呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!

文野

好き、の自覚

 萌は元気な天馬の姿を見るまで気が気ではなかった。
 翌日も翌々日も、天馬は、自宅には戻ってこないままだった。かといって、オフィスでも姿は見ない。
 ただ、出社しているらしき形跡はある。
 天馬くん、元気になったのかなあ。熱中症もひどいときには後遺症があるらしいけど。
 オフィスで秘書の前川を見かけて、清掃中の手を休めるのはどうかと思ったが、前川に尋ねてみた。

「あの、CEOさんはどうなりましたか?」

 前川は眉をひそめて萌を見た。「誰?」という顔だ。萌はマスクを外した。

「あなた、もしかして、あのときの清掃員さん?」

 前川の方はやはり、萌を識別できておらず、モブ清掃員としてしか認識していないようだった。

「はい」
「CEOはすっかり元気よ」

 それだけ言って、前川はもう話しかけないで、との空気を出したので、萌は作業に戻った。
 時間で雇われている身だ。手を休めるのは泥棒にも等しい。
 とりあえず、秘書さんのこの様子なら天馬くんは大丈夫なのだろう。後遺症が残っていればもっと深刻そうな顔をしているはずだ。
 萌は清掃作業に戻った。
 天馬と宮浦麗との熱愛が発覚したのは、その数日後のことだった。

『宮浦麗、イケメンCEOと熱愛発覚!
 都内の路上にて、二人は甘く見つめ合ったのち、抱き合った!』

 そんなゴシップが流れた。
 ネットでは、宮浦麗と男性とが路上で抱き合う写真がいくつも検索出来た。
 画像では天馬が、宮浦麗を愛おしむように抱きしめていた。
 宮浦麗のお相手は、スカイフォース社CEO桐生氏、と名前がはっきり出ている。

 え、これ何………?
 記事には、CMを通して二人は距離を縮めたこと、天馬は、そこから宮浦麗に入れ込んで、宮浦麗が出演する映画のスポンサーにもなったことが書いてあった。

 路上で抱き合う男女は美しく、映画のワンシーンのようだ。
 こんなの何かの間違いよね。
 だって、天馬くんは私にプロポーズしたんだもの、はっきりと。

 久しぶりに天馬の部屋に電気が点いたのを見て、萌はベランダに飛び出た。
 そして、天馬に声をかけようとするも、どうしても声が出なかった。
 天馬くん、天馬くーん。
 声が出ない。どうして?
 萌は青ざめる。
 どうしよう、私、声が出なくなった?
 そこで、キキとのやり取りを思い出した。
 天馬を救う代わりに、声を支払った……?
 今ごろ、支払いがやってきたの?
 パソコンに向かっていた天馬は、視界の端で萌を捉えたのか、ふと振り向いた。急いで窓辺にやってくると、笑顔で出迎える。
 萌、来てくれたの? 
 そう言わんばかりの笑みだった。
 天馬の動きに不自然なところはない。キキは、やはり、天馬を熱中症から救ってくれたのだ。後遺症も残さずに。
 天馬くん、と呼びかけようとするも、萌の声は出ない。
 萌は天馬の無事を確認してほっとすると同時に、天馬の笑顔に腹が立ってくる。
 天馬が窓を開く前に、萌は自分の部屋のベランダに舞い戻った。

「萌……?」

 窓を開いた天馬の声を無視して、自分の部屋に逃げ帰る。
 萌を追いかけてきた天馬の目の前で、萌は窓を閉めてカーテンを閉じた。
 コツンと何度か窓が鳴るも、萌はじっと固まって窓を開けなかった。
 しばらくして、天馬が戻っていく気配があった。
 このまま声が戻らなければどうなるんだろう。
 不安が怒りに置き換わる。
 私が声を犠牲にして天馬くんを助けたのに、天馬くんはきれいな女優さんと抱き合ってきたんだ。
 女優さんとよろしくやってるんだ。
 怒りが育つ。
 天馬くんなんか、やっぱり嫌い。
 私にプロポーズしたのと同じ口で、宮浦麗に愛を囁いたの? 

「天馬くんなんか嫌い……!」

 口にすれば声が出た。声が出てほっとした。
 手近にあった台本を手に取って読んでみる。すらすらと声が出る。
 もしかして、私、ストレス感じちゃってるのかな。
 何に? 天馬くんの熱愛記事に?
 まさか!

 それから萌は天馬を訪ねることもなく、天馬からも音沙汰がなかった。
 萌は、最後に天馬と喋ってから二か月が経っていることに気づき、愕然とする。
 私、もう二か月も天馬くんとまともに喋ってないの?
 どうして、天馬くんは会いに来てくれないの?
 私のことをほったらかしなの?
 宮浦麗と会うのに忙しいの?
 最近、天馬の部屋は電気が点くことがない。
 私より、宮浦麗を好きになった?
 違うよね?
 今更ながらに、萌は天馬への暴言に考えが至る。
「嫌い」と言って、「出て行って」と言って、「絶交だから」と言って、「もう二度とこないで」と言った。
 その上、謝ってくれたのに、無視した。
 部屋にも来てくれたのに窓を開けなかった。
 でも、それくらいのことで、私と天馬くんの関係が壊れることはないよね?
 怒ってなんかないよね?
 天馬くんと仲直りできるよね?


「呪いを解くには、セ×クスするしかありません?!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く