呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!

文野

抱き着いてキスするしかない?!2

 意識を失ったのはものの数十秒らしく、気がつけば、前川に肩を支えられて、会議室にひきずり入れられるところだった。
 抵抗しようとするも、前川の力は強く、中へと押し込まれる。
 会議室のドアは閉まり、ガチャリと鍵が回された。
 秘書が蔑むような顔で萌を見てきた。

「清掃員さん、あなたねえ」
「な、にするんですかっ」
「それはこっちの台詞だわ」
「私を叩いたでしょ」

 萌はどうやら前川に首の後ろを手刀で叩かれたらしく、脳震盪を起こしていたようだ。
 護身術を習ってるそうだけど、気絶させるなんて、熟練の域だよね?
 できる人は何でもできちゃうの?
 呆然と前川を見る萌を、前川は睨みつけている。

「あなた、CEOに何をしようとしてたの?」

 萌はしどろもどろにごまかす。

「ま、窓辺の床が汚れていたのを見たので、そ、それを拭こうとしただけです」
「じゃあ、何で、マスクも帽子も取ったの?」
「あ、暑くなって」
「CEOに顔を見せようとしたんでしょ。あなたの顔に見る価値はないでしょ。どこにでもいるような顔じゃないの」

 どこにでもいるような顔に心当たりはあった。萌はモブ顔だ。
 しかし、前川に侮辱される筋合いはない。

「何であなたにそんなことを言われなきゃならないんですか」
「それより、あなた、CEOにやましい気持ちを抱いているでしょ。CEOに抱き着きでもしたら、警察に通報しなきゃいけないところだったわ。それを止めた私に感謝して頂戴」

 確かに抱き着こうとしたけど、通報って。

「そんな大げさな」
「女性から男性への性被害だってあるのよ」
「私、そんなつもりは全然」

 言葉で伝えられないから、抱き着こうとしただけなのに。被害を与えようなどと思ってないのに。
 
「あなた、ビルの入り口でCEOを待ち伏せしたこともあったでしょ」
 
 あのとき、秘書は、萌と目を合わせた。
 天馬が熱中症のときに、萌はマスクを外していたし、その後、会話したときにもマスクを外した。
 そのために、今では萌は前川に認識されており、モブではなくなっているのだ。

「あれは」

 説明しようとする萌を前川は遮った。

「ストーカーで通報してもいいのよ?」
「ストっ?!」

 あまりのことに萌は絶句した。

「とにかく、あなたにはCEOのことで借りもあるから、今回のことは見逃すけど、これ以上、CEOに何かしようとしたら、派遣元のビルメンテナンスサービスさんに言いますから」

 借り、とは天馬を熱中症のときに助けたことだろう。

「秘書さんがCEOさんを助けたことになってますけど、CEOさんに水を飲ませたのは私です」

 前川は憐れむような目を萌に向けてきた。

「ああ、それであなた勘違いしちゃったのね」
「えっ?」
「自分がCEOの恩人だと思ってるんでしょ。確かにあなたの処置は良かったかもしれないけど、だからってCEOが振り向いてくれるって思うなんて勘違いも甚だしいわ」
「でも、秘書さんは自分が恩人ってことにして、CEOさんの気を引いたんですよね?」

 前川は一瞬、きっと目を吊り上げた。心当たりがあるのだろう。
 しかし、前川の表情はすぐに萌を嘲るものとなった。

「別に恩着せがましいことは言ってないわ」
「でも、それをCEOさんに言ったんでしょ?」
「言わなかったとしても、私とCEOは付き合ってたわ。互いに必要としてるし、愛し合ってるんですもの」

 萌はそれを聞いて言葉を失った。
 やはり天馬くんはこの人と付き合ってるの?
 天馬くんは私のことはもう諦めたの?

「何、ショックを受けた顔してるの? あなた、自分の立場、わかってる? あなた、ただの清掃員でしょ? CEOどころかうちの社員でもあなたにはもったいないわよ。それもわかってないの?」

 前川は思いっきり萌に蔑みの言葉をぶつけた。立ち尽くす萌に前川は告げる。

「とにかく、これ以上何かあったら、派遣元に言いますから。始業時間が来たから、今日はもう帰って頂戴」

 前川は部屋を去ろうとする。

「待ってください。私、天馬くんに、どうしても、伝えたいことがあるんです」
「天馬くん・・?」
「私、天馬くんの幼なじみです」
「急に何を言い出すの?」
「名前を言ってもらえばわかります。山田萌です。お願いです、天馬くんと会わせてください」

 前川は呆れたような目で萌を見つめて、そして、ため息をついた。

「幼なじみって、そんなの、誰が信じるの。どうやら、あなた、本物のストーカーなのね。もしかして、CEOを狙ってここに入り込んだの? それなら由々しき事態だわ。ビルメンテさんとの契約を考えなきゃならないわ」
「違います。たまたまです。本当にたまたま、ここに配属されただけで、私、天馬くんがCEOってことも知らなかったんです」
「とにかく、あなたのことは派遣元に言っておくわね。今日限りで別の人を寄越すようにお願いするわ」

 前川は、会議室を出て行った。バタンとドアが閉じる。
 萌はふらふらと会議室の椅子に座り込んだ。
 私、クビになるの………?
 そうしたら、天馬くんの姿を見ることもできなくなっちゃう。
 もう、天馬くんとは無関係な他人になるしかないの………?

 しばらくして、先輩が会議室に入ってきた。

「山田ちゃん、大丈夫? 秘書さんが山田ちゃんにはもうやめてもらうって言ってたけど、何かやらかしたの?」
「私、なにもやってない。なんでこうなるの………」

 悔しくて涙が出てきた。
 暴力を振るわれたのは私の方だ。気絶させられた。
 性被害って、私、天馬くんに悪意を持って抱き着こうとしたわけじゃないよ?
 
「山田ちゃんは、一生懸命やってるのにね。私は上にそう報告しとくよ」

 のろのろと立ち上がり、先輩の持ってきた掃除道具を持って会議室を出る。
 会議室からフロアに出て、フロアの出入り口に向かう。
 最後にフロアを振り返る。
 フロアに出てきた天馬が、部下と何かを話していた。
 天馬くん、好き。
 もう二度と会えないのかな。いやだ、そんなの。
 じっと見ていると、ふと、天馬が萌のほうを見た。
 萌と目があった天馬は、目を見開いた。呆気に取られた顔で、萌を二度見する。
 萌は帽子もマスクも取っている。さすがに萌だと気づいたはずだ。
 天馬くん、好き。
 想いを込めた目で見つめる萌を天馬も見つめてきた。
 天馬は部下に何か言い置いて、萌のほうにやってきた。

「萌………?」

 天馬からはCEOの顔は引っ込んで、優しい気配が漂い始めた。
 萌に見せるいつもの穏やかで優しい顔つきになる。
 天馬の後ろからついてきた前川が目を丸めている。
 
「CEO、この子とお知り合いなんですか?」
「ああ、よく知ってる」

 天馬は萌に近づいてくる。
 天馬くん、好き。
 やはり萌は声が出ない。

「萌、どうしてここに………? もしかして、俺に、会いに……?」

 天馬が目の前に来たところで、萌はガバッと天馬に抱き着いた。

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