呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!
どうあがいても伝わらない2
パーティー当日、萌は念入りに化粧をした。
事務所の人に、会費制だからお祝いは要らないこと、結婚式の友人のような格好で良いとアドバイスを受けた。
黒のドレスを買った。
シンプルなデザインの黒のレースのドレスだ。裏地はベアトップにひざ上丈で、肩と裾とはレースに肌が透けて、大人っぽいものだ。
ふんわりとした夜会巻きの髪に、顔に華やかさを持たせるために、ベビーピンクのレースのカチューシャをつけた。
奮発して、メルカリでルブタンのハイヒールを買った。いつも秘書の前川が履いているものだ。
何度も書き直した手紙をバッグに入れた。
『天馬くんへ。天馬くんが今もずっと好きです。私が清掃員をしていることを黙っていたのは、私に天馬くんにだけ声をかけられない呪いがかかっているからです。天馬くんが熱中症になった日、私は天馬くんの命と引き換えに、天馬くんへの声を失ったのです。天馬くんが最後に自動車で送ってくれた日、一言も話せなかったのも、そのためです。絶交する、と言ったのは本気ではありません。ひどい言葉を投げつけて本当にごめんなさい。天馬くんと仲直りしたいです』
萌は、開場の一時間以上前にホテルに入って、ロビーの横のラウンジで、天馬の来場を見張っていた。飲み物の支払いはあらかじめ済ませておいた。天馬が来たら、すぐに駆け寄って手紙を渡すつもりだ。
その場で読んでもらって、仲直りしよう。そして、まだ間に合うのなら、天馬くんの恋人になりたいことを伝えよう。
文字で伝えるために、メモ帳とペンも持っている。
念のため一枚目のメモ用紙には『天馬くん、好きです。愛しています』と書いている。
もう萌には恥ずかしがっている余裕などない。自分の気持ちをまっすぐに伝えるのみだ。
ラウンジからホテルの入り口を見張っていると、声をかけられた。
「萌ちゃん?」
振り向けば高遠がいた。
金髪にブラックスーツがサマになっている。ネクタイは薄いピンクだ。
「萌ちゃん、きれいだよ。すごく大人っぽい」
「ありがとう」
「何だか見違えたね。雰囲気も大人っぽい。何かあった?」
服装のせいもあるだろうが、もう一つ思い当たるならば、天馬のことだった。恋を自覚して、自覚したときにはもう距離が離れてて、声もかけられず、今となっては姿を見ることも出来なくなった。
それでもまた取り戻そうと立ち向かっているところだ。
恋が萌を大人にした。
「高遠くんも、ツナグルのパーティー?」
「うん、ツナグルのCEOが大学の先輩でさ。もしかしたら、萌ちゃんにも会えるかなって思ってたら、やっぱり会えた」
高遠の動画へのゲスト出演への誘いは、ツナグルのナレーションがきっかけであることを思い出した。
「ごめんね、動画への出演を誘ってくれたのに、日程調整できなくて」
あのあとも高遠は、ゲスト出演を申し込んできたが、萌は断っていた。告白してきた相手に気を持たせるようなことをしたくはない。
もっともこうやって、さらりと声をかけてくるくらいなのだから、高遠の告白も社交辞令の延長だったのかもしれない。
「日程が合えばよろしくね」
「まだ動画は続けるの? 外資系ナントカで働くんじゃなかったっけ」
萌はそう言いながらも、入り口のほうに目を走らせている。
高遠は萌の隣に座り込んだ。
天馬くんに見られて、高遠くんとのことをこれ以上誤解されたくはないんだけどな。
しかし、座り込んだものをどこかに行けと言えるほどの心臓は持ち合わせていない。
「うちの会社、自由だから、続けてもいいみたいなんだ。だから入社後も続けようと考え直した。外資系コンサルでも一生安泰何てことはないだろうから、収入の柱は何本もあったほうが良いでしょ」
「さすが高遠くんだね。昔からいろいろと器用だった」
「器用貧乏にはなりたくないけどね。つらいのが、髪は黒に染め直さなくちゃいけないところ」
「そりゃあね、そのままだとホストみたいだもんね」
「え、そう見えてる?」
おどけた調子の高遠に、萌は笑った。
「見えてないとでも? 狙ってるくせに」
「ホストじゃなくて、ホストクラブの経営者を狙ってるんだけどな」
「どう違うのよ」
「全然違う」
そのうち、パーティーが始まる時間になった。
ラウンジを立ち上がったパーティー参加者らしき華やいだ一団が声をかけてきた。
「タカトー、そろそろ時間だぞ」
「タカトーくん、その人誰?」
どうやら高遠は知人と連れ立ってパーティーに参加するつもりらしい。
ピンクのフリルドレスを着た女子が、萌を探るように見てきた。アイドルっぽい雰囲気を持っている。どことなく敵愾心を向けられているように感じる。
高遠はわざわざ一人ずつ萌に紹介してきた。大学の仲間らしい。そして、萌を彼らに紹介する。
「声優の鬼瓦萌華さん。俺の中学のときの同級生で、俺が好きだった子」
「へえ、声優さんなんだ」
「えー、タカトーくん、こういう人がタイプなの?」
今度はラメ入りの紫のドレスの子がじろじろと萌を見つめてくる。高遠に気があることを隠していない。
高遠は、やはり人気者で、女にもモテているようだ。
目線がうっとうしいが、今はそれどころではない。萌は入り口にチラチラと視線を泳がせた。
高遠が仲間に向けて言う。
「先に行ってて。俺は萌ちゃんと行くから」
「ええー」
非難の声を上げる女子たちを、男子らが気を利かせるつもりなのか、引っ張っていく。
勝手に同伴されちゃ困るんですけど。
高遠と一緒にいるところを天馬に見られたくはない。
そんな萌の内心を知らない高遠は笑顔を向けて、萌に手を差し出してきた。
「萌ちゃん、行こ」
萌は高遠に首を横に振った。
「私、ここで待ってる」
「誰かを待ってるの?」
「うん。てんま……」
萌は口ごもった。
高遠の告白を断ったとき、天馬のことは関係ないと言った覚えがある。恋を自覚したのは、そのあとだった。
しかし高遠は察したらしい。
「もしかして、桐生さん?」
「うん………」
萌は表情を曇らせてしまったらしく、高遠が心配げな顔をしてきた。
「萌ちゃん、ひょっとして、桐生さんのことでつらい目に遭ってる?」
「ううん、そんなことないよ」
萌は否定するも、天馬のことでつらい目に遭っているのは確かで、うまくごまかしきれず、高遠は納得しなかった。
「あの人、女関係に良い噂ないから」
「違うよ。私が悪いの。天馬くんはそんな人じゃない。昔はそうだったかもしれないけど、今は違う」
高校生までの天馬は確かに女生徒の出入りが激しかったし、アメリカから帰国後も、やはり女性の影はあったが、ここ二、三年は全くなかった。
萌を手に入れると決めてからは誰とも付き合っていないと、天馬は言った。それは信じられる。
「萌ちゃんが悪いって……、そう思わされてるだけじゃないの?」
「違うの、本当に私が悪いの。天馬くんは悪くないの」
高遠はますます怪訝な顔つきになった。
「相手に自分を悪く思わせるって、モラハラの一つだよ。あの人、すごく駆け引きがうまそうだし」
「違うの、私が天馬くんに何も言えなかったのがいけないの」
「何も言えなかったって、言えないような状況に追い込まれてるんじゃないの?」
「違う、違うの。本当に、天馬くんは悪くない。悪いのは私なの。天馬くんは私にすごく優しいの」
萌が言えば言うほど、高遠の中で天馬は悪い人になっていくようで、萌は黙り込んだ。
そんな萌を高遠は呆れた顔で見ていたが、やがて、ため息を一つついた。
「じゃあ、俺もここで待ってるよ。桐生さんとの関係性を確認させてほしい」
どうしよう、まずいことになった。
しかし、天馬とのことを手短かに説明するのは難しい。
第一、キキのことを信じてくれるかどうか。
萌の困っていく顔に、高遠はますます良くないことを確信していくのか、険しい顔つきになっていく。
天馬が現われたのは、ちょうどそんなタイミングだった。
事務所の人に、会費制だからお祝いは要らないこと、結婚式の友人のような格好で良いとアドバイスを受けた。
黒のドレスを買った。
シンプルなデザインの黒のレースのドレスだ。裏地はベアトップにひざ上丈で、肩と裾とはレースに肌が透けて、大人っぽいものだ。
ふんわりとした夜会巻きの髪に、顔に華やかさを持たせるために、ベビーピンクのレースのカチューシャをつけた。
奮発して、メルカリでルブタンのハイヒールを買った。いつも秘書の前川が履いているものだ。
何度も書き直した手紙をバッグに入れた。
『天馬くんへ。天馬くんが今もずっと好きです。私が清掃員をしていることを黙っていたのは、私に天馬くんにだけ声をかけられない呪いがかかっているからです。天馬くんが熱中症になった日、私は天馬くんの命と引き換えに、天馬くんへの声を失ったのです。天馬くんが最後に自動車で送ってくれた日、一言も話せなかったのも、そのためです。絶交する、と言ったのは本気ではありません。ひどい言葉を投げつけて本当にごめんなさい。天馬くんと仲直りしたいです』
萌は、開場の一時間以上前にホテルに入って、ロビーの横のラウンジで、天馬の来場を見張っていた。飲み物の支払いはあらかじめ済ませておいた。天馬が来たら、すぐに駆け寄って手紙を渡すつもりだ。
その場で読んでもらって、仲直りしよう。そして、まだ間に合うのなら、天馬くんの恋人になりたいことを伝えよう。
文字で伝えるために、メモ帳とペンも持っている。
念のため一枚目のメモ用紙には『天馬くん、好きです。愛しています』と書いている。
もう萌には恥ずかしがっている余裕などない。自分の気持ちをまっすぐに伝えるのみだ。
ラウンジからホテルの入り口を見張っていると、声をかけられた。
「萌ちゃん?」
振り向けば高遠がいた。
金髪にブラックスーツがサマになっている。ネクタイは薄いピンクだ。
「萌ちゃん、きれいだよ。すごく大人っぽい」
「ありがとう」
「何だか見違えたね。雰囲気も大人っぽい。何かあった?」
服装のせいもあるだろうが、もう一つ思い当たるならば、天馬のことだった。恋を自覚して、自覚したときにはもう距離が離れてて、声もかけられず、今となっては姿を見ることも出来なくなった。
それでもまた取り戻そうと立ち向かっているところだ。
恋が萌を大人にした。
「高遠くんも、ツナグルのパーティー?」
「うん、ツナグルのCEOが大学の先輩でさ。もしかしたら、萌ちゃんにも会えるかなって思ってたら、やっぱり会えた」
高遠の動画へのゲスト出演への誘いは、ツナグルのナレーションがきっかけであることを思い出した。
「ごめんね、動画への出演を誘ってくれたのに、日程調整できなくて」
あのあとも高遠は、ゲスト出演を申し込んできたが、萌は断っていた。告白してきた相手に気を持たせるようなことをしたくはない。
もっともこうやって、さらりと声をかけてくるくらいなのだから、高遠の告白も社交辞令の延長だったのかもしれない。
「日程が合えばよろしくね」
「まだ動画は続けるの? 外資系ナントカで働くんじゃなかったっけ」
萌はそう言いながらも、入り口のほうに目を走らせている。
高遠は萌の隣に座り込んだ。
天馬くんに見られて、高遠くんとのことをこれ以上誤解されたくはないんだけどな。
しかし、座り込んだものをどこかに行けと言えるほどの心臓は持ち合わせていない。
「うちの会社、自由だから、続けてもいいみたいなんだ。だから入社後も続けようと考え直した。外資系コンサルでも一生安泰何てことはないだろうから、収入の柱は何本もあったほうが良いでしょ」
「さすが高遠くんだね。昔からいろいろと器用だった」
「器用貧乏にはなりたくないけどね。つらいのが、髪は黒に染め直さなくちゃいけないところ」
「そりゃあね、そのままだとホストみたいだもんね」
「え、そう見えてる?」
おどけた調子の高遠に、萌は笑った。
「見えてないとでも? 狙ってるくせに」
「ホストじゃなくて、ホストクラブの経営者を狙ってるんだけどな」
「どう違うのよ」
「全然違う」
そのうち、パーティーが始まる時間になった。
ラウンジを立ち上がったパーティー参加者らしき華やいだ一団が声をかけてきた。
「タカトー、そろそろ時間だぞ」
「タカトーくん、その人誰?」
どうやら高遠は知人と連れ立ってパーティーに参加するつもりらしい。
ピンクのフリルドレスを着た女子が、萌を探るように見てきた。アイドルっぽい雰囲気を持っている。どことなく敵愾心を向けられているように感じる。
高遠はわざわざ一人ずつ萌に紹介してきた。大学の仲間らしい。そして、萌を彼らに紹介する。
「声優の鬼瓦萌華さん。俺の中学のときの同級生で、俺が好きだった子」
「へえ、声優さんなんだ」
「えー、タカトーくん、こういう人がタイプなの?」
今度はラメ入りの紫のドレスの子がじろじろと萌を見つめてくる。高遠に気があることを隠していない。
高遠は、やはり人気者で、女にもモテているようだ。
目線がうっとうしいが、今はそれどころではない。萌は入り口にチラチラと視線を泳がせた。
高遠が仲間に向けて言う。
「先に行ってて。俺は萌ちゃんと行くから」
「ええー」
非難の声を上げる女子たちを、男子らが気を利かせるつもりなのか、引っ張っていく。
勝手に同伴されちゃ困るんですけど。
高遠と一緒にいるところを天馬に見られたくはない。
そんな萌の内心を知らない高遠は笑顔を向けて、萌に手を差し出してきた。
「萌ちゃん、行こ」
萌は高遠に首を横に振った。
「私、ここで待ってる」
「誰かを待ってるの?」
「うん。てんま……」
萌は口ごもった。
高遠の告白を断ったとき、天馬のことは関係ないと言った覚えがある。恋を自覚したのは、そのあとだった。
しかし高遠は察したらしい。
「もしかして、桐生さん?」
「うん………」
萌は表情を曇らせてしまったらしく、高遠が心配げな顔をしてきた。
「萌ちゃん、ひょっとして、桐生さんのことでつらい目に遭ってる?」
「ううん、そんなことないよ」
萌は否定するも、天馬のことでつらい目に遭っているのは確かで、うまくごまかしきれず、高遠は納得しなかった。
「あの人、女関係に良い噂ないから」
「違うよ。私が悪いの。天馬くんはそんな人じゃない。昔はそうだったかもしれないけど、今は違う」
高校生までの天馬は確かに女生徒の出入りが激しかったし、アメリカから帰国後も、やはり女性の影はあったが、ここ二、三年は全くなかった。
萌を手に入れると決めてからは誰とも付き合っていないと、天馬は言った。それは信じられる。
「萌ちゃんが悪いって……、そう思わされてるだけじゃないの?」
「違うの、本当に私が悪いの。天馬くんは悪くないの」
高遠はますます怪訝な顔つきになった。
「相手に自分を悪く思わせるって、モラハラの一つだよ。あの人、すごく駆け引きがうまそうだし」
「違うの、私が天馬くんに何も言えなかったのがいけないの」
「何も言えなかったって、言えないような状況に追い込まれてるんじゃないの?」
「違う、違うの。本当に、天馬くんは悪くない。悪いのは私なの。天馬くんは私にすごく優しいの」
萌が言えば言うほど、高遠の中で天馬は悪い人になっていくようで、萌は黙り込んだ。
そんな萌を高遠は呆れた顔で見ていたが、やがて、ため息を一つついた。
「じゃあ、俺もここで待ってるよ。桐生さんとの関係性を確認させてほしい」
どうしよう、まずいことになった。
しかし、天馬とのことを手短かに説明するのは難しい。
第一、キキのことを信じてくれるかどうか。
萌の困っていく顔に、高遠はますます良くないことを確信していくのか、険しい顔つきになっていく。
天馬が現われたのは、ちょうどそんなタイミングだった。
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