呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!

文野

好き、の自覚6

 その後も天馬の部屋に灯りが点くこともなく、萌は天馬のことをたまにオフィスで見かけるだけになった。
 もう天馬と最後に喋ったのは5か月も前のことだ。
 萌は天馬を見かけるたびに声をかけようとするも、どうしても声が出なかった。
 仕事中との引け目が声を出なくしているのかもしれない。
 そう考えた萌は、清掃員としての仕事を終えたあと、もう一度、オフィスの入っているビルに舞い戻った。
 今日は天馬くんは出社していたから、ここで待っていれば必ず姿が見えるはず。
 そう思い、萌は、オフィスビルの玄関が見える通りに立ち、天馬を待つことにした。
 清掃が終わってから夕方まで粘って、天馬がやっとエレベーターから出てきた。
 秘書と右腕とを背後に従えている。
 天馬くん、天馬くーん。
 呼びかけようとするも萌の声は出ない。
 天馬は、萌に背を向けて秘書と話しながら、萌の前を通り過ぎる。
 天馬くん!
 やはり声が出ない。
 萌は茫然とした。
 どうして、声が出ないの?
 何かを感じ取ったのか、秘書の前川が振り向いた。前川は萌と目を合わせて、眉をひそめたものの、天馬の後をついて去っていった。
 あの秘書さん、天馬くんのことが好きなのに、宮浦麗とのデートの予約をさせられてるんだ。
 秘書が健気に見えた。

 声が出ないことに茫然としながら街をさまよった。ベンチに座って、水筒を取り出したところで、はたと思いついた。
 もしかして、これって、キキのせい? 
 あれは白昼夢ではなかったの?
 私、天馬くんにだけ、声が出なくなっちゃったの?
 やっぱり、声で支払ったってこと?
 天馬くんを助けるのと引き換えに?
 思い始めるとそうとしか考えられなかった。
 窓から天馬に呼び掛けたときにも、自動車の中でも、萌は天馬にどうしても声をかけられなかった。
 天馬くんへの声だけを支払いに充てられたんだ。
 そんな。
 そんなの、呪いみたいなものじゃないの。

 萌は路地裏にキキを探した。
 途中で、プチプラ店に寄って、リボンを三つ買い込んだ。赤のレースに、ピンク色のサテンに、水色のベルベット生地のものだ。
 まだ食べてないお弁当もバッグにある。
 お弁当とリボンとで、呪いを解いてもらうつもりだった。
 キキと出会ったのは真夏だったが、今はもう、クリスマスの季節となっている。
 イルミネーションに彩られた冬の街で、路地裏をやみくもに走り回る。
 天馬くんが倒れていたときは、呼べばすぐに出て来てくれたのに。
 キキの姿はどこにも見当たらなかった。
 冬の夕暮れは早い。
 歩道で何かに足元を取られて、思いっきりアスファルトに転んだ。
 膝を打って、パンツの膝に穴が開いた。
 痛さと冷たさに涙がにじむ。
 私、何やってんだろ。
 よろよろと起き上がると、破れたパンツの膝が、血で濡れていた。
 その血がコートに移る。はああ、コートも汚れちゃった。帰ったら洗わなくちゃ。
 公園のベンチにドサッと倒れるように座り込んだ。ハンカチで血を拭くとすぐに止まった。
 ぼんやりと座り込んでいる萌に、ホームレスが持っている女性週刊誌が目についた。
 小さな見出しが目に飛び込んできた。

『宮浦麗、婚約! お相手は噂のCEO!』

 ええっ?
 えええっ?
 萌はベンチから地面にズルズルと崩れ落ちた。
 天馬くん、宮浦麗と結婚するの?
 嘘でしょ? 遊びじゃなかったの?
 地面に崩れ落ちた体を何とか起こして、またベンチに座る。
 うまく座れずにまたズルズルと地面に崩れ落ちた。
 天馬の優しい笑みが思い浮かぶ。
 天馬くんは宮浦麗にもあの笑顔を向けてたのかな。
 天馬とのキスを思い浮かべる。
 触れ合うだけのキス。宮浦麗とはもっとすごいキスをしたのかな。
 天馬くんは宮浦麗のものになっちゃったの?
 不意に天馬への独占欲が湧き起こる。
 いやだ、天馬くんは私のだ。天馬くんは私のものだ。
 誰にも天馬くんを取られたくない。
 ああ、私、天馬くんのことが好きなんだ。
 すごくすごく好きだったんだ。
 天馬くんは私のものだったのに、もう私のものじゃなくなったんだ。
 萌の口から嗚咽が漏れていた。

「うっ……うっ………私、なんてことをしちゃったんだろう」

 あの日に戻りたい。絶交、って言っちゃったあの日に。
 コネに怒って、自分の小さなプライドのために、大っ嫌いって言っちゃった。
 天馬くんのこと、こんなに好きだったのに。
 女性週刊誌を持っていたホームレスのおじいさんが近づいてきた。

「おじょうちゃん、いったい、どうしたの? これ新しいものだから、食べな」

 見れば、どら焼きがその手にあった。大事な食べ物を差し出してくれるなんて。
 優しさに、思わず声が出る。

「うっ、うっ、おじさん、私、私、失恋しちゃったぁ……!」
「そうかい」

 失恋と口に出して、これが恋だったのだと思い知る。
 確かに天馬とのキスで萌はときめいていた。
 近すぎて気づくのが遅くなったけど、私、天馬くんに恋してたんだ。
 キスだってその先だってできると思える相手なのに、恋をしていないはずないじゃない。
 天馬くん、好き。
 天馬くんになら何をされたってかまわなかったのに。
 今更になって、好きがこぼれるほどにあふれてくる。
 ひとしきり泣くと、次第に落ち着いてきた。まだ、嗚咽が込み上げるものの、話せるようになっていた。

「私、この人が好きだったんです」

 女性週刊誌の見出しを指す。

「へえ、宮浦麗が好きだったのかい。きれいな人だもんねえ。誰でも好きになるよねえ、きれいで明るくて性格も良さそうでさあ」

 おじいさんは、意図せず、萌の心を抉ってくる。
 宮浦麗は美人だ。遊びのつもりの天馬くんは本気になっちゃったんだ。
 きれいで明るくて性格も良さそうだもの。
 私みたいに傲慢じゃない。
 私では宮浦麗に叶いっこない。なのに、私を天馬くんはずっと見ていてくれた。
 私はいつまでも天馬くんがそばにいてくれるとの慢心で、それを手離してしまった。
 こんなにも天馬くんのことが好きだったのに。

「うっ……うっ………」

 またもやしゃくりあげる萌に、おじいさんは、「あっ」と声を上げた。

「あ、でも、この婚約は、映画の前宣伝のための、ふり、らしいよ。昨日、封切りの恋愛映画の話題作りのためだったらしい」
「ええっ?」

 萌が声を上げると、おじいさんは週刊誌を差し出してきた。萌はそれをつかみ取った。

『実は、この婚約報道、スカイホース社がスポンサーの恋愛映画の宣伝のための話題作りとのこと。
 宮浦麗は、「世間を騙して遊んじゃいました。桐生さんとは、今のところ、良い友だちです。これから先は、どうなるかはわかりませんけどね」と茶目っ気たっぷりに答え、桐生氏は「映画を原案にしたゲームアプリを開発中ですので、そちらもよろしく」と、ゲームの宣伝も兼ねるやり手っぷりを披露した』

 え、遊んじゃいました………?
 遊び、って、そういう意味だったの? だから秘書にもデートの予約をさせてたの?
 読み終えた萌は呆けた顔で空を眺めていた。
 目線の先、低空に、ひときわ明るい星が三つある。
 木星と土星と金星だ。ここ、丘になってるから空が見えるんだ……。
 そっか、天馬くんは結婚するんじゃないんだ……。

 萌はもらったばかりのどら焼きをガシッとつかむと、ビリッと袋を破った。
 どら焼きを食べる。おいしい。

「おいしい。おいしいです、どらやき……」

 鼻をすすり上げながら食べる。
 あ、私、お昼ご飯、食べてなかった。
 バッグからお弁当箱を取り出す。

「おじさん、食べます? 手作りなので、いや、とかじゃなければ。あと、アメもいります?」
「おお、嬉しいねえ」

 萌は、おじいさんと並んで、束の間、暮れ行く冬空を眺めてもぐもぐしていた。

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