呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!

文野

CEOの独白

 天馬は新宿の自宅マンションで、ウィスキーの入ったグラスを手に窓辺に立った。
 萌にそこまで嫌われてしまっていたとはな。
 カーテンもブラインドもない窓ガラスの向こうには、東京タワーが見える。ライトアップで、その日がクリスマスだと気づいた。
 萌と恋人になってクリスマスを過ごすことはついぞ叶わなかった。
 ライトアップにあざ笑われているように感じて、天馬は窓に背を向けた。
 今ごろ萌はタカトーと過ごしているのだろうか。
 最後まで聞かせてもらえなかったその声で、タカトーと愛を囁き合っているのだろうか。

 萌に対しては、自分よりも5歳年下で、子どもだっただけに、昔から妙に本音を出せるとこがあった。試合に負けたときには、萌の前で泣いてもいた。弱音を吐きだせていた。
そのかわりに、口うるさい母親をも持つ萌を、少々不憫に感じて、騎士道精神を発揮して、萌の味方になってやっていた。

 天馬が萌への気持ちを自覚したのは、バスケットのプロ選手の夢が破れて帰国したときだった。
 しかし、アメリカに行って、二年のブランクを経て、萌は見違えていた。
 13歳だった少女が、15歳になったのだ。
 そして、天馬に柔らかく腕を広げてきたのだ。
 そのときの天馬は、誰もが腫れ物扱いしてくるなかで、どこにもつらさを吐き出せなかった。自分がつらさを吐き出して周囲に気を遣わせれば、より一層つらくなるのはわかっていた。
 そんな天馬に、萌は両手を広げてきた。

『泣いていいよ。私は天馬くんのことなんか心配しないから』

 素っ気ないその言葉には、プロ選手じゃなくてもちゃんと天馬には価値があり、その上で、天馬ならちゃんと立ち直る、だから心配しない、そんな響きがあった。
 そのときに萌を幼なじみではなく、女性として意識した。
 俺には萌がいる。
 しかし、そのときの萌はまだ中学校を卒業したばかりの少女だ。
 一方、天馬には負債がある。皆の期待を裏切ったという負債が。
 負債を返すためにがむしゃらに動いた。
 親に大学受験を勧められて大学に進んだものの、それだけでは足らなかった。
 アメリカで知り合った友人と会社を立ち上げて、それなりに利益を出し始めた。
 そのまま大学を卒業して会社員として保証された人生を歩むのか、それとも、立ち上げた会社に人生をかけるのか迷っていた時期、声優への道を一直線に突き進む萌の姿があった。
 萌は支配的なところのある両親の反対を押しのけて、バイトに奨学金と自力で専門学校に進み、それからもずっと夢に向かって突き進んでいる。
 5歳も下の幼なじみの少女が天馬にはまぶしく見えた。
 俺には萌しかいない。
 そのころからそう思うようになった。
 大学を中退し、立ち上げた会社に注力し、数年後、やっと負債を返せたと思えるほどの力をつけた。
 その頃には萌も成人していた。
 幼なじみとしての関係を、それ以上のものに変えたいと思うのは、当然のことだった。

「天馬くん、また、オーディションに落ちた。私、やっぱりダメなのかな」
「萌の声は良い。俺、萌の声も、萌のことも好きだよ」
「うん、ありがと。私も天馬くんが好きだよ」

 好きという言葉は何度告げても空回る。しかし、空回るのもまた楽しかった。萌とのじゃれ合いで、仕事でしのぎを削る日常が癒された。
 萌は定時に働くわけではない天馬のことを、フリーターだと思い込んでいるらしく、それでも天馬には天馬の価値があるとばかりに受け入れていた。
 結婚、を口に出して、「手下分」と思われていると知ったときには、まあそんなものか、と思った。けれども大げさに落ち込んでみると、萌はキスしてきた。
 そのあとの表情からも、萌がやっと天馬のことを異性として意識し始めてくれたことを知った。
 お互いに好きじゃなければ多くの時間を共有したりはしない。だから、萌も天馬のことを憎からず思っていることはわかっていたが、やっと恋人関係に進むことができると安堵した。
 しかし、そこで、天馬は失敗した。
 声優として芽が出ない萌の力になりたくて、松本が会社案内ビデオのナレーションを募集していると聞いて、萌のことを頼んだ。
 オーディションには実力がなければ合格できないが、運も必要だ。その運を萌に引き寄せるだけだった。
 しかし、そのことで萌を傷つけてしまった。
 何度も謝ったが許してもらえなかった。
 そのあと、いろいろあって忙しく、郊外の自宅に帰ることがなかなかできなかった。
 しかし、萌の声を聞きたくなった。萌に会いたくてたまらなくなった。
 やっと郊外の自宅に戻ったとき、駅前で萌が金髪の男と一緒にいるのを見かけた。
 偶然を装って声をかけた。
 金髪の男は妙に突っかかってきた。
 自己顕示欲が強そうな男は動画をやっているだろう。そう当たりをつけて話を向ければ、タカトーだと自己紹介をしてきた。タカトーなんか聞いたことねえわ、と思い切り内心で悪態をついた。
 タカトーと萌が付き合っていると聞いて、血の気が引いた。
 タカトーの家の前で、萌の帰りを待ち伏せした。自動車の中で、自分の失恋を確認した。
 その後の数日は記憶がないほどに落ち込んだ。
 天馬はきっぱりと、萌との連絡手段をすべて閉ざした。郊外の自宅から、都内のマンションに居場所を移した。
 日々は過ぎていく。仕事に没頭している間に、季節は冬になっていた。

 萌が新宿のオフィスにいたときには驚いた。
 会いに来てくれたのだと思った。抱き着いてきてくれたときには、抱きしめ返したかった。
 しかし、社員の手前、それはできなかった。それに萌が何を思って抱き着いているのかもわからない。
 もしも、萌が天馬に会いに来てくれたのなら、それなら迷いなく抱きしめて、どこか二人きりになれるところに連れて行くのに。
 しかし、萌は会いに来たわけではなく清掃員として働いており、それが萌の希望ではなく偶然のことで、しかも前々からオフィスに出入りしているにもかかわらず、天馬を見かけても声もかけてくれなかったのだと知って、ひどくショックを受けた。
 俺はそこまで萌に嫌われてたんだな。
 しかし、抱き着いてきた意図を知りたかった。
 あのときの萌は必死になって天馬にしがみついてきた。
 どうしてだ?
 通話を終えて萌を探したが、萌はもうオフィスにはいなかった。
 前川に尋ねた。

『萌はどこに行った?』
『あの清掃ま員のことなら、さっさと帰りました。あと、他に時給の良いバイトが見つかったので、清掃員はもうやめるそうです』

 俺に気がつかれてやめることにしたのか?
 俺に声をかけられるのが嫌だから?
 では、あのとき、顔を出していたのはどうしてだろう。
 じっと俺を見つめて何か言いたげにしていた。

『俺に何か言ってなかった?』
『別に何も』
『でも抱き着いてきた』
『あの子、いろんな人に抱き着いていますよ。ちょっと虫が出たとか、雷が鳴ったとかで。特に見た目の良い男性にはしょっちゅうべたべたしていますわ』

 天馬は首を捻る。
 萌は他人に馴れ馴れしいタイプではない。
 しかし、確かに虫が嫌いだ。
 たまたま虫が出て、俺に抱き着いてきたのか。
 萌が自主的にここの清掃員をやめたということは、もう俺に会いたくもないのは間違いない。
 俺は萌を深く傷つけたんだ。
 もうこれ以上、萌を傷つけたくはない………。
 天馬はグラスを煽って空にした。


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