呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!

文野

抱き着いてキスするしかない?!3

「萌?」

 さすがに天馬は驚いている。しかし、萌を押し返すようなことはしなかった。
 天馬くん、好き。
 懐かしい、天馬くん。天馬くんだ。
 久しぶりに天馬を感じる。

「ちょっと、あなた離れなさい」

 前川が割り込もうとする。前川の力は女性にしては強く、引き離されようとするも、萌は必死で天馬に抱き着いた。先輩の声が聞こえてくる。

「ちょっと山田ちゃん、CEOさんと知り合いなの? でも、そんなことしちゃまずいよ」

 それでも萌は必死になってしがみついていた。
 そんな萌に、天馬の宥めるような声が聞こえてきた。

「萌、何かあった? いったん、離れて」

 そう言われて、萌はやっと離れた。
 離れてみて周囲の視線に気づく。
 何なの、あの子?
 ちょっとおかしいよね。
 もしかしたら、通報したほうが良いのかな?
 
 そんな目を向けられている。

 天馬は萌に、穏やかな優しい目を向けてきた。
 天馬くん、好き。
 萌は天馬に抱き着きたくなるも、いったん離れれば、天馬と萌の間に前川が割り込み、前川が目線で萌をけん制してきた。
 先輩も萌の横で、おろおろと見守っている。
 天馬は萌の服装を見た。清掃員の作業着だ。

「萌、ひょっとして、ここの清掃をしてくれていたの?」

 萌はうなずいた。

「もしかして、自分で希望してくれたの?」

 私、自分で希望したわけじゃないけど、でも、居続けたのは私の意志だよ。天馬くんに会いたくて、ずっと清掃員を続けてきたんだよ。
 何も言えない萌に助け船を出すつもりか、先輩がうろたえながら言った。

「うちは、配属先の希望は通らないんです」
「萌はいつからここに?」

 萌が答えられないでいると、やはり、先輩が答える。

「山田ちゃんが入ったのは、今年の8月からだよね?」

 天馬は目を見開いた。

「そんな前から?」

 天馬はショックを受けたようだった。

「どうして俺に声をかけてくれなかったの? 俺だとわからなかったなんてことはないと思うけど」

 天馬の顔が見る見るうちに曇っていく。やがて、寂しげな顔になった。

「そっか、萌はまだ俺に怒ってるんだね」

 萌は首を横に振る。違うの。怒ってない。仲直りしたいよ!
 そんな萌を天馬が苦しそうな目で見つめてきた。
 違う、違うよ。私、天馬くんが好きだよ。
 どうすれば伝わるの?
 そこへ天馬に通話が入った。
 天馬は萌を寂しげに見つめて、部下の渡してきたスマホを受け取り、萌から離れて、窓辺へ向かった。
 追いかけようとする萌を前川が通せんぼする。 

「もう出てって。清掃の時間はとっくに済んでるのよ。仕事の邪魔をしないで。これ以上居座るとビルメンテさんに連絡しますから」

 先輩が萌を引っ張る。

「山田ちゃん、まずいよ。CEOさんと知り合いなら、別の場所で話せばいいじゃない」

 別の場所が萌にはもうない。
 しかし、派遣元に迷惑をかけるわけにもいかなかった。萌には引き下がるしかない。
 前川に追い出されるようにして、萌は廊下に出た。
 何故か前川も一緒に出てきた。

「あなた、ひょっとして振り袖の人?」

 何を言っているのかわからなかった。戸惑っていると前川がまた言った。

「山田さん、って言ったかしら? どうして、CEOを騙すようなことをしてたの?」
「騙すって」
「ずっと黙って清掃員をしているなんて」
「黙ってたわけじゃありません、言えなかったんです」
「あなたなんかに、あなたなんかに天馬さんなんて似合わないわよ!」

 前川の萌に対する声には、嘲りから一転して、憎しみがこもるものとなっていた。
 その言い方に、因縁めいたものを感じ取った。
 振り袖ってピンナップ写真だ……。
 萌はそれに気づいた。
 あのピンナップを見れば天馬が萌のことを大事に思っていることくらいひと目でわかる。
 萌は、前川にとって、長年の恋敵なのかもしれなかった。
 写真でしか知らなかった恋敵が、目の前に現れて、しかも抱き着いたとなれば、心中穏やかなはずもない。

「とにかく、天馬さんをこれ以上傷つけるのはやめて」

 前川は天馬と萌との関係がこじれていることまで知っているようだ。

「わ、私、天馬くんには話しかけられないんです。そういう呪いがかかってるんです」
「呪い?」

 萌は真実を言うことにした。

「魔女に呪いをかけられてしまったんです。天馬くんが熱中症のとき、魔女に天馬くんの命を助けてもらう代わりに、私は天馬くんに話しかけられなくなったんです。だから、天馬くん、助かったんです」

 前川はポカンとなった。
 先輩もドン引きしている。

「本当です。キキさんという魔女が、あの時あの場所に現れたんです。そして、スティックを振って、天馬くんを助けてくれて」

 萌は途中で口ごもった。信じてくれるはずもない話を、これ以上言い張っても分が悪くなるだけだ。
 萌は、前川を見据えた。

「私、天馬くんが好きです」

 おそらく、前川には萌が挑戦的に見えていることだろう。前川は憎悪を込めた目で萌を見返してきた。萌も見返す。

「私が天馬くんに話しかけることができないのは本当です。なので、私が天馬くんに気持ちを伝えるには、抱き着くしかなかったんです。天馬くんは自宅には帰ってこないし、メッセージも既読がつかないし、もちろん、今住んでるところも知らないし、だから抱き着くしかなかったんです」

 前川が納得したような声を出した。

「あなた、本当に天馬さんに話しかけることができないのね? それで、天馬さんを見てもどかしそうな顔をしたり、ビルの玄関でも声をかけられなかったりしたのね?」
「そうです! そうなんです!」

 わかってもらえたことが嬉しくて声を上げた萌に、前川は意地悪な声を出した。

「へえ、あなた、もう天馬さんと話せないんだ」

 前川はもちろん、魔女の話を信じたわけではなさそうだった。
 萌が天馬に話しかけられないというのは本当だろう。状況からしてそれは納得がいく。しかしそれは、精神的なものだとでも思ったに違いなかった。
 原因が何にせよ、前川にとってそれは好都合でしかない。

「山田ちゃん、それならさあ、手紙を書けばいいじゃない。そして、ここに出せば」
「でも、どうせ、この秘書さんが目を通して、天馬くんには見せないと思います」
「それは当然のことでしょ。怪しい手紙は、私がブロックするわよ」

 萌と前川が恋敵だとは思いもよらない先輩はのん気な声で言った。

「秘書さん、山田ちゃんとCEOさんは知り合いってわかったんだし、CEOさんに手紙を渡してあげてくださいよ」

 前川は意地悪く笑った。

「ええそうね。そうしてあげてもいいわ」

 その目は明らかに嘘をついていた。
 この秘書が天馬くんに私からの手紙を見せるはずがない。

「よかったわね、山田ちゃん、じゃあご迷惑だからもう帰ろうね」

 先輩に促されるも、萌はもう一度、天馬に会いたかった。
 天馬の曇っていく顔が、萌の頭にこびりついて離れない。また、萌は天馬を傷つけてしまった。
 天馬くん、私、天馬くんに好きって伝えたいよ。

「早く帰りなさい。じゃないとビルメンテさんに、報告するから」

 前川にそう言われて、先輩は萌の腕を引っ張る。

「山田ちゃん、帰ろ?」

 萌は引き下がるしかなかった。

 翌朝、萌は後悔することになった。やはり、何としてでも、天馬にもう一度会うべきだったのだ。そして、抱き着いてもう二度と離れなければよかったのだ。
 萌は、スカイホース社への清掃を外されていた。
 前川が派遣元にそうさせたに違いなかった。


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