涙をこぼしそうになるも、こらえた。泣けば化粧が崩れてしまう。きれいな顔で天馬に会いたい。

 役員らのあいさつなどが終わり、乾杯が済んで、歓談の場となった。パーティーは立食形式だ。
 萌は天馬の姿を探せば、前の方で松本会長らと談笑していた。いかにもできる男たちといった集団だ。
 その輪の中に、萌は到底入って行けない。さすがの前川も、天馬の後ろに控えている。
 高遠は知人に会うたびに萌のことを、「さっきのナレーションの声の子です。鬼瓦萌華ちゃんって言います」と言いながら、萌に名刺を配らせた。
 なるほど、これが営業か。
 高遠くん、すごい。まだ大学生なのに、もう大人みたい。
 萌がナレーション担当だとわかると、萌は注目を集めた。次から次へと萌に人が集まってくる。
 途中で名刺が切れたために、メモ用紙を取り出して、名前と事務所の連絡先を書いて渡した。
 松本会長が萌をパーティーに呼んだのも、萌を売り込む場を提供するつもりだったのかもしれない。
 もしかすると、天馬くんが松本会長に頼んでくれたの?
 そう言えば、入り口で出会ったとき、萌を見て前川は驚いていたが、天馬は驚いてはいなかった。まるで会うことを予期しているような気配もあった。 
 天馬は松本会長との通話で「もう今は関係ない」と萌のことを告げていた。
 でも、私の知らないところで私を応援してくれているの?
 遠くから天馬を何度も見る萌のことを、天馬も見ているのか、何度も目が合ったような気がした。
 やがて、天馬が、ホールから出て行くのが見えた。
 萌は追いかけた。

 廊下の奥で、天馬は通話しているらしく、話し声が聞こえてくる。
 天馬くん。
 萌は天馬に近づいた。天馬は足音に気がついて振り返った。
 萌を見ると、目を見張った。
 そして、体ごと萌に向けた。
 通話をしながらも萌をじっと見る。萌も視線を外さないまま、天馬の前に立った。
 萌は天馬を見上げる。
 好きだよ、天馬くん。
 二人は間近に立って見つめ合っていた。
 萌は、自分の手をそっと天馬の手に伸ばした。スマホを持っていない方の天馬の手を、持ち上げる。
 天馬は持ち上げられるままにされている。
 その目が吸い込まれるように萌に向いていた。
 萌を目を細めてじっと見つめ返している。
 天馬くん、好き。
 二人はお互いに、じっと相手を見つめている。
 萌は持ち上げた天馬の手を顔に引き寄せると、手の甲に頬ずりを始めた。
 天馬の目の奥が揺らぐ。
 天馬の目の奥から湧きたつような喜びがにじみ出てきた。
 天馬くん、私、天馬くんが好き。好きだよ。
 萌は天馬の手の甲に頬ずりしながら、思いを込めて天馬を見つめた。
 そして、指先にキスするために、唇を押し付ける。
 その直前。
 天馬の手は萌から奪われた。
 前川だった。前川が天馬の後ろから、天馬の腕を引いたのだ。
 萌は前川とにらみ合った。
 天馬の通話が終わったところで、前川が声を出した。

「山田さん、彼が呼んでいますよ。高遠さんでしたっけ。お二人は、今夜、ここのスイートに泊まるんですってね」

 萌は目を見張った。
 何てことを言うの。
 嘘八百を。
 萌を吸い込まれるように見ていた天馬の目がまたもや陰っていく。
 声が出ず、否定できない萌を見て、前川はさらに言う。

「山田さん、高遠さんと婚約してるんですってね」
 
 天馬が息を飲み、しばらく萌を見つめて、それから長い息を吐きだした。

「萌、俺にそれを言いに来たの?」

 違う、そうじゃない。
 前川さん、どうしてそんな嘘をつくの? 
 前川を睨んでいると、高遠の声が聞こえてきた。

「萌ちゃん。そこにいたのか」

 廊下の先から現れた高遠に、萌は駆け寄った。
 高遠にすがるような目を向ける。
 お願い、助けて。誤解を解いて。
 高遠の袖を持って、天馬のほうに引っ張る。
 しかし、そこで高遠は体を後ろに引いた。
 高遠は後ろずさりで歩きながら「萌ちゃん、こっち」と、萌を手招きする。廊下を曲がってもまだ高遠は萌に手招きする。
 萌は不審に思いながらも高遠についていく。

「高遠くん?」

 やっと声が出た。つまりそれは、天馬には声が届かないほど離れた場所に来たということだ。

「高遠くん、天馬くんに言ってくれるんでしょ? 私と高遠くんとは何でもないって。お願い、助けて。あの秘書さん、私と高遠くんが婚約したって言ったの。あの人、私が天馬くんの前で喋られないことを知ってて、嘘ばっかりついた。このままじゃ、天馬くんは私と高遠くんの仲を誤解したままだよ。高遠くん、天馬くんの誤解を解いて」
「もう遅いんじゃない? 萌ちゃん。あの二人こそ、婚約したって小耳にはさんだよ。もう萌ちゃんは関わらないほうが良いよ」
「えっ?」



 天馬は萌が消えた廊下の先を、胸が引き裂かれる思いで見ていた。
 高遠を見るなり、萌は駆け寄って行った。
 前川が声をかけてくる。

「山田さん、高遠さんがすごく好きなんですね。あの二人、ホールでも仲睦まじく過ごしていましたし、お似合いの二人ですね」

 高遠はまるで萌の保護者のように、来場者に萌を誇らしげに紹介していた。
 萌がパーティーに招かれていることは知っていたが、高遠と同伴しているとは思いもよらなかった。
 できれば、最後に会ったとき、抱き着いてきた意図を訊きたかった。
 しかし、今更、それを訊いても意味のないことだったのだ。
 もう萌は高遠のものになってしまったのだから。
 天馬は胸がつぶれそうな思いで、萌の消えた廊下の先を見つめていた。

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