呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!

文野

どうあがいても伝わらない3

 萌は天馬に注目した。
 天馬は光沢のあるグレーのスーツを着ていた。内側には黒いシャツを着込んでいる。ノーネクタイながら、ジャケットには真っ赤なポケットチーフを挿して、パーティー感を出している。開いたシャツの首元に色気がある。
 天馬くん、決めるとこんなに格好良いんだ。
 でもジャージの天馬くんのほうが好き。
 あの天馬くんはもういなくなっちゃったのかな。
 ううん、私、取り戻す。

 萌は立ち上がり、天馬に向かった。しかし、天馬の隣の、グレーのドレス姿を見て、足を竦ませた。
 前川だ。前川がグレーのドレスに真っ赤なベルトを巻いていた。
 腕こそ組んでいないが、美男美女の二人はお似合いに見えた。
 グレーと真っ赤。カップルコーデが明らかだった。
 立ち尽くす萌に最初に気づいたのは、前川の方だった。萌を見て言葉を失っている。
 天馬も萌を捉えた。
 天馬は萌を認めるとじっくりと萌を見つめて、賞賛するように薄く笑んだ。
 萌を目で褒めたように感じた。
 天馬くん、今日、天馬くんのためにおしゃれしてきたんだよ!
 萌は天馬の目に勇気づけられて、もう一度天馬に向けて足を進めた。
 笑顔を満面に浮かべて、天馬に向けて駆ける。
 天馬はそんな萌に足を止めた。
 天馬は目を見開いたのち、目を細めて、笑みを浮かべて、待ち受けるように萌に体の正面を向けた。
 天馬くん!
 会いたかった……!
 萌に向いた天馬に、萌はまっすぐに駆けていく。

 天馬にあと一歩のところで、萌の足元がよろめいた。慣れないハイヒールで走ったからだ。
 転びかけて、背後から腕とお腹を支えられて、転ぶのをまぬがれる。
 それを見ていた天馬の目が曇った。
 背後から萌を支えてきたのは、高遠だった。今、天馬の目の前で高遠に後ろから抱きとめられた格好になっている。

「あら、奇遇ね、山田さん。そちらは彼かしら?」

 前川が言ってきた。
 違うの、高遠くんは何でもないの。
 ああ、声が出ない……!
 萌を支えたまま、高遠は不敵な声を出す。

「高遠です。桐生さん、また会いましたね」

 天馬は無言で見返しただけだった。前川は声を上げる。

「あら、お揃いなのね、あなたたち」

 前川は萌と高遠の服装を見て言った。どちらもブラックスーツにブラックドレスだ。それに、ネクタイとカチューシャの色だって似ている。
 天馬の目がわずかに見開き、そして、目を伏せた。
 高遠が言った。

「あなたたちもですよね」

 前川がごまかすように言った。

「あら、そう見える?」

 天馬からは反応がなかったために、前川が勝手にコーディネートしたのかもしれなかった。
 前川が天馬の背中を押した。

「CEO、この方たち、可愛らしいカップルですね」
「………そうだね」

 カップルじゃないのに。
 何も言えないまま立ち尽くす萌の前を、天馬は会釈をして、通り過ぎた。
 今、会釈した?
 天馬くん、今、私に会釈をした?
 その他人行儀なさまに、萌は膝から崩れそうになった。それを高遠が支える。
 天馬は遠ざかっていく。
 萌は虚しく、天馬の遠ざかる背中を眺めた。

「萌ちゃん、大丈夫? あいつ、萌ちゃんの前で堂々と女と一緒なんて、どういうつもりだ」

 高遠は腹を立てた声を出していたが、それなら、天馬からすれば萌も高遠と一緒にいることになる。
 萌はぐったりと落ち込んで、声も出なかった。

「会場に行く?」

 何とかうなづいた。手紙を渡せばきっとわかってもらえる。
 会場に向かう途中で、萌はぽつぽつと高遠に説明を始めた。

「あの人は、天馬くんの秘書なの。CEOと呼んでたから仕事だと思う。でも、プライベートでは交際してるかもしれない」
「えっ? 桐生さんと萌ちゃん、付き合ってるんじゃないの?」

 あの夜、天馬は強引に萌を自分の自動車に乗せたし、そして、今日の萌の態度から、高遠がそう思い込むのも無理はない。
 萌は首を横に振った。

「ううん、付き合う前に喧嘩別れして、それからいろいろとこじれてるの。天馬くんと仲直りしたいのに、どうしてもできなくて、それで困ってるの」
「そうだったんだ」

 そもそも、高遠が萌と付き合ってると嘘をついたのも、こじれた大きな要因だ。

「高遠くん、どうして天馬くんに嘘をついたの? 私と付き合ってるって言ったの? 天馬くんの誤解を解いて。私とは付き合ってないって、はっきり言って。天馬くんは私と高遠くんの仲を誤解したままなの」
「どうして自分で言わないの?」

 高遠の疑問はもっともだった。

「言えないの! 私、天馬くんには話しかけられない呪いにかかってるの」

 高遠が引いたのがわかった。
 ここで高遠を納得させなければ、高遠に誤解を解いてもらうことはできない。萌は慌てて言い直す。

「先生の前とか、大勢の人の前では喋られない、そういうのがあるじゃない。あれの一種なのよ」
「場面緘黙?」
「わからないけど、多分、それ。天馬くんがいると私、喋ることができなくなるの。私、天馬くんに好きって伝えたいのに、できなくてずっと困ってるの。お願い、助けて」

 高遠はじっと萌を見つめてきた。その目には憐れみのようなものが浮かんでいるように見えたが、どうやら納得してくれたようだ。

「なるほど、わかった。桐生さんには俺から言うよ」

 萌はほっとした。そして、頭のカチューシャを外した。
 高遠とカップルコーデだと思われては困る。
 それを見て、高遠は何か言いたげな顔をして、自分もネクタイを外した。高遠だって萌とのカップルコーデは困るのだろう。
 しかし、高遠もネクタイを外したところで、今度はブラック同士で合わせたように見えないでもない。


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