呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!

文野

抱き着いてキスするしかない?!

 天馬くんを取り戻す。
 萌は心に決めていた。
 宮浦麗とのことは偽装だった。
 やはり、天馬くんは私に本気でプロポーズしてくれてた。
 最後に自動車で送ってもらった日、天馬には嘘はなかった。
 萌に嫌われたと思い込んだ天馬はひどく寂しげだった。
 もしも、私への気持ちがまだ残っているのなら、また、元の関係に、ううん、元以上の関係になりたい。
 萌は今ははっきりと自分の気持ちを自覚している。
 私は天馬くんが好き。すごく好きなんだ。
 次に天馬くんに会ったときには、天馬くんに飛びついてやるんだから。オフィスだとか仕事中だとかそんなのもうどうだっていい。
 マスクを取って姿を現しただけではダメだ。びっくりするだろうけど、それでは、好き、という気持ちは伝わらない。
 好き、を伝えるためには、抱き着いてキスでもするしかない。
 声が出ない以上、そうでもするしかない。

 そんな覚悟で清掃に入って、二週間目。
 天馬が出社してきた。社内の空気が、ピリリと引き締まる。
 天馬くん、格好良い。
 恋心を自覚して以降、ひときわ天馬が格好良く見えた。
 天馬は私服の制服化をしているらしく、いつもオフィスでは黒い上下を着ている。秋まではTシャツだったが、冬はVネックのセーターになった。それにグレーのダウンジャケットをひっかけている。
 おそらく服のことを考えるのは面倒なのだろう。
 家でもいつもジャージだったもんね。
 フロアに入ると暑くなってきたのか、天馬は社員と話しながら、ダウンジャケットのジッパーを外し始めた。背中に回った秘書が気を利かせて、ジャケットを脱がせる。
 萌の心がざわついた。
 あれ? 
 この二人、関係がちょっと変わってない?
 折しも、社員のヒソヒソ声が聞こえてきた。

「ねえねえ、CEOと秘書の前川さん、付き合い始めたよね」
「前川さん、SNSで匂わせてるしさ」

 えっ?
 萌は聞き耳を立てる。

「まあ、なんだかんだ前川さんはできる人だしね」
「CEOも頼りにしてるしね」

 萌は内心で地団太踏む。
 あの人、寝てる人にキスしたり、ポケットの中を勝手に覗くような人なんだよ!

「夏にCEOが熱中症で倒れたことがあったじゃない。あのとき、前川さんがCEOを助けたでしょ? 意識のないCEOに水を飲ませていなかったら、助かってなかったって」
「意識のない人に水を飲ませるってどうやるのかな」 
「口移ししかなくない?」
「きゃあ! 前川さん、やるわね」

 口移しで水を飲ませたのは私なんだけど。

「じゃあ、あのあと付き合い始めて、宮浦麗のがあったから、隠してたってこと?」
「命救われたら、そりゃ、ころっといくよね」

 命救ったのも私なんだけど。

「前川さん、美人だし、意外に、可愛いとこあるしね」
「CEOのためなら何でも尽くしますってとこあるよね。ドイツ語も護身術も習ったり、健気だよね」
「美人で頭が良くて、正直、お似合いの二人よね」

 社員らの噂話は萌を凹ませるのに十分だった。
 どういうこと?
 どうして秘書さんが天馬くんを助けたってことになってんの?
 見れば、前川は、天馬が部下に話しかけている最中、いそいそと天馬の世話をしている。天馬のセーターの肩がずれているのを直したり、ハンカチで天馬の額の汗を拭うことまでしている。
 また、社員がひそひそと話している。

「前川さん、最近、いかにも、自分の男って感じを出し始めたよね」

 天馬と前川がCEO室に移動すれば、ドアは閉まった。
 いつもは開けっ放しなのに。
 萌は意を決してCEO室をノックして中に入った。
 天馬は窓の外を見ながら通話をしている。
 前川は天馬のジャケットをハンガーにかけていた。やはり、ポケットの中を覗いている。
 前川はノックの返事を待つことなく入ってきた萌を見て、顔をしかめた。
 ジェスチャーで、シッシと萌二部屋を出るように示す。
 私、天馬くんに用があるんです。
 萌はやはり声が出なかった。
 おそらく萌の声が聞こえる位置に天馬がいる限り、萌の声は出ないのだ。
 萌は、マスクと帽子を外した。髪のゴムをほどけば、髪が広がった。髪を手でさっと直す。
 窓辺に立つ天馬に向かう。
 前川がぎょっとしたような顔をするのが視界の隅で分かったが、もう構わない。
 天馬くん、好き。
 声にならない、文字通り声にならない想いを胸に抱えて、天馬に向かう。
 天馬くん、好き。
 背中から抱き着く。
 しかし、その直前で、首の後ろに衝撃を受けた。
 えっ?
 そのまま視界が暗くなっていく。意識がなくなる直前、秘書の前川の声が背後から聞こえてきた。

「清掃員さん、具合悪そうね。会議室で休ませますね」


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